スーパーロボット大戦V-希望を繋ぐ者   作:ナタタク

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第72話 決別

-始祖連合国 暁ノ御柱前-

チェーンソーを展開した円盤が接近する前にヴァングレイがビーム砲で撃ち落としていく。

(キャップ、姉さん、ヤマトから受け取っているデータバンクより照合を行った結果、この機体は…)

「ああ、分かってるぜ、ナイン。こいつ…そっくりだ」

新正暦世界において、9年前に起こったコスモ・バビロニア建国戦争において、クロスボーン・バンガードが運用したバグがソウジの脳裏に浮かぶ。

チトセも軍学校の教科書や記録映像でそれが起こした災禍を見たことがある。

フロンティアⅠの300万人の人々を2,3日で掃除できると称されたその兵器は目の前の兵器と同じく円盤状の兵器で、建造物やモビルスーツの装甲を容易く切り裂いてしまうほどの威力のチェーンソーを搭載しており、実際に多くのバクに対処しきれなくなった当時の連邦軍の最新の量産機であるヘビーガンが撃破されたケースがある。

目の前の兵器にはないと信じたいが、バグの内部には更に小型のバクも複数搭載されており、本体が入れないような屋内や狭い場所への侵入と殺戮も可能という徹底ぶりだった。

呼吸や体温などの生体反応を感知して追いかけて殺す、かつてのクロスボーン・バンガードの最高司令官であるカロッゾ・ロナはその兵器とそれを用いた虐殺作戦を誰の良心も痛めることのない良い作戦だと称賛し、フロンティアⅠでのデータ完了後は月や地球でも用いて、人類の9割を抹殺するという命令を遂行しようともくろんでいた。

なお、総帥であり、カロッゾの養父であるマイッツァー・ロナがこのバグについて関与していたかについては不明であり、少なくともかつてのキンケドゥとベラの仲間であったザビーネはマイッツァーのあずかり知らぬことだと言っていたらしいが、既に当の本人であるマイッツァーは病死しており、首謀者であるカロッゾとその協力者もキンケドゥとザビーネによって殺された後のため、真実は知りようがない状態だ。

「人間だけを殺す兵器…気持ち悪いんだよ!」

これなら自動操縦のモビルスーツと戦っている方がマシで、ナインと比較するだけでも虫唾が走る。

「無人のモビルスーツだけじゃなくて、こんな兵器をミスルギ皇国が持っていたなんて…」

あまり両親から教えてもらえなかったものの、アンジュもミスルギ皇国が兵器を持っていることは知っている。

モビルスーツをはじめとした外の世界の兵器のことも、時折同級生と一緒に見ていた雑誌で何度も見たことがある。

だが、この兵器については今まで見たことがない。

時折ワイヤーを放って捕縛しようとしたり、機銃でコックピットを狙ってくるそれをアサルトライフルで撃ち落としていく。

「ええい、なぜ奴らを倒せん!もっとピレスロイドを出せ!!データ収集がいるだろう!!」

ジュリオの命令により、次々と近隣の建物から放出される円盤型の兵器、ピレスロイド達。

そして、海へ逃げようとするナデシコCのレーダーが捉える大型モビルアーマーの反応。

「艦長!大型機が2機接近!デストロイです!!」

「各機に伝達。新たなデストロイが接近中です。周囲への被害を考えて、最優先で対処を」

モニターに表示される、始祖連合国の機体と同じカラーリングをした2機のデストロイの姿。

「まだこんなものを…!」

これまでの始祖連合国の機体と同様に自動操縦で、エクステンデッドを使っていないことはわかっているシンだが、それでもこんな兵器を使う始祖連合国の倫理観に怒りを覚える。

「ナデシコ!エクスカリバーを!こいつをぶった切る!」

性能が向上した今のインパルスでも、ビームサーベルとライフルだけでデストロイと戦うのは厳しい。

ヘブンズベースでルナマリアがインパルスでデストロイと戦っているときも、エクスカリバーを使っている。

シンの要請を受けたナデシコから射出されるソードシルエットを搭載したシルエットフライヤーからエクスカリバーを受け取ったシンのインパルスがデストロイの下へと飛び、それにキラとアスラン、ルナマリアも続いた。

