-ヤマト 格納庫-
「そうだ!ヴァングレイの装甲は一から張替えだ!万能工作機で作っているから、その間にサブアームと武装の総チェックを急げ!!」
「おい!!ハヤブサのガスが足りねーぞ!どうなってんだ!!」
「とにかくいつ出撃になってもいいように準備だ、準備!何かあってからじゃあ遅いんだぞ!!」
榎本やほかの現場上がりの整備兵たちの怒声が響く中、火星の後継者との戦いで傷ついた戦艦と機動兵器のメンテナンスが急ピッチで行われる。
他の戦艦でもそうだが、特に忙しいのはヤマトで、万能工作機も限界ギリギリの稼働で修理パーツを作り続けている。
どこにいるかもわからない中、榎本主導でとにかく手を動かしている状態だ。
その中で、真田がヴァングレイの露出しているフレームの強度チェックを行う。
「やはりフレームのダメージが大きい。急増品の代償か…」
関節を中心に悲鳴を上げているというべき数字の数々を見た真田はこめかみを抑えた後で、ヴァングレイを見上げた。
ソウジ達の話によると、彼らが所属していたという第三特殊戦略研究所にあったようだが、真田にはとてもこのモビルスーツモドキがそこのものとは思えなかった。
その研究所で行われていたのはあくまでもヘビーガンのような小型モビルスーツによる戦略の構築であり、このような試作機の開発とは無縁の場所だ。
そして、乗る人間のことを考えず、耐久性も低いにもかかわらず、リニアシートと全周囲モニターの採用という矛盾。
(これを作った開発者はどういうつもりなのだ…?まるで知識だけを集めただけの人間のものにしか見えないが…)
「真田副長、第一艦橋へお願いします」
「ああ…今行く」
新見からの通信が聞こえた真田はヴァングレイから離れていく。
ヴァングレイの謎をそのままにするのは惜しいが、今の真田にはやるべきことがある。
-ヤマト 第一艦橋-
「赤い地球…」
モニターに映る、今まで見たことのない異様な地球の光景を艦長席に座る沖田が見つめる。
これは気が付き、モニターが回復したときから見えていた光景だ。
海が干上がり、茶色くなってしまった地球を見たときは絶望を感じずにはいられなかったが、この地球もまた、自分たちの地球と同じく死にかけているようにしか見えない。
もし、この世界に何も予備知識もなしに飛び込んだら大きな混乱が起こっていただろう。
幸いなのはこの世界のことを知る人物と既に出会っていること、そしてその世界のことを説明できる人がいることだ。
ドアが開き、その証言者であるテレサ達が入ってくる。
他にも、別の艦から主要なメンバーも集まってきた。
「この世界…ヤマトにとっては3番目の世界となるか」
「みなさん、お時間を戴きありがとうございます。これより、この世界…私たちの世界である宇宙世紀世界のことをお話しします」
宇宙世紀世界、これは新見の提案によってテレサ達の世界に就けられた仮の名称だ。
なお、便宜上ヤマトのいた世界を新正暦世界、先ほどまでいた世界を西暦世界と呼称することになっている。
「私たちのいる世界…宇宙世紀世界でも、ヤマトの皆さんがいた新正暦世界と同様、1年戦争が起こっていました。今から17年前…宇宙世紀0079です」
テレサや宗介、かなめらが生まれた年、地球から最も離れた宇宙都市サイド3がジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を仕掛けてきた。
アースノイドとスペースノイドの対立についてはソウジ達も歴史で学んでおり、その隔たりが起こったことはどちらも変わりない。
1年戦争のような両者の対立による戦争が起こるのは不思議ではない。
しかし、問題はソロモン攻防戦が行われた12月24日よりも後、そしてそれ以前に起こったことだ。
「まず、1年戦争の2年前…宇宙世紀0077に、インベーダーが地球とスペースコロニーを襲いました」
「流が戦ったという敵性生物か…」
エンゲラトゥスで戦ったメタルビーストが記憶に新しい。
宇宙空間に漂うバクテリアがゲッター線に寄生し、突然変異を繰り返して進化した化け物。
「しかし、赤い海のことを知らなかった彼が宇宙世紀世界から来たとは考えられません」
しかも、仮にそうだとしたら、竜馬の年齢は本当ならば40以上。
