IS~女の子になった幼馴染   作:ハルナガレ

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突然ですが葵の過去編です。この話、アンチヘイトで鬱な展開ありますので嫌いな方は読み飛ばしてください。読み飛ばしてもそんなに支障はありませんので。


幕間 裕也と葵

「裕也ー、明後日買い物に出かけるからあんたも一緒に行くわよ。潮に清貴にも連絡しといてね。何時も通り、私や皆をエスコートしながら荷物持ち頼むわよ」

 

「……わかった」

 放課後、俺は部活に行こうと教室を出ようとしたら桜―――俺の幼馴染みは一方的俺に言うとさっさと俺の横を通って教室を後にした。おそらく俺の返事など聞いてもないだろう。俺の返事がはいしか無い事があいつはわかっているから。俺に潮達は桜の要求を拒否することは出来ない。例え大事な用事があろうとも、桜の要求を呑まざるを得ないからだ。

 

 女尊男卑。

 

 ISが登場し10年も経ってないのに、世間は完全にこの風潮となってしまった。世界最強の兵器IS。これを操縦出来るのは女性だけだから、女性の方が偉いという考えが世間では浸透している。

 理不尽だと思うし、俺には到底納得できない。これがISを作った開発者、篠ノ之束が言っているのならまだ理解出来るが、実際は篠ノ之束はこんな発言をした事は一切無いという。この風潮は自然発生的に徐々に世間の間から出始めて、完全に浸透したのが2年程前。それまではISは女性が扱える兵器ってだけだったのに、2年前辺りから完全に女性が男性よりも上な考えが定着してしまった。

 最初は他人事と思ってたんだが、幼馴染みの桜を始め学校の女子皆が男尊女卑を肯定してしまった。そのせいで、俺を含め俺の中学では男は女子から半奴隷扱いをしている。

 いや風潮だけなら、俺も潮や清貴も拒否したりする。でも、世間が、いや日本政府が女性優位の法律まで成立させてしまったから、俺達は従うしかない。以前、桜達の要求を拒否した奴が、理不尽な難癖を付けられて少年院送りにされた。俺達男子が必死になって擁護したが、教師から警察まで取り合ってはくれなかった。

 

 女子には逆らえない。

 

 これは学校にいる全ての男子の共通認識だ。

 

 去年までは、こんな地獄ような状況にはなってなかった。人口が少なく、同学年のほとんどが小学校の頃から一緒で皆それなりに仲が良かったのに。

 

 それが全て崩れたのは、桜。俺の幼馴染みが去年行われたIS適正試験で、A判定だが限りなくSに近いとまで言われるほどISの適正結果が高かったので、その後学校の近くにある出雲技研でISに乗って能力を測ったら一気に代表候補生まで上り詰めてしまった。

 昔からプライドが高く、横柄な態度で女王様気質の奴だったがそれでも悪い奴ではなかった。姉御肌な面もあり、年下とかの面倒見は良い方だった。それが代表候補生になって、周りから持ち上げられるようになったら変わっていった。専用機を持つようになったら、完全に自分は選ばれた人間と思うようになり、学校では女王として君臨している。教師も桜には何も言えないので、本当にやりたい放題だ。桜の側にいればおこぼれがあずかれるので、学校の女子のほぼ全てが桜に従っている。最初は桜の手前、横柄な態度をした女子も時が経てばそれが素となって男子を迫害するようになる。男子を迫害しない女子は、ほんの一握りしかいない。しかし、それは桜が気に入らないという女子というだけで、女子のグループからはみ出された子なだけ。学校に居場所が無く、多くが不登校となっている。

 

 ISの登場は、俺にとって、いや俺の学校の男子にとって害しかなかった。こんな兵器を作った篠ノ之束を憎み、女尊男卑の風潮を作った世間を憎み、力と権力に溺れた幼馴染みの桜が憎かった。

 中学二年の冬、この時の俺は酷い女嫌いだった。母親ですら、まあ多少の反抗期の成分も入ってたんだろうが女というだけで憎く思えてしまう時期だった。

 そしかし、そんな俺の考えはある日を境に変わる事となった。

 今でも忘れない。あの日の出会いが、俺や潮に清貴達を救ってくれた事を。

 

 青崎葵が、俺達の学校に転入した日の事を。

 

 

 

 

 

 中学二年の11月初旬、突然俺のクラスに転校生が入ってきた。

「青崎葵です。よろしくお願いします」

 壇上で挨拶する青崎の第一印象は、正直良くなかった。

 肩より少し長い髪に、TVで見る芸能人よりも数段上の容姿。身長も俺達男子とほぼ変わらない位高いせいもあり、同年代なのに年上に見えた。身長だけでなく、セーラー服越しからでも明らかに周りの女子達よりもスタイルが良いのがわかる。

 以前なら、こんな女子が来たら間違いなく俺達男子は歓声で迎えるが今では誰もそんな事はしない。いや、むしろ明らかに皆怯えている。

 そりゃそうだ、言ってはなんだが俺達の学校はど田舎もいいところだ。普通ならまずこんな所に人が来るわけがない。来るとしたら、学校の近くにある出雲技研。このIS施設の関係者位だ。今年3人程転校生が来たが、3人とも出雲技研の関係者だった。俺よりも学年が下な3人だが、この3人も桜と同様、学校ではやりたい放題している。代表候補生候補という、代表の候補の候補の分際のくせにISに乗って訓練しているだけで特別な者だと思っていやがる。3人とも桜の側近扱いだ。どんなふうに振舞っているかは思い返すだけでも忌々しい。

 だから転校してきた青崎も、そんな奴等と同類だと俺は思った。こいつも、桜同様に俺達を迫害する側になるんだろうと。

 

 

 

 

「じゃあ青崎さんは、新庄君の隣の席を使って下さい」

 

「はい」

 自己紹介が終わり、青崎が俺の隣に空いてる席に向かってきた。席に座る前に、隣の席の俺に「よろしく」と若干ぎこちない笑顔で言ったが、俺はそれを無視した。どうせこいつもあいつらと同類なんだ。愛想をふる理由が無い。

 無視された青崎は、苦笑いをして席に座った。

 

 

 その後授業が始まり、俺は授業を受ける準備をするが隣の青崎はノートを出すだけで教科書を出さない。なにやら困った顔をしているから、教科書を忘れたかまだこの学校の教科書を用意していないのか。

