白き主と黄金の剣閃 アフターデイズ   作:八つ手

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 ざざーん。

 ざざーん。

 

 波が砂浜を打つ音が聞こえる。

 真都のハズレに位置する管理湾岸区域。

 気候が気候であれば海水浴で訪れるものが絶えない、観光名所の一つ。

 最も今日は肌寒く、水温も比較的冷たいのか人の数は少ない。

 誰かがつぶやくその音も、波打つ音一つでかき消されてしまうほどに。

 

 「……ハァ」

 

 だからこそ、ため息とともに緩やかな堤防に全身をうっかかり、虚しさと共にこの感情を噛み砕く。

 足立透は、自ら以上の理不尽な犠牲には耐えられない心情を持っていた。

 それは決して善心などから来るものではないと本人は信じている。

 浅ましいまでのリターンを求める感情。物事の釣り合いを秤り、比較してなだらかに合わせようとする、汚い人間であれば誰もがするだろうこと。

 そんな当たり前の汚物でしか無いと、彼は彼自身を信じている。

 

 「……らしくねぇ」

 「なーにがらしくないって??」

 「!?」

 

 彼が気づいたその瞬間には、既に背後から色白の女性が顔を出していた。

 

 「…君、いつから居たよ?」

 「キャベツは私にとって一番わかりやすいからさ、入ってきたらすぐ気づくよ?」

 

 暗い青のフードコートを深めに被り、背から異形なるアギトを露出させたヒトガタ。

 おおよそ魔人か、改造存在を疑わせそうな彼女――レモラこそが、この海を管理する番人だ。

 

 「しっかし自分で言ったとおりにらしくない顔してるねー、まるで届かない空をずっと見てるようだ」

 「君にゃあ特に関係ない話だよ。僕にもそんなにだがね」

 「いけずー、話せよー!こっちは暇なんだよー!」

 「うっせぇぞダンベルドラゴン、のしかかろうとすんな死ね」

 「最近は軽く扱われる努力してますからー!!」

 

 じゃれつこうとするレモラを躱す足立。

 

 レモラは人形の形態を取った帝竜であり、真都が管理下においている最高戦術規模戦力の一体である。

 強大な体躯と重量を誇る巨竜の容貌は可変であり、個体によって特定のヒトガタへと変貌する力へと至る。

 実体と結びついき凝固した魔素体によってその体積を変化させ、魔力を炉心とし、また硬度とすることに絶対の力を持つ。

 何よりも、その構造体は物質と結びつくことで、ヒトが思うより強固で、他者の利用を許さない。

 極論、根源的に物質の延長線上に有る自らの身体を、普段縮めているに過ぎないのだ。

 

 だからこそその重量はヒトガタであろうが洒落にならず、魔素体の運用斥力によって軽量化したとして、ゆうに数百キロへと達する。

 特にその分野に長年力を割いたレモラでさえ、人型形態の非戦闘時でも百数十キロが限度と言える。

 

 「あーもー、キャベツがもっと力持ちだったらなー!私もなー!」

 「何がだよくだらねぇ。俺は一人でのんびりしたいんですー」

 「じゃあキャベツが悩み話すまで離れてやんない、やんないから」

 「うっわまじかよ、もっと話す気なくなっちまったわー」

 「じゃあくっついてていい?」

 「だからのしかかるのをやめろっつってんだろ死ぬから」

 

 そうして片方がじゃれつき、もう片方が躱し続けるのを十数分繰り返し。

 流れが落ち着いた頃、観念した足立はレモラに数時間前の話題を打ち明けた。

 彗星神話。星になった英雄。星から追われた最大の被害者の話を。

 

 「…ふーん」

 「なんですかー?リアクションが無いなら無いって言えよ。こっちはくたびれてるんだ」

 「いや、なんかキャベツ達らしいなーって思って」

 「らしいって何ですかねぇ、褒められたもんでもあるまいに」

 

 実際、はたから見れば眉唾ものである上に、根拠と言えるような根拠は感じられまい。

 事実、マルガの同人誌の売上にすらうっすら響く認識のつじつま合わせが働くのだから。

 

 「だってそうでしょ。皆とりあえずで祀ってるものだよ?その内面から入るやつなんて、キャベツ以外居ないじゃん」

 「それこそんなわけないだろが馬鹿野郎。屁理屈だよ屁理屈。ただのゴネだろ?」

 「その屁理屈を第三者で言えるのがキャベツくらいって言いたいんだよ」

 「なにそれ。けなしてるの?」

 「まっさか」

 

 私がキャベツをけなしたことなんて一度もない。

 そう口ずさんだレモラに気持ち悪いと足立は返した。それこそ嘘なんだと。

 

 「俺をけなさない人間なんて居ねぇよ」

 「竜だからノーカンかな」

 「うっせぇよ」

 「……」

 「……」

 

 言葉が停止する。

 相も変わらず響く波音にかき消されることもなく、ただただ何かしらの雰囲気が残り続ける。

 

