東方偏執狂~ブタオの幻想入り~   作:ファンネル

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第十六話 教育レベル

 

 レミリアとブタオの会食が終わり、ブタオは用意された自室に戻っていった。現在、この部屋に居るのは、レミリアと咲夜の二人だけである。

 咲夜は、いそいそと食器を片づけており、レミリアはその脇で余った酒を楽しんでいる。

 終始、二人の間に会話は無かったが、咲夜が食器をまとめ終わり部屋から出て行こうとしたその時であった。

 

「咲夜。随分と不機嫌そうじゃない?」

「……いえ、そんな事は」

「今、私はとても気分が良いんだ。言いたい事があれば言っても良いのよ?」

 

 咲夜は暫く思案したのち、口を開いた。

 

「では言わせていただきますが、彼を使用人として雇おうとはどういう事でしょうか?」

「あら? 嬉しくないの? 貴方だって、使用人の数を増やしたいって言ってたじゃない」

 

 咲夜の冷淡な言葉に意を介さず、レミリアは上機嫌な表情を崩さない。

 そう言う事ではない。

 そう思ったが、咲夜は口には出さなかった。

 確かに、自分以外の使用人は欲しいとは思っていた。妖精メイドは数こそいれど、正直に言って役に立たない。紅魔館内の雑務はほぼ一人でこなしていると言っても良い。

 しかし、なんで彼なのか?

 フランを誘惑もとい洗脳したかもしれない危険人物を手元に置こうなんてどうかしている。

 

 と、思っていても咲夜は口に出さない。

 レミリアは退屈だと言っていた。ブタオに、何かしらの楽しみを見出したからこそのあの提案だったのだろう。

 主であるレミリアがそう決めたら、使用人である自分が口をはさめる訳もない。

 それに信用が無いわけではない。

 例え、彼が洗脳に近い能力を有していたとしても、たかが人間の能力である。吸血鬼であるレミリアに効果があるとも思えない。気まぐれの多いフランは違うのだと。

 

 故に、彼女はこう言った。

 

「確かに使用人は欲しいです。しかし、あの方に紅魔館の使用人が務まるとは思えませんわ。あのだらしのないお腹。きっとまともな労働もしてこなかったごく潰しに違いありません」

「あははははッ」

 

 危険な人物だからではない。きっと役に立ちそうにないから、使用人には相応しくないと咲夜は言葉を変える。

 そんな咲夜の言葉に、レミリアは上機嫌に大笑いした。

 

「うふふ。確かにアレは働いている男の体じゃないわね」

「笑いごとではありませんわ。役に立ちそうにない人を雇っても、負担が増えるだけなのですが……」

「まぁそう言わない。何事にも『初めて』はある。暫くは、貴方の部下として育ててみたら? 外の世界の教育レベルはとても高いそうだし、もしかしたら使い物になるかもしれないわよ」

「……」

 

 これは、何を言っても無理だなと諦める咲夜であった。

 

「分かりました。しかし、使用人として働かせる以上は、彼の人事に関する権限は全て私が担います。よろしいですね?」

「当然ね。使用人の長は咲夜なんだし。本当に使えなかったら、その辺りは任せるわ」

 

 危険な人物なのかもしれないと言う懸念はひとまず置いておいて、もしも使い物にならなかったらさっさと出て行ってもらおう。

 そう思う咲夜であった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 翌日。鳥の鳴き声を目覚まし代わりにブタオは目を覚ました。

 不思議な気分だと思った。

 軽い緊張の中に微かな興奮が混じっている。まるで小学校を卒業し、中学へ入学する時の様な緊張と未来への不安。子供だけが感じる事の出来る、何ともいえぬ感情。もう三十半ばの自分にもこんな情熱が残っていようとは思わなかった。

 

 ブタオは、クローゼットを開けて中に入っている執事服に目を通す。

 

「ぶひひ。執事……。吾輩が執事でござるかぁ~。あんなにも可愛いご主人様の下で執事。ぶひひひ。まるでラノベみたいでござるッ!」

 

 昨夜の話である。

 就寝前のブタオの部屋に咲夜が訪れ、執事服を渡しに来たのである。

 その執事服は10Lはありそうな大きな布地で作られており、ブタオの体型にぴったりだった。

 その時に咲夜は言った。

 

『早速ですが、ブタオさん。貴方には明日からこの紅魔館の使用人として働いて貰います。一応の立場はフランドール様の付き人と言う形になりますが、いきなり仕事を与えることはできません。しばらくの間は私の下で研修してもらいます。――この服は、貴方の作業服になります。明日の朝、この服を着て食堂に来てください』

 