 まあどっちでもいい。教科書が無い。その事実に俺は顔を顰めた。

 授業をしに来た教師が、青崎が教科書が無いのを見ると、

 

「新庄君、貴方の教科書を青崎さんに貸しなさい」

 さも当然という顔で俺に命令した。女子が忘れ物をしたら、男子がそれを貸す。これが当たり前になっていて、教師も黙認している。いや、以前それを注意した教師が翌日には左遷されてどこかにとばされているからか。

 俺は教科書を持ってこなかった青崎を忌々しい目で睨みながら教科書を渡そうとした。しかし、

 

「え、先生。貸したら新庄君が教科書見れないじゃないですか。そんな事しなくても」

 そう言って葵は、自分の机を俺の机に繋げた。

 

「こうすれば一緒に見れますよ。新庄君、見にくいだろうけど一緒に見させて」

 

「あ、ああ。わかった」

 申し訳ない顔して頼む青崎に、俺は少し呆けた顔をしながら頷いた。いや俺だけでなく、その時クラスにいる男子全てが驚愕した顔で葵を見つめていただろう。

 

「何言っているの青崎さん。見にくいなら新庄の教科書を借りてみればいいじゃない」

 しかし、青崎の近くにいた女子は笑いながら青崎に言っていく。するとそうだそうだという声が周りから起こり、クラスの女子皆が口々に言う。男子の都合なんていいからと。

 そんな周りの反応に、青崎は驚いていた。どうやら青崎は、このクラスがそういうクラスなのだとは知らなかったんだろう。しかし青崎はそんな周りの反応を無視し、

 

「今日教科書忘れちゃったから、今日だけ一緒に見せて」

 再度俺にお願いした。そんな青崎を、周りの女子、特に桜が睨みつけていく。知らないとはいえこの学校で、桜の意向に逆らうとは馬鹿な奴だと思った。

 でも俺はそれ以上に、青崎に対して好感を持った。青崎の言ったことは普通の事だ。しかし、女子が俺達男子にお願いをする。命令でなくお願い。

 そう、ただこれだけで、俺は無性に嬉しかった。

 

 しかし、青崎のこの行動はクラスの女子全てに反感を持たれたので授業が終わっても誰も青崎に話しかけなかった。そして次の授業が終わった後は……青崎はもう、この学校で迫害される側に回っていた。

 最初の休憩時間の時に、桜が全ての女子に命令したからだ。

 

青崎葵は潰せ、と。

 

 

 

 

 

 それからは俺達男子の目から見ても、青崎の環境は燦々たるものだった。女子は青崎を徹底的に虐めていく。

「じゃあ皆、二人組作って~」と言われた時、ハブられるのは当たり前で、朝教室に入ったら、青崎の机に花瓶が置かれていて、ご丁寧に青崎の遺影まで置いていた。机には『死ね』やら『ビッチ』等彫刻刀で彫られていて、青崎のロッカーは扉が外されていて中にゴミが詰め込まれたりしていた。椅子にも画鋲でなく裏から釘を打ち込んだりされていて、拷問器具さながらだ。授業中も唐突に、

 

「あ~あ、何か生ごみの匂いがするわ~。あ、生ごみが教室にいたわ~」

 クラスの誰かの女子がそう言って、つられて皆青崎を見ながら笑いだす。授業を受けていたらどこからともなく青崎に向かってゴミが飛んでいく。「ゴミはゴミのある所に投げないとね~」と女子達は笑いながら投げていく。教科書やも、移動教室や体育、トイレ等で席を離れた瞬間に切り刻まれ、使い物にならなくしていた。

 例を挙げて行けばきりが無く、誰もがすぐに逃げ出すような極悪な環境に青崎はいた。

 正直、この時俺は何故青崎はここまで虐められているのかわからなかった。いくらなんでも、度が過ぎている。桜に従わなかった女子も虐められたりしていたが、青崎に対するいじめはその比では無かった。執拗な虐めは青崎の感情を奪ったのか、学校で見る青崎の顔は何時も無表情だった。

 しかしここまで女子総出でいじめらてているのに、青崎は学校を休まず来ていた。学校に来ても良い事なんて何もないのに、青崎は毎日登校してくる。それが俺にはたまらなく不思議で、そしてこの時の青崎を、俺達男子はある種尊敬の眼差しで見ていた。

 何故なら、青崎はこれ程までに虐められているのに―――女子達に屈服しなかったからだ。

 しかも青崎は、女子達に公式の場、例えば授業の体育の時間などでは容赦なく女子達に格の違いを見せつけていた。身体能力に置いて、青崎はどの女子よりも高く、その身体能力と見た目は俺達男子の目を釘付けにした。徒競走からバスケット、バレーに至るまで他の女子よりも数段上で、女子達は青崎の引き立て役に見える程レベルが違った。それは桜も例外ではなかった。桜もIS乗りという事で、一般人とは比べ物にならない位鍛え上げられている。しかし、青崎はそんな桜よりも数段上だと、素人目にも理解出来た。

 さらに陰湿ないじめを受けている青崎だが、ある線引きを行っていて、その線を越えた行為には容赦なく反撃していた。青崎の机や私物を壊したりするのは我慢していたが、直接攻撃―――青崎の体を直に攻撃しようとした時は、青崎はそれを甘んじて受ける事はなかった。

 ある日の放課後、数名の女子が青崎を呼び出し数人がかりで襲った事があった。その連中は青崎の容姿、ぶっちゃけ自分達よりも何倍も綺麗な青崎が気に食わく、丸坊主にでもしてやろうとしたらしい。数人で青崎を囲み、取り押さえようとした結果―――全員気が付いたら病院のベットの上で寝かされていた。その事件は瞬く間に学校中に広まり、青崎を非難する声が多く出たが数人で襲っている時点で向こうに非があるし、正当防衛という事で不問にされた。

 納得のいかない者が多かったが、桜や側近の3人が苦々しい顔をしたがそれ以上の文句は言わなかったので、学校の女子達も引き下がった。もっとも、この事件のおかげで、青崎に直接害を加えようとするものは現れなくなった。

 男子の比で無い位虐められている青崎。しかし、それでも青崎は一度も悲しい顔をしたりしなかった。罵詈雑言を言われようとも、教科書を裂かれようとも冷めた目でそれを見た後に何事も無いように過ごす。そのどんな虐めを受けようとも無視する青崎に、俺も他の男子もある種の尊敬の念を抱いた。また見た目も大変良いから、この時からすでに何人かの男子は青崎を心酔するようになっていった。

