「次一夏君! トップスピードを維持しながら右に旋回! その後八時の方向に瞬時加速! そしてラウラ君とシャルロット君からの攻撃を避けながらもスピードは維持するように!」
「はい!」
「ああ、一夏君! 攻撃に気を取られ過ぎ! スピード落ちてるし方向もズレてる! でも瞬時加速は問題無し!」
「はい会長!」
「こらー一夏君! 会長でなく楯無と呼んでって言ったでしょ!いい加減覚えてよ!」
「はい、楯無さん!」
8月30日、夏休みがもうすぐ終わる頃一夏は楯無からこの夏の特訓の総仕上げを受けていた。楯無が千冬と交代で指導を行うようになったのは2週間ほど前の事だが、二人の指導は昼夜交代で毎日のように行われた。
朝は早くから千冬から剣道の指導を受け、午前はそのまま千冬から操縦理論からISにおける近接戦理論を体で叩き教え込まれていく。午後は楯無から遠距離戦の概念からISの武装解説とその対処法。たまに楯無の指導が終わった後は、箒と葵に連れられて剣道部にも顔を出すという、ISのお国家代表も顔負けの練習量を一夏はこなしていった。
ちなみに事前に遊び行く予定などを言えばあっさりそれは通るのだが、逆に言えば予定が無ければ強制的に一夏は特訓をする日々を送る事となっていた。
(……いやあしかし、一夏君の覚悟って本物だったのね。先月から織斑先生がしごき倒してたって聞いたけど、それでも今の一夏君は入学当初と比べると恐るべき速度で上達している。一度学習したことを着実に物にしているし、IS乗りの才能かなりあるわね。さすが織斑先生の弟ってことなのかしら)
上空で、一夏の特訓に協力しているシャルロットとラウラの攻撃を避けながら楯無の指示に従っている一夏の姿を見ながら、楯無は内心で感嘆していた。
(臨海学校前のデータは織斑先生から見せて貰ってたけど、あの頃は本当に弱かったのに。今では代表候補生除いたら一夏君が余裕でトップね。この調子なら二学期最初の実戦訓練であの子達の驚く顔が見れるでしょうね。あ、いやもう見えてるわね)
一夏の特訓に協力を申し込んだシャルロットにラウラだが、己の攻撃を紙一重で避け続ける一夏に驚いた顔をしていた。
(彼女達も弱くはないけど、やっぱし彼女達と比べて一夏君の方が強くなりたいって気持ちが段違いだものね。それに、この一夏君の驚異的な成長もやっぱり目標があるからかな。おそらく一夏君が今一番超えたいと思っている相手はあの子で間違いないだろうし)
その後さらに楯無は一夏に指示を出し、一夏がそれをこなしていく姿を見て、半月前自分が戦った葵の姿を思い浮かべる。かつて同じ道場で剣術を修行したせいか、もしくは千冬の指導のおかげか、一夏と葵の動きは似ている個所が多い。
(あの子と一夏君。IS学園という破格の環境にいる分一夏君の成長速度は葵君以上。一夏君次第でもしかしたら……在学中に倒せる可能性が見えてきたわね)
扇子を広げながら、楯無は薄く笑った。
「は~い、一夏君! 今日の訓練はこれで終了!」
「……ぜえ、ぜえ、あ、ありがとうございます」
午後五時を過ぎたあたりで、本日の楯無さんの指導が終わった。疲労困憊で、足が少し震えている。
「うんうん、一夏君は教えたら教えるだけ強くなっていくからお姉さん教えがいがあって嬉しいよ。君はこの夏休みの間で本当に強くなった! 正直お姉さん、学園長や政府のお偉いさんから一夏君の護衛とかしろとか言われてたけどもう必要なさそうな位強くなってるわよ!」
「え、楯無さん……なんですが護衛って」
なんか聞いたらいけないようなセリフが聞こえたような気がするんですけど。しかし俺のつっこみに対し、楯無さんは笑顔で無視して強くなったと連呼していく。
「じゃあ一夏君、この夏休みの間体を酷使し続けたから二学期が始まるまで訓練はお休みね。織斑先生も少し休めと言われてるから、二学期始まるまでゆっくりしないと駄目よ」
そう言い残して笑顔で立ち去っていく楯無さんだが……いえ、今日はもう30日で明日でおわりなんですけどね。でも、よかった。明日は休みか。
「千冬姉には明日は休む事言ってたから、丁度よかった」
さて、では後はあいつ次第だな。
