東方偏執狂~ブタオの幻想入り~   作:ファンネル

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第二十五話 招待

 

「お久しぶりですわね。ブタオさん」

「ゆ、ゆか、り殿……?」

 

 ブタオは、夢か幻でも見ているのではないかと思っていた。

 あまりにも現実的でなさすぎる。

 ベッドから訳も分からず落ちた先には、会いたいと願った女性の姿がある。昔の少女漫画でも、そうそうあり得る展開ではない。

 茫然としているブタオに、紫は心配そうに声をかける。

 

「ぶ、ブタオさん? 大丈夫かしら? どこか体を打ったの?」

 

 ここに呼び寄せるのが、少し乱暴だっただろうか?

 少しうろたえながら、紫はブタオへ近付く。

 

「ぶ、ぶひッ!?」

 

 紫の柔らかなブロンドの髪から香る『女性の匂い』にブタオは思わずクラリと来た。

 紫はブタオの体を支えようと、互いに触れ合うほどに接近し――。その瞬間に、二人の視線が合う。

 

「ぶひ……」

「あぅ……」

 

 二人は、視線が合った瞬間に硬直した。

 ほんの数秒足らずの間ではあったが、二人にとっては、その瞬間だけは時間が止まったかのような錯覚を覚えたに違いない。

 我に返ったのもほぼ同時で、互いに後ずさりして見向き合う。

 

「ぶぅ……」

「ぅッ……」

 

 久しぶりの再会だと言うのに、なんてサマにならない……。

 互いに遠慮し合っているのか、中々口を開くきっかけがつかめずに、二人とも俯いてしまっていた。

 

 ブタオが混乱するのは無理からぬが、当人であるはずの紫はその実、ブタオ以上に混乱していた。

 

(あわわわッ! あ、あれ? どうしちゃったの私ッ!? なんでこんなに舞い上がっちゃって――ッ。何か話さなくちゃ、私から――ッ)

 

 グルグルと目を回している紫ではあったが、何かを話さなければと口を開こうとする。

 しかし洒落のきいた言葉が見つからない。

 パクパクと挙動不審な紫を見てか、ブタオの混乱も次第に落ち着きを見せ始めた。

 ブタオは、柔らかな笑みを浮かべながら紫に言う。

 

「ぶひひ。紫殿、お久しぶりでござるな」

 

 芯の通った声。その声色からは、かつての鬱に入り浸っていたブタオの面影など微塵も感じられず、その表情には余裕ともとれる雰囲気を纏っていた。

 唖然と呆ける紫に、ブタオは笑顔で佇んでいる。

 落ち着いているブタオに当てられためか、紫も我に帰り笑顔でブタオと相対した。

 

「ええ。本当に久しぶり……」

 

 今度は、上手く言えた紫。

 二人の間に、若干の沈黙が流れてはいたが、決して苦しくはない間であった。

 

「この場所に来るのはこれで二回目でござるな……。あの時は、たいそう、情けない姿を紫殿に見せてしまったでござる」

「そんな事……。私は気にしてませんわ。――それよりも、本当にお変りになりましたわねブタオさん。あの頃とは雰囲気もまるで違ってて……。頼もしく見えますわよ?」

「ぶひ! 紫殿にそのように言ってもらえるとは、光栄の至りでござる」

 

 軽い世間話ではあったが、ブタオは紫とのこの軽い世間話に心が満たされていた。

 自分は人として、間違いなく成長している。

 その成長をあこがれの女性から認められるというのは、男冥利に尽きると言うものだ。

 

「しかし――。なぜ吾輩を再びここへ? 何か吾輩に用でも……」

 

 当然の疑問である。

 紫はバツが悪そうに、視線を逸らしながら答えた。

 

「その……。私の友達がね、貴方の事を話したら、興味を覚えたみたいで。ぜひ連れて来いと言うものだから……」

 

 嘘はついてない。言葉が足りないだけだ。

 幽々子が気になっていたのは事実だが、自分も気になっていたから会いに来たなんてあまりにも赤面ものの理由ではないか。

 紫は自分に言い訳して言葉を濁す。

 

 しかし、紫の思惑とは裏腹に、ブタオはたいそう喜んだ。

 

「ぶひ!? 吾輩を招待!? 紫殿のところへ!?」

「え、ええ。どうかしら……? その……もし忙しいと言うのなら無理には――」

「そ、そんな事ないでござるよッ! 今日は、吾輩は仕事が休みで……。ぜひ行きたいでござる!」

 

