スーパーロボット大戦V-希望を繋ぐ者   作:ナタタク

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第70話 楽園

-ミスルギ空港-

始祖連合国の盟主に位置する大国、ミスルギ皇国において、唯一始祖連合国以外の航空機の受け入れを行っているミスルギ空港。

マナによって形成された光信号による誘導を受けつつ、民間の輸送機が着陸する。

輸送機の周辺には作業員たちが集まり、操縦席から降りてきたのはいかにも輸送業者というべき紺色のツナギ姿をした男で、サングラスで目を隠している。

「時間ぴったりだな、ええっと…輸送物は作業用モビルスーツ…。念のため、見せてもらうぞ」

21世紀ごろのイギリスの軍服と軍帽のようなデザインの服装をした兵士がやってきてそういった後で、輸送機のハッチが開く。

そこから出てきたのはオンボロのゾノやグーン、アンフといったモビルスーツだった。

パイロットが乗っている状態で、動いている様子はあるもののツギハギでとりあえず修繕したという感覚はぬぐえず、そんなものがよく動くなと兵士は感心してしまう。

「ひどいありさまだな…。こんなのをよく納品しようと思ったな」

「こんなものでも、作業用としてなら使える。実際、外の世界でも需要があるから、こっちも助かってる」

2度のわたる大戦により、数多くの機動兵器が戦場で撃破されていった。

それらの機体はジャンク屋たちによって回収されることもあるが、改修しきれずに戦場に放置されたものも数多く存在する。

現在はレイスタのような民間への売却を前提としたモビルスーツがあるとはいえ、そうしたものを個人で購入できるような財力を持つ人物は限られている。

それでも作業用としてどうしてもモビルスーツが求められる場合、こうした戦場に放置された機体を手に入れ、とりあえず作業で使うのであれば問題ないレベルで修繕すれば、少なくともレイスタよりも安価で手に入る。

現に、この業者のようにそんなモビルスーツを安い原価で手に入れ、工場などに売って収益を上げている業者はこの世界では珍しくない。

「わかっていると思うが、これは…」

「言うな言うな、頼まれてってこんな機体、戦闘じゃ使わないよ。それに、そんなのなくても、我が国は困らないからな。ええっと、国籍と企業、それから名前を」

「ああ…日本国籍企業、旋風寺運送のアレックス・ディノだ」

 

-ミスルギ皇国 ビジネスホテル-

搬入を終え、ビジネスホテルに入ったアレックスはようやく着慣れないツナギを脱ぎ捨てる。

そして、トランクに入っている紺色のコートとスラックス、そして赤いネクタイを身に着けると、一緒に入っているノートパソコンを開き、手にしているタブレット型端末とテザリングする。

「こちらアレックス、C0聞こえるか」

(…聞こえます。無事に入国できましたね)

「旋風寺コンツェルンとターミナルに感謝だな」

サングラスを外したアレックス、改めアスラン・ザラは左腕につけている腕時計型端末に目を向ける。

ノーマを取り締まる始祖連合国だが、外部の人々を無条件に入れないというわけではない。

先ほどのようにビジネスで始祖連合国にやってくる人間もおり、審査はかなり厳しいが、クリアすることで入国は認められる。

ただし、取り締まるべきノーマと区別するためにこの腕時計をつけることを義務付けられており、仮にそれが破損したり紛失したりすると、たとえノーマと誤認されて連行されたとしても始祖連合国は何ら責任を取らず、たとえ連行されなかったとしても多額の罰金の支払いを余儀なくされる。

