旧版四話 書き直し中です
美沙斗が演習室から教室へ戻ると、入り口で食堂から戻ってきたエリカたちと鉢合わせた。
「食堂に居なかったけど、今日は別の場所で食べてたの?」
「いや、風紀委員会に呼び出されてたんだ」
「なんか目をつけられるようなことでもやったのか?」
「そうじゃないよ、風紀委員会に所属することになったからその手続きみたいなものさ」
「佐藤さんも風紀委員になるんてすね」
「も、というと他にも誰かなるのかな?」
「ええ、昨日司波君も風紀委員になることになったんです」
「司波……それは同じクラスの司波達也君か?」
あくまでよく知らないという風を装う美沙斗。
「はい、そうです」
「しかし昨日達也からちょろっと仕事内容聞いたけど、二人ともよくそんな面倒くさい仕事を受けるな」
「司波君の事情はわからないが、私は将来警察関係の仕事を目指しているから、学園内限定とはいえ同じような仕事をしている風紀委員の仕事がしてみたかったんだ」
美沙斗は理由を聞かれた場合に備えて用意しておいた通りに答えた。
「警察か、真面目そうな美沙斗にはぴったりの仕事かもね」
「お、珍しく意見が合うな」
「私もそう思います」
「ありがとう……っと、もうこんな時間か。すまない、まだ食事をとっていないので食堂に行くよ」
「急がないと食べる時間なくなっちゃうもんね。いってらっしゃい」
三人と別れた美沙斗は早足で食堂へと向かった。
放課後、風紀委員会室での会議を終えた美沙斗は、初日なので最初だけ付き添うと言う摩利と共に校内の巡回を行っていた。
「さっきは森崎がすまなかったな」
摩利が言っているのは会議の時に同じ一年の森崎という生徒が美沙斗と達也に突っかかってきたことだろう。
一科生である彼にはニ科生である二人が風紀委員に任命されたのが面白くないようだった。
「いえ、気にしてません」
むしろ美沙斗には、他の委員が反対するそぶりを見せなかったことの方が意外だった。
二人を除いた全員が一科生である、二人の委員会入りを苦々しく思う者が多いと予想していただけに、ある意味拍子抜けな反応だ。
長である摩利の態度に無理矢理合わせているのか又は元々彼女に近しい考えのメンバーで固められているのか、どちらかわからなかったが、気にするほどのことでもないのですぐに思考の外に追いやった。
「それより何故私と一緒に来たのですか?」
会議の時に聞いた情報によると今日から一週間は各部活による激しい新入生獲得競争が行われ、それに伴うトラブルが多発する時期らしい。
取り締まりを行う風紀委員は猫の手も借りたいくらいの状態で、同じ一年の森崎と達也も含め他の委員たちは単独行動している。
そんな中で自分にだけ同行者がつくのは、何か理由があってのことではないかと容易に推測できた。
「やはり不自然だったかな。実は付き添いというのは口実で、君に聞きたいことがあるんだ」
「何でしょうか?」
「昨日の模擬戦で手も足も出ずにやられたから、あれはどういうカラクリだったのかを聞きたくてね」
「カラクリと言われましても……」
「すまん、言い方が悪かった。目に見えない程の速さをどうやって出すのか、その技術的なことを聞きたかったんだ。もちろん秘伝や奥義に属する部分であればおいそれと他人には話せないだろうから、できる範囲で構わない」
少なからず腕に自信があったのに手も足も出ずに敗れた、その事実は彼女のプライドを打ち砕いたことだろう。
それでもただ悔やむのではなく、敗戦を糧に強くなろうという前向きな気持ちが真剣な瞳からにじみ出ていた。
「走馬灯という現象について聞いたことがあると思います」
「死に直面した時に今までの人生を一気に見るというアレか?」
美沙斗は頷いた。
「あれは極限状態に追い込まれたことで一瞬の間に何十年もの記憶を思い出せる程に脳の処理能力が上がった結果である、という説があります。そこまでとはいかなくても、集中力が高まり周りの世界が止まって見えた、そんな経験をしたことはありませんか?」
「確かに戦っている相手の動きがおそろしくスローに見えたことはある」
「では想像してみて下さい。その状態が続き、自分だけが通常通り動けたらどうなると思いますか?」
「一方的な展開になるだろうな」
「つまり、昨日の勝負はそういうものだったということです」
「使っている者にとって相手の速度は何十分の一、相手が感じる使用者の速度は何十倍。勝負にならないわけだ」
納得、といった感じの摩利。
「君はそれを自在に使いこなせるのか?」
「はい」
この技術、名を『神速』というが、彼女が修めている御神流では、戦闘において圧倒的有利を生み出すこの技を自由に使いこなせて初めて一人前と言える。
「教えてくれて感謝する。だが奥義に属するような技術を話してもよかったのか?」
「今の内容に関しては私の流派特有のものではなく、あくまで一般的な理論の延長線上のものですから問題ありません」
「ちなみに好奇心から聞くが、修行すれば私にも使えるようになるかな?」
「結論から言えば可能でしょう。ただし、使えるようになるまでに何年かかるかはわかりませんが」
御神流を学ぶ者は物心ついた時には修行を始め、十年、二十年と研鑽を続けた末にこの境地へたどり着く。
