IS~女の子になった幼馴染   作:ハルナガレ

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専用機タッグマッチトーナメント 青崎葵の憂鬱

「どうしたの葵君! 何でそんな酷い顔してるの!? 目とかすごい隈出来てるじゃない!?」

 

「青崎さん、顔色とても悪いわよ! いったい貴方に何があったの!?」  

「病院行く? 死人みたいに酷いよ。 キツイなら私が付き添ってあげるから……」

 

「……大丈夫です。体は……ちょっと心因的な事で疲れてますが、とりあえず大丈夫ですから」

 前日葵から『会長、相談したいことがあります』という連絡を受けた楯無と虚。生徒会室で葵が来るのを待っていたが、葵が生徒会室に入り姿を見た瞬間、顔色を変えて葵に詰め寄った。そしてこの日暇を持て余していた簪も生徒会室に遊びに来ていたのだが、何時もと違い憔悴している葵を見ると姉達同様、葵のやつれようを見て心配しだした。

 3人からとても心配された葵は、乾いた笑みを浮かべながら返事をすると中に入り、近くの椅子に座ると、

 

「は~……」

 大きなため息をつきながら、机に突っ伏した。

 

「え、あの葵君……本当に大丈夫?」

 

「昨日私と会長に相談したいことがあると言ってましたが……」

 

「相談? それなら私も乗ってあげる。同じ代表候補生のよしみとして聞いてあげる」

 机に突っ伏した葵に、楯無に虚、簪は狼狽しながら声を掛けた。三人の心配した声を聞いた葵は、その後ゆっくりと顔を上げると楯無に向かって言った。

 

「会長……やっぱ部屋変わってくれませんか? 今からでも一夏と一緒なんてどうです?」

 葵の疲れ切った声を聞いた楯無は、葵の言った意味を一瞬理解できなかった。しかし理解した瞬間、

 

「え? えええ!!!」

 驚愕の声が楯無の口から漏れていった。

 

 

 

「え!? どうしたの葵君! 何でそんな事貴方が言うの!? だって夏休みの時はそれが駄目だから私と戦ったりもしたのに!」

 

「もしかして青崎さん、それは……ここ最近様子がおかしい織斑君と関係があるのですか?」

 突然の事に驚く楯無だが、多少冷静だった虚が―――ここ最近IS学園でも有名な織斑一夏の奇行のせいなのかと尋ねたら、

 

「……」

 葵は乾いた笑みを浮かべながら、無言で頭を縦に振った。

 

「あ~あの織斑君? ここ一週間ばかりずっと顔色悪く死人みたいな顔しながらふらふらしてた? 私も何回か見たけど……今の葵より酷かった気がする」

 

「……一夏君、その前からも練習に身が入ってなかったけど、ここ最近は特に酷いのよね。寝てないのか頭がふらついてるし、私が指導してるというのに今更なミスが多いし。昨日なんか高速で地面に激突して気絶という、初心者がするようなミスやらかしたもの」

 

「そしてそれほどふらふらな彼ですが、何故か受け答えはしっかりしていて、何人もの人が彼を心配しても、笑って大丈夫と言っているようですね。……顔色が最悪で体がふらついてるのに、それ以外の行動は変わらないから皆強く言えないようです」

 簪と楯無、虚はここ最近の織斑一夏の姿を思い出し、顔を曇らせた。

誰が見ても一夏の様子は異常であり、その様子を多くの者が心配し、一夏を気にかけているが、本人が大丈夫と言い張るので皆何も出来ないまま一週間が過ぎてしまった。

 楯無もこのままでは不味いと思い、近々一緒の部屋に住んでいる、そしてこの学園で一番一夏に親しい葵にこの件で相談しようと思っていたが……その葵から相談があると言われ生徒会室で待っていたら、葵が件の一夏並の顔色の悪さで登場したので、楯無は困惑し切ってしまった。

 

「え~っと、葵君。まず確認するけど、君がそんなに参ってるのは……一夏君のせいなの?」

 

「……はい」

 しかし何時までも困惑したままでいられないと思った楯無は、葵の現状の原因は一夏のせいなのか確認したら、葵は力無い声とと共に再度頭を縦に振った。

 

「どういうこと? 織斑君が葵に何かしたの? まさか性欲を我慢出来なくなった織斑君が葵を襲ったりしたの? は! まさか二人が顔色悪いのは夜な夜な薄い本的な事をして!」

 

