IS~女の子になった幼馴染   作:ハルナガレ

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学園祭 親子

 来てよかった。

 一夏からIS学園の招待チケットを貰い、女の園に行けると最初浮かれていたが、今ではそんなものはどうでもいいと思っている。何故か知らない妊婦さんが産気づいていて、その人を介抱していたら何故かIS学園に入るどころか妊婦さんと一緒に病院まで行ってしまうというアクシデントに巻き込まれたが、その結果俺は―――メイドの格好をした葵と一緒に二人でIS学園を回れる事になったのだから。

 最初一夏が迎えに来るはずだったのに、あいつ何故か電話に出ない上に、迎えに来たのは一夏でなく葵一人。つまり……これはメイドの格好をした葵と学園祭デートを体験出来るって事か!

 所詮は友達と二人で学園祭を回るだけだが、友達でも相手は美少女で結構気の置けない仲だし。しかも今の葵はメイド姿! いやデートでメイド姿は関係ないが、相手が可愛い恰好しているのは超重要! 目の保養になるし何より俺が嬉しいからだ!

 予想通り、葵のメイド姿は……いい。メイド喫茶行ったこと無いが、多分葵レベルの美少女と会う事なんてまずありえないだろう! そんな女の子と一緒に学園祭を満喫! やべえ、俺ってマジで運が良すぎるぜ!

 ん? どうした葵、校門をじっと見て? それよりもはやく中に入ろうぜ! 遅れた分楽しまないと損

 

「あれは……鈴のお父さん」

 は? 葵何を言ってるんだよと思ったが、葵の見ている場所をもう一度良く見たら、

 

「あ、マジだ」

 学園の入り口付近で、校舎を見上げているおっさん。何度か鈴の家で飯を食べに行ったことがあるから覚えている。多少の記憶の姿よりも痩せているうえに少し老けているが、間違いなくあれは鈴の親父さんだ。

 

「やっぱりそうよね。何でここにって、考えるまでもないわね」

 

「だな」

 葵の考えている事が俺にもすぐにわかる。鈴の親父さんがここにいるのは、どう考えても親父さんは鈴に会いに来たんだろう。詳しい事情は知らないが、鈴の両親は離婚して親権はおばさんの物になってる上に、おばさんも鈴も中国に行ってしまったもんな。また鈴は日本に戻って来てもIS学園に通っているから会おうにも会えない。学園祭なら中に入れるかもしれないと思って此処まで来たものの、チケットがないから入れなかったってところだろう。

 俺の横にいた葵が、校門に向かっていく。俺も葵の後ろに付いていきながら、さようならデートと思う事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「店長、お久しぶりです」

 

「おやっさん、久しぶり」

 

「え……、ああ! そうだったね、君は鈴と同じここの生徒だったんだね。お久しぶりと言うべきかな葵君、弾君」

 鈴の親父さん―――おやっさんは葵が挨拶した時は怪訝な顔をしたが、続く俺の挨拶と顔を見て俺達が誰だか気付いてくれたようだ。TVで騒がれたとはいえ、昔のイメージがある人には今の葵の姿はすぐに葵だと認識出来ないだろうしなあ。

 

「店長におやっさんか。そう呼ばれたのは随分久しぶりだよ。葵君、TVで君の事は知ったよ。……正直驚いたけど、今の君の姿を見たらこれでよかったんだと思うよ。綺麗になったね」

 

「あ、ありがとうございます」

 おやっさんの綺麗になったねの言葉で、葵は少し顔を赤くして照れている。葵って意外に褒め言葉に弱いな。

 鈴の店で葵はバイトをしてた時、葵は鈴の親父さんを店長と呼んでいた。俺も一夏と葵と一緒に何故か巻き込まれてバイト紛いをやらされ、別に雇われてるわけじゃないのでおやっさんと呼んでいた。

 

「まさかここで葵君に会えるとは思わなかったよ。本当に久しぶりだねえ。二年位前かな、君が姿を消したのは。あの時は弾君もだが、うちの鈴もかなり落ち込んでてね。それ以上に一夏君がうちで」

 

「あ、あの! そ、その話はまた後にしましょう! それよりも店長! 何してるんですって、言わなくてもわかりますよ。中に入りたいんですね!」

 

「え……ああ、学園祭なら一般公開されてると思って今日来たんだが、まさか招待制だとは思わなくてね。チケットを持ってないから門前払いされたんだけど葵君、君が中にいれてくれるのかい?」

 

「はい、任せてください! 店長、私に付いて来て下さい」

 そう言って、葵はおやっさんを連れて校門前まで歩いていく。俺もその後に続いていくが、葵の奴どうやって中に入れる気なんだろうか?

