第1話
今日は始業式。
俺の風邪は優衣の看病のおかげですぐに完治した。
「はぁ……」
風邪が治ったとはいえ優衣には悪いことをしてしまった。
周りから見たら優衣が決めたことだからとか言われるだろうが、俺が体調管理をしっかりしていればそもそもそんなことにならなかったわけだ。俺のせいなのに変わりはない。
「兄さん、どうかしたのですか?」
俺の溜息を聞いたのか心配そうな顔で隣を歩く優衣が俺の顔を覗き込んできた。
「いや、俺のせいでお前までFクラスに……」
俺がそう答えると優衣は少しむっとした顔をして俺を小突いた。
「まだそんなことを気にしていたのですか?」
「そんなことって、お前なぁ……。Fクラスになったことをそんなことで片付けられるわけないだろ。Aクラス確実だったお前を―――」
「兄さん」
優衣は少し強めの声で俺の言葉を遮った。その声には少し怒気が混ざっていた。そしてそのまま少し前に行ってしまう。
「何度も言いますが、あれは私が決めたことです。それに兄さんだけが悪いわけではありません。兄さんの体調が少し悪いのに気付いていながら何も言わなかったのですから私も同罪です」
「なっ!」
優衣の言葉に俺は驚いた。
「私が気付いていないとでも思ったのですか?」
「いや、気付いていたならどうして……」
言ってくれなかったんだ、とは言えなかった。言われたとしても俺はやめなかったと思ったからだ。
そんな俺の様子を見て優衣は小さくため息をこぼした。
「兄さんの事ですから大方私が成績を落として同じクラスになるのが嫌で勉強していたのですよね?」
ギクッとした。
それは優衣が言ったことが図星だったからだ。
俺が、
『来年は兄さんと同じクラスに』
確かに俺はこれを叶えてあげるために勉強した。でも、ただ同じクラスになるだけなら俺がそこまで勉強する必要はない。優衣が俺に合わせればいいからだ。
でも俺はそれが嫌だった。
だから俺はAクラスを目指した。優衣が俺に合わせるのではなく俺が合わせれば俺の願いと優衣の願いを同時に叶えられると考えたからだ。そのために頑張った。でも、俺の可笑しな体質が俺の体を少しずつ蝕んでいた。
そしてその結果がこれだ。結局、俺が勝手に頑張って勝手に自爆しただけなのだ。
「兄さんは難しく考えすぎなのです。今年1年くらいいいじゃないですか。それともなんですか。兄さんは私にずっと勉強していろとでも言いたいのですか?」
再び隣に来ていた優衣が拗ねたように文句を言ってきた。
「いや、そうは言わないけど……」
俺はただお前にレベルの高い人たちに揉まれてほしいと思って。
…………あれ、よく考えてみるとAクラスの次にレベルが高い人がいるのってFクラスなんじゃ? 人数はいないだろうけど少しならいる可能性がある。ということは結果的に良かったのか。
なんだ、いろいろ理由をつけてAクラスにこだわっていたのはただ単に俺が入りたかっただけだったのか。
「はは……」
そう思った途端、体が軽くなった。
突然笑い声を出した俺を優衣は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「おはよう、青山兄妹」
突然上から声がした。顔を上げるとそこには西村先生がいた。いつの間にか学校に着いていたらしい。
『おはようございます、西村先生』
2人同時に挨拶をする。
これは別に合わせようとしているわけではない。自然とそうなってしまうのだ。もしかしたら優衣が俺に合わせているのかもしれないけど。
「ほら、これがお前たちのクラスだ」
所属クラスの書かれている、という封筒を渡された。
中身を見るまでもない。試験を休んだからFクラスなのはわかっている。あのままこれを受け取っていたらかなりブルーになっていたかもしれない。
「お前がまさか風邪で休むとはな」
どうして理由を知っているのかと思ったが、優衣が学校に連絡を入れておいてくれたらしい。ホントによくできた妹だ。
「それは俺の健康管理がまずかっただけですよ。それはいいとして、なぜこんな面倒なやり方を?」
掲示板にでも張り出せばもっと楽だろうと思う。わざわざ1人1人に配らなくて済むし、紙も無駄にならない。
「それはウチの学校が世界的に注目されている、最先端システムを導入した試験校だからだ」
「これもその一環ということですか?」
「そういうことだ。それに2年からは試召戦争があるからな」
なるほど、そういう意味でもあるのか。
『試験召喚戦争』
西村先生が言う最先端システム、試験召喚システムを使った戦争のことだ。この戦争はクラス単位で行われる。
クラス分けは成績ごとになっているから、去年の成績が大体そのまま反映されるため予測できたりする。
だからこそ、俺や優衣みたいに休んだりしたイレギュラーな人は他のクラスに対しての切り札になったりする。
とは言っても新学期早々でなければ知れ渡って意味がなくなるのだが。
「そういえばそうでしたね」
この方法をとるのは、すでに戦争は始まっていると言いたいからだろうか?