 しかし、心酔するだけで俺も含め男子も青崎に話しかける者はいなかった。俺達男子は青崎を虐める気など無いが、青崎にかかわると女子から何されるかわからないからだ。何人かの奴は青崎と近づきたかったようだが、女子を敵に回してまで話しかける奴はいなかった。

 

 徹底的に虐められていた青崎だが、この時の俺は何故ここまで女子達に、いや正確には桜に嫌われているのかわからなかった。同じ出雲技研にいる関係者なのに、桜は青崎を異常に嫌っていた。3人の側近にはそうではないのに、何故同じ仲間である青崎は違うのかと。桜に命令され出かける時も、桜は俺にしつこく青崎の悪口を言い続けていた。専用機持っている代表候補生の桜が何故こうまで嫌うのか。その疑問は、青崎が転校してきて2ヵ月経って知る事となった。

 

 

 

「裕也、お前に頼みがある。剣道着を持ってわしと一緒に付いて来てくれ」

 新年明けた元旦初日、じいちゃんから急にそんな事を言われかなり驚いた。じいちゃんはISを研究している出雲技研で働いており、その中でもかなり地位の高い存在らしい。ほとんど研究所で寝泊まりしていて、家に帰ってくる事は稀だった。そんなじいちゃんが久しぶりに家に帰ってきたら、孫の俺に話しかけしかも頼み事までしてきた。

 ISの登場のせいで今の状況があるから、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというかISの為働いている爺ちゃんを俺は好きでは無かった。だからじいちゃんの頼みとか無視しようとしたが、

 

「頼む裕也。お前に会わせたい奴がいる。その子の力になって欲しい」

 俺の前で爺ちゃんは土下座までして俺に頼み込んできた。爺ちゃんの必死さに俺は面食らったが、爺ちゃんの台詞に出てきた会わせたい奴。爺ちゃんが俺に土下座までして会わせたい奴というのに、俺は興味がわいた。それに剣道着を持ってって事はそいつも剣道をやるのか。この辺りでは俺に剣道で勝てる奴はいないし、暇つぶしになるかもしれない。そんな気持ちで俺は爺ちゃんにOKしたら、爺ちゃんは俺が今まで見たことも無い位感謝してきた。

 剣道着を持って爺ちゃんに付いていったら、案内されたのは俺が通っている剣道場だった。中に入ると、道場にはこの道場の先生ともう一人いた。防具をしていて、面には目の部分以外はなにやらプラスチックみたいな物で覆われており、顔がよくわからない。紺道着&紺袴だから見た感じ、身長とか含めると俺と同年代の野郎だろう。

 

「来たな裕也。じゃあすぐ着替えてこい。この子と試合してもらう」

 先生は俺にそう言いと更衣室を指さした。はあ? と思ったが、爺ちゃんの方を見ると意味ありげに頷いているし。よくわからんが、そこにいる奴と試合しろって事か? そんな事に爺ちゃんは俺に土下座したのかよ。

 何か釈然としない気持ちで俺は着替え、防具を身に付け再び道場に現れた。俺が準備万端だとわかると、先生は俺と対戦相手を開始線まで案内し、俺と相手が並ぶと勢いよく宣言した

 

「ではこれより、時間無制限の1本勝負を開始する!」

 そうして俺は、なし崩しに試合を行う事となった。

 なんなんだよこの状況と俺は半分呆れながらも、相手の動きを注視する。すると、さっきまでの呆れた感情が一瞬にして吹き飛んでしまった。まるで隙がないからだ。そして相手の竹刀と俺の竹刀がぶつかり、俺は気を一気に締め上げた。打ち合った時の手応え、それは学校の連中の誰よりも手ごたえを感じた。気を抜いたらやられる。誰だか知らないが、相手は俺が今まで戦った誰よりも強いと確信した。

 その後3分はそいつと打ち合い、力量を図っていく。互いに有効打は取れないが、俺は自分の優位を確信した。確かに相手は強いが、勝てない相手ではない。僅かではあるが俺の方が強いと打ち合いながらわかった。しかし気になるのは相手が一言も発しない事。掛け声無しでは有効打にはならないのに、相手はずっと黙っている。もしかしたら声が出せない奴なのかもしれないが、まあいい。こいつの癖はわかってきた。次少し下がったら籠手で迎撃しよう。そう思って一歩下がり、相手を迎え討とうとしたら、

 

「面!」

 その掛け声とともに、俺は面を相手から打たれた。油断していたわけじゃない。なのに気が付いたら俺は打たれていた。呆然とする俺に、

 

「一本! それまで!」

 先生の声が道場に響き、俺は自分が負けたのを悟った。

 

「え、いや待って」

 

「裕也! 整列!」

 何か言おうとしたが、先生の鋭い声を聞き慌てて整列した。そして礼をした後、

 

「おい、お前面をとれ」

 俺はすぐに対戦相手に詰め寄った。どうしても確認したい事がある。さっき相手が言った面という声。あれは間違いなく―――。

 俺に詰め寄られ、そいつは俺でなく先生や爺ちゃんの方を向く。先生も爺ちゃんも何か頷いただけだが、それを見たら覚悟を決めたのか面をほどいていく。そして面を脱いだ顔を見て、俺は驚愕した。

 

「え、お、お前青崎か!」

 先程聞いた声、それはどう考えても女の声だったから相手が女だとは予想していたが、正体が青崎なのはさすがに予想外過ぎだ。

 でもという事は、やっぱり青崎は桜達と同じIS関係者か。今まで確証無かったけど、出雲技研の所長の爺ちゃんが連れて来てるんだから関係者じゃ無い訳がない。

 

「なんじゃ裕也、お前この子を知っとるのか?」

 

「……クラスメイトだよ」

 爺ちゃんの質問に、俺は渋い顔をしながら答えた。くそ、何だこの悔しさは! 青崎は桜達とは違うとはいえ、女に俺負けたのかよ!

