東方偏執狂~ブタオの幻想入り~   作:ファンネル

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第三十一話 返せ

 

 場所は紅魔館。時刻は数時間前に遡る。

 

「この役立たずどもッ!」

 

 柱に縛り付けられ、何重にも重ねられた魔法陣の上で涙目になりながらフランドールは喚いていた。

 ブタオが消えた報告を受けた後、彼女は八つ当たりのように辺り中を破壊し回った。

 妖精メイドもホフゴブリンたちも大慌てだったが、不幸中の幸いと言うべきか、ブタオを守るための結界や罠がフランを抑える役目を果たしたのだ。大した被害もなく、あっという間に鎮圧されこうして柱に縛り付けられてしまった。

 

 フランが居るのは紅魔館のとある一室。そこにはレミリアをはじめ、紅魔の主要人物が鎮座していた。

 喚き散らすフランにレミリアが一括する。

 

「まんまとブタオおじ様を攫われて、よくまぁそんなに冷静でいられるねッ!」

「黙れクソガキ」

 

 レミリアの殺気混じりの鋭い視線はフランを強張らせた。軽いため息をついたのち、レミリアは改めて皆と対面する。

 

「誰がブタオを攫ったか……。検討は付いてるんでしょうねぇパチュリー」

「この要塞化した紅魔館で、美鈴の探知にも私の結界にも干渉せずにブタオだけを連れゆくなんて芸当が出来る奴は一人しかいないでしょう?」

 

 パチュリーの言葉に全員が一人の女性を連想する。スキマ妖怪の八雲紫だ。

 美鈴が口元に手を添え推理するように語る。

 

「動機が分からな――いや、ブタオさんは外来人でした。外来人の幻想入りは彼女の仕業が多い。その時に彼女もすでに……」

 

 美鈴の言葉に、これまた全員がブタオを誘拐した動機を察した。

 あいつも一緒なのかと。それなら道理だ。攫いたくもなるだろう。そして理解する。もうブタオは戻ってこないと。

 

 

 そんな事許せるはずがないだろう。

 

 

 犯人は分かった。場所も検討が付く。だったら取る道は一つだ。レミリアは席を立って皆を促す。

 

「すぐに向かいましょう。早くブタオを取り返さなきゃ」

 

 その言葉に咲夜も美鈴も席を立つ。

 その目は年相応の少女がして良い目ではなかった。人間離れした――いや、妖怪にふさわしい恐ろしい様相をしている。

 しかしパチュリーだけはそのまま座っており、抑揚のない声で他のみんなを止める。

 

「待ってみんな」

 

 全員の視線がパチュリーに集まる。勢いに乗っていたみんなを留めるパチュリーの“待て”は、少女達にイラつきを覚えさせたようだ。

 しかしパチュリーは意に返さずに言葉を続ける。

 

「無策のまま行っても、確実にブタオを取り返せるとは限らないじゃない。相手はあの八雲紫と九尾の式神よ?」

「……」

 

 パチュリーの言葉に、冷静さを失いつつあったレミリア達は正気に戻る。

 その通りだ。相手は幻想郷の賢者――八雲紫なのだから。

 美鈴と咲夜は生唾を飲み込み、相手の悪さを認識する中――傲慢な吸血鬼であるレミリアは実に楽しそうな表情をしながら語りだす。

 

「ハッ! だから何だっていうのよ。だからと言ってこのまま引き下がるわけにはいかないじゃない。ここまで舐めた事されて黙って見てろって?」

「落ち着きなさいレミィ。相手が八雲だけだったら貴方を止めたりしないわ。でも状況によっては西行寺のお姫様も相手取る事になるかもしれない。彼女達は大の仲好しと来てるしね」

「ふん。一度私たちに負けた連中の何を気にしろと言うの。まとめてぶっ飛ばしてやるわよ」

「騒ぎが大きくなってしまえば、博麗の巫女の介入も許してしまう事にもなる」

「……ッ」

 

