ヘシアンの追憶   作:Mamama

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なんもかんも新宿のアヴェンジャーが当たらないのが悪い。


へシアンの追憶<上>

 身を苛む狂気に身を委ねながら、どこか冷徹に俯瞰している自分がいることに気付いたのは全てが終わりかけていた時だった。実質的に主導権を握っていた狼王ロボ、彼の霊基が消滅しかけていることが原因かもしれない、と冷徹な自分が一つの回答を出す。生前まったく由縁のない者同士の霊子が強引に結合され、漸くサーヴァントして確立した前代未聞の存在だ。同盟を結んだ胡散臭い老紳士は失敗はないと嘯いていたが、どんな不具合が起こっていようと不思議ではない。

 

復讐者のサーヴァント。アヴァンジャー、へシアン・ロボ。

所詮幻霊に過ぎないお伽噺に当てはまっただけの一兵士が随分と遠くまできたものだ、と自嘲する。血に濡れた歪な刃はどこか非現実的で、これは悪い夢の一種じゃないか、と勘繰ってしまいそうになる。

 

もう一度、戦いたかった。だからこの召喚に応えた。そしてその要望の通り、再び戦場に舞い戻ることができた。

けれど、自分が待ち望んでいた戦いは、こんなものだっただろうか。どこかで致命的にズレが生じている。抜本的に前提が異なっている、今更ながらそんな思いが湧き出てきた。新宿の魔術師達を数えきれないほど殺してきたこの身にとって、そんな疑問は遅すぎるというのに。

嗚呼、けれど。ほんの少しぐらいの時間はあるだろう。幻霊に貶められる前の、生前の記憶を思い起こす程度の、些細な時間ならば。

 

 

 

 

―――まずは其処に誇りがあった。それは絶対に間違いない。

 

マスケット銃を片手に激戦の最中のアメリカに乗り込み、名を挙げてやろうなんていうなんて、今考えてみれば自意識過剰も甚だしいことを望んでいたものだった。地元では多少名の知れた腕利きであったこともあって、天狗になっていたのかもしれない。自分の回りにあるものが世界の全てだと信じて疑わず、その中で頂点に立っていた身としては自分が選ばれた人間である、と大っぴらに公言していた時期もあった。

 

生まれも育ちもヘッセンの片田舎。母親は流行り病で亡くなり、物心つくときには大柄で乱暴的な父親の大きな背中ばかり見てきた。子は親を見て育つ。どう言い繕っても良い父親とは言えない男の背中を見て育っていたのだ。当然、そんな男の息子も同じように善良ではない方向に成長していった。学はない癖に体格だけは親譲りで大きかったものだから、地元の悪餓鬼共を纏めるような、そんな立ち位置にいつの間にかなっていた。日常生活が喧嘩と酒に彩られた、そんなロクデナシだった。

 

けれど、確かに其処には誇りがあったのだ。アメリカ行きの帆船に乗り込む時の高揚感の中に、誇らしい思いがあった。

自らを強者と謳った身は傲慢だっただろう。

礼儀を知らない粗忽者だっただろう。

世界の広さを知らない愚者だっただろう。

けれど、その時に抱いた想いそのものは、きっと真っすぐで綺麗なものだった。

立身出世を企てる利己心の中に、何の打算もなく、クニプハウゼン将軍の指揮下のドイツ軍部隊の一人として戦列に加わったことを喜びを覚えていた。

嗚呼、それは嘘ではない。

淡い色彩の喜びの感情は、嘘ではなかったのだ。

 

そうして意気揚々とアメリカに渡ったが、やはりというか現実は厳しかった。大よそイギリス戦線は大陸軍を押していたし、陥落の時間の問題だろうと思われていた。だがそれは大局的に物事を見た場合の考えであって、戦場のど真ん中でそんな能天気な事を考える余裕などあるはずもない。夥しい敵兵の屍の上で勝鬨が上がっても、その中には少数ながら友軍の屍も存在していたのだから。物言わぬ躯の中に自分が紛れているような幻覚に囚われて、それは言いようのない恐怖だった。