竜馬と年齢が合うわけがない。
「それについては、これからの説明を聞いていただくことで納得していただけると思います」
「続けたまえ…テスタロッサ艦長」
「インベーダーに関してはアースノイドにとっても、スペースノイドにとっても脅威となる存在。そのため、地球連邦軍とジオン共和国へと当時は名称を変えていたサイド3をはじめとしたスペースコロニーが共同でインベーダーと戦いました」
その時に印象付けられたのはジオンの異質さだった。
地球連邦軍が従来の大型ロボットと艦隊による戦いを取ったのに対して、ジオン共和国軍が使用したのはヴァッフというモビルスーツ4機による小隊とミノフスキー粒子だ。
モビルスーツの開発は宇宙世紀0071、存在しないはずのコロニーであるダークコロニーに置いて既に始められていた。
ミノフスキー粒子を用いた技術を採用することで、動力用融合炉の小型化と流体パルスシステムを応用した駆動性能の向上を実現。
その結果、宇宙空間での自在な機動性を獲得し、宇宙戦闘用の艦船や誘導兵器を凌駕する機動兵器としての可能性を提示したヴァッフはまさにモビルスーツの兵器としての価値を証明したものと言える。
ジオンが連邦への牽制のため投入した、戦闘データ収集のためなど、切り札といえるそれらをジオンが月面戦争で投入した詳細については諸説ある。
だが、4機のヴァッフは月面戦争で数多くのインベーダーを撃破しており、サイド3ではそのパイロットであるランバ・ラルと黒い三連星が英雄として扱われている。
ただし、ヴァッフが活躍したのは4カ月程度で、その後のジオンはヴァッフもミノフスキー粒子も使用されることなく、連邦と同じ戦術へと回帰している。
それはそれと同時期に起こった曉の蜂起事件という、ジオンの士官学校生徒によってサイド3の連邦軍駐屯基地が制圧された事件の影響があるとされている。
これは地球連邦政府の監視センターがミスを犯したことで隕石がサイド3の食料生産区域に接触した事故が発生したことで、サイド3の住民の怒りが爆発するとともに反連邦機運が再燃、大規模デモが発生し、それを地球連邦政府が治安出動することで制圧しようとしたことが原因だ。
「そして、連邦軍で大きな戦果を挙げたのが…ゲッターロボです。そして、そのパイロットだったのが…流竜馬で、英雄と呼ばれる存在です。ですが…彼は月面戦争終結直後、ゲッター線研究者であった早乙女博士を殺害した容疑で逮捕、収監されています」
「本人は身の潔白を主張しているがな」
早乙女博士殺人事件については目撃者が彼の子である早乙女元気しかおらず、実際のところは彼が殺害したという物的証拠はなく、あったのは状況証拠だけで、アリバイもなかったためにそうなったと言える。
少なくとも、竜馬とかかわりのある古代やソウジは竜馬の主張を信じている。
「そして、その2年後の宇宙世紀0079、ジオン共和国がジオン公国を名乗り、独立戦争を仕掛けました」
そこで、ザクⅡを中心とした量産可能な人型機動兵器であるモビルスーツとミノフスキー粒子を中心とした戦闘によって艦隊と大型ロボット中心の地球連邦軍が駆逐され、ジオン優勢で戦局は傾いたものの、次第に国力の差が響きはじめ、連邦軍が力を取り戻していった。
それについてはどちらの世界の一年戦争でも同じ。
「しかし、ソロモン攻防戦が行われた後、12月25日からが大きく違いがあります。その日、地球で早乙女博士が突如、地球連邦政府に対して反乱を仕掛けてきたのです」
「待ってください。その早乙女博士は殺害されたはずでは…??なんでこのタイミングに…」
「のちに判明するのですが、彼はインベーダーに寄生されていたのです」
「寄生…??」
「インベーダーは無機、有機問わずに周囲の物質を取り込むことができる性質を持っています。その能力によって、早乙女博士はインベーダーに…」
インベーダーに寄生されてしまったのは早乙女博士だけではない。
彼と共にゲッター線の研究を行っていたコーウェン博士とスティンガー博士もインベーダーに寄生されたことで人格が変わり、彼らの尖兵へと変貌してしまった。