念のためにパソコンと端末を有線接続して通信相手であるメイリンが中身を調べていく。

やはりというべきか発信機などの監視する機能はその端末には目白押しといえた。

「…問題ありません。中身を書き換えますので、しばらくそのままで」

「わかった。それにしても…」

「どうしました?」

「いや…あまりにも、平然としすぎていると思ってな」

翌日にはシルヴィアの処刑が行われると発表されているにもかかわらず、ここに来るまでの間そのことについて全くと言っていいほど話題になっていない。

ここに来る途中に新聞を購入して、そこにも明日の処刑についてニュースになっているにも関わらずだ。

それがアスランには不気味に感じられた。

「書き換え終わりました」

「ありがとう、メイリン」

腕時計をつけなおし、改めてアスランは頭の中でこれからの動きを整理する。

入国したアスランのやることはミスルギ皇国の皇居に侵入してシルヴィアの身柄を確保すること。

メイリンのサポートもあるとはいえ、単独での潜入は危険だが、スメラギ曰く、アスランは諜報員としての適性があるということでこの作戦が行われることになった。

無論、アンジュの妹だからこのような救出作戦を行っているというだけではない。

先日、火星の後継者に協力した始祖連合国の自動操縦の機動兵器の集団。

その真意を突き止めるためにも、幼いとはいえ皇族であるシルヴィアは重要な存在となる。

うまくいけば、皇居内にある機密情報を入手し、それを解析することで真実に近づくこともできる。

ただ、事前情報はあったとはいえ、他国の人間の監視にマナを使わないことには違和感を感じた。

(マナを使えない人間の監視は機械技術で十分、ということか…)

「アスランさん…?」

「いや、なんでもない。これから潜入を行う。通信コードは手はず通りに」

「了解、気を付けて」

通信を終えたアスランはホテルを後にする。

そして、皇宮へと歩を進めた。

 

-アルゼナル 格納庫-

「アンジュリーゼ様、お待ちしておりました」

「モモカ…」

ノーマルスーツ姿で格納庫にやってきたアンジュをさも当たり前のように迎えるモモカ。

既にヴィルキスは発進準備を整えており、アンジュのバイオメトリクス認証を待つだけとなっている。

「行かれるんですよね?ミスルギ皇国。このモモカもお供いたします」

「お見通しってわけね」

「はい…アンジュリーゼ様がシルヴィア様の危機を放っておくわけがありませんから」

アスランによる潜入が行われていることはアンジュも知っていて、ジルからはアンジュに対して動くなと命令されている。

アスランが信用できることはわかるが、それでも妹の命を他人に預けることは姉としてのプライドが許さない。

脳裏に浮かぶのはシルヴィアとの温かい思い出の日々。

だが、その思い出の中には汚点もある。

それは、決してシルヴィアに対して償いきれないもの。

「私は…あの子の自由を奪ってしまった」

幼少期に一緒に馬に乗り、在りし日の両親と兄であるジュリオとともに走っていた時のことだ。

怖がるシルヴィアのためにアンジュが自分の後ろに乗せて、一緒に走っていた。

だが、その際に落馬事故を起こし、アンジュは軽傷で済んだものの、シルヴィアは脊髄にダメージを負ってしまった。

マナを使った賢明な治療の甲斐なく、シルヴィアは一生歩けない体になってしまった。

あの時の後悔と背負った十字架は決して降ろすことができない。

たとえシルヴィアがそのことに対してアンジュを一度も責めることはなかったとしても。

「あれは…不幸な事故でした。決して、アンジュリーゼ様のせいでは…」

「でも、あの子の自由を奪った事実は変わらない。そして、私がノーマだったせいで、今度は足だけじゃなくて命まで奪われようとしている…。これ以上、シルヴィアのものは何も奪わせない。何も…」

「くさい芝居をしてんじゃねえよ」

「あんた…」

「こんばんは、イタ姫。こんな夜更けにお散歩かい?」

何をしようとしているのかは全部わかっているといわんばかりにニヤニヤ笑うヒルダをアンジュはにらむ。

「あのな、アルゼナルじゃこういうの…脱走っていうんだよ」

脱走しようとするノーマを捕らえた場合、没収される彼女の財産の一部を報酬として受け取ることができる。

モモカの購入やゾーラの墓の代金に関する借金はすべて完済し、ヴィルキスのパイロットとして成果を上げ続けている今のアンジュの財産であれば、たとえロザリーやクリスと山分けしても問題ないほどだ。

