インフィニットサムライズ~Destroyer&Onishimazu~   作:三途リバー

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第9幕 BLACK OUT

IS学園の地下深く、職員の中でも限られた者しか存在を知らない特別施設の中に()()は転がっていた。

 

「ひでぇ有様だ。どんな威力で蹴ったらISがこんなになる」

 

こんな、と信長が言ったのは此度の襲撃の指揮官機だったものだ。

頭部以外の全身を覆う装甲型ながら、左腹部に抉りこんだ一撃により大きくひしゃげ、そこを起点に「く」の字に折れている。初見でこれがISと見抜ける者の方が少ないだろう。

 

「絶対防御が無効化されたISの脆さが露呈した形だな。いや、この場合は緋縅の恐ろしさと言った方が最適か」

 

信長の隣に立つ千冬の目の下には、濃い隈が貼り付けられている。この1週間、1組担任、島津豊久の姉、そしてIS学園最高戦力という面倒な役回りを一手に引き受け、後始末に奔走してきた彼女の疲労は相当なものだ。

 

「恐ろしいのはお前の弟じゃわい。で、晴明との話し合いはどうなったよ。紫電と緋縅はやっぱ十月機関に回収か?」

 

「それがちと面倒なことになってな。今も麻耶が連中と最後の所を詰めている。まぁ大筋は決まりだ」

 

今回直と豊久に渡されたそれぞれの専用機だが、実際に搭乗し双方共に問題が発見された。

まず紫電。直の操縦に耐えられるよう調整された機動力重視のISだが、その直の操縦というのは打鉄に乗っていた頃のものを参考にしている。当打鉄は直の操縦技術に着いてこれず、関節部や駆動部などに多大な異常が見られた。紫電ではその損傷具合から逆算して強度設定を行ったのだが、ひとつ失念していたことがある。それが、「直の本気の操縦は打鉄が壊れる程度」と考えていたことだ。当然の事のように思えるが事実は小説よりも奇なり、紫電がなまじ直の操縦に耐えられた事で、かのデストロイヤーは打鉄搭乗時には控えていたような動きをし始めたのだ。つまり、打鉄は本気を出す以前に壊れていたということになる。強引な多段瞬間加速(リボルバー・イグニッション)をはじめ、ブーストを0からいきなり100にかけるなど機体やスラスターユニットへの負担は相当大きく、駄目押しとばかりに()()()()()()()()鳴御雷を蹴りと共に発動するなど無茶のオンパレード。このため紫電への自傷ダメージは当初の想定より遥かに大きく、今回のデータを元にもう一度機体構造を見直すことになった。関節部の強度を筆頭にかなり大掛かりな改装となるらしい。

 

こちらはまぁ良い。直の専用機を更にブラッシュアップするという至極真っ当な作業だ。

 

問題はもうひとつの専用機、緋縅である。これはもう豊久側と十月機関側で揉めに揉めた。

インターフェースを利用したシステムが豊久と原因不明の異常適合し、本来ならば出力向上や攻撃威力増加程度の能力になる筈だった単一仕様能力は緋縅をI()S()()()()()()()()()()I()S()へと昇華させた。

更に話をややこしくしたのは、狂奔征葬の本来の能力が絶対防御破壊ではない可能性が出てきたことだ。絶対防御を貫通して無人機を破壊し、正真正銘のISにも搭乗者にダメージを通した。ここだけ見ればもうスクラップ一直線だが、事件後に千冬と行った安全確認テストでは狂奔征葬発動のアナウンスが流れたにも関わらず、絶対防御は破壊されなかったのだ。豊久曰く「姉上に傷付ける訳にもいかんじゃって、シールド削ればそいで良かち思いながら乗った」との事らしい。つまり、狂奔征葬は『豊久の破壊したいものを破壊する』能力である可能性が出てきたということになる。

 

製作者である十月機関長安倍晴明は本来の能力がなんにしても、殺人を犯しかねない危険な失敗作だとして本機の即刻解体、コア初期化を提言したが搭乗者島津豊久はこれを撥ね付け、真っ向から意見が対立した。普通ならば一学生が国の公的機関に逆らうなど出来る筈がないが、緋縅の製作が行われている真っ最中に『機体完成後はISを佐土原島津家の所有物とし、何らかの理由で国や十月機関、IS学園へ差し戻す際には貸与という扱いになる』という契約を交わしていたため話が変わってきた。これは当時、千冬が珍しく強硬に豊久に言い聞かせ、日本政府と交わさせたものである。この契約を条件に豊久はIS学園への入学と血液や細胞などの一部生体サンプルの提供を了承した(というかさせた)という経緯がある。

 

世界でただ2人の男性操縦者の片割れ(愛する弟)の人生を縛り、その道を狭めようというならば相応の覚悟をせよ。

もし豊久に何かあれば、佐土原、そして島津宗家はISを擁して日本政府に徹底的に抵抗する。

 

