東方偏執狂~ブタオの幻想入り~   作:ファンネル

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第十三話 一挙両得

「実は私――ブタオさんに恋をしてしまいました」

「は?」

 

 少し照れているのか、顔を染めてはにかんだ表情で美鈴は言った。

 こいつは何を言っているのか? 聞き捨てならない台詞を吐いた美鈴に対し、フランは唖然とした。

 

「えと……。ごめん美鈴。何を言ってるのか私分かんないや。もう一度言ってくれる?」

 

 とぼけた表情で再発言を求めるフランに対し、美鈴の態度は変わらない。にこやかに余裕のある表情で同じ台詞を言うのだ。

 

「私、ブタオさんの事が好きになってしまいました。てへへッ」

「……」

 

 とぼけていたフランの表情は実ににこやかなものであった。はにかむ美鈴と合わせて、その場は実に和やかな雰囲気に――

 

 なるはずもない。

 

「ごめんね美鈴。私に喧嘩を売ってるんだって気付いてあげられなくて……」

 

 フランの表情は変わらない。実ににこやかな表情をキープしたまま、その手には彼女の持つ最悪の武器『レーヴァテイン』がしっかりと握られていた。

 

「私さぁ、言ったよね? うん確かに言った。おじ様を先に好きになったのは私だよって。横取りはメッだよって。それなのにどういう事? いくらおじ様が魅力的だからってさぁ……。それは無いんじゃないの?」

「私も、妹様の気持ちを知りながら、大変申し訳ないと思っています。でも仕方ないですよね? 好きになってしまったんですし」

「うんうん。オーケーオーケー。仕方ないね。――で、遺言はそれで良いの? 紅魔館の家族のよしみだよ。痛みを感じることなく、一瞬で蒸発させてあげるから」

 

 吸血鬼の特有の膨大な魔力がフランのレーヴァテインに収束しだした。膨大な魔力を無理やり押し込めるように、全神経を掌へと集中させる。しかしその膨大な魔力をたっ た一つの武具のみに集約させる事は出来ず、魔力は解放を求めて外へ外へと溢れだす。フランのレーヴァテインの中に集約された魔力は一刻も早く窮屈な場所から飛び出さんと、ほとばしる様な光を放して解放された。そしてその姿は全てを薙ぎ払う神剣へと姿を変えた。

 

「さぁ美鈴。貴女を消しさる準備が出来たよ。覚悟は良い?」

「いえ、あの……私、まだ死にたくないんですが」

「私だって美鈴の事殺したくないよ? でもさ、仕方ないじゃない。美鈴ってばさちょっと気が抜けてるけど美人だし、気立ても良いし、他人に気を遣えるし。おまけにスタイルも抜群でさ、何よそのオッパイ。何よその脚線美。髪の毛なんてサラサラだし何か良い匂いするし。髪の毛を掻き上げる仕草なんて同じ女の私から見てもドキドキするほど色っぽいし。――うん。やっぱり駄目。美鈴がその気になったら本当におじ様が籠絡されちゃう。女として、たぶん勝てないと思う。だからさ奪われる前に消さなきゃ。私、何かおかしなこと言ってるかな?」

「いいえ。何もおかしな事などありません。好きな男性が奪われるかもしれないときたら、きっと私も気が気でなくなると思います。――しかし、妹様にそのように思われていたなんて、光栄に思います」

「やっぱ気付いてなかったんだ。自分がモテると気付けない無自覚な美人ってさ、ほんとむかつく存在はよね。――あぁ、いけないイケない。おじ様の事がなくても美鈴に殺意が湧いてきた。私の精神衛生を守るためにやっぱ消さなくちゃ……」

 

 フランはレーヴァテインの矛先を美鈴の顔前へと向けた。並みの妖怪では、その魔力の奔流に触れただけで体が引きちぎられるかもしれない。

 しかし美鈴は動じない。目の前に迫る脅威と確実な殺意を持った化物を相手に動じず、ただ静かに口を開いた。

 