モビルアーマー形態へと変形したライジングフリーダムとイモータルジャスティスの背中にシンとルナマリアのインパルスがサブフライトシステムの要領で乗る。

「艦長!待機中のトレミーから伝達!正面からドラゴンの軍勢を確認!こちらに接近しています!」

「ドラゴン?」

「モニターに出します!!」

ハーリーの操作によってモニターに表示された数多くのドラゴンたち。

西暦世界では火星でも出現したというイレギュラーが発生しているが、始祖連合国に現れることについては想定できるはずがなかった。

もう既に上陸を果たしており、まっすぐにナデシコへと迫っているのが見える。

沖合の離れた場所で待機しているプトレマイオスとマサァロケットマイルド、そして待機している仲間たちが交戦してある程度数が減っているとはいえ、それでも数が多い。

「なんでドラゴンがこんなところに来るんだよ!アルゼナルは何やってんだ!」

ただでさえ始祖連合国の相手で忙しいにもかかわらず、ドラゴンにまでかまってられないと叫びたいロザリーはスクーナー級でアサルトライフルで倒しつつ、残弾を気にし始める。

(どういうことなの?アレクトラ…。まさか、ドラゴンたちをわざと見逃したというの?)

ドラゴンを倒すという役割を持つアルゼナルのレーダーであれば、エリアD内のシンギュラー反応を見逃すことはない。

仮に見逃すのであれば、エリアDの外でのシンギュラー反応だが、そのような前例はこれまで存在しない。

そのイレギュラーが起こったのだと信じたいサリアだが、信じきれない自分にもどかしさを感じる。

「なんだ、あれは!?」

「化け物…化け物があんなに…!」

「ひぃ…!!」

暁ノ御柱前に集まる人々はドラゴンたちの姿にパニック状態になっており、それはシルヴィアとジュリオも例外ではなかった。

「ナ、ナデシコ!貴様のところにはノーマもいるのだろう!さっさと、さっさとドラゴンを倒せ!!」

「言われなくてもそうするつもりです」

腐りきった国と人々とはいえ、力のない民間人であることには変わりない以上、被害が出る前にドラゴンたちを倒すだけ。

ここにドラゴンがやってきた理由も気にかかるのは確かではあるが。

「クソッ!始祖連合国の無人機はこちらを狙い続けてる!状況がわかっていないな!!」

ある程度ピレスロイドたちが集まるように誘導することに成功したタスクは凍結バレットでまとめて凍結させ、ドラゴンたちを無視してこちらを攻撃する無人機たちに対処する。

このような状況において、しかも交戦までしているのに白々しくノーマの義務を主張する恥知らずなジュリオに苛立ちを覚えていた。

「いいわ、ナデシコは進路そのままで。けど…!」

ドラゴンの群れへと突っ込んでいくヴィルキスにガレオン級の口から放たれる電撃。

援護のために周囲のスクーナー級から放たれる炎と組み合わせて生み出される弾幕をかいくぐり、ガレオン級の頭部にラツィーエルを突き立てる。

「ドラゴンは…全部倒してから行く!」

「アンジュ…」

一人で突っ込んでいくアンジュを援護するタスクが飛天で周囲のスクーナー級を切り捨てつつ、彼女の身を案じる。

「ここは…腐っても、私の故郷だから…」

故郷のためであっても、ジュリオやシルヴィア、ミスルギ皇国のかつての大切な人々のためではない。

これはあくまでも両親との思い出を守るための、自分のためだけの私闘。

「ボース粒子反応増大!アキトさんだと思われます!」

東の広場あたりでボース粒子が増大し、それが収まるとそこに現れたのはヒルダのグレイブとアキトのグレイサレナ。

ブラックサレナとは異なり、機体本体にボソンジャンプのシステムが搭載されているグレイサレナであれば、高機動ユニットなしでボソンジャンプが可能となっている。

両手に装備しているラピッドライフルでこちらに反応するピレスロイドに対応していくアキトに対して、ヒルダは何も反応を見せない。

「アキト!」

「ヒルダを保護した」

「…」

今のヒルダはアキトが持ってきたソレスタルビーイングのノーマルスーツで身を包んでいる。