「連邦軍は宇宙に戦力を回している分、早乙女博士への対応が後手に回り、やむなく流竜馬を釈放し、事態の収束を託しました。彼は単独でゲッターロボを駆り、早乙女博士が率いる量産型ゲッターロボといえるゲッターロボG軍団と戦いました。そして、その過程でインベーダーが地球に出現したことが判明したのです。事態を重く見たジャブローの地球連邦高官は早期解決のため、インベーダーの集結地点となっていた早乙女博士の研究所に陽電子ミサイルを撃ち込んだのです。そして…陽電子ミサイル着弾とほぼ同時に、地球をセカンドインパクトと呼ばれる未曾有の大災害が襲ったのです」
「セカンドインパクト…」
「月誕生の契機となった過去の隕石衝突になぞらえて、セカンドの名がつけられた大爆発です。原因は現在も不明ですが、それによって地球には多くの影響が残りました」
「その1つがあの赤い海…ですね」
「はい、海は赤く染まり、海洋生物が絶滅。更にはその爆発による津波などによって南極大陸は消滅。当時の地球の総人口の半数が失われました。また、日本に向けて発射された陽電子ミサイルはセカンドインパクトの影響で起こったと思われる次元震によって消滅しましたが…それは早乙女博士の研究所に貯蔵されていた大量のゲッター線を地球各地に拡散させ、局地的ながら多くの被害を与える結果になりました。そして、記録上ではそこから流竜馬氏が行方不明になっています」
「なるほど…ということは、流は17年前、セカンドインパクトが起こる前に我々の世界に転移したということか」
転移のタイムラグの原因は分からないが、少なくともこれで竜馬がこの世界の住人であることだけは合点がつく。
問題なのは、竜馬だけにそれが起こった理由だ。
宗介やジュドー達についてはタイムラグがほとんどないと言ってもいい。
転移した世界が違うのが原因か、それともセカンドインパクトや陽電子ミサイルの影響が大きいのか、謎が深まるばかりだ。
「それで、ゲッター線というのは?」
スメラギが気になるのはゲッター線そのものだ。
ゲッター1のエネルギー源となり、インベーダーが寄生し、おまけに竜馬曰く3つの世界すべてに存在するゲッター線。
エネルギーの一言では片づけられない何か大きなものと感じずにはいられない。
「ゲッター線は宇宙線の一種です。しかし、大きな違いは生命体を進化させることにあります。ゲッターロボのように、エネルギーとしても使用できますが、過剰に照射すれば生命体や環境を破壊するものとなりえます。もっとも、そのゲッター線の第一人者である早乙女博士が死亡したことで、その研究は停滞しましたが…」
月面戦争におけるゲッターロボの活躍は地球連邦軍では伝説となっており、一年戦争中はモビルスーツよりも量産型のゲッターロボを望む声もあったという。
だが、その量産計画は皮肉にも早乙女博士独力で実現し、その力は反乱という形で実現することになった。
そして、ゲッター線による地球汚染も手伝い、ゲッターロボ及びゲッター線は一部を除いてタブー視されている。
現在もゲッター線の研究は細々とだが、継続している。
もっとも、ゲッターロボの動力源であるゲッター炉心を作れるのは早乙女博士だけで、それを作ることさえできないのが現状だ。
「セカンドインパクトとゲッター線による汚染…地球が壊滅的な被害を受けたとなれば、一年戦争は…」
「戦争継続が不可能となりました。そのため、ア・バオア・クー攻防戦が始まることなく、和平が結ばれたのです」
地球圏そのものの掌握を考えていたはずの当時の総帥であるギレンがそれを応じたのも、壊滅的な被害を受けた地球に対して興味を失ったこと、そして政治的に対立するキシリアをけん制するため、余力を残したかったためと推測される。
和平交渉が行われたのがサイド6であったことから、この世界での一年戦争終戦協定はサイド6条約と言われている。
内容は以下の通りだ。
●地球連邦政府はジオン公国の独立を認める。
●地球連邦及びジオン公国双方の戦争責任の免責
●地球連邦軍のソロモン宙域からの撤退及びサイド5宙域のDMZ化
●地球に残存するジオン公国軍の撤退
ジオンにとっては独立を勝ち取った、実質的勝利を認めるような内容に、反レビル派を中心に反発する動きがあったものの、地球が受けた被害とそこからの復興を果たすためには戦争を続けるわけにはいかないとレビル将軍が断行した。
