町は歓喜に包まれていた。
その日の夜半に届いた報せが、長年に亘る戦いの終わりを告げた。
『帝国首都陥落、大陸全土を掌握、皇帝ゼネバスはニカイドス島へ』
共和国軍は、マッドサンダーを主力とした圧倒的な兵力で帝国軍を制圧し、敵司令部及び王宮を占領。孤立した部隊も次々と投降し、中央大陸全土に稲妻をあしらった共和国旗が誇らしく翻ったのだ。
待ち焦がれていた平和の到来に民衆も兵士も喜びを爆発させ、人々が集まる場所全てに無数の饗宴が開かれた。ある者は文字通り浴びるように酒をあおり、ある者は遠く離れた愛する人の写真を見つめ感涙し、そして多くの者が、共和国とその指導者である大統領の名前を共に讃え、叫んでいた。
灯火管制されていた街灯りも一斉に点り、人々は光の渦の中勝利に酔い痴れていた。
「ながれ星だ」
夜空を見上げた一人が呟いた。街灯りに呑まれ、微かな点にしか見えなかった星空に、突然明るい流星が出現したのだ。
流星は、最初エメラルドグリーンの眩い輝きを放ちながら次第に色を変え、やがてオレンジ色の輝きとなり、最後には一条の光の筋を残し流れ去って行った。
一つではない。二つ、三つ。幾つもの流星の光条が、夜空を走った。人々は、あたかも共和国の勝利を天空が讃えるかのような壮大なページェントに歓喜し、美しい輝きに魅せられた。流星は戦いで死んだ魂に見えた者もいただろう。平和への願いを唱えた者もいただろう。それぞれの想いを負いながら、しかし流星は無関心に真空の宇宙から飛来していた。
流星の数は、日を追うごとに増えていった。
共和国国立天文台では、ゾイド星系の外周にあるカイパーベルトの重力変化により、太陽に引き寄せられる短い周期の彗星群が増えたのが原因だとしていた。彗星は太陽風によって破砕され、氷塊となり流星群となって降り注いでいる。鮮やかな色彩を放つのは、大気で燃え尽きる時に氷塊に含まれる物質がプラズマ化し、大気中の窒素イオンや酸素イオンと反応してオーロラと同様の発光をするためだと説明していた。
初め、共和国勝利の祝福と想像していた人々も、やがては数週間降り注ぐそれを不吉な前兆と捉える者も現れた。共和国民衆にとって不幸だったのは、その根拠のない予言と新たな脅威が重なってしまったことだった。
中央大陸戦争中その動向が不安視されていたガイロス帝国の参戦は、漸く訪れた束の間の平和を打ち砕いた。流星を不吉な前兆と予言した狂信者達は自らの予言の正しさを唱え、そして流星が降り続ける限り更なる災厄が必ず起こることを宣言した。
不気味な流言は不安な人々の心に付込んでくる。最初無責任な妄言など信じていなかった人々も、新たな敵の出現に恐れ、あたかも災厄が必ず起こるかのように将来を不安視し、この世の終わりが来るのではないかと話す者もいた。
現実は、幻想を打ち砕いて回り出す。ディオハルコンで彩られた新型暗黒ゾイド群は、第一次上陸部隊を壊滅させ、悲劇の予言など空々しいほどの打撃を共和国に与えた。ゼネバスとの戦闘に生き延びた者も、遺骨さえ戻らぬ海の彼方に屍を晒した。悲しみを超えた更なる憎しみの連鎖が、共和国全土に広がった。「暗黒帝国を倒せ、世界の平和を取り戻せ」と。新型ゾイドを携えた第二次上陸部隊が派遣されるのはその直後であった。
もう誰も、星空に目を向ける者などいなかった。向けているのは目の前にいる憎しむべき敵だけであった。それでも流星は降り続けていた。
どんな場合も例外はいる。終戦の喜びとも戦争の継続とも、あらゆる意味で距離を置いた首都郊外の天体観測所で、星空を見つめ続ける者がいた。気象学研究員国立天文台副所長パブロ=ディエゴは、日に日に増加する彗星群の原因を探るため、カイパーベルトを含む系外惑星系まで分析できる電波望遠鏡を流星の飛来する方向に向けていた。
彼の担当は太陽観測である。しかし、太陽活動の変化と流星の増加との関係に疑問を抱き、彼が独自に収集した太陽活動のデータと突き合わせて流星観測を継続していたのだった。
「また焼付いたか」
一人落胆の溜息をつく。定点観測の為にファインダーを解放したままの撮影画面に写るのは、一面真っ白な画像のみ。撮影方向を流星が通過したからだ。流星の輝きは、時として月明かりを超える。ゾイド星系外周のカイパーベルトを観測するには明る過ぎ、観測データが跳んでしまうのだ。それでも彼は、根強くファインダーを天空に向けた。