 

 

 

 

 

「……チケットを無くした?」

 

「はい、私が送ったチケットを店長が道中落としてしまったようで」

 校門入り口、入場者をチェックしているお姉さんに葵は苦しい言い訳をしている。葵の横で、おやっさんもすみませんと謝っている。鳴るほど、確かに今日葵が招待した子が来れないのだから代わりにおやっさんを招待した事にして中にいれようってわけか。

 

「原則チケットを持ってない人の入場は禁止されてるのですが」

 

「そこをなんとかお願いします虚さん! 今日ここに来るのを店長楽しみにしてたんです!」

 

「……はあ、わかりました。確かに一応確認した所、あなたのチケットが使用されてないのはわかったので」

 

「それじゃあ」

 

「ええ、許可してあげます。でも今回だけにしますからね。ようこそIS学園へ。楽しんでいってください」

 そう言って虚さんは俺やおやっさんに微笑みかけてくれた。おおお! やべえ、この人堅物かと思ったけど、そうじゃなくて良い人な上に笑ったら凄く綺麗というか可愛い! 胸も葵並にでかいし、俺のもろ好みだこの人! よし、一夏を見習って俺もこの人とお近づきに!

 

「何やってんの弾、 行くわよ」

 

「グエ!」

 微笑みかけられた後ぼーっとそこに立っていたら、動かない俺を葵が首根っこ掴んで引っ張りやがった。

 

「痛いじゃねえか葵!」

 

「何ボーっとしてんのよ。私の休憩時間短いんだからさっさと動く」

 葵に引っ張られながら、しぶしぬ俺は若干名残惜しいが虚さんがいる場から離れることにした。

 

 

 

 

 

「ねえ、ちょっとあれって」「え、あああの子って確か!」「青崎さんと一緒に写っていた赤毛の少年じゃない! え、本当に青崎さんの彼氏だったの?」「でも青崎さん否定してたわよ」「でも青崎さんと二人で一緒にいるって事は」「え、でもおじさんも一緒にいるけどあの人は?」「あの赤い髪の子の父親?」「親同伴でデート? ありえないでしょ」

 

「……なあ葵、今更だが俺とお前が一緒に歩くのって誤解招いてヤバくないか。さっきから結構俺を見て周りが噂してるんだが」

 学園内に入り、色々変わった設備や作りをしているから興味深く周りを見ていたら、周りからの俺を見る視線に少し怖い。

 

「何を今更な事言っているのよ。大体それなら私は一夏と四六時中一緒に行動を共にしているわよ。IS学園に来る男性ってそもそも少ないから誰でも注目されるわよ。現に店長だって噂されているわよ」

 ……プール行った時もそうだが、葵のこの他人の視線を気にしない能力は本当に凄いな。しかし、確かに葵の言う通りかもな。一夏なんか葵と同じ部屋で生活してるんだし、俺なんかは話の種程度なんだろう。

 

「私の場合はちょっと違う気もするんだけどね。しかしやっぱりあの記事は出鱈目だったんだね。鈴と一夏君の件があったから少し気になってたんだが」

 

「あ、やはりおやっさんも娘の事だから鈴と一夏の仲が気になったんですか」

 

「そりゃあ親として、娘の恋愛は気になるよ。でも一夏君となら大歓迎だけどね。店で働いていた時から、彼の人間性は何の問題も無いからね。娘の好意に気付かない点は少し駄目だが」

 おやっさんも、一夏の鈍感についてはよろしくないか。そういやおやっさんもおばさんも、一夏に店継がないかと誘ってたし一夏と結ばれる事に関しては容認してるんだよな。

 

