スーパーロボット大戦V-希望を繋ぐ者   作:ナタタク

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第32話 重力と自由

-地球衛星衛星軌道上-

「地球か…」

コックピット内から青い地球の景色をモニター越しに眺める。

ノーマルスーツ姿でこの光景を何度見たのだろうか。

強く記憶に刻まれているのは3年前で、ユニオンが開発した5機のガンダムの1機、ストライクに乗っていた。

その時はユニオンがその5機のガンダムの母艦として開発していたアークエンジェルに友人たちと一緒に乗り、生き残るために戦い続けていた。

暮らしていたコロニーであるヘリオポリスが崩壊し、ストライクを使えるのは自分だけだったため、やむを得なかった。

闘えない他の住民は全員シャトルで地球へ降下することになり、その中の1基は運悪く降下中にストライクとザフトに奪われたガンダムの1機を改修したものであるデュエル・アサルトシュラウドとの戦闘に巻き込まれてしまった。

そのシャトルが避難民を乗せていることを知らなかったデュエルがビームライフルを発射してしまった。

その時は大気圏ギリギリでの戦闘で、摩擦熱と長時間の戦闘で披露し、意識がもうろうとしていた彼にはどうしようもなかった。

だが、意識が消えかけるギリギリの時、1機の青いモビルスーツがシャトルをかばい、シールドでビームを受け止めていた。

後で分かったことだが、その時シャトルを守ってくれたのはソレスタルビーイングのガンダムだったという。

結果としてシャトルが助かったが、自分の目の前で守ることができず、死なせてしまうかもしれない極限状態だったため、今でも強く記憶に残っている。

戦後にそのシャトルに乗っていて、乗る前に自分に守ってくれたお礼に折り紙をくれた少女、エルはどうなったのかは今も分からない。

だが、無事にシャトルがアメリカに到着したという情報は入っているため、きっと地球のどこかで幸せに暮らしているだろうと彼は信じてる。

地球は2度の大戦やその前後に起こっている紛争によって、多くの人が死に、多くの街が廃墟と化した。

特に1年前の戦争の序盤で起こったブレイク・ザ・ワールドは地球に大きな打撃を与えたのは間違いないだろう。

正確にはユニウスセブン落下テロ事件で、3年前の大戦の停戦協定に異議を唱えて脱走したザフト脱走兵が引き起こしたものだ。

ミネルバ隊がメテオブレイカーを使用し、地球へ降下するユニウスセブンを破壊していたが、それでも大気圏で燃え尽きるサイズまでには至らなかった。

ザフト脱走兵がそれだけのテロを起こすことができた背景にはイノベイドによる支援があったことがアロウズ解体後の地球連合政府による情報開示の中で明らかになっており、デュランダルもその動きを察知していたが、デスティニープランによる変革に利用するためにわざと見逃していたらしい。

ユニウスセブンは停戦条約が調印された地であると同時に、血のバレンタイン事件が起こった場所でもある。

それ故に、2度もナチュラルとコーディネイターの戦争のきっかけとなってしまったという意味で、そこは悲劇の場所と言える。

その爪痕が残っているにもかかわらず、この青さは3年前と変わりない。

彼にはこの青さに地球の大きさ、そしてそのすべてを受け入れて青に返してしまう無慈悲さを感じられた。

「キラ、そろそろ降下ポイントだ」

上の通信用モニターに緑色のコートを着た隻眼で、四肢の鬣のような髪形をした茶髪の男性がノーマルスーツの少年、キラ・ヤマトに声をかける。

「はい、あとは大気圏を降下して、アスランが指定したポイントへ向かいます」

「そうか…。悪いな、本当ならエリアDまで連れていきたかったが…」

「仕方ないですよ…。それに、連れて帰らないといけない人がいますよね?ラクスのことを含めて、頼みます。バルドフェルドさん」

モニターに映る男、アンドリュー・バルドフェルドはキラにとっては頼りになる大人の一人だ。

最初はアークエンジェルが降下したザフト勢力下のアフリカの街中で出会った。

その時に当時は父親への反発から反ザフトのゲリラ組織に加わっていたカガリと共にドネル・ケバブのソースはチリソースか、それともヨーグルトソースかで口論になり、せっかく買った自分のケバブが2つのソースでべしょべしょにされ、台無しになってしまった。

結局、そのケバブを仕方なく食べることになったが、ソースの味がきつすぎたためにケバブ本来の味を知ることができなかった。

なお、本場のケバブは何も書けずに食べるのが王道らしい。

その当時の彼は北アフリカを占領するザフトの司令官という立場だった。

戦場で再び出会い、戦った際には本業である皇国心理学者の観点から、明確なルールがなく、互いが敵である限り、どちらかが滅ぶまで戦うしかないこの戦争の仕組みをキラに突きつけた。

その時の彼とのかかわりがキラの成長につながっている。

戦いはキラの勝利に終わり、キラ自身はその時に彼が恋人であるアイシャと共に戦死したものとばかり思っていたが、次にであったのは彼がオーブに身を寄せ、宇宙へ戻った時だ。

その時の彼はクライン派と共に当時にザフト新型艦、エターナルを奪取し、艦長になっていた。

左腕、左足、左目を失った彼だが、キラには一切遺恨を残しておらず、その後は彼の頼もしい味方となっている。

今キラが乗っているモビルスーツ、ジャスティスの兄弟機であるストライクフリーダムを乗せているシャトルは民間用の輸送シャトルだ。

ただし、それは表向きで所属している企業もクライン派が用意したペーパーカンパニーだ。

本来はこういう形で、しかも戦局を一変させるほどの性能を持つモビルスーツを輸送することは許されることではない。

しかし、プラントからキラとフリーダムを無駄な戦闘を起こすことなくエリアDにいるソレスタルビーイングと合流させ、そしてこれから合流することになる彼を回収するにはそれしか手段がない。

裏で地球連合軍准将であるカティ・マネキンに根回ししてもらっており、今はパトロール艦の姿がない。

だが、根回ししてもらったとしてもできるのはここまでで、ここからはキラの頑張りに期待するだけだ。

「いいか、キラ。今のお前はただの落下物だ。海がしっかり見えるまで出るなよ?それから、必ず生きて帰って来い。ラクスを悲しませるな」

「はい!」

「よし、ダコスタ君。降下だ」

「了解!!」

北アフリカ時代からの腹心である赤髪の青年、マーチン・ダコスタの操作により、シャトルのハッチが開き、格納されていたHLVが降下される。

HLVは重力に引っ張られるように大気圏に吸い込まれていき、次第に姿が見えなくなる。

「行ったか…ふぅ、ダコスタ君。パトロール艦の反応はどうだ?」

「反応有りません…艦長」

コーヒーの匂いを感じたダコスタはげんなりしながらバルドフェルドに目を向ける。

やはりというべきか、彼の手には暖かいコーヒーが入った水筒が握られており、匂いがブリッジに充満し始めている。

無類のコーヒー好きであるバルドフェルドは自分でコーヒーをブレンドしている。

それが家の中だけならまだしも、艦内でも遠慮なくするためにその匂いが艦内に充満させている。

彼が艦長となっていたエターナルもその犠牲者で、コーヒーの匂いを消すのにダコスタがどれだけ苦労し、とばっちりを受けたことか。

そのことをしみじみと思いだす中、地球から此方に接近する反応を捕らえる。

「艦長、"ファング"が接近中です」

「予定通りだな…」

モニターには大型ブースターを取り付けたM1アストレイそっくりであるものの、塗料が黒一色なうえに顔はガンダムに近いものの、額にアンテナがついていないモビルスーツが映っている。

色は異なるものの、これはシビリアンアストレイで、おそらくは大気圏を突破できるようフェイズシフト装甲を施しているのだろう。

シビリアンアストレイに乗っているため、民間人の機体だと主張しているようだが、こんな大気圏突破の姿を見ているといわくつきなのはバレバレだ。

大型ブースターが強制排除され、残った黒いシビリアンアストレイがシャトルの前に行き、光信号を送る。

「私は…"ファング"。Dの件でLと面会する予定の者である…。乗艦の許可を願う…」

「情報通りだな。よし、回収した後、すぐにここを離れるぞ。いつまでもいたら怪しまれる」

地球へ降下したキラとこちらへ乗り込む謎の客人。

平和になったはずのこの世界でまた混乱と戦いが起こるのを予感しながら、バルドフェルドは生暖かくなったコーヒーを飲み込んだ。

 