その結果として、レビル派の勢いが衰えることとなった。
なお、独立を果たしたジオンもそれを手放しで喜ぶことができたかと言えば、そうとは言えなかった。
「サイド6条約が結ばれた3年後の宇宙世紀0083、デラーズ紛争が起こりました」
「デラーズ紛争…我々の世界にも同じ名前の事件が起こっている。ジオン残党軍の一派であるデラーズ・フリートのテロによってコンペイトウで行われていた観艦式に出席している艦隊が壊滅し、その直後に起こったコロニー落としによって、北米の穀倉地帯が大きな被害を受けたが…」
「名称は同じですが、その内容は全く異なる物です。事の発端はその年にデギン公王が亡くなったことです」
政治から身を引いていたデギンだが、それでも彼の存在は対立するギレンとキシリアが最後の一線を越えない重しとして機能していた。
だが、高齢には勝てず、その年のデギンは病没し、ギレンとキリシアの対立が表面化することとなった。
ギレンは国民からも軍人からも多大な支持を得ているカリスマであるのに対して、キシリアはザビ家の中でも数多くの汚れ仕事を引き受けている立場であり、あらゆる面でギレンに劣っていたものの、フラナガン機関を手中に収めており、懐刀として自らが直轄する元特別競合部隊であるマルコシアス隊やカウンター・ニュータイプ部隊とも称されるエース部隊であるキマイラ隊の存在もあり、ギレンにとっては倒せはするものの戦っては多くの被害を出す可能性を否定できなかった。
そのため、終戦後の3年間のジオンはギレンとキシリアによる冷戦状態であったともいえる。
だが、デギンの死によって最初の引き金が引かれることになる。
彼の国葬が行われた日の演説中、ギレンが急死した。
奇しくもそれはジオン・ダイクンとよく似た死に方だった。
それにより、父デギンと兄ギレンの後継としてキリシアが名乗りを上げ、総帥となった。
それに怒ったジオン公国中将であり、ア・バオア・クー統一軍総帥直属艦隊司令であるエギーユ・デラーズがキシリアがギレンを暗殺し、実権を奪った逆賊であるとげきを飛ばし、ギレン派の士官たちを束ねてキシリアに宣戦布告、これによるサイド3の内部抗争であるデラーズ紛争が幕を開けることとなった。
「戦いそのものは本国を掌握していたキシリア派が勝利しました。しかし、デラーズ・フリートが運用していた大型モビルアーマー、ノイエ・ジールが艦隊指揮を執るグワジンに特攻、乗艦していたキシリア・ザビが戦死し、ザビ家が自滅する結果となったのです」
ザビ家の主だった人物の死により、ザビ家に残ったのはソロモン攻防戦で壮絶な戦死を遂げたドズル・ザビの妻であるゼナ・ザビとその娘であるミネバ・ラオ・ザビのみであり、ミネバは当時3歳の少女であり、ゼナにも実権はない。
そのことからジオン公国はなし崩しで共和制へと移行することとなり、ゼナとミネバはそれに前後するかのように消息を絶った。
内部抗争によってジオンは疲弊したものの、それでも地球復興に忙殺される地球連邦と比較すると余力が残り、更には力を蓄える時間ができてしまった。
「そして、一年戦争から15年後…地球復権を訴える連邦軍のエリート部隊であるティターンズがコロニーに対する強硬策を実施し、それに伴い地球連邦軍内の内戦ともいえるグリプス戦役が起こり、更にはネオ・ジオンと改称したジオン共和国とのネオ・ジオン抗争が起こりました。最初の指導者はハマーン・カーンでしたが、そのハマーンが倒れると、シャア・アズナブルが指導者となって戦争は継続したのです」
「同様の戦いは我々の世界でも起こっている…だが、これほど違うとは…」
特にデラーズ紛争はあまりにも内容がかけ離れており、同じ名称の紛争とは思えない。
おまけにネオ・ジオン抗争については第一次と第二次で別れておらず、期間も離れていない。
「ネオ・ジオンとの戦いは圧倒的に連邦側が不利という状況でしたが、ガンダムを中心とした特殊部隊による一点突破によって指導者を討ち、形としては連邦軍の勝利に終わりました」
「そのような結末では、ネオ・ジオンの国力は維持されたまま…つまり、再び戦いが起こるということか」
赤い海やセカンドインパクトで崩壊した都市の大部分は復興が完了しておらず、連邦が疲弊している状況。
