カンピオーネ~天下一の傾奇者~   作:カラミナト

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二話

永禄元年(1558年)

 

戦国乱世のこの時代、帝の住まう京の都でさえも応仁の乱以後は管理するための金子もなく、修理をしてもその甲斐なく戦火に焼かれるために寂れ続けているというのにこの街は活気で溢れかえっている。

 

近江国は淡海の海(琵琶湖)の東岸にある六角氏の居城たる観音寺城の城下町。

さわやかで暖かい春の陽気をはらんだ風から梅雨も間近であると感じさせる湿気のある風へと変わり始める皐月も末のころ。

目の前には水運の盛んな淡海の海が広がっており、近くには美濃から京に至る東山道と伊賀へと至る八風街道があり、京に近いこともあってか物の動きも人の動きも盛んな大都市である。

 

六角氏前当主の六角定頼による楽市令によって城下町の石寺においては商人が自由に商いが出来るために商業が盛んな街として知られて十年が経とうとしているこの街は昨今の南蛮人の来日によって出回り始めた南蛮渡来の珍妙な品々なども堺や京の都ほどではないものの立ち並んでいる。

 

そんな城下町に一人、周りとは違い明らかに浮いている者がいる。

 

その青年は袴も穿かず、白地に金縁赤色の龍炎文様が各所にあしらわれた長着を着て、組紐状の黒と銀の帯を腰にグルグルと巻きそこには黒漆の拵えの打刀が差されており、肩には袖や襟が赤や金で彩られた黒地の胴服を羽織っている。

青年の黒髪は頭頂付近で赤の組紐で簡単に結わえられて背中まで伸びている。

 

その様は所謂、傾奇者。

 

傾奇者とは異様な姿をしており、徒党を組んで無銭飲食、金品強奪などの乱暴狼藉を働くために庶民からはよく思われていない場合が多い。

 

しかし、彼は違った。

彼はその持ち前の強運で博打において逆にこの周辺の博徒どもを干上がらせ、その金で時折気前よく庶民に金を配り、更には猛る博徒どもを返り討ちにするほどに腕っぷしは強い。

 

傾奇者でありながらも、彼は違うのだと。彼に好印象を抱く庶民も堅気でないものもその青年の事を皆、そう呼ぶ

 

天下一の傾奇者、前田慶次と。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

まさしく神のいたずらかそれとも同類の神殺しの権能によってかは分からないが戦国時代に流れ着いてから三年が経った。

最初のころは桔梗の言う通り京の都の呪術師たちに自分の存在が知られるということは混乱を起こすだけであるということは理解できていたので伊吹山山麓の草庵に桔梗とともに隠れ住んでいた。

幽世にいる酒吞童子とは鍛錬をしたりとなかなかに面白い生活が出来ていたので不満は一切感じなかった。しかし、鬼の伝説の残る伊吹山のしかも東山道のある南ではなくて北方の山奥にある草庵には、神仏やあやかしものの存在を信じる時代であり、さらに桔梗が草庵周辺に人払いの結界を張っていたこともあって人が近づくはずもなく慶次は一年もの間桔梗以外の人間とは一切会うこともなかった。

 

流石に戦国時代という450年も昔の日本にいるのだ。人に会うこともなくただひっそりと山奥に過ごすなんてことは我慢ならなかったので一人で勝手に東山道を西へ京の方へと旅に出た。

 

この時代に流れ着いた当初に決めた、しばらく人目を避けて隠れ住むという決心は一年ももたなかった。

 

まあ、数か月を過ごしてきて慶次の性格というものを知った桔梗はこの行動を予測して、黙認したのだが。

 

というわけで、突発的な考えで始まった一人旅は予想外に早く終わった。

美濃国と近江国の間にある伊吹山の南にある東山道を進んでいくと京に辿り着くが、その前に近江の名家近江源氏嫡流六角氏の領地である南近江をそして、南近江でも有名な六角氏の居城観音寺城には羅刹王である慶次では徒歩でも二日、いや一日半もかからずに辿り着く。

 