「私を殺そうとする前に話を聞いていただけませんか?」

「この期に及んで言い訳? 駄目だよ、美鈴はドロボウ猫。それで十分――」

「――このままだとブタオさんは死にますよ?」

「ッ!?」

 

 美鈴は言葉を発した途端、台風の様な魔力の奔流は徐々に力を無くし静かになっていく。

 

「……どういう事、美鈴」

 

 しかしただ静かになったわけではない。力そのものは静かに、そして弱くはなったものの、その威は決して衰えてはいない。津波が起きる前の海岸の様な不気味な凄みを残したまま、フランは静かに美鈴に尋ねる。

 

「言葉通りです。近いうちにブタオさんは死にます」

「……だからどうしてって聞いてるのよッ! 早く話しなさい!」

「話をする前に、その殺気と魔力を抑えていただけませんか? 先ほどから強がってはいますが、私もその……先ほどから足の震えが止まらなくて落ち着かないんですよ」

「……」

 

 フランは視線を落とし、美鈴の足元を見ると確かに小刻みに震えていた。よく見るとはにかんだ表情は微妙に引きつってもいる。

 そんな美鈴の様子を見てか、フランは殺気とレーヴァテインをしまい込んだ。そして室内のテーブルの椅子を引き、美鈴を手招きした。

 

「座って美鈴。詳しく聞かせて」

「あ、ありがとうございます」

「勘違いしないでね。ひとまず落ち着いて話を聞こうって気になっただけ。私、美鈴の事まだ許してないから」

「話を聞いていただけるなら、後で如何様にでも」

「ふん!」

 

 美鈴はテーブルに付き、フランと対面するかのように座った。フランはじっと美鈴を睨み続ける。つまらない話をしたらただじゃおかないと言わんばかりの不貞腐れた顔である。美鈴はどう話したらいいものかと言葉を選びながら尋ね始めた。

 

「話をする前にですね妹様。妹様に聞いておかなければならない事があります」

「なに?」

「ブタオさんに対する妹様の感情ですが……『違和感』を感じてはいませんか?」

「『違和感』?」

 

 フランは少し頭を捻ったようだが、すぐに鼻で笑った様な表情で美鈴に言った。

 

「それってさ……私のこの恋心が『作られたかもしれない偽物の感情』って事かな?」

「……気付いていらっしゃったのですか?」

 

 意外そうに美鈴は少し驚いた表情を出した。その事にフランは癪に障ったのか、小馬鹿にする様に言った。

 

「当たり前じゃない。いくらブタオが魅力的でも、こんなに早く好きになるなんて普通はおかしいって思うじゃない」

「それが分かっていて……」

「でもさ、それの何が問題なの? この感情が偽物だとしても、私はブタオおじ様が好き。大好き。造られた感情で偽物なんだとしても、私がおじ様を愛していると言うこの気持ちに嘘はない。ここに確かにあるんだよ? おじ様を思うだけで体が切なくなる。でも心はポカポカして温かな気分になる。これを『洗脳だ』って言うんなら私は喜んで虜になるよ。私っておかしい?」

「別におかしくなどありませんよ。私も同じですから」

「……へ?」

 

 美鈴の告白にフランは間抜けな声を上げた。少し狂気を演出した物言いをしたのに、おかしくないとキッパリと言われて気張っていた力が抜けたようだった。もうフランには先ほど見せた殺気は微塵も残っていない。

 

「妹様がご自身の状態を理解されているのなら話は早いですね。――私も同じなんです。気付いたら一目惚れに近い感情を彼に抱いていました」

「美鈴もなの?」

「私の方が妹様よりも遥かに極端ですね。彼と一夜を共にした妹様と違って、私は言葉を交わした事もない、眠っているだけの男性にときめいてしまったのですから」

「それは凄いね。美鈴ってそんなに節操がなかったっけ?」

「これでも純情のつもりですよ? ――本来なら私はこの気持ちを妹様に言う必要などなかったんです。この感情を自身の内に秘め、逢引しながらゆっくりと彼の好感を上げていく事だって出来たんですよ。これでも顔とスタイルには自信があるので、彼を籠絡する方法はいくつもあります」