そして、ネオ・ジオンは国力が残っており、再びシャアやハマーンのような指導者が現れれば再び戦いを起こす腹積もりであり、それがあるからこそ連邦も和平交渉の際にネオ・ジオン側にある程度譲歩せざるを得ない形となり、それが対外的に地球連邦政府の弱体化を証明することになる。
また、ネオ・ジオンは正式に独立していること、ギレンがいなくなったことでこれ以上の戦争を起こさないのではという声があった。
だが、ギレンの影響力は死後も大きく残り、特にスペースノイドを優良人種とする思想はその後のネオ・ジオンの戦いをジオン公国独立のためからスペースノイド独立のための戦いへと変貌させていった。
「その通りです。アフリカや東南アジアを中心に地球上でも戦いが起こっています。そして、ネオ・ジオンは地球連邦に対して、再び大きな戦いを起こそうとしているのです…。消息を絶ったシャア・アズナブルの名のもとに」
「我々の世界では、アムロ・レイとシャア・アズナブルは行方不明となり、いまだに2人の遺体すら発見できていない状態ですが…」
「アムロ大尉は西暦世界に転移して、健在でした。でしたら、シャア・アズナブルが健在だったとしても、不思議ではありません」
「生きていたシャア・アズナブル…か…」
沖田もたまに、もしもアムロとシャアが生きて再び表舞台に姿を見せていたらと思ってしまうことがある。
100年前のアースノイドとスペースノイドによる戦いはまさに地球を崩壊させる一歩手前までもっていってしまった。
その主要人物といえる2人がいなくなったことはその戦争の時代の終焉を象徴するものだった。
だが、この平行世界では少なくともアムロは生きてここにいる。
そして、シャアももしかしたら健在の可能性がある。
皮肉にも、2人の英雄が生きていることがこの混乱を継続させているのかもしれない。
2人が望む、望まぬ関係なしに。
「しかし、もしかしたら我々の世界の謎の一つがこちらの世界で解明されるかもしれませんね」
「どういうことですか?」
「実は…事故なのか意図的なものなのかは不明ですが、第二次ネオ・ジオン抗争から10年間の情報の多くが後世に伝わっていないのです」
「我々にとっては100年以上前の出来事ではあるからな。一部の歴史学者以外は、さしたる意味もないうえに今ではなくなったはずの地球とコロニーの軋轢を蒸し返す可能性もある。今となっては追及する者もいるまい」
その意味で、この空白の十年の存在を重くしたのは木星戦役と呼べるかもしれない。
木星まで居住地を広げたものの、厳格な身分制度と配給制度を敷かなければ立ち行かないほど困窮した地域であり、コロニーに住み始めた時代と似た様子であった。
いや、コロニーの場合はまだある程度地球から資源の供給を受けることができたからよかったかもしれない。
木星の場合は地球からかなり離れており、そうした支援をろくに受けることができなかった。
その結果、クラックス・ドゥガチが木星帝国を立ち上げ、地球を核ミサイルで焼こうとした。
一年戦争のようなアースノイドとスペースノイドの戦争が繰り返された形となった。
それゆえに、暗黙の了解としてこの空白の10年は今ではろくに解明されなくなっている。
「その10年の間にネオ・ジオン残党が何らかの活動をしたこと、そしてその後に大きなテロ事件が起こったことは確かですけど…」
「そうなんですか…」
テレサにとっては平行世界で、未来ともいえるかもしれない新正暦世界で起こったことは今自分たちの世界で起こっていることとよく似ていた。
自分たちの世界は地球が壊滅的な被害を受け、連邦軍が後手に回っている状態。
それに対して、新正暦世界はまだ幸せなのかもしれない。
もっとも、今では地球が干上がり、コスモリバースがなければ1年足らずで滅亡するため、そんなことは口が裂けても言えない。
(新見君…)
新見のそばによって真田が耳打ちする。
彼女の発言の中にあったテロ事件のことがあったのだろう、彼の視線が一瞬、ハサウェイにも向けていた。
(分かっています。マフティーの件についてはこの場で話すつもりはありません)
空白の10年の最後に起こったその事件は1年戦争から続く大規模な反地球連邦活動の最後として印象付けられている。