「でも私は、あの雑誌の記事を読んで思ったのは鈴の事でも無く一夏君と葵君についてだけどね」

 

「……まさか店長も私と一夏が付き合っているとでも思ったんですか?」

 前を歩いていた葵が、すこしげんなりした顔で振り返った。 

 

「いや、今は付き合ってないけどそう遠くない内になるんじゃないかい」

 

「はあ? 無いですよそれは」

 おやっさんは薄く笑って言うと、葵はさらにげんなりとした顔になった。そんな葵を、おやっさんは微笑ましく見ている。……なるほど、おやっさんはあの記事をそう判断したか。

 

「それよりも店長、もう一階上がれば鈴の教室に着きますからね。心の準備をしていてください」

 そう言って葵が階段を上り始めたが、

 

「おやっさん?」

 階段の前でおやっさんは足を止めてしまった。

 

「? 店長、どうしたんです?」

 後ろからおやっさんや俺が付いてこないので、葵も立ち止った。

 

「……君達は、聞かないんだね」

 階段の前で立ち止まっていたおやっさんは、少し自嘲めいた表情を俺と葵に浮かべながら言った。

 いや、今更その話題をしようはないでしょおやっさん。

 

「私達一家がどうなったか知っていても、何でそうなったかは鈴も知らない事なのに。そんな私を君達は疑いもせず鈴に会わせてくれようとする。どうしてだい?」

 ……まあそりゃ俺も葵も、おやっさん夫婦が離婚した理由は知らないけど、わかることはあるからなあ。

 

「そうですねえ。単に私は鈴に会えないけどおそらく何時間もIS学園の外から校舎を眺めている店長が、そこまで娘に会いたがっている店長が悪い人のはずないと思っているだけですよ」

 

「葵が失踪した時、落ち込んでいた一夏をおやっさん色々美味しい料理を振舞って一夏を慰めていた。あんな優しいおやっさんが原因で離婚とか俺信じられないんだよなあ」

 いやおばさんも優しかったし、二人の仲は店にいる時は大変良好に見えてたんだけどなあ。どっちが原因とか考えられないのが本音なんだが。ちなみに俺の台詞を聞いた葵は一瞬顔を引き攣らせた。

 

「……ありがとう。こんなに嬉しい事をいってくれるとは。鈴は本当に良い友達に巡り合えたもんだ」

 あ、おやっさん少し涙ぐんでいる。いやこの程度は当たり前と思うんだけどな。

 

「まあ実は私、鈴からおおよその事情は聴いたんですよね」

 って葵、お前は事情しっとるんかい!

 

「え、鈴からかい! でも鈴は」

 

「もうわかってますよ。鈴は店長と奥さんが何故離婚したかも」

 驚くおやっさんだが、葵はそんなおやっさんに、

 

「鈴は私に頼みがあって、その時事情を話してくれたんです。店長が思っている程、鈴ももう子供じゃないですよ」

 笑みを浮かべながら、若干少し誇らしげに言った。

 

「そうか、鈴はもうわかっているのか」

 そう言って大きく溜息をつくおやっさん。いや、二人だけで話を進めないでくれ。そんな俺の視線に気付いたのか、葵は一瞬俺に視線を向けた後、またおやっさんに視線を戻した。そんな葵の様子をおやっさんも察し、

 

「まあ、彼にも教えてもいいよ。彼だけ知らないってのも可哀想だし……私も少し話したいからね」

 事情を知らない俺に説明してくれると言ってきた。

 

「え、いやおやっさん。話しにくい事なら言わなくても」

 まあ家庭の事情だしな、他人がそんなに口出しするようなもんでもないし。

 

「違う。君達が優しいからおじさん少し甘えたくなってね。本音はおっさんの愚痴を聞いて貰いたくてね」

 

「はあ、そういうことでしたら」

 ……何か実は話したがったりしているような感じがするのは俺の気のせいだろうか。」

 

「じゃあここじゃあれなんで、向こうのテラスに行きましょうか」

 葵はそう言って、近くのテラスまで俺とおやっさんを案内し、俺はそこでおやっさんの離婚の真実を聞いた。

 

