分類:超大型宇宙空母
建造:火星の後継者(推測)
全高:123.7メートル
全幅:251.3メートル
武装:2連装対空機銃×2、2連装メガ粒子砲×2
主な乗組員:火星の後継者
火星の後継者が所有する超大型宇宙空母。
ソウジ達がいた世界における1年戦争のア・バオア・クー攻防戦でジオンが投入したものとほぼ同型で、200機近くのモビルスーツやモビルアーマーを搭載することが可能。
その脅威は現在でも軍の教科書に載るほどで、その脅威は今度は別世界のテロリストたちによって運用されることになる。
なお、なぜ火星の後継者が別世界の兵器であるはずのドロスを所有しているのか、そしてその情報を知ったのかは不明。
-火星 メガノイド基地-
炎上する基地とメガノイド達の残骸が周囲に巻き散らかされており、その中でガレキを枕にうずくまり、腹部に手を当てている青い肌と黒装束の美女に万丈はためらうことなく銃を向ける。
ダイターン3から降りた彼はここで彼女と白兵戦を繰り広げ、いまここで決着がついた。
彼女がメガノイド達の指揮官であるコロス。
ドン・サウザーを倒され、今の彼女には戦う目的も理由も失われている。
「ば…万丈…。なぜ、ドンの心をわかってくれないのです…?」
人類はメガノイドによって管理運営されなければならない。
そうしなければ、今連合とプラントが忌むべき兵器である核やジェネシスを使うように、古代火星文明の産物である演算ユニットとボソンジャンプを独占しようと殺し合いや策謀を演じるように、過ちの歴史を現在進行形で繰り返すことになる。
情報によれば、ジェネシスで地球を撃とうとするパトリック・ザラは自分の妻であるレノア・ザラの命を奪ったナチュラルに復讐するという妄執にとらわれた愚かな指導者だと聞く。
そんな人類が地球にも宇宙にもあちこちに存在する限り、人類は滅びへ向かい続ける。
地球だけでなく、宇宙をも道連れにして。
だからこそ、それを阻止するためにもメガノイドが導かなければならない。
「僕は憎む…!メガノイドを作った父を…破嵐創造を…!自らを人間以上とうぬぼれるメガノイドの首領、ドン・サウザーとあなたを…!そして、そのエゴを!!」
兄と母をも実験台にして作り出したメガノイドがもたらしたものをこの目で見た来た万丈にコロスの言葉など通用するはずがなかった。
人間を無理やりメガノイドに改造し、人間としての心を取り戻そうとしたメガノイドを殺し、自らのエゴと悪意をまき散らす彼らはむしろ人間以上に性質が悪い存在。
自分と行動を共にする仲間の中には家族をすべてメガノイドに殺された人もいて、それもあって彼らの存在を一匹たりとも許すつもりはなかった。
そんな彼らが人間以上の存在と称すのはおこがましいにもほどがある。
「メガノイドこそ、人間が宇宙に進出するために必要な力…。だけど…それだけでは足りない。それだけでは…人間はその先へ進めない…。破嵐万丈…そしてダイターン3が我々には…必要なのです…」
「僕とダイターン3が…?」
「そう…!世界を変える力…それをドン・サウザーとともに…!」
「拒否する!その世界を変える力があるというなら、僕は僕の力で、それをやってみせる!!」
確かに、今の世界がどうしようもないくらいに歪んでいることは万丈も承知している。
大富豪となったとしても、その金だけでも、万丈1人の力だけでもそれを変えるのは難しい。
だが、それでもあきらめずに戦おうとする人が存在することを万丈は知っている。
そのためにも、もしコロスの言葉が正しかったとしても、それを己の力でやる。
それがかつて、火星から自分を救ってくれた人で、メガノイド製作にかかわってしまった罪悪感と自分のメガノイドへの憎しみを感じ取ってしまったことから行方をくらましてしまった男、プロフェッサー源への償いでもある。
-マサァロケットマイルド 格納庫-
「万丈兄ちゃん、そろそろ起きてよ」
「…っと、僕としたことが…転寝するとはね」
トッポの声が聞こえ、ダイターン3のコックピットの中で目を覚ました万丈は背伸びをして体を包む倦怠感を吹き飛ばそうとする。
「大丈夫…?なんだか苦しそうだったけど…」
