カンピオーネ~天下一の傾奇者~   作:カラミナト

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七話

宇太水分神社。

大和国北東部に位置する宇陀にある崇神天皇の時代に水分神を祀った神社である。

宇陀地域にはほかに芳野川に沿って三つの神社がある。

上流域にある「上社」が惣社水分神社、中流域にある「中社」が宇太水分神社上宮、下流域にある「下社」が宇太水分神社下宮。

 

草木も眠る丑三つ時。

人の一人も見当たらない中社にドウティに似た白の腰布に金や宝石で彩られた服飾品を身に纏う青い肌の男がそこに立っていた。

この男は水神としてこの東の島国にある社でも祀られているものの、古くは天竺にて多くの信仰を集めた主神級の神であった。

そんな神が数百年ほど前にこの地に時と場所が移ろいゆく中で多くの力を失って一柱の水神としてこの地にてこの男としてまつろわぬ神となって顕現したのである

しかし、この水神はすぐに幽世に隠棲し、力を蓄え、ついには水神が昔信仰された場所で未だに信仰していた信者を利用して力を取り戻す鍵となる神具をこの地まで持ってこさせようとして、今その神具はこの地へと近づきつつあった。

 

それを感じ取った水神は今まで隠棲していた幽世から出て数百年ぶりにまつろわぬ水神として水神が多く信仰されるこの地にて顕現し、周囲に己の存在を知らしめた。

 

この大和は、そして畿内は大きな雨雲に覆われ、突如大雨が降り始めたのである。

このままだとせいびされていない川は洪水し、その川の水が畿内の人々の日々の生活とそして命でさえも簡単に流してしまうだろう。

 

「これは・・・なるほどこの国の神殺しの方が早いか・・・」

 

そのような細事には目も向けず水神は北の方を恨めし気に睨む。

 

この水神にとって目障りな存在がいる。

神殺しだ。

人の身で神を弑しせしめた者のことだが、昔信仰されていた今は天竺というところにある国には神殺しがいることは知っていた。そして、その神殺しが自身の低俗な欲求のためだけに水神の力を取り戻す要となる神具を奪おうと企てたのだ。

それによって、事実水神の望みが叶うことがなくなるかと思われた。

 

されど水神の信者はうまくやってくれた。不利な状況から神具を持ってここまでやってこようとしているのだ。

 

しかし、それよりも移動速度の速いこの国の神殺しの方が早くここに辿り着きそうなのだ。

まさか、この国に神殺しが出現するとは思いもしなかった。

しばらくの間、幽世に隠棲して天竺ばかりに注視していたためにその存在に気付くのが遅くなった。

気付けばこの国にやってきた信者の近くにいた。

 

神殺しとまつろわぬ神との間に交渉などというものは存在しない。本能的に会えば両者は闘うのだ。

 

故に水神は恨んだ。

この無力な水神として神殺しと対峙しなければならないという現実を。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

雨が降りしきる中、慶次は雨に濡れて権能をもて作り出した朱色の長槍を右手に馬を駆けていた。

慶次は宇陀水分神社へと向かうまでの間に馬上でそこに祀られている神のことを聞いていた。

 

本当はただの呪術師など邪魔になるだけだと言ったのだが、自分は“神がかり”の術を使える媛巫女なんだと聞かなかったのでどうせだからと奈良の水神について少しでも知っていることを聞き出そうとしたのだ。

 

「大和の宇陀にある宇太水分神社は祈雨の神や田の神として知られている水神である天水分神、国水分神が祀られています。

恐らくは、その水神がまつろわぬ神として顕現したのかもしれませんがその神に太陽や月、天空にまつわる説話はありません。」

 

それもそうだろう。

水神というのは大地母神の系譜に連なる者が多く自身が龍であったり神獣が蛇であるなど竜蛇にまつわる説話や満ち欠けの有様から同じような蛇の不死性や四季があることによる不死性などといった点から月にまつわるは多くとも決して天空や太陽に関しても近しい関係を持つものなどないに等しいのだ。

 

あらゆる神話体系において大地の女神は天空、太陽の男神によって討ち滅ぼされる対象として対称的にみられることが多いためである。

 

「仕方ない。それは本人に聞けばいいかな。」

 

知っていれば有利に事が進むであろうと思って篠に聞いたのだがまつろわぬ水神の正体が分からないのならそれはそれでいいと慶次は思っていた。

 

宇陀に近づくほどに身体の調子が良くなっていく。寝起きのだるさなんてものは一切ない。身体が戦闘態勢に入っているのだ。

慶次にとってこの感覚は酒吞童子に会った時以来だ。

 

まつろわぬ水神は近い。

 

