灰と執行者のグリムガル 作:黒鍵って最強じゃね?
レッドムーンを出たアンリは、レッドムーンからそれほど離れていない場所で空を見上げていた。
半月と三日月の中間のような月がアンリの目に焼き付けられる。
「月が好きなのか?」
ふと、自分よりも声が高い青年に話しかけられる。身長はアンリとさほど変わらず、爽やか系といった印象がある青年。
「確か・・・マナトだったか?」
必死に記憶を探り、その名前を口に出す。会話こそしていなかったが、彼らの会話はアンリの耳に入っていた。
「分からない。なぜ月を見ているのかが」
頭の中に何かが引っかかるから。答えが頭の中に浮かんでいるのに、口には出てこない。それがアンリの気に障り、落ち着くことが出来ない。
月、いや空。空に何かあるのだろう。空に浮かぶもの、月でも太陽でもなんでもいい。アンリは答えが知りたい。
「マナトは何をしている?」
マナトは社交的でチームのリーダー的な雰囲気なため、他の人達と行動を共にしているとアンリは思っていた。だがマナトは今一人でアンリの元に来ている。
「ランタとシホルとユメの代わりに情報収集」
悲しそうに微笑むマナト。マナトは不安なのだろう。おそらく前の習性と同じように、自分の弱い所を他人にあまり見せない。記憶もなく、この先どうすればいいのかもわからず、見習い義勇兵になるしか道がなかったから、この不安を誰かと共有しようとした。
「・・・俺達とパーティーを組まないか?」
マナトからの突然の提案。悪い話ではない。アンリ達はグリムガルに来たばかりで、身分もなくあるのは十シルバーだけ。そんな彼らに仲間、というより同類は心地がいい。
「俺は一人でやる。多分、一人でしかできない」
アンリは断った。アンリは別に考えがなく断った訳では無い。仲間になれば連携が必要となってくる。連携など最初から出来るものではなく、徐々に伸ばしていくものだ。
アンリは協力、という言葉に自分とは疎遠と考える。頭の中で考えているわけではなく、内側から溢れ出てくることを頭の中に無理やり押しとどめている。
「一人でやるとは言ったが・・・・・手伝いとか、必要なら頼ってくれて構わない」
「そっか」
アンリとマナトは同じ方向に、同時に歩き始める。意図したことではなく、完全に無意識で。歩く速度も、歩幅も同じ。
「なら、情報収集は手伝ってくれよ?」
マナトが隣で歩くアンリに顔を向け、悪ガキのような笑みで話す。その表情はマナトがグリムガルに来て一番の笑顔だ。アンリに断る理由はない。自分は何故か知らないが、あの中で一番戦う力を有している。
身体技術、というより体術と言えるそれは、人一人を簡単に捻り殺せる。レンジを相手にした時は何も考えずに、体が動くままに動いていたが、今やろうと思えば、おそらくやれるだろう。
そしてアンリがどこからか出した剣——黒鍵。アンリは黒鍵の柄から刃を出した。ならばその柄はどこから?
アンリの頭の中に入っていた、というよりも入ってきた記憶では、アンリは魔力と呼ばれる力で黒鍵の柄と刃を、その場で創り出した。
本来の黒鍵はレイピアのような投擲剣だが、アンリは柄や刃のサイズを自由に操れる。
黒鍵を使った剣技に、体術。それらは全て人体、というよりも生物を効率よく破壊するもの。
忌避感、ではない。
アンリはあの場にいる全員に感じさせてしまったのだ。彼らと自分の間にある実力という溝を。だがマナトはアンリに話しかけた。アンリを頼ろうとした。
受ける気はなく、断る気もない。出来るならば、マナトを、いや、マナトと共に生きる者達を最後まで見守りたいと思った。思ったならば、実行すればいい。生きる理由すら今の状況では持ち合わせていないアンリの生きる理由。
この者達に祝福あれ。彼らはいずれ、名誉と栄光を背負うだろう。
マナトとアンリは夜のオルタナの街に出向いた。
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大体の情報を揃えることができた。ギルドの存在、そしてギルドにある掟、パーティー等の編成基本。それ以外にも見習い義勇兵に優しい借宿等、様々な情報が集まった。
アンリとマナトは途中ハルヒロと合流し、事務所レッドムーンの前まで戻った。
事務所の前にいたシホル、ユメ、ランタはアンリのことを少し怖がっていたが、ハルヒロとマナトの説明もあって、それなりに打ち解けることに成功した。
それから色々なことがあり、各々がギルドと呼ばれる場所で見習いとして修練している中、アンリもまたギルドへと行っていた。
そのギルドは
————『魔法使い』
この名を聞いた時、不思議と興味が湧いてきた。『魔法』と呼ばれた現象が気になり、入ったのではない。思いついたのは『魔法の違い』。
何と何を比べているのか、アンリ自身も分かっていない。だが興味よりも比べるという理由のほうが大きかった。
アンリは別に一人で来ている訳では無い。アンリの後ろに縮こまるようにシホルがいる。
シホルがアンリを怖がっていることがよくわかる。アンリはどうしたものかと頭を抑える。
そんなこともあり、見習い期間。
魔法使いはとんがり帽子の様なものをかぶっているものが多いが、別に強制ではないらしい。被っているのはただ雰囲気を出すために被っている。