 

 

 

 

 10分後、俺達は再び鈴のいる教室に向かっている。おやっさんが話す離婚の真実だが、要約すると……全ては鈴の母親、いやその家系が原因だった。鈴の母親、おばさんの家が実は中国でも結構有数な豪族の家だったらしい。おばさんはその家の末娘だったようで、町で食事に行った時その店で厨房見習いをしていたおやっさんと出会ったのが馴れ初めだとか。しかしおやっさんは日本人で、中国には修行の為来ていた。おばさんの家は大の日本嫌いだったので、二人の仲は認めないと拒絶。その為二人は駆け落ちしたとの事。この当たりを話すおやっさんの顔は大変良い顔していた。

 しばらくは中国のどこかで細々と店を構えて生活していたが、おばさんの家に場所を見つけられたので、おやっさんの故郷である日本に逃げたとの事。その後は鈴は一夏と葵に出会い、中学では俺に出会いと話が進んでいくが、中学2年の時行われた全生徒IS適正試験。その結果が鈴にとって、そしておやっさん夫婦にとって不幸だった。

 鈴はIS適正試験でA判定を出した。しかし国籍は、おやっさんが日本人でもおばさんは中国人。どう判定していいか判断に迷った役人さんが中国にもこの結果を教えた。その結果おばさんの実家に居場所を特定された。貴重なA判定の子を中国も欲しく、またおばさんの実家も自分の一族からIS国家代表がでるのを期待し、かなり強引な方法でおやっさんとおばさんは別れさせられ、鈴を中国に連れて行った。

 正直、話を聞いて俺はおばさんの実家とやらに心底ムカついた。おやっさんもおばさんも何も悪くない。ただその実家の意向ってだけで離婚させられ、鈴を強引に中国に引き込んだなんて。鈴も、自分がIS適性が高かったからそんな事態になったのだと知った時のショックを思うと……。

 後半は暗い表情で話すおやっさんに対し、葵は終始無表情だった。いやあれは事情は知っていたとはいえ、怒りを抑えこんでいたんだろう。

 おやっさんが全てを話し終わった後、葵はおやっさんの手を取り、

 

「店長、さあ行きましょう」

 再び鈴のいる教室までおやっさんに案内を開始した。

 

 

 

 

 

「さあ店長! ここが鈴のいる教室です」

 

「ここに……鈴がいるのか」

 鈴がいる1年2組の教室の前で、おやっさんは扉を見つめている。1年振り以上の再会になるので、かなり緊張しているようだ。

 しかし、鈴の組の出し物は中華喫茶とは……。間違いなく、鈴の影響でこの企画になったんだろうな。鈴の奴、中華はそれなりに作れるからここの主力となっている事だろう。料理だけでなく見た目も充分良いからウエイトレスでも活躍できるし。

 そしてすぐ横に1組―――一夏と葵の教室もあり、葵のクラスメイトと思われる人達から「あれ? 青崎さんだ」な声や視線がこっちに来ている。……俺もめっちゃ見られてるから、早く中に入って欲しい。

 

「店長、何時までもそうしてないで入りましょうよ」

 

「ああ、そうだね」

 葵に促され、おやっさんはようやく教室の中に入った。

 

 

 

「ホゥアンイン・クヮンリン! 何名様でしょうか?」

 教室に入ると、チャイナ服を着たかなり可愛い子から大きな声で挨拶を受けたが……今なんて言ったこの子? 隣の葵も少し困惑しているようだ。

 

「ホゥアンイン・クヮンリンは中国語でいらっしゃいませだよ」

 

 俺達が首を傾げていると、おやっさんが微笑みながら教えてくれた。とりあえず俺達は受付に来た子に人数を教え、席まで案内してもらった後鈴を呼ぶようお願いした。

 

「とうとう、鈴がここに……」

 家族バラバラにされて、久しぶりの親子再会。おやっさんは落ち着かない様子で辺りを見回している。

 