母と会うために身に着けていたドレスはもう手元になく、傷ついた体はアキトの手で消毒などの応急処置がされているだけ。

「ヒルダ…てめえ、今更どの面下げて戻ってきやがった!」

「裏切り者…卑怯者…」

ヒルダにどのような事情があったのかなど知らず、知りたいとも思わないロザリーとクリスの怒りの声が通信機から聞こえてくる。

ずっと仲間として一緒に戦ってきたからこそ、二人にはヒルダの脱走が許せない。

通信機越しで、モニターでヒルダの姿を見ていない2人だが、きっとモニターで今の彼女の姿を見たとしても、この感情は変わらないだろう。

そして、その怒りが正当なものだということをヒルダは理解している。

ヒルダとて、きっと2人が脱走などしたら、同じ感情を抱いただろうから、その怒りを受け止めるしかない。

「やめなよ、ロザリー、クリス」

「アンジュ…」

ヒルダから数多くの嫌がらせを受け、時には命を落としかけるほどのひどい目にあったはずのアンジュが彼女をかばう。

せっかく戻ることのできたヒルダが再びグレイブに乗ってここにきているということは、きっとそういうことなのだろう。

それを察したアンジュに見ているだけという選択肢を取ることができない。

「うるせえ、イタ姫!脱走者が脱走者をかばってんじゃねえぞ!」

「やめろ、二人とも!今は敵部隊と…ドラゴンたちの対処が先だ!」

モビルアーマー形態のデストロイから放たれる大出力のビームを回避し、シンとルナマリアを降ろしたキラとアスランはそれぞれの愛機をモビルスーツ形態へ戻すと同時にイモータルジャスティスがビームブーメランとシールドブーメランを、ライジングフリーダムがシールドブーメランを投擲する。

陽電子リフレクターを展開するデストロイだが、2つのシールドブーメランが貫通して脚部を貫き、続けてビームブーメランが砲門を切り裂く。

「やはり無人機か…動きが読みやすい!」

ビームサーベルを手にした2機が突っ込んでくるのを確認したデストロイはモビルスーツ形態に戻らずにショトゥルムファウストを分離し始めるが、その時には既に本体がサーベルを突き立てられる。

爆発を起こすことなく停止したデストロイから2機はサーベルを引き抜く。

「ヒルダ、戦える?」

キラの問いかけに対しても、ヒルダは何も反応を返さない。

前ではアキトがずっとヒルダをかばいながら戦っている。

だが、守られているヒルダにはいつもの闘争心も生存本能も感じられない。

「何をしているのヒルダ!!顔を上げなさいよ!!」

「アンジュ…」

「私たちにはもう…帰る場所も、故郷もない!!」

ノーマとしてこの始祖連合国を追い出されてから、そのことはもう決まっていた。

たとえ命がけで脱走し、戻ったとしても、もう愛されることもなければ、戻ることさえ許されない。

そのこともアンジュもヒルダも、もう十分すぎるほど思い知った。

だが、それでもアンジュは戦っている。

ドラゴンの血で機体を濡らしている。

「だから…自分の力で生きていく場所を作るのよ!!そのためなら…ドラゴンも…無人機も…いえ、世界だって壊してやる!!」

「世界を…壊す…」

そんなこと、できるわけがないだろう。

普段のヒルダならそう笑い飛ばし、あのイタ姫を馬鹿にしていただろう。

母親に否定された傷を抱えていることが大きいかもしれない。

この目の前にいる彼女の言葉が本当にできるように感じられた。

そんなヒルダを捕らえたピレスロイドが機関銃を発射する。

「うわあああああああ!!!」

声を上げたヒルダが操縦桿を強引に動かして機関銃の射線から逃れるとそのままアサルトライフルで目の前のピレスロイドをハチの巣にする。

悲しみと入れ替わるように感じ始めた胸を焦がすほどの怒り。

マナが使えない、それだけで人間とみなさない今の世界。

新しい子供を作り、自分の存在を否定した母親。

そのすべてが油となり、種火がすべてを焼き尽くす炎となる。

「こんな世界、壊れちまえばいいんだ!!」

 

