いちご100% IF 作:ぶどう
第八話 いちご注意報【真中】
【立入禁止】のチェーンを越えて、残り18段の階段を昇った先にある重たいドアを開けたなら、そこにはこの町最高の風景が広がる────。
「…………足?」
取っ手式の丸いドアノブを回し、夕日を見に屋上へとやってきたオレの目に飛び込んだ足。
足、と声に出した時には頭上から人が降ってきた。足からふともも、そしてスカートが捲れパンツの順番に目に入る。突然のことに驚いたオレは尻餅をつきそうになるのをやっとこらえた。
頭上から降ってきた人は着地に失敗したのか、オレの目の前でうつ伏せのまま倒れてしまう。ウチの学校の制服を着ていることから部外者ではなさそうだ。うつ伏せになっていて顔は見えないがセミロングの髪や体型、それにスカートを履いていることから倒れているのは女子だと思う。
なんで突然降ってきて倒れてんだよ。ぜんぜん動かないけど、もしかしてどこかブツけてヤバいのかな。そんな考えも頭に浮かびはしたが、一番に目を奪われたのはスカートの中のモノ。
「い、いちごのパンツ…………?」
頭上から降ってきた女子生徒が倒れた拍子に、乱れたスカートの間から覗けたパンツの柄。
女の子のパンツが視界に入ってしまえば最後、健全な男子中学生ならそれを見ずにはいられない。うつ伏せに倒れていることもあってか、つい凝視してしまう。こんなチャンス滅多にない。
だが幸せな時間はすぐに終わりを迎えてしまう。オレのパンツ発言を聞いてか女子生徒はピクりと反応を見せると、そのまま起き上がろうとする。これはまずい、とすぐに思った。この状況で起き上がられると流石に言い逃れができない。こうなりゃダッシュで逃げるっきゃ────。
「────────えっ?」
起き上がって振り向いた女子生徒と目が合うと、オレは逃げ出すことを忘れ声を洩らした。
女子生徒の長い前髪の隙間から澄んだ大きな瞳が覗く。ただ綺麗だった。例えようがなく美人だった。夕日を背に受ける女子生徒は、ほんの一瞬だけその姿を艶やかに映し出した。
その一瞬でオレは心を奪われてしまった。一目惚れというのはきっとこういうことなんだと咄嗟に思った。そしてその姿に見惚れてしまった。このまま何もなければ何時までも、彼女の姿に見惚れ続けていたことだろう。
それでも映画や小説のような出会いとはならなかった。見惚れた次はすぐ驚く番がやってくる。
「きゃ、きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「わああっ!!」
うつ伏せに倒れていた彼女は起き上がると、見惚れるオレを尻目に大きな叫び声を上げる。
そして彼女は叫び声を上げ終わると、そのまま走って階段を下って行ってしまう。一人その場に残されたオレは呆気に取られ、その後に走り去っていった彼女のことを考えた。
「なんだよ。自分は上から降ってきたくせして驚くのはオレの方だっつの! それより…………」
あんな美少女ウチの学校にいたっけな。
顔は少ししか見えなかったけど綺麗だった。夕日に照らされてスカートが捲れて。まるで映画のワンシーンみたいだった。彼女が起き上がる瞬間をスローモーションにしたら良く映えるかも。
しかし彼女は誰なんだろう。あんなに可愛いと絶対に目立つよな。ウチの学校じゃ西野が人気なのは最近になって知ったけど、ひょっとするとオレが知らないだけで彼女も有名人かもしれない。上履きの色は三年の物だったし、同学年なら何処かですれ違っていてもおかしくないけど。
「…………ぜんぜん見覚えない。そーいや、あの子はこの上にいたんだよな。何してたんだろ」
頭上から人が降ってきたといってもまさか、空から降ってくるなんてことはない。