「……簪さん、貴方が書いてる本じゃないんですから」

「簪ちゃん、ちょっと真面目に聞いてあげないとお姉ちゃんでも怒るよ」

 ピンク色な妄想をしながら興奮しだした簪に、呆れた顔をしながら窘めようとした虚と楯無だったが、

 

「……いや、このままじゃ何れそうなるかも」

 力無い顔をした葵がボソッとつぶやくのを聞くと、

 

「「「えええええええ!」」」

 楯無、虚、簪の驚愕した声が生徒会室に響いていった。

 

「え、ちょっと待って! それどういう意味!?」

 

「……いえ言葉通りといいますか。このままでは私、本当に一夏に襲れるんじゃないかって」

 葵のあまりの衝撃発言に詰め寄る楯無に、葵は若干怯えた表情をしながら自身の体を抱いた。

 

「……これは、ちょっと詳しく聞く必要があるようね」

 

「ええ。私、ちょっとお茶持ってくるね。葵は今ちょっと参ってるし、お茶飲んで貰って少し落ち着いた方が良いと思う」

 

「そうね。じゃあ簪ちゃんお願い」

 

「うん」

 楯無に返事をした簪は、部屋に備えている電気ケトルを確認、熱いお湯が人数分残っているのを確認すると急須にお茶葉を入れ、4人分のお茶を作ると、

 

「はい、葵はこれでも飲んで落ち着きなさい。家で愛飲している高級玉露だよ。後これでも食べて元気出して」

 葵の前にお茶と、ついでに楯無の好物のとっておきの羊羹を切り分けて葵の前に置いた。隠していた取っておきの菓子を黙って出された事に楯無は一瞬声を上げかけたが、

 

「……美味しい」

 笑みを浮かべながら羊羹を食べ、お茶を飲む葵を目にし何も言えなくった。

 

「青崎さん、少しは落ち着いた?」

 

「……はい」

 

「そっか、ならよかった。じゃあさっきの続きだけど、一夏君が君を……その襲うかもしれないってのはどういうことなの?」

 美味しいお茶と菓子を食べリラックスした葵に、楯無は葵に先程の発言の真意を確かめることにした。

 楯無に促された葵は、

 

「最近、部屋でいる時の一夏の私を見る目線が……もう露骨にいやらしいんです」

 疲れた顔をしながら、ここ最近の自身が受けた一夏による視姦被害を語っていった。

 

「一夏が私の胸とかをじっと見つめるとかは、同室になってから何度かあったんです。でもそれはしょうがないかな、と思って深く気にはしませんでした。自分で言うのもなんですが、私スタイル良い方ですし、一夏も思春期の男なんだから興味持たないわけないですから。……しかし学園祭後からちょっと、気になる事があったのか私を監視? 観察? するようになって、それから私の事をじっと見つめるようになったんです」

 

「学園祭後……そういえば一夏君が練習に身が入らなくなったのもそれからだったわね。あの時葵君に勝つ! な事言ってたのに急にどうしたのかと思ってたけど、その時から一夏君は青崎さんの事を……」

 

「いえ、違うんです。その時はまだ……見られてはいたんですが、そのいやらしい目線とかは……あ~まああるにはあったんですが、ここ一週間に比べたら全然でした。……一度、男のいやらしい目線は女は気付くと教えてあげたのになあ」

 

「つまり一夏君は、この一週間で急激に葵君をいやらしい目で見るようになったということ?」

 

「……はい。不思議な事に部屋以外ではそういうのはないんですが、部屋に入ると一夏は変わります。気付いてないつもりなのかしれませんが、私が本読んでる時、テレビ見てる時、ゲームして遊んでる時とかに一夏は私の胸とか物凄く見てるんです。そしてその視線を受ける度……私に言いようのない悪寒が走るんです。一夏に背を向けてる時も、こう腰やお尻あたりから急に悪寒が走ったりします。酷い時になると……これ2日前の話なんですが、朝練終えた私がシャワー浴びた後ドライヤーで髪乾かしてたんです。そしてら横からまた視線を感じ、胸から悪寒が走ったんです。げんなりしながら横目で見たら起きたばかりの一夏がいて……あいつ空中の何かを両手で揉んでました」

 

「……うわあ」

 

「……さすがに、ちょっと引きますね」

 

「一夏君……」

 葵の話を聞き、簪、虚、楯無の三人は顔を引きつらせながらドン引きした。

 

「それだけならまだいいんですが」

 

「いいの!?」

 

