ヘシアンの追憶   作:Mamama

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新宿のアヴェンジャーが貰えるって聞いてテンション上がって書き上げた。


へシアンの追憶<下>

 新宿幻霊事件終幕から藤丸立花がカルデアに帰還し、一夜が過ぎた。

 

時刻は早朝、立花に割り振られた部屋。ベッドの枕元に設置されたデジタル時計が規則正しくアラームを鳴らしている。立花は毛布を頭から被り抵抗するように身をよじっていたが、アラーム音に観念したのかと毛布から手を伸ばし、叩くように時計を止めた。

 

二度寝を敢行しようとしたが目が冴えてしまい、もそもそとベッドから這い出る。その姿からは数々の特異点を攻略してきたマスターとしての威厳は感じられない。両腕を上に伸ばし、伸びをする様子は何処にでもいる寝起きの少女の風体だ。

 

カルデア内のルーティンであれば朝食を取り、ホログラムによる戦闘シミュレーションや座学であったりの予定があるのだが、今日の立花には一日の休息が与えられている。身体的な負担は元より、精神的な負担を和らげるためのインターバルだ。ロマニ・アーキマンに代わって暫定的な指揮権を譲渡されているレオナルド・ダヴィンチの采配によるものだった。

 

よって今日の立花の予定は完全なフリーであるが―――彼女の中では既にしなければならない事項があった。寝間着からカルデアの制服に着替え、軽く身だしなみを整えて立花は自室を後にした。向かう場所は食堂ではなく、普段はあまり行くことがないとある場所だ。

 

 

 

 入れ違いになる形で、マシュは立花の部屋に訪れていた。朝食のお誘いである。

特異点では気を張る必要があるため、その反動のせいかカルデアにいる間の私生活の立花は意外とだらしないことが多かった。先輩のサーヴァントとして私生活も支えなければ―――という彼女の考えは二人でいる時間を少しでも増やしたいという独占欲のようなものも多少は含まれていた。

 

軽く身だしなみを再確認し、インターホンを軽く押す。しばらく待つが返事はなかった。

 

「……まだ睡眠中なのでしょうか?確かに昨日までのレイシフトで疲労もあるのでしょうが、朝食は一日の活力。しっかり食べていただかなくては」

 

 そういって自己正当化し、ポケットから部屋のカードキーを取り出す。マシュやダヴィンチなどの極一部のサーヴァントや職員に渡されている合鍵だ。失礼します、と独り言のように呟き部屋の中に入るが、そこには立花の姿はない。乱雑に整理された布団だけがベッドに横たわっていた。布団に触れるとまだ仄かに温かく、部屋を出てからそう時間が経っていないことが窺えた。

 

「……あまり時間は経っていないようですが、もしかしてもう食堂に向かわれたのでしょうか?」

 

 

 

 

「マスター?いや、まだ来ていないが?」

 

 しかし、真っ先に向かった食堂にはおらず。

「いらっしゃい。ささっ、ずずいっと奥まで―――え?立花ちゃん?今日はまだ見ていないけど」

 

 ダヴィンチの工房にも姿形はなく。

 

「マスターですか?いいえ、こちらには。早朝のトレーニングは筋肉によい刺激なのですが」

 

 主にバーサーカーとケルト勢が身体を動かす仮想戦闘室にも立花はいなかった。

 

「……一体先輩はどこに行ってしまったのでしょうか」

 

 人理焼却式ゲーティアという脅威は取り除かれたものの、まだカルデアに敵対する魔神柱が残っている状況だ。カルデアの防御網を掻い潜って干渉してくるとは早々思えないが、もしや立花の身に何かあったのでは、と僅かに焦燥を募らせ―――

 

「あ……」

 

たまたま開いた図書館(ライブラリ)の扉、入口から見える奥の席に彼女は座っていた。

先輩、と声を掛けようとしてマシュは途中で口を閉じた。マシュから見える立花の横顔はどこか愁いに満ちているように見えて、躊躇ってしまったのだ。立花は頬杖をして片手で貸し出されている通信端末を触っていた。おそらく電子書籍でも読み込んでいるのだろう。後数時間も経てばカルデア職員や一部の作家系サーヴァントが図書館を利用するかもしれないが、今はまだ早朝とも呼べる時間帯。人気の絶えた図書館、静謐な空間にいるのは彼女だけで、何人にも侵しがたい雰囲気を作っていた。

 

図書館といってもハードカバーの本がずらりと並んでいるわけではない。データ管理サーバーに古今東西、ありとあらゆる情報が詰め込まれており、それを端末を使って閲覧する。白色の廊下と天井、等間隔で規則正しく机が並んでいる様子は図書館というより病院に近い。そんな白亜の空間は、立花が持つ形容しがたい神秘性をより強調しているように見えた。

 

立花の無事は確認できたし、かなり集中している様子は見てとれる。無言でこの場を立ち去るという選択肢がないわけではなかったが、立花が何を見ているのかという疑問がもたげ引き返そうとするマシュの足を止めた。

 