「……やっぱ殺した方が良かったかも」

「それは勘弁してください。――とにかく私は、妹様を出し抜く事が出来たにも関わらず、妹様にこの秘め事を話しました。妹様の逆鱗に触れ、自分の身を危うくする危険を冒してまで話しました。それは妹様と正々堂々とブタオさんの取り合いをする宣戦布告でもなければ、妹様の気持ちを知りながら恋をした罪悪感から来る告白でもありません。――話さざるをえなかった。彼を守るために……」

「……」

 

 ここでフランは、ブタオが死ぬと言う美鈴の言葉を思い返していた。確かに美鈴がその気になったら自分等太刀打ちできるはずもない。『女』としての魅力が違いすぎる。きっと本当に自分の知らない所でブタオとボーイミーツガールな展開をしていたのかもしれない。

 にもかかわらず話した。自身の秘めた想いを。

 

「本題を言ってよ。どうしてブタオが死ぬの?」

 

 自分の秘め事を話した。その事実が、ブタオが死ぬかもしれないと言う世迷言を真実味のある話に思わせていた。

 美鈴は静かに息を吐いて言った。

 

「出会って間のない男性を好きになる。私たちは明らかに異常に陥っています。その原因は、間違いなくブタオさんが関係しています」

「……そうだね」

「意識的に行う洗脳的な力か。もしくは彼の意志とは無関係に発動する能力か……。恐らくは後者でしょう。ずっと彼の傍に居ましたが怪しげな動きなどは無かった。また彼に対して悪意の様なものは微塵も感じなかった。これは『能力』と言うよりは「『体質』と言うべきか……。常時的に発動している力なんだと私は推測しています」

「……ブタオの力が体質に近い性質である事は分かったよ。それで私達が洗脳やら魅了やらされていると言うのも分かった。――それで、どうしてそれでブタオが死ぬことになるの?」

「彼に魅了されたのは吸血鬼である妹様。そして単なる妖怪の私。この事から単一的な種族を魅了する限定的な力ではありません。もっと幅広い……たぶん種族なんて関係ないんだと思います。特に吸血鬼は、魅了や洗脳と言った力に対する耐性が他の種族と比べて抜きんでて高い。吸血鬼である妹様が魅了されたと言う事は、他の種族ではその魅了に抵抗すら出来ないと言う事に他なりません。――危険極まりない力です」

「……」

「いずれ、咲夜さんもパチュリー様も……。そしてレミリアお嬢様もブタオさんの虜になるでしょう。――そしてあの人達の性格からして、ただ居るだけで無差別に魅了する危険極まりない存在を野放しにするはずもありません。確実に……確実にブタオさんは殺されます。危険因子として」

 

 死ぬと言うよりは殺されると言った方が正確だと美鈴は付け足した。

 美鈴のこれから起きるかもしれない予測に、フランは疑問を口にする。

 

「危険だから殺されるかもしれない。――うん、その可能性はあるかもね。でもさ、それっておかしくない?」

「何がです?」

「私たちの事よ。私たちはブタオおじ様に魅了され、自分達がおかしくなっている事を自覚している。そしておじ様の危険性もきちんと把握している。でも私たちは、おじ様を殺したいなんてこれっぽっちも思ってない。むしろ一緒に居たいと思ってる。この想いが魅了の副産物なんだとしたらさ、魅了された奴がおじ様を殺そうとするのは無理があるんじゃない?」

「それは私たちだからですよ、妹様」

「私たちだから?」

「私たちは、自分たちの気持ちに正直です。魅了されていると知りながら『それでも良い』と思っているどうしようもない存在です。――でもお嬢様達は違う。彼女たちは大義の為に自分たちの気持ちを押し殺すタイプです。例えどれだけブタオさんを愛したとしても、危険な存在ならば己を気持ちを犠牲にしても確実に殺す。そんな人達です。私たちとは違います」

「……」

 