世界最強たる千冬と貴族院に籍を置く叔父の存在、そしてIS開発者であると篠ノ乃束とのパイプがあったから成り立つ無茶苦茶な契約(脅し)である。

 

豊久はこの契約を持ち出してごねたのだ。馬鹿だ馬鹿だとは言われているが、豊久とて家族が自分の為にどれだけの無茶を重ねて勝ち取った契約、ISかということを充分理解している。

武具を取り上げられるのは武士(さぶらい)としてこれ以上ない屈辱だ、と子供のような言い分をぶちかましていたが、信長の見たところアレはわざとだ。そこまで考えていたかは分からないが、弁論で勝てない相手との言い争いに勝つにはとにかく相手を怒らせるに限る、という確信のもとのあの物言いなら信長は豊久の評価を数段上げねばならない。そして、その可能性は充分有り得ると見込んでいた。

 

何はともあれ、この話し合いを纏めるのに時間がかかり中立である麻耶が間に立っても議論は平行線。痺れを切らした晴明が検査を名目に回収していた緋縅を独断で初期化しようとしたが、なんと緋縅のコアネットワークはまるで意志を持つかのように豊久以外の全ての人間のアクセスを拒否した。十月機関の職員が四方八方手を尽くしたようだが、いくら頑張っても表示されるのは『ERROR』の文字だけ。

 

ここにおいて、晴明の独断をあげつらう形で千冬が介入した。IS学園の教師であり、他の生徒を危険から守らねばならぬ立場にいたため豊久の肩を持つことは控えていたが、当主との約束を反故にして動かれたとなれば佐土原の人間として黙ってはいられない。大いに怒り、湯呑み3つと机1つを犠牲に(叩き割って)強引に交渉を取り纏めた。

 

「それで行き着いた先が、豊久が緊急時以外に絶対防御破壊を願わないとの誓約書……馬鹿じゃねぇの、子供の口約束以下じゃねぇか」

 

かなり幼稚な契約だが、幸い生徒には無人機が絶対防御を搭載していたことが知られていない。裏を返せば、豊久が絶対防御を貫通したという事実を隠し通せる。「ISの劣化版である無人ロボットだから破壊できた」と説明すれば大半の生徒は納得するだろう。絶対防御が破壊できる、と言うよりかはこちらの方がまだ信憑性がある。

 

「それしか落とし所がなかった。緋縅のコアにアクセスして狂奔征葬をロックできるならそれが一番手っ取り早いが、豊久以外の操作を受け付けん」

 

「ふぅむ…。搭乗者とISコアの共感現象…これまで見られなかった訳では無いが、ここまでのものは中々ねぇ。しかも起動回数1回でだ。一次形態移行と言い、狂奔征葬の発現と言い、コアとお豊の相性がいくらなんでも良すぎるわ。まるで狙い済ましてこのコアを渡したかのように…」

 

そこまで口にしたところで、信長と千冬が顔を見合せた。

 

まさか。

いや流石に。

有り得ぬわけではなかろうが。

 

そんな会話を視線だけで交わすと、縁起でもないといった風に千冬が腕を振った。その顔は苦り切り、露骨な拒絶反応を示している。

この話を続けたくないのか、口を開いて出たのは先程とは全く異なる話題である。

 

「それより斑鳩についてはどこまで分かった」

 

「ん?あぁ、()()()よ。あの専用機のスペックから入手先、所属組織、自身の生い立ち、目的に協力者に今後の見通し…全て話してもろうたわ」

 

斑鳩優佳。本名山岸紗理奈。1歳で両親を亡くし、自動保護施設に引き取られるが数箇所をたらい回しにされた挙句過激派女性権利団体へ。そこでISの搭乗技術などの教育を受けていたところ、世界初の男性操縦者が現れたため、その専用機奪取の任を受けIS学園へと入学した。因みに、本物の斑鳩優佳は1ヶ月前に一家諸共事故死していたことが判明した。

 

「その斑鳩…いや山岸は今は?」

 

「殺したわ。政府に引き渡されて情報がそっちに流れちまえば大分面倒くせぇことになる。俺とお前と、麻耶と、サンジェルミ。知ってんのはそれだけで良い。政府にゃ尋問前に自殺したとでも伝えとけ。舌噛み切らせたからバレやしねぇよ」

 

信長は他の者が聞けば吐き気を催すようなことを平然と言ってのけるが、それを聞く千冬も当然といったように頷いただけである。肝の座りようだけでは説明できない()()が見て取れる。

 

「無人機についてだが、亡国機業(ファントム・タスク)から譲り受けたらしい。いつから繋がってたのか、向こうの担当者は誰か、細かいとこまでは知らされておらなんだようだが、あの専用機のコアもそこから流れてきたそうだ」

 

