僕が部室に来た時は、既に貴方は眠っていましたよ。寝不足だったのですか?…ええ、机に突っ伏して。
珍しく涼宮さんはまだ来ていませんでしたので、僕はいつも貴方にコテンパンにされるオセロの研究でもしようと考えまして、用意しているところに涼宮さんが入ってきました。
「団長様の到着よ!みくるちゃん!お茶は用意できてる?」ズバーン
「あと少しだけ蒸らしたら飲み頃です~」
「よろしい!有希は元気?」
「問題ない」ペラリ
「古泉君はどう?」
「おかげさまで」ニコ
「それで、キョンは?」
「なにやらお疲れのようで、僕が来た時にはもう、そんな感じでした」
「根性が足りないわ!まったく」ムー
そう言うと涼宮さんは貴方に近づいて、両肩を掴んで揺さぶり始めたのです。ええ。それはもう結構な勢いで。
でも、貴方は起きる気配を見せず、涼宮さんが呆れて団長席に座ろうとしたとき、貴方が言ったのですよ。
「……ハルヒ」ムニャ…
――――――――――
「…オーケー。わかった。つまり、俺は寝言で名前を呼んじまったんだな?」
「そうですね」
「…まあ、たぶん夢を見ていたのは間違いないから仕方ないんだが…」チラッ
「♪」ギュッ
「なんでお前は抱きついたままなんだ?ハルヒ」
背中に当たる柔らかい温もりがなんとも形容しがたいのだが。
「キョンに呼ばれたから♪」ギュッ
「はわわわわ。涼宮さんが可愛いのです」
「いつの間にそういう間柄に?」
「…そう、あれはある放課後のことだったわ。キョンがあたしのことを呼んだの♪」ギュッ
「ついさっきのことかい!!」
「そうね!でもキョンがあたしを呼ぶのを聞いた瞬間、あたしはキョンに抱きつかなきゃいけないって思ったのよ!」ギュッ
「そりゃどうも」
そっと長門の方に目を向ける。だが、親愛なるヒューマノイドインターフェイス殿は我関せずとばかりに本を読んでいる。
古泉に視線を送っても肩をすくめるだけで役に立たない。
朝比奈さんは、俺たちの様子を見てあたふたとしているだけだ。
つまり、だ。こうなったらもう本人に聞くしかないってわけだ。
「なあ、ハルヒ」
「なによ?」ギュッ
「なんで抱きついてるんだ?」
「そこにキョンがいるからよ!」ギュッ
「なんだそりゃ」
「そういうものなの!」ギュッ
やれやれ。なにがなんだかわからない。
それにしても、ハルヒの顔がすぐ横にあるってのはなかなか精神衛生上よろしくない。どうしたものか。
「なあ、ハルヒ」
「なに?」ギュッ
「いったん離れないか?その体勢は辛いだろ?」
実際、中腰で椅子に座っている俺にしがみついているのは辛いと思う。
「そうね。じゃあ立って。今すぐ!」
俺から離れると、団長殿はそうのたまった。
「はいはい…うおっ!?」
「これなら辛くないわよっ!」ダキッ
「はわわわわわわわっ!!」///
「これはこれは…」ニヤニヤ
「…」ペラリ
あろうことか我が麗しの団長殿は俺が席を立つのと同時に、真正面から抱きついてきた。勢いで俺もハルヒの背中に手を回す格好になる。
「…もっとぎゅってして?」ギュッ
「お、おう…」ギュッ
おかしい。何かがおかしい。
「おいハルヒ。なんで俺たち抱き合わなきゃいけないんだ?」
「そこに二人がいるからよ!」ギュッ
「いや、どう考えてもおかしいだろう?」
「どうして?」ギュッ
「そういうのは、あー、お前が言うところの精神病者がすることだろう?」
「そうね!あたしはさしずめキョン病ってところかしら?」ギュッ
「はわわわわわっ!!涼宮さんが恋する乙女になっちゃいました」///
なにを言っているのですか、朝比奈さん。
「そういう言い方されると、ちょっと恥ずかしいわね」ギュッ
おい、今なんていったハルヒ?
――――――――――
「いへへへへへっ!!なんらは!?」
「意外と伸びるわね~。あんたの頬」ムニー
「はらへ!!はらへ!!」ジタバタ
「居眠りした罰よ!!」ムニー
「ほへんなふぁひ!!」
「以後気をつけるように!!」
「…あーいてー。あー、やっぱり夢か」
「は?どんな夢見てたのよあんた」
背中側から聞こえてくる問いに、俺はちょっとだけ皮肉をこめて答えた。
「団長殿とのラヴ・ストーリかな」
「は?はあああああ!?」
「可愛かったぜ。ハルヒ」
「知るか!!バカッ!!」
「お前が後ろから抱き着いてきたのが悪い」
「抱きついてない!」
「背中に感じたのは団長殿だと思うんですけどね?」
「~~~馬鹿キョン!!」カァッ
え?なんでそこで赤くなるんだ?
「お、おいハルヒ。どこへ行く気だ!?」
「うるさいっ!!」ダッダッダ
脱兎の如く、ハルヒは部室を後にした。やれやれ、なんだっていうんだ?
「キョン君。あれは駄目ですぅ」
「僕も朝比奈さんの意見に同意します。さすがに言いすぎかと」
「今のは貴方が悪い」
どうやら俺に味方はいないようだ。
「まあ、涼宮さんもやりすぎな感じはありましたが。とりあえず閉鎖空間は今のところできていませんので大丈夫でしょう」
「待て、ハルヒがどうしたって?」
「涼宮さん、キョン君のほっぺを引っ張る前に、一瞬だけですけどキョン君のこと、後ろから抱きしめてたんですよ。うふふ」
ハルヒが俺を抱きしめていた?
「まあ、貴方が寝言で涼宮さんの名前を呼んだからでしょうね」
俺が、ハルヒのことを呼んでいた?
「キョン君が名前を呼んだら、涼宮さん、ちょっと赤くなったんですよ」
それって、つまり…。
「少なくとも、ある程度の好意は持っているということですね。貴方も、涼宮さんも」ニコ
「…そうか」
「涼宮ハルヒは、屋上」
やれやれ、相変わらず頼りになるな。
――――――――――
屋上へ出ると、景色は夕日で茜色に染まっていた。
団長殿はフェンスに寄りかかるようにして視線を空に向けている。
「危ないぞ」
「…大丈夫よ。落ちはしないわ」
「見ている方が心臓に悪い」
「軟弱」
「かもな」
「そこは否定しなさいよ」
「努力する」
「…」
ハルヒが俺の顔を真っ直ぐに見つめてくる。睨んでいるようにも見える。
その頬が夕日以外の色に染まっているように見えるのは気のせいだろうか?
「…キョン」
「……ハルヒ」
お互いの名前を呼んで沈黙する。
なんなんだ?この空気は。正直、逃げ出したい。
ハルヒも同じ事を考えているのだろうか?
喉が渇く。
鼓動が煩い。
意を決して口を開く。
「「あたし(俺)はあんた(お前)のことが……」」
同じタイミングで声が重なる。
お互い顔を見合わせて、どちらからともなく笑う。ただそれだけで、さっきまでの重苦しい空気が霧散した。
言うなら今だ。俺はハルヒの肩に手を置いて、大きく息を吸い込んだ。
「……ハルヒ」
「……」
「俺は、お前のことが……」