「…夢を見ていたんだ。昔のことをね…」
「へえ…万丈を苦しめるなんて、余程の悪夢だったのね」
「まあね…」
火星でのメガノイドとの最終決戦では、確かに万丈はレイカ達とともに火星へ向かったが、本部に突入したのは万丈1人だけだ。
そこで何が起こったのか、そして夢で見たコロスとのやり取りのこと、そして自分の正体のことは彼らに一切話していない。
あくまで重要なのはもうメガノイドがこの世に存在しないこと、ただそれだけだとはぐらかし続けた。
「そろそろアマテラス攻略の作戦会議が始まります。その前にコーヒーをお入れしましょうか?」
「頼むよ、ギャリソン。とびきり熱く濃いやつを。次の作戦は必ず成功させなければならないんだ。なんたって、僕の命を懸けるものだからね…」
万丈は右手に握る小型のディスクのような端末を見つめる。
火星の後継者との戦いのための贈り物として曉から送られたそれは確かに使えれば大きなアドバンテージとなる。
万丈にはそれを使える可能性があるが、あくまで可能性であり、完全にそれが保証されているわけではない。
失敗すれば、それは万丈だけでなく、仲間たちの命をも危険にさらす。
だから、これを使う以上は失敗は許されない。
(けれど…これを使うとしても、あのドロスという空母を突破しない限りは始まらない…。一体、どうするつもりなのか…?それに、僕は死ぬつもりはない。最後に残されたメガノイドを破壊するまでは…ドン・サウザーが残した最後の謎、世界を変える力の意味を知るためにも…)
その謎を知るため、万丈はあの戦いの後、地球と火星を行き来し、メガノイド由来の地域を捜索して、その意味を探り続けた。
その過程で万丈は復讐鬼と化したアキトと出会い、そのツテでネルガルとも関係を作った。
大きなバックアップを得て、3年の月日を費やしてもなお、いまだにその謎をつかむことができていない。
唯一分かったことはまだこの世界にメガノイドが1体だけ残っていること、それだけだった。
-ターミナルコロニー アマテラス内部 ヤマト機関部-
「どうもどうも、徳川さん。波動エンジンの修理の状況はいかがですか?」
周囲の整備兵たちの白い目を全く気にせず、7:3分けの髪形をしたたれ目をした穏やかな印象を抱かせる青年がなれなれしい口調で徳川に問いかける。
彼は山崎ヨシオで、アマテラスに赴任してきたコロニー開発公団の次官として潜入してきた火星の後継者のスパイで、生体ボソンジャンプ研究の第一人者だ。
徳川たちが聞いた噂によれば、彼がA級ジャンパーたちに対して非人道的な研究を行い、その多くを殺した張本人らしい。
ここに囚われてからは毎日のように彼と顔を合わせており、その人懐っこい顔に隠れた狂気にさすがの徳川も会いたくない人間としてとらえている。
「報告通りだ。まだ時間がかかる」
工具を手にし、山崎に顔を向けないまま返答する。
唯一彼と目を合わせているのは真田だけだった。
「山崎さん。作業の進捗状況は毎日お伝えしている通りです」
「まあまあ真田さん、科学者の性として、未知の技術には触れたくなるものじゃないですか」
「それは私も同じです。ならば、こちらにもボソンジャンプについてもう少し技術的な説明をしてもいいのではありませんかな?」
「いずれしますよ…。あなた方が心から協力してくれればの話ですが」
波動エンジン修理という口実の時間稼ぎは既に山崎に見破られている。
見透かしたように笑う山崎は波動エンジンに触れようと手を伸ばす。
「触るな!!だったら、あんたたちの要求通り、修理中の波動エンジンを無理やり機動させようじゃないか!その時には、このコロニーだけではすまん爆発が起こるじゃろうな!」
「お、おやっさん!!それはダメです!!」
「おっと…藪さんの言う通りだ。私としても、そのようなことは望んでいません。幸い、今の上はほかの者に夢中なようなので、今は良しとしましょう。しかし…時間無制限というわけにはいきませんよ?上は血の気の多い方々です。彼らの注意がその波動エンジンに向かわないことを願っていますよ」
「それは分かっています」