 予想外に喰いつくブタオに、紫は呆気にとられたようだった。

 てっきり、仕事が忙しいとか何とかで断られると思ったのに……。

 招待しておいてなんだが、これではもう断れない。

 幽々子は、ブタオが自分の想い人であると勘違いしている。ここ素直にブタオを連れて行ったら、幽々子がなんて思うやら……。

 

(ここで彼を連れて行ったら、きっと幽々子は大はしゃぎするわよね、きっと……。私が片思いしてるとか何とかテキトーなこと言って……。私達をからかって……)

 

 ブタオを幽々子に紹介したらどうなるか。紫は起きるであろう未来を夢想する。

 きっと幽々子は、思春期の子供の様に、仲良くなった男女を持て囃しからかうのだろう。

 そんな目に見える未来を予想しながら、紫は少し億劫な気分になっていた。

 

 自分とブタオは、そんな仲ではないのだ。ほんの二回、出会っただけ。幽々子の思ってるような関係などではない。

 幽々子のからかいにブタオを巻き込んでしまう。招待しておきながら、迷惑をかけるなんて失礼にも程があるではないか。

 

 しかし――だ。

 

(も、もし……。幽々子のからかいに、ブタオさんが満更でなかったら……)

 

 ブタオが幽々子のからかいに大人な対応が出来ず、顔を紅潮させて照れている未来を紫は想像する。

 

 その途端、自分の顔が“ボン”と音を立てて沸騰した。

 

「あぅ……ッ」

 

 紫は急ぎブタオから顔を背ける。鏡を見なくとも分かる。今、自分は顔が真っ赤だって。

 

 何をバカな事を考えているのか。

 先ほど、自分でもブタオとはそんな関係ではないと確信したではないか。

 

(わ、私は……。何を照れてるの!? これじゃ、本当に幽々子の言うとおりみたいじゃない!)

 

 急にブタオから顔を背けたものだから、ブタオも何事かと首をかしげながら尋ねる。

 

「紫殿? どうかされたのでござる?」

「あ……。な、何でもありませんわ」

 

 不審がるブタオに、紫は声だけは平静さを装い、何でもないと振り向いたまま伝えた。

 とてもじゃないが見せられるような顔じゃない。顔の熱と赤みが引くまでは、もうしばらくかかりそうだ。

 紫は、ブタオと二人っきりのこの空間に落ち着きを見出すことが出来ず、早く連れて行こうかと空間にスキマの穴を展開した。

 

「さ、ブタオさん。この先が私の友人――西行寺幽々子の館“白玉楼”となっていますわ。それでは行きましょうか」

 

 スキマに手招きする紫ではあったが、ブタオは何かを思い出したようで、少し申し訳なさそうに紫に伝える。

 

「あっ紫殿。」

「はい? どうかしまして?」

「吾輩、今日は確かに休日でござるが、外出する旨をレミリア殿に報告したいのでござる。無断外出は、さすがに駄目でござるからな」

「ああ。確かにそうね……」

「申し訳ないでござる紫殿。吾輩を一時紅魔館へ戻していただけませぬか? 一言、レミリア殿に報告したいのでござる」

 

 優しいレミリアの事だ。きっと快く快諾してくれるに違いないとブタオは確信していた。

 しかし、ブタオの思考とは逆の事を紫は思っていた。

 

(う~ん……。あの子がブタオさんの外出を素直に許可するかしら? )

 

 紫は率直に思った。

 気位の高いレミリアが、自分の使用人が他の屋敷に呼ばれて浮かれるなんて、面白く思うだろうか?

 しかも招待したのが自分だ……。

 レミリアとは懇意であるが、幻想郷でも高い地位にいる自分が、ただの人間を招待するなんて、客観的に考えておかしい。何かの思惑があるのかといらぬ嫌疑をかけられるとも限らない。

 真実は、本当に他意のないつまらない理由ではあるが、その事を信じさせるに値する証拠なんてないのだから。

 

 ぶっちゃけ、紫はこう思ったのだ。

 

 面倒臭い事になりそうだな、と。

 

 ブタオから説明させて、もしも断られたら、せっかく乗り気のブタオをがっかりさせてしまう。幽々子にも何を言われるか分かったものではない。

 

 そう思った紫は、少しの茶目気を出してブタオにこう言った。

 

「大丈夫ですわブタオさん。私とレミリアは懇意の仲なの。私からレミリアに連絡しますわ」

「紫殿が? そ、そんな……紫殿の手を煩わせるなんて……。それに事後報告はあまり良いものではないでござる」

「そんな事おっしゃらないで。私もレミリアも、お互いに立場のある者同士で、何か理由がないと滅多な事では会いませんの。ブタオさんを端緒にあの子に久しぶりに会おうと思いまして」

