東方偏執狂~ブタオの幻想入り~   作:ファンネル

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第二十話 密会

 

 パチュリー・ノーレッジは待っていた。

 紅魔館の平和を乱した男を。

 もうすぐ、その男はやってくる。

 来るがいい。決してお前なんぞに、屈する私ではない。

 強い決意を胸に、パチュリーは男を待つ。

 

 そして、大図書館の扉が開かれた。

 

 男は、何喰わぬ顔で近付き、パチュリーの前にやってきて、深くお辞儀をしながら挨拶を交わす。

 緊張しているのか、少し震えているようだ。

 

「は、初めましてでござるッ! きょ、今日からこの図書館に配属となった、ぶ、ブタオと申す者でござる! よろしくでござる!」

 

「……こちらこそ」

 

 パチュリーは、目の前の男を注視する。

 一体、何が目的なのか。どうやって彼女達を懐柔したのか。

 何も分からない。

 この大魔法図書館に来たのも、何か目的があってのことなのか?

 もしも、何か思惑が合ってきたのならば、飛んで火に入る夏の虫と言わざるを得ない。

 

(私は、レミィ達とは違う。私はそう易々と堕ちはしない。逆に貴方の思惑を退け、彼女達を解放してみせる)

 

 その為には、目の前の男を知らなければならない。

 パチュリーに一切の油断はない。

 必ず、友を助けてみせると強い決意を秘めて、ブタオと対峙する。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 事の発端を説明しなければならないだろう。

 尤も、その発端はパチュリーもブタオも知らない。

 二人の知らないところで、事態は動いていた。

 

 レミリアが、ブタオを押し倒したあの日の夜。

 ブタオに寄り添い、その身でブタオを感じながら悦に入っていたレミリアであったが、彼女は突然ベッドから起き上がり、着衣を整え部屋から出て行った。

 部屋から出て、紅魔館の長い廊下に彼女たちは佇んでいた。

 

「フラン……。それに咲夜に美鈴も――」

 

 まるで待ち受けていたかのように、三人はそこに立っていた。

 レミリアと三人は互いに一定の距離を保ったまま対峙している。

 主人と従者の間柄。家族のような絆で結ばれた彼女たちではあったが、レミリアと三人との間にある空間には、チリチリと鋭い殺気が走っていた。

 

 しばらくの静寂。レミリアと三人は互いに見つめ合ったままでいる。

 

 その静寂を先に破ったのはフランドールだった。

 

「――私に何か言う事は?」

 

 フランの問いに、レミリアは視線を外さず、真っ直ぐに直視し、胸をそびやかしながら堂々と答えた。

 

「何もない。私は、ブタオを愛してしまった。今更言い訳などするつもりはない」

「……」

 

 レミリアの発言に、フランの表情が歪む。

 しかし、そこにレミリアへの憤りの感情は含まれてはいなかった。

 むしろその逆。

 フランの顔は、愉悦に歪んでいた。

 

「おめでとう。とうとうお姉さまは自分の『殻』を打ち破ったんだね。そうだよ、それでこそ吸血鬼だよ。それでこそレミリア・スカーレット……。私のお姉さま。くひひ」

 

「……」

 

 茶化す様な、鼻につく笑顔をしているフランと裏腹に、レミリア――そして咲夜と美鈴の表情は変わらない。

 普段と変わらない手つきで、主人であるレミリアを手招きする。

 

「――お嬢さま。こちらへ」

「……」

 

 咲夜の手招きにレミリアは黙ってついて行く。

 その先には、今は誰も使ってない空部屋があり、四人はその空き部屋へと入る。

 全員が入り終わると、咲夜は、指を鳴らした。

 

 その瞬間――

 

 部屋全体が、外から『切り離された』様な、奇妙な違和感を発した。

 尤もみんなその事に気付いていながら、誰も驚きはしなかったが。

 

「この部屋全体を、私の能力で切り離しました。この部屋は、廊下側とは空間も時間の流れも別の世界になっています。ここならば、私たちの会話を誰にも聞かれる事はありません」

 

 部屋は、ベッドとテーブル、そして椅子が四つあるだけの簡素な造りだった。

 四人は、誰に言われるまでもなく卓上につき、お互いに対面した。

 ここにはもう、主人と従者と言う上下関係はない。

 共通の思想と認識を持った、仲間でもあり、また敵でもある。

 最初にレミリアが口を開いた。

 

「――もしかしたらと思ってたけど、やはりフランだけじゃなく、あなた達まで……。一体いつから?」

 

 レミリアの問いに、美鈴と咲夜は答える。

 

「私は、初期の段階から」

「私はつい最近に。――私は秘密にしてたつもりだったんですけどね」

 

 咲夜は、ブタオへの懸想を秘密にしていたのだろうが、人外の嗅覚を舐めていた。

 時を止めた世界で、あんな事やこんな事――獣のマーキングの様に体を擦りつけていたら、匂いが移るにきまっている。

 案の定、咲夜の時を止めた世界での『ピ―』な行いは、いとも容易く美鈴達にばれた。

 後は、なあなあで仲間になってしまったのである。

 

 レミリアは、ああやっぱりと特に驚きもせずに思った。

 道理で熱っぽい視線をちょくちょくブタオに送ってたわけだ。

 ブタオと触れ合うあの快楽を、この二人はずっと前から知っていたと言う事か。

 中々にむかつく事実である。

 

「どうだったお姉ちゃん。ブタオの血……」

 