 

「ふむ、互い知り合いだったのなら話は早いの。裕也、お前に頼みたいんだがたまにでいいから、この子とまた剣道の練習をしてやってくれ」

 俺の内心の葛藤を知らずか、爺さんは勝手な事を俺に言ってきた。

 

「……必要あんのかよ。こいつ俺よりも強いじゃんかよ。さっきの試合でそれ証明されたじゃねーか」

 負けた悔しさから、つい憎まれ口を叩いた。

 

「いや裕也、戦った貴方が一番わかっているはずだ。最後を除けば、実力はお前の方が上だと」

 

「でも先生、結局面を打たれたのは俺だ。こいつは俺よりも強い」

 ふてくされながら俺がそう言うと、先生は少し呆れた顔をして俺を見て、そして同じような顔をしながら葵に言った。

 

「青崎君、君も君だ。そんな安易にそれを使うのは感心しない。基礎を高めないと、それと同じ事が出来る者と戦ったら負けてしまう」

 

「う……すみません。久しぶりに同い年と勝負して、しかも私よりも強いからつい嬉しくて」

 

「今後は禁止」

 

「はい」

 先生に注意されてしおらしくなる青崎。しかし俺はその前の『私よりも強い~』と言っていた時の青崎の顔を見て、とても驚いた。

 学校では初日以外感情をほとんど現さなかった青崎が、その時確かに笑っていたからだ。

 

「裕也、彼女がしたのは無拍子と呼ばれるものだ」

 

「ええ! あの!」

 青崎の笑顔に驚いていた俺だが、続く先生の言葉にさらに驚いた。相手に気配を気付かせない内に相手に攻撃するという、剣道どころか武道の奥義。それをこの青崎は身に付けているのか!

 

「いえ先生、今のは正確には零拍子という技です」

 

「……どう違うんだそれ?」

 

「え、え~っと、まあ結果は変わらないから一緒ってことで」

 俺の疑問に、青崎は一瞬考え込んだが、どうやら本人も違いをよく理解してないようだった。

 

「はいはい」

 そう言って手を叩きながら爺ちゃんが俺と青崎の間に立つ。そして爺ちゃんは俺を見据えると、

 

「で、どうなんだ裕也。たまにはこの子と戦ってあげてくれんか」

 再度俺に頼み込んできた。

 

「裕也、私からもお願いしたい。青崎君の稽古は私がやってきたが、やはり同年代の子と練習した方が彼女の為になる」

 そういうもんなのか?

 

「お願い新庄君。たまにでいいから、私と試合をしてください。こんなに強い相手は、一夏以来だから」

 爺ちゃん、先生に続き青崎が俺に頭下げてきた。誰だよ一夏って。でも、まあそうだなあ。遠くにわざわざ出かけるとかじゃなく、ここは俺の家の近所だし、手間もかからない。青崎の剣道の腕は、さっき戦って充分わかった。学校の誰よりも強いから、正直はりあいがある。そしてなによりも、

 

「いいぜ。たまにでなく毎週ここでやろうじゃねーか。負けたままってのは俺の性根にあわねんだよ」

 女に負けたままってのは我慢ならない。さっき言ってた零拍子とやらは次回は使わないのなら、絶対勝って見せる。俺の言葉に先生や爺ちゃんが笑みを浮かべるが

 

「ありがとう! 新庄君!」

 先生や爺ちゃん以上に、青崎は俺の言葉を聞いて喜んだ。そして青崎の喜んでいる姿を見て、ああ、こいつもやっぱり笑うんだなあと思った。

 

 

 その後どうせだしすぐ再戦しようと俺は言ったが、青崎の方がこれから用があるらしく今日はお開きとなった。帰り際、何故か休日なのに学校のセーラー服を着ている青崎がこちらを振り返り、

 

「じゃあまたね、新庄君」

 笑顔で俺にそう言って去っていった。……うん、やっぱりあいつ笑ったら可愛い。

 

「すまんな裕也、わしの我儘を聞いて」

 青崎が立ち去った後、爺ちゃんがすまなそうに聞いてくるが、もはやそんなものどうでもよかった。

 

「別に。俺の予想外の奴だったけど、ちょっと面白いし。あいつがあそこまで剣道できるとは思わなかったよ。それに青崎に興味がわいた」

 

「なんじゃ、惚れたのか?」

 

「ば、ち、ちげーよ! そうじゃなくて、学校のあいつと今日のあいつ。かなり違うから」

 そりゃあいつ笑ったら結構、いやかなりってそうじゃなく、学校じゃ見せなかったが、今日の青崎が見せた顔。あれが本当の青崎の素なんだと俺は思う。

 

「学校と今日とでは違う、か。やはりそうか」

 俺の言葉を聞いて、爺ちゃんは悲しげな顔をした。

 

「裕也、聞くが学校での青崎君はどんな感じじゃ?」

 

「どんなって……」

 爺ちゃんに聞かれ、俺は口ごもった。わざわざ青崎の練習相手を俺にお願いする程、爺ちゃんは青崎の事がかなり気に入っているようだ。そんな爺ちゃんに学校での青崎の様子はさすがに言いにくいな。

 

「いや、言わなくても良い。お前の顔を見たら大体わかる。……わかってはいたがやはり学校でもあの子は酷い目にあっているんじゃな」

 

「学校でもって事は……青崎って爺ちゃんのいる出雲技研でも」

 

「ああ、言葉では言い表せん位にな」

 そう言って、爺ちゃんは悲しげに溜息をついた。

 まあそれは予想は出来ていた。出雲技研で有望な代表候補生として威張り散らしている桜。その桜が学校であれだけ青崎を虐めているんだ。なら桜の本拠地とも言える出雲技研ではどんな風なのかなんて……。

 

「爺ちゃん、聞いても良いか?」

 

「うん? 何じゃ?」

 

「青崎って爺ちゃんの所にいるって事は、IS乗りなんだよな」

 

「……そうじゃ。本当なら秘密にしとかんといかんのだが、まあいいじゃろう」

 

「やっぱりな。で、爺ちゃん。桜が異常なまで青崎を嫌っている所を考えると、もしかして実力は」

 

「いや、現段階じゃ青崎君よりもあやつの方が上じゃ」

 

「え、そうなのか」

 体育や今日の剣道の青崎の身体能力を考えたら、明らかに桜よりも上だと思ってたんだが。ISには関係ないのか?じゃあ桜から嫌われているのは青崎の見た目のせいか? 桜も可愛い方だが、童顔で背も胸も小さい。以前もっと背も胸も大きくなりたいとか言ってたし、青崎はある意味桜の理想の姿だから嫉妬もすごいだろう。

 

