完全なパラレルとなっていますのでご了承ください。
死にたくない……。
極めて単純で、誰もが思い抱く感情を彼は激痛で途切れそうになる意識の中で思っていた。
ようやく、ようやく彼女と正面から見ることが出来る……。
そう強く願っていた想いは無残にも敵わなかった。
近くには自分の愛する女性がうつぶせで倒れている。
表情は分からない、だがもう生きてはいないだろうというある種の直感が彼にそう告げていた。
男性にとって、今日という日はチャンスだったのだ…今まで下から見上げて彼女の機嫌を窺うことしか出来なかった自分が、彼女に提案したのだ。
――――「一緒に行こう」――――
その時の彼女の驚いた表情は初めて見たかもしれない。
言いたいことを言おう、伝えたいことを伝えよう、娘にお土産を買ってあげよう……思い描いた理想は、不慮の事故で全て砕け散った。
割れる窓ガラスの音、人々の悲鳴、そして呆気にとられる彼女の顔。
そうして気が付けば、自分も死に体の状態で外に投げ出されていた。
(まだ、何も出来ていないのに。まだ…)
自分が愛した人たちの顔をちゃんと見ていないのに……。
その悔しさが、生き汚さが彼の意識を辛うじて繋ぎとめていた。
しかし、そこでありえないはずの声が聞こえる。
「まだ生きているな」
聞き覚えのない声に、男性は見上げる。
そこにいたのは黒いフードで全身を覆った人物…声色と口調から男性であることが分かる。
だが、列車にはそのような不審者はいなかったし救急隊とも違う。
「選ばせてやる。人のまま死ぬか、人間を捨てて生き延びるか」
そう言い放ったフードの男性に渡されたのは掌に収まるほどの奇妙な物体。
複雑な銀の装飾が施された黒い円柱系の構造となっているが、上部には銀の半円で頂点に赤いボタンがある。
奇妙なスイッチを無理やり握らされた途端、それは変化を遂げる。
【LAST ONE…!!】
不気味な電子音声と共にそのスイッチは黒いオーラのような物を噴出したかと思うと、その形を一変させた。
男性が辛うじて首を傾けてみると、スイッチは表面にいくつもの刺が現れ、銀色だった半円も薄っすらと赤く染まる。
頂点にあったボタンも斜めの位置に変わっており、見ようによっては血走った眼球のようにも見える。
だが、そんなことは男性にとってどうでも良かった。
握った瞬間に感じた溢れ出るような力の感覚……『このスイッチを使えば生きることが出来る』と、直感ながらもそう感じたのだ。
戸惑いはなかった。
「……っ!!」
問いに答える代わりに、男性は躊躇なく親指に力を込めてスイッチを押す。
カチッ、小気味良い音の後にそこからバグに侵食された黒いエネルギー『コズミックエナジー』が噴き出すと男性の身体を包み込む。
それだけではない、身体には世界で確認されている星座の配置にいくつもの光が輝く。
『あっ、ああっ!?ゲホッ、ゲホッ!!』
急激なまでの力の奔流に思わず男性は咳き込む。
しばらくして落ち着きを取り戻すと、ふと身体に違和感を覚える。
(痛みが、ない……?)
そう、先ほどまで感じていた激痛を感じないのだ。
気になって立ち上がり、近くにあった壊れた鏡を見る。
『なっ…!?』
そこにいたのは、一体の怪人だった。
白いボディに青いライン、そしてレンズのような紫色のコアを身体にはめ込んだ怪物……その背後には白い糸のような物体に体を覆われた傷だらけの自分がいる。
試しにゆっくりと右手を自分の頭に触れてみる、すると掌から伝わる人間とは違う感触と同時に、鏡に映った怪人も同じ行動をとる。
「素晴らしいな。こうも容易くラストワンへと至るとは」
フードの男性は満足げに怪人となった男性に拍手を送る。
一方の怪人は自分の姿を見つめていた。
(これが、私……)
最初は戸惑いこそ覚えたが、すぐにそんな感情はなくなった。
身体中に満ちる力……自分が欲していた力、立ち上がって正面から見ることの出来る力。
心の底から望んでいた物に怪人は喜ぶ。
瞬間、男性の身体に異変が起こる。
繭のような糸に覆われていた抜け殻が赤黒く光ると、それは粒子状となって分解されて怪人の身体へと吸い込まれていく。
完全に抜け殻がコズミックエナジーとして取り込まれた途端、怪人の身体にあったコア『スターコア』が再び輝く。
再び星の運命を刻み込んだ怪人に、フードの男性は驚きを露にする。
「流石に予想外だったな。こうもあっさりラストオーバー……人間を捨てるとはな」
『未練がなかったので』
その言葉に怪人『ゾディアーツ』は言葉を返す。
過去の自分に未練などない、だが……。
ゾディアーツは『彼女』の身体を抱き上げる。
運が良かったのかはわからないが、彼女の亡骸は比較的綺麗な状態だった。
