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――そのココロの形を、いつから『一つ』だと僕は錯覚していたのだろう。
あの人とともに生き、共に笑い、共に悲しみ、共に羨望し、共に絶望し、共に歩き。
そうしてくっついたままだった僕のイドにも、境界が有ることを理解していたと言うのに。
いつだったか、母星にいた頃に彼と逢引した時だったか。
あの時に視えない果てはとうに知っていた。
見えても、触れ得ざるココロの最後の斥力が、たとえ一心同体でもそこには有ると。
だけれども、それを更に隔たらざるを得なくなった時、どうして僕のココロはこんなに寂しく震えたのだろう。
互いに思えずとも想っている。
見えずとも、聞けずとも、たとえどんなに離れていようとも。
僕たちは、ぼくは、おれは、永遠に消えることのない我を、刻みきっているというのに。
――何故、表向きの『繋がり』が切れるだけで、僕はこんなに弱くなってしまったんだろう――
◆◆◆
そこは真空。
そこは虚無。
遙かなる静謐と確固たる安寧が固定された無染めされた暗黒空間。
それは確定した熱量が形成する未元にして次元の宇宙。
――“ガィンッ”――
そこに音はない。
尋常な者の手では、爆発など決して観測されない。
――“ガィィンッ”――
だがけたたましく、否。
唸るように、地を擦る這うかのように響く赤紅音が炸裂する。
それと相対するように、鉋の如く研ぎ澄まされた極光緑の切断音が、空間ごと破砕して捩じ切り、飛翔し続けている。
――
三千世界の彼方では、宇宙踏破者は速度の軛からある程度解き放たれ、存在できるものはそこで神速を得る。
重さを記録し、尊ぶ知性体の星系から遠ざかっているからだ。
この彼方の宙域はいわば、縛りを無為とする量子宇宙ゆえの『軽さ』を持っている。
この場はカダスと呼ばれ、『星渡り』を行うものは得てしてこの軽さに乗って、光へと至り、或いは越えて次元を渡るのだが――
「…なんだアレ!めっちゃ速いんだけど!父さんの斬撃くらい速いんだけど!」
「か、影しかわからない…ああいう生物見るの慣れてるはずなのに…」
≪…ふむ、運が悪かったか≫
極光を放つ発光体から、三体の音声反応が発せられた。
うち二名は発光体に搭載された輸送物、もう一つは発光体本体が発した音…声である。
いずれも生命…否、発光体を純粋な生物と呼ぶかは疑わしかった。
極光に染まったその躯体は、黒染めの無機物であると判別することが出来た。
十八等身のヒトガタであり、先程から目立つ極光の他に、橙色の赤熱を機体から常に蒸かす、冒涜的な飛空機械――
即ち、『鬼械神』であった。
――“ギィィィィィィィッ!!”――
極光を描く煌黒に角々しく迫り、激突を続けるもう片方の冒涜的な物体は、まさしく異形そのもの。
脚こそ四脚であり、流麗たる尾を持つがそれらは節が存在せず、剥き出す数多くの骨が有りながらにして予測が取れぬ追尾を続けてくる。
激突した際の有りもしない衝撃の歪を足場にして、尖った力場から再びジグジグ起動のみで接近し、飛空機械に食らいついてくる。
大凡八つから十の眼光が赤黒く燃え、時を破壊できる大顎が、金剛強度たる鬼械神を破砕せしめんと開かれる。
――“ギッ、hshuuuuu、…!!”――
そのクランチショットを前にして、閃光が走った。
鬼械神の両の手から、玄月の光波が刃となってもたらされる。
その淀み無い一閃は一切の矛盾無き直線であり、鋭角ごと切り裂いて狗へと直撃する。
逃亡する空を一瞬だけ見失ったケモノは光の速さで距離を引き剥がされ――
しかし己の存在によって発生する力の奔流から力場の角度を作り出し即座に復帰する。
≪――こいつは、俗に言う“ティンダロスの猟犬”という奴だ≫
鬼械神は冷静な口調ながらも、極めて焦燥した印象を抱きながらつぶやいた。
刹那の長さだけ振り切った光波を解除し、飛翔へと専念する。
ここで第六宇宙速度を逸してはならない。
速度を落とした瞬間に認識・演算強度ごとあの敵性存在に上回られ、光の速さで食い破られ塵と化すことは目に見えている。
アレはそういう『狩り』に長ずる速度の鑑だ。
「えーっと、てぃんだろすって、確か…」
「できない子、確か鋭角から出てくる次元の番犬だ。話には聞いてたけど」
≪そうだとも。一度初見のアレには君らの両親ごと手痛く撃墜させられてね≫
“番犬”との遭遇は偶発的に発生する。
彼の者らは、次元渡りをする神性を見つけては喰らい尽くし、それを餌として自らを定義し続けるゴッドイーターだ。
彼らは鋭角がある限り加速することが出来、初速と平均速度と最高速度を一緒にして第六以上の宇宙速度で疾駆する。
その加速は演算と量子干渉を並行する神威の踏み足であり、敵がそれより遅くなったが最後、相手を相対性理論によって置き去りにしながらとどめを刺す。
位階としては下級神性に過ぎないが、主にこのカダスの中で生息するが、その最も特化された戦闘存在故に『猟犬』と称され、
その『狩り』は時として格上である中級までの神性すら覆し、捕食することも決して珍しくはない。
≪…本当に困った。コレに遭遇するヘマはしてないと思ったんだけど≫
「そんなこと言ってても仕方ないよ!振り切ってぇえええ!」
「リンクスさん、頼む!」
≪――VOBを最高出力で行く!舌を噛むな!≫
“リンクス”と称された鬼械神が、更なる背部の炸裂を伴って加速し、猟犬を振り払うために飛翔する。
一時的に具現化・拡張されたバックパックから更なる極光を伴って、鬼械神は流星となる。
だがその飛翔は、猟犬から見れば荒削りだ。
力の破片は衝撃という質量を伴う。
その指向性にこそ彼らの得物である『角度』の力が超自然的に観測できるのだから。
その飛行機雲に乗っかり、猟犬は一瞬で五十万回ほど折り曲がってリンクスに追いついた。
≪! チィ――ッ!≫
万雷の如く、万億の如く鍛錬した光波を再び開帳する。
玄月の刃、ムーンライト。
かつて無銘にして月女神の刀と称し、そこから切り結んだ
だが同じ攻撃を二度直撃する猟犬ではない。
そのアギトを光波へと拮抗させ、白刃をつかみ取り、自らの躯体を鬼械神へ絡めようとする。
単発では堅牢である相手の速度を無理やり落としにかかり、土俵から引きずり落とさんと画策する。
≪まだだ――≫
ここで捕らえられては、刹那の多段攻撃から宇宙の塵と化すのは目に見えている。
緑色波動を極光させ、接続部を解除しパージ、それとともに組み付いた猟犬ごと振り落とす。
「よっし、これでもうそろそろいけそ…」
「――、いやまだだ!アイツ――」
≪!!≫
猟犬の周辺から、絡みついていた拡張装甲が消滅した。
無論、限定型とはいえ神格によって固定された、紛れもない武装が消え去って――
――猟犬の早業によって即座に口に入り、消化されたのだ――
「食いやがったァ!?」
「に、兄さん!あれ、ま、まずいと思うんだけど――」
猟犬の相五の相貌が光り、同時にその冒涜的な大顎から極光が漏れ出す。
それは指向された破壊の力の結晶であり、釘打ちするかの如き鋭さを備え、
≪――
余った養分によってもたらされた蛮神を屠るパイルバンカー。
その疾すぎる破砕が、その空間を貫いた――