「ですよねー。このままではそちらの艦の中でもクルーの不満や不安が爆発しちゃうでしょうし…この間の反乱騒動は勘弁してくださいよ。ちゃんと協力してくれれば、待遇も考えてあげますから」
『待遇』という言葉を聞いて、さすがの徳川も思わず震えてしまい、無表情だった真田も表情をこわばらせる。
アマテラス占拠の際、火星の後継者への協力を拒否した人々は彼から格別の『待遇』を受け、そして死んでいった。
ヒラヒラと手を振った後で山崎は立ち去り、ようやく機関部に安息が戻った。
「奴らめ…ヤマトをテロの戦力の一部にするつもりか」
「ま、まずいよ。おやっさん…」
「奴は異世界のテクノロジーに興味を持っていた。そして、ボソンジャンプによる平行世界への転移…それも考えている」
山崎とは不本意ながら度々話しており、その中で彼からボソンジャンプについて軽く教えてもらった。
原理が分からない部分が多いが、彼らはそれを戦力として活用した。
おそらく平行世界への転移もそれで可能だろう。
それができれば、ヤマトを元の世界へ戻すこともできる。
「しかし、ヤマトへの興味が一時的とはいえそれたのはありがたい。じゃが…」
「あくまでそれは時間稼ぎに過ぎない。時が来れば、彼らはヤマトを力づくでも接収するだろう。異なる世界の地球人がヤマトを巡って殺しあう…。沖田艦長が最も恐れていた事態となるか」
そうなる前に、ヤマトを奪還してアマテラスから脱出しなければならない。
その切り札として、古代と森、そしてキンケドゥをマッチポンプの反乱騒動で送り出した。
ベルナデッドまで一緒にいたことは誤算だったが、今はそれを考えている場合ではない。
(頼むぞ…古代、森君…。お前たちにヤマトの…地球の未来がかかっている)
平行世界にいようが、元の世界での時間が流れる。
この間にも、ヤマトが帰るのを待ち続ける人が、命を落とす人がいる。
イスカンダルへ行くためにも、今は彼らに希望を託すしかなかった。
-ヤマト 医務室-
「どう…?落ち着いた?」
「ああ。おかげ様でな」
原田の手を借りて包帯を外されたメルダはそばにかけられていた制服を手にする。
彼女は彼女のツヴァルケはヤマトを守るために火星の後継者の戦力と苛烈な戦いを繰り広げた。
その結果、ヤマトが投降することになった際には既にその機体はスクラップ同然なまでの損傷を受け、彼女も重傷を負い、今ここで治療を受けていた。
幸いなのは肌の色が青いというだけで、特にガミラス人と地球人の体質に違いがなかったことで、普通に治療することができた。
「彼らはどうしてる?」
「今は協力してくれているわ。あなたには感謝してる。説得してくれて…」
「元の世界へ戻るまでは地球、ガミラスと言っていられる状況じゃない。それに、助けてくれた恩もある」
ヤマトに救出されたEX178のクルー達は異世界へ飛ばされたことに動揺していた。
しかし、メルダが彼らを説得し、元の世界へ戻るまでという条件付きで一時的にヤマトに協力してくれることになった。
彼らがいることで、スクラップ同然になったツヴァルケの整備も速やかに行われることになった。
ただ、まだまだヤマトのクルーの中にはこの措置に不満を覚えている面々もいて、彼らに対しては古代や沖田が目を光らせているため、今のところ騒動にはなっていない。
「それにしても、歯がゆいな…。今はここで待つことしかできないとは」
「もうすぐよ。もうすぐ、古代戦術長が戻ってくる。私たちにできるのは、その時に全力で戦える状態を作ることよ」
それぞれがその時のためにただ待つのではなく、ひそかに準備を続けている。
ゲッター1が使えなくなった竜馬はヤマトの武器庫を探り、いざというときには白兵戦で火星の後継者を叩き潰そうと装備を固めており、体を鍛えている。
榎本達甲板部もひそかにコスモファルコンやコスモ・ゼロの修理を行っており、時が来たら航空隊も出撃できる状態になりつつある。
加藤と篠原は警備の甘い時間帯を狙って部下たちのシミュレーションを使った訓練をさせており、アナライザーはアマテラス内部のハッキングをしている。
「ならば、私もいつまでも眠っているわけにはいかないな」
「ええ。ツヴァルケも直しているから、直ったら特訓に付き合って」
-ナデシコB ブリーフィングルーム-
