IS~女の子になった幼馴染   作:ハルナガレ

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学園祭 心の整理

「はい、もう顔を上げても大丈夫ですよ」

 

「……そうですか」

 車を運転しているお姉さん―――今日学園の入り口でチケットの確認作業を行っていた虚さんに言われ、俺は伏せていた体を起こした。外の風景を見ると後方にIS学園の姿が見える。

 

「今日は大変でしたね」

 運転をしながら、虚さんは俺にそう笑いかけてくる。ええ、本当に大変でしたよ。IS学園に遊びにいっただけなのに、何故か修羅場に巻き込まれたり大勢の人の前で葵に告白みたいな事されたし……葵がアホな事しでかしそうになったし。だが、それよりもだ。

 

「あ、あの~確か虚さん、ですよね。今日校門前にいました」

 

「ええ、そうですけど……自己紹介しましたか私?」

 

「ああ、いや葵が言っていたのを聞いていて」

 

「ああ、あの時ですね。そういえば自己紹介がまだでしたね。私は布仏虚です。先ほどの通り虚と呼んで構いません。以後お見知りおきを」

 

「俺は五反田弾といいます。では虚さん、聞きたい事があるんですけど」

 

「ええ、たくさん疑問があると思いますので私が答えられる範囲内でしたらどうぞ」

 虚さんから許可を貰い、俺はさっきから気になっている事を聞く事にした。

 

「では虚さん、……俺と同じ学生ですよね。車運転してますけど免許持ってるんですか?」

 聞いた瞬間、車が一瞬大きく揺れた。え、まさか!

 

「……五反田君、君が一番疑問に思うのはそんな事なの?」

 無免許運転を心配した俺だが、何か疲れた声と半眼で虚さんが俺を睨んでくる。いや、前見て運転してください。 

 

「いや気になるじゃないですか。この車どこまで向かうか知りませんけどこのまま行くと公道にでますよね? そこで無免許で虚さんが捕まるのは……」

 

「余計なお世話です。私は貴方より二つ年上の3年生です。誕生日は7月で夏休み中に免許取りました」

 おお、虚さんは3年生だったのか! うん、いいね年上の先輩って!

 

「では真面目に聞きますけど、まず今何処に向かっているんですか?」

 

「さしあたって君の家に向かっているわ。希望があるならそこに向かうけど?」

 

「いえ家で結構です。しかし何で俺こっそり学園から家に帰されているんです?」

 

「理由? 聡い貴方なら気付いていると思うけど? 会長なりのアフターフォローってやつです」

 別に俺は聡くないですけどね。まああの場にいたら色々と面倒なのは確かだし。あんな告白大会に強制出場された後に、一夏や葵、鈴と何事も無く学園祭を楽しむとか無理だもんな。そしてあの会場にいた野次馬の方々に質問攻めやら色眼鏡で見られるし、それになにより―――。

 

「まあ、一夏はともかく葵には今は会いづらいから強制的に別れるのは助かりますね」

 あの時の葵、あいつは俺に……、いやもう終わった事だ。これについては、もう考える必要は無い。

 だから俺は、違う事を聞く事にした。それはさっきからずっと気になっていた事。

 

「なあ虚さん、……貴方は何者ですか?」

 前で車を運転する虚さんに、俺は少し不審を込めた目で尋ねた。

 

「あの時ステージにいた俺は、急に煙幕に覆われました。その直後、俺は貴方に体を持ち上げられて、人目の付かないようにIS学園の地下駐車場まで連れて行かされました。俺を持ち上げても平然と人目のつかないように素早く移動した貴方は、何者なんですか?」

 見かけはどう見ても荒事には向いてない文系なお姉さんなのに、俺を担いで高速移動するような人がただの人なわけじゃない。

 

「私ですか? 会長の家に代々仕えている使用人です。そうですね、現代風に言えばメイドと言った所でしょうか? メイドなら先程の事など出来て当然ですよ?」

 

「いやいやいや! どこの世界にそんなメイドがいるんですか! まだ忍者とか言われた方が納得しますよ!」

 

「まあ細かい事は気になさらずに。それに私はまだ会長の家にいる執事に比べたら未熟者です。会長の家にいる執事は例え何処にいようとも呼び鈴を鳴らすだけで数秒後には窓を破って主の下に登場しますし、幼い頃会長が好奇心で家の屋根に上って降りられなくなった時には壁歩きをして会長を救出したりしていますので」

 細かくないし! そして何かその執事さんとやらがかなり興味引かれるんですけど!

