仮面ライダーARTHUR 王の名を持つ仮面の騎士 作:名もなきA・弐
それでは、どうぞ。
人気のない夜道を若い男が走っていた。
仕事帰りなのだろう、スーツを着こなしカバンを手に持った彼は乏しい電灯の明かりが照らす、その暗い道を何度も躓き、足をもつれさせながらも無我夢中で走る。
静まり返った辺りには恐怖で顔をひきつらせ、男の苦しそうな息遣いと足音だけが響いていた。
「来るな……来るなっ、来るなあああああああああっっ!!!」
『……耳障りな声を出すなっ』
何かに恐怖するように、悲鳴をあげる彼に対して『それ』は憎悪を孕んだ声が響く。
不意に、さっきより暗くなった自分の周囲と声に思わず上を向いた。
「あ、ああ……!?」
上を向いた男の視界に入ったのは、ゲームパッドのような鎧とモノアイがある一体の怪人。
ダークブラウンの毛皮に覆われた狼や猟犬を思わせるような怪物の上に、金の手甲や具足を身に着けており、古びた鎖をアクセサリーのように首や身体に巻き付けている。
更に恐怖したのは、その怪物が鳥のような巨大な翼で空を飛んでいるということだ。
常識さえも超越した、理解し難い怪人が自分を狙っている……それだけで男は腰を抜かしながらも必死に逃げようとする。
だが、怪人はそれを許さない。
『逃がさないよ』
『逃がさねぇぞっ!』
『あんたも……相応の罰を受けろっ!!』
三つの異なる声で、恨みの言葉を口にした怪人は地面へと降り立ち男性を獣のようなモノアイで射殺さんばかりに睨みを強くする。
そして、右肩に存在する巨大な猛犬の口が開くと……。
「……ああああああああああああああああああっっ!!!」
男の悲鳴が静かな夜を響かせた。
探偵は正義のヒーロー……。
小さいころは仕事をする母親の姿に憧れていた。
悲しむ依頼人を救い、その身を挺して真実を掴み取って犯罪を明らかにする。
それが自分の信じた探偵像であり、そうであろうと努力して数々の事件を解決してきた。
けど、真実を明らかにするのが遅かった。
もっと早い段階で気が付くべきだったのだ。
だから……。
「……んっ」
最悪の目覚めと共に、少年は目を覚ました。
寝癖でぼさぼさになった茶色がかった髪の頭を掻き、眠そうな目から赤い瞳が開いている。
起動したスマホを見れば、時刻は午後……普通ならまだ学校にいる時間だ。
そう、普通なら。
「……ゲームでも買お」
私服へと着替えを終えて、怪我を隠すために手袋を着用した十四歳の少年『門矢戒』は財布を握り締めて外へと出かけるのであった。
頭に靄がかかったような感覚が続いている……それが今の戒の状態だった。
少年探偵として活動していた彼の身に起きた事件、それは右手に負った火傷だけでなく心までも傷つけた。
それ以来だ、気分がどんよりと何事に対しても興味を持てなくなったのは……。
学校へも行かなくなり、他人との関りを避けるようになった。
部屋で勉強はしているし、家事の手伝いもしているため世間一般での引きこもりとは少し違う。
身内も周りの目を気にすることなく、「行きたくなったら行けば良い」という言葉に甘えてしまっている状態なのだ。
そんな自分に対しての自己嫌悪も募らせているため、増々外へ行く気がなくなるという悪循環に陥っている。
自堕落な生活を送っているようで、本人は困っている……そういった事情を考えれば引きこもりの切迫した心理状況なのかもしれない。
もちろん、今の戒に喝を入れたくなる人間はいるわけで。
「見つけた」
「んあ?」
そこにいたのは、上着を羽織った学生服の少女。
小柄で子どもらしく、左側は短く右側を長くしたアシンメトリーな髪形をしており、長い部分を赤いリボンで結んでいる。
だが、右手には場違いな木刀を担いでおり上着も「喧嘩上等」と刺繍されている。
「何だ、琴音かよ。お前もさぼりか?」
「うっせー。私は頼まれたんだよ、あの忌々しい牛女たちにな」
苦い顔と共に「ほら」と首を向けるように指示をする。
首を傾げながら指示された方を振り向くと、そこにいた二人の人物に顔をしかめる。
「出たな、お節介姉妹」
「誰がお節介姉妹よ!」
「まぁまぁ『乱花』ちゃん」
そこにいたのは黒がかった長い髪を腰まで伸ばした私服の少女と髪を結んだ少女。
戒と琴音が通う『半蔵学院・中等部』在籍しているクラスの同級生である姉の『神楽坂倫花』と、その妹である『神楽坂乱花』。
この二人(と言っても妹の方は姉に連れられてだが)、学校に行かず遊んでいる戒を見かねてなのか、それとも女顔にも見える中性的な彼を見て姉としての本能が疼いたのか積極的に関わってくるのだ。