今いるここ観音寺城城下町は近江国有数の商業都市であり、戦国時代のされど強大な六角氏の管理下にある街並み、近江国の産物の他に露店に並ぶ京の都経由の日ノ本中の産物の数々、唐物や南蛮渡来の珍しい名産品の数々に京に近いことか日ノ本中の諸々の情報などといった興味の種は事欠かないのだ。

 

だから、近いこともあって伊吹山の草庵から観音寺城城下へと月に何度も訪れている。さらに、城下町で一人ここに泊まるための行きつけの宿があったりするために最近ではこの城下町はこの日ノ本における第二の棲み処のようになっている。

 

いい稼ぎ場である賭場もあって銭もあることだしこの城下町ではずいぶんと遊び人として名が知られてきたようだ。何故か動きにくいからと袴を穿いていないためか、少し着物が目立つためか傾奇者だのなんだのと騒がれてはいるようだが。

平成の世だと着流しで羽織を羽織るなんてのは普通なのだが。

まあ、呪術師に目を付けられていないんだ。それで十分だろう。

 

いつもならば一度桔梗の草庵の方に帰ると酒吞童子との鍛錬も行うので鍛錬の日々で傷ついた身体を癒すために随分と日を開けて城下町の方へと向かうのだが、酒吞童子に初勝利を収めた今回ばかりは権能のおかげか完全に体が癒えていたのでいつもよりも早く城下町へと訪れていた。

 

「慶さん、今回は随分と早くにこの街に来たね。

どうだ。いい酒入ってるよ。」

 

この城下町には何度も訪れているのでこの街には随分と知っている顔が多い。傾奇者だのなんだの言われているせいか常連の店以外の露天商なども一方的にこちらのことを知っているようだが。

 

今回は特に用事もないためいつものように露店に出された商品を冷やかし、この城下町に集まっている面白そうな最新の情報を仕入れる程度だ。とはいえ何泊かしていくことになるだろうがこれはいつものことだ。

しかし、この城下町でも唯一の主に堺の方に繋がりを持つ、唐物や南蛮渡来のものまで扱っている比較的大きな店「八幡屋」の店先に並ぶものはいつもよりも南蛮渡来の商品の品揃えが多くなっていた。

この店には南蛮人がインドや東南アジアから持ち込んだ香辛料などが少量だが取引されている。ほかの品目と比べて取引する量は微々たるものだが、主に九州で取引されている南蛮渡来のものがこの近江国にあるだけすごいというものだ。

さすがは畿内に名をはせる六角家のお膝元といったところだろうか。

その南蛮渡来のものが品数も量も随分と増えている。

 

「前田殿、いい時に来ましたね。つい二日ほど前に堺から南蛮物が来たんですよ。

しかも今回は堺の方に南蛮船が来てそこでそのまま取引がなされたらしいですよ。」

 

よく珍しいものが並ぶこの店の番頭には特に香辛料などで世話になっている。堺の店から暖簾分けを許されて畿内でも有数の大名である六角氏のお膝元に店を構えている。

 

しかし、何ともいい話を聞いた。

まさか俺が酒吞童子に初勝利を収めてすぐにこんなサプライズが用意されているとは。

 

思わず口元が緩んでしまった。

これはしばらく草庵へは帰らないだろうな。

 

「前田殿、どうです今回は香辛料もこんなに」

 

「そんなことより堺の南蛮船について教えてくれ。」

 

「そんなことって・・・せっかく前田殿のために・・・」

 

商売をしようと番頭が話しかけてきたところを言い終わる前に今最も興味の引かれることについて聞いた。

何か番頭はブツブツといっていたがそんなことは構わない。

 

南蛮船だ。珍しい異国の人たちと南蛮物を運ぶ異国の船が畿内の堺に訪れているというのだ。

きっと異国の海を越える船は目の前の淡海乃海に浮かぶどの船よりも大きく異様なのだろう。

考えただけでも心が躍る。

 

今までは都に近い堺になぞ行くと呪術師連中に目を付けられるやもしれないとこの伊吹山の草庵にもほど近い城下町でも十分だと行こうとはあまり考えたことはなかったものの今回ばかりは違う。

