アリーナの中央、地上から十数メートル上空でラウラとシャルロット、そして葵が無言で対峙している。
「……」
「……」
3人の間に流れる雰囲気は固く、普段の友達同士が出すような気安い空気は全く無かった。アリーナに登場してからは3人とも一言も喋らず、ただ睨み合いを続けている。その3人が出す空気に当てられたのか、3人が登場するまで騒がしかった観客も次第に声が小さくなり、今では黙って三人を見つめている。
「直接現場を見てないから詳しくは知らないが、食堂の件から以降あいつら険悪になったな……」
「何を他人ごとみたいに。食堂には一夏もいたよ」
「あんときゃ俺は簪の謎の飯食ってぶっ倒れてただろが!……しかしラウラ達が、あそこまで葵と対立するとは思わなかった」
「一夏が今葵に対し思う所があるように、あの二人も葵に対しあるんでしょ」
一夏が葵達の様子を見ながら唸り、簪もポップコーンを摘まみコーラを飲みながら呟いた。
「さ~あと少しで第一試合が始まります! すでにボーデヴィッヒ選手&デュノア選手ペアと青崎選手が空中で激しい火花を散らせておりますが、解説の織斑先生はこの試合どうみますか? 私としましては3人の練習風景見たこともありますが、一対一なら青崎選手の勝率は高いでしょうが、流石に二対一はかなり厳しいと思うのですが?」
もうすぐ試合が始まるというのに会場の空気が下がっているので、盛り上げようと思った司会の黛がテンション高く千冬に試合の予想を尋ねた。
「難しいだろうな。実力以前に二対一というのは単純に相手より2倍強ければいいというわけではない。全く違う距離、角度からの二つの攻撃に対しどう処理し、どう反撃するかを一瞬にして判断しなければ何も出来ず敗北してしまうだろう」
「あ~やはり織斑先生も私同様青崎選手が勝つのは厳しいと思われますかあ」
「普通に考えたらそうなる。だが」
「何言ってんのちーちゃん! この試合あーちゃんが勝つに決まってるよ!」
黛の質問に答えていた千冬だが、その言葉は最後まで言い終わる前に――千冬の隣、空席となっていた場所に突如として現れた束の叫びにより遮られた。
「……束、最後まで言わせろ」
「え、えええ!! 何、何で突然人が現れて!? って、ちょ! まさかこの人」
「全くとんでもなく失礼だね君は。まさかあーちゃんが負けると言ってるのかな? だとしたら君はあーちゃんを馬鹿にしてるのかな?」
「ひっ!」
突如として現れた束に驚愕する黛だが、束は口は笑っているが視線だけで人が殺せそうなほど鋭い目をしており、そんな束にドスのついた声で睨まれた黛は恐怖ですくみ上がった。
「やめろ束。うちの生徒を怖がらせるな」
「だけどちーちゃん、この愚民あそこの雑魚二人にあーちゃんが負けると言いたげだったんだよ」
「客観的な意見を言っていただけだ」
「だからちーちゃん、それが大間違いじゃん」
頬を膨らませながら抗議する束。そんな束に千冬は溜息をついた。
「雑魚だと……」
「ラウラ、抑えて抑えて」
束から雑魚呼ばわりされ顔を引きつらせるラウラに、宥めようとするシャルロットだがそのシャルロットも顔に表情が無かった。
「お前や私基準で話をするな。黛の予想はごく一般的なものだ」
「ふーん、愚民はこれだから駄目だね」
「それと束、ひとつ言っておく」
「何かなちーちゃん?」
「愚民だの雑魚だの、この学園の生徒をそんな風に呼ぶな。この学園にいる以上、全員私の教え子だ」
先ほどの束に勝るとも劣らない程鋭い眼光で、千冬は束を睨みつけながら告げた。
「はいはーい、わかりましたー」
しかしそんな千冬の言葉と視線に全く堪えず、束はなんとも軽い返事で返した。
この一連のやり取りはマイクを通して会場中に聞こえており、突然の束出現にアリーナにいる全員が驚愕し、その後すぐ流れた束のドス効いた声に震えあがったりしたが、その後に続く黛を庇う千冬の台詞に多くの生徒が「お姉さま……」と千冬に熱い視線を注いだりした。
「初めてこうして篠ノ之博士を生で見たけど、清々しいほどに選民思考してるわね」
「……ああもう、少しはマシになったかと思ったのに」