「店長、少し落ち着いてください。せっかくですから何か注文しましょうよ」

 挙動不審なおやっさんに苦笑した顔で言いながら、葵はメニュー表を開く。そうだな、俺もどうせだし何か注文しようかと思ってメニュー表を見ようとしたら、

 

「……ああ!」

 急に大声が聞こえ前を向くと、そこにはメニュー表を見ながら驚いている葵がいた。

 

「何だよ葵、何を」

 

「店長、これ見てください!」

 俺の疑問を無視し、葵はメニュー表を店長の顔の前にかざした。

 

「え、どうしたんだい葵君……」

 いきなり目の前に出されたメニュー表に、おやっさんは驚いた顔をしながら眺めていく。するとおやっさんの顔が、最初は困惑、次に驚愕、そして最後は―――目じりに涙を浮かべて行った。

 

「そうか……」

 おやっさんは泣き笑いしながら、メニュー表を眺めている。何事かと思い、俺もメニュー表を眺めてみる。メニュー表には中華まんからしゅうまい、胡麻団子にちまきと特におかしな所は見受けられないんだが……。

 

「弾、このメニュー一覧に見覚えない?」

 笑みを浮かべながら葵が言うも、見覚えって……あ!

 

「思い出した! これって確かおやっさんの店の点心メニューだ!」

 

「正解! 店長の店で扱っているメニュー全部載っているわね」

 懐かしそうに、葵はメニュー表を眺めていく。ああ、そうだったな。このメニュー全部、おやっさんの店で出されてたもんだ。鈴がおやっさんとおばさんがいたあの店の事を、とても大切に思っているのがこれを見たらよくわかる。

 そして俺達がメニュー表を見ながら感慨にふけっていると、

 

 

「パーパ……」

 何時の間にか俺達の近くにいた鈴が、俺達を、いやおやっさんを驚愕した顔をしながら何か呟いていた。

 

「鈴……」

 鈴が来て、おやっさんもまた緊張した顔で鈴を眺める。そこには歓喜と戸惑い、両方の感情が見て取れた。

 その後両者は無言で見つめ合う。……いや何かしょべってくれ。

 

「久しぶりだな。一年と半年といった所か。大きくなったな鈴」

 おやっさんと鈴、しばらくはお互い無言で見つめ合ったいたが、最初に声を掛けたのはおやっさんだった。

 

「う、うん。パー、いや父さんは……少し老けた?」

 

「まあ、いろいろあってね」

 鈴の失礼な言葉に、おやっさんは苦笑しながら答えた。

 

「どうしてここにいるの?」

 

「葵君にいれてもらってね」

 

「葵が」

 

「そ。店長が学園の外にいるのを見付けたから、私が中にいれたの」

 呆然としている鈴に、葵はにっと笑いながら答える。

 

「父さん……」

 再び鈴がおやっさんに顔を向け、おやっさんの顔を眺める。色々と何か言いたそうであるが、それを言葉に出せないでいるようだ。

 

「鈴」

 無言でおやっさんを見つめている鈴に、葵はメニュー表を振りながら鈴に呼びかける。それを見た鈴は、顔つきを変えると急いで厨房の方に向かっていった。

 

「どうしたんだ鈴?」

 

「まあ、黙って見ていなさい」

 数分後、鈴がまたこっちに戻って来た。手にはいくつかの蒸篭を掲げている。そしてそれを俺達の前に置いて、再び鈴はおやっさんに向き直る。蒸篭を開けると、中には中華まんと焼売、ちまきが入っていた。

 おやっさんは中身を見て、少し微笑みながらまずは中華まんからほうばった。口に入れ咀嚼し、味わって飲み込むと焼売、ちまきも同様に味わいながら食べていく。鈴はその様子を真剣な顔をしながら眺めている。

 そしておやっさんは全部食べ終わると、鈴の顔を見て、

 

「中華まんに焼売にちまき―――全て私の味だ。免許皆伝だ」

 とても嬉しそうな顔をしながら言った。そしてその言葉を聞いた鈴は、

 

 とても嬉しそうな、満面な笑みを浮かべた。

 

 

「うん美味しい! 鈴ってばやっぱり中華料理は作るの上手いよね」

 