彼女は正確にいうと屋上にある給水タンクの上から降ってきた。給水タンクの横には登れる手すりが付いていて、理由はわからないけど気分転換かなんかに登っていたんだろうと思う。
大した高さでもない。下りる時に手すりを使わず、勢い良く飛び降りようとした拍子にドアを開けたオレと鉢合わせたってワケだろう。パンツが見れた分ラッキーだったが、それで満足していたらダメだ。ひょっとすると彼女の情報を得るための重要なヒントが残されているかも。
「3年4組東城綾……。って東城のノートか。なんで東城のノートがこんな場所にあるんだ?」
そう考えて給水タンクの上に登ったオレは、そこでなぜか東城のノートを拾う。
東城綾。同じクラスの女子生徒だ。いつも縁の黒い眼鏡をかけていて髪はおさげ。見た目のイメージそのまんまの文学少女。これまでは接点らしい接点がなかったが最近はそうでもない。
なんでこんな場所に東城のノートがあるのかは疑問だったが、拾ったなら届けてやるべきだろう。東城にはこの最近、志望校に危ないオレの勉強を見てもらったりと世話になっている。
「ノートは明日にでも返すか。しかしスゲー綺麗だったな。なんて名前なんだろう…………」
東城のノートは明日返せばいいか。しかしあの美少女はマジでどこの誰なんだろう。
まさか自分がこんな鮮やかに心を奪われるなんて思ってもみなかったが悪い気はしない。今はただ彼女のことが知りたくて仕方ない。こんなにテンションが上がったのはいつ以来だろうか。
今はもう中学3年の冬。卒業まで刻一刻と迫っていた。そんな中で自分の中学時代を振り返ってみても胸を張って誇れるものなど何もない。なんともパッとしない地味な3年間だった。
部活は控え。勉強はあんまり。そして何よりも彼女がいない。友達はけっこう多いし楽しいっちゃ楽しいけど、やっぱ青春といえば恋愛要素は欠かせないポイントだ。なんなら彼女がいればそれだけで華のある3年間。バラ色の学生生活といっても過言じゃないとさえ思う。
「……もう受験も近いし半ば諦めていたが、最後の最後に大チャンスが巡ってきたってことか!」
このタイミングで出会ったってことはアレだろう。これはもう運命ってヤツに違いない。
いちごパンツの美少女。凄く綺麗でなんだかミステリアスな美少女。知っていることは同学年の美少女ってことだけだがそれで十分だ。美少女ってだけでメラメラとやる気が湧いてくる。
いかにも理由が俗っぽいがいいじゃないか。一目惚れした名前も知らない美少女にアタックを仕掛ける。成功すれば万々歳。失敗しても、なんとかお近づきになれるように頑張ってみるか。
「いちごパンツの美少女?」
「そうなんだよ。昨日さ、夕日を見に屋上へ行ったら空から降ってきたんだ!」
翌日の朝。通学路を歩きながら内海にいちごパンツの美少女との出会いを早速自慢した。
普段は眠たそうにあくびをしながら歩いている内海ではあるが、美少女の話だからか目の色を変えて興味津津の様子。ま、せっかく話すんだからちょっと大袈裟に話すとしようかな。
オレの一番の友達である内海。本名は内海翔平。知り合ったのは中学からで、小学校が一緒だった連中と比べれば付き合いは浅いが、クラスが三年間同じだったこともあり仲良くなった。
そんな内海だが最近なんだが急に大人っぽくなった気がする。元々そんなに騒いだりするタイプじゃなかったせいかクラスのみんなは気付いていないが、オレはその変化を見落とさなかった。注意して見れば明らかに別人。人が変わったかの様な落ちついた振る舞い。要するに────。
「…………ふっ。この時期にキャラ変更とはな」
「キャラ変更? なんの話だ?」
「みんな受験勉強の追い込みかけてるってのに恐れ入るぜ。それに評判だって良いみたいじゃん」
部活動も引退し、本来なら受験モードへと切り替えるはずの中学3年の2学期も半ば。
