IS~女の子になった幼馴染   作:ハルナガレ

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臨海学校(二日目 復活)

10年位前の、初夏の頃だった。

母さんが死んで一年経ち、俺も父さんもその頃にはようやく母さんが死んだショックから乗り越えられるようになった。しかし、俺が幼稚園から帰っても家に誰もいないのはやっぱり寂しかった。父さんもなるだけ早く帰ってくれるようにはしてくれていたけど、どうしても午後7時位までは家で一人ぼっちだった。そのため俺は父さんが帰ってくるまで公園で遊んでいた。

 

 一人で。

 

 当時の俺は友達が一人もいなかった。原因は俺の顔。周りの女の子よりもずっと可愛らしい顔をしていた俺は、そのせいでからかわれていた。からかった連中は全員父さん仕込みの空手で泣くまで叩きのめしていたけど、そんな俺に友達なんて出来るわけがなく、いつも一人ぼっちだった。

 

 公園に行くのは大体夕方から。その時間で無いと公園には同い年の奴等が公園で遊んでいるから。彼等と一緒になると、彼等は俺を遠巻きに見ながらからかってくる。腕力では到底敵わないと学習したようで、遠くから言うだけ言って逃げていくようになった。そのため彼等に会わない為にも、夕方になってから公園に行くようにした。その時間なら……親がいる彼等は家に帰らないと行けないから。

 

 もっとも公園に来ても一人では遊ぶ事なんて限られてくる。遊具はいくつかあったが、それもすぐに飽きてしまった。そのため俺が公園で遊ぶと言ってもやる事は、朝父さんから教わった空手の練習だった。わざわざ公園でやらなくとも家で出来るが、家にはいたくなかった。誰もいない家は寂しく、父さんが帰るまでは家にいる事が辛かったからだ。

 

 その日もいつものように夕方になって公園に行き、いつも練習をしている場所に向かったら―――いつも俺しかいないはずの場所で、棒きれを持って振っている同年代位の男の子がいた。いつも俺が空手の練習をしている場所を勝手に使われ、俺はその男の子にむかついた。

 

「おい、邪魔だよお前。どっかいけよ」

 この顔のせいで、女の子扱いされる事が多かったため、口調だけでも男らしくしようと思ったせいか、当時の俺は口が悪かった。俺がそいつを追い払おうと声をかけたら、そいつは俺の方を向くと、

 

「何で邪魔なんだよ。おまえこそ俺の特訓の邪魔するなよ」

 少し怒った声で俺に言い返してきた。

 

「邪魔なんだよ。いつも俺がそこで練習してるのに。そこは俺の場所なんだからどっかいけよ」

 

「何言ってるんだよ!公園はみんなで使いましょうって先生言ってたぞ。お前だけの場所じゃないだろ」

 

「うるさい!ここは俺の場所なんだ!お前がどっかいけ!」

 

「嫌だね。もうここでずっと特訓してやる」

 俺の態度が気に入らなかったんだろう。そいつは意地でもそこを離れないようになった。

 

「そーいえばお前、女のくせに俺とか言うなよ。そういうのをはしたないって言うんだぞ」

 

「おまえー!俺は男だ!」

 気にしている事を言われた俺は怒鳴り、俺はそいつを思いっきり殴った。そいつは地面に転がったが、頬を押さえながら吃驚した顔をして俺を凝視し、

 

「え、男!うそだろ?って男なら…よくもやったなー!」

 叫びながら棒きれを振り回しながら俺に襲いかかった。しかし父さんにいつも鍛えられた俺が負けるはずもなくあっさり勝った。地面に転がったそいつを俺は見下ろしながら、

 

「ばーか。俺に勝つなんて100年早いんだよ。お前の特訓ってやつは意味無かったなあ」

 俺は鼻を鳴らしながら勝ち誇った。そいつは俺を見上げながら悔しそうにしていた。

 

「これでどっちが強いかわかっただろ。じゃあどっかいけよ。ここで俺が特訓するんだから」

 俺がそう言い放つと、そいつは立ち上がり、俺をじっと見ると、

 

「おまえ強いな。特訓って何をしてるんだ?」

 興味深そうな顔をして聞いて来た。同年代に敵意も侮蔑も無い声で話しかけれたのは久しぶりだったため、俺はすこし戸惑った。

 

