東方偏執狂~ブタオの幻想入り~   作:ファンネル

18 / 32
第十八話 もう誰もいない

 

 

 

 時が止まった世界では、咲夜のみが動く事が許される。

 人やモノは勿論、中に浮かぶ塵から空気の流れ、そして光の速度さえも、彼女の力の前には決して動く事は叶わない。

 

 そんな世界で、ブタオは何ともブサイクな顔で、レミリアと笑い合っている。

 

 とてもブサイクで――。

 とても幸福そうに。

 

 そんなブタオの顔がとても鼻につく。

 

「ブサイク……。ああ、ほんとにブサイク」

 

 咲夜は、ブタオの頬をつねり始めた。

 元々ブサイクなブタオの顔が余計にブサイクになっていく。

 しばらくの間、咲夜はブタオの頬をプ二プ二と弄んでいた。

 

 プ二プ二プ二プ二と……

 

「彼は、ブサイク……。間違いなく。なのにどうして……?」

 

 咲夜は人間である。人間の価値観から、ブタオは決して整った容姿をしていない。嫌悪すら感じる酷い容姿。

 

 しかし、なぜだ――?

 

 どうしてこんなにも、目の前の男を愛おしく思うのか?

 

 咲夜は自問する。

 レミリア気まぐれで使用人になった男。

 初めのうちは、フランドールを洗脳したのではないかと、疑いをかけていた。

 だが、実際に話してみると、とても小心な男で――。変なところで純粋で、甘ったれのごく潰しかと思えば、教えられた事を良く覚えて――。

 

 少なくとも悪人ではない。

 

 そう、ブタオは悪人ではない。

 

 だから、この感情は決して――。

 

 決して『洗脳』されているわけではない。

 

 虚空の世界で咲夜は呟く。

 

「彼は悪人じゃない。人を操ったり洗脳したり出来る人じゃない。だからこの気持ちは決して洗脳なんかじゃない。私は彼に洗脳なんてされてないッ! だからッ――」

 

 この気持ちは、『偽物』なんかじゃない。

 

 咲夜は、ブタオの顔を包み込むように抱き締めた。

 

 時間が止まっている空間で、『匂い』なんてモノが感じられるかどうかは分からないが、確かに咲夜は感じ取る事が出来た。

 ブタオの匂いを。ブタオの体温を。

 

 心臓が破裂するんじゃないかと思うほど、鼓動が激しく脈打つ。

 

 破廉恥な事この上ない。自分は何をしているのか?

 時間を止めて、男性の体に抱きつくなんて――。

 

 羞恥心から、咲夜はトマトの様に顔を真っ赤に染める。

 しかし、気恥ずかしいと思いつつも、不思議な心地よさと快楽があり、決して悪いものではない。むしろとても気持ちが良くて――。

 

 ブタオの表情は変わらない。子供の様な笑顔のままで止まっている。時間が止まっているのだから当たり前なのだが……。

 しかし、咲夜は八つ当たりせずにはいられなかった。

 

「私がこんな気持ちになってるのに、この人は……」

 

 完全な八つ当たりである。

 

 ブタオが許せない。

 

 自分をこんなにも惑わせるわ、レミリアと楽しそうにお茶をしているわ。

 そして、その笑顔を向けている相手が自分でないわ――。

 

 子供の様に純粋な笑顔。見ている分にはとても心地よいものがあるが、それが自分に向けられたモノでないと思うと腹が立つ。

 

「これは、お仕置きが必要ね……。貴方は私の部下。貴方の決定権は全て私が握ってるんだから……。お嬢様にもそう言われたんだし、貴方は私のモノなのよ」

 

 そう言って、咲夜はブタオの服を剥ぎだした。

 ツルツルのでっぷりと肥え太ったブタオの裸体。

 咲夜は、血圧が急激に上がる様な感覚に襲われた。鼻血が出そうになる。

 

「はぁッはぁッ……。す、凄いお腹――。それに匂いももっと強烈になって……」

 

 ブタオの裸体を前に、ごくりと生唾を飲み込む。

 このまま犯してしまおうかとも思ったが、時間が止まってるからブタオの『息子』も起きていない。『こういう時』は、女は不便だと思う。

 

 咲夜は、ナイフを一本懐から取り出す。

 

「はぁはぁッ……。これは、お仕置き……。そう、貴方は私のモノなのに、他の女に媚びたお仕置きなの。貴方が誰のモノなのか、その身に教えてあげなきゃ……」

 

 そう言って、ナイフを一線――ブタオを腹部に切り込ませる。

 

 しかし、切った部分からは、一切の血が流れ出てこない。

 