「いえ、まだこれ位なら……思春期真っ盛りの少年のすぐ横に異性がいるから、そういうのに興味持って見ちゃうのも仕方ないと思えます」

 

「思えちゃうんだ」

 

「でも夜寝る時になると、隣で寝てる一夏から……言葉に言い表せないプレッシャーを受けます。なんというか、本能で私の体が警戒して気が休まらないんです」

 

「……それって織斑君が葵を襲おうとしてるんじゃ」

 

「……多分ね。このプレッシャー、前島根いた時私にキスしようとした奴がいたんだけど、そいつ以上に体が、本能が警戒するんです。寝たら駄目だって。……そのせいで私ずっと寝不足なんです。一夏も何故か何時までも寝ないし」

 そう言って葵は大きく欠伸をした。青白い顔に目に出来ている大きな隈が、葵の言葉が本当だと主張していた。

 

「え? という事は葵もずっと一夏君同様に寝不足だったの? でも学園で見た時は織斑君と違って葵の顔色は普通だったよ? 今は織斑君みたいに酷いけど」

 ここ最近の葵の様子を思い出し、簪は不思議に思った。葵の話が本当なら葵も一夏同様、寝不足で顔色悪かったはずだが、学園で見た葵は顔色は特におかしくなかったからだ。

 

「……ああそのこと。それは私が夏休みに束さんから貰った化粧道具のおかげ。美味しい魚を頂いたお礼とか言って私にくれたものなんだけど、すごいよこれ。某盗賊の孫みたいに別人に変身できるんだから。それ使っていつも通りの顔作って皆誤魔化してたの。だって……一夏に続き私まで寝不足で顔色悪かったら誤解されるかもしれないもの。ええ、さっき貴方が言ったようなのね」

 

「……あ~確かに簪ちゃんみたいな考えしちゃう子でるかも。部屋同じで二人とも寝不足で疲れてるとか」

 

「そんな勘違いを学期末テストで一部の生徒がしておりましたね。……結果いくつかの教室が全損したりとかなりの被害がでました」

 

「……うん、葵賢明な判断。よくやった!」

 葵の話を聞いた三人は、一学期末に起きた通称『学期末のカタストロフィ事件』を思い出し、その引き金となった出来事を考えると、葵が何故そんな化粧をしてまで隠そうとしたのか納得した。

 

「……そっか、起きてる時も体の各所を見られ、寝ようとしても隣から何時襲われるか知れないから寝ようにも寝れない。これは確かに参るわね」

 楯無は自身がその状況に置かれた想像をし、そして早々自分じゃ耐えきれないだろうと結論を出した。一夏の事は気に入っているが、性欲にまみれた視線を浴びせられたり、本気で襲われそうにな空気を毎日出されたらどんなに我慢しても3日で一夏を部屋から叩きだすだろう、と。

 いくら大切な幼馴染で親友だろうと、異性から性欲にまみれた行動取られそれを一週間晒されたら流石に限界が来たかと楯無、虚、簪の三人は思った。よく耐えた、貴方は頑張ったと三人は葵に言おうとしたら、

 

「……まあ、それでもまだこの時までは我慢は出来たんです」

 

「「「ええ!!」」」

 ここまでならまだ我慢できるという葵の言葉を聞き、三人は再び一斉に驚愕の声を上げた。

 

「い、いや青崎さん! これまでの話を聞いた限りもう織斑君は生理的にアウトなのでは!?」

 

「いや思春期ですし、猿みたいに発情してしまう年頃ですからそんな風になってもしょうがないかなあと」

 

「いやいやそれさっきも言ってたけど」

 虚のもっともな意見に、葵は未だに思春期だからしょうがないと返事をしたので、流石にそれではもう済まないと楯無は葵に言おうとしたら、

 

「ただ……流石にそんな台詞も言えなくなる出来事がありまして」

 その前に葵が今までで一番暗い顔と声で言うので、楯無は言葉の続きを言うのを止めた。

 

「え? 今までの出来事よりも酷い事があったの?」

 これ以上何かあるの? と思いながら簪は葵に尋ねると、

 

「最初は……栗の花の匂いがするなあと思ったんです」

 葵は何かを思い出しているのか、沈痛な顔をしながら言った。

 

「栗の花の匂い?」

 

「それがどうかしたのですか?」

 栗の花の匂い。楯無と虚はどうしてそれが葵を苦しめてるのか理解出来なかった。

 