宇陀の芳野川に沿って上流へと向かっていくとそこに立っていた。

アシシュが身に着けていたようなそれに似た異国風の服装をしていた。黒髪に透き通るような青の瞳を持っている。

これはこの国の神ではない。

唐国由来かそれよりももっと先の西の国天竺由来の神か。

 

「よくぞ来た、この国の神殺しよ。

私の名は水天。数百年ほど昔にこの地にまつろわぬ水天として顕現したものだ。

その方の名を聞こう。」

 

「俺の名は前田慶次。日ノ本の国初の羅刹王だ。」

 

水天。

水の神であり、竜蛇を支配するともされる仏教において天部に含まれる八方の護法善神である八方天に天地と日月の四天を加えた十二天のうちの一柱である。

この日ノ本の国においては神仏習合の時代に「水」の字のつながりで天水分神、国水分神の水神と習合した。この水分神と同じように水神、祈雨の神、田の神そして安産・子育ての神として信仰されている。

しかし、この神の本当の姿は仏教の神などではない。他の十二天の例に漏れずその起源は天竺インドにある。

 

その神の名は

 

「・・・ヴァルナか。」

 

まつろわぬ水天いや、ヴァルナは顔を顰める。

慶次は知っていた。普通ならばこの時代この国のものでは知らないことを。

それは何故か。

慶次が時空を超えてこの時代の日本にやってきた人物だったからだ。

 

「何故、その方は私の名を知る。この国には伝わらぬ神の名のはずだが。」

 

「時空を超えてやってきた神殺しだからかな。

全く親父から聞かされていたうんちくがここでに役に立つとは・・・」

 

このヴァルナという神は古代インドに伝わる最高神であり、西はローマのミトラス、ユダヤ教ではメタトロン、東は仏教で弥勒菩薩などといったように世界各地で信仰される契約の神ミトラと並ぶ神である。

古代のインドにおいてミトラと共に天空神、始原神として信仰されていた。また、ミトラが契約を結び、ヴァルナが悪人や罪人を取り締まる司法神としても共に信仰されていた。

 

ヴァルナの両目は太陽と月であり、全てを見通し悪人を縄索で縛り、罪人に罰を与え、ヴァルナの吐く息は風となった。

厳しい面だけでなく天空神として雨を降らせ豊穣をもたらす優しい神の一面も見られていた。

 

しかし、ヴァルナは西のペルシアのゾロアスター教で最高神のアフラ・マズダーとして信仰されるのみでただ零落していった。

最初に始原神、天空神としての信仰をヒンドゥー教の三大神であるブラフマーに奪われたのだ。

厳しいバラモン教から庶民に広く慕われるヒンドゥー教へと移ろう中で主役をはっていた神々は脇役へと移ろっていったのだ。それは、最高神であったヴァルナも例外ではなかった。

 

ヴァルナは力をどんどんと失い、次は司法神としての力を仏教では閻魔として信仰されるヤマに奪われ、残された風神としての一面も失いただの水神として信仰されるようになったのだ。

 

しかし、何故太陽神として広く慕われるミトラとは違いヴァルナはこんなにも零落したのか。

恐らくは、ヴァルナの持つ力が強大だったのだ。契約の神として人々の傍にいるミトラとは違い、悪人や罪人を縛るヴァルナはその強大な力に火神アグニと雷神インドラの力をももってして人々に恐れられたのだ。

 

ゆえに、ヴァルナはどんどんと力を失い水神となり、仏教では水天として崇められるようになったのだ。

 

「なるほど、私の真の名を知るか神殺しよ。

その方は随分と私の信者に手助けをしてしたようだが、水天としてではなくヴァルナとして相手をしよう。それまではここにやってくる神具を待とうではないか。」

 

「何を言っている。その者が俺よりも来るのが遅かったのが悪い。これが現実、これが結果というものだ。

既にお前のその無駄な自己顕示欲のせいで人が死にかねないのだ。

俺はここでお前を水天として倒す。」

 

慶次は馬から降り、篠から離れ、炎を纏う朱色の長槍を穂先を地面に向けた中段の構えで水天を見据える。

 

「そうよな。神殺しと神の間に言葉は不要。あとは、戦うのみか。」

 

慶次はその言葉を聞き終えるや否や真っすぐに突貫していく。

水天は自身の左にある川を見るだけで構えもしない。

 

「しかし、忘れてはいないかな。ここには水があることを。五行において水剋火、川の近くにいる水神に対して真っ向から向かってくるなど無謀なことよ。」

 

水天が川の水を操りその大質量の水で慶次を押し戻そうとする。

しかし、慶次には効かなかった。迦楼羅炎を全身に纏い水を蒸発させて変わらぬ速さで迫ってくる。

そして、そのまま水天に突きを放つ。

慶次の槍は水天の圧縮された水の壁によって受け止められた。

 