表情からも苦し気な様子は感じられない。
少しだけ安堵したゾディアーツは、フードの男性に改めて尋ねる。
『……なぜ、私だけを?』
「まだ生きていた。仲間に出来ると思ったからスイッチを渡した」
「それだけだ」と言わんばかりに、フードの男性は答える。
だが、その答えで納得したのかゾディアーツは彼の方へと向き直る。
『詳しい話を聞かせてもらいます?』
そうして、彼は人間を捨てた。
「ホロスコープス…いえ、サジタリウス様は敗北してしまいましたか」
青いスーツに身を纏い、黒いネクタイを締めたモノクルの『紳士』はポッドに入った紅茶をカップに淹れながらフードの男性の報告を聞く。
彼らの他にも壮年の男性にセレブ然とした金髪の美女、筋骨隆々としたタンクトップの男など国籍も年齢もバラバラの人間が集まっている。
紅茶を全員分用意した紳士がカップを置く中、フードの男性が報告を続ける。
「だが、おかげで動きやすくなったのは事実だ。射手座は仮面ライダーを無力化してくれたからな」
「でも、もう一人の仮面ライダーに関してはどうするつもりなの?」
「婆さんの言う通りだぜぇ、アスクレピオスの旦那ぁ」
「……その呼び方、好い加減やめてくれない?」
タンクトップの男性の呼び名に怒りを露にした美女が睨むが、当の本人は何処吹く風だ。
その殺気を和らげるのが、紳士の役目となっていた。
彼女の気に入っているお茶菓子を置き、アスクレピオスの方を向く。
「つまり、我々の動く時が来たと……そういうことですね」
「そうだ。お前がスイッチを渡して覚醒させたオリオン座の調子は?」
「どうでしょうねぇ。最初は上機嫌でしたが様子が段々と…あの調子ではバグるのも時間の問題でしょう」
肩をすくめて答えた紳士の言葉にアスクレピオスは「構わん」と答える。
今回はあくまでも自分たちに対抗出来る勢力がいるかどうかの確認、その過程でオリオンが暴走しようと自滅しようと問題はない。
すると、紅茶を飲み終えた壮年の男性が席を立つ。
「どうした?小獅子座」
「もうすぐ鍛錬の時間なのでな。失礼する」
それだけを言い、彼はそのままこの場を後にする。
その行動が切っ掛けとなったのかメンバーは席を立って思い思いの行動をする。
アスクレピオスの方も既に伝えるべきことは伝えたのか、何も言うことなくソファに腰を掛ける。
一方の紳士はスイッチの入った銀のトランクを持って立ち上がる。
「何処に行くのかしら、紳士?」
「使える傭兵を集めに、ですよ。アンドロメダ様」
薄く微笑んだ紳士は、そのまま歩き去ると自らのスイッチを取り出す。
紫の螺旋状になっているそのスイッチは、金と赤の装飾がありボタンには彼が引き出した星座のマークが刻まれている。
「次は、狼座のゾディアーツでも作りましょうかねぇ」
独り言ちながら彼がスイッチを押すと、その身体は赤黒い粒子状となって崩れ、そこからスターコアを輝かせたゾディアーツの姿が露になる。
まるで剥がれ落ちるように変身したゾディアーツは金の装飾があるクロークを靡かせる。
『星に、願いを……』
まるで何かに祈るように、今日も堕ちた星座は同族を増やすべく暗躍する。
ここでちょっとした解説コーナー。
ゾディアーツ:
基本的には原作と同じ設定。だが、バグったコズミックエナジーによって人間を負荷を無視して急激に進化させるという相違点がある。
そのせいか、スイッチャーによっては常軌を逸した行動をとることも少なくない。
紳士:
イギリス出身の男性。妻と共に旅行に出ていたが列車での事故に巻き込まれる。その際フードの男性に渡されたゾディアーツスイッチを使い、人間を捨てた。
妻と娘を愛しているが卑屈になっていたため、今回の計画は意を決してのことだったらしい。
フードの男性:
アスクレピオスと呼ばれている。彼もゾディアーツでリーダーのような振る舞いをするが、単なるまとめ役である。
紳士とフードの仲間:
国籍も年齢もバラバラなメンバー。彼ら全員ゾディアーツであり、完全に人間の身体を捨てたラストオーバーという存在。
ちなみに美女が「婆さん」と呼ばれるのは実年齢が相当高いからである。
ラストオーバー:
幹部格。最終的に人体と融合するホロスコープスと違い、抜け殻となった身体をコズミックエナジーへと分解・吸収することで完全に人間を捨てたゾディアーツのこと。
モチーフこそ往来のゾディアーツと同じで変化こそないが、そのスペックはホロスコープスとほぼ同等。
サジタリウス:
フォーゼと戦ったらしいホロスコープスの頂点に立つ者。結果的に敗北したらしいが、コズミックステイツになったフォーゼと相打ちになったらしい。