「……イカの匂いじゃないんだ」

 しかし楯無と虚とは違い、簪は葵の言っている事の意図がわかり、少し顔を引きつらせている。

 

「……うん、私も初めて匂ったけどイカじゃなかった。5日程前、何故か部屋でそんな匂いを嗅いで、一夏に聞いたらわかりやすい位狼狽えて気のせいだろと言われたわ。でも3日前も同じ匂いがしたのよ。その日は一夏かから出てたプレッシャーが無いから寝てたんだけど、……夜中目が覚めて隣を見たら一夏の姿が無く、洗面台の方から何かを洗う音が聞こえた。そして……また栗の花の匂いが」

 

「……」

 

「……」

 無言で顔を引きつらせる楯無と虚。葵の話を聞き、一夏が何をしていたのか、そして栗の花の匂いとはなんだったのかを理解したからだ。

 

「そして昨日の早朝だったんですが……珍しくまた眠れた日だったのですが、朝練行こうと部屋を出ようとしたら一夏から呼ばれ、何か用と思いながら一夏に近づいたら寝てたんです。気のせいかなと思ったら一夏が寝ながらまた私を呼んだのを見て、ただの寝言かと思って立ち去ろうと思ったんです。そしたら……『葵……お前の胸柔らかくて気持ちいいなあ……ああ我慢できない、もうお前の中に」

 

「はいストーップ!!!」

 葵が最後まで言う前に、顔を真っ赤にした楯無が手を伸ばし葵の口を塞いだ。

 

「え! 何で止めるのお姉ちゃん! 今良い所だったのに」

 何時の間にか大きな丸の中にネタと書かれたメモ帳を開いて書き込みしている簪が、途中で話を遮った楯無に抗議した。

 

「これ以上は駄目! 葵君ももういいから! もう充分だから!」

 顔を真っ赤にしながら、楯無はもう葵に話さなくていいと言うが、完璧に口と微妙に鼻まで塞がれた葵は息が出来ず、こちらも顔を赤くしながら苦しんでいた。

 

「会長、手を放して! 青崎さんが息出来てません!」

 

「は! ああごめん!」

 

「っはあ! はあ! ……いえ大丈夫です」

 虚に指摘され楯無は慌てて葵から手を放した。酸欠状態が長かった為葵は苦しそうに、大きく呼吸し出した。

 

「……まあ、これが今回会長達に相談しようと思った程の出来事です。今までのならともかく、流石にあれは私、一夏の口からあんな事言われたら悪寒通り越して絶望して泣きたくなりました」

 

「……今までのはまだ、視姦とか寝てる時のプレッシャーは思春期のアレで済ませてたようですが、直接織斑君の口から聞かされたらもう誤魔化せなくなったのですね」

 

「はい。あれ聞いたら、一夏本気で私をそういう対象にしてるんだってわかっちゃって。……それ聞くまではまだ一夏、男だから性欲持て余しちゃってるだけとか思ってたのに。……来月とか専用機タッグマッチトーナメントあるじゃないですか。私これは一夏と組もうかなと思ってたけど……今は嫌だなあ。一夏から誘われても嫌だなあ」

 

 暗い顔をしながら呟く葵。生徒会室に暗い空気が流れ、楯無、虚、簪の動きが固まる。お互い目配せし、誰かこの重い状況をどうにかしてよと無言で叫びあい、

 

「あ、あ~そういえば来月のタッグトーナメントだけど、私と簪ちゃんで出場しようとしたら織斑教官から『ふざけるな馬鹿者』と怒られた上に却下されたのよね~」

 

「あれは酷い横暴でした。お姉ちゃんと組んでチーム名は『ふたりはSARASHIKI!』で行こうとしたのに!」

 

「……そのふざけたチーム名は論外ですが、それ以上に貴方達が組むのは駄目でしょう。下手したら第三回モンド・グロッソで出場しても優勝狙えるペアなのですし」

 楯無、簪、虚は最近あった出来事を面白おかしく話してみたが……簪は項垂れたままだった。

 盛り上げに失敗したと焦る3人。さらに、

 

「……はあ、憂鬱だなあ。気が重いなあ」

 葵がぶつぶつと愚痴をこぼし始め、ああどうしたらいいんだろうと混乱し出した三人だが、

 

「は~~、このまま本当に私一夏に襲われたら……私親友の歯全て吹き飛ばすことになっちゃうのかあ。親友に一生入れ歯人生歩ませる事になるかと思うと……気が重いなあ」

 