 ……しかし、何か深く追求してはいけない気がする。

 

「……わかりました。まあそう言う事にしておきます」

 

「ええ、それが賢明です。……私も貴方に質問があるのだけどいいかしら?」

 

「俺に? 何です?」

 

「どうして青崎さんを振ったんですか?」

 

「……」

 

「失礼ながら、今回告白大会をやるにあたって貴方と新庄君を調べさせてもらいました。あんな馬鹿なノリでも暴走せず、我々の思惑通り動いてくれる人物なのか心配でしたので。調べた結果、問題無いと思いまして会長には報告しましたが……五反田君、貴方は青崎さんの事好きでしたね?」

 

「どうしてそう思うんです?」

 

「女の勘、というやつです」

 そりゃまた大した根拠だ事で。……当たってますがね。

 

「まあ、多少は思ってはいましたよ」

 

「多少は、ですか。しかしそれなら何故、青崎さんが貴方に向かって語っていた時、五反田君は青崎さんに自分を振るように誘導したのですか? 貴方なら上手くフォローして青崎さんから言葉を引き出せたはずですよ? 『私と付き合って下さい』という言葉を」

 ……この人も、葵が口パクで言っていた内容を理解出来てたのか。口の動きから何を言っているかなんて、お見通しってわけか。

 

「そうですね、確かにあの時の葵は俺に好きですって言おうとしていたのはわかりますし、上手くフォローしてやればそれも出来ました。それで俺は堂々と葵と付き合う事も出来ましたよ」

 そうしたい欲求が無かったわけじゃない。あの時、俺も内心ではすごく葛藤しそうしようかと思いかけた。でも……やっぱりそれは出来なかった。

 

「では何故そうしなかったんです?」

 何故かって? それは決まっているじゃないですか。

 

「あいつの都合の良い男って扱いは、俺は嫌なんですよ」

 俺は葵の事好きだが……そんな理由で俺は葵と結ばれるのはやっぱり嫌だ。

 

「……都合の良い男?」

 

「ええ、そういう事です。葵はあんな場で俺に逆告白しようとしたんだから俺と恋仲になろうと本気で思ってたんでしょうけど……その根底がただ俺が純粋に好きだからじゃないってのがわかるから、やんわりと断ったんです」

 葵の奴、焦り過ぎたんだよなあ。もう少し余裕を持って……時間かけていけばあいつの中にある俺に対する気持ちを本物にできたんだけど、もう無理だな。あいつ自身が……俺に対する気持ちに終止符打ってしまったんだから。

 

「葵の奴は自分を取り巻く環境を考えたら、俺と付きあうのが皆幸せなんだろと思ったんですよ。全くの見当外れの考えなのに、葵はそう信じて行動していた。それに乗っかれば俺は葵みたいな美少女と付き合えて青春謳歌!ってのも出来たんでしょうけど……それはいずれ破綻するの見えてますからね」

 

「……それは、青崎さんがこれから有名人になるから一般人の自分とは付き合いにくいとか、そういう意味なのですか?」

 

「いや、それは関係ありませんね。そんなの抜きで、いずれ俺の方から葵と別れようと思いますよ。さっきも言った通り、葵はある思惑があって、消去法で俺を選んでいるんですから」

 

「……どうして消去法でそうなるのでしょうか? そもそも五反田君と付き合わなければいけない理由とは?」

 

「……それは俺の口からはあまり言いたくないですね。さっきも言いましたが、都合の良い男もプライドってものがありましてね」

 

「……わかりました、聞かない事にします。しかし今の話で気になりますのは、五反田君は違うのなら誰が青崎さんは本当に好きな人なのか? そもそもそんな人が青崎さんにいるのかどうか」

 

「さあ? それは本人に聞いてみないとわからないですね。そもそもあいつが本気で惚れる相手って、男なのか女なのかも正直わかりませんから。あいつもまだ女の子歴二年半で、男の子歴は十三年なんですよ。まだ潜在的に女の方を意識してるかもしれませんし」