「ええっと、これが俺らの世界でのドロスについてのデータです」
席に着くメンバー全員の視線が一直線に向けられる中、居心地が悪そうに顔をしかめながら、ソウジはモニターにナインに出してもらったドロスの映像を見せる。
映像は元々ヤマトのデータバンクの中にあったもので、初めてヤマトに入った際にその一部をいつの間にか拝借していたらしい。
「ドロスは私たちの世界では100年以上前に建造された宇宙空母です。200機以上のモビルスーツやモビルアーマーを搭載できて、一年戦争の最後の戦闘であるア・バオア・クー攻防戦で地球連邦軍最大の脅威だったと今でも教科書に載っています」
記録が正しければ、ジオンはそのドロス級の宇宙空母を3隻所有していたという。
そのうちのミドロは消息不明、ドロワは戦闘能力を失った後で生き残りの兵たちをサイド3へ送り届け、終戦後に地球連邦軍の視察のもとで解体処分されたという。
また、驚くべき情報があったとするなら、地球にもドロス級が1隻存在していたという話だ。
ガミラスの遊星爆弾によって海が干上がった際に東南アジアの海だった場所で偶然その残骸が発見され、ドロスには潜水母艦としての機能を持っていた可能性があることが明らかとなった。
しかし、どのようにして海底にドロスを降ろすことができたのか、そしてなぜ沈んだのかはいまだに明らかになっておらず、連邦軍と交戦した記録も存在しないという。
(ドロス…私たちの世界にも存在する艦…)
(分からん…。どういうことだ?我々の世界と彼らのいる世界にどういう繋がりがあるというのだ…?)
「アキトさんから送られた情報を照合すると、ドロスの存在により、火星の後継者の戦力は…おそらくメサイヤ攻防戦で投入されたザフト軍の戦力に匹敵するとのことです」
ルリから突き付けられる恐ろしい現実に一同は沈黙する。
1年前の大戦最大の戦場となったメサイア攻防戦はオーブ軍、地球連合軍、ザフト軍におびただしい犠牲を出した戦いだ。
ネオ・ジェネシスやレクイエムが存在しないのは救いだが、それでもザフト軍と相手をした2軍の何十分の1以下の戦力で彼らと戦わなければならないということになる。
「けど、気になります。どうしてその火星の後継者がソウジさん達の世界の戦艦を持っているんですか?火星の後継者に支援者がいたとしても、そんな大規模な宇宙空母を手にできるなんて思えません」
「キラの言う通りだ。もしかして…だが、彼らは別世界とつながりがあるのでは?古代さんはどう思います?」
火星の後継者に問われたていた古代や森なら、何かしらの情報を持っていると考えたアスランが質問する。
「脱出する前に情報を可能な限り集めようとしたが、ドロスのことはほとんど分からなかった。だが、一つ言えることは火星の後継者もあれを扱いあぐねているところがある…ということだ」
「しかし、一つ言えることは…あのドロスを突破しなければ、我々に勝ち目がないということです」
「なら、乗り越えていくだけだ。あそこにヤマトが待っている以上」
「扱いきれていないというなら、それに付け入れる隙があるはずです!」
-ヤマト 展望室-
「まさか…こんなところで待ち合わせとはね」
「こんな状態の展望室に来る人間なんていないわ」
「なるほど…密会には都合がいい場所ですね」
明かりがともらず、格納庫の冷たい壁だけが見える展望室で伊東と新見が顔を合わせる。
伊東も新見もそれぞれの仕事を部下に任せ、彼らを監視する人はいない。
「どうです?乗員のカウンセリングの状況は」
「火星の後継者に拿捕されて約1カ月、そろそろストレスが表面に出てきているわ」
定期的にクルー達のカウンセリングを行っている新見の目にははっきりとヤマトの限界が見え始めていた。
精神的支柱である沖田や副長である真田をはじめとした主要のクルーはそんな色を見せないが、問題なのはそれ以外の一兵卒だ。
その多くが家族や友人、恋人を地球に残しており、このまま無為にこの場所にとどめ置かれている状況を我慢できる状態ではない。
爆発して、本当に暴動が起こるのも時間の問題だ。
「彼らもうまいですね。我々の世界の状況を知ると、こちらの世界の豊かさをアピールしてくるとは。任務続行不能の不安を抱える中、これは強烈な一撃ですよ」