 

確かに現実は果てしなく厳しかったが、言葉でいうほど悪いものではなかった。負ければ命を失うという極限の中だからこそ得るものがあった。戦場の苦楽を共にしたからこそ芽生えるものもあった。

見ず知らずの他人に背中を預けた。

少数が囮となって、側面から敵部隊を強襲したことがあった。

民家からこっそり強奪した酒を、戦友となった友と分かち合った。

焚火にあたりながら、互いの事を話し合った。

そんな友の死に際に立ち会った。

多くの出会いと別れがあった。

戦場では理不尽な事ばかりだったが―――そう、不思議と悪くはなかったのだ。

けれど、それはあの戦いで全て壊れてしまった。

1776年12月26日。ニュージャージー州トレントン。悪天候の中、デラウェア川を渡河したジョージ・ワシントン率いる大陸軍の強襲によって、ドイツ人傭兵部隊は壊滅的な大打撃を受けることになる。

それまで圧倒的な優位に立っていたイギリス軍が失墜する、その転換となる戦。

それは後にトレントンの戦いと名付けられた戦いだった。

それが運命の夜明けで、日暮れでもあった。

 

そこで大立ち回りを演じ、殺される最後まで勇敢に抵抗を続けた―――ということであればまだ恰好はついたのだが、現実は対岸にいた大陸軍砲兵隊の砲撃の余波を受け、戦う前から戦闘不能まで追い込まれていた、という情けない状況だった。ヴィータ―ホルト中尉の甲高い叫び声を聴き、マスケット銃を手に出撃しようとした矢先、轟音と共に天井の一部が崩壊し、それに巻き込まれたのだ。混乱に陥り混沌とした有体の戦場の後方、崩壊しかけの前線基地の中で無様にのた打ち回っているところを大陸軍兵士に捕縛され、896名の捕虜の1人となった。

 

後の顛末は特別、語るものではない。

捕虜としてあちこちに連れまわされ、行きついた場所がランカスターの農園だった。そこで農奴同然の扱いを受け、最終的には首を落とされた。

そこで■■■■■という人間はこの世を去った。

ただそれだけの、有り触れた無残な終わりかただった。

 

嗚呼、けれど、せめて戦士として死にたかった。望んでいたのは農奴としての屈辱的な扱いの果ての死では断じてなかった。こんな誇りのない無様な最期だけは認めたくなかった。屠殺場の豚のように、やせ細った無抵抗な躰に斧を振り下ろされるだけの一作業にされたくなかった。

 

戦功を挙げられなかったことなどどうでもいい。故郷に錦を飾れなかったことなどどうでもいい。望んだことはただ一つ、戦士として名誉な死でありたかったことだった。

マスケット銃で撃ち殺されても、それが戦友が一歩でも前に進むことに繋がれば、その死にはきっと意味がある。そんなささやかな願いすら叶えられないと自分の脆弱さを呪った。斧が振り下ろされる直前、自らがようやく一山いくらの塵芥に過ぎないことを理解した。

 

この死に意味があるのか。この死をもって、戦友を生き永らえることができるのか。

肉が削げ落ち、骨と皮ばかりの身体を押さえつけられながら、そう思った。そんな疑問は斧を持った執行人が下卑た笑みを浮かべるだけですぐに晴れた。

 

意味などない。なんの意味もなくここで死ぬのだ。

そう理解した時、途方もない激情が身に奔った。憤怒の感情だった。

トレントンの戦いを指揮したジョージ・ワシントンが憎い。

進言に耳を傾けようとしなかったトレント・ラールが憎い。

殺さず捕虜にした敵兵が憎い。

家畜のように扱い人としての尊厳を奪った敵兵が憎い。

そしてなによりも、不甲斐ない自分自身がどうしようもなく情けなく、憎かった。

 

斧が振り下ろされる。大きな衝撃と、生暖かい血の感触と匂い。暗転していく視界。

生前の記憶はここで途切れている。

薄れていく意識の中、もしも次があれば戦士として戦い戦場で死んでいきたいと思った。

矮小な身であるが、暴力の中で生きてきた。だからこそ銃弾飛び交う戦場の中で、戦友の庇って息絶えたいと。

そう、思った。

 