確証はない。ただ、何かの秩序が崩れつつある。その何かを追求するのが科学者の義務であり、彼はその漠然とした何かを探ろうとしていた。しかし、暗中模索と自問自答が続き、未だに方向性が見えてこない。
やがて地平線に朝日が昇り、闇は消えていく。観測活動を終え、彼は仮眠に入った。
浅い眠りの後、パブロは彼の勤務する天文台兼気象学研究所に遅れることなく出勤した。ほぼ徹夜に近い観測であったため、瞬きをするたび眼底から湧き上がるような痛みが眼球に走る。鏡を見るまでもなく、自分の眼が充血しているのがわかった。
彼は流星を常に「彗星の破片」と呼んでいた。
パブロは、本来進化生物学の研究に携わるのが希望であったのだが、戦争が長期化し、ゾイド本来の進化速度を通り越す、戦闘能力に特化した人為的に開発されたゾイドが席巻したため、籍の置き場所がなく止む無く太陽観測研究を行っていたのだ。彼の持論は、彗星の飛来によってゾイドを代表とする金属生命体の進化が促進されてきたというものである。従って、今回の流星群の飛来が、新たな巨大彗星の出現と、この星にとっての大きな生物進化上の節目になるのではないかと予想していた。機会を見ては、彼は周囲に持論を展開していた。だが、天文学気象学が専門の職員には関心が薄く、正面切って否定する者もいないが、支持する者も少なかった。だからこそ、今回の彗星の飛来は、彼が予てよりの構想を展開する契機と考えていた。自然、身体に無理をさせても、データの蓄積に奔走しているのであった。
出勤した国立天文台では、いつものように報道記者が早朝から待機している。暗黒帝国軍との戦闘が一層激しさを増し、流星騒動など遠く話題から追いやられているのだが、ゴシップを含めた記事を求めて足繁く通ってくる者達がいる。その低俗な質問に、パブロを含め研究員達は辟易していた。彼らは世界を滅ぼしたいかのように、繰り返し宇宙で起こる激変の話題を求めてくるのだ。
通常であれば、研究所の所長であるホセ=フランセスカが彼らの対応をするはずであったが、彼はゼネバス帝国が陥落したことにより、中央山脈最高峰に建築される新たな電波天文台の設計指導の為に不在となり、代わってパブロが報道の対応に追われることとなっていたのだ。
「副所長、おはようございます」
近寄ってくる記者の最初の挨拶は無視をする。パブロはあからさまに拒絶の姿勢を示していた。
「ここ数週間の流星雨の状況について、コメントをいただけますか」
「現在原因を究明中です」
足を速めて廊下を歩くパブロに、記者は執拗に食い下がる。
「最近大雨や気温の低下など、異常気象が続いていますが、流星雨との関係はないのでしょうか」
「数日雨が降ったり、少し温度が低かった程度で、異常という方が異常ではないのですか」
返答した段階で、彼は相手のペースに巻き込まれてしまったことに気付いたが、最早手遅れだった。
「戦闘が継続される中、暗黒大陸から異常なエネルギーが働いて、中央大陸北方沿岸で間断ない地震が続いていると伝えられています。これは暗黒軍の仕業でしょうか、それとも流星と何か関わりがあると考えますか」
「それを天文台に聞くこと自体が、既に関わりがないでしょう」
パブロは声を荒げた。
「いいですか、現在彗星の破片が増加しているのは、太陽活動の低下に原因があるのです。私の計測では、太陽黒点の減少が顕著で、通常より極小期が長期化している。つまり太陽活動低下に伴う太陽風の発生が減少しているのですよ。彗星の破片が降るのも、本来であればカイパーベルト付近に浮遊して、内惑星軌道まで飛来することの無かった無数の破片が、太陽風の低下で直接に飛来しているのです。
このままでは、さらに巨大な彗星群が内惑星軌道まで飛来することも警戒されるのです。異常気象など、気にしている場合ではないほどの事態も想定するべきです、よろしいですか」
パブロは早口でまくしたてた。その勢いに呑まれた記者は、小さくありがとうございますとだけ言うと、直ぐに出口へと向かっていった。
昨日の観測の疲れから、言葉を選ばずに返答したパブロを責めることはできない。しかし、彼は自分の置かれた立場と、自分の言葉がどこまで理解されているかを考慮する事を忘れていた。人はその人間の理解できる部分だけを往々にして記憶する。記者の記憶に残ったのは、パブロの発言の最後の部分のみであった。この発言が、彼の立場を苦しくさせた。