 悪戯っ子な子供の笑顔で問うフランに対し、レミリアは乙女の様に顔を紅潮させ――。

 

「凄かった。あんなに気持いい吸血は初めて……。アレを知ってしまったらもう、私は戻れない。戻りたくない」

 

 紅潮した表情をしながら答えるレミリア。

 満足する答えを得たのか、フランもご満悦だった。

 それに対し、美鈴は安堵のため息をついた。

 

 もう、レミリアは『こっち側』だ。

 

 ブタオの危険性を知っても、もうブタオには手を出せない――いや、出さない。

 美鈴の安堵の表情を見てか、レミリアも大方の三人の狙いを察する。

 ずっとからかわれ続けた仕返しか、レミリアも悪戯っぽく話す。

 

「美鈴、安心した? 私がブタオに堕とされて」

「……ッ」

 

 僅かに目を見開き、驚きの表情を見せる美鈴。

 咲夜とフランもそれは同様だったようで、三人のそんな表情を見た

 レミリアは、少しは溜飲が下がった様で、胸をそびやかしながら見事なドヤ顔で言い放つ。

 

「あなた達の思惑、分かった気がする。独占欲の強いフランが、私にブタオを好きになっても良いなんて言うはずがないもの。私をブタオに惚れさせる事が目的だったのね」

 

 そしてその理由も察しが付く。

 魅了や洗脳に対し、圧倒的な耐性を持つ吸血鬼。その吸血鬼の耐性すらものともしないブタオの魅力は、使い方次第では恐ろしい事態を巻き起こす。

 尤も、あのブタオに悪意なんて似合わないモノが存在するかどうかは、はなはだ疑問ではあるが――。

 

 しかし、ブタオが危険な存在である事に変わりはない。

 

「あれ程までの誘惑性を持ち合わせていたなんて知らなかった。昨日までの私は、ブタオに惹かれつつあったけど……。その危険性を天秤にかけたら、たぶん私はブタオを殺してた。泣きながら殺してたと思う」

 

 『昨日までの私は』と彼女はそう言った。現在はブタオを殺すなど毛ほども思ってないのだろう。

 まったくもってやられたと思う。

 まさか、人外の自分に『情』を利用した方法で処断の意志を挫けさせるなんて。

 

 腹ただしい気分ではある。

 

 しかし同時に、感謝の気持ちもある。

 人を愛すると言う素晴らしい感情。それを教えてくれたのだから。

 

「――とうとう、この紅魔館でブタオに誘惑されてないのはパチェだけになってしまったわね。ふふ」

 

 どこか愉悦を含んだ笑みを浮かべながらレミリアは言う。

 幻想郷でも最高レベルの戦力を誇る紅魔館が、たった一人の人間に翻弄されているのだ。これを笑わずになんとする。

 しかし、愉悦を感じているレミリアとは裏腹に、他の三人の表情はすぐれない。

 パチュリーの名前を出した時、彼女達の表情に曇りがかかった。

 困ったような表情をしながら、フランはレミリアに言った。

 

「お姉さま、そのパチュリーなんだけど……。どうしよう?」

「?」

 

 質問の意図が読み取れないレミリアは首をかしげる。

 美鈴と咲夜に視線を移すと、彼女達も困ったよな表情をしており、美鈴がその説明をした。

 

「どうやってパチュリー様をブタオさんに惚れさせるか……。あの人、警戒しているのか、一度もブタオさんと接触してないんです。接点のない二人をどう引き合わせようかと……」

「あ~。なるへそ」

 

 ここ数日、パチュリーの姿を見ていない事を思い出す。

 元々引きこもりに近い生活をしているが、ブタオが来てからは、あからさまに図書室から出てこない。

 そして問題は、接点が無い事だけではない。

 

「それにたぶん……パチュリー様、全部知っていると思います。私達がブタオさんに魅了されている事も」

「まぁ、そうよね。私も確実にばれてると思う」

 

 ブタオを吸血する際も、奇妙な視線を感じていた。

 オーガニズムに達した時は、その視線にも興奮を感じてはいたが、アレはどう考えてもパチュリーの遠視である。

 この密会の部屋を外と切り離したのは、三人もその視線に気付いていたからなのだろう。確かにここなら、パチュリーの遠視も及ばない。

 

 接点だけではなく、最初から敵意むき出しでのスタート。

 警戒に留まっていた咲夜とは、難易度が段違いに高い。

 その上、パチュリーは紅魔館の頭脳とも言える存在。こちらの思惑なんて簡単に見破るに決っている。生半可な策では、むしろブタオを危険にさらすことになる。

 

「最初、お姉さま抜きで三人で話し合ってたの。パチュリーをどうするかって。いっその事、亡き者にしようかって案も出たんだけど……」

「やめなさい、恐ろしい」

 

 フランの恐ろしい案を両断。さすがに通るわけがない。

 とはいえ、そんな案が出てしまうくらい、三人は困っているのだろう。

 

「お嬢さま。パチュリー様と一番付き合いのあるのはお嬢さまです。何か、よい方法は……」

 

 困りながら問う咲夜に対し、レミリアは余裕の表情を崩さない。

 

「心配ないわ三人とも。運命はもう決ってる」

 

 

 彼女は笑いながらに断言した。

 

 

 

「――パチュリーも堕ちる。それもほんの一日足らずで」

 

 

 

 





前話での最後は失敗したw
さすがにあからさますぎたと反省(ゲス顔)

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