「しかし、才能は明らかに青崎君の方が上じゃな。そう遠くない内にあやつは青崎君に抜かれるじゃろう」

 

「なるほど、出る杭は打たれるとかそういうのもあるのか」

 今の桜の横暴が許されるのは、純粋にIS乗りとして桜が優秀だからだ。その桜よりも青崎が上になったら、桜の横暴も今までとはいかなくなる。

 

「……それだけではないのじゃがな。青崎君はある事情のせいであやつを始め、出雲技研の女性職員からも嫌われておる」

 

「何で? 学校の連中みたいに桜が怖いからか?」

 

「理由はまだ言えん。だが、あの子は良い子なんじゃ。それをわしを始め出雲技研の男職員は皆認めている。少しでもあの子の力にわしはなりたくてなあ。その為にも、お前の力が欲しかったんじゃ」

 

「青崎の練習相手になって、桜よりも早く強くなってほしいから?」

 確か日本代表だった織斑千冬は剣一本で世界一になったし、織斑千冬自身剣道の有段者だ。そういや去年のモンド・グロッソで何故か決勝棄権したんだよなあ。

 

「それもある。だが、それ以上に……あの子には同年代の子と接する機会が必要なんだと思う。わし達大人が話すよりも裕也、お前のような奴があの子と話したり、遊んだりした方が良い影響になると思うのじゃよ」

 

「ようするに、友達になってくれってことか。でも、それなら俺なんかよりも同性の女の子の方がいいんじゃ?」

 

「……いや、あの子に限っては同性の子は逆に不味い。異性の、特にお前みたいな武道やっている者の方が話やすいじゃろう」

 なんだそりゃ。まあ学校でもそれ以外でも、青崎は主に女に虐められてるからなあ。

 

「嫌なら話し相手になってくれるだけでもいい。あの子はこのままではあ奴に本当に潰されてしまう」

 学校での青崎。いつも一人で、誰とも話さず本を読むか景色を眺めるだけの日々。でもそれは学校だけでなく、爺ちゃんのいる出雲技研でも、いや桜のホームだから学校以上の虐めを受けているのかもしれない。どこにも気が休める場所がないなんてどんな地獄だよ。もしかしたら、青崎にとって心休めるのが先生との稽古だけなのかもしれない。剣道は桜がやらないから、桜は関わって来ない。剣道の時間からはそういう目に合わないのなら、青崎の心も少しは癒されてるんだろう。俺は今日の青崎を思い出すと、

 

「わかった爺ちゃん。俺は青崎と友達になりたい。だからもっと休日とかはこの道場に呼ぶようにしてくれよ」

 口が勝手に動いて爺ちゃんの願いをきくことにした。青崎に同情した部分が大きいのもある。でも、それだけでなく今日青崎が少しだけ見せた笑顔。あれをもっと見たいと思ったのもあったからだ。

 

 

 

 

 それからは、毎週末は青崎は道場に顔を出し、俺と稽古をするようになった。最初はぎこちなかった俺と青崎だが、剣道を通してすぐにうちとけるようになった。

俺は学校でも道場でも同年代で戦えるものはいなく、少し劣るが同年代で俺と打ち合える青崎との練習は俺にとっても刺激になった。青崎はそれ以上の刺激になったようで、回を重ねる事に強くなっているのを感じ、俺も負けてられないと思うようになった。

そして幼馴染みに桜がいるから女子と話をするのが苦手という訳ではなかったが、不思議な事に青崎は桜以上に話しやすく、また接しやすい奴だった。

 自然体で話してくる青崎からは、他の女子から発せられる警戒心みたいなものが無く、女と一緒にいるのに何故か同性の野郎と一緒にいるような気安さを感じる。

 さらに青崎と話す話題が、剣道の事以外でも俺と合っているせいもあった。ある日、青崎と稽古しに道場に行ったら、先に来ていた青崎が、おそらく潮が置き忘れていたドラゴンボール大全を面白そうに読んでいた。そして俺が来たのに気付くと、

 

「あ、新庄君。おはよう」

 

「おはよう。青崎もそういうの読むんだな」

 

「え、ああこれ。うん、漫画は大好き。これ10巻までしかないけど続きどこかに置いてないかな?」

 

「さあな。それ俺のじゃないが、続き読みたいなら俺も持っているから貸してやるぞ」

 

「本当! じゃあ是非とお願い!」

 

「なんなら他のも貸してもいいぜ。 青崎ってどんな漫画好きなんだ?」

 

「好きなのはヘルシングにヨルムンガンド、ホリックに蒼天航路かなあ」

 

「……結構濃いなあお前!」

 他にも青崎はジャンプ系漫画は大体好きなようで、ワンピースやハンターハンターの話で盛り上がったりした。

 最初は稽古が目的だったが、次第に俺は青崎と会うのが楽しくなってきた。2月に入った頃には、俺以外にも出雲技研で働いてる男性職員の息子だが孫だがが道場に現れ、俺同様に青崎の遊び相手となっていった。最初は仕方なく来ていた連中も、次第に俺と同様に青崎の事を気に入るようになった。どうやら他の連中も、女子から理不尽な扱いを受けた事があるせいか、そんな事を全くしない青崎に好感を持ったようだ。気が知れる連中が増える事は青崎にとっても良い事で、学校にいる時よりも比べ物にならない位青崎は表情が明るくなっていった。しかし青崎の服装は、相も変わらず学校のセーラー服だったが。

 二月の中旬を過ぎた頃、休みの日道場に顔を出した青崎から綺麗にラッピングされたチョコレートを渡された。

 

「ちょっと遅れたけど、これ。学校じゃ渡せないから今日あげる。色々お世話になっているから」

 道場にいる時は普通に接してるが、依然学校では俺と青崎の関係は変わっていない。青崎自身が学校では俺に話しかけないでくれと頼んだせいもある。『私に話しかけたりしてたら、新庄君まで酷い目に合う』と悲しげな顔をして俺にお願いする青崎に、俺は頷くしかなかったからだ。

 

「お礼って……別に俺はそんな事した覚えないけどな。むしろ俺がお前に感謝してるんだし」

 青崎からチョコを渡され、内心で喜びまくった俺だが青崎が思っている程俺が感謝される謂れはない。それに青崎と練習する事で、俺は以前よりもさらに強くなれたのだから。

 

「まあまあ。私が感謝してお礼しているだけだから貰っといてね。私の手作りだから美味しいかはわからないけど」

 