そろそろと物音を立てないように―――別にやましいことなどないが―――近づく。

立花の斜め後ろまで近づくと、端末の液晶画面に表示されている文字が目視できる。

何かの物語だというところまでは判断できるが、それ以上の情報をそこからから得ることは難しい。

 

「あの、先輩?」

「ん?ああ、マシュ。おはよう」

 

 直前まで気配を悟らせず、しかも背後から声を掛けたにも関わらず、何事もないように振り向き立花は挨拶を返した。座りなよ、という風に隣の椅子を軽く叩く立花に動揺の様子はない。静謐のハサンや清姫がしばしば部屋に侵入することを考えれば、背後から声を掛けられることなど驚くものではないのだろう。

 

「おはようございます、先輩。あの、かなり集中されているようでしたが、一体何を読まれていたんですか?」

「ああ、これ?」

 

 立花は手の端末をフリック操作し、マシュが見えるように画面を傾ける。そこには大きな太文字でタイトルが記されていた。

 

 アーネスト・トンプソン・シートン著、『シートン動物記』

 

「……シートン動物記、ですか。新宿のアヴェンジャーの逸話となった」

「うん。小学生の高学年ぐらいだったかな、一回読んだことはあったんだけど、あんまり詳しいエピソードは覚えてなかったから」

 

シートン動物記。

新宿のアヴェンジャー、ロボの元となった物語。

それは後年にまで語り継がれる華々しい英雄譚などではない、ごく近年の文学作品だ。作者であるシートンの体験や見聞を基になっており、ノンフィクション作品と言ってもいいのかもしれない。

 

 

元は一般人の立花も知っていることから、知名度は高い。しかし成立したのは近代で、積み上げてきた神秘は低い。無論近代の存在だから英霊として成立しないというわけではない。エジソンやテスラ等、近代に活躍し英霊となった者はいるし、エミヤという例外もある。

 

ただいずれにせよ『英霊の座へ至る』必要がある。そういう意味ではへシアン・ロボはこれまで出会ってきた英霊の中でも特異な存在と言えるだろう。ありえざる英霊として、新宿のアヴェンジャーとカルデアと敵対した。

 

傷だらけの躰を引きずって戦場を後にした新宿のアヴェンジャーの姿を思い出して、マシュはどこか自分が感傷に囚われている事に気付いた。

 

「どうしてまた、それを見ようと?」

「どうしてって。マシュは難しいこと聞くなぁ」

 

  苦笑いを浮かべ思案気な表情で、

 

「……結局あのアヴェンジャーは何をしたかったのかなって、気になったから、かな」

 

 一人言を漏らすように、ぽつりと立花は言った。

 

「何を、ですか?」

「うん、勿論アヴェンジャーなんだから復讐だっていうことは分かるんだけど」

 

 サーヴァントは英雄の断面を切り取り、クラスという枠組みに押し込まれ召喚される。故に、アヴェンジャーとして召喚されたのならば復讐者として現界し振る舞う。故に成すことは復讐だ。実際、相対した新宿のアヴェンジャーは殺戮を振り撒く、まさに復讐者として相応しい振る舞いを見せていた。無論、立花が言いたいのはそういうことではないのはマシュも理解していた。

 

「人間が嫌いだからって無差別に人を襲って殺し尽して―――その果てに何があったんだろうって。何にもないなんて、分かり切っているのにね」

「……それは」

 

 それが復讐者、アヴェンジャーとしての性質だからと。そういってしまえばそれでお終いだ。けれど、性根が優しいマシュにはそんな冷徹な結論は出せなかった。

 

「モニター上でしか私も見ていませんが、新宿のアヴェンジャーはまさしく復讐に憑り付かれているように見えました。きっと復讐の先にあるものなんて意識していなかったのでしょう」

 

 アヴェンジャーと言われてマシュが思い出すのは、第一特異点で敵対したジャンヌ・ダルクの側面の姿だ。けれど、新宿のアヴェンジャーとジャンヌ・オルタの双方は似ているようで『何に対して復讐するのか』という点で明確に違っていた。

 

「フランスの……第一特異点のジャンヌ・オルタは自分を裏切ったフランスに復讐するために動いてた。その気持ちは分かるんだ。誰かを恨んだり、仕返しをしたかったり、そういうのってある意味人間らしいから」

 

 裏切られたから。大切な者を奪われたから。だから復讐する。それは立花にも理解できるのだ。人間は綺麗な生き物ではないということを立花は知っている。知識だけではなくて、自分の実体験として。だから復讐というものに積極的に賛同は出来なくとも、その想いに共感することは出来た。ただ、あの想いはあまりにも苛烈に過ぎた。

 

鋭利な牙からは必殺の意思が。零れ落ちる唸り声からは憤怒の意思が。全身から立ち上る純粋な殺意が。まるで復讐者としての本質を持つサーヴァントではなく、復讐という概念がサーヴァントの衣を被っていたようで。実際に目の当たりにした立花はそれを恐ろしいと思った。そしてそれ以上に悲しくなった。一体どれだけの事があれば、あそこまで堕ちることが出来るのだろうか、と。

 