普通は西海道(九州)の肥前平戸や豊後府内などに直に交易する港は西側諸国の場所ばかりで堺には南蛮物が流れてきこそすれ南蛮船が直に交易をするなどといったことは宣教師フランシスコ=ザビエルが来日して以降もそう何度もないことなのだ。

少なくとも慶次がこの時代に流れ着いてから三年間は一度もそのような話は聞いたこともなかった。

 

「はあ、分かりました。もしかして・・・って言うまでもなく行くつもりのようですね。

南蛮船が堺に来たのは一週間ほど前のことです。それで、今回は普通とは違って南蛮人は一年間いるつもりだとか、天竺の人もいるだのとか面白い噂があるみたいです。」

 

「そうか、一年か。それに本当に天竺の者が来たとなれば僧の者どもが騒ぎそうな事だな。」

 

「まあ、どちらも噂ですからね。一年じゃなくてひと月の間違いかもしれませんよ。それにそもそも天竺の者なんて来ていないなんてことも。」

 

「しかし、火のないところに煙は立たぬといいからな。少しは期待しておこう。」

 

南蛮船に南蛮人、それに天竺の者に彼らの滞在期間は長いと来た。

これはこの三年間で極上の情報だ。これは行かないと後で後悔しそうだな。

 

「ところで堺のお前の旦那の店では南蛮物を扱っているなら南蛮人どもとも何か繋がりがあるんじゃないのか。

どうせだ。この店の常連だってことでどうにか南蛮人とそれに天竺の者に会えるようにしてくれないか。」

 

「興味本位でちょっと見に行きだけかと思ったら、彼らに直に会うつもりですか!」

 

「そりゃそうだろ。どうせ堺に行くんだ。南蛮人というのはどんな奴らなのかこの目で見なきゃ後で後悔するだろうからな。」

 

慶次は何を当たり前なことをと言わんばかりの顔に快活な笑みを浮かべながら番頭に向かって言った。

 

「まあ、それでこそ天下一の傾奇者、前田慶次でしょうね。いいでしょう。堺の旦那に僕からの紹介状を書いておきましょう。

それで、何時ここを発つつもりなんですか。」

 

「今日だ。善は急げというからな。」

 

「きょっ!・・・はあ、分かりました。今から書くので待っててください。・・・全く旅の準備もせずに今からとは、これだから前田殿面白い。」

 

今日出発するといった慶次に対して驚きの表情を見せた番頭は慶次に紹介状を書くために店の奥へと向かっていった。番頭が奥へ行きながら最後に言った言葉は声が小さく遠くにいたために慶次には聞こえなかった。

 

「はい、これが紹介状です。これは僕が南蛮物の商売で世話になっている「魚屋」の千宗易殿への紹介状です。

基本僕は宗易殿に南蛮物を卸してもらってるんです。

堺の町の会合衆でもあるのでどうにか渡りを付けてもらえるかもしれません。」

 

そう間を置くでもなく戻ってきた番頭は一枚の書状と逆の手には手のひら大の麻の袋と竹の皮で包まれてものを持ってきた。

 

千宗易。何故か聞いたことのあるような名前だったのでもしかしたら歴史に名を刻む人物なのかもしれない。

 

その名を聞いて、慶次は自分のことを差し置いてそう思った。

 

「それとこれを。いつも八幡屋を贔屓にしてくださっている前田殿に少しですが干し飯と鮒ずしです。旅の途中で食べてください。」

 

そう言って番頭はさっとその二つを渡してくれた。

 

「何から何まで世話になるな。それではまたな。」

 

どうせまた今度香辛料を買いに来るのだ紹介状に干し飯と鮒ずしの礼を簡単に言ってそのままその店「八幡屋」を離れた。

 

どうせいつも突然いなくなってふらりと城下町へといったと思えばまたいつの間にか伊吹山の草庵に帰っているんだ。今回も京の都を経由はするけれどもちょっと堺の方まで行って帰ってくるのだ。

そのために態々草庵まで帰って桔梗に話す必要はないだろう。

どうせまた昔のこの城下町に行って帰った時みたいに黙認するだろうし、何よりも羅刹王の身の安全を心配する必要はないのだ。

 