「なぜだ!?なんなのだ奴らは!ドラゴンやモビルスーツはともかく、なぜデストロイまでこうもたやすく…!!」

兵士に護衛され、地下指令室まで逃れたジュリオにはモニターに映る大破したデストロイに呆然としていた。

ヨーロッパを火の海にし、数多くのザフトやコーディネイターを葬ったあのモビルアーマーが全く真価を発揮できないまま撃墜されるのは信じられない。

搭載されているAIについても、元々デストロイに搭乗していたエクステンデッド達の戦闘データを元に最適化したもの。

不安定で理性のかけらもない奴らよりも強力なはず。

だが、このナデシコとそれに乗り込む機動兵器たちは全く歯牙にもかけなかった。

「ええい、こうなれば例のものも出せ!!あれならば、奴らも!!」

「なりませんよ、ジュリオ陛下」

指令室の扉が開き、入ってくるのはジブリールと数人の護衛。

ジブリールの余裕な表情を見たジュリオはこぶしを握り締める。

仮に彼があの人物の手下でなければ、今この場で殺してやりたいとさえ思ってしまう。

「これはあくまでも前座。そんなものにデストロイも、あれも使う必要はありません」

「黙れ!貴様が提供したデストロイ、何の役にも立っておらんではないか!!AIを含めて、どれだけ骨を折ったと…!」

「だからこそです、最も奴らにとって致命的な状況にこそ、使う価値がある、ということです」

秘密回線によって連合政府やプラントからの追跡を逃れたブルーコスモス構成員たちの秘密回線へ送付された暗号通信。

ジブリールがダイダロス基地で倒れた後で率いていたミケール大佐が連合によって捕縛され、居場所を失った彼らにはもはやジブリール以外にすがることのできる存在がない。

彼らが今、極秘裏に秘蔵していた資金や資材とともに始祖連合国に集結しており、来るべき時のための準備を進めている。

彼から与えられた資材もあって、数多くのモビルスーツとモビルアーマーの建造に成功し、例のものも完成した。

今は亡きデュランダルによるロゴスの存在を暴露した演説がなければ、ヘブンズベースで完成するはずだったこの機体はジブリールが脱出する前にデュランダルの手に渡すよりはと爆破処分された。

データについては本体を自分が、コピーをほかの信頼できる同胞に預けていて、今ここに持ち込むことができたのはその同胞の手によるものだ。

この機体が仮に完成していれば、ヘブンズベースは陥落せず、デュランダルを討ち取ることもできた。

「真の出番はもう間もなくです。その時をお楽しみに、ジュリオ陛下」

ひざを折るジュリオに背を向け、ジブリールは立ち去っていく。

この指令室において、ジブリールを引き留める余裕のある人間は一人もいない。

彼らの視線はすべて、モニターに集中していた。

赤いLOSTの表示の数々と健在な姿を見せるナデシコ。

「全、滅…」

呆然とする始祖連合国の司令官たちをよそに、指令室を出たジブリールは不敵な笑みを浮かべる。

本当の戦いを知らない彼らに、この戦いに勝つことなどできない。

あの宇宙の化け物と絶滅闘争を繰り広げた自分とぬるま湯につかる始祖連合国では覚悟が違うのだから。

 