簪の呟きに束と千冬のやり取りを見ていた一夏は大きくため息をついた。
「……あ、あの~織斑先生少しよろしいでしょうか」
「なんだ黛?」
「え~と、突然すぎて反応が追い付かないのですがどうしてここに篠ノ之束博士がおられるのですか?」
「なんだい君? 私がここにいたら悪いって? 私にそんなこというなんて命知らず」
「だから無駄に生徒を脅かすんじゃない」
黛に迫る束を、千冬はアイアンクローをして黙らせた。
「それよりも束、お前どうするつもりだ? お前が篠ノ之に織斑、青崎の試合を生で見たいと駄々こねるから監視の意味も込めて私の隣に姿消して座らせていたのに、姿を現すとは」
「あ~大丈夫だよちーちゃん! よく考えたら私がこそこそ隠れてるなんて馬鹿らしいから、ちょっくら全世界に警告流したから! この私の観戦を邪魔したり、トーナメントの進行を邪魔するような真似をしたらその国の保有しているISの自壊プログラム流すよってね! それでも不貞をしようとする馬鹿がいたらこの束さんが直々に成敗してあげる!」
「そうか、なら問題ないな」
『いやいや!問題無いわけないでしょ!』
千冬の言葉に、会場にいる全員が心の中でつっこみを入れた。
「いえいえいえ織斑先生! 何言ってんですか!」
束の説明にあっさり納得した千冬に、会場にいる皆の代わりに黛は盛大につっこみを入れた。
「黛、束の件はもうつっこむな。こいつが大丈夫と言えば大丈夫だ。逆を言えば何かあればこいつが責任もってなんとかしてくれる」
「そーいうこと。だから君は私を気にせず実況を続けたまえ」
「……はい、なんかもうお二方がそう仰るならもうそれでいいです」
黛の中で常識というものが盛大に崩壊していったが、二人に自分が何を言っても無駄だと判断し黛は実況者として徹するようにした。
「では織斑先生、先ほど言いかけておりました続きをお願いします。だが、と仰いましたが青崎選手は2対1の状況をどうにかできる秘策があるということですか?」
黛の質問に観客が、そしてラウラとシャルロットの視線が千冬に注がれた。ラウラとシャルロットの二人も自分達の絶対的優位を確信している。それゆえに先ほどの千冬の発言の続きが気になっていた。
皆の視線が注がれる中、千冬は葵に視線を向けると軽く笑みを浮かべた。
「秘策? そんなものは私は知らんな。私はたんにタッグトーナメントに一人で出場する馬鹿の覚悟。それを試合で見てみたいというだけだ」
「……教官!」。
ラウラは千冬を、そして葵を交互に見比べる。軽く笑みを向ける千冬に、千冬の言葉を聞いて苦笑いで返す葵。そこに不利な状況に対する悲壮感などは微塵も見れなかった。
(教官のあの顔……葵をただの馬鹿だと微塵も思ってなどいない。教官の中では私とシャルロット二人同時に戦っても、葵は勝てる可能性があると思っている。つまり教官の中で私は……!)
そこまで考えたラウラは、悔しさのあまり大きく歯ぎしりをした。千冬のあの態度が、自分とシャルロットに暗に言っている気がしてならなかったからだ。
お前たちでは勝てないよ、と。
「シャルロット」
「何、ラウラ?」
「絶対に勝つぞ、この試合」
「当然だね」
ラウラの言葉に、シャルロットは力強く頷いた。
「さあそれでは時間になりました。両選手、決められた開始場所まで移動お願いします」
黛の支持のもと、葵にラウラ、シャルロットは事前に決められた場所に移動する。全員が開始場所に到着すると、
「ではこれにてIS学園専用機タッグマッチトーナメント第一試合目を行います! ISファイト! レディ~ゴー!」
大観衆が見守る中、黛は試合開始の合図を行った。
そして開始直後に、
「ええ!!」
会場にいる全員が驚愕の声が響いた。
実況の開始の合図と同時に、葵はラウラに向かって瞬時加速を使い一瞬にして距離を詰めていった。開始と同時に葵はラウラに襲い掛かるも、
「っち!」
ラウラの胸のすぐ手前で、葵は左拳を突き出した状態でAICにより拘束された。瞬時加速と同時に葵は左手に八尺瓊勾玉を展開させており、眼前のラウラを青く照らしている。
(は、早い! この瞳を解放しているのにここまで距離を詰められただと!)