-アルゼナル 司令室-

「戦況は?」

「はい。B445に出現したドラゴン24体のうち、半数は既に撃墜とのことです」

「そうか。これでは、撃墜されるドラゴンの方が哀れかもしれんな…」

パラメイルだけでなく、本格的な軍事兵器といえるモビルスーツやアーム・スレイブ。

そして、それら機動兵器を使いこなすのはこれまでの大戦で戦い、生き延びてきたエースととある世界の実力者たち。

そうなれば、この程度のドラゴンの集団が次々と倒されても不思議ではない。

おまけに、スメラギとテレサが作ったシステムも機能しており、ヒルダら3人の動きもよくなっている。

問題なのはサリアだ。

「サリア機の動きがヒルダ達と比較するとよくないな…それに…」

ジルの脳裏に、先日出現した初物が浮かぶ。

これはアンジュ達とは別行動と取っていた部隊が遭遇したドラゴンで、そのドラゴン1匹のために出撃していた部隊のパラメイル6機のうち5機が撃墜され、かろうじて帰還した1機も大破してしまった。

生き延びたメイルライダーの証言によると、急にパラメイルが飛べなくなり、地上もしくは海に落ちてしまったとのことだ。

大きさは130メートルで、ガレオン級以上だ。

そのドラゴンは敵機を撃破したのを確認すると、再び出現したシンギュラーに飛び込んで消えてしまったらしい。

「あのドラゴンが仮に再び現れたら…厄介だろうな」

 

-エリアD ポイントB445-

「よっしゃあ!あいつら、尻尾撒いて逃げてるぜ!」

「追い討ちして、撃墜スコアを上げていこう」

半数以上の味方を倒され、これ以上闘っても意味がないと考えたドラゴン達が背を向けて逃げていく。

更に戦果を挙げるため、ヒルダ達3人がライフルを撃ちながらそのドラゴン達に迫る。

「3人とも!!勝手に飛び出しちゃダメ!!」

「へへっ、悔しかったらあんたらも追いかけてくるんだね!」

ナオミの言葉を無視し、3機はドラゴンを撃ち落としながらこのまま全滅させる勢いで突っ込んでいく。

サリアでも止められない3人を止めることなど、ナオミには難しかった。

「それにしても、今回出てきたのってスクーナー級ばっかりだった…」

「そういえば…」

「スクーナー級だけ…?」

ココとミランダの通信を小耳にはさんだサリアはそのドラゴンの編成に違和感を抱く。

1桁程度の場合を除いて、2ケタ以上の集団となると、必ずと言っていいほどガレオン級が入る。

出てきたドラゴンがスクーナー級23体で、ガレオン級がいないのは明らかにおかしい。

そして、ドラゴン達が逃げているのは自分たちが出てきたシンギュラーのある方角だ。

また、ドラゴン達には作戦を立てるだけの知能がある。

「…!まずい、3人とも!これは罠よ!下がって…!!」

危険な予感がしたサリアは急いで通信をつなげようとするが、ノイズ音がひどくて通信できない。

それはサリアのアーキバスだけでなく、ヴァングレイやダブルオークアンタなど、ほかの機体にも同じことが起こっていた。

「磁気異常です。このパターンは…シンギュラー発生と同じものです」

「まずい!ヒルダちゃんたち、このままじゃあ!!」

「急いで、ソウジさん!!」

「お、おう!!」

ヴァングレイが3人を追いかけるため、最大戦速で前進していく。

ナインの言う通り、そしてサリアの予感の通り、再び同じ場所にシンギュラーが発生する。

その中から4体のガレオン級と1体の紫色の体をした、ガレオン級以上の大きさで2本の角を持つドラゴンが現れる。

「ちっ、待ち伏せてやがったか!!」

「ガレオン級が出てきた。それに…この紫のって…!」

紫のドラゴンはこれまで見たことがない。

大型で構成されたドラゴンで、このようなタイプのものはおそらくバリアを展開させることができる。

火力が上がったロザリーとクリスの機体でも、おそらくそのバリアは弾幕を張らない限りは突破が難しい。

「通信がつながった…サリア、こいつは何だ!?」

シンギュラーが消え、回復した通信を使い、ヒルダはメインカメラで撮影した紫色のドラゴンの映像をサリアに送る。

命令を無視して突っ込んだ挙句、大型5体に待ち伏せされて何だと文句を言いたくなったサリアだが、送られた映像のドラゴンを見て沈黙する。

指揮官機にはこれまでアルゼナルのメイルライダー達が交戦したドラゴン達のデータがすべて集まっており、見たことのないドラゴンと遭遇した場合はそのドラゴンとこれまでのドラゴンの交戦データを照合し、初物か否かを特定する。

サリアも見たことのないそのドラゴンをこれまでのドラゴンのデータと照合するが、やはりデータにはない。

「見たことがない…初物よ」

「初物!よっしゃ!撃墜して報酬をたんまりゲットだ!」

「札束風呂で祝杯といこうじゃないか!」

「何してるの!!相手が正体不明なのに、うかつに飛び込まないで!!」

追いついたチトセは3機を止めようとするが、3人がそんなことを聞くわけもなく、初物を倒した後の報酬の使い道を考えながらそのドラゴンに向けて攻撃を開始する。

ガレオン級を仕留めるときと同じパターンで、クリスとロザリーが火器で十字砲火してバリアの力を分散、そしてヒルダがパトロクロスで一点に突っ込んでバリアを突破し、懐で急所に突き刺す。

火力が上がった2機のサポートがあれば、より簡単にそれができるだろう。

アサルトライフルとレールキャノンの弾丸が紫のドラゴンに飛んでいくが、やはりというべきか展開されたバリアによって弾かれる。

「お前ら、いい加減に…うん??」

どうにかして止めなければと思ったソウジだが、4匹のガレオン級の動きを見て違和感を覚える。

ガレオン級はやろうと思えば電撃やビーム、もしくはその巨体で攻撃できるにもかかわらずそうするそぶりがなく、どんどん高度を上げていく。

これは何かを仕掛けてくる予兆だと、ソウジの勘がささやく。

「何かしら…あのドラゴン、嫌な感じがする」

「チトセちゃんの勘もそうか…早く下がれ!来るぞぉ!!」

「ああ、うるさいな、邪魔するんじゃ…え…?」

ソウジが叫んだ時には時すでに遅しで、紫色のドラゴンの角が怪しく光りはじめ、彼を中心に魔法陣が形成されていく。

「何だろう…?このかんじ、なんか、髪の毛がピリピリする…」

「ヴィヴィアンの勘、当たるから嫌な予感がするわ…」

これまで共に戦ってきたナオミはヴィヴィアンの直感によって何度も助けられてきた。

普段は鈍いのに、ドラゴンとの戦いとなると必ずと言っていいほどその予感が的中する。

これも、メイルライダーの才能の一つかもしれない。

紫のドラゴンを中心に形成された魔法陣が消えると同時に、側面からパトロクロスを突き立てて接近しようとしていたヒルダのグレイブが落下し、島に転落する。

「うわあ!!な…何だ!?」

「ヒルダ!?ああ!!」

「な、何!?なんで落ちるの!?」

ヒルダとロザリーのパラメイルが地表、そして海へ落ちてしまい、何が起こったのかわからないクリスは弱気になりながらスラスターの出力を全開にするが、まるで強い重力に掴まったかのように自分のハウザーも地表に落ちてしまう。

地表に落ちたショックで両足とレールキャノンを持っていた右腕がひしゃげてしまい、なぜか自分の体も重たく感じてしまう。

「う、嘘なんで!?なんで動けないの!?誰か、誰か助けて!!」

徐々に動けなくなることに恐怖したクリスは涙目になり、通信機で必死に助けを求めるが、魔法陣の影響があるのか、まったく通信がつながらない。

「3人とも!!くそ、ナイン!!聞こえるかナイン!!」

「きこ…せ…ん!…で、…くに…ザザー」

「ナイン!!ソウジさん!ナインとつながらない!」

「くそ!通信もできねえんじゃあどうしようもないぞ!」

おそらく、あの魔法陣は周囲の重力を強める作用がある。

重力波のためか、そのせいで通信もできないのだろう。

周囲のガレオン級はその被害を受けないようにするために高度を上げていたようで、実際魔法陣が展開されても上空のガレオン級は平気な様子だ。

「スメラギさん!新たに出現したドラゴンの周囲に強力な重力波が発生!ヴァングレイ、ヒルダ機、ロザリー機、クリス機が行動不能です!それに…重力波が徐々に拡大していきます!」