「空手。父さんから教えて貰ったのをここでもやってるんだよ」

 

「へ~空手か。凄いなお前。だから強いんだなあ」

 もはや完全に敵意がなくなったそいつは、純粋に俺の事を凄いなあと感心しだした。

 

「別に凄くねーよ。父さんは俺よりずっと凄いし。そういうお前も特訓してたけど、何の特訓してたんだ?」

 

「俺か?俺は剣道。俺も姉ちゃんみたいに強くなるんだ!」

 

「ふーん、剣道か」

 そして俺は辺りを見回した。日も結構降りてきていた。

 

「…なあ、お前家に帰らなくていいのか?親に怒られるんじゃねーの」

 辺りを見回しながら俺が言うと、

 

「…大丈夫。俺の家親いないから。姉ちゃんしかいない。いつも遅くに帰ってくる」

 そいつは寂しそうな顔をして俺に言った。その言葉に俺は驚き、そして…少し親近感を感じた。

 

「お前こそいいのかよ、こんな遅くまでここにいて親に怒られるんじゃねーのか」

 逆にそいつは俺の心配をしだした。

 

「怒られねーよ。俺も父さんしかいなくて…いつも帰り遅いし」

 俺がそういうと、そいつは吃驚した顔をした。そして、その後笑った。

それを見た俺も、自然と笑った。

 

「なんか俺達似てるな」

 

「そうだな」

 

「お前、いつもここで特訓してるんだろ?」

 

「そうだけど」

 

「じゃあさ、俺も一緒にここで特訓させてくれよ!頼む!」

 

「はあ?何で?」

 

「お前俺よりも強いだろ。俺負けっぱなしは悔しいからな。お前に勝つために、そしてお前とまた勝負するために」

 

「…別に他の場所で特訓してから俺に勝負しにくりゃいいだろ」

 俺がそういうと、そいつは少し悲しそうな顔をした。

 

「…駄目か?」

 

「…わかったよ。別にいーよ」

 俺がそういうと、そいつはまた笑顔を浮かべた。

 その後話しをしていたら、そいつの家もこの近所で、いつもは反対方向の公園にいたようだが今日はなんとなくこっちに来てみたとの事だった。

 

「そういやさ、お前って名前なんて言うんだ?」

 

「俺か?…俺は青崎葵って言うんだ。お前は?」

 

「俺は織斑一夏だ。じゃあ葵、明日もここでな」

 そういってそいつ……―夏は俺に言うと、公園を後にした。名前で呼ばれた事、そして明日も会う約束をされて、俺は―――――凄く嬉しかった。

 

 これが、俺と一夏が初めて出会った日の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と一夏が特訓だ!や勝負という名の喧嘩を止めるようになったのは、そんなに時間がかからなかった。一夏が、

 

「お前が何も持ってないのに俺だけ武器持っているのはずるいし」

 そう言って棒きれを捨てて素手で俺に勝負してくるが、毎回俺の圧勝で終わったためだ。当たり前であった。一夏は剣道?の特訓していたのにずっと空手の特訓していた俺に勝てるわけがない。それが一夏にもわかったのか、

 

「葵!今日は相撲で勝負だ!」

 と、勝負の内容を喧嘩から別の物に変えていった。

 

「やった!俺の勝ち!」

 

「ううう、一夏!もう一回!」

 

「いいぜ!」

 空手以外の事はほとんどやった事がなかったため、他のスポーツで競ったら俺と一夏に差はほとんど無かった。他にもメンコ、○×、クイズ、あっちむいてほい等々、もはや勝負でも何でもなく、勝負というのは一緒に遊ぶための名目になっていった。お互い家に帰っても誰もいないから、遅くまで夢中になって遊ぶようになった。そして、お互い気付かない内に帰宅時間が遅くなっていき、とうとう千冬さんが帰る時間よりも遅く一夏は帰宅してしまった。俺はぎりぎりで間に合い誤魔化せたが、一夏はいつもこんな時間まで遊んでいた事を千冬さんから怒られた。その時一夏は俺を庇うため、一人で剣道の特訓をしていた!と言ったら、

 