そのことはアンジュも分かっていて、ロザリーやクリスはともかく、ヒルダであれば動きかねないことも感じている。

「ヒルダ…私を止める気なら、殺してでも通る」

銃を抜き、銃口をヒルダに額に向ける。

少しでも変な真似をしたなら撃つ。

そういう心づもりだということは、銃口を向けられるヒルダも分かっている。

だが、それだけの覚悟があるというならむしろ安心する。

「早まるなよ、同時に二人が脱走したほうが追っ手も割れて、都合がいいんじゃないか?」

「え…?」

「私もアルゼナルを抜けるんだよ。あんたが妹を助けたいと思っているように、私にも会いたい人がいる」

ヒルダからのまさかの提案にアンジュもモモカもあっけにとられていた。

アルゼナルでの生活が長いヒルダにはロザリーとクリスがいて、こんな脱走をしたというなら、2人との関係が破綻する可能性もある。

そのリスクを背負ってまで協力するというヒルダの目はうそを言っていない。

なぜかアンジュにはそう思えた。

「会いたい人は…?」

「母さんだよ」

「…分かったわ、ヒルダ。ここは協力しましょう」

アルゼナルに機体を戻す前、トレミーでパラメイルの整備と補給はすべて完了している。

アルゼナルでの整備では、逃亡防止のために必要最低限しか推進剤は補給されないのが常だが、わざわざ燃料を不要な分抜くような暇はここの整備士たちにはない。

既に計算も済ませており、搭載されている推進剤とスピードであれば、夜明け前にミスルギ皇国に到着することができる。

「モモカ、お前はマナでハッチを開けろ。それなら、キーがなくてもなんとかなるはずだろ?」

「は、はい!!」

モモカがハッチに向けて走る中、ヒルダはグレイブに乗り込む。

「最初で最後の共同戦線だな…イタ姫」

「…」

何か言い返してくることを期待していたヒルダだが、コックピットの通信機からは何も返事が来ない。

どうしたのか気になり、ヴィルキスを見るとコックピットにいるアンジュは笑みを見せていた。

「何がおかしいんだよ?」

「お母さんに会えるといいね、ヒルダ。お先に」

開くと同時にヴィルキスが動き出し、大急ぎで飛び乗ったモモカの安全を確認した後で飛び立っていく。

「…ああ。成功を祈ってるぜ。…アンジュ」

いつものアンジュとは思えない言葉に戸惑いを覚えながらも、ヒルダもアンジュらとは別の方向へと飛んで行った。

 

-ミスルギ皇国 鳳凰院-

歴代ミスルギ皇国皇族の皇宮から離れた場所にある鳳凰院。

かつて、アンジュが学び舎としていた場所に真夜中、ヴィルキスが姿を現し、降り立つ。

そして、エアバイクの格納庫へと向かう。

「表面上は変わってないわね…ミスルギ皇国…」

「アンジュリーゼ様が去られた後、ジュリオ様が新たな皇帝になられました」

(じゃあ…シルヴィアの処刑を決めたのはジュリオお兄様なの…?)

