東方偏執狂~ブタオの幻想入り~   作:ファンネル

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第十二話 告白

「ぶ、ぶひ? あれ? 吾輩……」

 

 ブタオが目を覚ますと、そこは知らない天井だった。目に優しくない真っ赤な部屋。畳仕立ての和風の様相ではない。洋風のお屋敷を連想させる豪華な造りに、ブタオは何があったと自分の記憶を遡っていた。しかし状況を整理する前に、一人の女性が声をかけてきた。

 

「おや? お目覚めの様ですね。おはようございます。御気分はいかがですか?」

「ぶひ?」

 

 女性は赤みのかかった長髪に緑色のチャイナ風のドレスを着た少女であった。

 出会った事のない少女に、ブタオはますます混乱した。

 起き上がろうと体を起こすが力が入らない。バランスを崩し、ベッドから崩れ落ちそうになった。

 

「おっとッ。大丈夫ですか?」

「ぶひッ!?」

 

 とっさの事だったのか、少女はブタオを抱き抱えるかのように受け止めた。その際、ブタオの顔は少女の豊満な胸に包まれ――。

 ラッキースケベであった。

 

「ふおおぉッ! も、申し訳ないでござる! 吾輩、誓ってもわざとでは……ッ!」

「ふふ、お気になさらず。私も気にしてないですから」

 

 うろたえるブタオとは反対に、少女は実に落ち着いた態度であった。

 ブタオをベッドへと戻し、ブタオを優しく諭した。

 

「無理をしないでください。貴方は丸二日間も眠っていたのですから」

「ふ、二日!?」

 

 道理で出足に力が入らないわけであると、納得したブタオ。しかしこの彼女は自己紹介を始めた。

 

「私は紅美鈴と申します。貴方はブタオさん……でよろしかったですよね?」

「そ、そうでござる」

「色々と混乱していると思いますが――。ブタオさん。貴方は意識が無くなる前の出来事を覚えておいでですか?」

「出来事……でござるか? 確か吾輩は……」

 

 記憶を遡るブタオの脳が見せた光景は、雨の滴る薄暗い森の中で一際の輝きを放つ金髪の少女の姿であった。現実離れしたその情景に、ブタオは夢か幻でも見ていたのではないかと思ったが――。

 

 ふと首筋に違和感を感じて、手でさすってみるとチクリと鈍い痛みが走った。

 

(ッ!? これは……)

 

 首筋には小さな傷が出来ていた。ちょうどカサブタが出来ていたのだろう。手で触れたら少し剥がれ落ちた。

 手にこびり付いたカサブタを見て、ブタオは全てを思い出した。

 あの雨の日、木の下で雨宿りしていた事。

 吸血鬼の少女とラノベ談義していた事。

 その少女に押し倒され、血を吸われた事。

 

「アレは……夢ではなかったでござるか?」

 

 ブタオの記憶が戻ったのを察してか、美鈴はブタオに現状の説明を話し始めた。

 

「どうやら記憶が御有りの様ですね。――ここは紅魔館。吸血鬼レミリア・スカーレットの居城です。妹様……いえ、フランドール様のご自宅でもあります」

「紅魔館? 慧音殿から聞いた事があるでござる。吸血鬼の住まう真っ赤な館があると」

「貴方はフランドール様から吸血され、意識を失っていたのです。それでフランドール様が貴方を紅魔館へと連れてきたわけです」

「わ、吾輩を助けてくれたのでござるか?」

「『助けた』と言ってしまえば恩着せがましいですね。此度のこの一件、非は我ら紅魔館の方に在ります。貴方は一方的に吸血されたわけですし、救護するのは当然の義務です」

 

 紳士的な美鈴の態度と説明を聞いてブタオは落ち着いたようだった。

 いきなり訳も分からない場所に居て、目がさめれば目の前に美しい少女が佇んでいる。中々妄想はかどる美味しいシチュエーションではあるが、実際に起きたらこれほど混乱する出来事はそうはあるまい。

 しかし頭は冷静になっても体はそうではないらしい。

 目を覚ましたブタオの体は悲鳴を上げた。実に情けない悲鳴を――

 

 ぐううぅぅぅぅぅぅッッ!!