「お前がそんなに剣道に興味持ってたとはな。じゃあお前も束の家の道場に通うか。その方が私も安心する」

 千冬さんからそう言われ、一夏が篠ノ之道場に通う事が決まった。

 

 翌日一夏はその事を俺に伝え、今後俺とはそんなに遊べなくなる事を告げた。正直さみしくなるなあと思い残念がってたら、

 

「葵、お前も一緒に行かないか?」

 と誘ってくれた。父さんと毎朝空手の練習をしていた為返事に躊躇していたら、

 

「お前と一緒の方が楽しいからさ、どうかな」

 笑顔で誘ってくる一夏を見て、一夏の誘いに乗った。その日の夜、父さんに剣道の道場に通いたいと言ったら、父さんの顔が固まった。?と思ったら父さんは急に悲しそうな顔をして、

 

「……そうか、すまなかったな葵。お前に無理矢理空手を教えていて。ああ、お前が本当にやりたい事をするといい」

 …なにやら盛大に誤解した。慌てて俺は一夏から誘われた経緯と、そして空手が嫌いではない事を父さんに伝えると、一応納得してくれた。そして幼稚園の保母さんから俺は対人関係に難ありと言われていたため、友達が出来ていた事に父さんは内心凄く喜んでいた事を後に知った。

 

「なら葵、剣道をやってみたいと言うならまあ止めはせんが…それなら剣道がある日は朝の訓練は止めるか?二つもしたらさすがにキツイだろうし」

 

「嫌!朝の訓練は今まで通りする!」

 父さんなりに気遣っての事だろうが、そこは譲れなかった。あの当時の俺と父さんのコミュニケーションを上手く取ってたのが朝の特訓だという事は幼い俺にも理解していたからだ。

 それにそれ以上に、俺も父さんから教えて貰う空手が好きだったから。

 

 

 

 その後は一夏に篠ノ之道場まで案内され、俺も入門することが決まった。その時初めて千冬さんや箒の父親に会ったのだが、

 

「ほう一夏、可愛いガールフレンドじゃないか」

 

「同い年の女の子が来てくれるとは。箒も喜ぶだろうな」

 …見事に誤解された。男だと言ったら二人とも凄く驚いた。そしてそんな俺達を遠巻きに見ている二人がいた。一人は千冬さんと同じ中学の制服を着ていた束さんと、もう一人は剣道着を着ていた箒。

 一夏の言う女のファースト幼馴染の箒と初めて出会ったのは、この日だった

俺が束さんを見ると束さんはすぐにどこかへと行ってしまった。興味など無いとばかりに。箒は俺と一夏をぶすっとした顔をして眺めている。

 

「箒、この二人は今日からお前と一緒に剣道の練習をする仲間だ。仲良くしなさい」

 箒の親父さんがそう言うも、箒は不機嫌そうな顔で俺と一夏を見ている。俺も一夏もどう反応しようか迷っていたら、

 

「弱そうな二人だな」

 この一言で、俺と一夏は怒りすぐに剣道で勝負を挑んだが……俺も一夏も完敗された。一夏が空手を習っていた俺に喧嘩で勝てないように、剣道をずっとしていた箒に俺達二人が勝てるわけが無かった。しかし悔しさをバネに、俺も一夏も当面の目標は打倒箒を掲げ練習に励む事となった。この時までは俺も一夏も、箒とはそこまで仲が良くなかった。仲が良くなる出来事が起きたのは、初めて会った日から二年後、小学校二年生の時だった。

 

 その日俺と一夏と箒と、クラスの男子3名と女子2名で放課後教室の掃除をしていた。俺と一夏は面倒だなあと言いながら掃除をしていたら、他の男子達は箒を囲んでからかっていた。箒の口調が変だの、いつもムスっとしていて可愛くないだの、箒を取り囲んで好き放題言っていた。箒以外の女子2人は、巻き込まれたくないのか離れた所で黙って掃除していた。

くだらない事してんなと思ったが、その時俺は箒を助ける気は無かった。未だに剣道で負けているのもあったが、同じ道場にいながらも俺と一夏に対し態度が悪い箒を俺は好きではなかったからだ。無視して掃除を進めようとしたが……一夏は違った。

 