魔法使いは決められたエレメントを操り、呪文やエレメンタル文字を書くことで、魔法を放つ。しかしギルドで教えるのは基礎的な魔法のみであり、魔法は自分のエレメントの特性から自分で編み出せ、とのこと。
本来なら1週間かけて行われる筈の見習い期間を、アンリは4日で終わらせた。シホルはまだ時間をかけているが、近いうちに終わりそうだ。
アンリとシホルの関係は最初と比べるとだいぶ緩和された。最初の方は対面するだけでオドオドして怯えていたか、今ではそんな様子はない。
時々熱っぽい視線が飛んでくる気がするが、そこまでアンリは気にしていない。
終業したアンリは義勇兵らしくモンスターと戦っている。アンリの相手はゴブリン。この辺りのゴブリンは武器を持っていることが多く、初心者は足がすくんでしまう。
アンリは息を潜め、隙を見てゴブリンの数を判断する。今回アンリが見つけられたのは大木の根っこにいる二体、木の上にいるのと草むらで何かを探しているの。計四体。
アンリは息を押し殺し、ゴブリンに向かって飛び出す。右手に黒鍵を二本展開し、木の上にいるゴブリンに投げつける。黒鍵はゴブリンの頭と腹を貫く。
他のゴブリンがアンリのことを認識している間に、一息で草むらのゴブリンに近づき、腹部に拳を叩き込む。殴られたゴブリンは口から血を吐き、その場に倒れる。
残りの二体のゴブリンが槍と短剣を構えて襲いかかる。アンリは黒鍵の刃を普通の剣程の大きさにして両手に展開。二体の武器を受け止める。
右足を軸にし、勢いをつけないで半回転。振り上げた左足で一体の顔を陥没させる。最後のゴブリンが槍を横に振り、首元を狙ってくるが、アンリはその隙に左手の黒鍵で槍を跳ね上げ、右手の黒鍵で首を刈り取る。
鮮やかすぎる手つき。だがアンリの表情はどことなく残念感を漂わせていた。
「やはり、返り血が多すぎるな・・・」
アンリが悩むのは返り血。アンリは今の所衣服は最初に来ていた黒い礼服だけ。替えの服はまだいいと判断した。だが毎日返り血を浴び続けると、流石に着るのが辛くなる。
「似たような服が売っていればいいが・・・」
アンリが来ている服は驚くほどアンリの動きに適している。体が滑らかに動き、衣服が動きを邪魔しない。まさに戦う者の服としては十分すぎる代物だ。
「明日、いや今日にでも買いに行くか・・・」
アンリはその後、金になりそうなものを剥ぎ取り、オルタナへと戻っていった。
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酒場は義勇兵にとっては身近な場所でもある。一日の疲れを癒すものや、愚痴を語るもの、今日の成功を祝うものなど様々だ。
その中でも、異様に静かなテーブルがある。4人用のテーブルに二人で座り、お互い飲み物を一気に煽る。喉が癒され、脳がもっと飲ませろと呼びかけるが、無理矢理押し殺し、ジョッキをテーブルに置く。
「それで、頼みとは?」
2人のうちの片方、アンリは正面にいる相手であるマナトを見据える。マナトはジョッキの水面を静かな瞳で見ている。
アンリは今日が彼らの初めての戦闘日だと思い出す恐らくは失敗したのだろう。
マナトが覚悟を決めたように顔を上げる。アンリはようやく答える気になったかと思い、前に倒れ気味だった体を後ろへとずらす。
「俺に・・・俺達に戦い方を教えてくれ」
成程、とアンリは思う。一緒に戦ってくれではなく、戦い方を教えてくれ。マナトのパーティーはハルヒロ、ランタ、シホル、ユメ、そして後から加わったモグゾー。
今はマナトの指揮でなんとかゴブリンと戦えてはいるが、一体も倒していない。それどころかゴブリンに遊ばれている。
「ふむ、いいぞ」
「ありがとな」
「気にするな、それで集合場所だが・・・それは言わなくてもいいな」
アンリは現在半人前の義勇兵に貸し出される宿舎を借りている。それはマナト達も同じであり、所謂共同生活をしている。
アンリは朝早くからオルタナの外へ行き、遅く帰ってくるため、マナト以外には奇跡的にアンリが宿舎にいることは知られていない。
「それにしてもアンリが魔法使いか・・・。似合わないな」
主にアンリが杖を構えて魔法を唱えたりとか。マナトは笑いながらいう。アンリもそれについては自覚している。だがアンリは魔法をあまり使わず、黒鍵などで対処している為、魔法はあまり戦闘では関係ない。
「神官になると黒鍵が使えない。確かに回復魔法は便利だが、一人でやるには攻撃力が足りない。戦士や盗賊、暗黒騎士は見れば大体のものは『模倣』できる。ならば後は魔法使いしかないだろ」
アンリは他の義勇兵等の技術や技を見て真似ることが出来る。回復魔法やそれに近しいものは使えないが、足捌き、力の加減、タイミングなどを完璧に把握することが可能だ。
故にアンリはエレメントを唯一扱う魔法使い以外は、特に入っても意味が無いのだ。
「凄いよ、アンリは」
「人間関係は死んでいるがな」
そこは俺の方が上だ、と言いマナトは残っている液体を飲み込む。残り少なかったせいか、すぐに飲み干し、また飲みたいという衝動に駆られる。
「なんだよ、もう行くのか?」
席を立ったアンリにマナトが問う。どうやらマナトはまだ残るようだ。アンリはそんなマナトを一瞥し、大気を払って店を出ていく。
残されたマナトはもう一杯だけ注文した。