「くそ!あのオオトカゲ、そんなこともできるのかよ!!」

「あの紫のドラゴンはひとまず、ビッグホーンドラゴンと呼称するわ。ティエリア、ビッグキャノンで攻撃して!」

「了解。粒子圧縮開…何!?」

真上からビームが飛んできて、やむなくティエリアはGNフィールドを展開してビームを受け止める。

「…!上空からスクーナー級15!ガレオン級4!」

ビッグホーンドラゴンの邪魔をさせないためか、真上から19体のドラゴンが押し寄せてくる。

発射されるビームや電撃からの回避に集中せざるを得なくなり、ソウジ達を助けに行けない。

「くそ…なら、駄目元だ!ハロ、ビットで攻撃から守ってくれ!」

「「了解!了解!」」

GNホルスタービットがサバーニャをドラゴンのビームと電撃から守る盾となる。

狙うべきは妙な光を見せるビッグホーンドラゴンの角。

角に何かがあると見たロックオンはそれを撃ちぬこうとたくらんでいた。

「見えた…いけぇ!!」

GNスナイパーライフルから放たれる閃光がまっすぐにビッグホーンドラゴンの角に向けて飛んでいく。

ビームは確かに角への直撃コースだった。

しかし、重力波と共に展開させていたバリアがそのビームを遮断した。

「くそ!!あの魔法陣を出したままでのバリアを作れるのか!」

遠くから攻撃してもバリアで防がれ、接近しようものなら重力波で動けなくなる。

この鉄壁のドラゴンに対抗する手段を必死に考えるが、答えを出せない。

「ビーム攪乱幕を!少なくとも、ビームは防がないと!」

「アイ・アイ・マム。ビーム攪乱幕発射!」

ダナンから発射されたミサイルが上空へ飛ぶと同時に爆発し、その中にあるビーム攪乱幕が展開される。

電撃までは防ぐことができないが、ビーム攪乱幕によってドラゴンが発射するビームがかき消される。

もちろん、こちらもビームが使えないが、ミサイルなどの実弾も持っているため、特に問題はなかった。

各機の戦闘を見ながら、スメラギはビッグホーンドラゴンを倒す手段を考える。

相手は重力波とバリアを併用できる敵で、上空から来るドラゴン達のせいでGNビッグキャノンの発射もままならない。

近づいたら重力波にやられて落下し、動けなくなる。

打開策があるとしたら、一番頭に浮かぶのはトレミーでの特攻だ。

トランザムで包囲を突破し、高度を上げてそこからビッグホーンドラゴンに突っ込む。

だが、それは最後の手段であり、そんなことをしたら宇宙へ向かうための手段を失うことになりかねない。

「ヒルダ…様子を見るようにって言ったのに!」

手柄に焦って突っ込んだ挙句に術中にはまった彼女たちに怒りをあらわにするサリアだが、その怒りが一瞬サリアの判断を遅らせた。

ガレオン級が発射した電撃に右腕を当ててしまい、強い電気がコックピットにも及ぶ。

「キャア!!しまった!!」

高圧電流のせいで右腕そのものが動かなくなり、アサルトライフルが使用不能になる。

コックピットにいる自分までぶるぶると大きく体が震えてしまうほどの電撃をまともに受けてしまったらと考えるとぞっとしてしまう。

「サリアちゃん!!」

被弾したサリアのカバーに入ったエルシャはリボルバーを発射し、サリア機を切り刺そうとしたスクーナー級を撃ち落とす。

上空のガレオン級とはソレスタルビーイングのガンダムとアスランが対応している。

「ちっ…あいつらよりもあの角を倒さないと、5人ともお陀仏だよ!」

「アル、ラムダ・ドライバを利用して重力波の中へ突入することはできるか!?」

「不可能です、軍曹殿。現在重力波が発生している距離は200メートル。仮にラムダ・ドライバを展開した状態でその中を移動するとなると、その負担に耐えながら進むことになります。そのようなことをした場合、軍曹殿の脳がラムダ・ドライバの負荷によって焼き切れる可能性が大です」

「やはりか…!」

重力に逆らうだけでなく、自分やアーバレストを守るようにラムダ・ドライバを起動しなければならないとなると、どれだけの精神力が必要かわからない。

パラメイルが一瞬で行動不能になる重力波の中をそれと同じ大きさと重量のアーム・スレイブではどういう結果になるかは目に見えている。

「くっそぉ!来るな!来るんじゃねえ!!」

動かないグレイブの中で、ビッグホーンドラゴンが近づくのが見えたロザリーは叫ぶが、重力波のせいで体を動かすことができない。

ズシリ、ズシリとこちらに迫る足音への恐怖に耐え続けなければならない。

このまま足で踏みつぶされるか、それとも一口で捕食されてしまうか。

ただそれだけの違いで、死ぬことには変わりない。

「くそ!!ロザリーに近づくんじゃねえ!!狙うんなら私を狙えぇ!」

注意を向けようと、ビッグホーンドラゴンにアサルトライフルを発射するが、発射した弾丸の重力のせいで地面に沈んでしまう。

それでも撃ち続けようとするが、次第に増大する重力で地面にめり込み、動けなくなる。

ミシリミシリと嫌な音が聞こえてきたヒルダはこのまま死ぬかもしれないと、初めて恐れを抱いた。

(なんてザマだよ…ロザリーもクリスも巻き込んで…ママにも会えずに、死んじまうのかよ…!?)

「このままじゃ…ヒルダ達が…!」

助けに行きたいナオミだが、ドラゴンの攻撃が激しく、手を差し伸べることすらできない。

一緒に戦っているココとミランダには疲労の色が見え始め、ココのグレイブは接近してきたスクーナー級の翼で左腕を切り裂かれてしまっている。

ミランダ機のアサルトライフルは弾切れで、残った凍結バレットも至近距離でしか使えない。

今のナオミには2人を守るだけで精いっぱいだった。

あとどれだけしのげばいいのかと表情をゆがめるナオミだが、急に反対方向からの反応をキャッチする。

「これは…サリア、スメラギさん!!後方から2機!!」

「2機!?モビルスーツと…ヴィルキス!?」

「…!この機体は…!」

サリアはフライトモードで飛行しているヴィルキスに、シンはヴィルキスと共にこちらへ向かっているモビルスーツに驚き、アスランはようやく到着した友人に安心する。

金色に光る関節フレーム、6機の青いドラグーンが搭載されたバックパック、腹部のビーム砲に両腰のレールガンや2丁のビームライフルといったモビルスーツの範疇を越えるほどの武装を余すことなく搭載したガンダム。

シンにとっては前大戦で何度も戦ったモビルスーツであり、アスランにとっては最高の味方であるストライクフリーダムが史上最強と知られるスーパーコーディネイターと共にエリアDにやってきていた。

「このモビルスーツ…ヴィルキスに似てる…」

ストライクフリーダムを見たナオミはそのカラーリングと翼のようなバックパックから、少しだけそう思えた。

「オーブの白い疾風、キラ・ヤマト…」

「キラ!!」

「アンジュ!!あなたは高熱のはずよ!?なぜ、なぜ来たの!?」

そんな疑問に対する答えは既にあの倉庫の中で聞いていたサリアは質問した直後でそれが野暮な質問だと思い出す。

表向きはとげとげしいが、誰よりも仲間を生き残らせようと必死になっている。

誤解され、周囲から孤立することになったとしても。

ただ、今のアンジュはライダースーツの上にマフラーとドテラを着用しており、おそらくはモモカが無理に出撃しようとする彼女に着せたのだろう。

「うる…さい、なぁ…出撃しなけりゃ文句を言われ…来たら来たで文句を言われたら…どうすれば、いいの…?」

サリアの声が聞こえ、文句を言うアンジュだが、その声には一切の覇気が感じられない。

熱で呆けているのは明白で、今は直線距離で飛行しているため問題ないが、戦闘状態になるともはや動けるかどうかすら定かではない。

そんな状態でドラゴンの姿が見えたため、アサルトモードに変形し、アサルトライフルを撃ちながら前へ進むが、照準があっていない状態では命中せず、しかもフラフラと飛んでいて、見ているだけで危なっかしい。

