東方偏執狂~ブタオの幻想入り~   作:ファンネル

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第十五話 採用

 紅魔館の玉座の間。

 レミリアが、自分の権威を誇示したく造らせた大広間である。

 大きな間取りの最奥中央に玉座があるだけのシンプルな造りではあるが、玉座は通常階段を備えた少し高い位置にされており、謁見者を見下ろす様な形になっている。

 なるほど、確かに謁見者からすれば、玉座は見上げる形となり、『権威』と言う概念を言葉に出来ぬとも実感できるのだろう。

 

 レミリアは、玉座に座している。そして傍らには、咲夜を初めとした忠臣たち。

 彼女達の前に、一人の男が跪き頭を垂れている。どうかしなくともブタオである。

 

「……」

「……」

 

 ブタオの姿勢は、それはもう見事なまでの美しい土下座であった。

 彼女たちはそんなブタオを見下ろしている。

 その様子は、さながら『魔女裁判』や『遠山の金さん』を彷彿させる光景であるが、その場の全員が毅然とした態度を取っているわけではない。

 

 レミリアは、顔を真っ赤にしながら、冷静さを取り戻そうと落ち着きがなく。

 咲夜は、顔が真っ青になっており、大量の冷や汗で顔を濡らしている。

 無表情なのはパチュリーだけ。美鈴は笑いを堪えているのか目を逸らしながら肩を震わせているし、フランに至ってはもはや隠そうともせず、腹を抱えながら爆笑していた。

 

 三者三様がそれぞれに別々の感情を露わにし、その場は何ともカオスになっている。

 

「そ、その……いい加減、顔を上げてもらえないかしら?」

 

 レミリアは躊躇いながら、ブタオに即した。しかしブタオは、頭を地べたに付けながらブンブンと首を横に振った。何とも器用な男である。

 

「合わす顔がないとはこの事ッ! 助けて頂いた身でありながら、とんだ不逞を行い――」

「いいからッ! 頭上げろって言ってんのよッ!」

「ぶひッ!?」

 

 レミリアに怒鳴られ、反射的に顔を上げるブタオ。

 眼前には、顔をトマトの様に真っ赤に染め、少し涙目になっている少女。ブタオの胸中は、自分は何と言う不逞を行ったのか、と言う罪悪感と同時に、少女の美しい裸体の映像が鮮明に映し出されていた。

 端正な容姿にカモシカの様な四肢。その美しさはギリシャの彫刻を彷彿させるものであり――。

 いつの間にかブタオは、にへら顔で鼻血を出していた。

 そんなブタオを見て、レミリアは――

 

「わああぁぁッ! なによその鼻血ッ! 今、何を想像したッ言え!」

 

 ブタオを胸倉を掴んでいた。

 

「ぶひいいぃッ! すまんでござる! すまんでござるぅ!」

「やっぱ私の裸を想像してたなあぁッ!」

「おおおお落ち着きくださいッお嬢様! 彼は何も悪くありません!」

 

 咲夜が慌ててレミリアを制した。

 咲夜の言うとおり、今回の件はブタオには何の咎めも無い。と言うよりも、完全な被害者である。

 

「忘れなさいッ! 私も犬に噛まれたと思って忘れるからッ!」

「ぶひいぃッ! わ、分かったでござる! 分かったでござるよぉ!」

 

 結局のところ、誰が悪いかと言えば、レミリアが悪い。

 レミリアは、誰が使用しているのかを確認するべきであった。住み慣れた紅魔館で、わざわざ『使用中』なんて立て札がある時点で、少しは不審に思うべきであったのだ。

 ブタオには、何の罪も無い。咲夜もそれが分かっているから、ブタオの弁護に回っている。

 レミリアも分かってはいるのだろうが、乙女の肌を見られたという恥ずかしさから、とにかくブタオに当たらなければ気が済まなかった。

 レミリアは、ブタオの胸倉を放し、荒い息を整えながら玉座へと戻った。そしてブタオを見下しながら言い放つ。

 

「自己紹介が済んでなかったわね。私がこの紅魔館の主、レミリア・スカーレットよッ!」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 ふんぞり返りながら、威厳を込めての自己紹介だったのだろうが、あんな醜態を見せた後では、さすがに遅すぎである。

 ブタオも、どう反応して良いか分からず、ただ茫然とするしかなかった。

 他の者たちも同じようで、ただ茫然としており、フランに至っては、指をさしながら高笑いする始末である。

 そんな様子を見た、レミリアが再び癇癪を起こすのは当たり前の事であった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 夕食時となり、ブタオはレミリアに食事に誘われていた。

 場所は、紅魔館の食堂ではなく、レミリアの私室である。ブタオとレミリアはテーブルで向い合って座っている。

 お互いの初の顔合わせが、あんな無様なものであっただけに、落ち着いて話しなど出来るはずもなかったが、ようやくお互いに冷静になれたのか、今度は随分と落ち着いた雰囲気で対面している。

 

「まずは、私の妹を助けてくれた事について感謝を。そして妹の無礼について、謝罪の言葉を述べさせてもらうわ」

「ぶひ……、そんな、吾輩は何も……。それに無礼だなんて」

 

 ブタオからすれば、フランとの会合は心躍る楽しい一時であったに違いないが、そんな心情は、サトリ妖怪で無い限り解する事など出来やしない。客観的に見れば、助けてくれた恩人を吸血して貧血を起こさせ、有無も言わさず紅魔館まで連れてこられたのだから。家族が迷惑をかけたとのレミリアの対応はごく普通のものである。

 

