高校1年生の終業式の少し後、ここ文月学園では「振り分け試験」が行われる。振り分けとつくようにこの試験の結果によってクラス分けがされるのだ。
このクラス分けは通常の学校のようにただ特進クラスやら進学クラスやらと名前だけが違うという事ではない。試験結果によって教室の設備そのものが変わってくるのだ。Aクラスともなると高級ホテル並みの設備だと言われている。
すなわち、高校2年生の間を過ごすことになる教室が決まる大事な試験なのである。
その時俺、青山和也は――
「やばい……体が重い……」
ベッドの中にいた。現在時刻は七時半。起きて支度をし始めないといけない時間にもかかわらず、だ。
「頭も……痛いし、風邪か……?」
両腕で体を支えつつ上半身を持ち上げる。
何とか起き上がれたが、頭がくらくらする。そして再びベッドに倒れ込む。これは結構重症みたいだ。
どうするかをぼーっとした頭で考えているとこんこんと控えめなノックが聞こえた。この家にいる俺以外の唯一の人が起きてこない俺を心配して様子を見に来たみたいだ。
「兄さん、どうかしたのですか。そろそろ朝ご飯食べないと遅刻しますよ?」
声がするけど、それに応答できるほど俺には余裕がなかった。
「入りますよ?」
全く反応がないのを疑問に思ったのだろう、声の主はそう言って俺の部屋のドアをそっと開けた。
「兄さん、起きているなら返事してください」
「……悪い」
呆れたように言う彼女に俺は弱弱しく小さい声でしか反応することが出来なかった。
俺のそんな反応で察したらしい。声の主である俺の妹、青山優衣は背中の中ほどまである黒髪をなびかせながらベッドに早足で近づいてきた。
「少し失礼しますね」
そう言うが早いか、彼女は何の躊躇いもなく自分の額を俺の額にくっつけてきた。この子は時々こういった大胆なことを躊躇いなくしてくる。
言っておくが優衣は美少女だ。才色兼備で家事も万能と非の打ちどころのない完璧な少女だ。
いくら妹だとはいえもう少しでキスできてしまうような距離にその整った顔があるのは、頭痛でほとんど機能してない俺の頭にも衝撃を与えることが出来る。おかげで少し思考がクリアになった。
「熱があるみたいですね。体温計を取ってきます」
そう言って部屋を出ていった。
「……嫌な予感がする」
さっきの様子から優衣のこの後の行動に予測がついてしまった。
完璧少女とは言ったが、あくまで能力的な意味で優衣にだって欠点はある。
1つは表情が少ないという点。これは欠点とは言えば欠点なのだが別に気にすることはない。
もう1つは超が付くほどのブラコンなのである。その対象の俺が言うのも変な話ではあるのだが。
さっきのような行動は他人の目がある場所でも時折躊躇いなくやってくる。そのせいか兄妹で付き合っているという俺からしてみれば身に覚えのない噂が流れたりしていた。今でもそう言われることがあるがそれを優衣は全く否定してくれない。それどころか俺がいるからという理由で告白を断っている。全く困った妹なのだ。
再び控えめなノックがして優衣が体温計を片手に戻ってきた。俺はそれを受け取って脇に挟んで測り始める。
そして測定終了の電子音が響いた。
38度7分。思った以上の高熱だった。
この体温計を優衣に見せるわけにはいかない。優衣のことだ、絶対俺の看病をするって言い出すに決まっている。
そう思った俺は即体温計をリセットした。
「何度でしたか?」
「……37度6分」
優衣の問いに俺がそう答えると、優衣は俺をとがめるような顔で見てきた。
「私に嘘をついても意味ないですよ」
そう言われてから気が付いた。優衣は体温計を持ってくる前に俺の額に自分の額を当てて大体の温度はわかっているのだ。
いつもならこんなこと直に気が付くのに、今の俺はかなり重症らしい。
でも、嘘だと見抜かれたからと言って本当の事を言うわけにもいかない。
「優衣、今日は振り分け試験だろ……俺のことはいいから学校……行けって」
だから俺は上半身を起こしながら、本当の事の代わりにそう言った。
この振り分け試験、受けないと全教科が0点扱いになり強制的に最低設備であるFクラスにされてしまう。これが理解できないなんてことはないはずだ。優衣は去年1年間ずっと学年次席だったのだ。受けさえすればよほどのことがない限りAクラスなのは確実。わざわざFクラスになる必要はないのだ。
でも、優衣ならこれを言ってもおそらく意味がないだろう。
その証拠に俺の言葉を聞いてすぐに優衣は顔を横に振った。
「兄さんが受けられないのなら、私も受けません。受けに行っても碌に集中できませんし」
確かに優衣の言葉には俺も同意する。逆の立場なら俺もおそらくそうなってしまうだろうし。
でも、俺は優衣にはちゃんとした設備でレベルの高い人と勉強してほしいのだ。俺みたいな変わり者(・・・・)なんかに時間を使わずに……。
「今日はずっと看病しますから。お粥作ってきますね」
俺が言葉を発する前に優衣はそう言って部屋を出て行った。
「はぁ……」
優衣が部屋を出たのを確認して俺はため息をついた。
最近、体調があまり良くなかったのに試験前夜に遅くまで勉強するんじゃなかった。いつもならちゃんと調整できることのはずなのにAクラスに入るということしか頭になかった。俺がこうなれば優衣がああ言うのはわかりきっているというのに。それに勉強したのだって全部水の泡だ。
「何やってるんだ……俺は……」
この時すでに運命の歯車が動き出していたことに俺はこの時気が付かなかった。