ノーマであった自分を隠蔽したことはたとえ皇帝であっても許されないことから、ジュライを処刑したことについては認めたくはないものの理解できる。

下手に中途半端な裁きを下した場合、ミスルギ皇国の始祖連合国内での立場を大きく失うことになりかねない。

だが、主犯格といえるジュライはともかく、シルヴィアを処刑する意味がわからない。

アンジュと関係がよかったというだけでは、とても処刑するには不十分だ。

「それにしても、すごいですね。ヴィルキスの跳躍は」

「自分でも驚いているわ。まさか、一瞬でここまで来れるなんて。もっとも、シルヴィアのことがなかったら、ここに来ることは二度となかったと思うけど…」

「アンジュリーゼ様…」

その想定外がなければ、おそらくはここを逃げ出すだけの推進剤がなく、ヴィルキスを捨てるしかなかったかもしれない。

その存在もあり、跳躍でここに来るタイミングをずらすためにも夜を待たなければならなかったが。

「ヴィルキスはここに隠すわ。皇宮には徒歩で行く。運が良ければ、潜入を開始しているアスランと会えるかも」

その時に何を言われるかはわからないが、何を言おうと突っぱねる。

それに、アスランには言っていないが、皇族専用の隠し通路をアンジュは知っており、それを使えば簡単に入れる。

ロックに関してはモモカを頼れば問題ない。

「誰か、いるの!?」

アンジュにとっては聞き覚えのある声が聞こえてくる。

エアバイクに紛れるようにヴィルキスを隠しているが、格納庫内に入ってみてしまえば簡単に見破られる。

隠れようとするアンジュとモモカだが、駆け付けた茶髪の少女、アキホの姿に動きを止める。

「アキホ…」

同じエアリア部として共に戦ってきた仲間であるアキホ。

「アンジュリーゼ様…」

仲間だった時と同じ呼び方をしてくれる彼女だが、ノーマであることが分かった以上はもう元の関係に戻ることなどできない。

「うわあああ!許して…助けて、ください!」

化け物を見るような目でアンジュを見て、腰を抜かして震えるアキホ。

これが始祖連合国におけるアンジュの現在位置だ。

ヴィルキスを降りて近づいているアンジュにアキホは後ずさりをする。

「ひ、ひい!!助けて…助けて!!」

「アキホ…私が何かするとでも思ったの?」

「い、いえ!決して、そのようなことは!!」

「ノーマは暴力的で反社会的な生き物、あなたもそう思っているの?」

「い、いいえ…!」

嘘だ、そんな言葉を吐くわけがないことをアンジュはよく理解している。

自らもかつてはノーマをそういう風に言っていた、それが始祖連合国における当たり前だったのだから。

「ノーマであっても、私は私…。何も変わらないわ。危害を加えるつもりなんてない。アキホ、友達であるあなたに…」

その間違いを正してくれたのがアルゼナルでできた仲間であり、外界からやってきて、外の世界へ連れ出してくれたおせっかいな仲間たちだ。

きっと、アキホも外の世界へ彼らと一緒に飛び出せばわかってくれる。

最も、アクシデントで本当に文字通りの外の世界へ飛び出すなんてことはもうまっぴらごめんではあるが。

「とも…だ、ち…。あ…そ、そう、ですよね…。と、友達、ですよね…あははは…」

警戒心が解け、気が抜けたように笑うアキホ。

だが、今は旧交を温めている余裕はない。

妹を救うためにも、今すぐにでも動かないといけない。

「お願い、アキホ。私がここにいることをだれにも知らせないで」

「も、もちろんです。絶対言いません。約束、します…」

「なら、背中で開いているマナでの通信、今すぐに閉じて」

アキホが後ろ手で操作するマナ通信。

指摘されたアキホのゆがんだ表情を見て、アンジュはかすかに抱いた希望が消えるのを感じた。

「結局、あなたもそうなのね…」

「こ、来ないで…化け物!!」

「ごめんなさい」

アキホの鳩尾を狙った拳による一撃。

それを受けたアキホは気絶し、マナ通信が止める。

着ていたノーマルスーツを脱ぎ捨て、彼女の着ていた体操服を奪って身に着ける。

そして、念のためにアキホの両手を結束バンドで拘束した。

「アンジュリーゼ様、私のエアバイクが使えます!乗ってください!」

「ええ…」

 

-皇宮-

「背丈が近くて、助かった…」

庭園内部で、気絶した衛兵から軍服を奪ったアスランが物陰で変装を行っている。

腕時計は懐に隠し、髪の毛は極力帽子に隠す形にする。

問題なのは皇宮内部に関して、何も知識がないことだ。

何か端末を持っていれば、そのデータをメイリンに送ることで解析してマップデータを盗むことができたが、さすがにマナで管理できるここではそんなものを持っている兵士はいない。

「こういう時は原始的な手段か…」

顔を見られないように注意しながら、普通に巡回する兵士と変わらないように歩き始めるアスラン。

だが、兵士たちがどこかへ向けて走り出している様子があった。

「急げ!ノーマが皇宮に侵入しようとしている!すぐに阻止しろ!」

「エアバイクに乗っている!直ちに取り押さえろ!」

「エアバイクに…」

(C0からADへ、アスランさん!一大事です!)