「何やってんだよお前ら!大勢で一人をいじめるとか、それでもお前ら男かよ!」

 そう言って一夏は箒と男子達の間に入り、その後喧嘩となった。俺も箒も、一夏の行動に驚いた。普段の仲を考えると、むしろ男子達に共感した方が自然だったからだ。しかし一夏は箒の為に怒り、箒を庇った。その姿は俺には凄く……眩しく見えた。

 しかし男子達3人を一夏が泣かした後、運悪く男子達の友達5人が3人を迎えに来て、その惨状を見た後はすぐに一夏に襲いかかった。3人と喧嘩した後の一夏にはもう力があまり残っておらず、すぐに劣勢となった。その姿を見た俺は――――気が付けばその5人相手に一夏と一緒に喧嘩していた。ちゃっかり箒も加わっており、5対3だったが一方的なこちらの圧勝で終わった。

 なんとも少年漫画みたいな展開だったが、一緒に喧嘩した仲という事もありその後俺と一夏は箒から名前で呼ぶ事を命じられ、俺達も名前で呼ぶよう箒に伝えた。それからは俺、一夏、箒と三人で居る事が増えていった。一緒に遊ぶようになると、箒は態度が悪いのでなく上手く言いたい事を伝える事が出来ないだけと知り、俺も一夏もそんな箒にもっと素直になれよと笑いかけると、箒も笑顔を見せてくるようになった。

 

「ありがとうね、いっくん、あーちゃん」

 ある日道場で俺と一夏と箒が遊んでいたら、いつも俺達を無視していた束さんが、その時初めて笑顔で俺達にそう言ってくれた。箒と仲良くなったら、束さんとも仲良くなり、物知りな束さんに色々質問したり、束さんは面白い発明を見せてくれたりしてくれた。

 小学3年を過ぎた頃になると、今までの練習が実を結んだのか、俺も一夏も剣道で箒の実力に追い付きだした。試合をして勝ち星が増えていった俺達を箒は悔しがったが、俺達の努力を今まで見てたせいか納得はしていた。

 小学4年になると、俺の実力は箒に追い付いた。この辺で男女の差が出てきたんだろうと箒の親父さんは言ってたが、箒は諦めずに練習に励んだ。

 

 しかし箒に追い付いた俺だが、気が付けば一夏はそれ以上に強くなっていた。

 

 その頃になると試合をすれば俺は一夏に勝てなくなっていた。練習で無く本番だと俺はどうしても一夏に勝てない。

 

「あ~くそ、一夏に勝てなくなった」

 俺がそうぼやくと、一夏は真面目な顔で言った。

 

「これだけはお前に負けたくないからな」

 

 

 

 

 

 

 そして小学5年になり、……箒は転校した。

 

 理由は当時わからなかった。ただいきなり引っ越しした箒に、俺と一夏は悲しみ…箒がいなくなったのと、箒の親父さん以外で剣道を教えて貰う気が無かった俺達はその後剣道をする事を止めた。いや一夏ももう子供で無く、千冬さんが働きその収入で生活している意味を理解したのでアルバイトという名のお手伝いや家事の一切をこなすようになってきたのもある。俺もそんな一夏に付きあっていったら…なんか家事スキルはどんどん上がっていった。

 

 

 箒が転校して数ヵ月後、クラスに転校生が来た。その名は鳳鈴音という中国人で、しばらくしたら俺と一夏のセカンド幼馴染となった。仲良くなったきっかけは……まあ箒とほぼ同じ展開だった。

 

 外国人と言う事で男子数人にからかわれた鈴を、かつての箒とダブって見えた俺と一夏は男子達を蹴散らして助けた。この時も一夏が率先して助けた。それが原因なのだろう、鈴はわかりやすい位一夏に惚れていった。ちなみに数日は鈴は俺を敵意がこもった目で俺を睨んでたが、俺が男だと知るとそれは無くなった。…一夏のガールフレンドだと思ってたらしい。

 その後は俺と一夏と鈴でよく遊ぶようになった。鈴の家が定食屋なのは助かった。アルバイトと言う名のお手伝いも、鈴の家なら安心して行えたし料理も教えてくれた。…まあ俺と一夏の覚えがよかったせいで鈴が陰で悔しがってたけど。