「この炎は竜蛇を喰らうガルダの炎。つまり、竜蛇にゆかりのあるお前には効果があるだろう。

神と神殺しの戦いにそのような些末事は関係ない。」

 

慶次は槍を引き戻し自らも一旦下がってから言った。

取り敢えずの小手調べだ。

水天の操るただの水では慶次の迦楼羅炎を止めることは出来ない。

 

「なるほど。あの不死身のガルダをよく弑しせしめたものだ。」

 

最初に水天が動いた。

雨が降りしきり、更に先程の大質量の川の水がそのまま辺りに広がることでこの辺りは慶次の草履を履く足では水につかるほどに地面が広範囲で水たまりとなっている。

水天はその水を操り拳大の太さの先の尖った鋭利な鞭のようなものを作り出し、無数のそれが慶次に襲い掛かる。

 

あるものは鞭として打ち据えるためにしなり、あるものは突き刺すために一直線に向かい、あるものはその場に固定するために身体に絡み付こうと慶次に襲い掛かる。

慶次は全方位から向かってくるそれを払い、切り裂き、防ぎといたように槍を回転させるようにしてそのすべてに対応する。

 

ここまでならば慶次は水天の圧倒的な大物量の攻撃に対してかすり傷一つ負うことなくその天才的な槍さばきと人間離れした動体視力で防ぐことが出来ていた。

しかし、鞭のようなそれらを防いでいるときに偶に見せる隙に的確に水天が今までの攻撃とは違い明らかに多量な呪力の籠っている水でできた長槍が向かってくるとそれを対応せざるを得なくさせられることで慶次は傷を負い始めた。

 

同じような攻撃が幾度も幾度も繰り返されるという慶次にとっては非常につまらない戦闘になってこのまま槍を振るいちまちまとした攻撃を防ぐだけというのにさすがに飽きた慶次は自身の頭上に完全に物質化されてはいない炎の槍を作り出し、自身の周囲へと打ち出し槍の形に圧縮された炎を開放し、それを爆破させた。

 

その爆炎は慶次の周囲の水たまりと雨さえも焼滅させた。

 

「小手調べと言えども限度があるだろう。時間稼ぎのためのような小賢しい真似はするな。神という神殺しである俺よりも上位にいるお前がするような戦い方ではないだろう。」

 

「結局は殺すのだ。相手を殺すためになにをしてもいい、それが神殺しではないのか。」

 

「俺にとっての戦いというものは華があってこそだと思っている。爆発しかり、未知の武器しかり、達人同士のしのぎあいしかり。

俺は魅力のある戦いが好きだ。人の死に際には華があってこそだ。」

 

華のある戦いをする。そして、本能的に自分の戦いをする

それが、神殺し前田慶次の戦い方だった。

 

それに対して水天は冷静だった。

神と神殺しでは簒奪した権能さえ持てどもやはり人であるため神の方が上位である。神殺しとは常にジャイアントキリングを求められているのだ。

 

それゆえ、水天の方が優位のはずなのだが相手が悪かった。

”竜蛇を喰らう者”であるガルダを弑し、権能を得た慶次は大地母神ではないものの竜蛇の性質を持ち、さらに征服されるものとしての性質を持つためガルダの権能を操る慶次とは相性が悪いのだ。

だから、時間を稼げる攻撃をした、罠を仕掛けた。

しかし、さすがは神殺しである。時間稼ぎの攻撃は簡単に破られた。しかし、罠をも軽々と焼滅させられた。態々破られやすい呪力を込めた水の槍を投擲したというのにその呪力を込めた水はあっさりと蒸発させられた。

 

「輝ける焔は疾き風も迅き雷をも退ける守護とならん。猛き焔は大地を焼き祓う浄化の焔とならん。」

 

慶次は全身に纏った炎を集中させて赤と金に輝くまさに戦いに華を求める慶次らしい炎の鎧へと変えて防御力を高める。

それはまるで二度と先程のような時間稼ぎの攻撃はさせないとでもいうかのようだった。

更に慶次は”猿飛”の術も使用する。

 

「気に食わぬな。」

 

気に食わない。

神殺しが、神殺しの権能が、戦い方が気に食わない。

 

自らは一度竜蛇として《鋼》の征服神に不意打ちによって討ち滅ぼされたということから騙し討ちなどといった卑怯な真似でそのものが死ぬことがあるということを知っている。

 

この神殺しは気に食わない。

 

「気に食わなくても構わない。俺は自分の戦い方をするまでだ。自分のためにも、相手のためにも。」

 

慶次は独特の中段の構えから槍を素早く右手のみで支えそのまま投擲した。その槍は纏う炎の勢いで加速し、穂先を真っすぐに水天に向かっていく。

水天は向かってくる炎を纏う槍と自身の間に呪力を込めた水の壁を作り上げた。

 