「アンジュ!!」

ヴィルキスに接近しようとする2体のスクーナー級をレイザーのアサルトライフルとナオミのグレイブのハンドガンが撃ち抜く。

今度は上空からガレオン級のものと思われる電撃が降り注ぐ。

「電撃…!」

幸いヴィルキスには命中していないが、それでもこのまま放置していたらアンジュを危険にさらす。

ガレオン級の位置を捕らえたキラは上に向けて腹部のビーム砲を発射する。

ガレオン級にとっては死角からの攻撃で、そのビームは腹部から背中までを撃ち抜いていた。

叫び声をあげ、高度を下げるガレオン級だが、それでも絶命には至らず、徐々に再生が始まっている。

「ぶっとべえ!!」

「当たれ!!」

このダメージならバリアも弱まっていると踏んだシンとアスランはそれぞれの機体の最大火力と言える大型ビームランチャーとビームキャノンを頭部にむけて発射する。

バリアを貫き、頭を吹き飛ばされたことでそのガレオン級は動けなくなり、海へ落ちていった。

「行くな、アンジュ!重力に捕まるだけよ!」

今アンジュが行こうとしている場所が分かったサリアはアンジュを止めるために声を上げる。

たとえヴィルキスでも、あの重力波に入ってしまうとヒルダ達と同じ運命をたどることになる。

「重力…?」

「そうだ!あの巨大なドラゴン、ビッグホーンドラゴンは周囲の重力を操ることができる!」

「大丈夫…」

まだまだ本調子ではなく、熱で体が熱くなっているが、それでも通信は聞こえているようで、アンジュは制止を聞くことなく、フラフラな状態のまま向かう。

「…アンジュ!?駄目!そんなフラフラな状態で!!」

カメラでヴィルキスを見つけたチトセも叫ぶが、通信が使えないためにアンジュには聞こえない。

聞こえたとしても、おそらくは同じ結果だろう。

「後退しろ、アンジュ!」

「うっさい、刹那…。いつも通り…やらなきゃ…。私が、前に出なきゃ…」

黙って通信を聞いていたサリアはブルブルと体を震わせ、自分の中の何かが爆発しそうな感じがした。

もう我慢できない、これを抑えられるほどできた女ではない。

だが、発散しまくりのあいつらに比べたらはるかにましだ。

「まったく…いい加減にしろ!バカ女ども!!」

「うわ、サリアがキレた!?」

「…!」

「ひっ…!」

サリアの怒号が各機の通信機に響き、ヴィヴィアンはちょっとびっくりする程度だったがナオミは一瞬おびえてしまう。

「ああ…?」

さすがのアンジュもその激しい怒りの前には何かを言うことができなかった。

何を言おうと聞く気は全くないサリアはアンジュに声でぶつかる。

「あんた一人でなんとかできるほど、あのドラゴンは甘くないわ!いつもいつも勝手な真似をして…死にたくなければ…仲間を死なせたくないなら…隊長である私の言うことを聞け!馬鹿!!」

「サリ…ア…はい…」

呆けた頭と心にサリアの言葉が初めて確かに突き刺さった気がした。

ただ単純に命令を聞けと言うだけでなく、自分の願いも考慮してくれている。

それがうれしかったと同時に、これほどの剣幕を見せるサリアが少し怖かった。

「援護するよ」

フリーダムが2丁のビームライフルで動きの鈍いヴィルキスに迫るドラゴン達を次々と撃ち落とし、彼女のカバーに入る。

「邪魔をしないで…て言って…まぁ、ここまで連れてきてくれたの…感謝、してるけど…」

遅れて出撃したアンジュはどこへ向かえばいいか分からず、とりあえず小耳にはさんだポイントまで飛んでいたところをなぜかエリアDを飛んでいたフリーダムに拾われた。

彼に先導されたおかげでここまで来ることができたため、一応礼はする。

「いいの?また隊長さんに怒られるよ?」

「う…」

先ほどのサリアの怒声を思い出したアンジュは口ごもってしまう。

少なくとも、命令は聞いてくれる状態になってくれたと考えたサリアはビッグホーンドラゴン攻略のプランを固める。

「急ぎなさい、アンジュ!オーブの疾風さんと相良軍曹、アレルヤさんは力を貸して!アレルヤさんはビッグホーンドラゴンの重力波ギリギリのところを飛び続けて!相良軍曹は後ろからラムダ・ドライバを発動して射撃を!オーブの疾風さんはビッグホーンドラゴンの真上のガレオン級を牽制して!」

「了解!」

「ウルズ7!ガーンズバックのミサイルランチャー、好きに使いな!」

おそらく、その作戦の狙いはビッグホーンドラゴンの注意を前からそらすためのものだと考えたマオは乗っているドダイ改を宗介が乗っているドダイ改に近づけ、装備しているミサイルランチャーを渡す。

「ダナン!もう1機ドダイをよこしてくれ!そちらに俺が乗る!」

「大尉!」

「少しでも軽くしておいた方がいいだろう。頼むぞ、軍曹!」

同乗していたファルケが飛び降りるとともに海上に現れたダナンからドダイ改が発進する。

海へ落ちることはないだろうと考え、宗介はドダイ改を最大戦速にしてビッグホーンドラゴンに向けて飛ばす。

到着したころには既に上空ではフリーダムがガレオン級4体に対して牽制して注意を自分に向け、ハルートがビームとミサイルを発射しながら側面から後方、後方から側面へと飛び回っていた。

「アル、ラムダ・ドライバ起動しろ!」

「了解」

バックパックの放熱板が展開し、ラムダ・ドライバが発動する。

マオから受け取ったミサイルランチャーを構え、背部へ回るとビッグホーンドラゴンに向けて発射する。

徐々に拡大していた魔法陣は半径300メートルが限界のようで、動きを止めている。

ラムダ・ドライバの力を受けたミサイルは魔法陣の中に入っても重力波の影響を受けずに飛んでいたが、やはりバリアでかろうじて受け止められてしまった。

しかし、まさかの重い一撃とそれを与えたのがパラメイルと同じ小型機であるはずのアーバレストであったためにビッグホーンドラゴンの注意が獲物たちから宗介と飛び回るアレルヤに向けられる。

「アレルヤ、注意が向いてきてる」

「よし…あとは…」

あとはアンジュとヴィルキスの動きだけだ。

幸い、ほかの機体がドラゴン達の牽制をしているおかげで、ヴィルキスへ攻撃する相手はいない。

「いい?アンジュ、私の言うことに従って行動して。そうすれば、あの重力波を突破できる!」

「うう…どうすれば、いい?」

「まずは上昇!」

サリア用に調整されたアーキバスは長距離狙撃用にセンサー系統の調整が行われており、その範囲はアルゼナルのパラメイルでは最大だ。

重力波の範囲とヴィルキスの場所は分かる以上、あと必要なのは的確な指示だ。

隊長経験はともかく、物心ついたころからドラゴンと戦い続けた経験で判断していく。

「修正!右3度、前方20!」

「右…どっちだっけ…?」

指示されている内容は理解しているが、熱のせいで方向感覚が鈍くなっている。

とにかく側面へ動くべきということは分かっているため、間違っていたらサリアに調整してもらえばいいという気持ちでヴィルキスの上昇角度を調整していく。

「そこで止まって!そのまま降下!」

「了解…あれ?」

降下する中で、重力波の中に入ってしまったヴィルキスの降下スピードが上がっていく。

「ヴィルキスが落ちるぞ!だが、あの位置は…」

「ビッグホーンドラゴンの頭、正確には角にめがけて落ちていますね」

「ここで剣を抜いて!」

「は、はい…」

なぜか頭に影がかかったことでビッグホーンドラゴンがヴィルキスに気付いたが、自分が仕掛けた重力波のせいでスピードが上がっていたために時すでに遅し。

ヴィルキスの剣が角を切り裂き、切り裂かれた角が地面に落ちる。

それと同時に展開されていた魔法陣が消えていき、重力波も消滅する。

「…さん、キャップ!!応答してください!!」

「うごける…通信できるぜ!」

「キャップ!姉さん!状況を!!」

「ごめんなさい、ジャミングされていたわ。こっちはもう大丈夫よ、ナイン!」

「チトセちゃん!ガトリングを使う!!」

「は、はい!!」

ガトリングを手にしたヴァングレイが今までの礼をするため、ビッグホーンドラゴンに向けてガトリングを連射する。

発射される弾丸が分厚いビッグホーンドラゴンの鱗を徐々に傷つけていき、その中の無防備な肉質めり込んでいく。

「ギャアアアアアア!!!!」

「…!」

「大丈夫か、チトセちゃん!」

ビッグホーンドラゴンの悲鳴に反応するかのように、またしてもチトセを頭痛が襲う。

幸い一瞬だけ強い痛みだったため、活動に影響はないものの、チトセの中にドラゴンに対する違和感が生まれる。

(最初の戦いの時もそうだった…なんで、この頭痛が…?)

「重力異常を加速に利用したのか?だが…」

「一歩間違えば特攻だぜ?」

技量があり、ヴィルキスの性能があるとはいえ、熱でフラフラなアンジュにそんな無茶ぶりをしたサリアにロックオンはスメラギと似た匂いを感じた。

ソレスタルビーイングに入ってから、彼女のぶっ飛んだ作戦に何度もかかわってきており、もしサリアが成長してスメラギみたいになったらきっとメイルライダー達は苦労するだろうと感じた。

残念なことに、その脳裏に浮かぶ成長したサリアもまた貧乳だが。

「よっしゃあ!機体が動くぜ!」

「やった…!」

「さっきはよくもやってくれたな!!」

右腕が使えないため、左手でパトロクロスを手にしてそれをビッグホーンドラゴンの横っ腹に突き刺す。

引き抜くと同時に赤い血が噴き出てグレイブの装甲を赤く濡らす。

「今だ…!」

ヴァングレイとグレイブ、ヴィルキスの攻撃で動揺するビッグホーンドラゴンに向けて、既にガレオン級4体のうち2体を倒していたキラはドラグーン以外の火器を一斉に展開し、一点集中の攻撃を浴びせる。