夜七時、違うアリーナで訓練していた葵達も食堂で合流した俺等はいつものように一緒になって食事をしていた。
「よく食べるわね一夏」
「お前もな」
葵が俺のトレーの中身を見て苦笑する。先月から千冬姉の指導を受けてから、食べる量が以前の2倍以上となった。今日の俺のトレーの上には、カツ丼大盛りにスペアリブ、豚汁にレバニラ炒めがのっている。葵のトレーを見たらごはん大盛りに豚汁、鰆の西京焼きに野菜炒めと筑前煮にほうれんそうのおひたしがのっていた。いや一品一品が少ないから俺と比べたら葵も少ないけど、箒達の量と比べたらかなり多い方だ。もっとも、葵の身長は170近くあるため、箒達と比べるのは間違いなんだろうけど。
「先月から思ってたが、一夏最近食が偏っているぞ。肉ばかり食べて野菜も食べたらどうだ」
箒が俺のトレーを見て顔をしかめる。
「教官から指導を受けて以来、嫁の食事の量は増える一方だな。以前私には夜食べると太るなぞ言っておきながら」
「いやラウラ、それとこれは違うと思うよ。一夏の場合以前よりも運動量が増えたんだからむしろよく食べないと。それに一夏は今が成長期みたいだし」
シャルの視線が俺の体に向けられる。それにつられてか、皆俺の体に視線が注がれていく。
「そういえば一夏さん、背が少し伸びられました?」
「それよりも筋肉が増えたわね。プール行った時から20日以上経ったけど、あの時よりも増えたの服の上からでもわかるわよ」
セシリアと鈴が言うように、俺の体はあの臨海学校の頃から比べるとかなり変化している。背は実際の所2日前測った時は1㎝しか伸びてないから誤差の範囲だろう。でも体重は5㎏増えている。肉の量が増えた為、大きく見えてるんだろう。
「しかしそんなに肉ばかり食べたら体に良くないぞ一夏。バランスよく食べないとただのデブになってしまうぞ」
「ああ、それなら大丈夫だ箒。ちゃんと野菜は食べているからな。葵も同じ事言って、たまに業火野菜炒め作って俺に食わせているから」
「ブッ!」
なんだよ葵急に吹き出しやがって、汚ねえなあ。ん、あれ? 何で皆鋭い目で葵を見ているんだろう?
「い、一夏! それは秘密って言ったじゃない!」
あ、そういえばそうだった。つい言ってしまったが、葵から何故か秘密にしてくれと言われてたんだった。
「へえ、業火野菜炒めを一夏にねえ」
「普通の野菜炒めとはどう違うのか興味ありますわね」
「詳しく知りたいね」
「……はあ。まあそれは食べ終わったら話すから」
鈴達の視線が葵に集中し、疲れた顔で葵をしながら溜息をついた。
あ、そろそろ聞いた方が良いな。
「なあ葵」
「何一夏?」
何故か不機嫌な声で葵は聞き返した。
「明日暇か?」
「明日? ええ暇になったわよ。8月最終日だから好きに過ごしていいとか言われたから」
俺の質問に葵はなにやら皮肉めいた笑みを浮かべながら答えた。……葵も夏休みの間何度も急に政府のお偉いさんに呼ばれてたからなあ。
「よし、じゃあ問題無いな。葵、明日映画観に行こうぜ」
その瞬間、何故か周りの空気が凍ったのを俺は感じた。
「へ、へえ一夏。明日映画に」
何故か葵は目をきょろきょろ動かし、顔を引きつらせながら答えた。
「ほお嫁よ、明日映画を見に行きたいのか。な」
「ああ、すまんラウラ。明日見たい映画はちょっと特別なんだ。俺と葵の分しか確保出来なかったんだよ」
「特別?」
「特別って……一夏まさか」
「いや鈴、何を誤解して赤くなっているか知らんが来月公開の映画の試写会の券を二枚分手に入れたんだよ。ライトセイ○ーで有名なSF映画の金字塔の最新作なんだが」
「マジで! あの最新作の試写会なの一夏!」
おお、すげえ食いつきだな。まあ葵このシリーズ好きだからなあ。
「ああ、マジだ。応募してたら当たったんだよ。見に行こうぜ」
「もちろん!」
凄く良い笑顔で葵は了承した。よし、喜んでるな。本当は応募でなく、先週俺の白式のデータ取りの為来ていた役人のおっさんに頼んでもらったんだけどな。夏休みを潰されるんだ、これくらいの我儘はきいてほしい。
「あ…
浮かれる葵だが、何故か急にまた顔を引きつらせながら周りを見渡す。若干怯えたような表情を浮かべながら箒達を見渡すが、