「手作り! お前料理できるのか!」

 

「ふふん、自慢じゃないけど私家事得意だからね。一夏と一緒に小学校の頃からいろんな所で料理習ったのよ」

 驚く俺に、青崎は得意げに胸を張った。可愛くて運動能力も合って家事も出来るのかよ。どんな完璧超人だお前は。いや、でもそれよりもまた一夏か。

 

「なあ青崎」

 

「ん、何?」

 

「たまにお前の口から出てくるその一夏って誰なんだ?」

 初めてここで試合した日も、青崎の口から一夏の名が出ていた。別にどうでもいいことのはずなのに、俺は何故かそいつが何者なのか気になってしまった。

 

「あれ、そんなに私言ってたんだ。一夏は私の幼馴染みで親友」

 

「幼馴染みで親友……」

 俺の疑問に、青崎は微笑を浮かべながら答えた。親友と聞いて、俺の心は何故か少し複雑となった。

 

「幼馴染みで親友か。お前の様子を見ると仲がよかったんだな」

 

「ええ。一夏のお姉さんからはまるで周瑜と孫策の仲みたいと言われた事もあるわよ」

 自慢げに言う青崎だが、そこまで聞いて俺はある疑問がわいた。

 

「しかしそんなに仲が良いのなら、お前なんで休みの日にそいつに会いにいかないんだ?」

 1月に入ってからは、青崎は予定が無かったらこの道場に顔をだすようにしている。それに合わせて、俺や他の連中もここに来るのだが少なくとも青崎が遠くに出掛けたな話は聞いていない。爺ちゃんからも、1月より前は休みの日は先生と稽古してもらう以外は適当に町をぶらついていたとしか聞いていない。仲が良いならたまには会いに行けばいいのに。その一夏って奴も親友なら会いに来いよと思う。

 そんな俺の疑問に、

 

 

「うん……会いたいけど、今はまだ会えない」

 悲しげな顔をして首を振った。

 

「何で?」

 

「事情があって、私が会える人って制限されてるのよ。昔の私を知っている人には基本的に会っては駄目。それに……一夏とは酷い別れ方したから、今はまだ顔を会わせられない」

 

「……何か複雑な事情があるみたいだな。でも、一つ言ってやる。どんな酷い別れ方したか知らないけど、親友なら事情話せば笑って許してくれるんじゃないのか? 親友ってそういうもんだろ」

 俺は潮や清貴の顔を浮かべながら青崎に言った。どんな事情か知らないし、青崎がどんな酷い別れ方したかも知らないが、事情さえ分かれば親友なら許してくれるだろう。

 

「あ~うん、まあそれはわかってるんだけどね。あいつなら、多分言えば許してくれるのはわかってるんだけど……ちょっと特殊な事情だし、それに」

 苦笑いを浮かべながら言っていく青崎が、途中で言葉を止めると、

 

「今あいつに会いに行ったら、何か今の環境から逃げてきたみたいな気がしてね。そんな情けない姿はあいつには見せたくない!」

 拳を握りながら、力説した。……いや、今のお前の環境は充分逃げるに値すると思うがなあ。しかし、青崎からそこまで思われている一夏って奴が、俺は羨ましく思うと同時に、……少し気に食わなくなった。

 その後遅れてきた連中にも青崎はチョコを配り、皆喜びまくっていた。聞けば出雲技研の男性職員全員にも青崎はチョコを配ったらしい。……まあ俺だけにくれたとは最初から思って無かったけどな。

 

 

 三月になる頃に、俺は潮と清貴を青崎に紹介した。1月になってから俺が付き合い悪いと潮や清貴に文句を言われ、なら信頼できるこの二人も巻き込んでやろうと俺は思ったのだ。最初青崎と二人はぎこちなかったが、それも俺の時と同様にすぐに打ち解けて行った。清貴は青崎の事を少しばかり気になっていたようで、

 

「へ~、二ヶ月くらい前から裕也、テメーは青崎さんと一緒に遊んでやがったのか! 何で俺に早く紹介してくれなかったんだよ!」

 と散々文句を言われた。

 春休みになるとお互い遊べる時間は増え、青崎も時間を取っては俺達に会いにくるようになっていった。四人で釣りに行ったり、潮の家で格闘ゲーム大会したり、桜が咲いたら他の連中も誘って花見をしたりするようになった。意外な事に青崎は麻雀も知っていて、是非ともやろうと俺達に誘ってきたが……誰も麻雀はルールを知らなかったので、爺ちゃんを始め出雲技研のおっさん連中とやっていたが、……前から思っていたが、釣りに好きな漫画のジャンルに格闘ゲーム好きに麻雀とこいつの嗜好は一般女子とはかけ離れている。まあ、そんな青崎だから、俺達男と上手くやっていけたのもあるんだろうけどな。

 

 

 

 そして青崎が転校して来て半年が経った五月、これから俺達を取り巻く環境が大きく変わる事となった。

 

「おお! 来月に10何年ぶりにドラゴンボールの新作映画が公開されるんだ!」

 道場で稽古が終わった後、休憩しながらジャンプを読んでいた青崎が歓声を上げた。

 

「お前本当にドラゴンボール好きだな」

 

「新庄もでしょ。全巻買ってるくらいなんだから」

 

「まあ俺も好きだけどな。映画の公開は来月のゴールデンウィークか。……なあ青崎」

 

「何?」

 

「そんなに見に行きたいなら……一緒に見に行くか? 俺も興味あるし」

 何時ものように遊びに行こうというだけなのに、この時の俺は凄く、その、誘うのに緊張してしまった。

 

「新庄も見たいんだ! じゃあ来月一緒に行こう!」

 青崎のOKの返事を貰い、俺は内心でガッツポーズを取った。だがすぐに、

 

「石橋や添田もドラゴンボール好きだしね。皆で行きましょう」

 続く青崎の言葉を聞いて、溜息をついた。……まあ、そうだよな。潮や清貴も付いてくるよな。淡いデートを期待した俺は落胆した。

 

 しかし当日、奇跡は起きた。

 

「まさか皆急用が出来るなんてね」

 

「ああ、潮も清貴も楽しみにしていたが、家族そろって旅行に行っちまったな」

 潮や清貴、他数名も今回一緒に映画を観る予定だったが、なんと全員用が出来てしまい、結果俺と青崎の二人で観に行く事となった。ヤバい、何故か一緒にいるだけで緊張してしまう。青崎と二人だけの時なんて結構あったはずなのに。軽いデート気分を味わおうなんて思ってたが、そんな余裕が無くなってしまった。