 

 中学に上がると、五反田弾とも出会い四人で遊び回るようになった。弾の家も定食屋だった為、親父さんから色々な料理を教えて貰ったりもした。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

ざぁ……。ざぁぁん……。

 

 天気は快晴、青い空に白い雲、どこまでも続く海を眺めながら、俺は白い砂浜を歩いていた。…ってちょっと待て。

 

「なんで私ここにいるんだろ?」

 思い出せない。なんか大変な事があったような気がするんだけど、何故こんな場所にいるのかが思い出せない。IS学園の制服を着てるけど、こんなところで課外練習しにきたなんて記憶が無い。

 

「ってそれよりさっきまで何か自分の半生を見てたような気が…」

 強制的に過去の自分を振り返っていたような…。あれ、なんか最近も似たような事があったような気が…。

 

「あ~、駄目。思い出せない」

 頭が妙にはっきりしないまま、とりあえず海岸線を歩いていく。理由はわからないけど、何故かそっちにいけばいい気がしたからだ。そうしてしばらく歩いていると、

 

「……」

 前方に……仮面を付けた鎧武者がいた。その武者は見た感じ女の武者だろう。戦国時代の武者というよりももっと昔の武士の鎧な気がする。兜を付けてるが後ろから黒い艶やかな長い髪があり、鎧も女性らしい形をしている。耳になんかピアスをしてるが…あれは勾玉?

 どう見ても怪しい人物に遭遇してしまったなと思ってたら、

 

「ラ、ラ~。ラララ~」

 どこからか歌声が聞えて来た。声がする方を向くとさっきまで誰もいなかった波打ち際に、白い髪をして白いワンピースを着た女の子が踊りながら歌っていた。

 

 「え、何これ?どういう状況?」

 前方には黙って立っている女武者。波打ち際には歌って踊っている女の子。いつの間にか知らない場所にいて、何故か記憶はあやふや。この異常事態に混乱しかけたが、俺はある結論に達した。

 

「ああ、私死んだんだ。つまりここって…あの世?この海みたいなのが三途の川?予想以上にでかいんだ」

 なんというか、それ以外は考えられない。もしかしたら夢という可能性もあるけど、夢にしては…なんかこう、違う気がした。人生わずか15で死ぬとは…さすがに未練が出てくると思ったが、何故かあまりわいてこない。父さんの事を思うとさすがに罪悪感が生まれてくるが、

 

「なんだろう、こうやり遂げた感があって安心してるこの感覚は…それよりもここが三途の川ならどうしよっかな。六文銭持ってないから渡れるかなあ」 

 くだらない事を考えていたら、

 

「力を欲しますか……?」

 どこからか声を掛けられた。

 前方の女武者に顔を向けるが、どうもこちらではないようだ。波打ち際にいた女の子の方を向くと、歌うのを止めて海を見ていた。そっちに顔を向けると…波の中、膝下までを海に沈めた女性が立っていた。その姿は白い甲冑を纏った騎士のような姿をしており、顔は半分覆っているガードのせいで口元しか見えない。それをじっと俺は見ていたら、

 

「力を欲しますか……?」

 再び声を掛けてきた。

 

「え~っと、すみません。ここどこですか?やっぱりあの世?三途の川ですか?六文銭持ってませんけどできれば天国の方に運んで貰えませんか?」

 

「力を欲しますか……?」

 …質問は見事に無視され、さっきと同じ言葉を言われた。

 

「いやあの、どこか教えてくれたら助かるんですけど…」

 

「力を欲しますか……?」

 

「綺麗な鎧ですね、どこで手に入れたんですか?」

 

「力を欲しますか……?」

 ………何この人。レヌー○城の王様?求める答え以外は受け付けないって訳?

 

「力を欲しますか……?」

 しつこく聞いてくるこの騎士さんに、

 

「いらない」

 俺はそう言い返した。って何!この騎士さんもだけど、さっきの女武者も女の子も俺を凝視して!そんなに変な事言ってないけど?