慶次は水天が防御の動作を行うのを見て莫大な量の呪力を足に込めて人間離れした速度で水天に迫る。水天には自らが作り上げた水の壁と慶次の投げた炎の槍が邪魔になって慶次の動きが分かりにくくなっており、慶次はその瞬間を狙ったのだ。

 

しかして、慶次は狙い違わず水天の後方の死角に入る。

 

そして、すでに作り出していた変わらぬ炎の槍を持って上段から水天に振り下ろした。

 

槍は水の盾で防がれた。

 

読まれていたか。

 

「私は水神なれば水を操ることに長けていることはもちろんだが、水をもって相手の動きを読むことは容易い。」

 

水天は水たまりとなった地面を走ってきた慶次の動きをとらえていたのだ。

慶次自身の動きを目で見ることは出来なくとも水天の水の上を走ってくる慶次の位置を知ることならば出来たのだ。そして、慶次のいる方向に盾を作り出すことで槍の振り下ろしを防いだのだ。

 

慶次は素早くこの場を離れようとする。

この水の上はつまり水天のフィールドであるということだ。

 

「逃がしはしない。」

 

この広大な水たまりは一足で抜け出せるほどに狭くはない。水天は側を離れた慶次が水の上に降り立つ瞬間を狙って素早く慶次を蔓のような水で足を絡め捕り、そして全身を巻き付けて拘束した。

その後すぐに水天は辺りの水をすべて使って慶次を包み込んだ。その慶次を包み込んだ水球は慶次と槍を包み込んでも余りあるほどに大きかった。

 

慶次はすぐに槍を振るいこの水球から脱出しようと試みたものの、この水球の水は重かった。まるで衝撃を与えた片栗粉を溶かした水のように重く硬かった。腕が全く動かないのだ。

 

「無駄だ。その水球は拘束するためのものだ。そう易々とは抜け出せまい。

これで終わりだ。」

 

水天は慶次と同じように水を槍と化し、その穂先を慶次に向ける。

水天は慶次の入った水球に突貫する。水天が突き込んだ水の槍はしかし慶次には届かなかった。

 

「何!?」

 

水天が作り出した拘束するための水球は確かに内側からは身体を動かせず、槍を動かせず、更には槍を通してガルダの炎をすら出すことは叶わなかった。

だから、慶次は外からこの水球に干渉することにした。

 

慶次は迦楼羅炎を水球の外で炎を生み出しそれを槍の形の象らせる。生み出された槍の形をした炎は水球のそばに浮遊し、それは水天へと向かっていくのではなくその場で爆発した。

素早さを重視して十分に炎を槍の形に集中することは出来なかったがその神殺しの権能で生み出された複数の炎の槍は爆炎と共に衝撃波を作り上げた。

 

その衝撃波は水球を破壊し、その爆炎は水球の水を蒸発させた。

 

慶次自身も水球内で弱まった衝撃波と炎の鎧により弱められた爆炎を受けて少なからぬ傷を負ったが水球を脱した。

手加減をしたもののそれでも周囲には半径2,3メートルの浅いクレーターを作り出した。

 

水天は慶次の自らが傷を負おうとも構わないとでもいうかのような有様に動揺を示した。

慶次はそんな水天の動揺を逃すはずもなくすぐさま傷を負った身体に鞭打って行動を起こした。

 

慶次は先程と同じように高速で正面に移動した。

周囲に水はない。さっきの爆炎と衝撃波で周囲一帯の水は蒸発し、吹き飛んだ。

水天が気付くもののもう遅い。

周囲に水がない以上動きを鈍くすることも出来ないし、防御をしようにも先程よりも水を生み出すというモーションが余分に必要になる。

 

慶次は左に腰だめに構えた槍を左から横一線に切り裂いた。

 

水天の作り出した盾に対して慶次は槍の刃に炎を集中させて、刃の一部分だけを爆発させて水の盾を蒸発、爆散させた。

 

槍の穂は水天の腹を抉り血に濡れた。

 

「グ、クッ・・・」

 

「クソ。手加減を間違えたか。

しかし、水球を脱することは出来た。」

 

正気の沙汰ではなかった。

いや、神を殺した時点で正気の沙汰ではないが。

 

水天は切り裂かれた腹をかばうように水たまりのある後方へと下がった。

 

慶次はその行動を許さず追撃を駆けようとするも突然後方から攻撃を仕掛けられて断念せざるを得なかった。

攻撃を察知した慶次は投げられた複数のチャクラムを横によける。

 

そして、攻撃された方向を見ると闇という名のカーテンからひっそり出てくるようにとそこに姿を現したのは、

 

アシシュだった。

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