清涼祭当日、僕は困っていた。
「ねえ、雄二。本当にこれ着てやるの?」
「着ないという選択肢はないだろ」
僕と同じく執事服に着替えながら雄二はそう返してきた。
雄二の言う通りではある。あるのだけど、身内以外の人に見られるのは恥ずかしいというか……。それに僕らの服は他の人とは少し異なる特別なものだ。間違いなく注目されるだろう。
「それはそうだけどさ……」
「なんなら明久」
少し渋るように僕が返事をすると、着替えている手を止め、ロッカーの中に手を伸ばした。
なぜだろう、とてつもなく嫌な予感がする……。
「去年も着ていたしメイド服の方にするか?」
嫌な予感的中である。
雄二は言葉と同時にロッカーの中からメイド服を取り出した。
「冗談じゃないよ、誰が女装なんてするか! 大体、去年のあれは罰ゲームだし。というかなんで雄二のロッカーにメイド服が入ってるのさ!」
「こんなこともあろうかと」
「どういう状況を想定してたの⁉ ないから僕がそれを着る状況なんてないから!」
「冗談だ」
さすがに冗談だったみたいで雄二はメイド服をロッカーに戻した。
……というかなぜ戻すの?
「お前らまだ着替えてなかったのか?」
更衣室の扉が開いて和也が中に入ってきた。
「あ、和也。おかえり」
「ああ、ただいま」
和也はそれだけ答えて、すぐに着替え始めた。
「あれ、どうなった?」
雄二が和也に問いかける。
あれ? あれって何のことだろう?
「ここでは言えない。後で参加者には配られるから自分で確認してくれ」
ああ、科目指定の事か。それは確かにここでいうと色々まずいね。
「それじゃ、早く着替えてこいよ」
そう言って更衣室から出ていった。
……いくらなんでも着替えるの早すぎるでしょ。
そう思って周りを見てみるけど、残っているのは僕と雄二だけだった。さっきまでいたはずのほかのメンバーがいなくなっている。
「さっさと着替えろ、明久」
すでに着替え終わっているのに更衣室から出ないでそう言ってきた。
なんで外に出ないんだろう?
「和也が2人は最後に出てこい、だとよ」
どうやら和也に僕と一緒に出てくるように言われたらしい。
僕達の服だけ特別製だからなのかな?
着替え終えて扉に耳をつけて外の声を確認してみる。特に何もおかしなことはないみたいだ。
その時、突然扉が開いた。
「……何やってるんだ?」
扉を開けた和也がとても残念な人を見るような目で僕を見ていた。
「悪い、和也。こいつが残念で」
って、雄二まで何言ってるの!?
「……まあ、いい。これ召喚大会のトーナメント表だ」
プリントを僕達に渡してきた。
そのプリントに目を通す。これが対戦表か、その中から勝ち上がってきそうなペアを探していく。
ふむ…………厳しすぎない、この対戦相手。
「明久達を連れてきた」
そう言えば和也のペアの人、誰だか聞いてなかったっけ。
対戦表から和也を探し出す。僕らとは完全に逆ブロックにその名前があった。決勝で戦わなければいけないんだから当然のことだけど。そしてペアの人は――青山優衣。
「どれだけ着替えるのに時間かかってるのよ」
―――って、ちょっと待って! 優衣ちゃんってこれ勝てないでしょ!? しかも決勝だけ対戦科目がなんなのか書いてないし。
「悪い。こいつがなかなか着替えなくてな」
いきなり肩を叩かれた。
「何するのさ、雄二……」
そこで僕は絶句してしまった。
何に絶句したのかって? それはもちろん目の前にいるメイドさんたちに決まっているじゃないか。
「どうした、明久? もしかして萩原さんに見惚れてるのか?」
「なっ!?」
「図星か明久?」
いつもはこんなことを言ってこないから完全に不意を突かれた。そして和也のからかいに変な反応をしてしまったのがいけなかったらしい、雄二まで乗ってきてしまった。
「そそそ、そんなわけないでしょ」
ちらっと萩原さんの方を盗み見る。少し顔を赤らめてこっちをちらちらと見てくる。
はっきり言おう、凄くかわいい。
「で、本音は?」
「凄くかわいいからあとでム――はっ!!」
嵌められた。ぐぬぬ、和也め。
とりあえず明久弄りとかしてみたが、結構面白いな。そのせいで萩原さんは真っ赤だけど。
「和也君。さっきからずっと思ってたんだけど……」
愛莉が俺の顔ではなく着ているものを見ながら聞いてきた。
「どうした?」
「どうしてその服なの?」
その質問をされても困る。なぜなら俺もわかっていないからだ。
昨日渡された時は明久達と同じものだったのに、さっき来て見たら別のものに変わっていた。これしかなかったから着ているが。
「どう見ても某借金執事の執事服だよね?」
そうそう。ハ○テの執事服。
「…………和也は今回のネタ要因」
ムッツリーニがそんなことを言ってきた。
「どうして俺なんだ! 明久でいいじゃないか!」
「そこでどうして僕に振るの!?」
……そもそもこれ考えた奴、誰なんだ?
周りを見渡すと、愛莉と同じように首を傾げている人とそれ以外の人がいる。
「はぁ……」
わからん。
Fクラスの誰かということしかわからないな、これは。
「それはとりあえず置いておいて」
いや美波。そこは置いとくなよ。俺にとっては結構な問題だぞ。お前も仕掛け人側ということか?
「そのプリント持ってるってことは、アキたちも召喚大会に出るの?」
「あ、うん。出るよ。対戦表に載ってるんだから聞かなくてもわかるはずなんだけど」
明久に言われ気が付いたらしい。対戦表とにらめっこを始めた。
確か美波は何故か姫路さんと組んでいて順当に勝てば明久の4回戦の相手のはずだ。
「ウチらと同じブロックなんだ」
「確かそのはずだよ」
「賞品が目的、なのよね……?」
「一応そうなる、かな?」
「誰と行くつもりなの?」
「へっ?」
美波の質問に明久の目が点になった。
誰と、ということは副賞のペアチケットの事だろう。学園長との約束ではそれの回収ということになっているから使えないはず。仮に使えたとしても雄二に渡せばすべて丸く収まる。
「私も気になります。誰と一緒に行こうと思っていたんですか?」
姫路さんまでこの話題に食いついた。視界の隅では萩原さんがそわそわしているし、明久はモテモテだな。
2人に詰め寄られて返答に困ったのか目で俺にヘルプを飛ばしてきた。仕方がない、助けてやるか。
「2人とも落ち着け。まだこいつは誰と行くのか決めてない。それに明久の目的は腕輪の方だからな。そうでもなきゃ、雄二と組まないだろ。そうだろ、明久?」
俺がそう言うと明久はすぐに目でありがとうと言ってきた。
「和也の言うとおり僕は腕輪の方しか見てなくて、副賞のことさっきまで知らなかったんだよね」
「そうなんですか」
「それなら仕方ないわね」
何が仕方ないのかわからないが2人とも落ち着いたようだ。
そのあと何とか服を元に戻そうと優衣とかに頼んでみたが、全員が似合っているからそのままでいい、と言って元の服に戻ることはかなわなかった。