 まあそう言っても……多分もうあいつの中身は女の部分が多いだろうけどな。最近の行動見たらもう女として意識して振舞っているのがよくわかる。中学の時とはもう雰囲気が変わっているし、裕也に告白された時は、反応とか照れ方が完全に男のあれじゃないからな。

 

「私としては青崎さんが女性をそういう対象にしている様子は見られなかったですね。では最後に聞きたいのですが、どうして青崎さんと付き合った場合、五反田君の方から別れることになるのでしょうか? 私としては最初のきっかけはともかく、時間をかければ良いカップルになるのではと思うのですが?」

 

「逆ですよ」

 

「え?」

 

「逆です。時間を掛けたら掛けた分、俺は葵から離れて行きますよ。別れるようになる理由ですが、それは――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、ここなら誰も来ないし、少々騒いでも問題無い」

 慎吾さんはそう呟いた後、両肩に担いでいた俺と裕也を床に放り投げた。板張りの床が迫って来て、俺は慌てて受け身を取りながら着地。床に寝そべりながら横を向くと、裕也も同じような姿勢で横になっていた。

 

「ちょっと慎吾さん、痛いじゃないか!」

 

「煩い。こっちは二人抱えて此処まで走ってきたんだぞ。それに男を優しくエスコートしたくもないよ」

 喚く裕也に、面倒くさそうな顔をしながら聞き流す慎吾さん。俺は起き上がって辺りを見渡すと、ここがIS学園内にある剣道場だと気付いた。今日は学園祭の為、確か閉め切っているはずなのにどうして入れたんだ?

 

「あの~確か慎吾さんでしたか? 何で俺達を此処に連れてきたんですか?」

 あの告白大会が終わった後、急に煙幕に覆われたと思ったらいきなり体を持ち上げられて裕也共々慎吾さんにここまで連れて行かされたけど、何でこんな所に?

 

「ん? ああ君とちょっと話がしたくてね。あんな事があった後じゃゆっくり話もできないからね。失恋した裕也も織斑とは話がしたいだろう?ここの生徒が白煙丸投げたのを見て便乗させてもらったのさ」

 

「話がしたくてこんな所に。しかし俺と裕也と抱えてここまで来たのに平然としているなんて……」

 

「この人は特別だ。これ位軽くやってのける」

 俺が呆然と呟くと、裕也が頭を掻きながら慎吾さんを睨む。

 

「ああそういえば俺は君の事を良く知っているが、君は俺の事を知らなかったね。俺は葵が出雲技研にいた時、葵に射撃から格闘までの軍事訓練を施した教官で名は小鳥遊慎吾だ」

 

「軍事訓練ってことは、小鳥遊さんは自衛隊の人ですね」

 

「正解。代表候補生の葵に、国防を担う役割が来るかもしれんからな。徹底的に俺がしごいてやった。いやああいつは吸収が早いから教えがいがあったよ。教えた分成長するからこっちもやりがいあった」

 まるで娘を自慢するかのような誇らしい顔で葵を慎吾、いや小鳥遊さんは褒めていく。……何故か知らないが、この人は結婚して子供が生まれたら物凄い親バカになっている未来が見えた。

 

「しかし見た感じ二十代ですよね? それで葵みたいな代表候補生の指導を任せられるとか、小鳥遊さんってかなりのエリートですか?」

 見た目は細身でとても軍人には見えないのに俺と裕也二人を担いでも苦も無く動き回っていたし。レンジャーの方なんだろうか?

 

「さあ、どうだろうね」

 俺の質問に、小鳥遊さんは笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。

 

「俺も詳しい事は知らないけど、慎吾さんは何かの特殊部隊所属らしいぜ。その中でも特に優秀だとか。北海道で行われた演習で慎吾さんを含む十人が大隊クラスの陸上自衛隊を無力化したとか聞いた。ガイアの再来とまで言われてるらしい」

 ……なんだよガイアって。

 

「もう俺の事はもういいだろう。俺と裕也は織斑君、君と話がしたいんだ」

 

「話って……何を話したいんです?」

 まあ100%葵絡みの事だろうけど。俺とこの二人の接点って葵しかないし。

 

「そうだなあ……まあ俺よりも先に裕也、お前が先にしろ」

 

「え、俺がです?」

 

「ああ、お前が織斑君に聞きたい事を一番言いやすい場所にわざわざ連れてきたんだ。さっさと語りあっちまえ」

 小鳥遊さんはそう言うと、俺達から離れ壁に寄り掛かった。話を振られた裕也は俺を数秒見つめるが、その後壁の方に視線を逸らした。裕也の視線の先には俺達剣道部員が使っている竹刀が掛けられている。

 しかし……今更俺に裕也は何か話があるのか? 言いたい事は教室のあのステージの上で全部言っちまったし、葵から振られた今もうこいつが俺に話したい事なんて何もないだろうに?