「何よ中華料理はって!」

 葵も鈴の中華まんをほうばりながら褒めるが、中華料理はって部分に鈴が噛みついている。……いやあ、以前うちの店で洋食作ってた時の事を思うと、俺も否定できないなあ。

 俺も鈴が置いた点心を頂いていくが、確かに美味い。しかもこの味って、おやっさんが作ってたのと同じだ。俺の記憶の中の鈴じゃここまで作るのは無理だったはず。ならここまで美味しく作れるようになるのに、鈴の奴どんだけ頑張ったんだ……。

 

「待ってて。まだ持ってくるから」

 そう言って、鈴は再び厨房に戻っていく。その顔はとても楽しそうだった。

 

「店長、さっき私鈴から事情聴いたと言いましたよね」

 

「え、うんそうだったね」

 

「8月の初め頃でしたけど、鈴が急に私に頼み込んできたんですよ。あたし強くしてって。急にどうしたのと思ったけど、鈴が真剣な顔で言ってきたんです。中国の国家代表になりたいって」

 はあ! 国家代表に!? 何故急に?

 

「国家代表に! 鈴がそう言ったのかい」

 

「はい。いきなりそんな事言われて驚いたけど、鈴がその時に色々理由を私に教えてくれたんです。そして国家代表に何でなりたいかですけど」

 葵は、おやっさんの顔を見つめながら言った。

「国家代表になれば、おばさんの実家が何を言おうと黙らせる事が出来るからっていってました。今の時代なら、国家代表はその国でかなりの発言力もてますからね。だから鈴は国家代表になった時には、きっと」

 

「私と、妻を」

 

「はい、おそらく」

 葵の言葉を聞き、おやっさんは再び目じりに涙を浮かべながら顔を伏せた。それを笑みを浮かべながら見た葵は、次に俺の方を向くと、

 

「じゃあ弾。私達はもうでましょうか」

 片目を閉じて俺に言った。……う、いやちょっとその恰好でされると来るものがあるなあ。

 

 そうして、俺達は鈴が戻ってくる前に教室を後にした。

 

 

 

 

 

「まあこれ以上は親子水入らずってね。お邪魔虫は退散しましょう」

 廊下を歩きながら、葵は俺に笑みを浮かべながら言った。だよな、これ以上は俺達いない方がいい。

 

「しかしさっきの話だけど、鈴が国家代表になりたいとは。一夏もそんな事いってたな」

 以前電話で一夏の奴、葵も倒して日本の国家代表になってやるとか豪語していたな。まさか鈴も同じ目標をもつとは。

 

「まあ、鈴がそう思うようになったのは一夏のせいだけどね」

 

「一夏のせい?」

 

「ええ。一夏ががむしゃらにだけど、千冬さんに頼み込んで強くなろうとしていたの鈴は見ていたからね。最初はへっぽこだった一夏が、毎日倒れ込むまで強くなろうとしている姿を見て、鈴も負けていられない、あたしも一夏を見習って諦めずに頑張ろうと奮起したみたい。全く、一夏ってばやる事なす事他人に影響を与えるんだから」

 呆れたように葵は言うが、その表情は笑みを浮かべていた。

 

「へえ、一夏を見て」

 あんにゃろう、葵の言う通りあいつは天然で周りに影響与えやがるな。そしてそれは鈴だけでなく、きっと―――。

 

「そういや弾、どっか行きたい所ある? 私の休憩時間もうあんまり無いけど行きたい所に連れて行ってあげるわよ」

 

「あ、ああそうだな。じゃあせっかくだしここの特設アリーナとか見ていくか」

 横を歩いていた葵に声を掛けられ、我に返った俺はとりあえず事前情報で仕入れたIS学園の名所を言った。本当は場所はどこでもいいんだけどな。

 

「了解! じゃあ案内するわね」

 嬉しそうな顔をする葵の横を、俺も一緒に歩いていく。まあ、せっかく来たんだしもっと色々見て行こう。諦めていたデートが出来る事に、俺は浮かれることにした。

 その後俺と葵は、葵の休憩時間ぎりぎりまで一緒にIS学園の中を歩いて回った。その間、葵と一緒にいたせいで各方面からからかわれたりしたけど、短いがとても充実した時間を過ごせた。俺と一緒になって笑う葵は、どう見てももう以前のような男では無く……可愛い女の子だった。