開始と同時に襲い掛かった葵をオーディンの瞳で捉え、AICによって拘束に成功したラウラだが、葵の予想を超えた速度の奇襲に驚いていた。かつて戦った葵とはスピードが大きく違うからだ。
(いやあの当時は訓練機で今は専用機なのだから当然か。しかしこれで葵は捉えた! いや以前この状態から葵は爆弾を取り出して自分ごと私を爆発に巻き込ませたことがある。ならば少し離れ)
AICで葵を捉えたラウラが次にどうすべきか考え行動しようとしたが、その一瞬の間を葵は逃さなかった。
AIC拘束されている葵だが、ラウラの胸の手前で止まっている葵の左手に装着している八尺瓊勾玉。
そこから青白い光がレーザーとなって放出され、眼前のラウラを吹き飛ばした。
真正面からレーザーの一撃を浴びたラウラは後方に吹き飛んでいく。葵の一撃を受け集中力が途切れた為AICを維持できなくなり、拘束から外れた葵は追撃をしようとスラスターを吹かせてラウラの姿を追った。そして先程葵がいた場所を弾丸が空を切った。
「ラウラ!」
葵を待ち構えていたラウラと違い、葵の襲撃を警戒していたシャルロットは開始と同時に瞬時加速で後方に移動していた。しかし葵がラウラに拘束されたのを確認すると両手にガルムを展開。AICによって拘束されている葵に集中砲火を浴びせようとしたが、そこから放たれる弾丸が葵に届く前に、葵はラウラのAICの拘束から逃れ回避した。
(以前葵が会長を倒したあの籠手、あんなこと出来たの!? いやそれよりあの籠手を着けた葵をラウラに近づけたら不味い!)
以前葵が楯無と戦った時に見せた威力を思い出し、シャルロットはラウラに近づく葵を阻止すべくラピットスイッチで瞬時に武装を変更。威力は高いが単発でしか撃てないガルムでは葵に当てるのは難しいと判断し重機関銃のデザート・フォックスを展開、葵目掛けて弾丸を浴びせた。
ラウラを追撃していた葵だが、シャルロットの攻撃を無視するわけにもいかず身をよじりながら弾丸を回避。追撃は無理と判断した葵は弾丸の雨から逃れながら右手に天叢雲剣、左手に近接ブレードを展開し投擲。天叢雲剣はラウラに、シャルロットには葵が弾丸の如く勢いで放たれた。
葵を攻撃していたシャルロットに向かって葵が投擲した剣が迫りくるが、ただ一直線に向かってくる剣など脅威でも無く、シャルロットは葵を攻撃する手を緩めないまま少し体をそらすだけで剣を回避しようとした。
葵が投擲した剣はシャルロットのすぐ側を通り過ぎようとした瞬間———近接ブレードの柄に着けられていたスタングレネード弾が爆発。閃光と爆音がシャルロットに襲い掛かった。
「!!」
至近距離で閃光と爆音を受けたシャルロットは、一瞬だが感覚がマヒしてしまった。思わず目を抑えて俯き悶絶したシャルロットだが、すぐにISのハイパーセンサーによって感覚は回復された。視覚が回復したシャルロットはすぐに状況を確認しようとし顔を上げたら、
目の前で八尺瓊勾玉を装着した左拳を構え、正拳突きを繰り出そうとしている葵の姿が見えた。
(ええ!何でもう葵がここに!?)
葵は天叢雲剣と近接ブレードを投擲した後、回避行動を取りながら目標をラウラからシャルロットに変更。近接ブレードに取り付けていたスタングレネードが爆発したと同時に二重瞬時加速を行い、シャルロットに一気に近づいた。
十分に距離を取っていたはずの葵がすぐ目の前まで来ていることにシャルロットは驚愕し、なんとか葵からの攻撃を避けようと体を動かそうとしたが
(あ、これ間に合わない……)
それを許さない葵の正拳突きがシャルロットの顔面に襲い掛かった。青く発光する拳がシャルロットに当たる瞬間、
「くっ!?」
葵の体が急速に後方に引っ張られていった。自分から離れる葵に驚くシャルロットだが、目の前の葵の足を見て自分がどうして助かったか理解した。後方に引っ張られている葵の足、そこにはラウラのワイヤーブレードが巻き付いていた。
葵が追撃を止め回避に専念している間にラウラは態勢を立て直したが、天叢雲剣がこちらに向かっているのを感知すると無意識でAICを使い止めようとしたが、
(刀身が青く発光している!)