一点に集中した火力はダメージで不安定になったバリアを突破してビッグホーンドラゴンの背中を焼き、駄目押しのダメージとなる。

「今だ、みんな!」

「感謝するぞ、キラ!」

「だが、まさかアンジュと一緒に来るとは思わなかったぞ」

「エリアDに来たときにフラフラしている機体があったから、拾って連れてきたんだ」

「うっさい…保護者面するな…」

「よく頑張ったね、その機体で」

「え…?う、うん…」

まさか褒められるとは思わなかったアンジュはすっかり毒気を抜かれた様子で、素直にうなずく。

「GNビッグキャノン、フルバースト!」

あとはビッグホーンドラゴンを倒すだけ。

トランザムを起動したラファエルガンダムはGNビッグキャノンを最大出力で発射する。

高濃度圧縮粒子で構成されたビームは射線上のスクーナー級2体を焼き尽くしていき、ビッグホーンドラゴンの頭に命中する。

大出力のビームで焼き尽くされていく顔の表面だが、やはりガレオン級以上の化け物だと言うだけあって、表面が大きく焼けるだけで消滅には至っていない。

「全機、ビッグホーンドラゴンに一斉射撃!再生する前に仕留めるのよ!!」

アーキバスはアサルトライフルの銃身下部のグレネードランチャーを強制排除し、バックパックにマウントされているロングバレルキャノンを取り付ける。

アサルトライフルのオプションの1つであるこのロングバレルキャノンは無反動で狙撃を行うことのできる使い捨てのキャノンだ。

照準を調整し、ビッグホーンドラゴンの眉間に狙いを定める。

「いいわ…いけぇ!!」

撃てる弾丸は3発のみ。

無反動故にできる3連射で正確にビッグホーンドラゴンの眉間を撃ち抜いていく。

GNビッグキャノンで表面を焼き尽くされたビッグホーンドラゴンにとってはその狙撃は強烈で、命中するたびに悲鳴を上げ、後ずさりしていく。

「ようやく、最後のピースが埋まりましたな、艦長」

弾切れになったキャノンパーツを強制排除し、フライトモードに換装してエルシャ、ヴィヴィアン、ナオミと共にビッグホーンドラゴンへ向かっているサリアを見たマデューカスは完成しつつあるアルゼナル第1中隊にようやく安心感を抱く。

生真面目で融通の利かないサリアだが、だからこそ分析と的確な指示が可能だ。

そんな隊長ができたことで、このチームはまだまだ強くなる。

「ええ…部隊の戦力を的確に運用できる隊長ができた今なら、彼女たちはさらに強くなります。あとは連携意識ですが、それはもうすぐうまくいくようになるでしょう。損傷したココ機とミランダ機を収容します!」

「了解です!」

海上に出現したダナンの格納庫のハッチが開き、その中にココとミランダのグレイブが収容されていく。

2人とも疲れ果てていて、格納庫に入り、機体から降りた後で整備班の手を借りて機体から離れていく。

「お前ら、まだまだ子供じゃねえか。サガラや艦長を戦わせている俺が言うのもなんだが、その…」

メイルライダーではなく、自分と同じく整備班として戦ってもいいのではないか。

前までのサックスならそれを言うことができたかもしれないが、アルゼナルの現実を知っている今は無責任にそんなことを言うことができなかった。

「大丈夫です。ここでは私たちくらいの年齢で戦うのが当たり前ですから…」

一度は死にかけたうえにゾーラの死を見てしまったことで戦うのが怖くなってしまったのは事実だ。

だが、ノーマはドラゴンと戦うことでしか生きる権利を得ることができないのが現実で、戦いから逃げることは死を意味する。

サックスの気遣いはうれしいが、戦う以外の生き方を知らない2人はこれしかできない。

(私たちくらいの年齢で戦うのが当たり前…か)

こんなことを自然に口にするミランダに、サックスは始祖連合国のゆがみを感じずにはいられなかった。

 

-プトレマイオス2改 格納庫-

「シン、お疲れさま」

「ああ、ルナ。ありがとうな」

機体から降り、ルナマリアから水筒を受け取ったシンはストローを通して中にあるジュースを飲み始める。

今回はビッグホーンドラゴンの出現で一時はどうなることかと思ったが、アンジュとキラの登場でどうにかなった。

一安心するとともに、どこか複雑な感情も芽生えていた。

(キラ・ヤマト…フリーダム…)

1年前の戦争で、自分たちの前に何度も立ちはだかった相手。

一度はフリーダムを自らの手で倒したが、ストライクフリーダムに乗って再び現れてからは一度も勝つことができなかった。

だが、勝ったとしてもこの感情を抑えることはできないかもしれない。

ジャスティスが収容された後で、フリーダムも入ってきて、キラを出迎えるためにスメラギが入ってくる。

フリーダムから降り、ヘルメットを脱いだキラは出迎えてくれたスメラギに笑みを見せると、彼女の元へ歩いていく。

「お久しぶりです、スメラギさん」

「助かったわ、来てくれて。ここへ来たのはラクスの指示?」

「はい。スメラギさんの報告を受けたラクスが戦力が必要になると判断して、僕を送り出してくれたんです」

「キラ…まさかプラントからまたここへ飛んでくるなんてな」

「アスラン。今回はバルドフェルドさんが衛星軌道上まで連れて行ってくれたから、楽だったよ」

キラがプラントから地球まで飛んできたのはこれが2回目で、1回目は3年前の戦争中にはあろうことか手に入れたばかりのフリーダムでプラントから地球まで一人で飛んでいき、おまけに大気圏突入を果たしている。

その当時のキラはとある理由でアークエンジェルを離れ、クライン邸に滞在していたが、アークエンジェルの危機を知ったことで、ラクスの手引きによって当時ザフトが開発していたフリーダムを強奪して駆けつけた。

新型機を得たとはいえ、コーディネイターでもこのようなことをするのはかなりの操縦技術と精神力、そして体力が必要になる。

あれと今回のを比較したら、それは今回の方が楽に決まっている。

軽くそんなことを言う彼に呆れて笑ってしまうとともに、どこか頼もしさも感じていた。

「キラ、また頼むぞ」

「うん。こちらこそね、アスラン」

キラとアスランが語り合う中、シンはルナマリアと共に格納庫を後にする。

本当は正面から語り合い、歩み寄る必要があるというのは分かっているが、まだシンにはそれをする心の準備ができていなかった。

 

-アルゼナル 司令執務室-

「そうか…アルゼナルを離れるか」

スメラギとの1対1の会合を行うジルはスメラギの今後のスケジュールを聞き、あまり残念そうな表情を見せずに口を開く。

ビッグホーンドラゴンという初物の撃破に貢献してくれたことで、ソレスタルビーイングとミスリルは十二分にこちらを助けてくれた。

それに、その間に補充要員の訓練を終えることができ、失ったパラメイルの生産も完了しているため、彼らが離れても問題はない。

「それについて、一つ相談があるのだけど…」

「第一中隊のことだろう?好きにすればいい。契約はまだ有効だからな」

「かまわないの?」

問題児ぞろいとはいえ、第1中隊はアルゼナルで中核の戦力と言える。

補充は完了したとはいえ、彼女たちの抜けた穴を埋め合わせるのはかなり難しいことだ。

それに、任務が完了したアサギ達はまもなくオーブへ戻ることになる。

「アルゼナルの戦力は第1中隊だけではない。戦力の再編成も完了している。どうにかなるだろう。パラメイル整備のため、こちらの整備兵を何人かそちらに貸し出そう。好きにこき使ってやってくれ。だが…時が来たら返してもらうぞ」

「時が来たら…とは?」

「かつて、世界のすべてを敵に回したソレスタルビーイングなら、分かるだろう?我々が世界を解放したいという気持ちが」

不敵な笑みを浮かべるジルにスメラギは自分たちと似ているところ、そしてどこか決定的に違うものを感じずにはいられなかった。

その違いが何か、それを見抜くことはまだできなかった。

おそらく、時が来たらアルゼナルだけでなく、ソレスタルビーイングも巻き込むつもりなのだろう。

「どうする?ソレスタルビーイング?我々は世界の敵か?」

「…今は何も言えないわ。けれど、今の私たちはフェアーな取引相手。現状は共存するのがお互いの利益になる。違う?」

「結構だ。時が来たら、また知らせよう。アンジュ達のこと、よろしく頼むぞ」

第1中隊の処遇が決まったことで、スメラギの目的は達した。

パラメイルの整備ノウハウを持つ整備兵の少女の確保ができたのは思わぬ収穫だったが、まだジルの本心を知るには至らなかった。

だが、ジルが相手にする世界は始祖連合国のもっと奥深くにあることは感じずにはいられなかった。

 