 切ったのは皮。とても薄い皮膜に近いもの。

 しかし、その部分は不自然に薄いピンク色に変色している。

 

 恐ろしい技巧である。

 

 咲夜の斬撃は一回では済まない。縦横無尽に、ブタオの体から薄皮を剥いでいく。

 

「うふふ。これで良いわ。これで貴方が誰のモノなのかはっきりする……うふふふ――」

 

 咲夜の切り刻んだ部分。

 

 そこには、薄いピンク色で『咲夜』の文字が――。ブタオの腹部に、薄く刻まれた。

 

 満足したのか、咲夜はほっこりと落ち着いた表情になり、ブタオに衣服を着せはじめた。

 

「ふふ。貴方は私のもの。その名前が消えたら、また付けてあげるからね……」

 

 そう言って、ブタオの頬に軽いキスをした。

 

 全てが元通りになった時、咲夜の止まった世界は動き出す。

 

「――レミリア殿は真に……ぶひぃッ!? さ、咲夜殿? いつの間に……」

「あら咲夜。もう帰ってきたの?」

 

 ブタオは異変に気付かない。レミリアも――。

 この部屋で起きた事は咲夜だけが知っている。

 

「美鈴と妹様が人里へ行きたいと申しておりましたので、二人に変わっていただいたのですわ」

「あらそうなの?」

「はい。それで、楽しそうなところ大変申し訳ないのですが、彼をお借りしてもよろしいですか? 夕食の仕込みを手伝ってもらおうと思いまして」

 

 不満げにしぶるレミリアではあるが、仕事ならば仕方がないと潔く折れる。

 ブタオも名残惜しいが、仕事ならば仕方がないと切り替えた。

 

「それじゃブタオ。この話はまた今度してあげるから」

「ぶひ。楽しみにしてるでござる」

 

 そう言って、レミリアと別れ、彼女の姿が見えなくなるまでブタオは、にへらと弛んだ顔をしながら手を振り続ける。

 そんな、緩み切った顔に活を入れるかのように、咲夜はブタオのケツをつねった。

 

「ぶ、ぶひッ!? い、痛いでござる」

「貴方が弛んだ顔をしているからよ。気持ちを切り替えなさい」

「ぶ、ぶぅ……。すまんでござる」

「よろしい♪」

 

 母性の溢れるような優しい笑みを、この時咲夜は浮かべていた。

 そんな咲夜に、ブタオはドギリッとさせられる。

 今まで見せた事のない、柔らかな笑顔に、ブタオは尋ねてみた。

 

「咲夜殿。何か良い事があったのでござるか?」

「え?」

「いや、その……。なんだかとても嬉しそうと言うか楽しそうと言うか、素晴らしい笑顔でござったので……」

「ああ……。そういうこと」

 

 人差し指を口に添え、悪戯っぽく答えた。

 

 

「ひ、み、つ」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 ところ変わり、人里の入り口前。

 美鈴とフランの二人は、人里に到着していた。

 その表情は、これから買い物を楽しむと言う優しいものではなく、親の仇を取りに来た様な決死の表情であった。

 すれ違う人里の人間は、みんな二人を一瞥し、慌てて視線を逸らす。

 そんな人里の視線を介せず、二人は慧音の元へ訪れようとしていた。

 

 しかしその途中、珍しい人物に出くわした。

 

「おや? あんたらは紅魔館の……」

 

 腰元までスラリと長い白髪。白シャツに霊札を張りつけた赤いモンペを着た女性。

 

「貴女は、竹林の……。妹紅さん?」

 

 竹林に住む蓬莱人、藤原妹紅である。

 なんとも珍しい人が人里にいると美鈴は思った。

 不老不死の能力をもつ彼女。人との関わりを捨てた世捨て人である彼女が人里にいるのは実に珍しい事である。

 

「珍しいですね。妹紅さんが人里にいるのは」

「そう言うあんたらだって――。買い物?」

「ええ、まぁ。そう言う妹紅さんは?」

 

 聞き返すと、彼女はとても困った様な顔をして口を濁す。

 

「私はその……色々あってさ、ここ数日の間、人里に滞在したんだ。今は慧音のところに厄介になってる……」

「へぇ……。慧音さんのところにですか」

 

 慧音の名前が出てきた瞬間、美鈴とフランの二人は緊張を走らせたが、すぐに平静に戻り情報を集めようと尋ね続ける。

 

「何かあったのですか? なんだか人里も活気が無い様に見受けられます。もしや慧音さんの身に何か……?」

 