まさかのキャラ変更に踏み切った内海。話し方も全身に纏う雰囲気も変わった。ついこの前まで読書=漫画だったはずなのに、今じゃ得体の知れない文字ばかりの本を普通に読んでいる。
「察するにダーティーな男を目指してるんだろ」
「いや、好き好んでそんなもん目指さんわ。それで評判良くなるってどんな環境だよ…………」
その甲斐もあって近頃では、あの可愛い西野と噂になってるんだから大したもんだ。
内海はとぼけてるが黒っぽい雰囲気だ。前にテレビで付き合いたてのカップルは周りに秘密にするケースが多いって言ってたし。なにもオレにまで秘密にしなくてもいいのにな。水くさいぜ。
「しかし空から降ってくるなんて凄いな」
「降ってくるってより舞い降りた……かな。そう、アレは空から舞い降りた……天使?」
「天使とは朝から絶好調だな。まあ、でもそうか。天使にあったら絶好調にもなるか……」
「まーな! だってもうすぐ中学卒業って時期になって運命の人に巡りあったんだぜ!!」
冬なのに春が来たとばかりに得意気に話す。
確かに西野も凄く可愛いけど、いちごパンツの彼女だって負けちゃいない。可愛いってこと以外はまだ何も知らないけど、可愛い子は性格も良いって聞くしな。きっと彼女もそうに違いない。
想像すれば想像するほどパーフェクトな彼女。これから先に訪れるだろうバラ色の毎日を妄想すると思わず顔がニヤけてくる。そんなオレの様子を見ていた内海はなんだろう。なにか懐かしいモノを見るような目をしながら小さく微笑むと、オレの肩を軽く叩いて口を開いた。
「そりゃよかったな。もっと聞かせろよ」
「ああ、いいぜ! っても他に話すことないんだよな。すぐ叫び声を上げられて逃げられたし」
「お、おお。それって大丈夫……なのか?」
「パンツを見たのは不可抗力だってのに。ああ、少しぐらい話をしとけばよかったかな…………」
目を閉じれば彼女の姿が浮かび上がる。
残念ながら出会いが短く、夕日を背に受けていたことから朧気だけど、再会すれば見間違えない自信はある。思わず息を呑むほど綺麗だった。あんな子が他に何人もいるとは思えない。
オレは内海に彼女との出会いをもう一度頭から詳しく話した。一回目と違う部分は東城のノートを拾ったことを伝えた点。確かアレは数学のノートだったっけな。どうして東城のノートがあの場所にあったのかは割と疑問ではあるけど。
内海に聞いても『さあ?』と短く返事されただけだ。まあ、わからないものは無理に考えても仕方ないか。とにかく今日は東城にノートを返してからいちごパンツの美少女を探し出す。不可抗力とはいえパンツを覗いたからには謝らないとな。まずは謝罪から入るべきだろう。叫ばれたし。
いや、でも待てよ。ひょっとするとパンツを見られたから叫んだのではなく、オレと目があったから叫んだのかもしれない。彼女もオレに一目惚れして、その恥ずかしさのあまり思わず叫んでしまったなんて展開もあるんじゃないだろうか。
「…………ふふ。ぐふふふふふっ…………」
「なんか都合の良い解釈をしてそうな顔だな。まあ、きっと上手くいくさ。大丈夫大丈夫」
その可能性だって決して0じゃない。そういう最高の展開も頭に入れておかないとな。
「なあ、内海」
「どうしたんだ?」
「いちご柄のパンツってさ。いちごの香りがしたりするのかな……なんてな! はははっ!!」
「ま、まあ気持ちはわかる……いや、わからんけど、公の場ではあんま妙なこと口走るなよ……」
若干引き気味の内海を尻目にオレは決意を固める。今日はなんだか良い一日になりそうだ。
オレ達は学校へ着くと、まずはノートを返すためにクラスメイトの東城を探し始めた。
すぐに廊下で東城を見つけ声をかける。東城は日直の当番かなんかで早く登校して来たのかな。その手には大量のプリント用紙が握られていた。