先ほど自分がどうやって攻撃されたかを思い出したラウラは、スラスターを噴射させ天叢雲剣から可能な限り離れることを選んだ。
ラウラの勘は当たり、今しがたラウラがいた辺りで天叢雲剣は刀身に纏わせていたエネルギーを解放し、周囲にエネルギー破を拡散させたが、天叢雲剣から遠ざかろうとした為ラウラの被害は軽微で済んだ。
そして葵がラウラでなくシャルロットに狙いを変更したのを見て、ラウラは葵に向かってワイヤーブレードを放ち寸での所で葵を拘束しシャルロットから引き剥がした。
(このまま葵の全身をこれで拘束させる!)
ラウラは腕と胴体狙いで第二、第三のワイヤーブレードを発射させるが、
「っはあ!!」
葵が気合と共に左手を振りぬくと、足を拘束していたワイヤーブレードが切断された。
驚くラウラの視線の先に、葵が左手に装着している八尺瓊勾玉のエネルギーを刃のように変形させている姿が見えた。
拘束から解かれた葵だが、間髪入れずに葵に向かってシャルロットから放たれたガルムの弾が襲い掛かった。避けようと身をよじる葵だが間に合わず数発が着弾し、その衝撃によって葵は吹き飛ばされていった。そしてそんな葵にまたラウラからのワイヤーブレードが急襲。葵はとにかくその場から離れることを目的に瞬時加速を行い逃げることにした。
そして逃げる葵を、ラウラとシャルロットは苛烈に攻めていった。
試合開始から40分が経過した。最初は歓声をあげながら試合を観戦していた生徒達だが、
「ねえこれもう勝負ありじゃない?」
「大口叩いて一人で出場するとか言ってたけど、結局一人じゃ話にならないじゃない」
「見苦しいからもう終わらないかな」
観客の間からそのような声が漏れだすようになった。最初こそ葵はラウラとシャルロットに攻勢を仕掛けていたが、奇襲に失敗した後はずっとラウラとシャルロットからの攻撃を避け続ける展開が続いたためだ。
アリーナでは逃げ続ける葵と、距離を取りながら主に重機関銃のデザート・フォックスを使用し弾丸の雨を降らすシャルロットと、ワイヤーブレードを放ちながらも機関銃を乱射させ拘束しようとするラウラの姿があった。二人の猛攻を避け続ける葵だが、全てを避けるのは限界があり時折被弾してシールドエネルギーを減らしていっている。時折合間を縫うように天叢雲剣を振るってレーザーの斬撃を飛ばしたりして二人の攻撃を牽制したりするがそれだけである。
試合開始から40分過ぎた現在、葵の残りエネルギーは3割を切っていた。対するシャルロットとラウラのシールドエネルギーは、ラウラは減っているがシャルロットは無傷に近い。完全に一方が追い詰めている試合となっていた。
「ボーデヴィッヒ選手&デュノア選手が繰り出す猛攻に青崎選手が追い詰められております! このまま青崎選手は負けてしまうのか!?」
実況をする黛だが、似たようなセリフを何度言ったかと自問した。展開がずっと代り映えしない為観客も自分も試合に飽きてきていた。
「この試合、どう見ますか織斑先生。もう勝負は決まってしまうのでしょうか?」
「デュノアとボーデヴィッヒの二人はタッグ戦をよく理解し、また二人の連携も教科書のようによく出来ている。二人にとって理想的なほどの試合展開で青崎を追い詰めている。このままの状態を維持出来れば二人の勝利の可能性は大いにあるだろうな」
「あ~やはり織斑先生でもそう思いますか! このままいけばボーデヴィッヒ選手&デュノア選手の勝利は近いわけですね!」
解説を頼んだ黛だが、千冬の返事を聞き内心では少し驚いていた。千冬の解説は葵が負ける可能性が大いにあると言っている。黛本人も試合を眺めながら千冬と同じような感想を持っていたが、千冬は試合前に葵が勝つ可能性もあるみたいなことを言っていたからだ。その予想は外れて今は失望しているのだろうか?