-アルゼナル 反省房-

ドラゴンとミスルギ皇国の敵戦力を全滅させ、始祖連合国の領海を出たナデシコたち。

アルゼナルへ戻ると、ヒルダはすぐにジルの命令によって収監された。

アンジュについては、ジルと話があるということで一度司令室へ向かっており、今ここにいるのはヒルダ一人。

ここに入れられる際、ロザリーとクリスが何かを言っていた気がするが、そんなことを気にする余裕はない。

確かめようにも、入れられてから数時間の間、誰も面会に来ていない。

ナオミがご飯を持ってきてくれたくらいだ。

正確に言うと、これはごはんではなくスメラギからの差し入れということではあるが。

重々しい扉が開き、足音が聞こえてくる。

「ヒルダ、お仲間が増えるわよ」

サリアの手によって一度房の扉が開き、アンジュが入ってくる。

ヒルダもアンジュも、服装はアルゼナルの制服に戻っているが、どちらも拘束具はつけられていない。

「イタ姫と一緒に謹慎かよ」

「スメラギさんが司令に掛け合ってくれたから、処分は軽く済んでいるのよ。文句は言わせないわ」

本来、脱走した場合の罪は重く、必要な場合は撃墜も許可されている。

生きて戻れたとしても、アルゼナル内の財産はすべて没収され、長期間の服役が待っている。

再度の脱走への警戒から、二度とメイルライダーに戻ることができない可能性もある。

サリアと一緒に来ていたロザリーとクリスの視線がヒルダに刺さる。

「なあ、ヒルダ。どうして…どうして脱走なんかしたんだよ!なんで、何も言ってくれなかったんだよ…。友達だろ?」

確かに、ミスルギ皇国でヒルダが戻ってきたのを見たときは怒りに震えた。

ひどいことも言ったが、少し距離を置いて冷静さを取り戻した今浮かぶのは疑問だ。

そして、何かを言ってほしかったという小さな恨みだ。

「ロザリー…あんたは友達って思ってたかもしれないけど、ヒルダは違ったみたいだね」

「え…?」

じっと睨みつけるクリスの目に宿るのは敵意だ。

ヒルダがどんな事情で脱走したかなどクリスには知らないし、知りたくもない。

ただ重要なのは自分たちを置いて逃げ出したという事実だけ。

その事実こそが今までの友情が偽りだという証明。

「プ…クク、ハ、ハハ…ハハハハハ!!」

急に狂ったように笑い始めるヒルダに全員の視線が集中する。

顔を右手で隠し、笑い転げた後でヒルダは粗末なベッドの上にだらしなく寝転がる。

「ああ、そうだよ。気づくの遅っ。思ってねえんだよ、お前らのこと、最初から友達だなんて。うまくやっていくために、あんた達に合わせてきただけなんだよ」

「ヒルダ…てめえ!!」

「あんたなんか…死ねばよかったんだ」

今までのすべてを否定するヒルダに愛想を尽かせた二人は立ち去っていく。

ため息をついたサリアは背を向けるヒルダとベッドに座るアンジュを見る。

「謹慎は一週間よ。戻ったら、ちゃんとスメラギさんにお礼を言うのよ」

サリアが出ていき、2人きりになった独房が静寂に包まれる。

アンジュもヒルダも、どちらも姿勢を変えることはなく、言葉を交わす様子もない。

小さな窓から差し込む外の光の変化だけが時間の経過を伝える。

最初に口を開いたのはヒルダだ。

「なあ…イタ姫。あのタスクってやつ…一体何者だよ」

刹那によく似た声のあの男はアンジュのことを知っている様子で、おまけにメイルライダーでもないはずなのに旧式のアーキバスを使っていた。

ほんの少しだけ戦っている様子を見たが、はっきり言ってその実力は頭一つ抜けている感じがした。

「…話したくない」

「ちっ…こっちは最悪だってのに、そっちはずいぶん楽しい逃避行だったみたいだな」

「そうでもない…。大勢の人間の前で鞭を打たれて、罵声を浴びせられた挙句、最後は首をつられそうになった」

「へえ…なかなかじゃん」

ようやくアンジュに顔を向けたヒルダは暗がりの中で目を凝らし、あらためて今のアンジュの露出している肌を見る。

鞭で打たれたというのは事実なようで、戻る前にトレミーで治療を受けているものの、まだ傷跡が残っている。