 

「皆が来れないのは残念だけど、皆の分まで映画を楽しみましょう」

 そう言って俺に笑いかける青崎。……こいつは俺と一緒にいても緊張してないんだろうなあ。そして今日もセーラー服かよ。

 

「そ、そうだな。そういえば映画館に来たのは久しぶりだな。青崎は?」

 

「私も久しぶりね。そういえば前言ったのはもう小学生の時だったわね」

 

「……その時も一緒に観に行ったのは一夏って奴か?」

 

「へ? そうだけどそれがどうかしたの?」

 

「いや、何でもない」

 なんとなく聞いてしまったが、聞かなきゃよかった。

 

「あ、もうすぐ時間だし早くポップコーン買って中に入りましょ」

 俺の内心の葛藤を知らずに、青崎は笑みを浮かべながら歩いていく。全く、俺も何こんな時に余計な事考えてるんだよ。今は、青崎と一緒に映画を楽しむ事だけ考えよう。

 

「そうだな、じゃあ俺はポップコーンラージサイズ、コーラもラージで」

 

「おおう! 流石男の子、大食いね」

 

「うっせ」

 

 ちなみに、このポップコーンは映画を観ながら横にいる青崎がモリモリつまみ食いをし、半分は喰われることとなった。

 

 

「あ~面白かった! まさか悟空が負けるなんて。今までの例なら最後は勝つのにいい意味で予想が裏切られた」

 

「俺はそれも意外だったが、トランクスがマイと良い感じになっている方が衝撃だったな」

 映画を観終わった後、俺と青崎は近くのフードコートで昼食を食べながら映画について語り合った。戦闘シーンがどうのだの、映画の構成は良かった等言い合ったりし、

 

「私もあんな戦闘が出来るようもっと精進しなくちゃ!」

 青崎は何か変な決意を抱いたりしていた。まあISに乗っている青崎なら、あれと似たような戦闘できるんだろう。

 食べ終わった後はゲームセンターにより、少し遊んでから帰ることにした。その日はとても楽しく、青崎も笑顔を浮かべる事が多かったので、行ってよかったと本当に思い俺は満足した。

 しかし、俺は祖青崎と一緒にいる俺を見られていたことに気付いていなかった。

 

 

 

 翌日、チャイムが鳴り玄関を開けると、そこには警官が数人経っており、

 

「新庄裕也。君を婦女暴行罪で逮捕する」

 

「は?」

 突然の事で思考が停止した俺を、警官はあっという間に俺を拘束するとパトカーに乗せて連行した。

 パトカーに乗りながら、俺は身の潔白を主張。冤罪だ、何が根拠でこんなことになってるんだよと警官に問い詰めたら、警官たちも気まずそうな顔をして

 

「……君が暴行しているのを見たという証言があったんだ」

 俺に目をあわさないで言った。なんだそれは、おかしいだろうと喚いたら、証言者は女性で、その証言した奴の名前を特別に教えられ、俺は絶望する事となった。

 

 証言したのは、俺の幼馴染みである桜だった。

 

 何故桜が俺を? いくら考えても理由はわからなかった。ただ一つわかるのが、俺は問答無用でこのまま少年院送りになることだけだ。以前桜に逆らった奴が少年院送りにされた。なら自分もそうなるのだろう。

 

「は、はははは」

 絶望のあまり乾いた笑いをする俺を、警官たちは同情した眼差しで見つめていた。

 

 

 冤罪で逮捕されて3日が過ぎた。少年鑑別所とやらに今いるが、職員の話ではもうすぐ裁判が行われすぐに刑が下されるだろうと言われた。魔女裁判並に理不尽だが、辛そうに話す職員の顔を見ると似たような事件はいっぱいあるんだろう。

 もう何もかもを諦め、俺は壁に寄りかかった。救いはもうない。幼馴染みの桜からこんな仕打ちをされ、俺の心はもうぼろぼろだった。

 しかし数時間後、

 

「出ろ!」

 職員さんから大声で言われ、俺はとうとう刑が執行されるのかと思った。しかし、続く職員さんの言葉で、そうでない事を知った。

 

「よかったなお前! お前の冤罪が証明されたぞ!」

 

「えええ!マジですか!」

 全てに絶望していたが、まさかの逆転無罪となったがにわかには信じられなかった。しかし外に出ると、

 

「裕也! 大丈夫か!」

 

「もう心配するな! お前の潔白は証明されたぜ!」

 

「お前の完全勝利だ!」

 両親に爺ちゃん、それに潮と清貴がいた。親父もおふくろも泣きながら喜んでいて、爺ちゃんはそんな二人を抱いている。潮と清貴は『無罪!』『勝利!』と書かれた紙を掲げていた。

 

「潮に清貴……これはどういう事なんだ?」

 

「青崎に感謝しとけよ。あいつが、お前の無罪を証明してくれたんだ」

 

「青崎が」

 潮と清貴の話を聞くと、俺が逮捕されたのはすぐに青崎の耳に入り、誰が俺を陥れたかもすぐにわかったそうだ。青崎は桜に詰め寄ったそうだが、桜は完全無視。らちがあかないと判断した青崎は、この3日間俺を助ける為色々な人に頭を下げ、協力を求めたという。IS関係者には桜の息がかかった者が多かったが、それでも青崎に味方してくれる者も何人かいたらしい。そういった人達の力を借りて、青崎は俺の冤罪を証明してくれたという。

 

「青崎が……。じゃ、じゃあ青崎はどこにいるんだ?」

 

「あそこだよ」

 潮はそう言って、道路脇に止めてある車を指さした。近づくと中で青崎が寝ている姿が見えた。

 

「青崎さん、お前を助ける為ずっと動き回ってたみたいよ」

 

「少しでも見方が欲しくて、直接出向いて頭下げてお願いしていたからのう。文字通り休む暇なぞなかったろう」

 呆然と青崎を見ている俺に、おふくろと爺ちゃんも青崎を見ながら言っていく。

 

「俺達と一緒にお前を出迎えようとしてたんだけど、ここに来る途中で寝ちゃってね」

 