 「ねぇ、キャベツ」 

 「なんだよ」

 「私ね、キャベツのこと、好きだよ」

 「……そうかい」

 

 ただ、互いに波音にかき消されると信じて、らしくない会話をすることは、年に一度はある。

 最も、それにしたってわかりきったことだった。

 

 「…くっついてて、いい?」

 「のしかかるなよ、頼むから」

 

 レモラは足立透に惹かれている。

 足立透はレモラを拒むことが出来なくなっている。

 この数年で特に顕著なことであり…けれど、こうしてどちらかの口からはっきりと好意が言葉が漏れ出たのは、今日が初めてだった。

 

 きっかけは何時からだったか。

 何者かに操られた帝竜を共に撃滅したときだったか…それもあるが、もっと前だったか。

 彼が初めて探偵仕事の一環で海に顔を出した時だったのかもしれない。

 

 その時の彼は、このような砕けた様子などではなかった。

 仮面をかぶったままの敬語を使い、仕事に支障の無い範囲で演技をするだけの道化師。

 堅苦しさを拒むレモラはこれに真っ向から切りかかった。

 当時としてはあらゆるものが珍しいと断じた、湾岸の主の口喧嘩だと有名だった。

 

 最初としてはそんな些細なもの。

 だが、それで両者は互いに惹かれたのかもしれない。

 足立透は、相手が誰であれ当たり前のように罵倒する、真に恐れるものを恐れられない社会不適合者で、当時は孤独だった。

 レモラは誰が相手だろうと内申恐れられた災害だった。千の時を経ても大概孤独であり、数少ない友人である国王も、今はもうこの世に居ない。

 

 彼/彼女はここ数年ずっと対等で、ずっと口喧嘩をしてきた。

 何か有ったときは真っ先に体が動いて、態度が出た。

 

 「…世の中糞だな」

 

 叶うことのない愛だ。

 ヒトと竜が恋した話など、過去一度も聞いたことはない。

 いや、有ったかもしれないが、それは――

 

 「キャベツ、いや透。

 この前双嬢達の例の同人誌読んでたんだけど、()()()()()()()()()?いやよもや、それが上の神代のものとは思わなかったけど」

 「は?いや、おい待てって」

 「でも、最近まで知らなくて良かったかも」

 

 「私、この初めての感情が君のためで良かったって、そう思えてるから」

 「――――」

 

 その言葉は、想像できないほどの年月の篭った、どうしようもない重さを持っていた。

 

 「――ったく」

 

 ひょっとしたら、叶わないほうが幸せだったのかもしれない。

 会話ができるだけで、どちらも決して相容れる事ができない。

 ヒトと竜とはそういうものだ。

 

 けれど、胸を貫くほどの、()()()()()()()()()()()そこにあるのなら。

 互いに決して届かないとわかっていても、それでも手を伸ばしたいというのなら。

 

 「――悪くはないな」

 「えへへ、やった」

 

 不幸かもしれない。決して成就しない破滅に手を出したに違いない。

 子も絶対に成就することもない、自己満足にすぎない心中だ。

 

 「ろくでなしの僕には、相応しい在り方だ」

 

 足立はレモラの重い体を頑張って引き寄せて、抱きしめ、唇を交わした。

 その中で、他人事のように、千年以上傾かなかった女の感情を壊していた自分を認識した。

 そういった点では、どうしようもない破滅を巻き起こした最大の悪であることは否定しようがない。

 だからこそ彼は自分をどうしようもない悪だと嘲笑する。

 

 「一緒に堕ちてやるよレモラ。先にこっちが野垂れ死ぬだろうけどね」

 「私は破滅なんて思わないよ、だって」

 

 レモラは糸の繋がった唾液と、ほんのり知らない熱を帯びてきた体の中で、改めてそう思った。

 千年以上、或いは数千を生きることになるやも知れぬ帝竜にとって、智慧を持ちながらにして生きる糧は執念に他ならない。

 だからこそ彼女は自分を既にどうしようもない堕竜だと嘲笑する。

 

 「私の最高のヒーローは、死なないからね」

 

 どうしようもなくむずがゆいこの感情が、ずっとずっと自身を生かしつづけることだと知っている。

 

 レモラが、臆面もなくそう言い切るからこそ、彼はこうして折れたのだ。

 足立が、一切合財を無視して個人として突っ込むからこそ、彼女はこうして堕ちたのだ。 

 

 「全く――」

 

 「最高の褒め言葉だ」

 

 自身にとっての悪こそが、互いに求めていた正義。

 その言葉/熱情こそが、彼/彼女がずっと求めていた言葉だったから――

 




アフター3は真都編で大活躍したキャベツ御一行。
自分でも思い入れのキャラクターで、まぁこいつらくっついてるだろうとは思いましたが、今回描写しておきました。

ある意味で収穫が有ったのは、主人公を第三者視点で見れたということ。
本人は幸せだったとしても、それを他が汲み取れるとは限らない。
そういうお話。

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