そう言って顎をしゃくったところには見るも無惨な文字通りの鉄屑。中に入っていたコアは既に摘出されているが、元々がブラックボックスな未知の技術の結晶である。そこから分かることは少なかった。

ただひとつ分かったのは、このISコアの登録番号。世界に467個しかないコアにはそれぞれ作られた順に数字が割り振られている。そしてこのコアの番号を覗いて見たところ…

 

「254だと!?馬鹿を言うな、それは…!」

 

「あぁそうだ。お前がぶっ壊した筈のロストナンバーだ」

 

「あの時私が確かに雪片で刺し貫いた。そして残骸もサンジェルミが回収したのを見届けている。それが持ち出され、修復されたと言うのか!」

 

「いや、事態はもっとややこしい。オカマと通信したが、254番のコアはきっちり()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………型式番号まで…完全に複製、だと……」

 

滅多に表情を崩さない千冬が、目を限界まで見開いてその言葉は震えてさえいる。それは信長とて同じで、軽い口調ながら額には冷や汗を浮かべていた。

 

「あの天才(バカ)ならわざわざぶっ壊れたコアをコピーなんぞ絶対にしねぇ。アレはそんな無駄な事をする女じゃねぇ。別の誰かが、コアを完全に複製したと見て良いだろうよ」

 

誰が。なんの為に。どうやって。

疑問が次から次へと湧き出し、2人を言い様のない不気味さが包んでいく。得体の知れない怪物が、すぐ傍まで近付いて手ぐすねを引いているような原始的な恐怖。

 

2人の視線は、何時までもISの残骸に注がれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部下が運転するヘリコプターに揺られながら、晴明は静かに考えを巡らせていた。いわずもがな、緋縅とその操縦者についてである。

 

(世界を…ISを変え得る筈だった。奴が遺した夢の残骸を、もう一度羽ばたかせると信じていた。だがもう戻らん。終わりだ、ご破算だ)

 

悲観的にすぎると笑う者もいるかも知れぬが、晴明は確信に近しい予感を得ている。あの戦のことしか考えぬ男が誓約を守る筈がない。本人に遵守する意思があろうとも、必ずどこかで本能が鎌首をもたげる。絶対防御と言う安全装置が破壊できると世の人々が知れば、行き着く先は地獄以外の何物でもない。既存兵器に対する圧倒的優位を保つ為の抑止力だったISは、もう後戻りなど出来はしない。人を殺すため、ISを破壊するためへの研究へと舵が切られてしまう。

それは、それだけは止めねばならない。自らが生み出したものが世界を破滅に導くなど、そんなことを受け入れられはしない。インフィニット・ストラトスは兵器ではない。翼だ。地上のしがらみも、重力も、全てを振り切って未知の世界へ飛び立つ為の翼なのだ。たとえ最初にそう願った人間が挫けても、絶望しても、夢の残骸に成り果てたとしても。

 

 

 

『あぁン?知らねぇよ、俺ァただ自由に飛びてぇだけだバカヤロウ!!』

 

 

 

ふと脳裏をよぎったのは1人の少年の言葉だった。初めて会った時、専用機を渡した時、そして初めて愛機にその身を任せた時。彼はいつもそう言った。乱暴な言動に頭を抱えたが、その根底にあるのは誰よりも純粋な空への想い。夢を絶たれて深く傷付き、それでも立ち上がって空を目指した少年は唯一の希望となるかもしれない。

 

「そう…だな。ここで諦めれば、私もあの天才と同じ穴の狢だ」

 

微かな希望を胸に灯しながら晴明は窓から月を見上げる。

眩い光がその顔を照らしていた。

 

「おまえの好きにはさせん。させんぞ、黒王」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

襤褸だ。襤褸を纏った薄汚い人間が、そのローブの隙間から手を伸ばしている。夜空には星々が瞬き、その中央に浮かぶ見事な満月は輝かしい光を放っている。

 

やがてその人間は開いていた手のひらを、満月を掴み取るようにして握りしめていく。

 

 

ズ……ズズ…ズズズズズズッッッ!!

 

その動作に連なったのは天変地異だった。先程まで眩い光を放っていた満月が、上から段々と塗り潰されるようにして形を変えていく。満月から三日月、弦月、そして新月……一瞬暗闇に呑まれ、姿を消した月だが、次の瞬間に()()()()()

そう、まさに目だ。紫の妖しい光を放ち、下界を照らす月は紛うことなき瞳を象っている。

 

 

 

 

 

 

────私は不退転

 

 

────歩き回り叫ぶ不退転の厄災

 

 

────1人(あま)さず人なる者を打ち倒す終わり

 

 

────1人(あま)さず人ならざる物を救う始まり

 

 

────参集せよ

 

 

────参集せよ 有限なる成層圏

 

 

 

 

 





次回



顛末

鈴の音色

バーニング・ハート


『アイラブユーが言えなくて』

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