-始祖連合国 暁ノ御柱前-
「まもなく、皇女であったノーマの処刑が神聖皇帝ジュリオ一世の名の下、執行されます。自分たちをだましていたノーマの処刑を見ようと、国民は、ここ暁ノ御柱の前に集まってきています」
歓声を上げる国民たちの様子、そしてシルヴィアによって鞭打ちを受けている粗末な囚人服姿のアンジュの姿が映る。
それを見た国民たちがどのような感情を抱いたかは言うまでもない。
「これは…私たちをだました罪!そして、これは私を歩けなくした罪!!」
両腕を縛り上げられ、動けないアンジュに次々と襲う鞭。
それを受け、アンジュが悲鳴を上げるたびに国民たちは声を上げる。
誰もアンジュを擁護しようとしない。
この化け物が痛めつけられ、処刑される時を待っている。
「そして…これは、生まれてきた罪!!」
何度も何度も鞭を受け続けたアンジュの身体は傷だらけで、今の彼女からは皇女アンジュリーゼとしての姿も勇ましく戦うアンジュとしての姿もない。
そして、その様子をマナによって拘束されているモモカが見ていて、黙っていられるはずがない。
「おやめください、シルヴィア様!このようなひどいことを!!」
「ひどい…ひどいですって!?」
アンジュへの攻撃をやめたシルヴィアが目に涙を浮かべてモモカをにらむ。
意味が解らない。
なぜ、彼女がそれほどまでにノーマと知ってもなおアンジュに味方をするのか?
アンジュと一緒に過ごしてきたモモカなら、自分の気持ちが痛いほどわかるはず。
同じ痛みを背負っているのに、なぜわからない?
「この化け物が…このノーマが…汚らわしく、暴力的で、反社会的な化け物が…あの女が私のお姉さまだったのですよ!?これ以上にひどいことがこの世にあって!?」
それがわからない彼女にはもう用はない。
あるのは今殺すことになっている化け物のみ。
「さあ、謝りなさい!!私がノーマだから悪いのです!ごめんなさいって!!」
「シルヴィア様の言う通りよ!!謝りなさい!」
「謝れーーー!!謝れーーーー!!」
「謝りながら死ねーーーー!」
「死ね!!死ねぇ!!」
「アンジュリーゼ様…」
抵抗できず、黙っているアンジュの姿、そして彼女を否定する国民たちと妹。
それに対して何もできないことにモモカは涙を浮かべる。
「感謝しているよ、モモカ。私たちに断罪の機会を与えてくれたことに」
「え…?」
「洗礼の儀で、アンジュリーゼの正体を暴いたのは私だ。16年もの間、皇室に巣くっていた害虫はようやく駆除された」
アンジュが生まれ、父と母に促されて彼女の手を握った時、確かにジュリオは彼女に愛情を抱いていた。
後で生まれたシルヴィアとともに、守るべき存在だと思っていた。
だが、時が流れ、ずっと過ごしていく中で抱いた違和感。
一度もマナをアンジュ自身が使っていないということ。
マナが必要な時は常にモモカかソフィアがいて、彼女たちが代わりに使っている様子ばかり見ていた。
なぜ彼女がマナを使わないのか?
彼女はノーマではないのか?