「うわー、遅刻だー」
西村先生と話していると後ろからそんな声が聞こえた。
「お兄ちゃんまだ大丈夫だよ、って和也君に優衣ちゃん!?」
「なんだ、明久と愛莉か。おはよう」
「おはようございます、明久君、愛莉」
後ろから走ってきたのは小学校のころからの幼馴染の明久達だった。
でも西村先生も何も言わないから遅刻になるような時間じゃないはずだ。
一応時計を確認すると8時20分。確かにギリギリだけど、まだ少し時間はある。
「おはよう、吉井兄妹」
「おはようございます、西村先生」
「おはようございます、鉄じ――西村先生」
鉄人と言おうとしてすんでのところで言い直す明久。
確かに趣味がトライアスロンだから鉄人で間違っていないけど、教師をあだ名で呼ぶなよ……。
「吉井兄、お前今鉄人と言わなかったか?」
「き、気のせいですよ」
「そうか。お前たちもこれを受け取れ」
そう言って西村先生は明久達にも封筒を渡した。
『ありがとうございます』
「確認したら早く教室に行け。そろそろ始業の鐘が鳴る。新学期初日から遅刻するなよ」
『わかりました』
「行こう、和也、優衣ちゃん」
明久がそう言って校舎のほうに歩き始めた。それにすぐ愛莉が続く。
「そうだな」
「はい」
遅刻するわけにはいかないから、明久達に続いて教室に向かう。
「そういえば封筒、開けないのか?」
開けていない俺が言うのもおかしな話だが、受け取ったはいいけどそのままの2人にそう問いかけた。
「開けなくてもわかってるから」
「私も」
開けなくてわかるということはおそらく―――
「Fクラス、ということですか?」
優衣も同じことを考えたらしい。そしてそれに2人とも頷いた。
明久はともかく愛莉までFクラスなのか? 愛莉の成績ならBクラス辺りだと思ったんだけど。
「何かあったのか?」
「いやぁ、ちょっといろいろあってね」
俺がそう訊くと明久は苦笑いをしていて愛莉は下向いてしまった。
この様子だと愛莉の方に何かあったのだろうか?
「試験中に愛莉が体調崩して僕も一緒に途中退席したから」
やっぱりそうなのか。それにしても一緒に途中退席か。明久もお人好しというかシスコンというか。
ふと下を向いていた愛莉が何かに気が付いたのか、顔を上げて俺達の方を向いた。正確には俺の手にある封筒を見た。
「和也君も封筒開けてないみたいだけど、もしかして……」
「ああ、俺も優衣もFクラスだよ」
この後教室に行けばわかることではあるが、瞳を少しきらめかせて聞いてきた愛莉に俺はそう答えた。
「ホントに? ホントにFクラスなの?」
「欠席したからな」
ここで嘘つくメリットがどこにあるのかわからないが、何故か疑ってくる明久に封筒から紙を取り出して見せた。その紙には中央に『Fクラス』と書かれていた。
☆ ☆ ☆
俺たちは今2年F組と書かれたプレートのかかる教室の前にいる。いや、これを教室と言っていいのかわからない。
「ここが教室ですか」
「いや、教室というより廃虚と言われた方が納得できる」
「これは流石に酷いね」
俺も優衣も愛莉も目の前の教室(?)を見て唖然とした。
なぜならここが教育機関と言っていいのか疑うような状態だったからだ。プレートは真ん中から折れていてぶら下がっているのがやっとなくらいで、ドアはガタガタ。
ある程度は覚悟していたが、ここまでとは……。
「と、とにかく入るよ」
そう言って明久は扉に手をかけた。
「すみません、遅れちゃいました♪」
好印象を与えるためか、愛嬌たっぷりに教室に入っていった。
意味があるかはわからないが明久なりに考えたのだろう。
「ようやく来たか、明久」
聞き覚えのある声。本来このクラスにいるはずがない声だ。
声のした方、教卓に顔を向けるとそいつはそこに立っていた。
「雄二、なんでお前がここにいるんだ?」
こいつは去年、明久絡みで仲良くなった友人の坂本雄二。成績的にはCかDクラスのはずだ。
雄二も俺が、いや俺とその隣にいる優衣がここにいるのを不思議に思ったらしい。不審そうな顔で俺を見ていた。
「それはこっちのセリフだ。愛莉は見ていたから知っているがお前ら2人がどうしてここにいる?」
「俺も優衣も振り分け試験を休んで受けられなかったからだ」
「なるほどな」
「おはようございます、坂本君」
「雄二君、おはよ♪」
「ああ、おはよう2人とも」
「改めて聞くがなんでお前までここに――」
「少しどいてもらえるかしら?」
愛莉たちが挨拶し終わったところでもう1回聞こうとしたら、今度は後ろから声がかかり、失敗。
でも、この声って……。
「あ、おはよう秀吉、木下さん」
「おはようじゃ、明久」
「おはよう、吉井君」
明久の言葉で確信する。秀吉の姉の木下優子さんだ。横に秀吉もいるようだ。
道を開けるために体を反転させながら少し脇による。
去年の成績上位10位以内にいた彼女が普通に受ければFクラスなんてことはあり得ないし、風邪でも流行っていたのだろうか?
まぁ、何はともあれこれでレベルの高い人が2人。ゼロじゃなくて良かった。
「皆さんそろそろ、席についてください」
そこに担任の先生が来たようだ。
「先生、私たちの席ってどこですか?」
優衣がそう聞くのは無理もない。黒板や掲示板に座席表が存在しないからだ。
でも見たところ適当に座っているような気がするし、自由なのだろうか?
「好きなところに座ってください」
やっぱりそうなるのか。
「わかりました」
こうして最低クラスでの学園生活が始まった。