 八雲と西行寺。幻想郷の中でもトップクラスのネーミングを持つ二人を相手取っても構わないと言い放つレミリアだが、“博麗の巫女”の名前が出てきた瞬間は口ごもる。

 

 博麗の巫女――博麗霊夢。幻想郷の調停者。

 

 個人で世界のバランスを壊してしまえる様な異能者が数多に存在する幻想郷において、異変があったら即時解決にやってくる幻想郷のシステム。

 この幻想郷において彼女に勝てる存在はいない。彼女はこの世界のシステムなのだから。

 

 彼女にブタオの存在を知られるわけにはいかない。

 

 調停者たる彼女はブタオの存在を許さない。

 化物を虜にするブタオの存在を。パワーバランスを崩壊せしめる妖怪たちを虜に出来るブタオを彼女にだけは知られるわけにはいかない。

 忌々しく苦虫を噛み潰したような表情をするレミリアを宥めるようにパチュリーが言う。

 

「レミィ。手段と目的を取り違えちゃ駄目よ。彼女達をぶっ飛ばしたいと言う気持ちは分かるけど、私たちの目的はあくまでもブタオの奪還。まずはブタオを最優先に考えなくちゃ」

 

 要塞化した紅魔館でレミリア達に感ずかれることなくブタオを攫った紫である。

 逃げに入られたらレミリア達に追う手段はない。

 

「レミィ。少し時間をちょうだい。八雲紫のスキマ能力を封じる結界を作って見せるから」

「……分かったわ」

 

 その声はとても平静なものだった。だがレミリアの内にある炎はより熱く静かに燃えていた。

 レミリアが決断したと同時に咲夜と美鈴も、内にある激情の炎を鎮めながら熱を絶やさずに感情を制御した。

 そんな様子の三人を見て、パチュリーは安堵の息を吐いて咲夜と美鈴に命令した。

 

「咲夜、美鈴。あなた達二人は八雲紫の居場所を……しいてはブタオを居場所を探してきなさい。マヨイガか白玉楼のどちらかにいると思うから。――決して見つからないようにね」

「はい。かしこまりました」

「了解です。パチュリー様」

 

 各々がそれぞれの行動に移りだす。

 今、この場にいるのはレミリアと縛られているフランの二人だけだ。

 レミリアはフランの前に立ち語りだす。

 

「フラン。聞いてのとおりよ。準備が出来次第、私たちはブタオを取り戻しに行くわ。――貴方も行きたい?」

「何を当たり前な事を……ッ」

「だったら大人しく待ってなさい。館で暴れるなんてもってのほかよ。――でもその怒りの感情は取っておきなさい。そしてあいつ等にぶつけてやりなさい」

「……」

 

 そして夜が訪れる。吸血鬼の時間だ。

 白玉楼へ続く階段の前でレミリア達は佇んでいる。

 

「お嬢さま。ブタオさんの気はこの先から……。あの人はここにいます」

「言わなくとも分かるわ美鈴。――あいつの匂いがする。あいつはここにいる……ふふふ」

 

 悪者に捕らわれたお姫様を救いに来た様なこのシチュエーションにレミリアは不謹慎ながらも確かな高揚を感じていた。

 それはどうやら他の者たちも同じようで、口の端がつり上がっている。

 

「さぁみんな。捕らわれのお姫様を救いに行きましょう」

 

レミリアの言葉と同時にパチュリーが詠唱を唱え始める。白玉楼の敷地を囲むように結界が展開され始めた。もうこれで誰も来れない、誰も逃げられない。

 

 レミリアは宣戦布告のかわりとして、自身の両の腕から迸る程の強力な魔力をくりだす。掌に収まりきれない魔力は出口を求めて前へ前へと。次第にその魔力は全てを貫く“神槍”へと姿を変化させ――

 