消えない疑念を抱きながら日々を過ごし、やがて確信に変わったのは洗礼の儀の準備が行われた日の夜。
寝室へ向かう途中、両親の部屋から何かを話しているのが聞こえた。
国政のことなら聞く必要もないが、洗礼の儀という言葉が聞こえたことで、何かに突き動かされるように聞き耳を立ててしまう。
そこで聞いたのは洗礼の儀で行う偽装のことだった。
これで、アンジュリーゼは永遠にノーマとばれることはないと。
信じたくない気持ちで、ジュリオは人がいない時間を見計らって洗礼の儀の場へ向かい、確かめた。
そして、偽装の証拠を見つけたことでジュリオの中の疑念が確信に変わった。
このことが分かれば、ミスルギ皇国の権威が地に落ちることになる。
たった一人、アンジュリーゼのために皇室が危機に陥る。
そのようなことを許せるはずがなかった。
「あとは、エリアDの地獄へ送られ、別の化け物に食い殺されたという報告を待つだけ。そう思っていたのに、死ななかったのだよ、こいつは」
アルゼナルでのアンジュの様子は定期的に報告するように命令をしていた。
そこで彼女がけだもののようになっていく様は見ものだったが、やがてそれも飽きてきた。
「このままでは生き延びかねない…そこで、モモカ。お前へ送り込んでやったのさ、あらゆる手を尽くしてね」
「え…」
「一介の侍女ごときが、世界の果てに追放されたノーマに簡単に会えるわけがないだろう?踊らされているとも知らず、シルヴィアのために戦うお前たちの様子は実に滑稽だったぞ」
ソレスタルビーイングというわけのわからないテロリスト組織に雇われ、エリアDを離れたという報告を聞いたときはさすがに寝耳に水で、火星で一時的に行方不明になったと聞いたときはもう二度と彼女の姿を見ることはないと歓喜した。
だが、つい最近になって行方不明のはずのアンジュが戻ってきたという情報が届き、なかなか死なない彼女を一刻も早く始末したいと思い始めた。
シルヴィア処刑による誘い込みを発案したのはシルヴィア本人で、そしてアンジュを安全に自分たちの下へ届ける役割として、アルゼナルへ送り込んだモモカの存在価値が発揮される。
アンジュ一人でも始祖連合国に侵入できるかもしれないが、厳重な警備がされている皇宮へ入るには不十分なのだから。
「そんな…そんな…!!」
知らず知らずのうちに、自分もまたアンジュ処刑の手伝いをしてしまった。
その場に座り込み、絶望するモモカにできるのはただ主への謝罪のみ。
力なくその場に座り込むモモカをニヤリと見つめ、ジュリオは口を開く。
「このノーマのために、ミスルギ皇国は危機に陥った。そして…そして、そのノーマをかくまったバカな皇后も、愚かな皇帝も死んだ!!」
「お父様…お母様…」
今でも忘れられない、自分をかばって死んだ母の顔。
そして、父に関してはその最期を見ることさえできなかった。
「皇家の血を引く忌まわしきノーマよ!お前の断罪を持って、皇家の粛清は終わる!そして、今日より生まれ変わるのだ!この国は、神聖ミスルギ皇国として!!初代神聖皇帝ジュリオ一世が命じる…このノーマを処刑せよ!」
ジュリオの演説により、国民たちの高揚が最高潮に達する。
そして、この熱に満ちたこの場所に一人の男がやってくる。
「紹介しよう!この日を祝うため、わざわざ来てくれたゲストを!」
「この記念すべき日にお招きいただき、ありがとうございます。ジュリオ陛下。このパープルも、神聖ミスルギ皇国誕生の瞬間を祝福させていただきます」
ギター片手にステージ衣装という、刑場にも公式な場にもふさわしくない衣装姿のパープルが恭しく皇帝に頭を下げると、すぐに国民たちに振り返り、ギターを鳴らす。
「さあ、みんな!心を解き放て!!怒れ、憎め!!絞首台につるされるこのノーマをあざ笑え!!」
