もう少々お付き合いください…では、どうぞ。
「―はい…何とかなりました…全員無事です。」
神通は榛名に夜戦の結果を報告していた。
その姿は正に満身創痍で、一歩間違えれば轟沈寸前だった。
―無理もない、ゼロ距離の雷撃など、普通の艦娘なら及びもしないだろう。
しかし彼女にはそれが最適解だった―提督が許すはずがないと知りながら。
「う”っ」
「おっと~、神通あんま無茶しちゃだめだよ?」
痛みに倒れそうな神通の体を、北上が支えた。その横で照月が心配そうに尋ねた。
「神通さん、ホントに大丈夫ですか?」
「ふふ…ありがと、照月ちゃん。」
「照月、もっとキツめに言ってもいいんだよ~?」
「もう、北上さん!」
三人の間には、自然な笑顔が溢れていた。
―そんな三人を尻目に、雪風は望遠鏡を覗き込んでいた。
「―!はわわ!?」
何かを見つけ、驚きの表情になる雪風。その前には…
「「……ヴゥ」」
小さく呻きながらも、立ち上がる双子―否、彼女達も立つので精いっぱいだった。
彼女たちは、自分たちの疑問をぶつけた。
「「…どうして、止めを刺さないの?」」
狂気の込められた、低い声でなく、見た目相応の少女らしい声で問いかける。
それに答えたのは、神通だった。
「…あなたたちこそ、本気ではなかったのですね?」
「「!!」」
「え、何どゆこと?」
北上が質問で返した。さらに神通が続ける。
「最初は榛名さんが気付いて、私はそれを連絡として受け取っていました。ですが」
「?」
「…戦っていて、彼女たちは競い合っているだけだと、改めて理解しました。」
戦いを通して、彼女たちに殺意はあれど、敵意はないことに気づいた。
そうですよね。と神通の回答に双子は肩の力が抜け―
「…負けるつもりもなかったけどね?」
黒が返答した。この一言で、この場における一応の決着はついた。
「ホント、すごいわあなたたち。」
「うん、本当に……!」
白はふと空を見上げると、目を見開き、咄嗟に
「危ない!!」
ドンッ
「!?」
…ーーュゥゥウ、ズンッ!!!!!
一瞬で、白の体は、爆炎と轟音に包まれた―。
「ーえっ!?」
神通達には、何が起きたか分からなかったが、その疑問は直ぐに解った。
「―愚カネ、アナタタチ…。」
いつからそこにいたのか知り得ないが、黒い衣装に身を包んだ深海凄鬼「離島凄鬼」が揺蕩う水面に立っていた。
「あなたは…?」
「…」
恐らく、白を襲った爆撃は、彼女によるものだろう。
光を忌み嫌う、殺意よりも深く淀み切った目で神通達を睨みつける。
赤い閃光の灯る眼光は、確かな敵意が込められていた。
「―しっかり、しっかりしてぇ!?」
黒は、白に駆け寄り体を揺さぶる。しかし白の腕に力は入らず、だらんと垂れ下がったままだった…。
「…!」
キッと黒は、離島に視線を向ける。
「許さない…許さないからぁ!!」
「黙レ、裏切リ者。」
「!?」
離島は彼女の怒りを一蹴し、淡々と綴った。
「我ラ深海ノ者モ、コノ数年デ格ガ落チタ…中ニハ人間ニ協力スル者マデ現レル始末。」
「…」
「貴様ラモマタ、コノ者タチニ寝返ルツモリダッタノダロウ?」
「そ、そんなことしない!!」
「イイヤ、ソレハ重要デハナイ…問題ハ、貴様ラガ人間ニ感化サレツツアル、トイウコト…。」
「…え?」
「我ラニ”喜”ハ不要。我ラニ”楽”ハ不要。我ラハ”怒ト哀”デ、世界ヲ蹂躙スル。」
まるで機械で弾き出されたような言葉は、確かに冷徹であり、残虐だった。
「貴様ラハ最早、不要―!」
離島より出された合図で、上空を旋回していた艦載機が、双子に向かって接近していた。
「!(がばっ)」
ドォン!!
「あぁ!?」
黒は、白に覆い被さるようにして、彼女を守る。
背中に大きな火傷が出来上がる…致命傷だった。
「無駄ナ足掻キヲ…!」
再び上空に舞い上がり、勢い良く敵艦載機が双子に向かって行く。
「!双子ちゃんが!?」
「行ってはだめです!照月ちゃん!」
「で、でもぅ。」
「…心配はいりませんよ”もう到着する頃合い”でしょう。」
「へ?」
黒は、悔しさに目を閉じ、諦めの境地に入っていた。…が
「――…ぅぅううおおおおおうりゃあああああぁぁぁ!!!」
「!え”っ、提督ぅ!?」
照月の目に飛び込んできたのは、艦娘の艤装を付け、水上を一直線に滑走する提督だった。
「おりゃああ!!」
全速力で海を駆け抜けた提督は、そのまま艤装を脱ぎ捨て、双子を抱きかかえる形で海に潜った!