「今夜は、貴方への礼もかねて、ささやかながら食事を用意させるわ。個人的にも、貴方の話を聞きたいし……。今夜は付きあってちょうだい」

 

 何かサインがあったわけでもなく、レミリアの傍らに佇んでいた咲夜は、二人の前に置かれているグラスに酒を注ぎ始める。

 透明な発泡性のある飲み物であった。

 

「これは……?」

「シェリー酒。代表的な食前酒よ。貴方はいける口かしら?」

「アルコールは平気でござる。しかし……何とも、高そうな雰囲気でござるな。こんな形式ばった食事は初めてでござる」

「別にマナーを気にする事はないわ。この宴は、貴方への礼なのだから。遠慮なく食べてちょうだい」

「そう言ってもらえると助かるでござる」

 

 ブタオとレミリアの宴は、最初こそ静かに始まったものだが、酒の力もあってか、徐々に盛り上がりを見せてきた。

 レミリアとの会話は、ブタオにとっては驚きの連続であった。

 レミリア達が幻想郷へとやってきた時の話。

 赤い霧を出して、博麗の巫女たちと弾幕勝負をした時の話。

 従者である咲夜が解決してきた異変など。

 元々ライトノベルの様な、異世界の冒険譚や立身出世の物語が大好物であったブタオにとっては、そのどれもがおとぎ話に出てくるような冒険譚のようであり、年甲斐もなく子供の様に興奮していた。

 そこには、おべっかを使う様な下心などはなく、本心からブタオはレミリア達を尊敬し憧れた。

 そんなブタオを見てか、レミリアの方でも段々と話すのが、楽しくなっていた様で、会話に熱が入ってきた。

 元々レミリアは、傲慢で尊大な吸血鬼である。ブタオの下心のない、本心からの尊敬のまなざしは、彼女にとってとても気持ちの良いものであったに違いない。

 

「――とまぁこんな感じで、うちの咲夜がその異変を解決したってわけ」

「なんと……。本当に凄いでござる! 幻想郷とは、真に魑魅魍魎の跋扈する世界なのでござるな! レミリア殿も咲夜殿も、本当に凄いでござる!」

「むふふふぅ。そうよ私たちは凄いんだから」

 

 何と心地よい賛美の言葉なのだろう。

 こんな気持ちになったのはいつ以来か。話すのが楽しい。酒が入っているせいもあるのだろう。しかし、目の前の子供の様な尊敬のまなざしに、レミリアの胸中に、言い様のない悦びが満ちてゆく。

 

 レミリアは、誇り高き吸血鬼である。

 

 絶対の支配者。圧倒的強者。紅魔館の中で、彼女を尊敬しない者はいない。皆が、彼女に忠誠を尽くしている。

 しかし、それは吸血鬼と言う絶対の存在へ怖れから来る畏敬の念である。

 時折、思う事がある。

 皆は、レミリアと言う一人の妖怪を尊敬しているのか。それとも吸血鬼と言う立場を尊敬しているのか。

 と言う疑問。

 もしも、自分が吸血鬼でなかったら。度々レミリアは思う。

 もしも、自分が吸血鬼でなかったら、どれだけの者が付いてきてくれたのだろうか?

 皆は、吸血鬼と言う立場を敬っているのであって、レミリア個人を敬っているわけではないのだろうか?

 詮無き事ではあるが、思わずにはいられないレミリアだけの悩み。

 誰にも相談した事のない、彼女だけの悩みである。

 

 対し、目の前の男はどうだ?

 

 『吸血鬼』と言う存在そのものに対する尊敬は勿論あるだろう。

 しかし、それと同じくらいにレミリア個人に対する尊敬も、分かりやすいほど見てとれる。

 ブタオの態度は、『自分は本当に尊敬されているのだろうか?』と誰にも打ち明けた事のないレミリアの悩みを払拭するものであり、彼女がブタオとの会話に愉悦を感じる事は当たり前の事であった。

 

「――ねぇ貴方。幻想郷へ来てからまだ日が浅いわよね。こちらでの生活基盤は、もう手にしたのかしら?」

「それは……」

 

 何とも答えにくい質問にブタオはたじろいだ。

 生活そのものに困ってはいないが、現状は慧音のヒモの様なものである。しかもその事に後ろめたさを感じており、これからの事を考えれば生活基盤なんてないに等しい。

 困った表情をしたブタオを見てか、レミリアは、ブタオが幻想郷に来て間も無いことから、まだ自活が出来ていないと踏んだのだろう。

 優しげに頬笑みながらある提案をしたのだった。

 

「ねぇ。もし働く場所がないのなら、うちに……紅魔館に来ない?」

「ぶひ?」

「私の妹が、貴方の事を随分と気に入ったみたいでね。それに使用人の数も増やそうと思っていたの。住み込みになるけど、うちの使用人になってみない?」

 

 レミリアの話は、これからを悩んでいたブタオにとっては願ったり叶ったりの話であった。

 これで慧音に負担をかける事がなくなる。そして今までの恩も返す事が出来る。

 

「ほ、本当でござるか!? 本当に吾輩を……ッ」

「ええ。で、どうなの?」

「嬉しいでござる! この身、粉骨砕身して紅魔館に尽くすでござるッ! よろしくお願いしますでござるッ!」

「ええ。よろしくね」

 

 微笑を浮かべながら、レミリアはブタオに握手を求めた。ブタオは感激しながらその手を握った事は言うまでも無い。

 そしてその脇で、咲夜は何とも微妙な表情をしながら二人の光景を見ていた。

 

 

 




ブタオさんは、紅魔館の使用人になりました。

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