 身に覚えがありすぎて、フランは何の反論も出来なかった。確かにあの姉ならやりかねない。きっと泣きながら、そして謝りながらブタオを殺すのだろう。そんな叙情的な未来が目に見えてくる。

 咲夜もパチュリーはもっと顕著かもしれない。主人であるレミリアが魅了されていると知ったら、例え自分の想い人であっても気持ちを押し殺してブタオを処理するかもしれない。これまた分かりやすい未来予想である。

 反論の余地はない。ブタオは危険。だから殺されるかもしれないと言う美鈴の危惧は十分に理解できる。

 しかし反論はないとはいえ、フランには考えがあった。ブタオの身を守りつつ、自分もブタオとイチャイチャ出来て、なおかつ誰にもブタオを渡さずに済む夢の様な案が。

 

「うん。確かに美鈴の言う事は尤もだね。お姉さま達が違和感に気付いたらきっとブタオを処理しちゃうかもね。――でもさ、あるんだよねぇ。全部解決する方法がさ……」

「……それは?」

 

 美鈴の疑問に、フランは狂気じみた笑顔をしながら言った。

 

「簡単だよ。おじ様をずっとこの紅魔館に囲んでおくの。誰にも会わせないようにしてさ。それでね、次はこの紅魔館に居る連中を全部殺すの。お姉さまも、パチュリーも咲夜も。そして美鈴。貴女も――」

「……」

「いっその事、妖精メイドやボブゴブリン達もみんな始末しましょう。紅魔館に来ようとする人達もみんな殺そう。この紅魔館に私とブタオおじ様の二人だけにする……。どう? これならおじ様は安全だし、誰も魅了しない。私は思う存分イチャイチャ出来るし、一挙両得ってね」

 

 自分の策に自信があるのか、狂気の中に微かなドヤ顔を含ませながらフランは言った。

 そんなフランに対し、美鈴は冷静に両断した。

 

「現実的ではありませんね」

「え?」

「まず紅魔館の者を全て殺すと言ってますが、それ本当に出来るんですか?」

「なに? 私が情に流されて殺せないって踏んでるわけ? それこそあり得るわけ……」

「いいえ。情の云々よりも、実力的な問題でです。本当に勝てるんですか? あのレミリアお嬢様に。あのレミリアお嬢様ですよ?」

「ぅッ……」

 

 美鈴は大切な事なので二度言った。

 

「妹様とお嬢様は実力が伯仲してますから。奇襲が成功すれば可能性としてはあり得ると思いますが……。本気の対決となるとパチュリー様も咲夜さんもきっとお嬢様に付くでしょうね。この二人を相手取った上で、あのレミリアお嬢様ですよ?」

「ぅぅッ……」

「それにいかんせん、妹様は過去に暴れ過ぎました。この紅魔館での妹様への対策は万全ですよ? 数の利も地の利も不利の状態であのレミリアお嬢様に勝つのはちょっと難しいと思いますが……」

「……」

「それにメイド妖精やホブゴブリン等の使用人も殺して二人でいると言うのも現実的ではありませんね。この紅魔館には結構な来客がありますし、全員始末してしまったらさすがに異常だと気付かれます。もっと沢山の人がやってきますね、それを全部一人で始末なさいますか? それにブタオさんは人間ですよ? 誰がブタオさんの世話をします? 誰がブタオさんの食事の用意をします? ブタオさんが怪我や病気に陥ったらどうします? 全部御一人で対処しますか? 言っておきますけど、人間って一部がおかしいだけで、大半は私たち妖怪と比べてとても脆い生き物ですよ? ちょっとした事でもすぐに体調崩すし体壊しますし……。それじゃイチャイチャしている時間なんてないですね」

「ぅぅぅぅッ!!」

 

 先ほどまでの狂気じみたドヤ顔はどこへ行ってしまったのか。フランは半べそを掻きながら美鈴の話に何一つ反論出来ずにいた。

 美鈴は、もっと駄目だしがあったが、ひとまずそれは置いておき、フランに優しく告げた。

 