「ヒルダは?」

「50人のポリ公にボコられて、そいつらを全員、再起不能にしてやった。応援が来たときはまずいなって思ったけど、アキトの野郎に助けられたってわけだ」

でたらめな話だろう、そんなことをアンジュは口にできなかった。

今ここにいるということは、結局ヒルダも自分と同じ。

故郷に、すべてに裏切られたということだろう。

ここからの話はもうアンジュにも想像がつく。

「お母さんには…会えたの?」

その言葉にヒルダは視線を下に向ける。

これまでの戦いで受けた傷よりも、警察から受けた暴行よりも、それが一番痛かった。

「会うには、会えたさ…ママだけは…受け入れてくれると思ったのに…」

こんなことなら、連れ去られるときに最初から自分のことを見捨てればよかったのに。

あんな目にあった今でさえ、最後まで自分をかばおうとした母親の記憶が消えない。

あの甘い記憶が、あのアップルパイの味が、幼いころの母との思い出がヒルダを容赦なく傷つける。

「ヒルダ…」

「11年前だよ、ここに連れてこられたのは…。それからはずっと、ママに会うことだけを考えてこれまで生き延びてきた」

たとえ、もう一緒に暮らすことができないとしても、せめて一目だけでもいい。

母親に会いたいという思いだけが過酷な戦いの中で自分を鼓舞していた。

わがままを言うなら、ノーマである自分を受け入れてほしいとさえ思った。

だが、始祖連合国の無慈悲なシステムがそれを許さなかった。

11年という時間は母親という人間を変えるには十分な時間だった。

「妹が…いたんだ。この子はマナが使えて…ママに、ヒルダって呼ばれてた。そして、あたしのことは…化け物、だって…」

再びアンジュに背中を向けたヒルダの体が震える。

なんで古傷をえぐるような話をさせて、なんでベラベラとこんなことを話してしまうのか。

もう泣かないと決めたのに、なんでこんなに涙が出て、それでもなお母への思いが消えないのか。

「あたしには…もう、帰る場所なんて…ない…」

ならもういっそ、死なせてほしい。

生きるための最期の蜘蛛の糸が切れたなら、あとは死へ向かうだけなのだから。

自分を恨んでいるであろうアンジュがこの場で首を絞めてくれるなら。

「帰る場所ならあるじゃない、ここに。あなたには仲間がいるはずよ」

「いるわけ…ねえだろ!仲間…なんて…」

これ以上、そんな優しい言葉なんて欲しくないのに。

これがアンジュの復讐なのか。

再び重い扉が開き、そこから聞き覚えのある足音が近づいてくる。

「んだよ…お前も、私を笑いに来たのかよ」

顔を向けず、自分を助けに来てくれた恩人を邪険に扱う。

今は自分のことでいっぱいな状態のヒルダにはアキトへかける言葉を選ぶのが難しい。

「強がりはやめろ、ヒルダ」

「アキト…」

「ざけんじゃねえよ…助けた恩を着せて、説教でもするのか?いらねえよ、そんなもの!あんたは…あんたはいいよな!惚れた女を取り戻してさ!!」

取り戻したアキトと、もう取り戻せないヒルダ。

ここからいくらでも傷をいやすことのできるアキトにヒルダは嫉妬せずにはいられない。

初めて感じたこの感情を制御できずに、容赦なく言葉をぶつけるがアキトは表情を変えるそぶりを見せない。

「…そうだな。お前の言うとおりだ。だが…それでも、一度は絶望に落ちた。それで、取り返しのつかないこともしてきた」

「だから、這い上がれというの…?」

「それは、お前たちにかかっている。そして…仲間がそれを助けてくれる」

一人では見えなかったもの、選べなかったもの。

そこに希望がある、それを選んでいいと教えてくれたルリたちをアキトは思い浮かべる。

彼女たちがいたからこそ、今アキトはここにいる自分を肯定できる。

「言っただろう!?あたしに仲間なんていねえ!てめえとは違うんだよ!!」

「強い言葉を吐いているのに…お前の心は悲しみで満ちている」

「てめえ!!」

「ロザリーとクリスに謝っておけ。取り返しがつかなくなる前に」

