いちご100% IF   作:ぶどう

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第五話

 

 中学生ぐらいの多感な時期は、感情の赴くがままに色々とやらかしてしまうものである。

 

 親に反抗したり悪ぶってみたくなる年頃だ。個人差こそあるだろうが、これは誰しもが通る道だろう。後々になって落ちつきさえすれば大抵の場合、笑って話せるようなことに過ぎない。

 

 気をつけるべきは中二病を患うこと。自分がカッコいいとか特別な存在であるとか。そんな風に思っても構わないし、人様に迷惑をかけないのなら気取った態度で振る舞っても別にいい。

 

 問題があるのはそれを記録として遺してしまうことだ。5年後だろうが10年後だろうが、ノートに書き記された自作のポエムなんて物を発見した日には発狂。または寝込んでしまうはずだ。黒歴史という人類が生み出した悪しき文化は、後世に伝えることなく断たねばならない。

 

 長々と熱弁をふるってはみたがオレに黒歴史なんて物は記憶にも記録にもない。忘れ去っているだけかもしれないが、それならそれでいい。恥ずかしい過去なんて思い出したくもないし。

 

 だがこんなことを突然言い始めたことには遺憾ながらも理由があった。

 

 それは何気ない日の何気ない昼休みのこと。昼食後の腹ごなしに一人で廊下を歩いていると一冊のポケットノートを拾う。落とし主の名前でも書いてないかとページを捲ったことが事の発端。

 

「…………ふむふむ。君が美しい花なら、僕は蜜を奪い去る蝶になりたい……か。下ネタかな?」

 

 そのノートにビッシリと書き連ねられていたのは千字を優に超えるロマンチックなポエム。

 

 内容の良し悪しは然して興味がなかった。問題はノートの持ち主にどう返すべきか。原作に登場しないクラスメイトの男子のノートであったが、拾ってしまうと対処に困ってしまう。

 

 普通のノートであれば普通に本人へ返せばいい。中を見ていないフリして返してもいいが、持ち主の名前は中を見ないと知ることはできなかった。表面か裏面にでも書いておけよと思う。

 

 つまり本人に返すということは中を見たということになる。こっそり机に返しておいてもいいが、多感な時期の青年が他人にポエムを見られたと知ればどう感じるだろうか。肝っ玉が大きければ動じないかもしれないが、そんなヤツが長々とポエムなんて書くのかと考えてしまう。

 

 いっそ知らん顔して拾った場所に戻しておいてもいい。本人が拾えば万事問題ない。だが性格の悪いヤツが拾ってしまうと事だろう。自業自得といえばそれまでの話だが少し可哀相だ。

 

「拾ったはいいが、どうするかな…………」

 

 ノートを制服のポケットに入れたオレは、持ち主へどのように返すべきかと頭を悩ませる。

 

 繊細な問題だった。どう転んでもマズイ結果に繋がりかねない八方塞がりの現状。教師に預けるのが正解のような気もするがどうだろう。名前が書いてなきゃ中を見るのが普通の流れだよな。

 

 楽しげな話し声の響く廊下に一人で突っ立って頭を悩ましていたが、こんな時は静かな場所で考える方がいいだろう。そう思ったオレは場所を変えようと歩き始める。その時だった────。

 

「おーい内海くん。そんなとこで何してるの?」

 

 背中から聞き慣れた声が耳に入ってくる。

 

 振り向くと西野がいた。最近よくある光景だが、今だけは都合が悪い。西野といると周囲の視線が集まってしまう。制服のポケットに入れたノートも角の部分まで収まりきっていなかった。

 

「お、おう。西野か。どうかしたのか?」

「どうもしてないよ。内海くんを見つけたから声をかけたんだけど? キミこそどうかしたの?」

 

 この場はサクッと話を流すに限る。万が一にも見つかってしまうと面倒事になりかねない。

 

「そうか。いい天気だな。それじゃまた…………」

「ちょっと待ってよ。どうして今日はそんなに淡白なの? 確かにいい天気だけどさー?」

「いや、なんでも。ホントになんでもないから。今は立ち止まらずに歩きたい気分なんだよ」

 

 そう言ってオレは颯爽と立ち去ろうとするも、なぜか西野は訝しんでいた。

 

「怪しいなー?」

「ぜ、ぜんぜん怪しくないぞ?」

「んー? 怪しい。なにか変な物でも隠し持ってるとか? キミには前科があるからねっ!」

 

 謎に鋭いことを言い出す西野。当てずっぽうかもしれないが今はマジで勘弁してくれ。

 

 西野がそんなことを言ってしまえば周囲のみんなもオレを見る。なにも悪い事していないのに一瞬で針の筵と化してしまう。有志の手によって身体検査でもされたら本気で不味い状況だ。

 

 この場を切り抜けるにはどうするべきか。一目散に走って抜け出してもいいが、周囲の誰かが走って追いかけてくるかもしれない。そうして掴まってしまえば言い逃れはできないだろう。