「しかしですね、妹様……」

「な、なによぉ。これ以上、まだ何か言う気?」

「いいえ。妹様の言った『ブタオさんを紅魔館で囲む』と言った部分についてですが――これはとても良い案だと思います」

「ふぇ?」

「完全に外部から切り離すのは困難ですが、ある程度まではブタオさんの存在を隠し通せます」

「美鈴、さっき自分で言った事、忘れたの? おじ様はここに居たらお姉さま達を魅了して、そして殺されるかもしれないのよ?」

「その通りです。レミリアお嬢様達がブタオさんに魅了されるのは時間の問題です。そしてその違和感の正体にも確実に気付くと思います。――しかし、方法がないわけではありません」

「方法?」

「ブタオさんを生かし、我々の欲望を満たし、さらにお嬢様達からも命を狙われない――みんなが幸せになる方法です」

「ッ!? それってどんなッ!?」

 

 物語の続きをせがむ子供の様な無邪気さを出すフランに対し、美鈴は母性溢れる笑顔で、えげつない事を言った。

 

「レミリアお嬢様達にブタオさん無しでは生きられないと思うほど、彼に惚れさせてしまえばいいんです」

「……は?」

 

 思いもよらぬ外道的な美鈴の発言にフランは首をかしげる。美鈴はそんなフランに分かりやすく説明した。

 

「えっとですね、お嬢様達がブタオさんに惚れても、自分の気持ちを押し殺して処断しようとするならばですね、彼が居なければ生きていけないくらい惚れこませれば、殺そうって気を無くすんじゃないかなぁって思いまして……」

「その外道的な発言にむしろビックリ。自分の主人を売るとか……。美鈴はそれで良いの?」

「それで良いとは? 仲間を売る事についてですか?」

「ちがうよ。あんな奴らどうだって良いわよ。私が言っているのは、ブタオの事が好きになる女が今以上に増えるって事。美鈴良いの? ブタオが他の女に取られるかもしれないんだよ? 私はイヤだよ。私以外の女とブタオが仲良くしているなんて、考えただけで嫉妬に狂いそう。私はもっとブタオと触れ合いたい。もっとブタオに見てもらいたい。ブタオに一番に愛してほしい……。美鈴はそうは思わないの?」

 

 フランの問いに美鈴は暫く沈黙した。

 誰だって一番になりたい。美鈴の提案はそんな当たり前を真っ向から否定するものだからだ。

 暫くの沈黙ののち、美鈴は言った。

 

「……私も思わないわけではありません。私だってあの人が好き……。まだ名前しか知ってもらってない。もっともっと私を知ってほしい。もっと彼に見てもらいたい。そう思ってます。――しかし私は、自分の気持ちよりも、あの人の身の方が大切だと思っています」

 

 それは美鈴の正直な気持ちであった。

 

「妹様。妹様の気持ちはよく分かります。好きな人に一番に想って欲しい。そう思うのは当たり前な事なんだと思います。でもその気持ちは、好きな人が居る事が前提で……愛する人を失っては何の意味も無くなると思います」

「……」

 

 自分の気持ちよりもブタオの身を心配する美鈴に、フランは何も言えなかった。それは自分の欲望を優先した事に対する羞恥からではない。何も言えなかったのは、美鈴の『本題』について察したからだ。美鈴の目的をなんとなく把握したからだ。

そして少し不満げな顔で尋ねる。

 

「――美鈴。貴女は私に何をしてほしいの? 何をすればいいの?」

 

 と。

 

「妹様?」

「私だって馬鹿じゃないよ。ブタオが危ないからって私に秘め事を告白する理由にならないもん。美鈴は私に何かさせたいんでしょ? だからこうして私に話をしに来た。違う?」

「――ッ」

 

 美鈴はほんの一瞬だけ驚きの表情を見せ、その後すぐににこやかな笑顔に戻った。

 

「妹様。妹様はやはり聡明な方だ。――その通りです。私は妹様にやってほしい事があるのです。その一つが『妥協』です」

「『妥協』?」

「何せ私の案は、ブタオさんが複数の女性に愛される事となってしまいますから。一々嫉妬していたらキリがありません。『レミリア様達がブタオさんを愛してしまうのは仕方がない。』そう妥協して頂きたいのです」

