「ようこそ、おいでくださいました」
一人の女性が笑う。
腰まで伸ばした金髪のロングヘアーに青い瞳、露出の多い青のドレスと手袋を豊満な身体で包んだ長身の美女は品のある声と仕草で挨拶をする。
「今宵始まるのは、仮面ライダーとは違う戦士の物語……我々が飼っている不愛想な猫のお話です」
ドレスとは不釣り合いなベルトを腰に巻き、そこから青い液体が杯へと注がれていく。
淡く光る青で満たした奇妙な杯を掲げ、彼女は続ける。
「きっと、これだけでは何が起こっているのか分からないのでしょう。きっと、仮面ライダーの活躍を知る皆様方も……そうでしょうとも。だって、これは戦いの一部なのですから」
そう、女性は笑い嗤う。
困惑し、翻弄する様を楽しむように……彼女は整った美しい唇で笑みを浮かべた。
「分からないまま、一度は考えてみるのも良いかもしれません。それでは、素敵なショーをお楽しみくださいませ」
それだけを言うと、彼女はグラスに入った液体を飲み干した。
深夜、誰もが寝静まった街で一人の青年が街を歩く。
緑色のパーカーの上に、水色の上着を羽織った彼は日常世界に不相応な大剣を肩に担ぎ、整った顔立ちに酷薄の表情を浮かばせながら、迷うことなく歩みを進める。
そして、その途中で足を止めた。
道にでも迷ったのか……違う。
探していたものを見つけたからだ。
『リジーの嬢ちゃん斧取って、ママを四十回滅多打ち♪』
上機嫌に『それ』は詩を口ずさんでいた。
マザー・グースの一節を、まるで歌詞の意味を知らぬ幼子のように、楽しそうに紡ぐ。
『自分のしたこと気が付いて、パパを四十一回滅多打ち♪』
暗闇から、悪臭と共に異形が現れた。
蝋燭のような身体と胸元にある炎のような紋章、ガスマスクの顔を持つ上半身は古びた布切れを巻き付けており、右腕に絡みついた右腕の切れ端は口を開いた蛇や龍のような頭部となっている。
そこから垂れる粘り気のある黒い液体は、コンクリートの地面を軽く溶かしている。
「『シロウネリ・ディストーチ』……どうやら、適合者に引かれて憑依したみたいだな」
ディストーチ……それは古今東西の伝承に登場する妖精や幻獣、妖怪などの精霊をモチーフに製造されたアイテム『フェアリーシリンダー』によって人間が変異した姿だ。
内包されているのは感情エネルギーによって製造された人工精霊……それを憑依させることでディストーチ化するという仕組みだ。
『みんなが言うんだ。汚いし不潔だねって……だけど、これで誰もが汚くない。だって僕が汚しちゃえば関係ないもんね』
誰に聞かせるでもなく、シロウネリは一人で喋り続ける。
その間にも右腕から垂らした黒い粘液は周囲を汚し、徐々に溶かしていく。
『おいで駒鳥ちゃん、怖がらないで。羽一本も傷つけないから♪』
そうして、またマザーグースを口ずさむ。
まるで自分が無害な存在だと主張するように、楽しそうにシロウネリが詠う……先ほどからずっとこの調子である。
明らかに正気ではない様子に青年は溜め息を吐いた。
「理性はなしか……奴らも勝手なものだ。ばら撒いておきながら後始末を任せるとは、なっ!」
肩に担いでいた大剣……銃と剣が一体化したような奇妙な武器を突きつけた青年は、トリガーを弾いて銃弾を発射。
それはシロウネリの頭に命中し、視線をこちらに向けさせることに成功する。
『あぐっ。誰、君っ』
「すぐに教えてやる」
【SYNCHRO RISER!】
ゆっくりと振り向き、威嚇するディストーチに青年は中折れ式となっている銃剣……『シンクロライザー』の刀身を折り曲げた。
そこから何かを装填するためのスロットが露出し、次にフェアリーシリンダーを取り出した。
描かれていたのは二本足でハイブーツを履き、背中に大量の剣を納めたシアンカラーの毛並みが特徴的な子猫の可愛らしいイラスト。
それのスイッチを押して起動させる。
【CAIT SITH!】
封入されている妖精の情報を告げたフェアリーシリンダーを露出したスロットへ装填し、宛ら弾丸をリロードしたように刀身を元に戻す。
【CAIT SITH!……ACCELERATE!】
バイクのエンジン音とエレキギターを掻き鳴らしたような待機音声を響かせながら、青年はグリップに搭載されているトリガーを弾いた。
「調律」
【SYNCHRO EQUIP!】
シンクロライザーを振るった瞬間、白銀のラインが走るライトグリーンのスーツが構成され、同時に彼の背後に抜剣したシアンカラーの猫が出現。
それは鎧状のパーツとして再構築し、青年が纏うスーツの右側に装着……やがて、一体の異形を形作った。
【YOU ARE ZANSLASHER……!!】
その姿は、噂となっている仮面ライダーに酷似していた。