美沙斗が摩利の年齢だった頃にはまだ完全には使えなかった
、一朝一夕で身に付くような技術ではないのだ。
「まずは『相手の動きがスローに見える』状態になる頻度を増やすように心がけて下さい。何度も経験することでその感覚を体がおぼえれば、ゆくゆくは自由に使えるようになるでしょう」
本来であればここまでの助言はしない、だが摩利の己を高めようとする真っ直ぐな想いは美沙斗の心を打ち、この言葉を引き出すに至った。
「厳しい一歩目だ。だが努力してみるよ。色々話してくれて参考になった、礼を言わせてくれ」
聞きたいことを聞けて満足したのだろう、二人はそこで別れて巡回を続けることになった。
摩利と別れた美沙斗が達也の居場所を探して歩き回っていると、その途中で風紀委員として見過ごせない場面と遭遇した。
「あの、やめて下さい」
「そう言わずにうちの部活に入ってよ」
「君みたいなマネージャーがいたらみんなのやる気も上がるんだ。この通り、お願い!」
美月が数人の生徒に囲まれて熱心な勧誘を受けているのを見つけたのだ。
彼女は確か入る部活が決まっていた筈、だが相手の強引さに押されて断りきれていない模様である。
助け船を出した方がよさそうだと判断し、美沙斗は美月と他の者の間に割って入った。
「柴田さん、大丈夫か?」
「は、はい」
不安そうな美月だったが、助けが来てくれたことで多少安堵したようだ。
「君たち、嫌がる者を強引に勧誘することは禁じられている。ただちにこの子を解放しなさい」
「なんだよお前、邪魔するんじゃねぇ!」
「待て、マズい。こいつ風紀委員の腕章つけてるぞ」
聞く耳持たずという感じの生徒たちであったが流石に風紀委員と事を構えたくないのだろう、強気な態度を改めて対話をしようという流れになりかけたのだが、
「ん?おい、こいつニ科生じゃないか」
二科生の紋章を見たとたん、元の状況に戻ってしまった。
「二科生の風紀委員がいるなんて聞いたことないんだけど」
「俺もだ。おい、俺たちを騙そうとしてるのか?」
「そんなことはない。私は正真正銘風紀委員だ」
「ニ科生の言うことなんか信じられるか!このまま邪魔するならただじゃおかねぇぞ」
脅すような言葉を口にしながら二人を囲む生徒たち。
その様子にすっかり怯えてしまった美月を安心させようと美沙斗は肩に手をおいて微笑みかけた。
「心配いらないよ」
「でも……」
「大丈夫だから」
恐怖で震えていた美月だったが、美沙斗の優しい言葉を聞いて幾分か落ち着きを取り戻すことができた。
「はい。佐藤さんを信じます」
「ありがとう。さて」
視線を美月から生徒たちへ戻す美沙斗、その顔からは先ほどまでの柔和な笑みはすっかり消えて無くなっていた。
「再度勧告する、彼女への勧誘をやめなさい。このまま去ってくれれば、上への報告は無しで終わりにすると約束しよう」
あくまで穏便に事を済ませようと試みるも、残念ながら相手にその気はなさそうだった。
「じゃあ、お前の言うことを聞かなかったら?」
「その時は仕方ない、実力行使させてもらう」
「ハハハ、二科生が、しかも一人で俺たちに勝てるとでも思ってるのか?調子にのるなよ!」
生徒たちは一斉に自分のCADに手を伸ばすが、何故か目的の物がない。
「探し物はこれか?」
美沙斗の手に自分達のCADが握られているのを見て驚愕する生徒たち。
「な、いつの間に!?」
「魔法を使おうとしたことには目をつぶる、もうこれ以上罪を重ねるな」
「くそっ!CADがなくたってこの人数で負けるかよ」
不幸なことに彼らは摩利の様に敵との力量差を感じとることができず、退くという選択肢を選ぶことができなかった。
これ以上言葉を重ねても無駄だろう、そう判断した美沙斗は瞬時に頭を戦闘時のものへと切り替える。
敵の人数は四人、実力差を認識できない程度の相手に万が一でも遅れをとるようなことはないだろうが、あまり手間取るとCAD無しとはいえ魔法を使われる可能性がある、美月に被害が及ぶ可能性を潰すためには速やかな制圧が望ましい。
加えてできれば自衛の為の戦いだったという大義名分が欲しい、その為には相手から手を出させる必要がある。
どうやって攻撃を誘うか、その方法を考えていると生徒のうちの一人が先陣をきって殴りかかってきてた。
策をめぐらせるまでもなく問題は解決、これで心置きなく敵を無力化するだけだ。
まず敵の初撃を紙一重に見えるように避ける、すると相手が勝手に体勢を崩してくれたので、その隙に懐に入りんで鳩尾に一撃、それだけで蹲って動けなくなった。
続いてかかってくる相手は軽くいなし、先に後ろで魔法の詠唱を試みていた相手を処理する為に接近、あわてて距離をとろうとするのに先んじて足を刈り取って投げると、背中から落とされた相手は衝撃と痛みによって呼吸困難におちいった。
あの様子ではしばらく戦闘に復帰はできないだろう、そう判断した美沙斗が先ほど放置した者の方を振り向くと、投げた隙を狙って攻撃をしかけてきていたので、カウンター気味に鳩尾に膝を入れると一人目同様に行動不能となった。
残るは一人、最後の敵に向かおうと思ってそちらを見ると、
「こ、降参、降参する」
彼は恐怖を滲ませた表情で震えながら両手を上げ、戦闘の意思がないことを表していた。
2020/10/5 誤字修正