鬱な話。戦争が終わればどうなるのか。

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終わらせた者の末路

「せめて、海の上で沈みたかったなあ」

 

 大和は椅子を蹴った。本人にとっては何気無しの軽いそれでも、蹴り飛ばされた椅子は三メートル程吹き飛んで壁にぶつかる。大きな音を立てても誰かが驚いたり、叱りに来るようなことはない。ここには初めから彼女しか居ないのだから。

 埃にまみれた牢獄の中で、大和は目を伏せた。

 

 深海棲艦との戦争は、艦娘の完全勝利として幕を閉じた。もう何十年もの間、深海棲艦は観測されていない。失われたシーレーンも復活し、世界に平和が訪れた。艦娘達は手を叩いて喜んだ。自分達の努力がついに実を結んだのだと。

 英雄も、戦争が終わればただの人殺しだと言う。大量殺人犯ならまだ良い。情状酌量の余地がある。しかし、艦娘は兵器だった。日本しか持たない、深海棲艦を倒すのに最も効率的な兵器。

 

 彼女達は人間ではない。理屈をどれだけ捏ねようと、生れから、育ちから、終わりに至るまで人間とは似ても似つかない。戦争が終わった後、兵士は日常に戻れるが、兵器は新たな戦争を待ち望むか、お役御免として消えるか、その二択しかない。日本軍が選んだのは、選ばされたのは後者だった。

 

 初めは駆逐艦からだった。もしまた深海棲艦が現れたら。そんな想定をした時に最も戦力にならず、最も作りやすいのは駆逐艦だったからだ。それから軽巡洋艦が、重巡洋艦が、潜水艦が、軽空母が、正規空母が、皆々 廃棄処分(殉死)していった。

 

 そうして、最後に残ったのは戦艦だった。初めに選ばれた二人は、自らの不幸を嘆き、それでも意を決した目で死んだ。泣き叫ぶことはしない。戦艦としての誇りがあった。自らの砲弾で敵を仕留めたのだという自負があった。

 

 羨ましい、と大和は思う。彼女達は名誉を持って死んだのだから。兵器としての本懐を果たしたのだから。妬ましいとさえ思う。彼女達は海を知ってから逝けたのだから。

 

 大和は海を知らない。建造されてからずっと、箱入り娘のように扱われていた。昔もそうだったな、と悲嘆にくれながらも、いつか海に出て戦艦としての戦える日が来るのだと信じていた。それなのに、彼女の望みは果たされることなく戦争は終わった。残っている艦娘も最早彼女一人であった。

 

 彼女が残された理由は、彼女が最も弱かったからである。歴戦の艦娘が反抗した時、押さえられるのは同じ艦娘しか居ない。最後の一人に至っては人間の手でどうにか押し込めるしかない。実戦経験のない大和は、その名を含めて()()()()()に相応しかった。

 

 と、いうのが表向きの理由であることを、彼女は知っていた。

 

「提督は元気にやってるのかなあ」

 

 大和は記憶の水底から、かつて自分を愛した男のことを思い出す。提督、この戦争を終わりへと導いた大英雄。徹頭徹尾、艦娘の 処刑(解体)に反対した者。彼は大和を愛していた。それが戦艦としてなのか、女としてなのか彼女には分からない。ただ一つ言えるのは、提督は艦娘の処分が決まってからも動き続け、最愛の者の処刑を少しでも遅らせようとしていたことだ。

 

「大和は、提督にこんなに思ってもらえて幸せです。幸せ、でした」

 

 大和の目に涙が溢れる。彼女は提督を愛していたのかも分からない。彼の求めるままに応えていただけ。それでも自分のために動いてくれることを嬉しく思わない筈が無い。

 だが、無惨にもその日は来る。今日は大和の最期の日。一度もその役目を果たせなかった戦艦が唯一軍艦としていられる日。

 

 名前を呼ばれ、牢獄の扉が開かれる。手錠を付けられる引きずり回すように連れられる先は絞首台。

 

 艦娘は海の上で死ぬことは許されない。海の上で沈めば深海棲艦になる、そんな迷信が未だ信じられているから。

 

 さようなら、提督。それから皆、もうすぐ行くね。

 

 台の上に登る。縄が首にかけられる。後は足場を蹴り飛ばしてしまえば処刑は執行される。

 

 銃声が聞こえた。爆発音も聞こえた。死の間際になって戦場のことでも思い出してしまったのだろうか。彼女は一度戦ったことが無いのに。

 

 提督の声が聞こえる。体が宙に浮く。苦しい。視界が暗くなる。

 

 ああ、提督。どうせなら貴方と一緒に死にたかった。

 

 彼女の意識がここで途切れた。

 

 

 

 

 男は立ち尽くす。どうして、後少し待ってくれれば助けたのに。言葉では、論理では、感情ではどうしようもないと分かって。彼女を助けるためにテロまで起こしたというのに。間に合わなかった。彼女の望みを叶えることができなかった。大和を海に出さなかったのは彼だ。万が一にも沈むことを恐れて、絶対に出撃させなかった。こんなことになることが分かっていたのなら。

 

 身体中が熱い。立っている気力すらない。あらゆる物が自分から流れ出ているような気さえする。赤く染まった視界には、もはやイキモノですら亡くなった女の姿。

 

 これが報いか。彼女を自分の思い通りにしようとした自分への罰なのか。彼女が何をしたっていう。何もしていない。()()()()()()()()

 

「ああ、大和。僕もすぐそちらに行くよ」

 

 彼の意識がそこで途切れた。


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