「妥協ねぇ……。本当はしたくないけどさ、おじ様の能力なんでしょ? それじゃ仕方ないかな……。うん。分かった妥協する。お姉さま達がおじ様が好きになっても我慢する。鏖にするって案もさっき駄目だし喰らったばかりだし」

「ありがとうございます! 妹様」

「でもねッ美鈴。――お姉さま達だけだよ? それ以上増えるなんて絶対に許さないからね?」

「無論です。ブタオさんには私たちが居れば良い。それ以上は必要ありません。彼を愛するのは我々紅魔館の者だけで良いんです。ふふ……」

 

 思いのほかフランが聡明だったのか、美鈴は話をするのが楽しくなってきた。感情をさらけ出しながら話す会話がこんなに楽しいものとは、縦社会の組織内では決して味わえない悦びである。

 

「妹様にしてほしい事がもう一つあります。――私と手を組んでいただけませんか?」

「手を組む? 美鈴と?」

「はい。この策では、お嬢様達に、『自分達が洗脳されているかもしれない』と言う疑心を持たせずにブタオさんに惚れさせる必要がありますから。疑心を持たせてしまっては危険度がぐっと上がってしまいます。それを防ぐために、情報の共有と対策を妹様と一緒にやっていきたいんですよ」

 

 手を組むと言う美鈴の提案に、フランはどこか悪い事をしてドキドキと興奮している童子の様な心境に陥っていた。善い事にしろ悪い事にしろ、秘め事の共有と言うのはどうしてこんなにも胸をときめかせるものなのか。

 実に悪意に満ちた笑顔で美鈴の提案に乗っかった。

 

「良いよ美鈴。手を組んであげる。ブタオおじ様の為だもんね。仕方ないね。ふふ」

「妹様……。ありがとうございます」

「でも手を組むのも、おじ様の身が安全になるまでの間だよ? 殺される心配が無くなったら、私はおじ様に猛アタックするから。おじ様の一番は絶対に渡さないんだからね」

「結構ですよ。私は順位なんて興味ありませんから。それに熱狂的で肉体的な恋もよりも、静かで叙情的でロマンチズムな恋愛の方に魅力を感じるタイプなんですよ私は」

「あらやだ、美鈴ったらお子様ね。実際に触れ合った方が気持ち良いに決まってるじゃない。肉体的な快楽に勝るものはないと思うけど?」

「あはは。猿の様にまぐわうだけが愛ではありませんよ? 心が通じ合った時の幸福感。言葉を交わすことなく互いに静かに求め合い……って、大人の恋愛を妹様に語ったところで理解なんて出来ませんよね」

「うふふ。良い性格してるわね美鈴。なんだか凄く貴女を壊したくなってきちゃった」

「ふふ。それは勘弁してください。私の恋はこれから始まるのですから……」

「うふふ……」

「ふはは……」

 

 いつの間にか、二人は笑っていた。静かに。しかし愉快そうに……。

 

「ブタオおじ様を愛する女が増えるのは癪だけど、見方を変えればとても面白そうよね。あのカリスマ(笑)なお姉さまがどんな風におじ様に恋をするんだろう? 想像がつかないわ? く……くひひ……」

「それを言ったら、パチュリー様と咲夜さんもですよ。ふふ。本以外に何の興味も無い紫モヤシと鉄面皮なメイド長がどんな風に恋をするのか……。興味が絶えません。ふふ……ふははは……」

 

 この先どうなるのだろうと、彼女たちは愉悦を感じていた。

 蝋燭の灯だけが照らす薄暗い部屋で、少女二人の声だけが木霊している。

 

 

 




修羅場を書くと言ったな……。あれは嘘だ。
二人は仲良く手を組みました。やっぱ平和が一番ですよね(ゲス顔)

とても楽しく書いてて、気づいたら一万文字超えてました。
たぶん一番話の長い回です。

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