「はあ……。そういうものでござるか」

 

 自分がきっかけとなって、普段会わない友人同士が再会できる一助になれるなら、何も言う事はない。むしろどんどん利用して欲しいとブタオは純粋に思った。

 

 ブタオの純粋さに反して、紫はレミリアにブタオの外出を報告するつもりなどなかった。要はブタオに嘘をついたわけだが、彼女は軽い気持ちであった。

 全部が嘘と言うわけでなく、たまにはレミリアにも会った方がいいとも思っていたし、そもそもレミリアは、面倒臭い奴だが決して狭量ではない。後になって、自分も一緒になって頭を下げれば、事後報告になってもため息をつく程度の呆れで事が済む。

 

 そう思っていた。

 

「さぁブタオさん参りましょう」

 

 紫の手招きに身をゆだね、ブタオはスキマへと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫がブタオを迎えに行ったほぼ同時刻――

 八雲藍は、幻想郷の結界の巡視を終えて白玉楼に戻ってきた。

 結界は普段通り問題なかったと紫に報告しようと、居間へとやってきたが、そこに紫の姿はなく幽々子がどこか落ち着かない様子でソワソワとしている。

 一体、どうしたのかと思った時、幽々子も藍が帰ってきた事に気付いた。

 

「あら。おかえりなさい藍ちゃん」

「ただいま戻りました。――あの……紫様はどちらに?」

「すれ違いになっちゃったわね。さっき、人を迎えに行ったのよ」

「人を迎えに?」

 

 藍には心覚えなかった。そんなおつかいの用事ならば、式の自分に連絡があっても良かったと思うが――。

 

(紫様自らが迎いに向かわれた? 一体、どんな御仁だろうか?)

 

 紫が自ら出向くと言う事は、かなり位の高い人物なのかと思ったが――。

 

「藍ちゃんは知ってる? “ブタオさん”って人なんだけど」

「――ッ!?」

 

 幽々子が口にする意外な人物に、藍は目を見開き驚きの表情を見せた。

 ブタオ。当然知っている。紫が幻想入りさせた外来人の名前だ。

 同時に、奇妙な不安感が藍を駆け巡る。

 ブタオを幻想郷入りさせたあの時――。ブタオを侮辱し、紫の逆鱗に触れた時の事を藍は思い出していた。

 ブタオに対し、失礼な物言いをした後ろめたさは当然ある。

 しかし、この不安感はブタオへの後ろめたさのソレとは違う。

 論も根拠もなく、言葉にすら出来ないぼんやりとした不安感。

 

「あ、あの――ッ!」

「ん? なぁに藍ちゃん」

 

 藍は幽々子に恐る恐る尋ねる。

 

「紫様は、なんでブタオさんを迎えに――?」

 

 当然の疑問。幻想入りした際に一度会っているとはいえ、紫とブタオの間にそれ以上の接点があろうはずがない。あの場で縁もゆかりも切れたのだ。なのになぜ――。

 藍が不安感を抱いているとも知らず、幽々子は悪戯っ子の様に微笑みながら藍に言った。

 

「いやねぇ藍ちゃん。紫の側にいつもいるのに、彼女の心情の変化に気付かなかったの?」

「ゆ、紫様の?」

 

 心当たりは当然ある。

最近の紫のソワソワとした何か落ち着きのない挙動。何度か理由を問うてみたものの、何でもないとお茶を濁す答えしか返ってこなかった。

 何を悩んでいるのか。自分ではその悩みを解消させる助けにならないのか。

 少し悲しい気持ちにはなったが、答えてくれないのならば仕方がない。紫の心労を少しでも減らそうとこれまで以上に業務に励んできた。

 

 紫の悩みとブタオの関係――。一体、何の関係性があると言うのか。

 

 幽々子は、グルグルと思考の沼に陥り、混乱気味であった藍をさらに混乱させる一言を発した。

 

「紫ったらね、そのブタオさんって人の事が好きになっちゃったみたいなの。きゃーっ紫ったら本当に乙女ね。かわゆい!」

「――ッ!?」

 

 藍のスーパーコンピュータを凌駕するスペックを持った脳漿は、幽々子の一言でオーバーヒートを起こしそうになった。

 

(紫さまが恋? 誰に? あの醜いブタに? 理解不能理解不能理解不能――。エラーエラーエラー……)

 

 直視不動のままに混乱していた藍を外に、幽々子はウキウキと紫の帰りを待っていた。

 

「紫、早く帰ってこないかなぁ」

 

 

 





ら、藍ちゃんは理屈屋だから(震え声)

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