-アルゼナル 格納庫-

「うおおお!!!こんな大金、初めてだ!!パラメイルの修理費補給費なんて目じゃねえぜ!」

帰還したロザリーは山積みに置かれたキャッシュに目を光らせる。

死にそうな思いをしたものの、それに見合う以上の物をつかんだ嬉しさに耐え切れず、キャッシュの海にダイブしてその匂いをたっぷり吸っていた。

「夢じゃない…夢じゃないよ!」

頬をつねって、その痛みで改めて現実だと理解したクリスもうれしそうにキャッシュを眺めている。

「にしし!初物初物!」

「これで幼年部の子供たちに新しい服を買ってあげられるわ」

「やった!半分は借金返済に回して、あとは…」

ヴィヴィアンとエルシャは報酬の使い道を考える中、ナオミは借金返済プランを見直し始めていた。

ココとミランダもナオミ達ほどではないがそれでも多額の報酬を手にしており、ココは新しいデザートの材料費に、ミランダは貯金することを決めている。

だが、アンジュも報酬をいつもの戦争以上の金額得たにもかかわらず、どこか不機嫌だ。

「良かったですね、アンジュリーゼ様。すぐに熱が下がって。戦闘で汗をかいたのがいい効果でしたね」

帰還したアンジュはそれまでの呆けた姿が嘘だったかのように元気な様子だった。

だが、元気になると同時に不機嫌になってしまったが。

「…そうね」

「それにしてはご機嫌斜めですね…」

「そりゃね、鉄砲玉代わりにされれば、そんな気分にもなる」

成功したのはよかったが、一歩間違えたら特攻になってしまう危険スレスレな行動を病人である自分にさせたサリアに怒りを覚える。

熱で呆けたことである程度感覚がマヒしていたことが幸いしたかもしれない。

いつも通りの状態でこんなことをまたやれと言われても無理な話だ。

「そのことは謝るわ、ごめんなさい」

サリアもさすがに今回のことは悪かったなと思い、素直にアンジュに詫びた。

「でも、助かったわ。あなたが来てくれて」

「お礼を言うなら、キャッシュを頂戴」

「さっきのお礼…取り消し」

またいつもの状態に戻ってしまったが、アンジュの本心を知っているサリアはいつも以上に怒る気にはなれなかった。

きっと、それが彼女の照れ隠しなのだろうと信じていた。

だが、アンジュがここにきて獣のように強欲になっていることを忘れていた。

「さっきの趣味…ばらすわよ?」

あの趣味が人に言えないものということを分かっているアンジュはニヤリと笑いながらサリアを脅迫する。

さすがにそれをばらされたら隊長として以上の何かを失ってしまうと感じたサリアの背筋が凍り付く。

「趣味ってなんだ?」

あまりサリアのプライベートについて知らないロザリーは興味を持ったのか、サリアに尋ねる。

ヒルダ達にだけは知られたくないと思ったサリアは何か別の話題を用意しようと頭をひねる。

「そ、それより!!あなたたち、これだけキャッシュを得られたんだから、満足でしょう!?」

「え…?まぁ…」

「こうして大金を得ることができたのはアンジュのおかげよね?」

そのことをさすがにロザリーとクリスは反論することができなかった。

重力波に巻き込まれて機体も体も動けなくなり、命の危機にさらされる中でアンジュが助けてくれた上に初物撃破のチャンスをくれた。

その事実を否定することはできない。

「戦闘中にアンジュの邪魔をするのはもうやめなさい」

「…」

殺そうと思っていた相手に助けられたことを受け入れることができないヒルダはサリアをにらみつける。

他の誰かならともかく、アンジュに助けられたことはヒルダにとって屈辱以外の何物でもなかった。

この1回の戦闘でプライドをズタズタにされた。

アンジュのせいで。

だが、サリアはもうヒルダに振り回されるつもりはなかった。

「いろいろあったけど、私たちはこのチームでうまくやっていかなきゃいけないの。あなたが望もうが、望むまいがね。それが隊長命令よ。それからアンジュ。報酬の独り占めはもうやめなさい。あんたは放っておいても稼ぐことができるでしょう?」

「へっ、あんたの言うことなんて誰も…」

「逆らうなら、それでもいいわ。けど、あなたの分け前は無しになるけど」

「てめえ…」

拳に力を籠めるヒルダはロザリーとクリスを見る。

2人なら、味方になって一緒にサリアに反抗してくれると信じていた。

自分に味方がいないなんてことはないと実感したかった。

「いいわよ、別に…私の足さえ引っ張ってくれないなら」

鉄砲玉代わりにされたことへの怒りは収まっていないが、それでもサリアが自分の本心であるだれ一人死なせたくないという思いを理解したうえで作戦を練ってくれたことには感謝している。

それに、認めたくないが、サリアがその作戦を考えてくれなかったらきっと自分もビッグホーンドラゴンに殺されていたかもしれない。

「あ、あたしも…いいよ…」

「クリス!」

「だって…アンジュがいなかったら、私たち、死んでいたかも…」

「ええっと、まぁ…この金があるうちは、いいかな…なんて…」

「ロザリー、あんたまで!?」

親友である2人に裏切られるとは思わなかったヒルダはその現実に呆然とする。

その中で、ジルと話をつけたばかりのスメラギがやってくる。

「とりあえず、一歩前進できたみたいね」

「あ…スメラギさん。ジル司令との話は終わったんですか?」

スメラギを待っていたフェルトが彼女の姿を見つけ、声をかける。

「ええ、第1中隊には新しい任務があるわ。あなたたちは私たちと一緒に外の世界へ出てもらうわ」

「何!?」

「ノーマが…アルゼナルを出るなんて…」

メイルライダー達がアルゼナル以外の組織と雇用契約を結び、更には人間扱いされること自体異例であるにもかかわらず、更には死ぬまで出ることが許されないアルゼナルを出ることができる。

一体ジルは何の目的でそこまで異例尽くしの許可を下すのか、サリアは疑問に思った。

「ソレスタルビーイングもミスリルも、この世界には本来存在しない組織よ。あなたたちが入ったところで何ともないわ」

「新しい作戦が始まるんですね…」

火星の後継者のことはオーブを出る前にカガリから聞いている。

エリアDでは情報を得られなかったが、スメラギの口調から、日本へ戻ったという勇者特急隊とナデシコ隊達が何か情報をつかんだのだろうとルナマリアは察した。

「まずは日本へ向かい、ナデシコと合流するわ。その前に…ここまでのいろんなことを全部お湯で流しちゃおうか」

「お湯というと…」

「お風呂、ですか?」

「その通り、裸の付き合いで結束を深めましょう。許可はもらっているわ」

アルゼナルには大きいうえに清潔な大浴場があり、多くのメイルライダーは日々の疲れをいやすためにそこを利用する。

司令の趣味なのか、それとも些細な娯楽を認めるためなのか、そこでは風呂だけでなく、サウナやシャワー、そして多くの種類の石鹸やリンス、シャンプーなどが置かれており、利用者はそれらを無料で利用できる。

「賛成です!」

さっそくミレイナが賛成するとともに、タオルや着替えなどを取りにトレミーへ戻っていく。

「じゃあ、私もお風呂へ行こうかな…」

「チトセちゃん…だったら俺も…」

「付き合うぜ!」

「あんたらは…」

「呼んでない!!」

マオの怒りの鉄拳がクルツの顔面に直撃し、顔を真っ赤にしたアンジュとチトセの息の合ったクロスボンバーがソウジを襲う。

殴られたクルツは吹き飛んで壁に激突し、ソウジはその場でうつぶせに倒れて悶絶。

そんな男2人を無視して、女性陣は楽しみにしている風呂へと向かった。

「…ようやく、一つのチームになったな…」

キラと協力して、倒れた2人を運びながらアスランはここに来てからの日々を思い出す。

暴走するアンジュとアンジュを妨害しようとするヒルダ達、彼女たちに振り回されるサリア。

始祖連合国のいびつなシステムの犠牲者である彼女たちがキャッシュのおかげということもあるかもしれないが、結束できたことは大きなことで、まだまだ課題はあるものの、一歩前進できたことに安心した。

「活動を開始したころのソレスタルビーイングを思い出すね」

「そうだな…」

「このメンツのまとめ役をしてた兄さんには同情するぜ」

3年前のソレスタルビーイングは全員が個人情報を味方であっても話すことができない状態であり、ティエリア、アレルヤ、刹那は元々戦い以外の生きる手段が見つけられず、そして積極的に人と関係を作ろうとしない一面があったため、中々結束することができなかった。

特に一番の若手である刹那はすぐに無茶をしようとしたため、先代のロックオン、ニールは彼らのフォローをことごとく押し付けられる羽目になった。

そのことを考えると、加わったのが去年で本当によかったとロックオンは静かに思った。

その時のことを思い出したのか、刹那も思わず笑ってしまった。

「刹那…そんなふうに笑うんだね」

「キラか…」

「初めて会った時から、君はどんどん変わっていく…」

キラが刹那と初めて会ったのは3年前、アークエンジェルと共にアラスカ基地を脱出し、オーブへ亡命したときだ。

アラスカ基地はザフトによる軍事行動、オペレーション・スピットブレイクの標的とされ、攻撃を受けていた。

そこで、ユニオンの上層部は早々にアラスカ基地の放棄を決定し、サイクロプスによってザフトを道連れにする作戦に出た。

そこでは友軍として加わっていたAEUや人革連の軍も一緒に戦っていたが、事前通知されたのはユニオンの軍だけで、彼らはアークエンジェル共々捨て石にされることとなり、そのほとんどがサイクロプスによって犠牲となった。

