「迷宮入り事件?」
ラーマは居間のソファーに胡坐をかいて座っている。買ってきたばかりのバナナを頬張りながら、誠の話を聞いていた。
「ええ。数年前に、連続殺人事件があったんです。交際中の男女だけが狙われる事件でした。狙われた男女は犯人に弄ばれるように翻弄されて、最後は遺体となって発見されるんです。それも、詳しくは報道できないほど酷い状態で。当時は春戸アベック連続殺人事件なんて言われてましたよ。結局のところ、犯人は逮捕されず、そのまま未解決事件となりました。この辺の地域では迷宮入り事件って言ったら誰でも思い出すくらいには知名度が高いです。忌まわしい事件なんです。忘れようにも忘れられない。自分の頭の中に、こびりついてしまっています」
ラーマの手は止まっていた。
うら悲しい目つきで誠を見ている。
「忘れられない、か……マスターはその事件と、どのような関わりがあったのだ?」
一瞬、誠は言葉に詰まった。一呼吸してから、ラーマの質問に答える。
「僕は……いえ、僕たちは、その連続殺人事件に巻き込まれたんです。結果的に僕の恋人が、亡くなりました」
ラーマは静かに顔を伏せた。
誠は言葉を繋げる。
「分かっている限り、と言いますか……公表された情報を知る限りでは、僕たちが関わった事件が最後の事件だったんです。それ以降、表立った報道すらありません。捜査も打ち切られたと聞いてます。なにか、事件解決をするキッカケのようなものが出てこない限り、永久に謎のままなんだと思います」
二人は押し黙った。
しばらくの間はそのままだった。が、沈黙を破ったのはラーマだ。
「汝は言ったな。聖杯への願いはない、と」
「はい。分からないんです。僕は、なにを願えばいいのか。なにを願うべきなのか」
「恋人の蘇生は?」
「それは……正直、自信がありません。時が経ちすぎました。僕も変わってしまった。当時の彼女と会っても、あの時と同じように振る舞える自信がないんです」
ラーマは立ち上がった。腕を組み、誠の目を見る。
「……では、犯人の特定はどうだ?」
「犯人の特定も考えました。でも、犯人を特定したからといって、いったい何ができるのか? これだけの事件を犯した人物です。更生の余地はないでしょう。法で裁くにも、古い事件を立証できるだけの情報が残されているのか。では、犯人に個人的な復讐をするのか? それで僕が捕まってしまったら本末転倒。僕が犯罪者の仲間入りをするだけです。そもそも、そんな気概が僕にあるのか? 今まで事件から目を逸らすだけで精一杯だった僕に、そんな勇気があるのか? 甚だ疑問です。犯人を知ったところで、自分を変えられるとは思えないんです」
誠の話を聞いているうちに、ラーマの組んだ腕に力が入っていく。表情が険しくなっていた。どうやら苛立っているようだった。
誠は視線を逸らすことしかできなかった。
「……汝はあれだな! 余計なことを考えすぎている! 許せないのならば、許せないと言って良いのだ! また会いたいと思うのならば、会いたいと願えばいい! もっと……そう、もっと自分が正しいと思うことを……自分の気持ちに素直になって……」
ラーマはその先の言葉を繋げなかった。会話を途中で区切ってしまったため、歯切れの悪さが残ってしまった。
「マスター、今日も仕事なのだろう? 支度の邪魔をして悪かった。余は少々、頭を冷やしてくるとしよう」
「あの、その……」
「安心してくれ、マスター。余はすぐそばにいる」
彼は誠に背を向けてそう告げると、霊体化して視界から消えた。
誠は選択を迫られていると感じた。
強い願い。
それはきっと、サーヴァントとの信頼関係を築くために必要な要素の一つなのだろう。
自分はどうやってそれを見出せばいいのか。
マスターとして、誠の苦悩が始まった。