 と。

 この紅魔館に、ブタオの体型に合う執事服があった事は少し不思議に思ったが、そんなのは今のブタオにとっては些細な事であった。

 働く。

 今まで労働と言う労働をしてこなかった、生粋のニートだった自分が働く。しかもスカウトに近い誘われ方で。

 期待と興奮。そこに小さな不安を胸に、ブタオは用意された執事服に袖を通し、いざ食堂へと向かう。

 紅魔館の長い廊下を歩むと、ある人物とすれ違った。フランドールである。

 

「あッ。おはよう! おじ様!」

「おはようでござる! フラン殿、朝が早いのでござるな」

「うひひ。聞いたよ。おじ様、この紅魔館で働くんだってね。嬉しいな。私、おじ様の事好きだから」

「フラン殿のおかげでござる。しばらくは咲夜殿の下で研修と言う事になるでござるが、粉骨砕身してこの紅魔館に尽くすでござるよ!」

「うん。頑張ってねおじ様。“色々と”」

 

 何か含みのある発言だったが、ブタオは特に何も思わない。素直にフランの激励を嬉しく思うのであった。

 

 フランと別れ、ブタオは咲夜との待ち合わせ場所である食堂へと向かった。そこには既に咲夜が佇んでいる。

 

「おはようでござる! 咲夜殿!」

「あら、おはよう。時間前に来るなんて、その辺りは心得ている様ね」

 

 集合時間の10分前には現れる。働く者として当然の常識である。

 

「それじゃ、早速始めましょうか。まずは朝の仕事から――」

 

 咲夜が先に仕事をして、ブタオがそれに習い反復する。

 百聞は一見に如かず。百見は一触にしかず。何でもかんでも、見たり聞いたりするよりは、。実際にやってみるのが一番早く覚える。

 朝の使用人たちの食事の仕込みに、部屋の清掃。そしてベッドメイキング。シーツの交換からクリーニングに至るまで、この一日で咲夜はあらかた見せた。

 そして、二日目に――

 

「それじゃ、昨日私がやった様にしてみなさい。私は貴方の後ろで監修してますから。出来なかったら見込み無しと言う事で、クビね」

「ぶひッ!?」

 

 と、全部ブタオに丸投げした。

 中々の鬼畜である。現代でも普通は数ヶ月間の研修期間を置くと言うのに。

 尤も、咲夜は分かっていてやっている。分かってて難題を吹っ掛けてくる。

 

 咲夜としては、ブタオを辞めさせたい。

 と言うより――

 

 これ以上、“吸血鬼であるあの二人に近づけさせたくない”。

 

 それが彼女の本心であった。

 

 吸血鬼

 

 誇り高い種族。絶対の支配者。そんな存在が、自分と同じ人間に恋をする。――あってはならない。絶対の存在が下卑た人間に恋心を抱くなんて、絶対にあってはならない。

 咲夜は、歯噛みしながら思いだす。ブタオとレミリアの食事会を。

 あんな笑顔のお嬢様は久しく見ない。

 フランに至ってもそれは同じだ。

 なぜ、自分で無いのか――。なぜ彼女達を笑顔にしたのが自分で無いのか。

 咲夜は、苛立っていた。何とも言えぬムカムカとした気分になる。レミリアやフランと楽しげに話しているブタオをみると心が落ち着かず、ムカムカとしてくるのだ。

 

(ああ。本当にムカムカするわね。お嬢様達とあんなに楽しそうに話して……。あんなブタみたいな男の何が良いのかしら。お嬢様達の気紛れにも困ったものね……)

 

 そんな事を思っても詮無き事である。

 ブタオの無能な仕事っぷりを見れば、レミリア達も目を覚ますだろう。そして幻滅するに違いない。そしたら、後は好きにすればいい。レミリア達の目に触れさせないよう、どこか遠くにでも送ってしまえば良い。

 そんな事を考えていた。

 

 ――しかし、どうした事か。

 

「出来たでござる、咲夜殿ッ! どうでござるか!? 吾輩頑張ったでござる!」

「へ……?」

 

 無能と決めつけていたブタオの仕事ぶり。

 その結果は、まったくの別物であった。

 テーブルや窓の様な見える場所だけではない。カーペットは、色落ちしないように軽く拭き、銀製の取っ手や金属類はダスターを使用して磨き、銅像は真鍮ブラシを使用して、水気をきちんと取ってピカピカに仕上げている。

 咲夜のやった仕事を忠実に再現していた。完全とは言えぬまでも、充分に合格点を与えられる仕事であった。

 自分の仕事ぶりが、どれだけの評価かドギマギしているブタオの心情とは裏腹に、咲夜の心情はこんな感じであった。

 

(ファーッ うっそぉおぉ!? な、なんで!? 明らかに仕事した事も無い様なごく潰しにしか見えないのにッ!?)