黛は千冬の隣にいる束に視線を向けた。束は試合前、葵は二人に勝つと断言していた。しかしもはや負けそうな今の状況を博士はどう思っているのだろう?そう思いながら黛は束の顔を眺めた。
黛の視線の先で葵の試合を観戦している束は――試合前から変わらない笑顔を浮かべていた。
「あ~これもう葵の負けじゃない?残念ね一夏、私達と戦う前に葵はリタイアするみたいよ。このままの状態が続くなら葵の負けは決まりね」
「……」
ポップコーンを食べ尽くし、追加を買おうか悩みながら簪は一夏に話しかけるが、一夏は食い入るように試合を観戦している。誰が見てもシャルロットとラウラの二人が葵を追い詰めている状況にしか見えないが、試合を眺める一夏にはある違和感を感じていた。
(おかしい、確かにシャルとラウラの猛攻は葵と言えど全てを防ぐことは出来ないのはわかる。だが……なんだろうこの違和感は)
二人の猛攻を避け続ける葵の姿が見て、一夏はある光景を思い出した。
(そうだ! このひたすら攻撃を避け続ける葵の姿! あの時と同じなんだ、あの福音事件の時、福音の攻撃をずっと避け続けていた葵と!)
一夏の記憶の中にある福音と戦う葵の姿。それが今の状況と似ていると一夏は気が付いた。
(あの時箒はここにいる観客と同じように葵は福音に押されていると勘違いした。実際は福音の攻撃パターンと癖を観察し、必勝の目処がつくまで反撃の機会を葵はずっと伺っていた! 今追い詰められているこの状況も、もしかしたら葵の想定内のことなのかもしれない。序盤の攻防以降葵は二人にずっと追い詰められて……ん?)
一夏は試合を振り返ることによって、あることに気が付いた。
「どうやら一夏も気が付いたようね」
一夏は隣に座る簪に視線を向けると、簪は楽しそうな笑みを浮かべながらアリーナに視線を向けていた。。
「そうそう、織斑先生が言う通りこのまま行けば二人の勝ちでしょうね。このまま続けれるなら、ね」
(勝てる! 葵に勝てる!)
シャルロットは攻撃をしながらそう確信した。戦いが始まってすでに45分が経過し、葵の顔には大粒の汗と荒い息をしている様子が見え、かなり疲労していることが伺えた。いや30分を超えた辺りから葵の顔に疲労感が見え、若干だが動きが鈍ってきて被弾する回数が増えていった。無論シャルロット自身も疲労はあるが、このまま苛烈に攻撃を続ければ削り倒せるかもしれないと思ったシャルロットは疲労を忘れ攻撃を続けていく。
両手に構えるデザート・フォックスの弾を撃ち尽くすと、弾を補充しようとし、そこでシャルロットは気付いた。
(……?ってええ! 弾切れ!? そんな、こんなに撃ち続けていたの!?)
桁違いの機動性で弾丸を回避する葵に当てる為、連射が効く重機関銃を使用していたがこの45分の間に撃ち尽くしてしまっていた。普段は20以上の武装を誇るラファールだが、葵と戦う場合この銃が良いと思い他の武装を削り弾数を増やして搭載していたのだが、戦いに夢中になりすぎて残弾数を把握していなかったのだ。シャルロットは慌てて他の武装――ガルムを取り出した。
葵はシャルロットが取り出した武装を見て――口元に笑みを浮かべる。
葵は右手の天叢雲剣を振るいレーザーの斬撃でシャルロットを攻撃、同時に左手に装着している八尺瓊勾玉からレーザー弾をラウラに向けて発射した。
シャルロットは弾切れで動揺したと同時に葵から久しぶりに反撃をされ一瞬焦ったが、それでも難なく葵の攻撃を避けた。避けると同時にガルムで反撃しようと考えた瞬間、
シャルロットの体は衝撃と爆音に吹き飛ばされた。
(!!!???)