「メイリン、どうした?」

ひとまず兵士たちが走っていくのと別方向を進み、インカム型通信機から聞こえるメイリンの声にアスランが答える。

(実は…アンジュとヒルダが脱走して。もしかしたら…)

「ああ…そうかもしれないな…」

アンジュの性格を考えると、もしかしたらこういう無茶をするかもしれない。

それが現実となったが、今のアスランが助けに動いたら作戦が台無しになる。

今のアスランにできるのはアンジュが偶然作ったチャンスで宮内に侵入することだ。

 

-皇宮内部-

「撃て!!撃て!!遠慮はいらん!奴は我らの知るアンジュリーゼ様ではないのだ!!」

ノーマがマナに振れれば無力化されてしまうならと実弾のライフルによる攻撃を開始する。

モモカが展開するバリアに守られたアンジュは途中の武器庫から奪ったライフルと手榴弾、拳銃で応戦する。

彼らの中にはアンジュリーゼだった頃に顔見知りだった人間もいるだろうが、その考えはもうアンジュの頭から消えていた。

相手が誰であろうと、今襲ってくるのはシルヴィアの命を奪おうとする敵、ドラゴンと変わらない。

(それにしても、あらためて見ると、素人ね…!!)

アンジュたちはミスリルとエコーズから対人戦の訓練を受けたことがある。

彼らと比べると、マナに依存している彼らの動きがどうしても稚拙であり、動きが読みやすい。

ノーマへの対応のために実弾武器を用意はしてあったが、ここまでのことを想定していなかったのかもしれない。

衛兵たちを射殺したアンジュはシルヴィアの自室へと走る。

鍵がかかっていたが、モモカが開錠する。

突入したアンジュの目に映るのは窓から外の景色を見つめる、最後に会った時と変わらない姿をしたシルヴィアだった。

「シルヴィア!」

「アンジュリーゼ…お姉さま…?」

呆けた表情でアンジュを見つめるシルヴィア。

怖がらせてはいけないと顔についた血をぬぐい、シルヴィアに駆け寄って抱きしめる。

「来てくださったのですね…お姉さま…」

「シルヴィア…よかった、無事で…」

抱きしめているとき、脳裏に浮かぶのはシルヴィアとの幸せな日常。

もう既に両親はいないものの、せめてこの腕の中に残る思い出だけはなくしたくない。

だが、感傷に浸っている時間は今のアンジュにはない。

「さあ、行くわよ、シルヴィア!」

シルヴィアをおんぶするアンジュだが、ここから先のことなど何も考えていない。

だが、ヴィルキスに乗り込んで、跳躍を使えばどこへでも逃げることができる。

タスクのいた無人島だろうと日本だろうと火星だろうと、宇宙世紀世界だろうとどこでもいい。

シルヴィアを無事に逃がすためなら、どこへだろうと行く。

「お姉さま…」

「何?シルヴィア」

走りだそうとするアンジュはいつものように優しくシルヴィアに話しかける。

忘れかけていたアンジュリーゼとしての口調を思い出しながらで、ぎこちないと思えた。

これから逃げる中で、それで何度もシルヴィアを怖がらせるくらいなら、いっそのことアンジュリーゼに戻ってしまってもいいかもしれない。

まだ自分の中にアンジュリーゼが生きているのなら、だが。

「死になさい!」

「え…?」

右腕に突き刺さる鋭い感覚。

目に映るモモカの驚きに満ちた表情。

その痛みで体勢を崩したアンジュからシルヴィアが離れてしまう。

シルヴィアの手には血の付いたナイフが握られていて、アンジュの右肩からは血が流れていた。

「シルヴィア…」

「馴れ馴れしく呼ばないで!あなたなんか、姉でもなんでもありません!この化け物!どうして、どうして生まれてきたのですか!あなたのせいで、お父様も…お母様も…!みんなあなたのせいよ!!」

