何度も生んだ。
何度もここで生まれた。
何度もここでまぐわった。
何度も何度も何度も、新しい命がここで誕生した。
だけど、全て私の手から離れていく。
夫が持ち去っていく。愛しい子供たちを。連れ去っていく。
どこにいるのか? 何をしているのか? どれだけ成長したのか?
知らない。関われない。教えてもらえない。
夫が私に与えたのは、八畳ほどの広さの部屋。硬いベッドが端に置かれていて、真ん中には小さな丸いテーブル。座布団。壁際に冷蔵庫。そして、片隅にはトイレがあった。
結婚してから部屋の外に出たことがない。ベッドのシーツと着替えは夫が替えに来る。食事も彼が持って来たものだけを口にする。湯船につかったことも、シャワーを浴びたこともない。濡れたタオルで体を拭き取るだけ。
ここですることは単純だ。食べる。寝る。まぐわう。孕む。生む。その繰り返し。
外の情報は入ってこない。
世間で何が起こっているのかは知らない。何が起こっていたのかも忘れてしまった。曜日の感覚はおろか、今が何年何月何日なのかも認識できない。自分の年齢さえ、もはや把握できていなかった。
時々、思う。
私は子を産むためだけの機械なのだ、と。
事実、そうなのだろう。
それ以外のことを、この身は忘れてしまったのだから。
自分という存在が分からなくなる。
牢獄に閉じ込められた囚人? ケージに押し込められた家畜? あるいは、巨大な機械の歯車の一つ? どれでもいい。どれも、きっと同じだ。思考を停止させないと存在できない。自我を持った瞬間、壊れてしまう。そういった存在なのだ。
だから、私はもうじき壊れる。与えられた役割をこなす自信が、もう残されていない。心の寿命が迫っている。近いうちに、自分で終わらせることだろう。
そんな私にも望んでいるものがある。たった一つだけ、欲しいと願うものが。
愛。
与えられる側でも、与える側でも、どちらでもいい。
愛さえ。それさえあれば、生きている実感が出てくるはずだ。
私の子供はどこ? あれだけ産んだのだ。一人くらい、私の傍にいてくれてもいいではないか。
私は祈る。毎日、祈っている。その行為だけが唯一、人間らしいと思う。
ください。私に子供をください。私から離れない、愛すべき子を。
祈りの効果は変わらない。効き目など、確かめようもなかった。それでも、心が壊れるまではやらなくてはならない。漠然とそう思っていた。
ふと、右手に熱を感じた。見れば、不思議な紋様が右手の甲に浮かび上がっていた。
普段の生活では感じることのない温かさだった。怖くはない。むしろ、急に現れた『特別』なことに心が躍ったくらいだ。
私は祈る。心を込めて祈る。強く、強く、強く、祈る。
右手がさらに熱くなった。動悸が激しくなってきた。それでも構わず祈り続ける。
神様、私に――
突如、目の前が真っ白に染まった。
強い光。その奥に、人影があった。
「うおおおお!」
視界が晴れる。私の目の前には、巨大な男がいた。この狭い部屋ではまともに立っていられないくらいに大きい。
白い髪。腰ほどまで伸びきった髪。手入れなど全くされていないように見える。上半身は裸で、下半身に赤い布を巻いているだけだ。腕やお腹に重そうな金属製の装飾がつけられていた。ジャリ、と金属が擦れ合う音が部屋に響く。よく見れば、足の付け根にも金属性の輪っかがついている。そこから鎖が伸び、先端には鉄球があった。
ふいに、巨大な男が私の顔を覗き込んだ。
赤い瞳が私を見つめている。
「ぼく、の……ます、たぁ?」
たどたどしい言葉遣い。
変わった目の色だが、よく見れば愛らしい形をしていた。
本能的に感じるものがあった。
「あなた、お名前は?」
「あ、あすてりおす……」
「アステリオス。素敵なお名前ね」
彼は表情を明るくさせた。
この子はとても素直に笑う。
大きい体をしているが、心はきっと純粋な子供なのだろう。
わかる。私にはわかる。理解できる。でなければ、これほどまでに母性を感じることはないはずだから。
祈りが届いた。この奇蹟を噛みしめる。
「ああ、ありがとう神様」
「かみ、さま……?」
「なんでもないわ、私の……愛しい子……アステリオス」
私は彼の頭を抱き寄せた。
アステリオスは抵抗しない。むしろ、心地よさそうに身を委ねてくれた。
人生で一番、幸せな時が訪れた。
そう思えたことが、私への救いだったのかもしれない。