 

「……」

「……」

 

 腹の虫が泣いたのである。その鳴き声は凄まじく、客室内に響き渡った。

 ブタオと美鈴の二人は、時間が止まったかのように互いに無言のまま見つめ合っていた。しかしその均衡は美鈴の高笑いによって早々に崩れ去った。

 

「ぷ……あ、あはは、凄い音ッあはははッ!」

「は、恥ずかしいでござる。笑わないでほしいでござる!」

 

 美鈴の高笑いに、ブタオは顔を真っ赤にして講義した。美鈴は、ブタオの腹の虫が相当ツボに入ったのか暫く笑い続けていた。ブタオは何ともこそばゆい羞恥を感じながら頬を膨らませていた。

 暫くして美鈴は落ち着いたのか、ブタオに軽く謝った。

 

「いやぁ。すみません。あんな音、聞いた事が無かったものでつい……ぷ、ふふ」

「生理現象なのだから仕方がないでござろう」

「まぁ確かに。眠っていたとはいえ、貴方は二日間何も食べていないわけですから。そりゃお腹も減りますよね。――本当でしたら貴方が目を覚ましたら、レミリア様の元へと連れて行くつもりだったのですが……」

「レミリア? そう言えば先ほどもその名前を……。誰でござるか?」

「レミリア・スカーレット。フランドール様の実姉であり、この紅魔館の主でもいらっしゃる方です。私の御主人様でもありますね」

「なんと!? これほど立派な館の主となると、相当高貴なお方なのでござるな」

「ええ。誇り高き吸血鬼。我々の誇りでもあります。――さすがにあの方の前で、そんな音をされるのは少し……アレですね。レミリア様の元へ行く前に食事にしましょう。何か食べたいものはあります? うちのメイド長の腕は外の世界の料理人にも引けを取りませんよ?」

「好き嫌いは無いでござる。吾輩としては何でも……」

「では消化の良いものをこちらで用意させていただきます。暫くの間、そのまま横になってお休みください」

 

 美鈴はそう言って、ブタオの部屋から出て行った。

 ブタオはしばらく天井を見続けていた。ずっと眠っていたためか眠気は無い。頭もはっきりとしているのに不思議とフランに吸血されたあの出来事が未だに夢だったのではないかと思ってしまう。

 

(そう言えば、フラン殿はどうしたのでござろう? いや、フラン殿の前に慧音殿でござる。二日日間も留守にして……。心配させてしまっているでござろうか?)

 

 体の調子が元に戻ったら、無事を伝えなければと思うブタオであった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 美鈴は咲夜にブタオの目が覚めた事を報告していた。そしてレミリアの元へ行く前に食事を取らせた方が良いと言う美鈴の提案に咲夜は頷いた。

 

「分かったわ。食事に関して何かオーダーはあった?」

「これと言って何も」

「それじゃリゾットでも作ろうかしら?」

「良いですね。咲夜さんの作るリゾットは絶品ですからね。きっと彼も大喜びですよ」

「おだてないの。――それで、あの男と話をして、その……どうだった?」

 

 少し言葉を濁した咲夜の言葉に美鈴は首をかしげながら反芻した。

 

「どうだったとは?」

「彼の印象よ。何か悪意の様なものが見えるとか……。貴方から見てどうだった?」

 

 美鈴は、咲夜の問いに少し考えてから答えた。

 

「これと言って悪意の様なものは見えなかったですね。初見ではありますが、良い人柄の男性であると感じましたが」

「そう……なの?」

「ええ。咲夜さん、少し彼を警戒し過ぎではありませんか? 妹様が洗脳されているかもしれないって話もただの推測ですし……。もしかしたら本当に『一目惚れ』なのかもしれませんよ? 実際に起きる様な現象ではありませんが、絶対に起きないとも証明できませんし。それに妹様は気紛れな方ですし」

「そうは言うけど、用心に越したことはないでしょう」

「そうですね。まぁ私は彼に対してはそこまで悪い印象は持ちませんでした。そんなにも疑わしいなら実際に彼に会うのが一番だと思いますよ?」

「そうね……。分かったわ。食事を運ぶ時にでも、あの男の様子を見るとしましょう」

「それじゃ、後の事はお願いします」

 

 踵を返し、食道から出て行こうとする美鈴に咲夜は呼びとめた。

 