 

 ならばここは冷静に対応する方がいい。とにかく今はこの場から離れることを優先しよう。

 

「気になるなら西野もついてこいよ」

「時間はあるからいいけど、どこ行くの?」

「他に人がいない静かな場所。そこでゆっくり話でもしようか。とにかくオレについてこい」

 

 そう考えたオレは逆転の発想で、いっそのこと西野を連れ出せばいいと思い至った。

 

「べ、別にいいけど、話ってどういう…………」

「ああ、そういうのは後だ後。それじゃあ行くぞ」

 

 他に人がいない静かな場所でまず頭に浮かぶのは、極々ありきたりだが屋上だった。

 

 鍵は掛かっているのかな、と思いながら西野を連れて廊下を歩く。なんだか周囲が騒がしかったが西野がいるせいだろう。美少女というのは否が応にも人目を惹きつけてしまうものだ。

 

 

 

 

 

 幸運なことに屋上の扉に鍵は掛かっておらず、幸いなことに屋上には他に人の姿はなかった。

 

 秋深しといえど昼下がりの日差しは暖かく、ゆっくりするには良い気候であった。これが後一カ月もすれば寒さも増すのだろうか。寒いのは苦手じゃないが寒空の下へ進んで出ることはない。

 

 今年も残り少ない行楽日和を満喫しつつ大きく背伸びをする。オレがこんな仕草をすると西野はすぐ『おじさんみたい』なんてイチャモンをつけてくるが、今日は珍しく静かだった。調子でも悪いのかと西野の方を見ると、西野は前髪をいじったりして何やら落ちつかないご様子。

 

「それで内海くん。大事な話ってなにかな?」

 

 西野はしっかり人の目を見て話をするタイプのはずだが、なぜか珍しく目が合わなかった。

 

 珍しいといえるほど西野のことを知っているわけでもないが、どこか違和感がある。それに大事な話ってなんだろう。そんなこと言った覚えはないけど、無意識にでも言ったのかな。

 

「いや、特に大事な話はないかな」

「…………えっ?」

「あの場から抜け出す方便みたいなもんだ。衆目に晒されるのはピンチな状況だったからさ」

 

 上手くいったぜ、とオレは笑って話す。我ながら機転の利いた言動だったと思う。

 

 しかしどうやら西野は話があると思ってついてきたようだ。悪い事をしたと思ったオレは素直に謝るも、西野は両方の頬を大きく膨らましては、ツンツンと不機嫌な態度を崩そうとしない。

 

「わかったわかった。オレが悪かった」

「別に内海くんが悪いってわけでもないけどさ。あたしも変に深読みしちゃったしさぁ」

「海より深く反省してるから許してくれ」

「別に怒ってないけどさ。なーんか釈然としないかな。キミには振り回されてばっかりだし!」

 

 何度謝っても暖簾に腕押し。わざとらしいため息を吐かれ、そっぽを向かれる始末。

 

 西野はそこまで怒っているわけでもなさそうだけど、どこか不満気な様子。女心というのは本当に謎めいている。そりゃ女からしても、男心なんてものは理解に苦しむのかもしれないが。

 

 しかしいつまでも怒らせておいても仕方ないのでいい加減、機嫌を直してもらうことにした。こんな時は笑いを取るのが一番早い。キザなセリフの一つでも吐いてウケを狙ってみようと思う。

 

 そう考えたオレは頭に思い浮かんだ、映画で度々耳にするような言葉を気軽に口にした。

 

「膨れた顔ばかりするもんじゃないぞ」

「どうして? 別にあたしの勝手でしょ?」

「膨れているとせっかくの可愛い顔が台無しじゃないか。笑っていてこそ映えるってもんだろ?」

 

 そう言ってオレは笑ってみるも、西野の反応は残念ながら芳しいものではなかった。

 

 西野は小さくなにかを呟くと顔だけじゃなく体ごとオレに背を向ける。ドン滑りしたことに流石に若干のショックを覚えたオレはそれから数分、ボケっと空を眺めながら心の傷を癒す。

 

 それもこれも全部はノートを拾ったことが原因だろうと考える。今日はツイてない一日だ。朝の占いなんて見ていないが、おそらく今日の運勢は最下位でバッドアイテムはノートに違いない。

 

「で、さっき話してたピンチな状況って結局なんだったの? エッチな本でも持ってるの?」

 

 空を眺めながら今日の運勢を呪っていると西野に声をかけられた。

 

 視線を空から落としてみる。もう西野は怒ってはいなさそうだった。そしてノートのことを西野に話すべきかを考える。迷惑をかけたことだ。本人の名前を伏せれば話してもいいだろう。

 

 

 

 

 

「ふーん。ポエムノートかぁ」

「ああ、若気の至りってやつだろうな…………」

 

 要点だけ簡潔に話して聞かせる。難しい話でもない。ただ闇のノートを拾ったってことだ。

 