「「「本当の悩みじつはそっち!?」」」

 先程前は違う驚愕の声が、生徒会室に響いていく。

 

「え? まあそうでしょう。同意無しに無理やりやろうなんて屑、幼馴染でも幼馴染でもありません。問答無用で殴ります。 一夏の実力程度で私を組み伏せれるとでも思われたら大間違い。そんな甘い考え歯ごと粉砕させます」

 

「え、でもさっきまで織斑君に襲われるの心底恐れてたじゃない?」

 

「ええ、それは当然です。だって―――一夏が私を無理やり襲うという事は、一夏はもう、私を親友だと思って無い事ですから。そして私も……一夏を親友だなんて思う事が出来なくなりますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、この問題はデリケートなものであり、正直自分達の手に負えないと判断した楯無達は、問題の人物の姉である千冬に相談する事に決めた。千冬に相談は葵が難色を示した。千冬の性格と気性を知っている葵は、『一夏がこんな事してるなんて報告したら一夏の身が危うい可能性が』と危惧したが、『その前に貴方の心が危ういでしょ!』と三人から怒られ、最後は同意した。

 

「そういえば今日一夏君は?」

 

「弾に話があるとか言って弾の家に行ってますよ」

 弾、という名前に一瞬虚が反応したが、3人とも見なかった事にした。

 

「そっか織斑君がいないなら好都合。こんな話織斑君に聞かれるわけにはいかないし」

 

「……聞かれたらというか一夏、私に気付かれてたと知ったら家出しそうですけどね」

 千冬に会いに行く道すがら、4人は話し合いしながら職員室に向かっていく。職員室についたが千冬の姿がなく、山田先生に場所を尋ねると『織斑先生なら剣道場にいますよ~』と言われ、4人は剣道場に行くことにした。そして剣道場に到着し、中に入ると、

 

「馬鹿者! この程度で息を乱すな! 集中力が足りん!」

 

「はい!」

 

「もう一度手本を見せるからよく見ておけ!」

 

「お願いします!」

 真剣を持った千冬が抜身の刀を持って目にも止まらぬ動作で一閃し、木刀を持った一夏がそれと同じ動きをしようとする姿があった。その姿はここ数週間腑抜けた姿とは違い、夏休みの時、強くなりたいと千冬と楯無にお願いしていた頃と同じ、やる気に満ち溢れた姿がそこにあった。

 

「まだだ! 遅いしそんなのでは実戦では全く役にたたん! 私がやった動きを頭の中でイメージし、それを自身の動きに取り入れろ!」

 

「わかりました!」

 一夏の動きが気に入らないのか、真剣を突き付け怒声を上げる千冬。気の弱い物なら見るだけで気絶しそうな程のプレッシャーを千冬は一夏に与えているが、一夏も一歩も引かず千冬と対峙している。

 姉と弟の壮絶な修行風景を見て、楯無と虚、簪は呆気に取られたが、

 

「……あれは!」

 ただ一人葵だけは、千冬がやっている技の型を見て、驚いた後に一夏の方を向くと―――薄く笑みを浮かべた。

 千冬と一夏もお互い集中しているせいか、葵達が来たことに気付いていない。葵達もこの状況では声を掛けづらいと判断し、

 

「……出なおそっか」

 

「……ですね。それに一夏も正常に戻ったみたいですし」

 二人に気付かれない内に4人は道場を後にした。

 

 

 

 

 数日後、楯無は葵に最近の一夏の様子を尋ねたら、

 

「……どういうわけかしりませんが、例えるなら学園祭前の頃に戻りました。部屋での視線は全く無くなったわけじゃありませんが、あの頃に比べたら数段マシです。そして寝る時なんですが……一夏、千冬さんや会長にお願いしてしごかれまくってますので、横になったら即爆睡してます。起きるのも時間ギリギリですし、あの栗の花の匂いもしませんね。……それを出すのも惜しい位体が疲れてるんでしょうか?」

 どこか納得いかない、という顔をしながら葵は楯無に報告した。

 楯無も一夏の急な変化に違和感を覚えるも、まあ状況が昔に戻ったのなら良かったと思い、問題が解決したとホッとした。その後満足げな顔をしながら楯無は葵から立ち去った為、

 

 

「前と一緒に目標に向かって頑張っている一夏。でも前と違い、今の一夏は……何故か少し嫌い」

 どこか遠くを見ながら呟いた葵の声を聞く事が出来なかった。

 


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