「何をすればいいんです?」
「簡単な事ですよ。来月我が校で開催される専用機タッグマッチトーナメントで優勝すればいいだけです」
国家代表になる為にはどうすればいいのかという葵の質問に、十蔵さんは普段から浮かべているにこやかな顔をしながら答えた。
「来月の大会には先程国家代表に指名された更識簪さん、そしてロシアの国家代表である更識楯無さんも出場してます。この二人が出場している大会で優勝するのは、貴方の実力を宣伝するには十分な物でしょう」
「……タッグトーナメントで簪押しのけて優勝出来れば、私は結果的に簪より強いという事にはなりますが、それでお偉い方が納得するんですか? 個人戦でなくタッグトーナメントですから結果は全て私の手柄というわけでもありませんし、そもそもIS学園で行われてる行事の一つですよ? お祭りみたいなものですからそれが評価されるとも思えませんけど?」
十蔵さんが提示した条件は、葵にとって腑に落ちない物のようだ。かくいう俺も葵の言う通りだとは思う。国家代表は一人しか選ばれないんだから、タッグ戦で優勝は評価の仕方とは違うんじゃ? 大体葵が強さを示すのが必要なら、単純に葵がその政府のお偉いさん方の前で簪と戦って勝てばいいだけなのでは?
「ええ、まあ葵さんが懸念している事は当たっていますよ。でもこんな学校行事で優勝をアピールでもしなければ次回はともかく、第三回モンド・グロッソに国家代表として出場する手段は葵さんにはありません。葵さん、わかっているとは思いますが貴方は現時点では国家代表に選ばれるだけの実績がまるでないからです」
「……」
選ばれるだけの実績がまるでないという十蔵さんの指摘に、葵は悔しそうな顔をして俯いた。
「いや、ちょっと待ってほしい。葵が実績無いと仰ってますが、以前話を聞く限り葵は島根にいた頃に当時の代表候補生を量産機である打鉄で倒してたようです。それは」
葵を庇うためか、箒が十蔵さんに葵がいた島根での話をしようとしたが、
「残念ながら篠ノ之さん、それは評価されないから」
話が終わる前に、俺の隣に座っている簪がそれを否定した。
「更識、それは何故だ?」
「だって、あの子とは私も戦ったから。専用機で無いラファールに乗って戦ったけど、私の圧勝だった。セカンドシフトしてる専用機だから期待してたのに」
話の腰を折られ不満顔の箒の詰問に、簪は溜息交じりに返した。
「簪、お前戦ったことあったのか?」
「一回だけ。葵とばかり戦ってたあの子じゃ、私と戦えばそれはやりにくかったってのもあったと思うけど、あれが私と葵と同じ代表候補生だったなんて驚いた。あの子が候補生はく奪されるちょっと前、私の所に突然現れて勝負挑まれた。多分私に勝って候補生はく奪を阻止しようとしたんだろうけど、馬鹿としか言えなかった」
嫌な思い出なのか、かなり不愉快そうに簪は元候補生を扱き下ろした。
もしかして、そいつが最後自棄になって葵を殺そうとしたのそれも理由の一つじゃないのか? 葵と簪二人からボコボコにされ存在否定されたから……いや、それでも葵を嫉妬で殺そうとしたのに同情する価値などないな。
「それに箒、そもそも桜と戦って私が勝っていたというのは実績に値しないのよ。だってそれ、スサノオに乗って戦ってないんだから。必要なのは専用機スサノオに乗って、それによる実績。それは私には無いのよ。対する簪は一年以上前から打鉄弐式を完成し乗りこなし、政府が認める実績を幾つも残している。普通に考えたら簪が選ばれるのは当然なのよね」
「しかし葵、スサノオによる実績ならあの臨海学校で」
「あれは表向きは無かった事になってるの。それに一夏、あの事件は私撃墜されたし、勝敗を決めたのは一夏なんだけど。私より一夏の方が政府内で大盛り上がりされ、一夏の株物凄く上がってるわよ」
まじか! あの戦いは葵や箒達皆で力合わせて倒したんだから、俺だけの功績じゃないのに。
「あ、なら夏休み楯無さんと戦って引き分けたじゃないか! 楯無さんロシアの代表なんだぞ。なのに引き分けまで持ち込んだぞ」