 世間話をするかのように軽い口調で尋ねてみる。

 核心部分を突いたせいか、妹紅は少し困ったような表情をしたが、意を決したかのような表情となり美鈴たちに話し始める。

 

「そうだな。立ち話もなんだ。あそこの茶屋で話さないか? 奢るからさ」

「え、良いのですか? それは大変嬉しいですが……」

「良いんだ。私もさ、誰かに愚痴を聞いて貰いたいところだったんだ。私の愚痴に付き合ってくれよ」

 

 愚痴に付き合ってくれ。

 そう言って、妹紅は二人を茶屋に案内する。

 案内された場所は個室だった。茶と軽い甘味を注文し、三人は席につく。

 

「さて、何から話したものかな――」

 

 言葉を選ぶように、妹紅は現状を話し始めた。

 

「今さ、私は慧音の仕事を引き継いでるんだ。里の守護や相談役や、それに寺子屋の仕事とかもさ。これがまた大変な仕事でさ……」

「それはまた……。引き継いだというのは? 慧音さんに何か? もしかして病気?」

「病気……なのかな? うん、病気だなアレは。慧音はおかしくなっちまった」

 

 妹紅は、茶をすすり喉を潤し、大きく息を吐き出した。

 それは、茶を楽しんだ後の悦を含んだため息ではない。仕事疲れから来る重いため息であった。

 

「慧音さ、好きな人が出来たみたいなんだ」

「好きな人……?」

「ああ。『ブタオ』とか言う名前の男らしくてさ。私は会った事無いんだけど、あの様子からすると相当惚れてたんだろうな。同棲してたって話だ」

「……へぇ」

 

 気の高ぶりを沈めるように、美鈴は自身の感情を自制する。

 それはフランも同じではあるが、美鈴ほど上手く感情を抑制する事は出来ないみたく、持っていた茶碗を強く握りひび割れを起こさせていた。

 妹紅はそんな二人の様子に気付かない。

 彼女もまた、追い詰められており、周りの事にそこまで注視出来ない。

 妹紅は、毒を吐き出すかのように愚痴を続ける。

 

「――で、そのブタオって男が突然慧音の元から居なくなったらしくて。――相当ショックだったんだろうな。それから慧音はおかしくなっちまった」

「……それはお気の毒ですね。でもおかしくなったというのは、一体……」

「ああ、それは――」

 

 

 妹紅が言葉を紡ぎだそうとした瞬間――

 

 外から、女性のかん高い悲鳴の声が上がった。

 その悲鳴が、きっかけで人里は騒然と化す。

 

「――ま、まさかッ!?」

 

 何事かと思うと同時に、妹紅は店の外へと慌てて飛び出して行った。

 状況を解せぬままに、二人も妹紅の後を追う。

 

 そこで二人は、信じられないものを目にした。

 

 

「あああああアぁぁッ! ぶ、ブタオォッ! ど、どこにいるんだッ! ブタオォッ!」

 

 

 それは、人里の賢人とまで言われた女性。

 

 

「け、慧音!? なんて格好でッ――。落ち着け、慧音ッ!」

 

 

 男であるならば、すれ違ったら必ず振り向く美貌の持ち主。

 人里の誰からも愛された女神の様な存在。

 そんな彼女が、幽鬼の様に血色の伴ってない顔をしながら。

 髪の毛をボサボサに乱しながら。

 帯のはだけた寝間着姿で。しかも裸足で。

 あられもない姿で人里のど真ん中で狂乱しながら叫んでいる。

 

 

「イヤだ……いやダあああぁぁッ!! ブタオオオォッッ! わ、私を一人にしないでくれぇッ うぎいいいいぃぃッ!!」

 

 

 妹紅は、そんな彼女を抑えつけながら、その場から離れようとする。

 爪を立てられ、引っ掻かれても妹紅は慧音を抑え込む。

 

 

「慧音ッ! いい加減にしろッ!」

 

「うるさういいぁいッ! わた、私のブタオを、返せええぇッ!! お、おおうおぉッッ!!」

 

 

 あまりに信じられない光景に、みながその場所から動けない。誰も口を開く事が出来ない。

 佇んだまま、その様子を眺めておくことしかできない。

 美鈴とフランもそれは同じだった。ただ黙ってその様子を見ていた。 

 

 慧音を押さえつけ、この場から離れようとする妹紅と二人は目が合った。

 『すまない』と言わんばかりの申し訳ない顔で、頭を下げその場から離れていく。

 

 慧音と妹紅の二人が見えなくなるまで、その場所は時間が止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 美鈴とフランの二人は、人里を出るまで終始黙ったままだった。