 そんな事思っていたら、裕也は壁に近づき、その中の一つ―――俺の竹刀を取った。何か睨みながら俺の眺めているが、何をやっているんだあいつ? そんな事思っていたら、

 

「織斑。予備の竹刀持っているか?」

 俺の竹刀を片手に尋ねてきた。

 

「予備? ……そりゃあるけど、それがどうかしたか?」

 

「俺に貸せ。織斑―――お前に試合を申し込みたい」

 俺を睨みながら言う裕也。……はあ? なんだそりゃ

 

「お、わかっているじゃないか裕也。まあ下手に言い合うより、男なら剣で語った方が早いしな」

 困惑する俺に、小鳥遊さんは面白そうな顔をしながら賛成している。

 でも、まあ確かにこれはこれでいいか。俺は裕也に話したい事無いし、それに……何か無性に俺は体を動かしたくなっていた。

 

「わかった、じゃあちょっと待ってくれ。男子部室から予備の竹刀持ってくるのと、ちょっと着替えさせてくれ。この恰好じゃあまり動けない」

 そう言って、俺は今自分が着ているタキシードを見下ろす。さすがにこの恰好のままじゃ動きづらい。

 

「わかった。なるべく早く来いよ」

 

「すぐ戻る」

 そう言って、俺は男子更衣室という俺専用の部室で置いたままにしていた剣道着に着替えると、予備の竹刀を持って再び道場に戻った。

 

「ッ!」

 

「へえ」

 何故か俺の剣道着姿を見ると裕也は一瞬驚いた顔をし、小鳥遊さんはニヤついた。おかしいな、別の変な所ないはずだが?

 裕也に竹刀を投げると、裕也はそれを受け取り何回か素振りをして感触を確かめていく俺と裕也は身長そこまで変わらないから多分問題無いはずだ。裕也もそう思ったようで納得した顔をしたら開始線まで歩いていった。

 

「おい、防具はいいのか?」

 

「いらん。いるならお前は付けて良いぞ。どうせお前の一撃を貰う前に勝つからな」

 裕也の言葉にカチンときた俺は、

 

「ああ、そうかい! 怪我しても知らないからな!」

 裕也と同様、防具を付けないで俺は裕也とは反対の開始線に立った。

 

「よし、俺が立会人をやってやる」

 そう言って、小鳥遊さんが俺達に近づいてきた。

 

「二人とも防具付けてないから、そうだな。昔の果たし合いみたいな感じにして先に有効打を浴びせたら勝ちにしよう。一応怪我しないよう、出来れば寸止めするように。これでいいか?」

 

「はい」

 

「問題無いです」

 

「よし、それでは……始め!」

 小鳥遊さんの開始の合図を聞き、俺と裕也の試合は始まった。

 

 

 

 

 

 試合開始五分後、

 

「ハアッハアッ!」

 

「……」

 成り行きで始まった裕也との試合だが……俺は既に大きく息を乱している。しかし俺とは対照的に、裕也は息一つ切らしていない。余裕を持った態度で俺を睨み付けている。開始から今まで、俺は裕也に襲い掛かるも、裕也は余裕を持って俺の攻撃を避けて行った。そして攻撃に回ると、俺は裕也の攻撃を死に物狂いで防いでいった。正直裕也が途中で攻撃を止めてその瞬間大きく後ろに後退しなければ、やられていただろう。

 そういえば黛先輩が去年こいつ全国大会出場したとか言ってたな。しかし、まさかここまで強いとはな……。

 

一旦距離を取り、大きく息を吸い込みながら呼吸を整える。何故か裕也は追撃をしてこないから、今のうちに体勢を立て直さないといけない。しかし……あいつ相手にどうやって勝てばいいんだ? 攻撃は全ていなされる。攻勢に回られたらこちらが反撃する機会を与えられない。

 今まで全国一位となった箒が俺が戦った中で一番強かったが……こいつはその箒以上に強い!