自らの曲である『Black Diamond』はこの西暦世界でも隔絶された世界であるはずの始祖連合国であっても人気のようで、老若男女問わず、パープルの歌に魅了される。
ジュリオは玉座に座り、処刑台から行われる即席コンサートを笑みを浮かべながら見守る。
(ふふ…あのお方からの紹介ということで、舞台に立たせてみたが…悪くない趣向だな)
あのお方から彼のコンサートの動画も見せてもらっている。
彼の歌からは何か心が沸き立つものを感じ、あのお方の助言に従って彼のCDを始祖連合国の音楽関係の商品を販売する業者に売り込んだところ、爆発的にヒットした。
国民のだれもがパープルの曲を聴いていて、誰もがこの記念すべき場にパープルが祝福しに現れてくれたことに歓喜する。
「なんで…なんで、アンジュリーゼ様だけが…こんな目に…」
「決まっているだろう!?奴はノーマだからだ。さあ…」
死刑執行人の役目を請け負った兵士二人が縛られているアンジュを左右からつかみ、処刑台への階段を昇っていく。
一歩一歩、死が近づいてくるのを感じるアンジュの脳裏に浮かぶのはアルゼナルに来てからの日々。
(モモカ…あなたやアルゼナル…ナデシコ隊のみんなはこの国の人たちとは違う。差別や偏見、ノーマだとか人間だとか関係なく、私を受け入れてくれた…)
皇族として生まれ、ここにいる誰もと同じようにノーマを差別していた自分であったにもかかわらず。
自分の軽率な行動によってゾーラを死なせてしまったにもかかわらず。
彼らにはノーマかそうでないかは関係なかった。
(それに比べて…)
「吊るせーーーー!あのノーマを吊るして殺せーーーーー!!」
「「「つるせ!!つるせ!!つるせ!!」」」
「いいねぇ、もっとだ、もっと血をたぎらせろ!!心を解き放て!!」
パープルの目に映るのはこのコンサートにふさわしい狂気に満ちた熱狂。
憎み合い、虐殺と報復を繰り返したナチュラルとコーディネイターたちのように、解き放たれるのを望んでいる。
そして、このノーマの死によって解き放たれるすべてをパープルは見たい。
「これが…これが、平和と正義を愛するミスルギ皇国の民…?豚よ、こいつら、みんな…言葉の通じない醜くて無能な豚よ!!」
彼らから感じるのは平和でも正義でもない、ノーマだからという理由で思考停止し、ただ滅することしか考えず、わけのわからないミュージシャンの曲と熱にうなされるだけの愚民。
人間ではないのはどちらなのかと言いたくなる。
「こんな連中を生かすために、私たちノーマはドラゴンと…!」
怒りに満ちていくアンジュの目にジュリオが握っている指輪が映る。
あの儀式の前夜に母に託され、ヴィルキスとともに自分を守ってくれた指輪。
かすかに光るその指輪がアンジュの熱に満ちた思考を冷まし、別の何かを見せる。
「…始まりの光 Kirari…kirari…終わりの光、Lulala Lila…」
「その歌は…」
ジュリオの隣にいるリィザの視線が鋭くなり、ジュリオとシルヴィアの目が大きく開く。
突然のアンジュの歌声に人々は静まり返り、ギターと歌を止めたパープルも視線を向ける。
「ほぉ…」
「永遠語り…ミスルギ皇国の皇家に代々伝わる歌…」
「それはお母様の歌よ!ノーマの分際で汚さないで!!」
歌い続けるアンジュに驚いた兵士たちの力が緩み、その隙に拘束から脱したアンジュは自らの脚で階段を昇っていく。
逃げるでもなく、自ら死へと進んでいく彼女をだれもが理解できなかった。
(お母様…あなたがこの歌を教えてくれた日のことを昨日のように思い出します…。お母様は私に光の加護があらんことを願ってくれた。でも、私は…)
だが、今自分が進むのはその光のない闇。
母の願いとは正反対の道。
それでも、せめて最期の最期は胸を張って死ぬ。
それが自分を生かしてくれた母へできること。