荷物を持つ女子相手に長話をするのもなんだ。すぐに拾ったノートを東城へ返そうとカバンを開くも見当たらない。どうやらいちごパンツの美少女のことが気になり過ぎて、うっかり東城へ返す予定のノートを家に忘れてしまったみたいだ。朝にでも確認しておくべきだったな。
「あ、忘れた」
「え────っ!?」
「いーじゃん今日は数学ないし! 明日は必ず持ってくるからなっ? なっ!?」
ノートを持ってくるのを忘れたことを告げると、なぜか東城は頻りに動揺し始め出した。
「ね、ねえ真中くん。中は見てないよね?」
「お、おう。見てないけど」
「お願い! 絶対絶対絶ッッッ対にノートの中は見ないでね! ねっ! 真中くん!!」
物静かそうな東城が大きな声を出すもんだから、周囲にいたみんなが何事かと視線を向ける。
その視線に東城はすぐ申し訳なさそうに身を竦める。一体なんだろう。東城のこの過剰なまでの反応は、まるでオレが母親にエロ本の隠し場所を指摘された時と似ているな。
しかしノートか。中に見られたくないことでも書いているのかな。東城は人の悪口を言ったり書いたりしそうな感じはしないけど。それとも何かそれ以外の秘密でもあったりして。
オレが訝しむような目を向けると東城はしどろもどろと困った様子を見せ始めた。ちょっと気にはなるけど無理に聞き出すのも可哀相かな。人には秘密の一つや二つぐらいあるものだろうし。
「わかった。見ないよ」
「ホント??」
「ホントホント。マジマジ。明日は絶対に持ってくるの忘れないから安心してくれよ!」
オレがそう力強く宣言すると東城はホッと胸を撫で下ろしたようだ。
明日は持って来るの忘れない様にしないと。しかしノートか。いちごパンツの彼女と仲良くなれたら文通から始めるって手もあるな。いや、文通は古いか。どことなく昭和の香りがするし。
やっぱ今の流行りは携帯電話だよな。オレも携帯が欲しい。でも受験が終わるまでは絶対無理だよな。高校入試に合格して、その時に勢いで頼んでみるか。いや、ビデオカメラだって買って欲しいし流石に二つとなると厳しいかも。どうしたものか。なにか巧い手でもあればいいけど。
「ノート忘れたお詫びに荷物を代わりに運んでやるよ。持って行くの教室だろ?」
「ま、真中くんはそんなことしなくていいよ。それは当番の私の仕事だから…………」
「いいっていいって。ついでだから。おっ意外と重いな。ほら早くしないと鐘が鳴るぞ」
「う、うん。ありがとう……」
東城からプリント用紙の束を受け取ると、自分達の教室へ向かい歩き始める。
オレの様子を少し離れた場所から内海がニヤニヤしながら眺めていた。そしてその横にはいつの間にやら西野の姿がある。朝っぱらから仲良いよな。やっぱりあの二人は黒だと思う。
そういえば何時か見えた西野のパンツもいちご柄だったような。まさか西野がいちごパンツの美少女の正体なのか。美少女であるという点といちご柄のパンツを履いていた実績があるという点は気になる。確かに気になるが────。
「…………ま、そんなワケないよな」
「真中くん。どうかしたの?」
西野はかなり目立つ髪の色をしている。夕暮れ時であっても金髪なら違いに気づくはずだ。
それに内海と西野は今なにやら楽しそうに談笑中。昨日の今日でパンツを見られて叫んだのなら西野も笑ってはいられないよな。オレのことも多分、内海の友達として覚えてるはずだし。
「いや、なんでもねーよ東城。こっちの話。さて、二ヤついてる内海は放って教室入ろうぜ」
内海と西野の関係も気にはなるけど、今日のところは一先ず置いておこうと思う。
今日はいちごパンツの美少女を探し出して話をする。手掛かりは特にないけど、同学年ならすぐに見つかるだろう。不安なんて欠片もなく、教室へ向かう足取りは弾むように軽快だった。
ぼちぼち更新再開致します。
次話も真中視点で原作の一話が終わるぐらいまで進められればと。