 

「この程度かよ……」

 絶望する俺だが、ぽつりと呟いた裕也は明らかに俺を―――失望した目で見ていた。

 

「お前……この程度で葵に剣道でも勝つと言ったのかよ」

 失望した目と声を出しながら、裕也は俺の頭上目掛けて竹刀を振り下ろす。その一撃を、俺はなんとか防いだ。

 

「お前……初めて会った時の葵位の力しかないな」

 一撃を防いだが……裕也は上からさらに押し込んでいく。その力は強く、俺の腕は次第に下がっていった。

 

「高校レベルならそれでもそこそこの腕だけどよ、あいつと比べたら雲泥の差だ。俺も半年前を最後に今の葵の実力は知らないが、それでもお前の何倍も上なのはわかる」

 

「クッ!」

 一気に力を込めて裕也の竹刀を押し上げると、また俺は大きく後ろに下がった。裕也はまたも追撃せず、その場に立ったままだ。

 

「あいつは言ってたんだよ、『私より一夏は剣道強かった』ってな。さぞお前と再会して失望しただろうな、お前の弱さに」

 裕也の言葉が、俺の胸に突き刺さる。……それは、俺も感じていた。久しぶりに試合をしてストレート負けした後、面を取ったあいつの浮かべていた顔は……。

 

「葵は出雲で地獄のような環境の中、桜達からリンチのようなIS訓練を行われようとも決して逃げず、絶対に強くなるって気持ちを持って毎日訓練に明け暮れていた。慎吾さんからどんな訓練しているのか聞いた時は、俺はひっくり返るかと思ったぞ。それだけの無茶をしながらあいつは強くなろうとしていた。で、織斑。お前はどうなんだ? 葵に勝って代表になるとか言ってたが、そんな訓練をお前はしていたのか?」

 

「……」

 裕也の質問に、俺は答える事が出来ない。ああ、確かに……臨海学校前の俺は葵みたいな訓練をしてなかったし、強くなろうという意志すらあまりなかったよ。

 

「してないよなあ。少なくともお前が入学してそんな様子を見たなんて話聞いてないから。そんなお前が……葵に勝つだと! ISだけでなく、剣道でも! そんな腕でか! ふざけるな!」

 裕也はそう叫ぶと、また一気に俺との距離を詰め面、籠手、突きと俺に猛攻を浴びせていく。しかし先程までとは違い感情的になっている裕也の攻撃は鋭さに欠け、俺でも防いでいくことは出来た。しかし相変わらず、反撃の糸口は見えない。

 

「もう俺は葵にとってただの友達だ! でも大切な友達が目指す目標に、お前みたいないい加減な奴がライバル視しているとか我慢ならねえ! 弱いお前は葵のライバルなんて資格は無い! 引っこんでいろ! あいつにとって剣道のライバルは俺一人で充分だ!」

 裕也はそう叫ぶと、一瞬鍔迫り合いをした後俺を後方に吹き飛ばした。背中から床に叩きつけられ激痛が走るがすぐに立ち上がる。

 立ち上がる俺を忌々しそうに見る裕也だが……やべえな、ちょっと抑えきれなくなってきた。

 

 なんだろうな、この感情は。

 

 目の前の裕也が―――本当に気に入らない!

 

「黙れ」

 

「ああ?」

 

「聞こえなかったのか? さっきから煩い。 葵のライバルとして俺を認めない? はあ、何でお前なんかにそんな事言われなきゃなんねえんだよ!」

 くそ、なんだこれ! 裕也に対してのムカつきが抑えきれねえ! ああ、当然か! こいつさっき何て言った? 俺が葵のライバルとして認めない? お前の方がふさわしい? はあ! 冗談じゃない!

 

「そうだろうが。お前弱いんだから。弱い奴が強い奴のライバルとかおかしいだろ」

 

「煩い黙れ! これは……これだけは俺は譲れないな! 葵にとってライバルと呼ばれるのは俺だけだ!」

 初めて会った時から、まだ続いている勝負。負け続けているのはわかっているが、まだ続いているんだ! 

