灰と執行者のグリムガル 作:黒鍵って最強じゃね?
脇腹へ染みとおる激痛。蕩けるように襲い来る眠気。寝てはダメだと分かっていても、甘美な眠気が迫ってくる。
痛みすらも薄くするほどの眠気。なんとか耐えようと意識を保つ。一度引き込まれたらそこで終わってしまうから。
「マナト!マナト!」
「クソ!あのクソゴブリン共ォ!」
「マナトくん・・・イヤやァ・・・!」
「そんな・・・マナトくんが・・・」
「ど、どうすれば・・・」
仲間達の戸惑う声。こんなことなかったから、どうすればいいのか分からないのだ。
声を出そうにも、今もじわじわと体を毒が蝕んでいく。終わりが近いのか。もう意識を保つのも・・・。
ザッ、ザッ。
誰かが・・・近づいてきている。誰だ・・・その真っ黒な闇のような瞳の持ち主は・・・。
ああ・・・お前・・・か・・・。
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「マナト!マナト!」
必死にマナトの体を揺する。なんとか眠らせないように。死なせないように。
俺たちはダムローでゴブリンと戦っていた。確かに強くなっていると実感しながら。だが予想以上にゴブリンは数が多く、洗練されて強かった。
俺たちは撤退を余儀なくされた。複雑な建物の隙間を通ってなんとかゴブリン共を撒こうと走り続けた。だがダムローはアイツら庭のようなもの。幾度となく先回りされて段々と追い込まれていった。
そしてとうとう、それは起こった。
逃げている最中、クロスボウを持った青いゴブリンが毒矢をマナトへと撃ったのだ。マナトはなんとか身を捻ったけど、背中に矢が刺さったようだ。
俺たちはそれに気づかないで、とにかく走り続けた。あらかじめ作っておいた地図を見て、とにかく逃げて逃げて逃げまくった。
ようやくゴブリンを撒いたら、マナトが倒れた。俺たちはようやく気づいたのだ。マナトの背中に矢が刺さっていることに。マナトの顔を見ると、汗が酷い。それに顔も青白くなっている。まるで———寸前みたいに。
みんな固まる。動いているのはマナトだけ。でもそれは体を横向けにするだけ。
そして弾かれたようにみんなが声をかける。どうすればいいか分からないから。マナトは魔法を使おうと額に手を当てるけど、使えない。段々と頭から冷静さが抜けていく。
駄目だ・・・!どうすればいいんだ・・・!何をすればいいのか全く分からない。今までマナトに頼り続けてきた弊害だろう。俺たちだけじゃ・・・何も決められない。
「と、とりあえずこれを抜こうぜ!」
ランタが焦りながら閃く。ナイスだランタ!とりあえず抜けばいいんだ。それで治療して・・・それで、それで・・・。
「やめておいた方がいい。失血量が増えて死期が早まるだけだぞ」
「ア、アンリ・・・」
矢をぬこうとしたランタの手を咄嗟に掴んだのはアンリだった。何故ここにいるのか、全く分からない。
「ふむ・・・これは、少し急いだ方が良さそうだな。これを持って帰れ」
アンリは背中に担いでいた荷物を地面に落とし、更には服の中に入れていたナイフも一斉に落とす。するとアンリはマナトを背中にかつぎあげる。
「お、おい、マナトをどうするんだよ・・・」
「神殿に連れていく。もう助かるにはそれしかないからなッ!」
アンリが走り出すと同時にドン!という音がする。何の音だろうか?音源である地面を見ると、アンリの足元の地面が大きく抉れていた。顔を上げてアンリが消えた方を見ると、その背中は既に見えない。
「はや・・・」
もうそれしか出ない。言葉足らずだと思うけど・・・ホントにそれしか言えなくなる。身体能力がすごいのは分かってたけど、まさかこんなにすごいなんて・・・。
とりあえず、まだ希望は残っている。アンリが希望を残してくれたことに、俺たちは深く安堵した。
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「協力してくれたこと、感謝します」
儀式的に頭を下げる。冷淡な声音だが、その声にはしっかりとした感謝が込められているのを、アンリの前に立つ3人の神官は悟った。
「運が良かったのう。あと少し遅ければ、この者の命は事切れていたぞ」
「本当に、ありがとうございます」
もう一度、頭を下げる。丁寧すぎるその所作に、言われた3人は微笑む。
「じゃあ僕はこれで」
「私も」
3人の神官のうち、多大な疲れを顔に出した男性と、まだまだ元気そうな女性は3人めの初老の神官に頭を下げて退出していった。