それは新見も納得しており、この世界の青い地球とそこで暮らす人々の豊かさを知ると、思わず嫉妬してしまった。
自分たちの世界の地球はガミラスによって滅ぼされる寸前で、この世界では人類が滅びへ向かいかねないくらいの醜い戦争を繰り返したというのに、なぜ青い豊かな地球が現存しているのかと。
同時に、そんなことを考えてしまう自分にも腹を立てた。
「この地球をイズモ計画のゴールとしてもいいのではないですか?」
そんな新見の暗い感情を見抜いたように、伊東は本題を切り出す。
ヤマトの乗組員全員がイスカンダルへ向かうことを賛成しているわけではない。
芹沢が根回しし、イズモ計画再始動のためにその主要メンバーをヤマトのクルーにねじ込んでいた。
そのリーダー格が伊東で、新見もイズモ計画の賛同者だ。
「小耳にはさんだのですが、あのボソンジャンプとやらは平行世界間の跳躍も可能だとか」
「あくまで理論上の帰結よ。立証されているわけではないわ」
仮にここをゴールとしたとしても、問題はどうやってそこへ移住させるかだ。
仮にボソンジャンプを利用することで転移させるとしても、それが終わるまで途方もない時間がかかると思われ、実際にできるかも不透明だ。
安全に移住できるのは、それこそ今ここにいるヤマトのクルーだけになってしまう。
「そこはそれ…ボソンジャンプのシステムを抑えてから考えればいいのです」
「沖田艦長が賛成しないわ。あの方はギリギリまで実力行使を避けるつもりだから」
蛇みたいな男である伊東のことだから、おそらくはそれをするための計画をすでに立てているだろう。
しかし、そこから始まるのは沖田の危惧するヤマトの波動エンジンを巡る殺し合いだ。
そのような事態を生み出すのを新見も求めてはいない。
「だったらここは…うん??」
「戦術長が戻ってきたようね」
ヤマトの艦内でブザーが鳴り響き、展望室の外ではクルーの走り出す音が聞こえてくる。
この音こそが雌伏の時が終わることを告げる鐘だ。
それを聞いた新見は安心したように笑みを浮かべる。
「我々も手筈通り、配置につかなくてはね」
「このタイミングで帰還するとは…空気の読めない人ですね、彼は。とりあえず、結論は持ち越すこととしましょうか」
-ドロス 艦橋-
「いやぁ…壮観ですねぇ。これは。これほどの兵力を我々が保有するとは」
ドロスから次々と発進するマジンやバッタなどの機動兵器軍団を見る山崎は笑みを浮かべ、すぐに戦闘データを解析できるように準備を始める。
その隣には角刈りをしたこわばった顔つきをした大柄な男性、新庄アリトモが艦長席に座っている。
「ドロスの機動兵器はいつでも出撃及び補給が可能となるように準備をしておけ。この戦いを制すれば、もはや地球連合などおそるるに足らずだ」
「地球連合、来ます!!」
レーダーが2隻の反応を拾い、モニターにはトゥアハー・デ・ダナンとトレミーが表示される。
そして、そこから発進するソレスタルビーイングやオーブ、ザフトのガンダムやパラメイル、アーム・スレイブなどを確認できた。
「ナデシコ、いないようです」
「構わん!戦力は此方が上!それに、ソレスタルビーイングには我々も借りがある。落とせ!!」
-ターミナルコロニー アマテラス宙域-
「彼らは僕たちを標的としているみたいだね」
「イオリア・シュヘンベルグはこのような未来のために木連を支援したわけではないだろうに…」
来るべき対話のために行われたその支援が悲しいことにまったく真逆の目的で使われている。
そして、それを抑えるために対話とは真逆のことを自分たちはしている。
しかし、たとえ矛盾をはらんでいたとしても存在し続けることがソレスタルビーイングの意義。
アレルヤもティエリアも、既に腹は決まっている。
「いくぞ!我々が奴らを引き付ける!テスタロッサ艦長!」
「了解。トゥアハー・デ・ダナン。陽電子破砕砲スタンバイ」
「アイアイ、マム!陽電子破砕砲スタンバイ!」
トゥアハー・デ・ダナンの下部に増設されたハッチが開き、そこから緑をベースとした潜水艦には不似合いな白銀の砲台が姿を現す。