「起こそうとも思ったけど……この目の熊みせられたらなあ」

 寝ている青崎の目には大きな隈が出来ていた。顔色も悪く、寝顔にも疲れた表情がうかがえる。確かに、こんな状態の青崎を起こそうと思うのは、俺でも躊躇う。

 こんなになるまで俺を助ける為、青崎は奔走したのか。

 

「ありがとう、本当にありがとうな青崎」

 寝ている青崎に、俺はこの言葉しか出てこない。だって他にどう感謝を表すことができるんだよ。俺の為に、こんなになるまでしてくれて。

 最初は青崎を女子の虐めから少しは気を紛らわしてやろうと思ってたのが、今では逆に俺が青崎に救われた。

 俺は青崎の寝顔を見ながら、決意した。

 

「俺、お前を守るよ」

 お前がしてくれた事、今度は俺がお前にしなくてはいけない。誰が何を言おうとも、俺は―――青崎の味方になる。

 

 

 

 

 

 

 

「っち!」

 翌日、学校に行ったら桜から大きな舌打ちをされた。周りの女子からも同様で、

「なんであいつが登校しているのよ」

「犯罪者のくせに」

 と隠す気も無い陰口を言われていく。男子からはよかったなあと言われ俺の冤罪が晴れたことを祝福し、俺に今回の事を心から同情した。

 桜や女子達がそれを忌々しい目で見ている時、教室の扉が開き、

 

「おっはよー!」

 元気な声と共に青崎が現れた。って、ええ? 青崎、何だそれ? キャラが違わないか?

 呆然としているクラスを青崎は見渡すと、次に桜に向かって歩いていく。そして、桜の目の前に立つと、

 

「私、次はもう許さないから」

 青崎は桜を見下ろしながら冷たく言った。

 

「は? 何のことよ」

 青崎に見下ろされながらも、桜は少しも怯まず言い返す。

 

「私には何をしても文句は言わない。それは私個人の事だから。でもね、次私の大切な友達に害をなしたら―――潰す」

 

「はあ? それは私の台詞よ。あんたと私、どっちが上か解ってないの?」

 青崎の底冷えするような冷たい声にも、桜は余裕を持って言い返した。そんな桜を、青崎は薄く笑って、

 

「へえ。どっちが上ねえ。最近じゃ私とあなた、勝率五分五分なのにねえ。貴方専用機のくせに」

 心底馬鹿にしたような声で桜を嘲笑した。

 

「はあ! 調子に乗ってるんじゃないわよ! あんたなんかよりも私の方が強いのよ!」

 

「まあ、その威勢がいつまで持つかしらね。でもね、私とあなたの勝率はほぼ同じ。これがどういう意味か理解しておくことね。今回の件も、私に味方する人が多かったのがその答えでもあるけど」

 

「~~~~~!」

青崎の言葉で、顔を赤くしながら唸る桜。それが、青崎のいう事が本当であるのを現していた。

 そして青崎は桜から離れると、何時ものように席に着くと本を読みだした。教室の後ろで桜が喚いているが、完全に無視している。二人のやり取りを見ていたクラスメイト達は、どう反応していいのかわからなかいようだ。女子達も迷っている。青崎と桜の力関係が、今のやり取りで互角だとわかり、しかし今後青崎は桜よりも強くなりそうだからどっちに着くべきか迷っているようだ。でも、これではっきりした事がある。青崎はさっき、何て言った? 

青崎がこの場でああ言ったのなら、俺もそれに応えるべきだよな。

 横を見ると、潮も清貴も同じ顔をしている。俺の考えがわかってるとはさすが親友。俺は笑みを浮かべて青崎に近づいていく。そして、

 

「おはよう、葵」

 この日初めて、俺は青崎―――葵の名前を呼んだ。一瞬言われた葵は驚いていたが、

 

「おはよう裕也」

 すぐに笑顔を浮かべながら、葵も俺を名前で呼んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ裕也、ぼーっとして」

 

「あ、いえちょっと昔を思い出して」

 そう言って、俺は窓の向こうを見る。視線の先には、葵がメイド服を着ていて働いている姿が見える。

 

「ちょっと前なら、葵があんなに楽しそうにクラスの女子と楽しそうに話したり笑ったりする姿なんて想像出来なくて」

 

「ああ、そうだね。俺もあんなに女子と一緒に笑っている葵を見るのは初めてだ」

 

「あの学校じゃ、桜に付いていった女子が大半でしたし、桜に寝返って葵に取り入ろうとした女子は葵が断固拒否してましたからね」

 

「まあそれはそうだろうね。葵も今更媚び売られてもムカつくしかないし」

 

「でも男子は受け入れてましたよ。いや男子の方からもう葵に近づこうと必死だったってのもありましたけど」

 

「君の一件から、もう冤罪ふっかけて少年院送りは葵が出来ないようにしたからね。俺がその学校にいたら間違いなく葵を女神のように崇めるよ」

 

「まさにそんな状態になってましたよ。そんな様子が気に食わなかった桜が葵は元男だってバラして嫌わるように仕向けましたけど。最初は俺も驚きましたが、一部の女子が嫌悪しただけで、男子は誰も葵の事を嫌ったりしませんでしたけどね。むしろ男子に対し理解ある理由がわかり喜んでいた位です」

 

「で、そんな様子がますます気に食わない女子が、葵をさらに憎んでいくと。いやでも本当に、葵はよく女子高であるIS学園に行く決心したもんだ。普通なら女性恐怖症になってもおかしくないのに」

 

「最初は凄くあいつも不安がってましたよ。でも、あいつの幼馴染み―――、一夏が入学するのをわかると不安が無くなったとか。他にも箒とかいう幼馴染みがいると知って、喜んでましたよ」

 

「なるほどね、あんな環境にいた葵がIS学園に行く決心がついたのはやはり一夏君がいたおかげか」

 

「……あんまり認めたくはないが、そうですね。でも―――葵が笑って学園生活を送れてるのがあいつのおかげでもあるなら、まあ多少は認めてやりますよ」

 

「素直じゃないな」

 

「ほっといてください」

 




葵の過去の一部な話です。
前から書こうとは思ってたのですが、なんとなく書かずに話を進めて行ってました。
でも以前活動報告で書きますよーと言ってほったらかしにしてましたので書くならこのタイミングだ!と思って書いた次第です。
この話で30話になり、結構な長編になってます。展開が少し重たいですが、次は会長おかげではっちゃけますし、葵の気持ちを言う回になりますので期待していてください。

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