 頼まれた買い物を済ませ、二人は紅魔館の帰路についていた。

 

 二人は黙ったまま、紅魔館に向けて飛んでいた。

 

 二人の静寂が続いたのはどこまでだったのか――。

 

 周りに誰もいなくなったころ合いか。美鈴が先に口を開いた。

 

「――妹様。もう、大丈夫です。もう……『堪える必要』はありません」

 

 そう美鈴が言った瞬間、静寂を貫いていたフランの顔が大きく歪みだす。

 

「――く、くひ……くひひひ……」

 

 その表情は、まさに『悪魔の妹』の名にふさわしい禍々しく歪んだものであった。

 

「くひひ、ふ、ふふ、はははは――あああっはっはっはッ!! あははははははッ!!!あああああああッッ」

 

 ずっと、ずっとずっとずっと我慢していた。

 腹がよじれるほどの喜劇を前に、ずっと我慢していた。

 その我慢が限界に達した。もう我慢できない。笑うしかない。

 

 美鈴も、フランの笑いに釣られ、自身の表情を大きく歪ませながら笑った。笑い続けた。

 二人の笑いは、空高くに響き渡ったが、それをとがめる者などいやしない。

 ここは二人だけの空間。二人しかいない空間である。

 ならばどうして我慢できる?

 

「ねぇッ! 見た? 見たッ美鈴!? あの人のあの顔ッ! あはははははッ! もう駄目ッ! お腹痛いッ! あはははははッ!」

 

「ええ、見ましたッ見ましたともッ! ふふッあはははッ! 何も心配なんか無かったんだっ! あの人は、ブタオさんの場所なんて知らなかったんだッ! あははははッ!」

 

 全部自分たちの取り越し苦労。

 それも含めて、全部が全部笑えてくる。

 

「ふふふッ。これでもうブタオおじ様の存在を知る人は居なくなったんだねッ! もうおじ様は、私たちだけのモノ……くひひい」

 

「ええ。私たち紅魔館だけのものです。誰にも渡すものですか……。ふふ、あはははッ」

 

 二人は、終始上機嫌で紅魔館に帰宅する。

 ブタオを狙う者は、もう外部にはいない。

 後はゆっくりと、内部をブタオの色で染め上げていけばいい。

 

 次は誰が堕ちるのか?

 

 そんな事がふと頭に過った時、美鈴の言葉を思い出す。

 

 次に堕ちるのは咲夜であると。

 

「そう言えばさ、咲夜はもう堕ちたのかな?」

「順調ならもう堕ちた頃だと思いますよ?」

「ふふ。さすがおじ様。――でもさ美鈴。なんで咲夜が堕ちるって知ってたの? 咲夜、ブタオおじ様の事、あんなにも毛嫌いしてたのに」

「ああその事ですか。そうですねぇ……。単純に推理を組み立てて言っただけの話です。咲夜さんが不機嫌になってたのはブタオさんが『他の女と一緒にいた時だけ』だったとか、単純に部下として優秀だったから愛着が湧いていたとか。堕ちる契機となる要因は幾つもありました。でも――」

 

「でも? なに?」

 

「ブタオさんの前に『きっかけ』なんて何の意味も持たないと言う事です。咲夜さんが堕ちる理由、それは――『ブタオさんの傍にいた』から。それだけです」

 

「クール……。おじ様、凄くクールッ! ただそこに居るだけで女を堕とすなんて――。クールすぎぃッ!」

 

「ええ。最高にクールな方です。お嬢さまもパチュリー様ももうすぐ……。ふふふ」

 

「美鈴ッ。早く帰ろうッ! おじ様の話をしてたら、急に体が火照って来ちゃった。この火照り、早くおじ様に癒やして貰わなくちゃ」

 

「ええ。私もブタオさんと一緒にお茶とかしたいです。早く帰りましょう。もう私たちの恋路を邪魔する者は居ないのですからッ!」

 

 

 もう、ブタオとの恋路を邪魔する者は居ない。

 後はゆっくりとブタオとの仲を深めていくだけ。

 

 二人は、これからの――。

 

 ブタオとの幸せな未来を思いはせながら、彼の待つ紅魔館へと戻っていった。

 

 

 

 




 

 咲夜さんコンプリート。
 残るはお嬢様とパチュリー様のみ。

 二人をクリアしたら、もう紅魔館組はハッピーエンドですねw(笑)
 愛する人と一緒に暮らせるんですから(ゲス顔)

 慧音さん発狂中(笑)
 慧音さんの仕事は妹紅さんが、引き継ぎ中。何とか人里を維持してます(さすモコ)

 次話もよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。