核融合炉から送り込まれるエネルギーが凝縮され、ビームとなって発射への時を待つ。
ドロス及び出撃した敵機動兵器の注意は此方に向き、こちらへ向かおうとしている。
先制攻撃をするのにはぴったりだった。
「陽電子破砕砲、発射!」
「陽電子破砕砲、発射!アイ!!」
マデューカスの復唱と共に大出力のビームが発射され、突然放ってきた大出力のビームに機動兵器たちが飲み込まれていく。
これがネルガルがトゥアハー・デ・ダナンに搭載した隠し玉だった。
彼の話によると、これは1年前の大戦で撃破され、月へ不時着したザフトの新型戦艦から拝借したもののようで、既に技術解析も終わったことで無用の長物とのことだ。
核融合炉に対応できるように内部のパーツ交換をしたものの、そもそも核融合炉のエネルギーを使って発射するということがこの世界では初めてのケースで、理論上は発射可能であるものの、撃てるのは1度きりだという。
だが、その1度きりのビームによってディストーションフィールドの展開が遅れた機動兵器たちが焼き尽くされていき、勢いを衰えさせることなくドロスにも迫る。
「高熱原体、接近!!!」
「あわてるな!フェイズシフト装甲へのエネルギー供給を増やせ!」
新庄の指揮のもと、ドロスに施されているフェイズシフト装甲に過剰なまでに電力が送られ、それが陽電子を受け止める。
ビームの照射を受け続けることで艦内の温度は上昇しているものの、損傷は軽微で収まっていた。
「敵機動兵器撃破18、されど、ドロスに決定打は与えられず!」
「どうやら、100%当時のものを再現されているわけではないみたいですね」
フェイズシフト装甲を本来のドロスが採用しているはずがなく、陽電子砲のビームに耐えるだけの力がある。
だとしたら、次のプランに移るだけだ。
「ナデシコに連絡、ヴァングレイ発進準備を」
-ナデシコB 格納庫-
「さて…ルリ艦長から連絡が入った。出番が来るぜ、チトセちゃん」
サブパイロットシートに腰掛けるチトセにおどけた口調で声をかけるソウジだが、今の彼女は複雑化した火器管制をどうするかを確認するのに必死で、軽口に付き合う余裕がない。
「そんなに緊張することないだろ?ナインも手伝ってくれるからな」
「でも、こんなの訓練したことないですから…」
今発進しようとするヴァングレイはかなりの重装甲となっており、両肩には外付けにミサイルポッドが更に側面に追加されているだけでなく、バックパックにはロングバレルで戦艦の主砲レベルの火力を誇るビームキャノンや2つのプロペラントタンクなど、とにかく重苦しさを感じずにはいられない。
「ヴァングレイの作戦に合せて、現在保有しているパーツや資材から設計した重装フルアーマー形態です」
「フルアーマー、ていうよりもモビルアーマーだな、こりゃあ」
ガンダム7号機やデンドロビウムなどのモビルアーマーレベルの重装甲や火力を搭載したモビルスーツのことはソウジも知っており、これから行う作戦を考えると、むしろもっと手札があった方がいいとさえ思ってしまうが、今はこれが限度だ。
ろくなシミュレーションも試運転もなしでの一発勝負になるが、それは初めてヴァングレイを操縦したときにもう慣れた。
「よろしいですか?ソウジさん、チトセさん。我々ナデシコの行動開始はドロスが沈黙した時です。それまでは動くことができません。ミスリルとソレスタルビーイングのみなさんが注意を引いている間に単独で奇襲を行い、ドロスを沈黙させてください」
「頼んだぜ、チトセ!お前らが頼りなんだからな!」
「おいおい、ヴァングレイのメインパイロットは俺だぜ…?」
前にナンパしたことをまだ根にもたれているのかとソウジは口をとがらせる。
だが、そろそろそうした軽口を叩く時間は終わる。
ハッチが開くとともに重苦しい体を支えるヴァングレイのスラスターに火が付く。
「他のみなさんが攻撃しているのがSフィールド、ソウジさん達はこれからWフィールドから向かってください。おそらく、そちらにも火星の後継者の兵力がありますが、ヴァングレイなら充分突破が可能です」
「気を付けていってください、ソウジさん!チトセさん!」