そう考えながら慶次は賭場で稼いだ銭と二枚の紹介状、善意でもらった干し飯と鮒ずしを持って城下町を通る東山道を南西は京の都の方向に進む。

途中まではいつも通り装飾品や食べ物などを進める声が聞こえたものの城下町のはずれに近づいたころになって一人の男性が慶次に気が付いてどこに行くんだと問い掛けた。

 

「ちょっと堺まで南蛮船を見に行ってくる。だから、しばらくは戻らないだろうな。」

 

なんてことない風に答えを返した慶次に対して周囲の人々は、驚いたり、呆れたり、はたまた困惑したりと様々な反応を示した。

それを面白がって眺めながら城下町の南西の東海道に出た。

慶次はこの真っすぐに淡海乃海に沿うようにして伸びる道を京へそして堺へ向けて進む。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

東山道は律令時代には畿内と近江国(滋賀)から北は室町時代では陸奥国(青森)まである東山道諸国の国府を結ぶ幹線道路としてあった。

そして、この時代においても東山道を含む七道は主要な道路として使用はされているものの整備がなされていたりなされていなかったりとまさしく大名でさえも貧富の差がある戦国乱世のこの時代を現すかのような有様である。

 

それに東山道は京の都ではなく近江国を起点として東山道諸国に伸びる道であり、慶次は近江国の草津を経由するように山城国京の都へと向かった。

 

応仁の乱によって戦火に焼かれた京の都は半世紀近くもの時を経て復興を成し遂げている。京の都は足利の室町幕府が出来て以降は足利将軍家によって都の治安が守られているはずなのだが、応仁の乱以降足利将軍家は衰退の一途を辿っている。

今現在、畿内は三好長慶の手で平定され、足利義輝が将軍として在るも将軍を傀儡として利用とした三好長慶を嫌って京の都を離れており京の都に将軍はいない。

京の都は畿内を含め三好長慶によって支配されており、つい昨年には後奈良天皇崩御という変事が起こるなどと不安定な状態にある。

 

そんな不安定な状態にある京の都に今慶次はいるわけなのだが、人生初めての戦国時代の京の都にいるというのにやはりその好奇心は堺の南蛮船に向かっていた。

確かに、日本の中心地であるここ京も興味がないわけではないのだが、好奇心は堺の方に向いており、更には、自身がもしも羅刹王であることがこの京の都の呪術師連中にばれてしまったら面倒なことになるのは確定である。

それに、もしもばれてしまったらこのまま真っすぐに堺へと行けるのかという不安があった。

 

そのため、態々桔梗に習った簡単な隠密系の呪術で自身の羅刹王特有の神気を帯びた莫大な呪力をうまく隠している。

 

慶次はそのままこの京の都の内裏のある上京と下京のうち下京の宿に一泊した後に次の日には京の南西にある桂川へ向かい、桂川、そして宇治川、木津川も合流した淀川沿いに川を下り、畿内の摂津国、河内国、和泉国の境界にある堺へと向かった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

慶次は確かに京の呪術師に羅刹王であることがばれないように武器を扱うなどといったことよりは得意ではないものの呪術師に見られても違和感なく普通の民間の呪術師なのだろうと思われるくらいの呪術を使用した。

 

仮にも人には及ばないところにいる呪術師の王なのだ。慶次の使用した呪術の完成度は非常に高いものだった。

しかし、京の都に羅刹王である前田慶次が入ったということはとあるものにばれていた。

 

酒吞童子のいっていた京を中心に活動する幽世にいるもとまつろわぬ神だ。

 

そのまつろわぬ神は知っていた。

三年前に羅刹王つまりは慶次が美濃国に出現したことを。

 

そして知った。

この自身の行動範囲内である京に羅刹王が侵入したことを。

 

 

 

日ノ本一の商業都市である堺を起点にして日ノ本の羅刹王は畿内中の呪術師をそして異国の魔術師でさえもまつろわぬ神でさえも巻き込んで他の神殺しの例に漏れずトラブルメーカーとしての資質を公に露わにする。

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