「シルヴィア…」

何も言い返せなかった。

もしノーマではなく、普通の人間だったら、今頃は昔のような暮らしができたはずなのに。

両親も自分の素性を隠す必要も、死ぬ必要もなかった。

「あなたさえ生まれてこなければ、お父様も、お母様も、お兄様も、わたくしも…みんな、みんな幸せだったのに…!お兄様がお父様を処刑した時、どんなにつらかったか…」

ジュライを処刑することでかろうじて維持することができたミスルギの権威。

それでも、アンジュというノーマを産み落としてしまった罪を消しきることができず、今でも始祖連合国内での政治的な立場が揺らぎ続けている。

外交に苦しむ兄の姿をシルヴィアは嫌というほど見てきた。

「あなたがいなければ…わたくしが歩けなくなることもなかった!何よりも…何よりも、お母様が死ぬことはなかった!あなたがすべてを奪ったのです!全部壊した!!お母さまを返して!!」

ここから先のシルヴィアの言葉を聞くだけの力は、今のアンジュには残っていなかった。

何かを言っていること、それが自分への怒りの言葉だということだけは理解できる。

そして、やってくる衛兵たちによって動揺していたモモカもアンジュも取り押さえられた。

シルヴィアの部屋から連れ出され、地下牢へと連行されていくモモカとアンジュを衛兵に守られた青年が見つめる。

アンジュと似た色の髪と肌で、彼女とは異なり青い瞳をしたこの青年がアンジュの兄であり、今のミスルギ皇国のジュリオ・飛鳥・ミスルギだ。

「哀れだな、アンジュ…。こうして無様な姿をさらすとは。だが、これでこそおびき出した甲斐があるというものだ」

皇帝の立場であれば、アルゼナルへ届く始祖連合国に関する情報をいくらでも制御できる。

シルヴィアの処刑についても、その権限によって実現することができた。

最も、アルゼナルに届いた処刑に報道のすべてが嘘ではない。

違うのはシルヴィアではなくアンジュだということだけ。

「いいか?奴は処刑せねばならん。決して、殺すなよ?」

「ハッ!」

「それから、念のために警戒を厳にしろ。まだネズミが入り込んでいるかもしれんからな」

 

「アンジュ…モモカ…」

連行されていく2人の姿を見つけたアスランだが、多くの兵士によって警備されている現状では助けたくても助けることができない。

シルヴィアの救出に失敗したのか、詳しいことは何もわからない。

次の手を考える中で通信が入る。

(こちらジル、アスラン・ザラ、聞こえるか?)

「ジル司令か?まずいことになった、アンジュが…」

(捕らわれたのか?)

「ああ…おそらく、妹の救出に失敗して…」

(そうか…。機密情報は手に入ったか?)

「一部だがな」

(それでいい。お前は作戦を中止しろ、速やかにホテルに戻って待機を)

「しかし…!」

(安心しろ、アンジュ救出のための手は打ってある。お前までつかまってはまずい)

「…了解」

後ろめたさを感じつつ、アスランは悟られないように引き上げていった。

 