教科書にも、その首謀者であるマフティー・ナビーユ・エリンとその正体と言えるハサウェイの名前が載っている。
彼の最後の作戦であるアデレート急襲作戦の前日に送った犯行声明は今でも記録として残っている。
ヤマトのデータバンクの中にもあるが、今は新見と真田の手でアクセス制限をかけている。
「この世界はジオンが国としてはっきりと残り、それが連邦を打倒しつつあるということか…」
「ですが、コロニーもまた地球無しでは維持できないのも現実です。実際に、1年戦争後はコロニーが相対的に力を伸ばしているとはいえ、資源の不足が課題となっていますから」
空気や水などが貴重なコロニーでは、極力それらを再生産する体制になっているが、それでも限界があり、地球から輸入する必要がある。
しかし、セカンドインパクトとゲッター汚染によって地球もまた、それを行う余裕をなくしていた。
そのため、コロニーでは環境維持のために高額な光熱費や環境税を敷くことも少なくなく、それが経済不安やコロニー住民の疲弊を招くことになっている。
コロニーに住んでいるとはいえ、完全に地球とのへその緒を斬ることはできない。
地球という母親から人類が出産するのはずっと先のことかもしれない。
「そして、今のこの状況はもはや戦争ではありません。すべての根源である一年戦争は地球連邦からの独立戦争であり、その戦いは地球連邦が優勢でした。コロニーが独立したという前例ができたとはいえ、それでも地球を憎悪する動きもあります。今の戦争は一年戦争、強いて言えばそれまであったコロニーの地球への憎しみを晴らすためという側面もあります」
「悲しい話ね…」
憎しみを晴らすための戦い、それを実際に見ていたスメラギは瞳を潤ませ、キラもまた顔を下に向ける。
ナチュラルとコーディネイターによる憎しみあいと、それに伴う最終戦争一歩手前の虐殺。
ブルーコスモスによるプラントへの核攻撃やザフトによるジェネシスでの地球への直接攻撃作戦。
それらもまた、この世界で起こっている戦争とよく似ている。
どちらかが完全に滅ぶしか道がないと思い込んでいる。
「そして今、地球とネオ・ジオンの戦いは最後の時を迎えようとしています。アクシズ落としが失敗し、ネオ・ジオンはより直接的な方法、つまり圧倒的な武力によって地球を制圧しようとしているのです」
ミスリルの諜報部が手にしたジオンの作戦コードであるオペレーション・ヨークタウン。
かつて、アメリカが独立戦争を起こし、独立を決定づけた戦いの名前が入ったそれはまさにスペースノイドの完全なる独立を成し遂げるにふさわしい名前だろう。
「一年戦争から17年…その間に膨れ上がった憎しみは市民をも巻き込む殲滅戦という形に変わりました」
「我々の世界の木星帝国と同じか…」
「我々ミスリルは元々、地域紛争を未然に防ぐための私設武装組織ですが、ネオ・ジオンの無差別ともいえる攻撃を止めるため、現在は地球連邦に…ロンド・ベルに協力すると決めたのです」
「敗北必至の戦いに乗ったの?」
テレサの話を聞いたスメラギにはとても連邦が逆転する兆しが見えない。
ミスリルの規模については詳しくは知らないが、私設武装組織という性質から大規模なものとは言えないだろう。
助け舟を出したところで、連邦諸共ジオンに滅ぼされる可能性が高い。
「負けるつもりで、戦っているわけではありませんから」
スメラギの危惧はテレサも分かっている。
だが、彼女自身もこの状況をよしとはしておらず、ほんのわずかでも可能性があるならそこを目指す。
その先にこの戦いを終わらせる未来があると信じている。
「理解できるわ、その気持ち」
テレサの言葉、そして決心した眼を見て安心したスメラギは笑顔を見せる。
「赤い地球は人類同士での戦争で死にかけている…」
「感情的な対立が長い年月をかけて憎しみへと変わり、それを晴らす手段がある今、もはや戦争と呼べぬ状況に陥っているか…」
「ですが、地球連邦にも非があります。スペースノイドへの弾圧やティターンズのようなスペースノイド殲滅思想は認められないものです」
「そういえば、気になったのですが、ロンド・ベルというのはどのような部隊なのですか?」