自分の目の前の縄があろうとも、アンジュは歌うのをやめなかった。
慌ててついてきた兵士がアンジュの首に縄をかけようとする。
「アンジュリーゼ様ーーーーー!!」
「アンジュ!!」
モモカと、聞き覚えのある誰かの声がアンジュの耳に届く。
それと同時にどこからか爆発が何度も起こる。
「なんだ!?うわっ!!」
アンジュから目を離した瞬間、どこからか飛んできた銃弾が兵士の腕に当たり、激痛で兵士はその場を転げる。
爆発と銃声で国民たちはパニックとなく、その人ごみの中から飛び出した誰かがアンジュの目の前で着地する。
「逃げよう、アンジュ!」
「タスク…なんで!?」
あの無人島で世捨て人のように暮らしているはずのタスクがなぜここにいて、自分を助けてくれたのか、アンジュにはわからなかった。
そんな彼女の両腕を縛る縄を斬るタスクを狙う兵士たちだが、彼らに向けて投げ込まれたスモークグレネードが放つ煙幕が視界を覆い隠す。
「ジルからの頼みだ。君を助けに行けって…」
「タスク、アンジュ、逃げるぞ!」
煙の中から駆け上がってきた兵士が帽子を脱ぎ捨てると、煙の中からかすかに見えた兵士たちを手にしている銃で次々と撃っていく。
「助かったよ、アスラン」
「アンジュリーゼ様ーーー!」
アスランに助けられ、彼の後に続いてきたモモカがようやく笑顔を見せる。
「アンジュ、これを。これなしで逃げるわけにはいかないだろう?」
「ありがとう…アスラン…」
アスランから受け取った形見の指輪をはめる。
そして、煙が晴れつつある中で視界に入ったジュリオをアンジュはにらむ。
「タスク、何か武器はない?」
「ええっと…手裏剣なら…」
「借りるわよ!」
懐から出した手裏剣を答えを得ずに手に取ったアンジュはそれを思い切りジュリオに向けて投げつける。
ナイフの投げ方は教わっておらず、ましてや忍者の手裏剣など使い方はまるで分らない。
それでも力任せに投げたそれはジュリオの頬をかすめた。
「うわああああああ!!」
「感謝していますわ、お兄様。私の正体を暴いてくれて…」
「何か飛んでくるぞ!!」
「ありがとうシルヴィア、薄汚い人間の本性を見せてくれて…」
「ひぃ!!」
処刑台に向かって飛んでくる紫色の機体。
フライトモードのアーキバスといえるそれは処刑台のそばで高度を下げていく。
「タスク、これは!?」
「俺の機体だ!4人なら、ギリギリなんとかなる!!」
「痛い…痛い…おのれ、アンジュリーゼを殺せ!!逃がすなぁ!!」
煙が晴れる中、モモカがマナでバリアを展開し、アスランが銃撃をする合間にタスクから受け取った手榴弾を近くにある装甲車に投げる。
装甲車にある機銃はパラメイルにとっては脅威になりえ、手榴弾の爆発によって次々と車両が火に包まれる。
「賊を逃がすな!オートマトンの使用を許可する!」
「オートマトンだと!?」
始祖連合国仕様の機動兵器と同じカラーリングのオートマトンが暁ノ御柱から出てきて、煙の中を構わず進んでいく。
煙の中だろうと、ターゲットの場所がわかれば民間人を巻き込むような銃撃をする必要はない。
ターゲットのいる絞首台へと進み、ホバーで登って行って銃撃すればいい。
アロウズがカタロンの基地などに投下し、民間人を含めた虐殺に利用した忌まわしき兵器がまさか始祖連合国で使われているというのはアスランには想定外だった。
兵士から奪ったアサルトライフルではオートマトンの装甲を貫くことはできない。
かつて、流浪の身であった刹那がオートマトンと戦った時も、拳銃でけん制しつつ手榴弾で爆破することで撃破していた。
処刑台に上り終えたオートマトンから発射される銃弾をモモカのマナによるバリアで防ぎつつ、タスクのアーキバスに乗ったアンジュだが、今の状況ではとても全員で逃げ切ることができないと感じていた。