 

「俺は葵よりも強くなって、証明するんだよ! 例え今負けてようが、最後に勝つのは俺だ!」

 

「弱い奴程吠えるとはよく言ったもんだな! そんな腕でまだほざくかよ ならせめて俺を納得すだけの強さを今見せてみろよ!」

 

「上等だ!」

 全身が疲労し、肩を大きく揺らしながら息を吐いていく。実力差は歴然。まともに戦っても返り討ちだ。気力が萎えそうになる。

 でも、葵はどんな強敵でも最後まで諦めないで戦ってきた。ラウラに負け続けようとも。あいつは勝てるまで手段を考え続けた。会長との戦いだって、途中絶望的に追い込まれても最後ま諦めずに戦って、最後は勝利した。

ん、会長との戦い……ああ、そうだ!

 

 俺は決意し、竹刀を強く握りしめる。俺の雰囲気が変わったのを察した裕也は、さっきまでの余裕な態度を改めて真剣な顔で俺の一挙一動を見つめていく。

 すり足で、ゆっくりと俺は裕也に近づいていく。裕也は一歩も動かない。俺が何をしても、カウンターで反撃出来ると思っているようだ。

 ならば好都合だ。俺の今からやる動きは相手に反撃を与える前に倒す技。相手の1拍子よりも早く動いて仕留める―――篠ノ之流裏奥義零拍子!

 裕也をよく見て、一瞬の隙を見つけろ。その瞬間こそ、最後の勝機!

 

 俺と裕也が睨みあうこと十数秒、そして―――ついに俺は仕掛けた。

 一瞬の俺の動きに、裕也は反応出来ていない。俺は勝利を確信しながら竹刀を振り上げ、裕也の頭に叩きつける――――はずだった。

 

「なっ!」

 しかし俺の渾身の一撃は……半歩横にずれた裕也にかわされていた。

 

「残念だったな織斑。その技は俺も葵から貰ってな。以来、二度と同じ目に遭わないようにしている」

 

 そう言ってさらに半歩下がった裕也が、お返しとばかりに俺に面を打ちこんでくる。

 

 体勢が崩れた俺に、その一撃は避ける事ができない。コマ送りのようにゆっくり向かってくる裕也の一撃を俺は呆然と眺めていく。

 

 あ、俺負けるのか。

 

 そんな考えが頭に浮かんでくる。渾身の一撃を避けられた。もう、俺に勝つ方法が無い。

 諦めが俺の心を占めていく。しかし、

 

「!!!」

 一瞬浮かんだ顔。葵の、失望した顔が浮かんだ瞬間、俺は心を支配していく諦めを吹き飛ばした。

 

 まだだ、まだ諦めるな!

 

 迫りくる裕也の竹刀。避けるのはもう無理。なら受けるしかない。しかし、受けた所でどうなる。さっきまでの繰り返しだ。

 俺にあって、裕也には無い物は何だ? 篠ノ之流? しかしそれはさっき破れて……いや!

 

「ああああああ!」

 俺は裂帛の気合を込めて裕也の一撃を迎撃する。そして、

 

「なっ!」

 パキン!と言う音が道場に響き、裕也が驚愕の声を漏らした。審判をしている小鳥遊さんも、驚いた顔をして裕也を、いや……真ん中から叩き折れている竹刀をみている。

 

 篠ノ之流奥義の一つ。断刀の太刀

 

 相手の武器破壊を目的としたこの技。名前がかっこよく、相手を傷付けず無力化できるこの技を昔の俺はよく練習していた。IS学園に来てからは、何度か千冬姉にやり方を再度習っていたが……まさかこの土壇場で成功させる事ができるなんて。

 

 竹刀を折られ呆然としている裕也に、俺は近づくと……裕也の頭めがけて竹刀を振り下ろす。当たる寸前で止め、それを見届けた小鳥遊さんが

 

「一本! それまで」

 試合終了の合図をした。

 

 

 

「負けたよ」

 試合終了後、裕也はさっきまでとは違う、穏やかな表情を浮かべながら俺に右手を差し出し握手を求めてきた。

 

「運が良かっただけだ」

 それを俺は心底思う本音と共に、握り返した。……何せ、勝てたのは奇跡のようなもんだしな。

 

「まあ実際の試合じゃあ、織斑君の反則負けなんだけど。竹刀を故意に折っちゃったんだし」

 小鳥遊さんのツッコミに、俺は体を強張らせた。……そうなんですよね、正規の試合じゃ俺反則負けなんだよな。

 