……以前、二人に絡んでいたチンピラを撃退したことも関係しているかもしれないが特に言及することはないだろう。
「はい、これ」
カバンから取り出した倫花が渡したのはノート。
どうやら昨日渡し忘れた授業の内容を届けに行こうとしたらしい。
特に断ることもないため、「サンキュ」と感謝の言葉に受け取った戒はゲームが入った袋へと入れる。
昼休みの時間を利用してまで、それも不登校のクラスメイトにわざわざ会いに来る彼女たちに背中を見せて去ろうとするのを止めたのは倫花だ。
右腕を抱き締めるように身体を密着させてくるので、戒は思わず動きを止める。
「なっ!?///」
「駄目だよ戒君?ちゃんと学校に行かないと」
中学生とは思えぬ、豊かな胸に顔を赤らめる彼に気にすることなく倫花は見上げるような形で見つめる。
だらけた態度の戒だが性欲事態は健全に残っているため、柔らかい感触に自然と胸が高鳴ってしまう。
「ちょっと!お姉ちゃんから離れなさいよ!!」
「…て。てめぇも年下の癖に抱き着いてんじゃねぇよっ!!」
不機嫌になった乱花も逆の腕に抱き着くと、流石に堪忍袋の緒が切れた琴音が乱入する。
その際、乱花と琴音が「どけチビ先輩」やら「黙れ駄乳」と低レベルな争いを続けていたが、天国のような地獄のような空間に戒のスマホから着信が入る。
取り出して画面を調べると、映った名前に顔を歪める。
「わ、悪いっ。俺、もう帰るから」
一言謝ってから、慌ててその場から逃げるように去り、人気のない公園まで走ってきた戒は着信が続いている電話を慌てて取る。
『Hello、戒。答えは出たかな?』
声の主は渋く落ち着いた男性。
だが、何処か警戒心を解かせるような声色で戒はうんざりしたように返事をする。
「またあんたか。言っただろ?俺はあんたの勧誘を受ける理由はない」
『答えは変わらない、とでも言いたげだね』
その答えはとっくに予想していたのか、声の主は楽しそうに笑う。
向こうの様子に戒の機嫌は下がる一方だ。
ほんの数か月前から、この謎の主からの勧誘が続いている。
悪戯電話かと思ったがその後も続く勧誘に戒は律儀にも付き合っている状態なのだ。
「悪いけど他をあたってよ。俺はもう探偵なんかじゃ…」
『君は名探偵だよ、今も前も変わらない。ただエンジンのかけ方を忘れているだけさ』
「…っ」
その言葉に、少しだけ言葉が詰まる。
名探偵と言われたからじゃない、彼の言う『エンジンのかけ方』に少しだけ思うところがあったのだ。
……ふと考えていたことが口に出る。
「まるで、あんたの誘いに乗れば俺のどんよりも晴れるみたいな言い方だな」
『興味が湧いたかな?』
同時に、風を切るような音とモーター音が電話の方から聞こえると、戒の視界に赤いミニ四駆のような物体が走ってきた。
突然出てきた玩具に戒は思わず二度見をする。
『ふふ。そんなに驚かないでくれ』
「へっ?」
電話から聞こえる声と……あろうことかミニ四駆から聞こえる声に戒は変な声を漏らしてしまう。
『改めまして、私はウェルシュ。よろしく、戒』
「……はああああああああああああああああっっ!!!?」
喋るミニ四駆…ウェルシュに戒はただただ驚愕の叫びをあげることしか出来なかった。
場所は変わり、門矢家。
「……これが世間を騒がせている連続傷害事件の資料ですか?」
「そうよ。正直、一般市民に情報を渡すのは複雑だけどね」
物静かな様子で、刑事であり妹でもある美海から渡された書類を眺めているのは戒の母である美緒。
書類にある凄惨な現場写真に物ともせずに事件の概要に目を通した彼女はその犯行方法に疑問を覚える。
「被害者は二度と起き上がれないように半身不随にしたにも関わらず、被害者宅に乗り込んで全てを無茶苦茶にしている……何故こんなことをしたのでしょうか?」
「少なくとも、今までの被害者たちは過去に自分たちの悪行を動画サイトに投稿している。本人を襲うだけじゃ飽き足らなかったんじゃない?」
荒らされた被害者の自宅の室内が荒らされている状態に、二人は思考を張り巡らせる。
だが、それ以上に不可解だったのは。
「ビルのないところで転落。巨大な獣に襲われた痕跡……人間の仕業じゃなさそうね」
「……精霊術を使った犯行も、視野に入れる必要がありそうね」
普通の人間じゃ引き起こせない、奇妙な犯行方法に美緒と美海は今回の資料を眺めるのであった。
久しぶりなので短くなってしまいました、申し訳ないです(汗)