「思い出した、そういや昔一夏の家でその映画の前作を弾とも一緒に見てたわね。あたしはそこまで面白くなかったけど、あんた達めちゃくちゃ興奮して見てたっけ。あたしはあんまり興味無いし試写会じゃチケット買えないし。二人で行って来たら?」
「そうだな、そういう状況なら仕方がないな。それに一夏も葵も、夏休み中何度も上からの理由で予定が潰されたのだし、久しぶりに二人でぱーっと遊んで来たらどうだ」
「!!!」
鈴と箒の言葉を聞き、何故か驚く葵。その後セシリア達からも同じような事を言われ、さらに葵は驚いていった。
「まあそんなわけで葵、明日は8時にIS学園出発するぞ」
「う、うん」
その後も、葵は戸惑いながら箒達の姿を眺めていった。
「へえ、ちょっと驚いたわね。誰か一人くらい食い下がると思ってたのに」
「いや、まあ葵には先々週世話になったし」
「わたくしも葵さんにはその……料理の件とかありまして」
「僕も……前葵のおかげで一夏と出かけられたし」
「教官の家に遊びに行く口実を葵は作ってくれたしな」
「あたしも似たようなものかな。そういうわけで今回は」
「わかってます。後をつけたりしませんわよ」
「……僕の時はつけてたけどね」
「いやあ、良い天気ねえ一夏」
「……」
試写会会場に向かう為モノレールに乗りながら、葵は外の景色を見ながら嬉しそうに言っている。外を見ると、8月最後の太陽の光が容赦なく目に入っていく。しかし、俺には陽射しよりも、眼前に座る葵の姿を直視出来ないでいた。
「ねえ一夏、場所はどこなわけ?」
「場所か、ああ、場所はいつものとこだ。『レゾナンス』の4階で行われる」
「そっか。新作楽しみよね」
葵は今日行われる新作映画の事で頭が一杯のようだが、俺は別の事に気を取られている。
葵は普段、出かける時はIS学園の制服か男の時よく着ていたジーパンと白Tシャツっ姿であった。今日もそんな恰好で来ると思っていたのだが……
「なあ葵」
「ん?」
「お前のその恰好なんだけど」
「ああこれ。もうすぐ夏が終わるし、せっかく鈴とセシリアが選んでくれたしね」
今日の葵は、臨海学校が始まる前鈴とセシリアの二人が選んだ赤のキャミソールに、白のミニスカート、そして黒く長いニーソックスを履いている。髪もストレートからポニーテールにし、腕や首にもアクセサリーを付けている。
……普段はこんな恰好しないくせに、何で急にこんな恰好を。おかげで何故かまともに葵を直視できないでいる。そんな俺の様子を、葵は全く気にせず再び外の景色を眺めていった。
「う~ん、面白かった! 最後に○ナキンが溶岩に落ちたようだけど絶対生きてると私思うな。そしてルー○が恋していた姫さんがまさかの妹! 終盤でヨー○がドゥー○ー伯爵と相打ちになってデス○ターを内部から破壊したりと見どころがありすぎて最高! ただ○イトセイバー戦闘シーンだけはプロの目から言わせると厳しい部分もあったかな」
「そら葵、俺達はISであれ以上の戦闘やってるからなあ。確かに俺も殺陣にはちょっと不満があった。ストーリーと戦闘機の戦闘は最高に面白かった」
数時間後、試写会は終わり俺と葵は映画の感想を言いながら会場を後にする。殺陣を駄目だしする俺と葵の声を聞いたファンが、たまに怒気をはらんだ目で俺と葵を見るが、すぐに驚いた顔をして離れていく。たまに「あの子、……だよね」「あの少年、確かTVで見た」な声が聞こえる為、俺達の正体はバレテるんだろうなあ。さっきから視線を凄く感じるし。葵は視線に関しては全く意に介してないな。羨ましい。
「一夏」
前を歩いていた葵が振り返ると、
「今日の映画、これで貸しは一つチャラにしてあげる」
笑みを浮かべながら俺に言ってきた。
「……こんなんじゃ足りないと思うけどな」
「私がいいと言ってるの。それに足りないと思ってるなら次はもっと凄いの期待するわよ」
うげ、ハードル上げてきたな。でも、葵には楯無さんの件や、なによりも臨海学校の時の件もあるし。
「オーケー。次は今日以上のやつにする」
「ま、少し期待しとくわね」
少しだけかよ。じゃあ、絶対葵の期待を超えてやるぜ!