「…ナニ?」
間髪おかず、艦載機爆撃が辺り一面に怒号のような音で響き渡った。
…辺りが静まり返った、その直後。
「…っぷはぁ!」
提督は双子を抱えたまま、無事に水面に浮上した。
「貴様…」
「いやぁ、危なかったにゃぁ。オマエら大丈夫かよ?」
「は…?」
提督は、呆気にとられる黒と白の無事を確認すると、ニカッと笑う。
「オマエら榛名や神通をあそこまで追い込んだが?いや、たまるかよぉ、すごいにゃぁ!」
抱きかかえたまま、ハグの要領でそのまま双子を抱きしめる提督。
黒は、驚いているのか、理解が追い付いていないのか、固まったままだった。
「貴様…ナゼソノ者タチヲ助ケタ?」
「お?何にゃ??」
「理解デキン…ソレラハ貴様ラノ標的ノハズ、ソレヲ…」
「ンなもん、オレの家族やきに決まっちょるわ。」
「!?」
「家族…クク、何ユエソノヨウナ世迷言ヲ」
「ん~?オレがそう思ったき、じゃイカンかよ?」
「……(ポカーン)」
黒は、”開いた口が塞がらない”はこういうことかと悟る。
目の前の男は、自分を家族と呼び、あまつさえ男の仲間を傷つけた自分たちを、命がけで助けようとしている。しかも理由が理解不能だった。
…解らない、例え何かの法則があったとしても、何と幼稚で、何と無邪気な回答だろう。
「心配せんでえい!大丈夫やき…」
男は、根拠のない自信と、何かの覚悟を秘めた眼で自分たちを励ます…。
「もう沈めさせん…誰も、オレの目の前で…!」
小さく、しかし確かな声で、男は目の前の敵と向かい合っていた。
「貴様ゴトキニ何ガデキル…?」
離島は、再び艦載機を上空に旋回させる。今度こそ狙いは外さないと言わんばかりに、敵艦載機は宙を舞っていた。
「無力ナ人間…死ニゾコナイト共ニ…シズメ!!」
「!提督―」
「ちょっと待つっす」
離島の艦載機の周りに、別の艦載機が制止させるように回っていた。
「くうさん!」
提督が”くうさん”と呼ぶ人物、それは小笠原諸島沖で戦った”あの”空母凄姫だった。
「…何ノ用ダ…」
「撤退命令っす、作戦は中止で、今すぐ戻ってこいて。」
「…ナニ?」
「聞こえなかったんすか?それに、あの子達ほっといてももう助からないっすよ?」
「…ダカラ何ダトイウノダ?」
「あんたのやってることは、無駄な徒労ってことっすよ!」
離島は”言い切ったな?”と言わんばかりに静かな憎しみを向けた。
「フン…島国ノサルヲ止メラレナカッタ部隊ノ分際デ、偉ソウニ…」
「あ”?」
くうさんは心外だったのか、離島の前に進み出て、今にも一触即発の雰囲気を作った。
「…」
少しの間、睨み合いが続いたが、それを断ち切ったのは、以外にも離島だった。
「マアイイ…ワタシモ無駄ナコトハシタクナイ。」
そういうと、離島は自ら海に沈んでいく…しかし
「ダガ、忘レルナ…コノ世界ノ憎シミノ鎖ハ、決シテ断チ切ルコトハデキナイ…。」
―そうして、離島が完全にいなくなり、事態は終息を迎えた。
「すまんにゃぁ、くうさん。ありがとぅ。まっこと助かったわ!」
「ま、ウチはウチの用事を済ませただけっすけどね?」
二人は、ボートの上で和やかに談笑していた。
このボートは、「提督専用漁船改装快速ボート」で吹雪たちが持ってきてくれた。(運転手は明石)
「…で、あんた何しに来たんすか?」
「いやぁ、ちょっと様子見に…」
「様子見はいいんすけど、普通あんな事するっすか?」
くうさんは、提督の奇特な行動の真意を追求する。
渦中に飛び込むどころか、下手をうてば死んでいる…提督はもちろん一般人なので、普通に死ぬ状況だった。
「…あの子らぁを放っておけんかった、じゃいかんかよ?」
「あの状況、ウチがいなかったら、どうするつもりだったんすか?」
「あ~、それ言わんといてちや、めったにゃぁ。」
まいった、という提督だが、その顔に反省の色はなく、やり切った表情と取れた。
「オレはアホやき、あれ位しか考えが及ばんかったがよ。」
「フーン、そっすか。」
と、ちらりと隣の隅で休んでいる神通を見るくうさん。
(…やっぱ似たもん同士なんすかねぇ?)