猫の耳を思わせるような三角状の装飾を持つ頭部はフルフェイスのヘルメットとなっているが、左側には弾痕状の、右側には切り傷が残ったような紋様が浮かび、複眼の機能を担っているのか時折緑色に淡く発光する。
右半身に装着されたシアンの鎧は騎士を思わせるようで、猫の双眼を思わせる装飾が右手のガントレットに埋め込まれており、右脚に装着された装甲はまるでハイブーツのように特徴的な形状をしていた。
『執行剣士ザンスラッシャー……処刑の時間だ』
自らをそう名乗ったザンスラッシャーはシンクロライザーを肩に担ぎ、ゆっくりと歩き始める。
淡々と、迷いなく歩を進める姿に一瞬だけ動揺するも『明確な敵』と認識したシロウネリが身構えた時には……既に距離を詰められていた。
『ふんっ!』
『ぎっ!?』
袈裟切りにシンクロライザーを振るい、よろめいたところは右脚で蹴り飛ばす。
体勢を立て直したシロウネリは全身に纏った包帯状の布切れを動かすと、それを使って拘束しようとする。
しかし。
『はっ!』
『なっ』
跳躍して回避される。
無論、ディストーチにとってもこれは想定内だ。
更に布を操って空中で無防備になっているザンスラッシャーを今度こそ縛り上げようと無数の布が迫る……しかし、そこで信じられない光景を目にした。
『無駄だ』
何と、ザンスラッシャーは足場の存在しない空中でもう一度跳躍したのだ。
まるで見えない踏み場を使ったかの如く、彼は野良猫のように宙を跳ね回る。
ケットシーとは人間のように二足歩行と人語、果てには魔法を操る猫の妖精。それ以外の目立った伝承や逸話こそ持たないが、童話に登場する『長靴を履いた猫』と同一視されることがある。
無論、関連性や根拠こそないがケットシーシリンダーは両者の性質が混ざり合うことで跳躍力と戦闘力の強化させること能力を持っている。
更にフェアリーシリンダーの持つ使用者の解釈によって、ザンスラッシャーは空中跳躍を可能にした剣士となっているのだ。
『ふっ!』
『ぎぃぃぃやぁああああああああああっ!!』
空中からの銃撃と自由落下による縦一文字の斬撃が、蝋燭の身体にダメージを与えた。
火花を散らしながら地面を転がり続けると、震える脚で必死に立ち上がる。
『お前、溶かしてやるっ!溶かして、二度と消えない汚れにしてやるっ!!』
激情のまま、シロウネリは右腕から大量の溶解液を発射する。
粘液を放つ液体は直撃を受ければ、ザンスラッシャーの装甲とスーツすらも溶かしてしまうだろう。
しかし、彼に防御策がないわけではない。
【KASABAKE!】
一本足を生やした一つ目の傘が描かれたオレンジ色のフェアリーシリンダーを取り出して起動。
ケットシーを排出させて代わりに装填した。
【TUNING! KASABAKE!】
ザンスラッシャーへ調律した時と同じようにトリガーを弾くと、切っ先から出現したのは巨大な傘を模した武器。
それが液体を全て防いだのだ。
『うっ!?』
動揺するシロウネリに再度ザンスラッシャーは巨大な傘型ウェポンで思い切り殴打し、壁と叩きつける。
完全な不意打ちと動揺によって身動きの取れないシロウネリに止めを刺すべく、ケットシーシリンダーへと戻したザンスラッシャーがシンクロライザーの撃鉄付近にあるネジマキを捻った。
【SLASH OUT!】
音声が響き、シアンカラーと緑のエネルギーが刀身へと充填されていく。
そして、三本の軌跡を描いた斬撃がディストーチの身体を斬り裂いた。
『がっ、あぁぁぁああああああああああああっ!!?』
防御すら行えなかったシロウネリ・ディストーチは爆散。
清掃業者らしき男が気を失った状態で倒れると、手元にあるフェアリーシリンダーが音を立てて小さく砕ける。
『執行終了』
相手の事情も、街の被害も気にすることなく、ザンスラッシャーの変異を解除した青年はその場を後にする。
その場には倒れた男性以外、誰も存在しなかった。
とある場所、とある洋館、そこには複数の男女がいた。
全員が自分たちの個性を通した服装をしており、薄暗い暗闇で分からなかったが、彼らには共通して奇妙なベルトと西洋の杯を掲げていた。
「実りある進化と我々の救済を願って……乾杯」
『乾杯』
響く声を切っ掛けに、全員が注がれた液体を飲む。
淡く光るそれを体内へと取り込んだ途端、彼らは歪な姿へと変貌した。
フェアリーシリンダーは何故この街にばら撒かれているのか、ザンスラッシャーの目的とは何なのか……それは、誰にも分からない。
本作の疑似ライダーはヴァルバラドとゼロワンのガセバレにいたウルフェッサーがモチーフとなっております。ガセバレのデザインで意外と面白い奴が多いんですよね。
フェアリーシリンダーの能力や姿はある程度決まっていますが、人工精霊を憑依させた人間の解釈や感情によって変化する場合もあります。