突然自分を襲った衝撃にシャルロットはわけがわからず混乱した。しかし葵に何か攻撃をされたとすぐに理解し、機体を制御してすぐに状況確認を行った。葵の姿をハイパーセンサーで探すとすぐに見つかり、そこに視線を向けると
「う、嘘……」
シャルロットの視線の先で見た光景。そこには葵の回し蹴りによって地面に叩きつけられたラウラの姿があった。
シャルロットと離れた場所で葵を攻撃していたラウラは、序盤以降二人の攻撃から逃げ続けた葵が再び行った攻撃を余裕で回避していた。葵の攻撃パターンは遠距離だと近接ブレードを投げるか天叢雲剣を振るうかとかその程度。今日初めて八尺瓊勾玉からもレーザー弾を出せることを知ったが、それだけだ。一人を相手にするなら葵はそれでも十分なのだろうが、二人を相手にするには手数が少なすぎる。次は近接ブレードでも投げるのかとラウラは予想した。
そしてその予想は大きく外れることとなった。
葵の両手が一瞬ぶれたかと思ったら、ラウラの視界の中にある黒点が映った。ラウラはそれが一瞬何なのか理解出来なかったが、ラウラの左目にあるオーディンの瞳がその正体を捉えていた。その正体はラウラが知っている物だったのだが……ラウラはそれが何故あるのか理解出来なかった。
それは他の者との勝負ならともかく、葵との戦いでは考えられなかったからだ。
しかしその一瞬の疑問を抱いているうちに、視界に迫りくる黒点はラウラのすぐ近くまで接近し、黒点――スタングレネード弾が炸裂した。
「ックア!!」
至近距離から閃光と爆音がラウラを襲うが、それでもラウラはかつて葵にされた時のようにハイパーセンサーを調節し被害を最小限に防いだ。
しかしそれを行っている間に葵はラウラに接近。葵の接近にラウラは気付くも行動を起こす前に葵はラウラに天叢雲剣に残る全てのエネルギーを叩きつけた。AICでは防げないレーザー攻撃がラウラを吹き飛ばし、葵はさらに瞬時加速を行いラウラに追いつくと回し蹴りをしてラウラを地面に叩きつけた。
突然の葵の猛攻を喰らい地面に叩きつけられ混乱するラウラだが、悪寒を感じスラスターを急噴射して前方に移動。その一瞬後に葵がラウラがいた箇所に葵が落下した。落下と同時に左手に装着されている八尺瓊勾玉を地面に叩きつけており、轟音と共に地面に亀裂が走る。あのままいたら……とラウラはぞっとしたが、安堵する暇なく葵は逃げたラウラに向かって襲い掛かった。
機動性は葵の方が何枚も上であり、逃げてもすぐに追いつかれる。シャルロットは今どうなっているのかはわからない為、あてにするのも危険かもしれない。
悩んだ挙句ラウラは――向こうから迫るなら迎え撃つことを選んだ。
下手に逃げてる所を攻撃されるより、葵の姿を注視しながら対処しAICで拘束する。天叢雲剣か八尺瓊勾玉を使って遠距離からレーザー攻撃するかもしれないが、自分の眼ならその発動を見逃さない。大地に足を付け身構えながら、ラウラは迫りくる葵の姿を捉えた。
オーディンの瞳によってこちらに迫りくる葵に、タイミングを合わせてAICで拘束しようと凝視するラウラだが……何故か言いしれない悪寒が走る。先ほども感じた悪寒が何故葵を目の前にして感じるのかと思った瞬間、
「は?」
葵がラウラの目の前に――まるで瞬間移動したかのように葵はラウラとの距離を詰めていた。その疑問をラウラが抱く前に、
「ッハア!!」
葵の気迫のこもった声と同時に――青白い光を纏った葵の八尺瓊勾玉の左拳がラウラに襲い掛かった。途轍もない衝撃がラウラの腹部を襲い、ラウラの体は後方に吹き飛ばされる。
しかしその吹き飛ばされる瞬間、振りぬいた左拳を引き戻し、葵の右の拳が吹き飛ぶ寸前のラウラの胸に襲い掛かった
それがこの試合最後に見たラウラの光景となった。
葵の攻撃によってアリーナの端まで吹き飛ばされ壁に叩きつけられたラウラを、俺は……いや観客のほぼ全てが茫然と眺めている。解説席の方を向くと黛先輩も口を開けて驚いている。千冬姉は腕を組みながら満足気に笑みを浮かべながら葵を見つめ、束さんは「やったぜあーちゃん! 容赦ない連撃! いえ~い!」と嬉しそうに笑いながら葵に歓声を送っていた