「お、ほうじゃ、くうさん、オマエらの指揮官…?に、伝えちょって。」
「ん?何すか?」
「…今度オレの家族に手ェ出したら、おんしゃお覚えとれよ?…てにゃ。」
一瞬、寒気がした。
長い間、敵として戦ってきたが、この男のこういう所が底の知れない。
―何があったか知れないが、この能天気を怒らせるなんて、どんなことだろう…?
「…フンッ、了解っす!」
まぁ、ウチもどうかと思ったけどね?と、くうさんは不敵に笑みを作りながら、そんなことを考えていた。
「司令官、ちょっと…」
「ん?」
突然提督を呼ぶ、吹雪。どうしたのか?と聞くと…
吹雪は、船の隅に休ませていた双子たちを見やった。
顔にひびが入り、苦しそうに呻っている黒。白の方に至っては、手遅れでないかという位安らかに目を閉じていた。
「はぁ、はぁ、ぐっ…」
体が重い、鈍い痛みがある。それでいて頭は冴えていた。
あぁ、もうダメだのだな…と、黒は内心感づいていた。
…しかし、彼らの考えは違ったようだ。
「なぁ、オマエらどうするがよ?」
「…ぇ……?」
提督は、か細く返事をする黒に選択を投げかけた。
「オレらぁやったら、オマエらを治せるかもしれん。」
「……!」
驚きの提案だった。艦娘と同じように入渠でもさせようというのか?
「オレに伝手があるきにゃぁ、そいつらぁに頼んで、何とかしてもらおうって思いよる。」
「そ…」
それは話が早い、まだ沈みたくない。
そう言いかけた黒は、離島の最後の一言を思い出した。
―憎しみの鎖を、断ち切ることはできない。
「ぁ…」
「ん?どした?」
この人たちの優しさに甘えてはいけない。
自分達は怪物だ…呪われた存在だから。
――倒されなければならない、「悪」そのものだから…
「う…うぅ…」
―黒は、涙を浮かべながら、絞り出すように、言った。
「わ、わたし、は、ぁ…し、深海、凄、艦で…」
「んなこと気にするなや!」
提督は優しさ故の叱咤で、黒を説得する。しかし…
黒は、傍らにいた白を抱き寄せ、なおも拒否した。
「ごめん、なさい…でも、あなたたち優しい、から。迷惑かけたくない…から。」
「オマエ…」
「それに…私たちは、二人で、ひ、とり、だから…」
「…」
「…この子を、お、いて、いけなぃ…。」
ハッとする一同…決意は本物だった。
「ほうかよ」
提督は、帽子を深くかぶり、それ以上何も言わなかった。
他のメンバーも同様だった。
「……ぅ」
黒は、白を抱えたまま、水面に乗り出し、そのまま海に身を投げた。
――ネェ、ホントウニイイノ?
ムリシナイデ、イインダヨ?
…イキタカッタンデショ、イッショニ?
ワタシハ、モウムリダケド
アナタダケデモ、イインダヨ?
ワタシノコトハ、キニシナイデ…ネ?
暖かな光に身を包まれ、少女二人は、水底へ落下していく。
ふと、一人の少女は夢を見ていた。
提督の周りで朗らかに笑う艦娘たち。
その中に自分もいる。
笑って、泣いて、怒って、楽しんで。
そんな優しい光の中で、日常を過ごすのだ…。
それは、ああ、それはどんなに素敵だろうか―。
暗闇に沈む中、二人の放った光は、一層に輝きを増した。
それは、少女の「願い」であったのか、はたまた「勇気」であるのか…。
誰も知る由もない。が、少女の「再生」は確かに果たされた―。
ー宿毛泊地メモ(part5)
〇離島凄鬼
呼称:離島
特徴:閃光の灯った目・黒い衣装
主要国家を襲っていた深海棲艦部隊の残党の一人。
大本の「姫」が撃沈、消失したことで、深海棲艦群は散り散りになった。
彼女は失墜した深海の「憎しみ」を取り戻すため、行動しているモノの一人。
人間に肩入れする、或いは感化されつつあるモノでも容赦なく始末しようとする。
※エピローグまで、今しばらくお待ちを…。