「でも今回の試合は正規の剣道の試合じゃないし……実戦だと俺は織斑に斬り殺されていた。それにこの実戦形式ってのが……お前や葵がしているISでの戦い方なんだろ」

 

「まあ、な」

 ISだとさらに飛んだり飛び道具使いまくるけどね。

 

「それで俺は負けた。……悔しいが、俺はお前を認めてやるよ」

 何か吹っ切れた顔をしながら、裕也は俺にそう言ってくるが……いや誰だお前?本当にさっきまでとは別人みたいじゃないか。

 

「勝てるといいな、あいつに」

 

「勝てるじゃない、勝つんだよ」

 

「そうだな」

 裕也はそう言うと、折れた竹刀を俺に放った。

 

「お前が折ったんだから弁償はしないからな。しかし……何だよ最後のやつは。零拍子は葵がやってたから知っていたが、竹刀を叩き折る技は知らないぞ。しかもカーボンで出来た竹刀を叩き折りやがって」

 

「そりゃさっき小鳥遊さんが言っていたように試合じゃ使えないからな。だから葵もお前にはこの技使わなかったんだろうよ」

 

「ということは、あいつもそれ使えるのか?」

 

「多分、な」

 二刀流で使う武器払いやってたし、これも出来てもおかしくない。

 

「なるほど。ま、お前が口だけの男じゃないってのがわかってよかった。本当に―――あいつがライバルと認める相手だってわかってよかった」

 満足そうに頷いていく裕也。

 ……いや、まあ臨海学校の出来事が無かったら俺は裕也が認めることが出来ない奴になってたんだろうな。夏休み、心機一転して千冬姉や楯無さんに地獄のしごきを受けていて本当に良かった。少なくともそれで、裕也が納得させるだけの力は身に付けることができた。

 

「よかったな、裕也。織斑君がお前が期待していたような人で」

 小鳥遊さんが、優しい顔をしながら裕也に言う。

 

「全くです。これで俺は……本当の意味で葵を諦める事が出来る」

 少し寂しい顔をして呟く裕也だが……ちょっと待て。どういうことだ?

 

「織斑君、君に話したい事があるっていってたのは……ちょっと知って欲しくてね。ここにいる裕也は、今日葵に告白しに来たんじゃない。振られるために来たんだという事を」

 

はあ?

 

「ちょ、ちょっと慎吾さん!……いや、まあいいか。その通りだし」

 え、何言ってんのお前?

 

「きっかけはあの雑誌さ。あの雑誌は葵を誹謗中傷して陥れようとしていたが、雑誌に写っている裕也を始めとする皆が、雑誌に載っているような事は嘘だ! と公言して回ったからね。今ではあんなデマを信じているのは少ないと思うよ。まあ、誰が葵の本命か! な噂は流石に止めようがないけどね。ただ、それとは別にあの五反田君はわからないが、島根にいる裕也を始め葵と一緒の写真に写っていた、葵を好きだった連中は……皆葵の事を諦めた」

 

「はあ? 何でです?」

 

「君と葵が写っていた写真さ。あれを見て皆葵の事を諦めた」

 え、俺と葵が写っていた写真? まさかあれで?

 

「い、いやちょっと待ってください。まさか俺と葵が抱き合っている写真で? いやあれは」

 

「違う!」

 あの抱き合っている写真はちょっとした演技のせいで、と言おうとしたら、それは裕也の大声で掻き消された。

 

「違う、あんな嘘っぽい演技の写真じゃない」

 あ、やっぱりあれ嘘っぽく見えたんだ。

 

「そうじゃなくて、二枚目の写真だ」

 二枚目? 確か、○ウンドワンを出て帰ろうとしている写真だよな?

 

「あれのどこが?」

 

「……そうか、お前にとってはあれは当たり前なんだな。無かったんだよ、俺達には」

 

「無かった?」

 

 

 

 

 

「葵と二人きりの時は勿論、皆で一緒に遊んでいた時でもな……葵が、あんなに楽しそうに、心底楽しそうに笑っている顔を見たことがな。お前と二人で一緒にいる時、葵はその笑顔を……お前だけに見せてるんだよ」

 

 

 




次話で本当に学園祭編を終わらせます。

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