「ロンド・ベルはシャア、そしてハマーンを討った特殊部隊を母体とした地球連邦軍の外部独立部隊で、余計な犠牲や市民への被害を出さずに戦争を早期収束させるための活動をしています。アムロ大尉やジュドーさん、ハサウェイさん達もそこの所属です」
「憎しみのぶつけ合いの中にも、理性を忘れない人間がいる…希望は残されているか」
そのわずかな希望が流れを変える、事態を好転させるきっかけになることは歴史が証明している。
しかし、それはわずかな例であり、多くは大勢によって押しつぶされていく。
果たしてこの世界のロンド・ベルがどちらになるかは沖田にもわからない。
「ですが、地球連邦はロンド・ベルの存在を良しとしていないところがあります。独立部隊として権限を与え過ぎた…ロンド・ベルはネオ・ジオン殲滅に積極的ではないと…」
ロンド・ベルはメディアではネオ・ジオンから地球を救った英雄部隊として語られており、特に記憶に新しいのがアクシズ落としを防いだことで、それが地球市民からのロンド・ベル支持の世論を決定的なものとした。
それはロンド・ベルそのものが独自で動いた結果であり、悪い言い方をすると地球連邦上層部に従わない異端児ともいえる。
戦果を挙げていること、実際に司令部を倒していることから大っぴらに批判することができない。
だが、これまでのロンド・ベルの地球連邦の意に反する行動は目に余るものがあるのは確か。
「ですので、地球連邦としてはロンド・ベルの戦力を接収しようとしている動きもあります」
ロンド・ベル設立の際にジョン・バウアーという地球連邦政府議員がかかわっており、発言力を持っていることから彼が抑えてくれているのが現状だが、閣議決定を覆すだけの力を持っているわけではない。
仮に閣議決定でロンド・ベル解体が決まれば、彼にできることは時間稼ぎくらいだろう。
彼はアムロやロンド・ベル司令であるブライト・ノアのファンであると同時に、彼らの平和的解決への理念に共感してくれている。
「今後の行動を考えるとしたら…」
「艦長、ダナンからです」
テレサの発言に割り込んだマデューカスがダナンから受け取った暗号文が書かれた紙をテレサに見せる。
それを呼んだテレサの目が大きく開く。
「この付近で、連邦とネオ・ジオンが交戦しています。そして、その両軍が謎の部隊の攻撃を受けていると」
「謎の部隊…」
「映像も送られてきています。出してください!」
新見がコンソールを動かし、モニターに送られてきた映像を表示する。
それを見た瞬間、沖田達に衝撃が走る。
何もない場所から突然出てくる緑色の戦艦、そこから出撃する戦闘機。
そして、戦艦が放つビームによって沈められていく連邦とネオ・ジオンの戦艦とモビルスーツ。
「艦長!これは…」
「この映像を見る限り、間違いない…。ガミラスだ、ガミラスがこの世界にいる!!」
-衛星軌道上 ラプラス宙域-
「くそ!何なんだ、あのアンノウンたちは!!」
かつての宇宙ステーション首相官邸の残骸に隠れたジェガンのパイロットが周囲に浮かぶ母艦であるクラップや仲間のジェガンの残骸を見て、手を震わせる。
士官学校卒業後はテンプレ通りに地球連邦軍に入隊し、2年前のグリプス戦役からモビルスーツパイロットとして戦いに参加し、最近起きたアクシズ落としでも生き残ることができた。
エゥーゴにもティターンズにもロンド・ベルにも加入しているわけではない平凡な軍人だと彼は自覚していた。
最も、完全に平凡なパイロットも人間も、もうこの世界に存在するとは思えないが。
ここに来たのはネオ・ジオンのHLV降下を阻止するため。
実際に彼と彼の所属する部隊がここへ向かい、ネオ・ジオンと交戦するはずだった。
しかし、今彼が戦っているのはティターンズでもネオ・ジオンでもない。
突然現れた戦闘機と戦艦、それらの奇襲攻撃によって仲間たちがネオ・ジオン諸共殲滅されてしまった。
「隊長!隊長!応答してください、隊長!フォレスト!!生きているのか、フォレスト!!」
頼ることのできる彼と母艦に、もうこの世にいない存在と通信をつなげようとする。
隊長が最後に言った、『逃げろ』という言葉が脳裏によみがえる。
「なんだよ…なんだっていうんだよ…これ!!死ぬのか、俺は…」
(天国って本当にあると思う?)