 

―――氷柱のような高層ビルが立ち並ぶ新宿の一角、そこに悲痛な獣の声があたりに響いた。

獰猛な喚声ではなく、威嚇のための咆哮ではなく、苦悶の色を乗せた叫喚だった。

どう、と巨体がアスファルトの地面に沈み込む。夥しい血痕が地面に吸い込まれ、染めていく。毛皮に覆われた巨躯に刻まれた傷創は全身に及び、生物としての限界をとうに超えていることは誰の目にも明らかだった。だが、それでもなお彼の命は尽きていなかった。幾度となく致命傷を負いながらも未だに命の灯は消えていなかった。

 

理論的に考えて、生物が致死量を優に超える血液を流しておいてを生きていられるわけがない。

或いは、何か特別な加護を受けた存在ならば可能だったかもしれない。後世にも謳われる一騎当千の英雄、死後英霊と召し上げられた、そんな存在ならば。

だが、彼はそんな存在ではなかった。

強大な敵を打ち負かしたわけではない。

後世に伝わるほど偉大な功績を遺したわけではない。

人類史に残る偉業を成し遂げたわけではない。

断じて彼は、英雄と呼ばれる存在ではなかった。語られた歴史は浅く、神秘は薄い。英雄どころか、むしろただの人間に敗北するような、霊格の低いただの幻霊と呼ばれる存在だった。

 

だからきっと、彼の命を繋ぎ止めているものは理屈で説明できるものではないのだろう。

理論、理屈、理。そんなものを軽々と飛び越えるほどに彼の感情は、憎悪は超越していたのだ。同族を殺しつくした人間に対する憎悪、ブランカを喪った悲愴。裡に渦巻く負の感情を纏め上げ、薪をくべるように動力源と変換していく。

 

だが、それももう終わる。復讐に狂った魔獣の、彼の命数はここで尽きるのだ。

避けられない。避けようがない。この事実はどうあっても覆りようがない。

限界を超えるにも限度がある。燃料の薪も何時かは灰になり、風で運ばれ何も残らなくなる。憎悪で理を捻じ曲げることはできても、法則を歪めることはできない。そして己を顧みず、肉体を酷使した代償は大きい。既に躰の崩壊は始まっていた。霊核が軋みをあげ、硝子の罅が広がるような嫌な音を聞いた。

 

自らの消滅が目前に迫ってきている。けれども、不思議と心は落ち着き払っていた。

いや―――だからなのかもしれない。憎悪の感情が抜けていき、代わりに諦観の念が歪んだ心に入り込んでいく。目の前の敵を刻み殺すだけの視界が開け、眼前の光景を映し出していく。

 

陥没したアスファルト、なぎ倒された木々、倒壊した建物、横たわる巨躯、そして四つの影。

一人はバレルの胡散臭い老紳士と瓜二つ男。

一人は煙管を手にした線の細い男。

一人は毒々しい鎧を纏い剣を油断なく構える少女。

そして最後尾に控えるのは―――場違いに思えるほどの、ただの人間の少女だった。

恐怖しているのだろう。両手を握りしめ、足が震えている様子が見て取れる。けれど、己の力で立っていた。逃げることなく、迷いなく、蒼い瞳がこちらを見据えていた。

戦う術を持たない、それこそ撫でるような一撃で死に絶える脆弱な人間が、彼を破滅的な暴力の塊と認識したうえで立ち向かっていた。

 

嗚呼、と。

それだけの事に心を奪われた。例えようのない煌めきを少女から感じた。

だって、彼女は人間だ。サーヴァントを律する令呪を持っていようと、多少の魔術が使えようとも、此方から見れば彼女そのものは戦う力を持たない非力な存在であることに間違いない。それこそ生前の自分に劣るような、その程度の力量しか持っていないはずだ。