いうだけ行って出ていくアキトの姿を隠した扉にようやく顔を向けるヒルダの目には涙がたまり、かみしめる唇からは血が流れる。

「格好つけやがって…てめえに…私の…何がわかるんだよ…何が…」

「やめなよ、ヒルダ。聞いてるこっちも、悲しくなる」

あまりにも痛々しいやせ我慢。

傷を隠すためにさらに深い傷を自分でつけるヒルダを見ていられない。

「お前まで、私を哀れむのかよ!!」

「アキトの言う通りだよ、あんたの心は、泣いている」

「…」

もう、これ以上言っても無様になるだけと沈黙するヒルダ。

脳裏に浮かぶ仲間と言えば、ロザリーとクリス。

だが、それはもう少し前までの話でしかない。

「だからといって…言ったことを、取り消すことなんて、できねえよ…」

きっと、ロザリーもクリスも自分を許さない。

本来脱走というのはそれだけ重大な裏切り行為だ。

謝って、許してもらえるようなレベルの話ではない。

「あーあ、何もかも…なくなっちまったな。脱走したことで、もう部屋もカネも全部没収だろうな。生きる意味もねえから、いっそのこと、殺してくれねえかなあ」

処分が抑えられたとしても、それらはもうロザリーとクリス、そして自分に恨みを持つメイルライダー達が横取りしているだろう。

生き残るために、メイルライダー達の中に敵を作ってしまっていることも事実だ。

「ダメよ…死ぬのだけは、絶対にダメ」

「はぁ…?いうじゃねえか、生きろだって?さすがは元皇女様だ、言うことが違うねえ。こんなクソッタレなどん底で、まだ生きろってのか?希望を捨てずに?」

「ここで死なれても、迷惑なだけよ。臭いだろうし」

「それだけ…?」

「それだけよ」

あんまりな理由での介錯拒否。

だが、何かを感じたヒルダはようやく涙が止まり、笑ってしまう。

自分勝手な女だと思っていたが、ここまでとは傑作だ。

「でもさ、一つあんたの言っていることは認められる。希望なんてないってことだけは」

「あん…?」

「そんなものが、本気であると思ってるの?ノーマの私たちに。あるのは戦いだけ。で、戦いが終われば存在価値なんて消えてなくなる。まったく、ばかばかしくて笑えてくるわ。偏見と差別で凝り固まった愚民ども、ノーマってだけで馬鹿にして思考停止して、否定しかできない」

「お、おい…」

急に饒舌に恨み言を口にし始め、主導権を奪われたヒルダが声をかけるが、今のアンジュにそれは届かない。

「マナが使えないって、そんなにいけないこと?違ってちゃいけないの?すべてが嘘っぱちよ、あのミスルギ皇国も、始祖連合国も、友情とか家族とか絆なんて、ああーーーーー!!友情が素晴らしいとか、絆こそが美しいとか、あんな見せかけでハリボテの繁栄の中で平気で口走ってた自分を殴りたくなってきたわ!!」

「お、お前…馬鹿…?」

「ほんと、バカよ!バカばっかり!どいつもこいつも豚の餌以下!腐ってるわ、あんな世界!」

涙がすっかり引っ込み、アンジュに押されるヒルダが呆然とする中、アンジュは何かを思いついたかのように急に顔を上げる。

そして、大股でヒルダの目前まで迫る。

「ねえ…壊しちゃおっか…全部」

急に優しげな表情でとんでもないことを口走るアンジュの顔にヒルダは何も言い返すことができない。

黙り込むヒルダの前で、アンジュの脳内では始祖連合国を破壊するためのシミュレーションが開始していた。

「できそうじゃない?今日の戦いを見たら。ナデシコは言うことなし。おまけにソレスタルビーイングも勇者特急隊も巻き込めば。もっというなら、宇宙世紀世界に行って、ロンド・ベルもミスリルも、ヤマトも巻き込んじゃえばいい」

「お前…本気かよ…」

それだけの戦力があれば、ミスルギ皇国だけでなく、始祖連合国そのものを火の海にすることができる。

そう言い切れるのは、これまで彼らとともに戦ってきたからだろう。

「少なくとも、歴史があるってだけでふんぞり返っている始祖連合国はつぶす。私を虐げ、貶め、辱めることしかできない世界なんて、私から否定してやる。こんな、腹立たしくて、苛立たしくて、頭に来るだけの世界なんて…全部灰にしてやる!!」