「了解だ、叢雲総司、如月千歳、ヴァングレイ、出るぜ!!」
重装フルアーマー形態とかしたヴァングレイが飛び出すとともにプロペラントタンクから供給されるエネルギーを受けた追加ブースターからも火が吹く、さらに加速していく。
そして、既に爆発と炎の華が開くアマテラス宙域へと飛行していった。
-ターミナルコロニー アマテラス付近 暗礁地帯-
「アキト…出撃準備ができたわ」
「そうか。装備は頼んだ通りのものか?」
「うん…」
艦長席に座り、無表情なままモニターに映るブラックサレナを見ながらラピスが答える。
ユーチャリスは今、この暗礁地帯で撃墜され、漂流していた物資を回収していた。
彼女を見ていると、自分から突き放してしまったルリのことが頭に浮かぶ。
最初はネルガルからブラックサレナを開発することや北辰との戦いのバックアップと引き換えに与えられた任務で火星の後継者から取り戻したに過ぎなかった。
そして、たった1人で戦うつもりでいたが、恩人であるアキトに懐いてしまったこともあり、そのままなし崩しで彼女と行動を共にしている。
助けに行く前に言われた、『ラピスはもう1人のルリだ』という曉の言葉も、今の彼女を見ているとその通りだと思えてしまう。
モニターに映っているブラックサレナには紫のカブトムシを背負ったかのような大型ユニットが装備されているうえに、更には使い捨てのミサイルポッドをベルトにように巻き付けている。
アマテラスには北辰がいる可能性はある。
だが、偵察の際に見たあのドロスという戦艦を落とさない限りは奴を引っ張り出すことができない。
「行ってくるよ、迎えには曉さん達が来てくれる」
ブリッジを出ようとするアキトだが、急に袖に違和感を感じ、見てみるとそこにはラピスの手があった。
無表情で、モニターを見ているだけのラピスだが、袖をぎゅっと握っていて、放そうとしない。
「…で」
「え?」
「行か…ないで…」
よく見ると、ラピスの手は小刻みに震えている。
このような動作を見せたのは今回が初めてで、さすがのアキトも驚きを隠せない。
だが、もう既にアマテラスでは戦いが始まっている。
このままここにいることはできない。
「必ず帰ってくる、待っていてくれ。ラピス」
「…」
アキトの言葉で何かを感じたのか、ラピスの手が離れ、アキトはブリッジを出る。
たった1人になったラピスの視界にはなぜか数滴の水が浮かんでいた。
機体名:ヴァングレイ重装フルアーマー形態
形式番号:AAMS-P01FA
建造:ナデシコ隊を中心とした混成独立部隊
全高:16.4メートル
全備重量:43.2トン
武装:電磁加速砲「月光」、可変速粒子砲「旋風」×2、試作大型ビームキャノン「一閃」、多連装型ミサイルポッド「鎌鼬」×2、脚部ミサイルポッド×2、肩部大型対艦ミサイルポッド×2、小型シールド、サブアーム×4、空間制圧用機関砲「秋雨」×2、腹部ハイメガキャノン砲
主なパイロット:叢雲総司(メイン)、如月千歳(サブ)
アマテラス攻略のため、ナインの提示したプランを元にフルアーマー化されたもの。
短時間で長距離移動して戦闘エリアへ向かい、戦艦の主砲レベルの火力を誇る「一閃」で長距離から威嚇及び攻撃を行うことをコンセプトに入れている。
また、火星の後継者の複数の機動兵器との戦闘に備え、腰部には「春雨」を小型化した「秋雨」2丁をマウントし、ミサイルポッドも増設されている。
なお、長距離移動の際には大出力ブースターとプロペラントタンクで急行する形となり、仮に強制排除したとしてもヴァングレイ本体のブースターが残っているため、戦闘継続が可能となっている。
他にも弾切れ及びエネルギー切れとなった武装はOSが自動的に強制排除するように調整されており、最終的には全追加装備が強制排除され、通常のヴァングレイに戻ってそのまま戦闘を続行するという構想になっており、最初にそのプランを聞いたソウジからは「最高の使い捨て兵器」と称されている。
腹部のハイメガキャノン砲については装備している資材の都合上、1発しか発射できないという弱点を抱えているが、本機では最大の火力を誇っており、計算上では至近距離から撃ちこむことでドロスを沈めることができるらしい。