 

 咲夜は舐めていた。舐めすぎていた。そして知らなすぎた。

 

 ブタオをではない。現代日本の教育レベルの高さを、だ。

 

 9年間の義務教育。識字、計算、歴史、道徳、外国語にコミュニケーション能力。あらゆる分野をあらゆる社会で生きていく為に行われる、現代日本の教育レベル。

 現代世界に置いてもトップクラスの教育レベルを誇る日本で育ったブタオの基本能力。それは、明治時代程度の制度で止まったままの幻想郷と比べられる訳も無く。高校を中退したとはいえ、幻想郷程度の教育レベルでは、到底成しえない教養をブタオは持っていたのである。

 おまけにブタオは、異世界召喚系のライトノベルの愛読者である。知識の中では、使用人の仕事と言うのがどういうものなのかを既に理解していた。

 尤も幻想郷育ちの彼女にしてみれば、そんな事知る由も無いわけだが。

 

「咲夜殿? ど、どうしたのでござる? もしかして、吾輩の手順に間違いが……」

「い、いいえ。よく出来てたと思うわ。次もよろしく……ね」

「はいッ! でござるッ!」

 

 こんなはずでは――。

 そう思う咲夜であった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 紅魔館の正門に彼女は佇んでいる。紅魔館の門番、紅美鈴である。

 門の壁に背を預けながら、彼女は静かに目を閉じていた。

 紅魔館の住民やここに良く訪れる者にとっては見慣れた光景であろう。

 

 また、仕事中に居眠りなんかして――。

 

 きっとそう思うのだろう。

 しかし、彼女は眠ってはいなかった。目を閉じて入るが、意識ははっきりしており、その意識は紅魔館内へと向けられていた。

 

「意外だなぁ。ブタオさんって、仕事のできる人だったんだ。ますます好きになったかも……」

 

 彼女は、紅魔館内からの音を正確に拾い上げ、何をしているのかを把握していた。ただの妖怪とは言え、人間とは一線を画す聴覚である。

 そんな中、紅魔館から門に近付いてくる足音が一人分。軽快な足取りで近付いてくる。

 

「やっほう美鈴。ちゃんと仕事してる?」

「――妹様。どうしたのですか?」

「暇だからさ。遊びに来ちゃった。さすがにブタオの邪魔になりたくないし」

 

 フランであった。太陽の出てる真昼間に、日傘をさしながら美鈴へと近づく。

 美鈴も、歓迎するかのようにフランに手を振る。

 フランにしてみれば、単なる暇つぶしに美鈴の元へと訪れたのだろう。さすがにブタオが一生懸命に働いている所を邪魔するほど空気を読めなくはない。

 

 二人は軽い談笑を交わしていた。

 尤も、話しの内容が談笑という温かなイメージを持つかどうかは分からないが……。

 

「やっぱ、お姉さまはチョロいわね。自覚はまだないんだろうけど、アレは既にブタオに惹かれてる。美鈴にも見せたかったなぁ。あの女、ブタオと一緒に食事してた時の表情……。うふふ。卑しいメス豚」

「あはは。まぁ予想の範疇ですね。お嬢様は、自分が本当に周りから尊敬されているのか、気にしてたみたいですし……」

「え? そうなの? 初耳なんだけど……」

「直接本人から聞いたわけではありませんが、私もお嬢様との付き合いは結構長いですから。あの方が何を思っているのかは、なんとなく把握出来ます。――嬉しかったでしょうね、お嬢様。ブタオさんの裏表のない羨望の言葉とまなざしを受けて……。そりゃ好感度ダダ上がりってやつです」

「あははッ。くっだらない。お姉さまそんな事で悩んでたんだッ。あははは」

「ふふ。レミリアお嬢様はもう時間の問題ですね。ただ気になる事が一つだけ」

「なに?」

「お嬢さまは、妹様とブタオさんの仲を応援しているそうなんですよ。惹かれてると自覚を持っても、妹様に気を遣って自分の気持ちを押し殺そうとするんじゃないかなぁって」

「ああ。なるほどねぇ。――うん。大丈夫だよ。その辺りは私が何とかするからさ」

「そうですか?」

「まぁ任せてよ。うふふふ」

 

 自分の姉を陥れようとするフランの笑顔が本当に楽しそうだったからか、美鈴もどこかほのぼのとした気分になっていた。

 

「――ところでさ美鈴。お姉さまは、もう堕ちること確定だけどさ……。咲夜とパチュリーはどうするの?」

「――と言うと?」

「パチュリーはブタオに不信感を抱いてるしさ、咲夜に至っては……嫌ってるのかなぁ? あんなに強く当たってさ」

 

 ブタオの能力は人間には通用しないのか?

 フランは、そんな仮説を頭の中で組み立てていたようだが、美鈴はフランに笑顔で答えた。

 

「心配いりませんよ妹様」

「美鈴?」

 

「――賭けても良いです。次に堕ちるのは、咲夜さんです」

 

 

 





 次のターゲットは咲夜さん!

※ブタオさんの執事服(サイズ10L)は、咲夜さんが夜なべして作ってくれました。

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