サイクロプスは言うならば、巨大な電子レンジといえるもので、本来はレアメタルに混ざった氷を融解させる為の装置で、今の時代ではローテクだ。

しかし、強力なマイクロ波と電磁波を発生させるため、それによって水分は急激に加熱・沸騰する上にコンピューターもあっという間に死んでしまう。

ユニオン上層部は事前にオペレーション・スピットブレイクの情報をつかんでいて、最初からアラスカ基地を捨てる前提で地下にサイクロプスを建設していた。

なお、終戦後の軍事法廷の中で、ユニオン上層部がその情報をつかんだのはザフトの兵士、ラウ・ル・クルーゼがわざと情報を漏えいしたためであることが明らかとなった。

彼はナチュラルとコーディネイターを滅ぼすために、他にもザフトで開発されたNジャマーキャンセラーの情報をブルーコスモスに漏洩し、国連軍に軍事衛星ボアズへの核攻撃を仕向け、その報復としてザフトに巨大ガンマ線レーザー砲ジェネシスを使用させた。

彼がそれをした動機は彼がアル・ダ・フラガという男によって、ムウ・ラ・フラガという子供がありながら自分の素質を100%持った後継者を求めて作られたクローン人間だからだ。

そうして生み出された彼だが、素質は100%あるものの、テロメアに欠陥があり、寿命の短い失敗作だった。

それ故に見捨てられた彼はアル・ダ・フラガを殺害したが、それでもなお憎悪が収まらず、このような狂気に落ちた。

話を戻すが、アークエンジェルがオーブに到着したころ、ソレスタルビーイングはそれ故にオーブで起こるかもしれない問題に備えて現地でガンダムマイスターたちが待機していた。

そこでキラは刹那達と出会ったが、その当時のキラは彼らの正体に気付いておらず、刹那に対しては仏頂面をした自分と同じくらいの年齢の少年という印象を抱くだけだった。

そんな彼の正体を知ったのは去年だ。

戦いしか知らない彼がイノベイターとなり、人と分かり合える、人と人の懸け橋になれる人間を目指して変わっていこうとしている。

イノベイターであることを除いても、ここまで自分を変革させていこうとする人間と出会ったのは初めてだ。

「宇宙で初めて会った時、君はエクシア、僕はストライクに乗っていたね」

「人は変われる…俺も、そうありたいと願っている。それは…シン・アスカも同じだ」

「え…俺?」

いきなり刹那に名指しされてしまったシンは目を丸くする。

キラはいつもと変わらない笑みを浮かべ、シンに顔を向ける。

「久しぶりだね、シン。オーブの慰霊碑の前で会って以来…かな?」

「そう…ですね…」

ブレイク・ザ・ワールドの後、地球へミネルバと共に降りたシンは一時的にオーブで滞在することがあった。

その時にプラントに残っているマユの分も両親の弔いをしようと慰霊碑を尋ねた。

この慰霊碑はオーブにおける国連軍との戦争の際に犠牲となった人々をとむらうためのものだ。

シンがキラと初めて会ったのはその時で、当時のキラは軍から身を引き、恋人であるラクスや育ての両親とプラントで世話になった盲目の神父であるマルキオ導師、戦災孤児と共に生活していた。

その時、シンが言っていた言葉を思い出す。

(どんなにきれいに花が咲いても、人はまた吹き飛ばす)

その言葉にキラは深い悲しみと怒りを感じた。

その根源が何かは分からないが、彼と刃を交え、そしてここで彼ともう1度顔を向けて会うことで少しだけわかってきた。

「これから、君たちと一緒に戦うことになったよ。よろしくね」

「こっちこそ…じゃあ、俺…幼年部のみんなの様子を見に行くので、失礼します」

キラから求められた握手をすることなく、シンは少しだけ頭を下げてから逃げるようにその場を後にする。

シンの後姿を見るキラだが、追いかけようとはしなかった。

今追いかけたとしても、逆効果にしかならない。

一方的に仲良くなりたいと言っても、相手も仲良くなろうとしないと意味がない。

「ごめんなさい…まだ少しだけ、わだかまりがあるみたいで…」

「仕方ないよ。僕が…シンの大切な人の命を奪ったのは事実だから…」

キラは少し悲し気な表情を浮かべる。

シンの大切な人、ステラ・ルーシェという少女のことはアスランから聞いていた。

彼女はロゴスが過剰なまでの薬物や訓練によってコーディネイター以上の身体能力を持ったパイロットとして改造した人間、エクステンデットの一人だ。

それ故に特殊な薬物や機械がなければ生きられない体になっている。

彼女と出会ったのは地球で、彼女が誤って海に落ちてしまったところをシンが助けた。

家族を戦争で失ったという共通点からお互いに関係を深めていき、シンは彼女を守るべき存在だと、彼女の正体を知ってもなお認識するようになった。

それ故に、彼女が捕虜としてミネルバに送られ、エクステンデット故の症状で命の危機にさらされた際は銃殺刑になることも覚悟のうえで彼女をファントムペインの元へ送り返した。

帰還後は銃殺刑になる可能性があったものの、デュランダルの温情で謹慎処分で手打ちとされ、彼からは守るべきもう1人の存在、マユ・アスカをないがしろにしてどうすると叱責された。

だが、ステラはそこでロゴスのエクステンデット専用試作モビルスーツ、デストロイガンダムのパイロットにされてしまい、それに耐えるために強化措置を施された結果、狂気にかられて攻撃を繰り返し、ザフト軍だけでなくベルリンなどのヨーロッパ各地の都市の一般住民をも虐殺してしまった。

シンは彼女を止めるべく必死に行動したが、結局止めることができず、最後は彼女の手で殺されそうになる一歩手前でキラがデストロイにとどめを刺した。

これ以上の暴走を止めるには、エネルギーが充填された胸部ビーム砲を破壊するしかなく、その結果行き場を失ったエネルギーが暴走し、コックピット付近の誘爆に巻き込まれたステラは致命傷を負い、最期はシンの腕の中で息を引き取った。

彼女の亡骸はザフトによって解剖されることを恐れたシンの手によって人里離れた山の奥地にある湖に葬られた。

それ故に、シンはキラと分かり合いたいと思ってはいるものの、わだかまり故に一歩前に踏み出すことのできない状態になっている。

「あれは…仕方のないことだったんだ。お前のせいじゃない…あいつも、それを分かっているはずだ」

ステラ亡き後、シンがフリーダムに復讐するために必死にシミュレーションを行い、対フリーダムのコンバットパターン作りに心血を注いでいた。

そんな彼の悲しい姿を今でも忘れられない。

今思えば、彼は自分の心にけじめをつけたかっただけかもしれない。

フリーダムを討つことで、誰かを守れる力を得て、ステラを弔うことができると。

しかし、エンジェルダウン作戦でフリーダムを相打ちに近い形で撃破してもなお、シンの心が晴れることはなかった。

むしろ、より力への執着が強まり、守れなかったものへの後悔が強まるだけだった。

「エンジェルダウン作戦で、キラさんはシンに撃墜されましたよね?キラさんの中ではわだかまりはないんですか?」

フリーダムは只の高性能モビルスーツである以上に、ラクスが誰かを守れる力がほしいと願うキラに託してくれた剣だ。

それを失ったことはショックが大きいかもしれない。

「まったくないわけではないよ。でも、それに躓いて先に進めないのはもっと嫌だから…」

「シンもそれは分かっている。だから、今は自分の心にけじめをつけようとしているんだ。必要なのは…そのための時間だ」

「待つよ。彼とも、本当に心の底から手を取り合う日が来ることを」

「じゃあ、私はシンの様子を見に行きますね」

キラとアスランの会話を聞いたルナマリアはシンの後を追いかけていく。

今のシンにはルナマリアという最愛の人がいて、信じあえる仲間もいる。

その日がもうすぐ来ることをキラは信じていた。

 

-プラント アプリリウス市 ラクス・クライン執務室-

プラント評議員一人ひとりに与えられる個室は若干手狭なものの、だいたいの書類データは手元のパソコンで見ることができるうえ、客の接待は隣に分けておかれている応接間で対応できるため、あまり不自由はない。