-エンデランド連合 郊外果樹園-

雨の降る夜の果樹園。

アルゼナルでは着ることのないドレス姿のヒルダが傘を差さずにさまよう。

顔を濡らしているのは雨なのか、涙なのかはヒルダにはどうでもいい。

「ママ…どうして…」

アルゼナルに連れてこられるノーマの大半は物心つく前に親元から引き離されるため、親を知らないノーマは決して珍しくない。

アンジュのように十代後半まで隠し通すことができるのが稀な話だ。

ただ、物心がつくくらいまで娘を離したくないという親心からノーマを隠す人物もいる。

ヒルダの記憶の中にある母親がまさにそれだった。

自分と同じ色の瞳と髪で、ヒルダがノーマであることを知られ、連行されていくときも必死に守ろうとしてくれた。

その記憶が強烈に残っているから、ヒルダはここへ戻りたかった。

そのために血反吐を吐くような思いをして戦って、ドラゴンを殺してきた。

日本でこっそりと買ったドレスで身を包み、誕生日プレゼントの花を手に見知った道を歩いて家へ帰る。

そこには、確かに少しだけ年を取った母の姿があった。

彼女は自分を娘の友達と勘違いして、焼き立てのアップルパイを用意すると言っていた。

自分のことを気付いていないのか、それとも引き離されたショックが今でも残っているのか、その時はわからなかった。

いや、分からないままの方がどちらも幸せで、このままアップルパイを食べて、いつの日になるかわからない再会を約束して別れる、それでよかったのかもしれない。

出されたアップルパイを口にしようとしたとき、自分が幼かったころとうり二つの少女が現れ、母に同じ種類の花をプレゼントした。

母は嬉しそうに笑い、そして彼女をヒルダと呼んで抱きしめた。

そして、ヒルダのことを知った母は彼女を拒絶した。

(私の娘は…この子だけよ!)

(帰って!そして…もう二度と戻ってこないで!!)

頭を反復する母の言葉。

幼いころの思い出のアップルパイの匂いも、母の優しい笑顔も、もう戻ってこない。

あの家にはもう、自分の居場所などない。

やがて、後ろから何人かの警備員の足音が聞こえてくる。

突き飛ばされた後、何度も殴られて、蹴られもしたが、もうヒルダには抵抗する意思などない。

(なぁ…アンジュ。妹には、会えたか…?)

なんで、ここでイタ姫の身を案じてしまうのか。

そんな自分を笑っている中で、急に暴力が止まる。

視線を動かうと、そこには倒れた警備員たちと灰色のコート姿のアキトの姿があった。

「アキ…ト…」

「しゃべるな、手当てをする」

アキトに抱えられ、現場から離れた物陰でアキトの手によって治療を受ける。

男なんかに治療されたくないと普段なら言いたいヒルダだが、今の彼女にはそんなことをいう気力も残っていない。

沈黙するヒルダに対して、アキトもまた沈黙しながら手当てを済ませていく。

ただし、ここで治療ができるのは必要最低限なもので、検査などをする場合はトレミーへ戻る必要がある。

「痛みが引いたら移動するぞ、グレイブをどこに置いた?」

「…聞かねえのかよ、何も」

なんで脱走したのか、とかどうしてボロボロになっていたのか、聞きたいことがたくさんあるだろう。

きっとここにロザリーとクリスがいたら、聞いてきたかもしれない。

だが、アキトは一切聞こうとしない。

ただ当たり前のように助けているだけ。

「聞いてほしかったのか?」

「…」

 

 

 

 

 

 




機体名:エアバイク

始祖連合国におけるスポーツであるエアリアで使用する乗り物。
操縦桿は存在せず、操縦者が供給するマナによって制御されているため、基本的にはマナの制御について学びさえすれば幼い子供でも操縦が可能(これについては始祖連合国内におけるすべての車両に対して言えることだが)。
エアバイクに関しては前方にラケットを持った選手が乗ることから、協議中は肉眼では前方が何も見えないという欠点があるものの、そもそも操縦中はマナによる視界制御によって全方位の視認が可能となっているため、問題視されていない。
なお、マナによる制御が行われているのは民間のもののみで、兵器に関しては機体によるAI制御が基本となっている。
マナによる意思疎通によって、戦争、飢餓、汚染など地球上のあらゆる問題を克服した始祖連合国にとって、マナを戦いに使うことは野蛮だということなのだろうか。
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