 

「力を…欲しないという事ですか?」

 女騎士がどこか困惑したような声で話しかけてきた。

 

「いや欲しくないというわけじゃなくて…力は自分が努力して手に入れてこそ価値あるし。なんか貴方の口振りから不思議な力を私に与えてくれるみたいな感じがしたから、そういうのは断っただけ。どんな力かは知らないけど、与えられた力なんて怖いし信用できない」

 

「では貴方は…どんな困難な事があっても自らの力だけで立ち向かうのですか?」

 

「まさか、一人だけじゃ無理に決まってるじゃない。自分だけの力じゃどうしようも無い事が起きたら素直に他人の手を借りるかな。それが当たり前だと思うし」

 哲学を語るわけじゃないけいど、一人では生きていけないなんてのは当たり前の事だ。一人で食べ物を集めたり、衣服を作ったり、家を作るなんて俺には出来ないし。

 

「…では、貴方にとって力とは何ですか?そして何の為に使う物ですか?」

 質問が多いなあこの人。しかもなんでこんな禅問答みたいな事しないといけないんだろう?……まあどうせ真面目に答えないと同じ質問を延々とするんだろうから答えるけどさ。

 

「さっきも言ったけど、努力して手に入れるものかな。言いかえれば頑張った結果が力だと思う。何のために使うだけど、自分の為と誰かの為に使うものかな。これの優劣は付けられないと思う」

 

「誰かの為に…ですか」

 

「そう。自分の為だけでなく、誰かを助けるため守るために力は使うべきかな。ま、誰かを…家族や友達を助ける為に自分の持っている力を使うのは大事だと思う」

 そう言って俺は、一夏の顔を思い出す。一夏なら、絶対こういうだろうし…俺も一夏を見て来たから素直にそう思う。

 

「貴方の言う力とは…自分の為、そして他人の為に使うべきで…自らの力が及ばない時は他の人の力を借りるという事ですか」

 

「う~ん、まあそうなるかな。一人で無理なら、信頼できる人と協力して欲しいかな。それなら…お互い対等だしね」

 

「わかりました…、貴方は実に面白い人だ」

 騎士さんはそう言って笑った。…当たり前の事言っただけだと思うけど。

 

「なら、一緒に協力する、力を貸すならいいいんだよね」

 女の子がそう言うと、その子は女武者の方に行った。

 

「さあ、こっちに来なよ。言いたい事あるんでしょ」

 そう言って、俺の前まで女の子は女武者を引っ張ってきた。そこに騎士さんが近づくと、

 

「なら、まずは私がこの子に協力します」

 騎士さんはそう言って、なにやら女武者さんの肩に手を置いたが、…何をしたのかはさっぱりわからん。その後女武者の方が俺に顔を向けた。俺はじっと…女武者を眺める。

 

「葵」

 ふいに女武者は俺の名前を呼んだ。初めて聞く声なのに…何故か心地よかった。

 

「私は…二度も貴方を守れなかった。でもそれでも…私は貴方と戦いたい。一緒に戦いたい。だから」

 そう言って女武者は俺に右手を出して言った。

 

「私を…信頼してくれますか」

 普通初対面でこんな事聞かれたら絶対拒否するが、この女武者は…違う。こうして会ったのは初めてだけど、初対面ではない。おそらく初めて会ったのは…。

 そこまで考えると、俺は笑みを浮かべて右手を握った。

 

「もちろんよ、スサノオ」

 そう言うと、目の前の女武者――――スサノオは笑顔を浮かべた…と思う。仮面付けてるからわからないし。

 

「じゃあ、まずは貴方に力を貸しますね」

 スサノオが言うと、急速に世界が薄くなっていくのを感じる。夢から覚める時の感覚が一番近いかな。薄れゆく世界の中、最後に、

 

「頑張ってね、そして…皆を守ってね」 

 女の子が呟いたのを聞いた。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました。

 長い長い夢を見ていた。夢の内容は大半は忘れてしまった。でも、

 

「貴方がここにいるって事は…私が何をすべきかなんて考えるまでも無いか」

 俺はベットの横で鎮座しているスサノオに語りかけた。全身を包帯で包まれてたが、それを無造作にほどいていく。傷がもう完治していることは、起きた時から何故か理解出来ていた。包帯を取り、着替えると

 

「じゃあ、行きますか」

 やるべき事をするために、俺はスサノオに触れた。

 


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