評議会の方針により、部屋の大きさも間取りも平等になっており、去年から評議員の一員となっているラクス・クラインも例外ではない。

エターナルに乗って戦っているときから身に着けている白と紫の陣羽織を身にまとい、薄いピンクの長い髪をポニーテールにし、徐々に大人の女性へと変化しつつある。

彼女のパソコンには特別回線が開いており、今はそれでスメラギと通信を行っている。

「そうですか…アルゼナルを発たれるのですね」

「キラを派遣してくれてありがとう、ラクス。でも、そちらは大丈夫?」

地球連合内でも大きな波紋を広げている火星の後継者がプラントにも影響を及ぼしていないとは言い切れないところがある。

サトーのようなパトリック・ザラ信奉者が評議会の中にいないとはいえず、火星の後継者の同調する、もしくは裏で支援を行っている可能性もある。

「ええ…プラントでは今回の火星の後継者の決起を冷静に受け止めていますから。以前のように、これを機に地球連合と事を構えようという動きには至っていません」

ザフトから評議員に転身したイザーク・ジュールや現議長のルイーズ・ライトナーの尽力もあり、戦争への流れは抑えられている。

他にもクライン派に味方する評議員や軍関係者も徐々にではあるが増えてきており、これはラクス達の尽力が大きい。

「プラントにいる多くの人たちは戦いを望んでいません」

「ええ…きっと、地球の人々も同じね。私たちは日本に戻り、ナデシコと合流するわ。トゥアハー・デ・ダナンはネルガルのドックでメンテを受けることになるけど。それから、向こうではザンボット3とダイターン3が加わって、更に別世界から来たグレートマジンガーも協力してくれたと聞くわ」

ザンボット3は駿河湾で発見された、ビアル星人という異星人が残した機動兵器だ。

高速戦闘機へ変形できる人型ロボット、ザンボエースと重戦車ザンブル、偵察支援機のザンベースが合体したもので、ビアル星人の末裔である神勝平、神江宇宙太、神北恵子が乗り込んで、1年前に日本を攻撃した異星人、ガイゾックと戦った。

ナデシコとソレスタルビーイングの協力があったものの、当時はアロウズによる情報操作によってガイゾックが現れたのは異星人の末裔である勝平たち神ファミリーのせいだと発表され、人々の非難の的となり、神ファミリーと彼らだけで戦うことになった。

その戦いの中で、勝平の祖母である神梅江、父親である神源五郎、恵子の祖父である神北兵左衛門が戦死することになったが、ガイゾックとガイゾックの親玉であるコンピュータ・ドール第8号を撃破することに成功した。

ダイターン3は3年前に日本で戦っていた全長120メートル近い巨大人型兵器で、新座市の大富豪である青年の破嵐万丈がパイロットで、メガノイドと戦った。

メガノイドは父親である破嵐創造が火星開拓のために、人類の地球進出のために開発した改造人間だ。

当時家族とともに火星にいた万丈は母親と兄を父親の手でメガノイドにされる形で失った。

そして、人類全体をメガノイドとするためにメガノイドが反乱を起こし、同時に木連による火星攻撃が始まった。

その混乱に乗じ、ダイターン3の原型となったメガボーグと2キロ以上の大きさを誇る巨大ロケットであるマサアロケット、そして火星で発掘された大量のレアメタルやハーフメタルを手に地球へ逃走した。

そして、彼の手でメガノイドは全滅したらしい。

今は大富豪として生活する傍ら、旋風寺コンツェルンの株主となり、更には何らかの目的で何度も火星へ行っているらしい。

「ルリ艦長はアキト君と会って、彼とユリカさんに何があったのか聞いたみたいよ」

その全容は、まだスメラギも聞いていない。

通信では日本で会ってから話すの一点張りで、その時の悲しげな表情から、とても言いづらいことなのだろうと察した。

「火星の後継者の動きはこちらの予想をはるかに上回るスピードで進んでいますね…」

木連の草壁の信奉者と彼らのスポンサーである地球連合内の一部の不穏分子だけで、これだけのスピードで物事を進めることができるとは思えない。

もっとそれ以上の、大きな協力者の存在が見え隠れするが、結局その手掛かりはつかめていない。

だが、あり得るかもしれない存在はある。

「始祖連合国…あの国は怪しいとにらんでいるわ」

「マナを使える特権階級、彼らには連合も干渉できませんからね。こちらにはカガリさんとマリナ様が動く手はずになっています」

カガリと共に動くマリナ・イスマイールは中東の新興国であるアザディスタン共和国の第一皇女で、彼女も平和のために行動をする仲間の1人だ。

余談ではあるが、彼女は刹那と面識があるようで、お互いにそれぞれの行動や主張が真逆であるものの、理解しあっている関係であるらしい。

ミレイナが男女の仲を疑ったものの、それはないようだ。

「政治的な干渉ではなく、あくまで平和や人道の目線で動くというわけね」

「これで始祖連合国のことが少しでもわかるとよいのですが…」

「テロリストを支援することが始祖連合国にどれだけのメリットがあるのか…ドラゴンの件を調べていくうえでその関係も明らかにしていこうと思うの」

「では、スメラギさん。私たちは宇宙で火星の後継者の動きを追います」

「頼むわね、ラクス。何かあったら連絡するわ」

お互いにやっていることは違うが、平和のためという目的は同じ。

同じ目的のために互いに動き続け、そこにたどり着くことを願いながら、スメラギは通信を切った。

「始祖連合国…ドラゴン…。そして、ヴィルキス…」

死んだ父、シーゲル・クラインが残した資料の中に、それらの記述が残っていた。

パトリック・ザラの資料の中にも同じ記述があったようで、特にヴィルキスに関するものが多い。

「あれがキラと共に戦うことになるとは…特別な縁を感じます」

 

-トレミー パイロット用個室-

「ん?誰だろう…」

メールを書いていたキラはドアの前に誰かがいるのを感じ、ドアを開けると、ナインが立っていた。

「君は…確か、ナインだったね」

「初めまして、キラ・ヤマトさん。あなたを観察させていただきたいと思い、来ました」

「え…観察?」

「アスランさんが言っていました。キラの考えていることは、時々俺も分からない…と」

それについてはアスラン以外にもよく言われており、キラ自身も少し自覚している。

そのため、自分で考えていることを口にしようと努力を始めているが、中々実を結んでいない。

「また、シンさんはあなたのことをもっと知りたいようなので、その手助けになれば…と」

「僕は僕だよ…僕以外の何物でもない」

「よくわかりません…」

あまりに抽象的すぎて、ナインにとっては暗号に思えてしまう。

自分のことをどう説明すればいいのか、まだキラはよくわかっていない状態だ。

「じゃあ、ゆっくり観察すればいいよ。よろしくね、ナイン」

笑みを見せるキラにナインはほんのりと顔を赤く染める。

アスランとは違う、優しいポカポカした魅力をAIながら感じ取っていた。

「わ、わかりました…ですが、今は別の仕事がありますので…」

「そう?何か手伝えることがあったら言って」

「は、はい…」

キラのことを解析できないまま、ナインはその場を後にし、トレミーにあるヴァングレイの元へ向かう。

重力波によってダメージを受けたと思われるフレームのチェックを行い、必要であれば改修を行うために。

「あの笑顔が…キラさん、ということでしょうか?」




機体名:ストライクフリーダムガンダム
形式番号:ZGMF-X20A
建造:ファクトリー
全高:18.88メートル
重量:80.09トン
武装:MMI-GAU27D31mm近接防御機関砲、MGX-2235カリドゥス複相ビーム砲、MMI-M15Eクスィフィアス3レール砲×2、MX2200ビームシールド×2、MA-M02Gシュペールラケルタビームサーベル×2、MA-M21KF高エネルギービームライフル×2(連結時にロングライフルとなる)、EQFU-3Xスーパードラグーン機動兵装ウイング
主なパイロット:キラ・ヤマト

1年前の戦争後期に使用された核分裂炉搭載型モビルスーツの1つで、3年前にパトリック・ザラ主導で開発されたザフトの次期主力モビルスーツ、フリーダムの発展機。元々はフリーダムの量産後継機として設計されていたものの、搭載予定のドラグーン・システムと新型高機動スラスターの開発が予定より遅れ、完成前に終戦を迎え、ユニウス条約で核分裂炉搭載型モビルスーツの所有が禁止されたことで封印されていた。
その後、クライン派が封印されていたそれらを奪取し、研究者を懐柔もしくは口封じに抹殺したうえで、完全なキラ・ヤマト専用モビルスーツとして再設計されたうえで、ファクトリーで開発された。
当時の最新技術を余すことなくつぎ込んでおり、性能はデスティニーに匹敵し、各部装甲を分割し、機体の動きに合わせてスライドさせる特殊装甲を採用したことで、生身の体に匹敵する動きが可能となった。
なお、この構造の装甲はデスティニーにも採用されており、完成度は人員・費用ともに上回っているデスティニーが高い。
終戦後に改修されたデスティニー、ジャスティスとは異なり、目立った損傷がないことから装甲の一部交換とGNファング、GNビットの技術をもとに再設計された大気圏内対応型スーパードラグーンに換装された程度となっている。

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