モモカはオートマトンによる攻撃から身を守るので精一杯で、アスランとタスクが手榴弾で対処してくれているが、徐々に消えていく煙幕で捉えられるのは時間の問題。
3人を捨てて、一人だけ逃げるという選択肢はアンジュにはない。
「(まだ…死ねない。あんな豚どもに私の命も、仲間の命もあげたりしない!)来なさい、ヴィルキス!!」
指輪をはめた手を上へ伸ばし、愛機を呼ぶ。
もし、あの時のようにヴィルキスが飛んできてくれるなら、あの時の再現ができるなら全員を救える。
願いを込めたアンジュの声に呼応するかのように、上空に一瞬でヴィルキスが姿を現す。
同時に囚人服姿で下着をつけることも許されていなかったアンジュの姿がライダースーツ姿へと変わっていた。
「このおおおおおお!!」
降りてきたアサルトモードのヴィルキスがオートマトンを踏み潰し、残るオートマトンを蹴り潰していく。
砕けたオートマトンの残骸が宙を舞い、処刑台の近くにいた兵士たちに当たるが、それを気にするアンジュではない。
もう彼らはアンジュにとっては敵なのだから。
「おのれ、アンジュ!こうなれば…」
「ボース粒子反応確認!ジュリオ陛下…ナデシコです!!」
「何!?」
上空に突如として姿を現すナデシコC。
同時に、4機のエステバリスが出撃して直掩し、モニターに表示されるアンジュたちの姿にクルーたちは安どする。
「お疲れさまでした、ユリカさん。ナビゲート、ありがとうございます」
「う、うん…」
ボソンジャンプそのものについては問題ないが、なぜかユリカは違和感を感じずにはいられない。
映像でしか見たことのない曉ノ御柱。
そこからは言葉では言い表せない違和感を感じられた。
「アスランさん、モモカちゃん!」
「メイリン!」
上空に現れたナデシコに釘付けになっている間に、襲撃したキャバリアーが処刑台のアスランとモモカの回収に入る。
そして、タスクもアーキバスをアサルトモードに変形させてアンジュの隣へ飛ぶ。
「初めまして、始祖連合国ミスルギ皇国の皆様、私は地球連合軍所属、独立ナデシコ部隊の星野ルリ少佐です。脱走した兵士を捕獲していただきありがとうございます。彼女の処分は我々で行います」
「誰の許しでこの神聖ミスルギ皇国の領土に入った!?私は許していないぞ!!」
「そうおっしゃられても…我々は独立部隊なので」
「そんなもの、言い訳になるものか!!我々は地球連合に加盟していないのだぞ!!」
「ことを荒立てるつもりはありません。必要であれば、後日謝罪の場を設けさせていただきます。それでは、失礼いたします」
アンジュを回収した時点で、もうここに用はない以上は下がるだけ。
だが、それを止めるのが次々とナデシコのレーダーが捉える始祖連合国の機体の反応だ。
平べったい円盤のような機体や何度も見たことのある始祖連合国のカラーリングの機動兵器たち。
痛みに耐え、ニヤリと笑うジュリオは口を開く。
「電子の妖精殿、せっかくお越しいただいたのだ。それなりのもてなしをしたい。今、ここに神聖ミスルギ皇国の防衛部隊を展開している。ここは、ユニウス条約に従ったうえでの模擬戦はいかがかな?」
「か、艦長…これは」
「わかっています」
明らかに、ジュリオは模擬戦という名目でナデシコもろともアンジュを捕らえようとしている。
その間にも次々と敵機が姿を現しており、その中には始祖連合国のカラーリングのデストロイの姿もある。
明らかに模擬戦の範疇を超えているのが目に見えていた。
「かしこまりました、ジュリオ陛下。では、謹んでその申し出、お受けいたします。そちらは実弾を使われるのでしたら、こちらも同じ条件でさせていただきます」
「あーあ、あのボンボン陛下。ルリちゃんを怒らせちゃった。もう知ーらない」
ジュリオはおそらく、勝利する自信があるのだろう。