アリーナの掲示板を見るとラウラのシールドエネルギーは0となっていた。
さっきまで葵がラウラとシャルに追い詰められていたと思ったら、ほんの一瞬で逆転してしまった。
ラウラがあっという間に倒されてしまったが、その事実よりも葵が試合中に見せた攻撃に衝撃を受けていた。
いや俺よりも、戦っていたシャルにラウラの方が遥かに衝撃的だったのだろう。何せ……葵が試合中に両手に構えたグレネードランチャー。そこから放たれた砲撃を二人は回避もせず直撃したのだから。
「……まさかここで葵が銃を使用するとはなあ。いや、葵は俺みたいに銃以外の武装が出来ないわけじゃないが」
葵はIS学園に入学してから、IS戦で銃を使ったことが一切無い。理由は知らないが銃を使うのは嫌とか言っていた。事実あれだけラウラに負け続けようが葵は試合で銃を使わなかった。
「デュノアさんには炸裂弾、ボーデヴィッヒさんにはスタングレネード弾を選ぶ辺り葵もわかってるわね。ボーデヴィッヒさんに通用するのは最初の一発だけ、葵が銃を使わないという意識に囚われてる間だけだもの」
そうだ、以前も葵はラウラ相手にスタングレネードを使用していたが悉く防がれていた。今回ラウラに効いたのはまさにそれだけ予想外の攻撃だったからだ。
「今までは葵は使いたくても使えなかったんだけど……あの様子じゃもう大丈夫そうね」
「え、なんか言ったか?」
簪が何か呟いていたが、よく聞こえなかった。
「何でもないわよ。それよりも一夏、葵の銃使用もそうだけどもう一つ葵が撒いた罠があったけど気が付いてるわよね?」
「ああ、今のシャルを見たらわかるよ」
ラウラが倒されたがこれはタッグ戦。まだシャルが残っている為試合は続いている。しかしアリーナで戦っているシャルは明らかに葵に追い詰められている。普段の戦闘でもシャルはここまで葵に追い詰められたりはしない。そうなっている原因は……シャルの武装のせいだろう。
シャルは葵から距離を取ろうと必死に逃げながら葵に牽制の為発砲しているが……先ほどまで景気よくばら撒いていた機関銃の攻撃では無い。。連射に乏しい銃での攻撃は、機動性に特化している葵に全く当たっていない。
「葵からしたらボーデヴィッヒさんでもデュノアさんでもどっちでも良かったんだろうけど、先にデュノアさんが尽きたのも運が良かったわね。グレネードによる奇襲から連撃して攻撃に移れたもの」
「どちらか一方を攻撃しようにも、そうしたらもう一方から援護射撃が来る。その時機関銃のように弾幕をはれるような攻撃じゃ回避しながら攻撃は難しい。でもガルムのような単発で撃つ銃なら避けるのは葵にとって容易ってわけか」
「そういうこと。まあわかってたけど、それでもボーデヴィッヒさんにやった最後の追撃には私も驚いたわ。いくらハイパーセンサーのおかげで視界が360°見えると言っても、デュノアさんが葵に向かってガルム撃ってたけどそれを背中向けながら最小限の動きで避けてるとは」
「しかも葵、あの時会長と戦った時も使っていた篠ノ之流裏奥義……零拍子も使っていた」
確かにあの技ならラウラの眼も掻い潜り、気が付かない内に攻撃することは出来る。でも、だからといってあの状況で、シャルの援護射撃を避けながら同時にやるなんて!
「…強い」
「ええ、本当に」
いつも飄々とした表情を浮かべている簪だが、そんな簪でも真剣な表情を浮かべながら葵の試合を見つめながら呟いた。
そしてそれからしばらく経ち、葵の攻撃がシャルを撃沈。
葵の勝利が決まった。
「はあ、はあ……勝てた」
全身の疲労感が襲い、足は鉛のように重い。更衣室に向かうだけなのにその距離がとてつもなく長く感じる。それでも……ラウラとシャルロットの二人を相手に勝てた喜びが、私をかろうじて支えてくれる。
ギリギリだった。粘りに粘ってようやくシャルロットの方から弾丸尽きたが、もし後10分あの状態が続いてたら私は完全に二人にすり潰された。何度も体力がある内に捨て身の特攻をして形勢を変えようかと頭をよぎったけど、我慢できた! 偉いぞ私!