「待って美鈴。どこへ行くの?」

「妹様の所へです。彼が起きた事を報告しに行こうかと思いまして」

「黙っていた方が良いんじゃないの? だって妹様は当事者だし……」

「さすがにそれは駄目ですよ。そんな事しちゃったらキュっとされてしまいます。あの時の妹様の殺気、思い出すだけで背筋が震えます」

「それもそうね。私も妹様の逆鱗には触れたくないし……。美鈴、お願いできる?」

「はい。任せてください」

 

 フランの事は美鈴に任せ、咲夜はブタオの食事の用意を始めた。

 如何に疑わしい人物であるとはいえ、主であるレミリアが正式に招き入れた男である。ブタオへの疑心はひとまず心の隅へ置き、咲夜はVIPばりの御持て成しをしてやろうとメイド魂に火を付けて調理を開始した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 紅魔館の地下。フランの自室はそこにある。真っ暗な空間を頼りない蝋燭の火が薄暗く照らしている。吸血鬼の彼女にとって、これでも十分に明るいらしい。

 フランの部屋は実に簡素なものであった。ベッドとテーブルが一つずつ置いてあるだけ。他は何もない。何とも色気のない部屋である。

 そんな部屋でフランはベッドに横たわっていた。

 眠っているわけではない。むしろその逆である。体の火照りと疼きが中々収まらず、ベッドの中で悶々としていて中々寝付けずにいた。

 しかしその疼きも二日も経つとようやく収まりだしたようで、フランは大きくため息をついて体の力を抜いた。

 

「ふぅ……。ようやく疼きが収まった……」

 

 天井を見上げて、フランは物思いに耽っていた。ブタオの首筋に噛みつき、その血を獣の様に貪っていた自分を。その時の事を思い出すだけで、羞恥で顔が熱くなる。

 

「ブタオ、大丈夫かな……。そろそろ起きないかなぁ」

 

 本当だったら自分が付きっきりで介護したかった。しかし体の疼きが収まらず、ブタオの顔を見たらまた襲ってしまいそうだったので自粛した。

 ブタオの顔を思い出すだけでフランは心が温かくなっていくのを感じていた。とても温かな、それでいて胸を締め付ける様な痛み。しかし決して悪い感覚などではない。むしろずっと感じていたい感覚。

 

「やっぱ私って、変になってるよね……?」

 

 自問するかのようにフランはふと呟いた。

 彼女も『違和感』に気付いていた。

 何故、一目ぼれに近い形で彼が愛おしいと思うのか。

 雨から助けてくれた事の感謝もあるだろう。一緒に話していて楽しかった事もあるだろう。何より血が美味しかった事もある。

 惚れる要素は幾つもある。きっと血を吸わなくとも、幾度かの逢瀬を繰り返している内に恋心が芽生えていたかもしれない。

 しかしそれでも好意を持つには余りにも早すぎる。血を吸った時の衝動を差し引いても早すぎる。

 それが『違和感』の正体。自分の感情への疑問。

 

 しかし――

 

「まぁ別にいっか」

 

 違和感を持っても、フランにとっては些細な事であった。

 ブタオを愛している。

 その感情に偽りはなく、例えこの感情が作られた偽物の感情であったとしても、彼女にとっては取るに足らない問題であった。

 

 体の疼きも収まり、ブタオの様子でも見に行こうかとベッドから起き上がったその時であった。

 

 コンコン

 

 部屋をノックする音が聞こえてくる。招き入れると美鈴が入ってきた。

 

「失礼します。妹様」

「あら美鈴。どうしたの?」

「先ほど、ブタオさんが目覚めたので、その報告に来ました」

「えッ!? ほんとッ!?」

 

 嬉しさが込み上げてくる。これから会いに行こうとした丁度その時に目が覚めるなんて、運命的なロマンを感じてしまう。

 諸手を上げて喜び、フランは勇んで駆けつけようとした。

 しかしそんなフランを美鈴は呼びとめた。

 

「お待ちください。妹様」

「な、何よぉ。これからおじ様に会いに行くんだから邪魔しないでよ」

 

 駆けつけようとしたのに呼びとめられて、ほんの少しだけ不愉快になったフランに対し、美鈴は静かに伝えた。

 

「実は妹様に話さなければならない事がありまして……」

「話したい事? そんなの後で良いでしょ? そんな事よりもおじ様の所へ――」

 

 

「実は私――ブタオさんに恋をしてしまいました」

 

 

「は?」

 





やっと修羅場が書ける! 楽しみッ!

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