「全く、来た時は本当に驚いたわい。まさか愛弟子が瀕死の重傷で運ばれてくるとは」
「驚かせてしまって申し訳ありません、大司教」
初老の神官はマナトの師匠であり、また神官ギルドの長である大司教でもある。マナトは素質がずば抜けてよかったのが大司教の目に留まり、直属の弟子にしてもらったと、アンリに述べていた。
マナトを運んでいる最中、それを思い出して無理を承知で掛け合ってみれば、結果は喜んで治療して貰えた。だが矢が刺さってから時間が経っているせいか、毒への治療などその他にも様々な神官が必要だったため、アンリは神殿内にいた腕の良い神官を2名、大金で雇ったのだ。
そして治療は成功し、マナトは神殿内のベッドルームで泥のように眠っている。
「完全に回復するのは一ヶ月後。運動していいのは三週間後じゃ。くれぐれも、それを破るでないぞ」
「よく言い聞かせておきます」
アンリがそう言うと大司教は笑いながら退出していく。完全に退出するとアンリは全身の力を抜いてどっぷりと椅子へ座る。張られていた緊張感が一気に抜ける。深い溜息を吐き出し、また立ち上がる。正直このまま眠ってしまいたいが、まだ最後にやることが残っている。
部屋から退出してそのまま神殿から出る。石造りの階段の下にはアンリの予想通り、意気消沈している五人の影。明らかに生気が感じられない彼ら。普段はうるさい男も、今だけは黙っている。
「治療は終わったぞ」
バッ!と全員が振り返る。意気消沈していた表情は少しだけ和らいではいるが、未だに余裕は見えない。
無理もないか。
仲間が死ぬかもしれない。それだけで、まだ幼い彼らの心は膨大な不安とストレスで押し潰されていく。それが今後になにか影響をもたらすかもしれない。それは間違いなくいいものではないだろう。
「命に別状はなく、手足が動かなくなることもないが、少なくとも一か月は安静にしておけと言われた」
「そっか・・・無事なのか・・・」
「良かったよぉ」
「マナトの野郎、心配かけさせやがって!」
各々がそれぞれマナトの無事を喜んでいる。確かに、死んでいないというのは素晴らしい『結果』だろう。だが彼らはまだ『結果』に付属してきた『代償』を見てはいない。
「これから、どうするつもりだ?」
「え?」
ハルヒロの抜けた声がする。やはり、か。
「マナトの治療に一か月。その後リハビリを含め更に時間はかかる。そのあいだ、お前達は何もしないでただマナトが回復するのを待つのか?」
それは不可能だ。しばらくの蓄えがあるパーティーならば詰め込めば一か月は持つだろう。一ヶ月後、体は戦い方を覚えているか?答えは否である。筋肉は訛り、戦闘感は鈍る。
ハルヒロ達は成長期だ。彼らは伸びる。今はまだ植えられたばかりの種だとしても、いずれは天に上り詰める大樹となるかもしれないのだ。そんな彼らが一ヶ月、何もせずにいればどうなる?体は堕落を覚え、まともに戦うことなどできまい。
「それに入院費、治療費もだ。詰め込みながら生活しているお前達では一週間もつまい。同期のよしみ、そして友人としてほとんどの治療費やらは立て替えてやれるが、お前達自身はどうするのだ?まさか飲まず食わずで生きられるはずもあるまい」
戦うか、戦わないか。その選択肢を投げつける。彼らとてわかっている。元より貯めている金銭は雀の涙ほど、まともにゴブリンさえ狩ったことのないない彼らは、殆どが無収益と言える。
「でも・・・俺たちのパーティーには神官が・・・」
神官はパーティーにとって一番重要な役目。光の神ルミナリスの与える加護を、魔法という形で扱うことの出来る貴重な役割り。回復、毒消し、守備力向上。同じくルミナリスの加護を扱える職に聖騎士があるも、聖騎士では扱える加護は限られる。
「それを言うということは、戦うということか?」
そう言うとハルヒロ達は下を向く。
傷つきたくない、死にたくない。人が持ち得る当然の本能が彼らを止める。今回は運良く助かっただけ、次は自分かもしれない。その想いが一気に膨れ上がり、彼らを責め立てる。
生きるためには稼がなければ、だが彼ら義勇兵は命と隣り合わせ。さっきまで笑いあっていた者が次の瞬間に死ぬなど茶飯事。
「選ぶのは俺ではない。お前達自身だ。自分の問題を他人に押し付けすぎるなよ」
階段を歩き出す。振り返りはしない。
シホルが何かを言いたそうに見てくるが、それを無視して歩いていく。日が沈み、赤い月が浮かび上がる。夜の下、アンリは闇を背に、影へと歩いていく。