「は、は、ははは…」

アンジュの宣言によって、何か心の中にあった靄がすべて吹き飛ばされ、ようやく心の底からの笑いがヒルダの中によみがえってくる。

少し離れたアンジュの前で、思いっきり笑った後でヒルダは立ち上がる。

「…いいぜ、アンジュ。そういうことなら、協力してやっていい。あたしも、ぶっ壊したい奴がいるからさ」

「例えば…?」

「あたしをぼこったあのポリ公どもだ!」

「ヒルダ、アンジュ!!」

バンと急に扉を開けて入った来た刹那に二人の顔が向く。

彼の手にはカギと拳銃が握られていて、すぐに独房の鍵を開ける。

「出ろ!!」

「出ろって…謹慎は1週間じゃ…」

「そんなことを言っている場合じゃないぞ!」

「早く、ここから出るんだ!」

アサルトライフルを手にしたアスランとシンも入ってきて、何が何だかわからないままアンジュとヒルダは独房を出る。

「なんだよ、せっかくいい気分になってきたときに…うおっ!!」

急に分厚い鉄製のドアが吹き飛び、同時に緑色のビームがそのまま壁を突き破っていく。

このビームをメイルライダー達が見違えるはずがない。

「ドラゴン!?」

「マジかよ…アルゼナルの中に!?司令達は何やってんだ!」

入ってくるスクーナー級の姿を見たアンジュとヒルダだが、独房に入る際に武器となるものはすべて没収されている。

今は3人が持つ銃に頼るしかない。

「突然、居住ブロックに出現したと聞いている」

「何も反応もなかったってさ。ミラージュコロイドでも使ってるのかよ!ドラゴンは!」

発砲しようにも、下手に刺激をすると何を仕掛けてくるかわからない。

パラメイルや機動兵器で戦っているのと生身で戦うのとではわけが違う。

判断に迷う中、スクーナー級がアンジュに目を向ける。

その視線はアンジュと、彼女の指につけられている指輪に向けられていた。

「何…?」

「----!!-、----!-----!」

「これって…」

言葉にならない鳴き声で何かを訴えかけてくる。

だが、それは叫びや鳴き声というよりも、何か別の、聞き覚えのあるもの。

「まさか…これって…」

なぜこのスクーナー級がこんなことをしているのかはわからない。

だが、アンジュは目の前のスクーナー級に合わせて永遠語りを歌い始める。

ドラゴンと人間による歌、それがスクーナー級をおとなしくさせる。

「よし、今なら!!」

「撃つな、シン!」

スクーナー級が光を放つと、徐々に肉体が小さくなっていく。

やがて肉体は彼らにとって見覚えのある人物のものへと変わっていく。

「ヴィヴィアン!?」

「ドラゴンが、ヴィヴィアンに変わった??」

「どういうことだよ…」

眠ってしまったヴィヴィアンに彼らの視線が向けられる。

やがて、ジルとマギーがその場にやってくる。

「急げ、マギー!ヴィヴィアンの抑制剤を!」

「ちぃ…ミスルギ皇国に入ったことで、ヴィヴィアンの血が目覚めちまったのかい!」

急ぎマギーが注射器を使い、何かの薬品をヴィヴィアンに打ち込む。

そして、ほかのノーマの少女たちが駆け付けると、タンカを使ってヴィヴィアンを医務室へと連れて行く。

「司令…」

アンジュの疑念に満ちた視線がジルに突き刺さる。

彼女は何かを知っている。

ヴィヴィアンのことだけではない。

ドラゴンのことを含めて、すべてを。

「見られたか…」

焦る様子のないジルの姿が、アンジュには腹立たしかった。




機体名:ピレスロイド

ミスルギ皇国で運用されている無人兵器。
円盤状の小型機で、チェーンソーと機関砲、捕獲用のワイヤーが搭載されている。
パラメイルよりも小型なそれはコストパフォーマンスに優れており、大量に用意することで戦艦を撃沈させることも可能らしい。
なお、アンジュリーゼ時代のアンジュがそれを見たことがないようで、運用が始まったのは少なくともアンジュがノーマとなった後と思われる。
また、この機体自動制御のモビルスーツやモビルアーマーなどの運用をすでに行っているミスルギ皇国がなぜこのような兵器を採用したかについては謎に包まれており、少なくとも国防用のものではないと思われる。
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