 どうするべきかとオレが尋ねると、持ち主に返せばいいと西野は答えた。その通りなんだけど、他に良い案はないものかと頭を悩ませる。思い浮かばなければ普通に返して終いになるだろう。

 

「そのノートの持ち主って友達なの?」

「普通のクラスメイトだな。話をした記憶もオレには数えるほどしかない」

「なら普通に返せばいいじゃん。中を見られたら恥ずかしいかもだけど、落とした人が悪いよね」

「その通りだけど身も蓋もない言葉だな…………」

 

 ドライな西野の言葉にガックリと肩を落とす。それでも西野の言う言葉が正しいだろう。

 

「なんか意外だね。キミならノートを拾ったその足で持ち主へ返しそうなイメージだけど」

「それが本来は正しいんだろうけどさ」

 

 ただ、とオレは続ける。そして古くは懐かしい学生時代の情景に想いを馳せる。

 

「ノートの持ち主とオレは接点らしい接点もないし、進路が違えば来年には疎遠になるはずだ」

「うんうん」

「でも疎遠になるから適当にしていいって話でもない。大人になって昔を振り返れば学生時代は凄く重要だと思うんだ。そして楽しい思い出と同じぐらい、辛く苦々しい記憶は忘れないものだ」

 

 だからできることなら丸く収まるように努力したい、とオレは願望を口にした。

 

 別にポエムが悪いなんて思わないが、当人がどう受け取るかなんてことはわからない。

 

 返したその場で感想を求めてくる図太い相手ならぜんぜんいいが、ショックで不登校になってしまう相手だっているかもしれない。心の機微なんてものは目には見えないものだと思う。

 

 空に浮かぶ雲を眺めながらどうしたものだろうと考える。名案が思い浮かばなかった。きっと今日中に何も思い浮かばなければもう、明日の放課後ぐらいにはシレっと持ち主の机にノートを返すことだろう。半端に妙なことをするよりかは、そっちの方がシンプルでいいかもしれない。

 

 そんなことを考えていると午後の授業を告げる前の予鈴が鳴り響く。そろそろ戻ろうかと西野に声をかけると、西野はジッとオレの目を見て、そしてニッコリと微笑んで口を開いた。

 

「うん。そういう考え方は好きかな。いつも振り回されてばっかりだけど協力してあげるね」

「お、なんか名案でもあるのか?」

「ふふん。キミは知らないかもしれないけど、あたしって顔が広いんだよね。だから…………」

 

 キミに貸しイチってことにしてあげる、と笑顔で西野は言った。

 

 

 

 

 

 その日の翌日からというもの。学校内に突如としてポエマーが大量に出没し始めた。

 

 その理由は簡単で西野が『ポエムって素敵だよね』みたいなことを友達と一緒に話していただけで、学内の男共は翌日からポエマーへと変貌を遂げた。どいつもこいつも本当に単純だな。

 

 流石は学校のアイドル西野ってところだろうか。間接的に不特定多数の黒歴史を量産させてしまったような気もするが、もうそんなことは知らん。それでも流行ったことは大いに助かった。

 

 謎のブームの最中。オレは人気の無い時間にノートを持ち主の机へと返しておいた。これが最善であったかはわからないが、赤信号もみんなで渡れば怖くもないという名言もあることだ。渡れば車に轢かれるかもしれないが、一人で渡るよりかは多少マシだろうと勝手なことを想像する。

 

「よしよし、全ては丸く収まったな!」

「収まってない! あたしが困ってるよ!」

 

 ノートを持ち主の元へ返した二日後のこと。放課後西野に捉まっては盛大に愚痴られる。

 

 どうも西野はポエマーの餌食になっているようだった。流行らせたのも西野なんだから、仕方ないだろうと思う。今は流行りやすく冷めやすい年頃だ。明日には別のことが流行るかもしれない。

 

 そう言って適当にフォローしてみるも西野は納得していない様子。西野にとっては得のない出来事だったかもしれないが、時にはそんなこともあるだろうと諭す。良い事をしたじゃないかと。

 

「ホントにもう! 毎日よくわかんないポエムを聞かされるあたしの身にもなってよね!」

「オレに貸しイチなんだしいいだろ」

「絶対に、絶対に返してもらうからね! その時に忘れたなんて言ったら承知しないから!!」

「ああ、はいはい。覚えとく覚えとく」

 

 そう言ってオレはカバンの中から缶コーヒーを一本取り出しては蓋を開ける。

 

 今朝『ありがとう』と書かれた紙と共に一本の缶コーヒーが机の中に入っていた。学校の敷地内に自販機がないことでカフェイン中毒のオレは度々ボヤいていたが、それを聞いていたようだ。

 

 オレがノートを拾った現場を見ていたのか。それとも返す現場を見ていたのか。はたまたそれ以外に理由があるのかまではわからないが、ノート事件の結末が綺麗に纏まったことに満足する。

 

 

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