「一夏、映画見終わったけどせっかくだしもう少し遊んでいかない」
「ああ、そうだな」
「じゃあ近くにラウンド○ンがあるし、そこ行こうぜ」
「いいわね。久しぶりにビリヤードで勝負しよっか」
そういや俺も最後に行ったのは今年の三月に弾達と行った時以来か。ようし、ISでは負けてるが、こっちの勝負は勝たせてもらうぜ!
「……負けた」
「よし、私の勝ち!」
ラウンド○ンに来てからの最初の勝負、ビリヤードのナインボールによる戦いは葵が勝利した。しかし、俺は負けても後悔はなかった。
「葵、次は冬になったらまた勝負しようぜ」
「いいわよ、返り討ちにしてあげる。でも何で冬なわけ?」
「色々事情があるんだよ」
キャミソール着ているせいでお前がボールを打つ時、物凄く胸がヤバい光景になってたからとは言えない。つうか気付けよ葵。周りに人がいなくてよかったぞマジで。
「? まあいいわ。じゃあ次はボーリングやらない? 勿論負けた一夏のおごりで」
……………。
おい、お前は本気でいってるのか。ビリヤードは丁度周りに人がいなかったからよかったが、ボーリングは……。
「いや葵、ボーリングでなくカラオケ行こうぜ。急に叫びたくなった」
「あ、カラオケもいいわね」
葵の意識をボーリングから逸らすことに成功し、気が変わらない内に俺は葵と一緒にカラオケコーナーに向かうことにした。
……たまに抜けてるよなあこいつ。
ミニスカート履いてボーリングしたらどうなると思ってんだよ。
「負けた……」
「ははは、今度は俺の勝ちだな!」
俺と葵で5曲歌い合計点数でどっちが上か勝負をし、僅差で俺が勝利した。もっとも歌う曲はバラバラで、ただお互い好きな曲を歌い競うだから純粋にどっちが歌唱力が上とかはわからんけど。
「ちぇえ、じゃあ負けたし今度は私が一夏に何か奢ってあげる。クレープでいい?」
「おう」
少し疲れてきたしな。そういや昼飯食ってないけど、もう微妙な時間だし夕食まで我慢するか。
クレープ屋に着き、葵はチョコバナナ、俺はマンゴープリンを注文。店員のお姉さんは手際良くクレープを作り俺と葵に商品を渡した後、
「980円になります」
凄く良い笑顔をしながら俺に代金を請求した。
いや、まあその反応は別に良いのだが、葵が財布から千円出して小銭受けに置いたのに、
「980円になります」
葵が置いた千円を無視して、店員さんは俺に代金を請求してきた。店員さんは顔は笑顔を浮かべてるが、目は笑っていなかった。
男が払うの当然でしょ
店員さんの目は俺にそう言っていた。
……ああ、今の世の中じゃ男が奢って当然な風潮だからなあ。
「これでお願いします」
葵がかなり強めな口調で、再度店員さんの前に千円札を置いた。声にも怒気がはらんでおり、ドスのきいた声を聞いた店員さんは驚き慌てて清算しておつりを葵に渡した。俺と葵はクレープ屋から離れていくが、「なによ、甲斐性無しの男ひっかけちゃって」「男が奢るのが当然なのに」みたいな声が背中から聞こえてきた。
「……気分悪いわね」
「何でお前が怒るんだよ」
いや俺の為に怒ってくれるのは嬉しんだけどな。
「一夏、逆の立場だったらどう」
葵の問いに、俺は即答で返した。
「怒るにきまってる」
その後時間があっという間に過ぎていった。たまにハプニングがあったが、まるで二年前みたいに馬鹿やりながら過ごした。いつもIS学園にいるため、ハメを外して遊び回っていった。
夏の最後で、おそらく一番楽しい時間を俺は過ごすことが出来た。そしてそれは……葵も多分同じだろう。
何せIS学園で再会してから、俺が見た中で一番良い笑顔を―――浮かべていたのだから。
そして、翌日から二学期が始まったが……最高の気分から最悪の気分へと叩き落とされた。
そろそろ物語進めます。