「あれ非公式扱いになってるから駄目。それに……会長手加減してたからあの結果だから、私としてはあの試合負けだと思ってる」
「葵君、あの試合私は全力で戦ってたのに手加減されたと思われるのは心外かなあ」
「だって会長、ワンオフ・アビリティ使わなかったじゃないですか。使われてたら私絶対に負けてましたよ」
「……いや葵君、だって葵君のスサノオは第三世代兵装『八咫鏡』が未搭載じゃない。なのに私だけ全ての能力使うのは流石に」
「それでもあの時手加減されたのには変わりありません。あの時私は持てる全てを持って会長に勝負を挑みました」
葵は悔しそうな声で言った後、楯無さんから顔をそらした。楯無さんが困った顔で俺の方を見てくるけど、俺は首を振ってフォローは無理と伝える。
葵は自分はともかく、相手には勝負は公平なのを好む。楯無さんが俺と同じワンオフ・アビリティを使えるなんて初めて知ったが、葵はそれを知っていてあの試合使われなかった事をかなり根に持ってるなあこりゃ。
「さて今までの話のおかげで説明する手間が省けましたが、以上の理由で葵さんは専用機スサノオでの実績は皆無。ですから今回のIS学園専用機専用トーナメントでの優勝は、それを埋める絶好の機会というわけです」
……う~ん、そうなのかなあ。葵が代表候補生として表立った実績が無いのがわかり、それを埋める為の手段が来月のタッグトーナメント優勝は実績になるのはわかるけど、さっき葵が言ってたように個人戦でなくタッグ戦だし。たとえ優勝してもそれは相方の箒のおかげとかを反対派は言ってきそうな気がする。
「なるほど、とにかく来月のトーナメントで優勝すれば葵が代表に選ばれる材料が手に入るわけだな。なら私は全力でそれを助けるまでだ。葵、来月のトーナメント絶対優勝しよう!」
箒も若干納得いかなそうではあるが、優勝すれば葵の夢の手助けが出来るという事がわかったのか、葵に共に優勝しようと声を掛ける。
しかし、
「……」
「葵?」
葵は箒の声に応えず、目を閉じて少し険しい顔をしながら少し俯き黙っている。反応が無い葵に、箒は少し戸惑っている。
「ああどうやら葵さんはわかっているようですね」
葵の様子を眺めながら、十蔵さんは微笑んだ。そして十蔵さんは箒にの方を向いた。
「箒さん、葵さんは貴方にとって大切なお友達ですか?」
「は、はあ! 何をいきなり……そんなもの当然だろう」
いきなり十蔵さんからの問いに、箒は少し顔を赤らめた。
「お友達の為なら出来る事なら何でもしますか?」
「ああ、当然のことだ!」
再び十蔵さんからの問いに、箒はさらに顔を赤くしながらも言い返す。あ、葵のやつなんか嬉しそうに笑ってる。
「そうですか、ならご協力お願いします。今回の件で箒さんを呼んだのはこの件の為です。箒さん、貴方はタッグトーナメント戦ですがペアを変更してもらいます。新しいパートナーは更識楯無さんです。楯無さんお願いしますね」
「な!?」
「やっぱりそうなっちゃうのかあ。ええ、了解しました」
箒は十蔵さんから突然ペア変更を突き付けられ驚愕するが、ペアになれと言われた楯無さんは苦笑を浮かべながら特に驚いた様子が無い。もしかしてこうなるのを最初からわかっていたのか?
「ちょっと待ってください! いきなりどういうことですか!」
「いきなりで申し訳ありませんが、葵さんが日本代表を目指すのならこれしかないからです」
「しかし、それでは葵のパートナーは誰がするというのだ!? タッグ戦で優勝が条件なのだろう!?」
十蔵さんに、箒はもっともな質問をするが……ああ、なんとなくわかってきた。十蔵さんが何を言いたいのか。さっき葵が黙ってたのも、険しい顔してたのも。
箒の問いに、十蔵さんは相も変わらずにこやかな顔を浮かべながら、
「ペアは必要ありません。来月のタッグトーナメントで葵さんはペア無しで出場して優勝を果たしてもらわないといけませんのでね」
とてつもなく過酷な条件を葵に突きつけた。