登校中の澪は浮かない顔をしていた。
歩くペースも遅く、上の空だ。周りがまるで見えていない。そのため、何度も電柱や車などにぶつかりかけていた。キャスターのさりげない誘導がなければ、今頃は事故を引き起こしていたかもしれない。
キャスターは実体化していたが、一般の人々に姿は見えない。彼への注意を逸らす魔術を行使しているからだ。ゆえに彼は堂々と澪の隣を歩いていた。
「ねぇ、キャスター」
「なんだい、ミオ?」
「一晩寝て、ちょっとずつ頭を整理したんだけど……やっぱりさ、昨日の晩のアレってさ……」
「取り急ぎ、君が最も気にしている心配事は親友……パウラ・シュペーアの身の安否だね? 昨日のサーヴァントはパウラ・シュペーアの命を狙っていたのだろう。それは間違いないはずだ。でもね……とりあえず、彼女は無事だと思うな」
キャスターは澪が聞きたいことを先回りするように答えた。
澪はぎゅっと拳を握った。
「……なんで無事だと言えるの?」
「君とは違って、ちゃんとしたマスターだと予想されるから、かな? 私が召喚されたあの部屋には、既に英霊を召喚した痕跡が残されていた。それなりの覚悟と心得を持っているマスターであるはずだと思ったのさ。どんな英霊を召喚したかまでは知らないけど……私の読みが正しければ、上手くやっていけるだけの力量はあるはずだよ。あくまで私の読み通りなら、ね」
澪は足を止めて俯く。
キャスターもピタリと足を止めた。
「ねぇ。パウラちゃんは、あのアパートに戻ってくると思う……?」
「戻る確率は極めて低いだろうね。戦闘の痕跡はそのまま。それも自分が不在時に、だ。少なくとも二つの陣営相手に場所を知られてしまった以上、留まる理由がないからなぁ……」
澪の体が小刻みに震えた。
顔を覗かなくとも、泣きそうであることがキャスターには容易に予想できた。
彼はほんの数瞬だけ考える素振りを見せたあと、やがて諦めたようにため息を吐いた。
「やれやれ、仕方がない。では、パウラ・シュペーアと再会する可能性を探ってみようか」
ガバッと澪は勢いよく顔を上げた。表情は明るく、活力が満ち溢れていた。
「そんな方法あるの?」
「……あるよ。彼女の居場所を探る糸口にはなるんじゃないかな? でもまぁ、正直なところ、試してみないと分からない。可能性を高めるだけであって確実に会えるとは限らないし、なによりも危険が伴うだろう。それでもやるかい?」
「うん、やる!」
「即答だね。清々しいまでに」
「で、なにをすればいいの?」
澪は首を傾げて尋ねた。
「簡単なことだよ。ここ一週間のパウラ・シュペーアの足取りを追うだけさ」
「なるほど……なるほど?」
キャスターはどこからともなく、紙の束を取り出した。
「幸いにも、ここに独自のルートで手に入れたパウラ・シュペーアの行動記録の一部がある」
「行動記録の一部……?」
「その日、どういった行動計画を立てたのか? その日、予定通りに事が進んだのか? その日、何があったのか? それらが詳細に書かれているもの――つまりは日記に近いものだね。ほとんどが焼けてしまったけれど……幸いにも、必要な情報は残されていた」
「ねぇ、それドコで手に入れたの? まさか、パウラちゃんの部屋から勝手に――」
「どうやら……彼女はすでに何人かのマスターやサーヴァントと接触しているようだ。これを使って、まずは話の分かるマスターとサーヴァントに会って情報を得よう。幸いにも、うってつけの人物がここに記されていた」
「ねぇ、キャスター? 聞いて?」
キャスターは静かに微笑むと、スタスタと前へ歩き去っていった。
「ほら、ミオ。学校に行こう。このままでは遅刻するよ?」
澪はほんの数秒程度、ぽかーんと口を開けて立ち尽くした。
すぐに我に返り、小走りしてキャスターに追いつく。
「なんでそうなるの! 肝心なことは話さないくせにー!」
「まぁまぁ、ミオ。ところで、話の分かるマスター……その人物の名を聞きたくはないかい?」
「……はいはい。それじゃあ、どんな名前なの?」
キャスターは不敵な笑みを浮かべた。
「神々廻誠。君の学校の先生だ」