彼女は高名な魔術師ではない。

力量を過信した戦士でもない。

自分の命を度外視できるような狂人でもない。

そこにあるのは、覚悟を決めただけの、変哲もないただの少女。そしてその少女が、彼の妄執を止めたのだ。

……かつての英雄が彼女に従う、その理由が少しだけ理解できた。

 

どことなく、心が晴やかになったのを感じた。

それが霊基が消失していく最中の解れか、将又それ以外か。何に起因するものかは分からない。けれど確かに、取り戻したものがあった。

 

だからこそ、やらねばいけない責務があった。

 

認めよう。彼は、私は、この新宿において害悪を撒き散らすだけの怪物だった。無辜な民、とは到底言いがたいが無関係な者達を己が欲望のために無残に殺し尽くした。我々は悪で、正義は彼らにある。如何な名目を並べようともそれは覆らないし、覆していいものではない。きっと、どれ程優秀な弁護人でも彼の擁護は不可能だ。

 

だからこそ、立ち上がらなければならなかった。果たすべき義務があった。

だって、そうだろう。

彼の味方はどこにもいないのだ。最愛の妻も死に、荒野を駆け抜けた仲間達も死に、己すらも殺そうとした彼に頼れるべき仲間などいはしない。バレルの連中にしたってそうだ。死に体の獣を救うために態々援軍を差し向けてくれるほど人間味に溢れているわけではないし、何より意味がない。彼の消滅は確定的なのだから。

 

そう、意味はないのだ。

今更馬鹿のように立ち上がることに意味なんてない。戦うだけの力どころか、最早一歩大地を踏みしめる程の力も残されていない。霊核が砕ける臨界点に到達してしようとして、実体を保つことで精一杯だ。

だが、それでいい。それだけでいい。意志を見せることができれば、それだけ構わない。

その行為に意味はなくとも、意義は見いだせる。

意味のない死に方など御免だったが、こういう形でなら悪くない。

 

崩れ落ちそうな躰に鞭を打ち、力を籠める。そして二本の足で立ち上がった。

剣を構え、止めを刺そうとした少女の眼前に躍り出る。その直後、横薙ぎの剣が放たれた。

無造作に振るわれた一撃は果てしなく重く、腕に痺れが走った。

これが英雄、これが英霊。人類史に名を遺した偉人の一撃。

―――嗚呼、本当に、敵わない。

顔があれば、きっと笑みを浮かべていたに違いない。

 

剣がするりと手から滑り落ちた。がらん、という音をどこか遠くに聞いた。

そうして、両手を広げた。

彼を背に、彼を守るために。それが、きっと最低限果たすべき義務なのだ。

 

苛立ち交じりに、黒い剣を構えた少女は言葉を投げかけた。

『それでも、サーヴァントなのか』と。

 

ああ、そうだ。元を辿れば一地域に伝わるお伽噺、都市伝説に過ぎないとしても、有り得ない不確定分子だったとしても、この身はサーヴァントとして存在している。だが所詮は幻霊。その基質はか細く、物理的に干渉することすらできなかった。だからこそ、同じく召喚された彼と掛け合わされたのだ。

 

不完全な存在同士の霊子基質を強引に組み替えて同質化し、この身はようやくサーヴァントして確立した。彼無しでは、私は存在を許されなかった。

言葉が違う。

思想が違う。

文化が違う。

種族が違う。

生き方が違う。

唯一、彼との類似点を強引に挙げようとすれば、生きた年代が比較的近かった、ぐらいのものだ。お互いに心を開かず、開こうともしない無関心同士の共依存。

だがそれでも―――相棒であることに違いなかった。

 

だからこそ、立ち上がらなければいけなかった。

彼に頼れるものがいないというのなら、自分自身が頼れる存在にならなければならなかった。動機が悪意に満ちていても、成して来た行為は悪辣でも、共に戦場を駆け抜けた戦友なのだから。

 

戦う力はどこにもない。ならばせめて、意思だけでも見せるのだ。

彼の背に跨るだけの存在ではない。確かに彼の相棒だったのだ、とカルデアの面々に見せ付けるように。

 

 




気が向いたらカルデア視点も書きます(投げやり)
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