不意に、幼馴染の言っていた言葉を思い出す。
小学生の時、コロニー落としによって海となったシドニーを目の前に、彼女からそんな質問をされた。
そんなものはない、少年だった彼はそう答えた。
その考えは今でも変わらない。
コロニー落としによって、善人も悪人も区別なく殺された。
彼や幼馴染の家族さえも。
もし本当に神がいて、一年戦争もその御意思だって言うなら、それはとんでもない殺人狂だ。
セカンドインパクトとゲッター汚染で地球をズタズタにして、それが神の試練だというならふざけるなと言いたいくらいだ。
そして、今は神の御業なのか、こんな正体不明な部隊によって殺されようとしている。
まるで、これまで必死に生きてきた自分をあざ笑うかのように。
体中から嫌な汗が出ているのを感じながら、彼は左手首につけているお守りのペンダントを見る。
3人で分け合い、絆の証とした。
「死に…たくない。死にたくない!!」
容赦なく襲うであろう死が恐ろしく、涙が浮かぶ。
この作戦が終われば、短期間であるが休暇が約束されており、そこで彼女と、そしてもう1人の幼馴染と会う約束を交わしている。
そこで、ずっと彼女に言えなかったことを言いたい。
それを言う前に死ぬのは嫌だった。
だが、推進剤残り僅かでライフルを失い、武装はバルカンのみの今の自分に何ができる?
そんな逡巡を続ける中で、一発の黄色いビームがジェガンをかすめる。
「うわああ!見つかった…!?」
ラプラスの残骸があるからという油断があったのか、目の前にいるバタラの存在に気付くことができなかった。
ライフルを向ける敵機にバルカンを放つ。
幸運にも弾丸の数発がライフルに命中し、相手がそれを手放すと同時に爆発する。
だが、それはささやかな抵抗にすぎず、今度はビームサーベルを抜いてこちらに近づいてくる。
続けてバルカンを撃とうとするが、既に弾切れとなっていた。
「あ、あ、あああ!!」
迫るバタラに対して、もう悲鳴を上げるしかなかった。
だが、こちらを殺そうとするバタラは突然真上から飛んできたビームで撃ち抜かれ、爆散する。
「…え??」
「そこのジェガンのパイロット、無事か!?」
降りてきたモビルスーツが接触回線を開く。
モニターにはそのモビルスーツのパイロット、行方不明のはずのニュータイプの姿があった。
「ロンド・ベル…アムロ・レイ大尉…??」
「良く生きていたな。君は…?」
「お、俺は…ブハァ!!」
思わず胃の中の物を思い切り口から出してしまい、バイザーが薄黄色く汚れる。
口元にべたつき、視界をふさぐそれに嫌がり、彼はコックピットに酸素を充満させる。
ヘルメットを脱ぐと同時に、水滴のようにそれはダクトへと飛んでいく。
「す、すみません…」
「気にするな、生きている証拠だ。君の名前は?」
「お、俺は…フォレスト所属、ヨナ・バシュタ少尉であります。アムロ…大尉」
機体名:ジェガン
形式番号:RGM-89
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:20.4メートル
全備重量:47.3トン
武装:バルカン砲、シールド(ミサイルランチャー内蔵)、ビームサーベル、ハンドグレネード(左腰にマウント)、ビームライフル、ハイパーバズーカ、ビームランス内蔵型ビームライフル、90mmショートマシンガン
主なパイロット:無し
新正暦世界、及び宇宙世紀世界の地球連邦軍が運用するモビルスーツ。
新正暦世界のそれは110年前のシャアの反乱以降、宇宙世紀世界では1年前から運用が開始されている。
これまで開発されたジムシリーズやエゥーゴが運用していた量産型モビルスーツ、ネモ、更にはガンダムMk-Ⅱを参考としており、装甲はガンダニウム合金並みの頑丈さ、運動性や機動性についてはジムシリーズを上回っており、宇宙世紀を代表する、量産型モビルスーツの大傑作といっても過言ではない。
それ故か、もしくは空白の10年以降の戦乱のある程度収まった時代故か、ガミラスとの戦争の頃まで新正暦世界では運用されており、ヤマト航空隊パイロットのほぼ全員が実際に操縦した経験があるようだ。
なお、宇宙世紀世界のそれは最初からアームレイカーではなく通常のコントロールレバーでの運用がされており、性能についてもジャベリンに匹敵するものと思われる。