自分の国の精鋭であれば、ナデシコ一隻は落とせると。
だが、彼は明らかにナデシコを見誤ったうえで、怒らせていることに気づいていない。
その代償がどれほどのものになるか、ユリカは想像するのをやめた。
「では、皆さま…出撃を。なお、ユニウス条約のお話がありましたので、ストライクフリーダム、インフィニットジャスティス、デスティニーはだめです。代わりにライジングフリーダム、イモータルジャスティス、インパルスspecⅡで出撃をお願いします」
-ナデシコC 格納庫-
「ジャスティスの量産検討機か…操縦の感覚はセイバーに近いな」
ジャスティスのファトゥムとは異なり、モビルアーマーへの変形機構が採用された新たなジャスティス、イモータルジャスティスのコックピットの中でアスランは操縦桿を握りしめる。
操縦感覚だけでなく、モビルスーツとしての見た目はインフィニットジャスティスよりもセイバーに近く、カラーリングもそれに近い。
かつてはイージスやセイバーといった可変機に乗ったことのあるアスランのため、すぐに扱えるだろうというのはマリュー曰くだ。
「タスク、お前のパラメイルは大丈夫か?」
「しっかり整備はしているから問題ないよ」
「うえ…男のメイルライダーって、何かヤな感じだな」
「古いし…もしかして、あたしたちみたいなスーツを着ていたりとか…」
「それはないから!!古いのは確かだけど、装備やパーツの一部は最新のものになってるから、問題ない」
タスクがどんな人間かは聞いたことはないが、不意に脳裏に浮かぶメイルライダー姿の男性のイメージ。
想像しただけでロザリーもクリスも吐き気が止まられない。
おまけに、彼の乗るアーキバスは最新型であるサリアのものよりも下手をすると二世代も下のものだ。
戦力になるのかという疑問も浮かべてしまう。
(母さん…母さんのパラメイル、使わせてもらうよ)
あの無人島で共に過ごしてきたこの機体は死んだ母親が使っていた機体だ。
だからこそ、使命を放棄しても捨てることができず、ずっと手入れを続けてきた。
そして、これまでのパラメイルにない反りのある無骨な刀というべき新装備を鞘から抜いた。
「ところで、タスクさん…でしたっけ?うちのアンジュちゃんとお知り合いみたいですけど、どういったご関係で?」
ナデシコや始祖連合国以外での男性関係なんて聞いてことがなく、アンジュを助けるために無茶な行動をした彼にエルシャは興味を抱く。
「一週間ほど、寝食を共にした仲です」
「な、なんだってぇ!?ってことは…」
「タスク君って…アンジュの、彼氏!?」
あのとんでもない猛獣のようなアンジュにそんな男性がいるとはシンにはとても想像できない。
チトセも同じで、少なくともアンジュリーゼ時代の彼氏という意味でなければ想像が難しいが、タスクの様子を見るととてもそうにも見えなかった。
「うろたえすぎです、姉さん」
「アンジュ!あんた…いつそんなハレンチな真似を!!まさか、やることやってるわけじゃないわよね!?」
「…」
質問攻めを食らうことになったアンジュだが、今の彼女はそれに答える様子はない。
モモカとタスク、アスランが無事なのはいい。
問題なのはもう1人だ。
「アンジュ?」
「ロザリー、クリス、ヒルダは?」
「知らねえよ…あんな脱走兵なんか」
「そう…まだ、捕まっていないのね」
捕まっていないのであれば、どうか最愛の母親と幸せな時間を過ごしてほしい。
そう思うが、そうならない現実がここにあることをすでに思い知ってしまった。
そうならないことを願うしかない。
(ヒルダ、もう私は完全に帰る場所を失ったわ)
「アンジュさん、今はここを切り抜けることを考えましょう。海には皆が待っています。なお、ジュリオ陛下は模擬戦をご希望ですが、無駄な犠牲を出して恥をかかせるとかわいそうなので、この国を出ることを最優先にします」