私は歩きながら両手を見つめた。出雲技研で戦っていた時以来、IS学園に来てから初めて実戦で私は銃器を使用した。先日新しく出来た新出雲技研で試した時は大丈夫だった。実戦だと不安だったけど……もう、私は大丈夫なようだ。
今まで封印していた攻撃手段をここぞと使い、ラウラとシャルロットの意表をつけたけど、もう次の試合じゃ通用しないわね。
次の試合勝つのは鈴とセシリアのペアか先輩ズのどっちか知らないけど。私が銃を使うとわかったら、向こうもそのつもりで対処するだろうし。
ああ、体が重い。全身汗だくで気持ちが悪い。シャワー浴びたい。そして着替えたら次の試合どっちが勝つかみにいかないといけない。ああもう、試合が終わったってのに忙しい!
足を引き摺りながら廊下の角を曲がりと、
「あ……」
「……」
更衣室の前でシャルロットと、シャルロットに肩を支えられて立っているラウラの姿があった。
あの日、食堂でセシリアとシャルロットとラウラは私が一人で出場し優勝すると聞いて『舐めるな!』と怒っていた。あれ以来私は皆と疎遠になり、寂しかったりしたが……後悔はしていない。
シャルロットとラウラも代表候補生。それが二人がかりで他国の代表候補生に負けたとなると体裁が悪くなるのはわかっている。でも、それでも、私は目的の為負けるわけにはいかなかったのだから。
いや、まあそれでも……うん、気まずい。二人共此処にいるってことは私に用があるんでしょうけど、ここで私が何をこの二人に言えるんだろ。ナイスファイト? 良い試合だったわ? いやいや私が言ったらすっごく嫌味に聞こえそう。ああもう、出雲にいた時はあいつらに勝った時は『ねえねえ、二人がかりでも負けて今どんな気持ち?ねえどんな気持ち?wwww』と煽りまくったけど!……まあ今となってはやり過ぎたと反省はしてるけどね。
私が黙っていると、二人が私に近づいてきた。真顔で近づく二人に、私はどうしようと戸惑っていると、ラウラは支えられてない方の手を上げ
「次は負けない」
そういって握手を求めた。呆ける私に、
「悔しいけど……今日は葵に負けたよ。葵のあの時言った覚悟。本物だった」
苦笑しながらシャルロットは私に言った。手を差し出しているラウラも笑みを浮かべている。
「2対1で負けておいてあれだが、あえて言おう。今度戦う時は一人でお前を倒す。絶対においついてやる。だから葵、私の目標となる為に次の試合も絶対に勝て!」
「いやごめん葵マジで勝ってね。僕達が負けた以上葵には優勝して貰わないとこっちの体裁も悪いしね」
本当は悔しいだろうに、勝った私を励ましてくれる二人を前にして……ああ、私は本当に情けない。ああだ、こうだと二人に遠慮しすぎてたけど、二人は私が負い目を感じないようにわざわざ来てくれて、応援してくれている。
二人にここまで気を使わせてもらっておいて、私が卑屈にし過ぎたら二人に失礼だ。なら、私も二人の思いにこたえないと!
「ええ、絶対に次の試合も勝って優勝してみせるから!」
ラウラの手を力強く握りながら、私は宣言した。
私の宣言を聞き、二人は満足そうに頷いてくれた。
この後私は更衣室に入りシャワーを浴び、椅子に座り一息ついたら……気が抜けたせいかそのまま眠ってしまい、起きたら1時間経過していた。
慌てて着替えてアリーナに向かったが、アリーナに到着した私が見たのは、
「私の、勝ちだあ!!!」
右手を上げ、嬉しそうに勝ち名乗りを上げている鈴の姿だった。
Aリーグ試合結果
〇青崎葵 VS ×ラウラ・ボーデヴィッヒ&シャルロット・デュノア
×ダリル・ケイシー&フォルテ・サファイア VS 〇セシリア・オルコット&凰 鈴音
鈴達の試合内容は割愛。というか先輩二人の戦い方がよくわかりませんし。
二年振りに書いたらこの作品の書き方を忘れてしまい、戦闘描写が纏まらず間延びしてしまいました。次からはもう少しマシにして短く決めたいと思います。