 レミリアは思いっきりその“神槍”を投げた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

『八雲紫ッ! 西行寺幽々子ッ! ブタオを返してもらうぞッ!』

 

 大爆発の後に響く怒号。幽々子は苦虫を潰した様な顔をして舌打ちしながら言った。

 

「紫の奴……。もうちょっとうまくやりなさいよ」

 

 しかし動揺はすぐに収まった様で、幽々子の表情はいつもの余裕のある表情に変わっていた。

 それは妖夢も同じようで、彼女は余裕と言うよりは覚悟を決めた様な表情をしている。

 この場で狼狽しているのはブタオのみだった。

 

「ぶ、ぶひッ!? この声は……レミリア殿ッ!?」

 

 一体何が起きているのか。さっきの爆発は何だったのか。

 狼狽するブタオを幽々子は優しく抱きしめ子供をあやす様に言った。

 

「心配いりませんわブタオさん。許可なく敷地内に入る無法者は私たちがすぐに追いかえして差し上げますから」

「し、しかし――。アレはレミリア殿の声でござる! ら、乱暴はいかんでござるよ!」

「でも、あちらさんはやる気満々ですわよ? 貴方を取り戻そうとしている様ですわ」

「あれは何かの間違いで――と、とにかく話し合うのでござる! わ、吾輩が表にでござるよ。そうすればレミリア殿だって……」

「駄目よブタオさん。私は言いましたわ。彼女達はもう正気じゃないと。もしブタオさんがあいつ等の手に落ちたら何をされるか分かったものではありませんわ」

「し、しかし――」

「貴方も申しましてよ? 生きる喜びを知ってしまったと。そして愛が欲しいのだと。彼女達に貴方が望む愛が理解できるとは到底思えませんわ。貴方の愛を受け入れられるのは私たちだけ……。そうです貴方にはもう私たちしかいませんわ。私たちだけ……」

「ゆ、幽々子殿……」

 

 幽々子は人差し指をブタオの口先に添え、それ以上ブタオに口を開かせなかった。

 そしてバタバタと慌ただしく妖夢が戻ってきた。等身大の刀を背負い、今まさに戦場へ向かわんとする様な佇まいだ。

 幽々子は空気を読んだのか、抱きしめていた腕を離してブタオと距離を置く。

 妖夢はブタオの眼前に立つ。やはり近くで見つめられると恥ずかしいのか、少しモジモジとしながらブタオに言う。

 

「その……ブタオさん。私は貴方がその……す、好きです。貴方をあいつ等なんかに渡したくない……」

「よ、妖夢殿……」

「あ、あはは。洗脳されていると分かっていても、こうして口にするのはやはり恥ずかしいものですね。顔が熱くなってきました……」

 

 そう言って妖夢はブタオの胸に飛び込み、その小さな体で精一杯ブタオを抱きしめた。ブタオも少し驚き体を強張らせる。

 妖夢の表情は先ほどの決死の表情と打って変わり、とても穏やかな年相応の少女の顔になっていた。

 妖夢の抱擁はほんの数秒足らずのものだったが、彼女は満足した様子でブタオに言う。

 

「ブタオさん。貴方をあいつ等なんかに渡さない。――それにブタオさんには責任を取って貰わなくちゃいけないのですから。あ、赤ちゃんが出来てるかもしれませんし……」

 

 言いたい事だけ言って、妖夢は屋敷の外に飛び出して行った。

 依然変わらず固まっているブタオ。幽々子はそっと手を置いてブタオに囁く。

 

「ブタオさん。私も出ますわ。少し危ないですから決して屋敷の外には出ないようお願いいたします」

「ゆ、幽々子殿ッ! 待っ――」

 

 言葉を紡ぐ前に幽々子もまた屋敷の外へと飛んで行った。

 ブタオはただただ茫然と佇んでいる事しか出来なかった。

 

 

 

 




次回、白玉楼編エピローグ

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