 

 

 

 

 

「よお、いらっしゃいご主人様」

 

「……お前に言われたくないなあ」

  葵の休憩時間が終わったので、葵と一緒に俺は一夏と葵がいる1組まで来ている。どうせだし、俺も一夏と葵の接客を受けてみようと思ったが、やっぱり野郎の接客はいらねーな。

 

「大体一夏、ご主人様にいらっしゃいはないだろうが」

 

「だってなあ、お前にお帰りなさいとか敬語言いたくねーし」

 

「そうか、お前がそんな態度をとるなら俺も考えがある。今度俺の店に来ても、おかずの量を増やしてあげたりしねーぞ!」

 

「な、何だと……」

 

「はいはい、馬鹿な事言ってないの一夏、弾」

 俺と一夏のやり取りを聞いていた葵が、呆れた顔をしている。

 

「おい葵お前もかよ! ここはメイド喫茶なんだろ!」

 

「……はあ、わかったわよ。お帰りなさいませご主人様。席はこちらでございます」

 呆れた顔をしていた葵だったが、俺の不満を聞き渋々メイド接客してくれた。うん、やっぱりこういうのは可愛い女の子がやってくれる方が億倍いい。葵に椅子を引いてもらい、俺はそこに座ると一夏からメニュー表を受け取る。

 

「そういや一夏、お前俺からの電話無視しまくってたな。しかもお前でなく葵が俺の迎えに来たし。誘ったのはお前なのにどういうことだ?」

 

「あ、わ、悪い。つい忙しくて忘れていた」

 

「何か誠意ある謝罪が欲しいなあ」

 

「……ここの注文は俺が奢る」

 

「よし、それで手をうとう」

 まあ、実際の所一夏が来なかったおかげで葵と疑似デート出来たから逆に感謝したい位なんだがな。でも一夏には言えんし。数馬達には自慢しよう。

 

「そういやお前達、鈴の組には行ったか?」

 

「ええ、言ったわよ。一夏の言う通りビックリしたわ」

 

「だろ。メニューもだが味も店長と同じだもんな」

 

「まあ一番吃驚しているのは鈴でしょうけど」

 

「は?」

 葵の言葉に疑問符を浮かべる一夏。ふふ、一夏の奴ここにおやっさんがいると知ったらびっくりするだろうな。

 

「一夏君! 青崎さん! お友達が来て嬉しいのはわかるけど接客お願いー!」

 

「はーい」「今行く」

 俺と駄弁っていた一夏と葵だったが、クラスメイトの言葉を聞いて他の接客に行った。去り際に「ケーキセットとコーヒー取りあえず持ってくる。他にも欲しいなら誰でもいいから注文してくれ。払いは俺がする」と一夏は言ったが、さっき葵と学園を見て回っている時に色々食べたからなあ。まあケーキセットとコーヒーだけは有難くもらうか。

 ケーキが来るのを待ちながら、一夏のクラスのメイドのレベル高いなあとか思って他のメイドや葵を眺めていたら、

 

 

「葵―!」

 入り口から大声が聞こえ、そしてやたらとカッコいいイケメンが二人現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

    おまけ

「会長! 目標αようやく1組に突入しました」

 

「きたわね! 待ちくたびれたけど予定通りミッション開始! アリーナの特別ステージの状況は?」

 

「問題ありません。修正可能範囲内です」

 

「よし、じゃあ私は1組行ってくるから準備よろしく!」

 

「了解!」

 




また久しぶりに更新。
かなり鈴の家庭ねつ造しましたが、原作でも一夏は鈴の両親仲が良いと思ってたのでこんな感じにして見ました。
セシリア、ラウラ、箒、鈴に続き次話で葵のターンになります。島根での葵の過去の清算な話ですので、次はもっと早く更新出来るよう頑張ります。

……消費税上がるせいで辛い。仕事増やさないで欲しい

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