「ごめん、ルリ艦長。それはできないわ…」
「そうですか、では脱走兵らしくご自由にどうぞ。と言っても、皆さんもお好きにしてかまいませんが」
「へ…そうだな。じゃあ、好きにさせてもらうぜ!」
ソウジもルリも、誰もが今回のアンジュ、そしてノーマ全体に対する始祖連合国の所業に何かを感じている。
人々を傷つけるつもりはないが、今ここにいる機動兵器たちは格好の八つ当たりの相手だ。
「相手は全部無人機だ…なら」
「キラさん…」
ライジングフリーダムのOSの調整をするキラのいつもとは異なる力のこもった声が聞こえ、フォースシルエットを装備したインパルスspecⅡに乗るシンはいつもらしくない彼に驚きを感じていた。
ニコニコしているか、憂鬱な表情を見せることの多い彼しか知らないシンにとって、初めて知るキラの姿と言えた。
「すごく怒っていたもの、キラさん。今回のミスルギ皇国のやり方に」
先に出撃するフリーダムとジャスティスを見送り、ルナマリアのインパルスもソードシルエットを装備して、シンのインパルスとともに出撃する。
「こんなところに長居は無用なので、さっさと終わらせましょう。では、ジュリオ陛下にミスルギ皇国の防衛が完全に足りていないこと…そして、自信満々の上から目線でいたところをコテンパンにやられることの格好悪さを教えて差し上げましょう。徹底的に」
(艦長…怖い…)
ここでハッキングを使わないのはルリが始祖連合国に見せる温情だろう。
本気で怒っているなら、既にハッキングを行って地上にいる生き残りのオートマトンによる無慈悲な攻撃をしかねない。
その一線を越えないだけの分別はある。
「お兄様、シルヴィア…これで完全にさよならよ!!」
この戦いで、アンジュリーゼとしてのすべてを捨て去る。
ヴィルキスのアサルトライフルが接近してくる円盤を撃ち落とした。
それが合図となり、無人兵器たちによるナデシコ隊への攻撃が始まった。
-ヴォルフガング艦 格納庫-
「ほぉ…これは驚いた。もうまともに歩けるとは」
自動ドアが開き、頭に包帯がまかれた状態のジョーが入ってくる様子を見たヴォルフガングが笑みを浮かべる。
やはり、パイロットのまねごとをしているだけのほかの部下とは違い、エースと称されるだけの力を持つジョーは鍛え方も体の治りも違うということか。
最も、傷の治療についてはスポンサーから手配されたメディカルベッドの恩恵もあるだろうが。
「倒さねばならん者が存在する。奴に勝つためにも、今は眠っているわけにはいかん。それよりも…」
「わかっておる。もう、構想は出来上がっておる。あとは、手配したパーツと太陽炉の調整じゃ」
太陽炉による運用を前提としたこの新たな飛龍の設計図をタブレット端末で見せられたジョーはそのスペックに笑みを見せる。
「こいつならば、勇者特急隊が束になってかかろうとも負けん」
「うれしいことを言ってくれる。じゃが…これでも不満足ではあるがの…」
「…ツインドライヴか」
かつてのダブルオーライザーに搭載されたツインドライヴは相性の良いオーガンダムとエクシアの太陽炉を同調させ、更に補助パーツとしてオーライザーが搭載されたことで完成している。
現在のダブルオークアンタの太陽炉については、最初からツインドライヴとしての運用を前提として開発されているため、オーライザーのような外部パーツによる補助の必要はない。
連合が開発した指揮官用のブレイヴも太陽炉を二つ搭載しているが、どちらも疑似太陽炉なうえに両者の同期ができなかったことで出力の上昇についてはツインドライヴには遠く及ばない。
木星ではなく地球で、ソレスタルビーイングが持つオリジナルの太陽炉を復元に成功したというだけでも驚くべきことだが、ヴォルフガングはさらに一から作り上げること、そしてツインドライヴまで成し遂げようとしている。