―――新宿のアヴェンジャーの、復讐の終着点はどこにあるのだろう。

 

「マシュはさ、復讐って悪いことだと思う?」

「え?……そうですね、あまり推奨されるべきことではないとは。ただ強い想いは往々にして生きる原動力にもなるとも思いますし……難しいですね」

 

 困ったように眉根を寄せる真面目な後輩の姿に、立花は軽く笑みを浮かべた。

 

「そうだね、私も復讐そのものはそんなに悪いものじゃないと思うんだ。大切な人を奪われたら、奪った側を恨むよ。それって結構普通のことじゃないかな。よく漫画とかだと『復讐なんて無意味だ』『復讐なんてしても何も生まない』とか言うけどさ。理屈じゃないよね、そういうのって。でも復讐するにしてもゴールを設けるべきだと思うんだ」

「ゴール、ですか?」

「うーん、ゴールというか『ここまでやれば復讐完了』っていう線引きかな。復讐って、いつかは終わるものだから」

 

―――だからきっと、私はこんなにも切なくて胸を掻き乱されているのだろう、と立花は胸中で呟いた。

 

仲間を、大地を、ブランカを。全てを奪った人間が憎くて、復讐に奔った。どこにも行けず、どこに行くのかも忘れてしまって。心を磨り潰して意味のない殺戮を繰り返して。

何も得ることができず、取り溢していくばかりで。

永遠に終わらない、復讐とは名ばかりの八つ当たりを繰り返して。

それを憐れむのは傲慢だと理解していながらも、立花はただ悲しかった。

 

だから、きっと少しでも理解したかったのだ。

例え自己満足だとしても彼がどのようにして生き、どのようにして死に、どのような想いでいたのか、少しでもその想いを汲みとめるように。

『復讐に囚われた殺戮者』だけで終わらせないように。

 

「……そういえばへシアンの方はどうなんだろう?」

 

 そこでふと思うのは、ロボに跨った首なし騎士の事。アルトリア・オルタの前に立ち塞がったへシアンにはロボを護るという明確な意思があった。でなければ両手を広げて立ち塞がるなんてことはしない。最期のあの時だけは、へシアンはただ一人の英雄だった。

そんな彼は、何を思って復讐者になったのだろう。

 

「先輩?」

 

 思考に没頭していた立花を心配したのか、気遣うような表情でマシュが顔を覗き込んでいた。

 

「ん、大丈夫。っていうかゴメンね、朝からなんか重い話しちゃって」

「いえ、そんな事は」

 

 ないです、とマシュが言う前に立花の腹が盛大な音を上げた。遠雷を思わせる響きのある低音は空腹を知らせるサインだ。マシュが視線を向けると、立花は照れたように顔を赤らめて頬を掻いた。

 

「あはは……ごめん」

「そ、そうです。朝食にお誘いするために先輩を探していたんです」

「あー、もういい時間だね。お腹すいちゃったし、行こうか」

 

 一回意識すると空腹感が堰を切るように押し寄せる。続きは朝食の後だ。急かすように自分の手を引き、食堂へ連れていこうとする世話焼きな後輩に頬が緩む。

 

図書館から食堂へ向かう間、廊下でサーヴァントやカルデア職員達とすれ違う。性別も人種も思考も何もかも異なっているけれど、彼等は立花に力を貸してくれている。

純粋な好意だけを向けてくる者ばかりじゃない。自分の思惑のため、利害の一致のために協力関係を結んでいる者だっている。けれど、藤丸立花という無力な魔術師に力を貸してくれていることに間違いはない。

 

「ねえマシュ」

「なんですか?」

「新宿のアヴェンジャー、カルデアに来てくれると思う?」

「……どうでしょうか。存在を確立された以上、理論上召喚は出来るとは思います。しかし互いの意思が必要な以上、向こう側が召喚に応じてくれるかどうかは……」

「普通に考えれば難しいよね」

 

―――でも貴方達が召喚に応じてカルデアに来るなら、私は歓迎するよ。

貴方達を受け止めるくらいの度量、カルデアにはあるから。

そして沢山話をしよう。貴方が感じていること、思っていることを私に教えて欲しい。

話し合いだけで全てが解決できるなんて思わないけど、言葉も無く唯敵意をぶつけられるのは寂しいから。相容れない運命だなんて言われても、私はきっと諦めきれない。それが藤丸立花たらしめる理由だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲のサーヴァントがマスターを守るように立ち塞がる。新たに召喚されたサーヴァント、あれは危険だと戦闘経験が豊富なサーヴァント達は一目で看破した。何時でも動けるように腰を低め、それぞれの獲物に手を掛ける。けれど、サーヴァント達が警戒を露わにする中でマスターは笑っていた。

 

恐怖はある。何度もあの死の恐怖に晒されたのだ。怖くないはずがない。それでも。

自らのサーヴァント達を信頼していることもある。けれど、それ以上に自分の呼び声に応えてくれたことが何よりも嬉しかったのだ。だから、いつもの日溜まりのような笑顔で。

 

「―――ようこそ、カルデアへ!」


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