「だが、この機体に太陽炉を搭載することについては…」
「ミスターXのオーダーには入っていない…じゃろう?あのスポンサーには感謝しておるが、ロマンがない」
設計図については前もってミスターXにも見せており、ミスターXからは高い評価を受けるとともに、必要な資材の調達を約束してくれた。
しかし、太陽炉は飛龍に搭載されていた一つだけあればよく、ジェット形態時に機首に搭載されるドリルについては趣味ではないから撤去しておけと言われた。
単純な飛龍の強化型を作るだけでいいというような彼の考えに納得がいかないヴォルフガングはその2つの命令だけは無視して、今その機体を作り出そうとしている。
「趣味でなくとも、過剰だろうと結果を出せばいい。最高のロボットができればいい、それだけじゃ。そして、それを使うこなすことができるのは…フラッグファイターのお前だけだ」
「フラッグファイター…そう呼ばれるのは久々だな」
紛争地域でフラッグのカスタム機に乗って戦っていた時は一切呼ばれなかった称号。
思わず口元が緩む感覚を味わい、ジョーはどこまでいっても自分はフラッグファイターであることから逃れられないのだろうと感じた。
機体名:オートマトン
暴徒やテロの鎮圧を目的に開発された無人ロボット。
縦長の胴体に外装と一体化した格納式の4本足の機体で、赤く光るセンサーを胴体下部前後と頭頂部に備え、胴体下部には対人用機銃を搭載している。
普段は待機モードとして脚部が収納されてコンパクト化しており、必要に応じて変形して行動する。
脚部先端のローラーユニットによって地上をすべるように移動し、必要であればローラーユニットを格納して四足歩行を行うことも可能。
一番有名なのはアロウズで運用されていたもので、動力源をGNコンデンサーに換装するなどの改良を施し、アヘッドのコンテナに搭載して反乱分子の掃討に用いられた。
主に虐殺で使われ、民間人に対しても容赦なく使われたことが明らかになったことで地球連合軍では兵器としての運用が全面的に禁止され、残余の機体は平和維持活動や軌道エレベーター整備作業などの兵器以外での運用が行われている。
ミスルギ皇国に存在するそれはアロウズ時代のものをさらに改良したものであり、ホバリング機能が追加されている。
内乱の概念のない始祖連合国になぜオートマトンが兵器として存在するのかは不明で、少なくともアンジュはオートマトンの存在そのものを知らなかったという。
機体名:アーキバス バネッサカスタム
形式番号:AW-FZR302(VN)
建造:アルゼナル(推測:タスクの個人所有)
全高:7.5メートル
全備重量:3.95トン
武装:対ドラゴン用アサルトライフル、凍結バレット、試作アサルトブレード「飛天」
主なパイロット:タスク
アンジュ救出のために動いたタスクが用意してパラメイル。
機体はアーキバスだが、10数年以上前のものであるため、パラメイルの世代としては二世代現状のパラメイルよりも下となっており、出力や耐久性などは現行のアーキバスには及ばない。
そのため、ジルの要請を受ける際に機体のアップデートが行われており、一部のパーツは現行機であるAW-FZR304のものに変更されており、同時に新武装として日本刀型の試作アサルトブレードである飛天が装備された。
この武器はアサルトブレードそのものの軽量化と切断力の向上を目的に開発されていたもので、正しい切り方をすれば従来のドラゴンスレイヤーを大きく上回る性能を発揮できるという。
しかし、日本刀そのものの扱いに即したOSの構築や日本刀の製造に関するノウハウを一から積み重ねる必要があったため、現状完成しているのは試作の1本のみ。
ただし、タスクにとっては従来のドラゴンスレイヤーよりも扱いやすい武器だという。