『巨大彗星襲来の危険性を天文台が示唆』
翌日の大衆紙の記事に扇動的な見出しが躍った。未知の暗黒軍との戦闘で不安になっていた人々の感情に、彗星の衝突を仄めかすこの記事は更に不安をよび、中央大陸全土を一種の恐慌状態に陥れた。ある者は家財を整理しシェルターを購入し、ある者は店頭の食料を大量に買い占め、そしてある者は再び無責任な世界崩壊の予言を唱え、そして多くの者が、家族の離散を嫌って兵士として戦場に赴くことを拒否した。共和国軍は、戦闘継続に支障を来すまでの事態に陥ろうとしていた。
彗星衝突の話題は、遠く中央山脈の天文台建築現場にいたホセの元にも届いた。自分の後任としては申し分ないと思って任せていたパブロが、軽率な発言をしたことは明白である。ホセは全ての工程検査を停止して、急遽共和国首都へと急いだ。
大統領府に到着したホセは、緊急会見を開くことを内務省に提言し、内務省側もそれをすぐに受け入れた。戦争遂行への支障は、是が非でも回避しなければならなかったからだ。 同時に各報道機関に記者会見の連絡を一斉配信し、彗星衝突の可能性の説明会見を開くこととなった。
ホセが中央山脈から大統領府に到着したのがその日の朝方で、会見は夕刻に設定された。その間、やむを得ないことだが国立天文台のパブロを始めとする職員たちは、頭越しに素通りされた形となっていた。
数十の報道機関が集まった官邸内の会見場で、まず真っ先に質問が挙げられたのが巨大彗星の衝突の危険性であった。
「可能性はあります」
高名な科学者であるホセの発言に会場はどよめいた。喧騒が収まるのを待って、しかし彼が続けた言葉は冷静であった。
「10のマイナス28乗パーセント、つまり10億分の10億分の10億分の1の確率です。これは、ポケットからウルトラザウルスを取り出す以上に困難な事だと思います」
会場は、僅かな沈黙の後に安堵の失笑に包まれた。ホセは表情を変えず、話を続けた。
「天文台側での説明不足もあったのでしょう。しかし、現実に考えてみればお分かりかと思います。宇宙がどれ程広大であるか。みなさんはここから小石を投げて、暗黒帝国宮殿に命中させることができますか。それが出来たとしても、彗星に衝突することは遥かに難しいのです。
それに流星がこの広い中央大陸に落下したという知らせを聞いた方がおいでですか。流星とは、氷の塊です。その殆どが、大気の摩擦熱で燃え尽きているのは、聡明な皆様は御存知でしょう。落下したとして、海と陸地と、どちらが広いでしょうか。陸に落ちたとして、都市部の面積と人の住まない砂漠や森林の面積との比率を合わせた場合、先程の確率にさらにゼロが4つほど付きます。
レッドラストのど真ん中に落下した隕石がモルガに命中したところで、何の被害と呼べるでしょうか」
既に会見場は、和やかな雰囲気に包まれていた。天文学の権威と呼ばれるホセは、帝国でも名の知られた科学者である。中央山脈天文台の建築も、帝国側研究者の協力も数多く受けていた。その彼の筋道の立った説明は、会場に集まった報道機関を納得させるには充分なものであった。
翌日の記事の全面には、政府の指導も加わって、大きく表示された。
『彗星衝突の可能性は限りなくゼロに近い』
『天文学の権威、ホセ=フランセスカ教授語る、共和国の平和』
『戦闘に混乱をきたす情報に惑わされないように』
一時不安に支配されていた世論は、この会見で一気に安定した。
しかし、自らの発言を全面否定される形で頭ごなしに会見を開かれたパブロにとって、この一連の動きはまさに屈辱的であった。それだけではなく、天文所に戻ったホセは、パブロの軽率な言動を激しく叱責した。大衆にとって研究者は権威であり、それだけ言葉は慎重に選ばねばならない。その部分を忘れての発言は慎むことを、執拗に繰り返された。
パブロは、責任を感じていたが、同時に自分の観測の正しさにも自信をもっていた。間違いなく、彗星は内惑星軌道まで直接到達している、可能性は10のマイナス30乗などではなく、もっとはるかに高い可能性で。
だが、一連の騒動を知って、反論することは出来なかった。慌ただしく中央山脈建築現場に戻って行ったホセを見送り、パブロはただ一人、流星の観測を継続していた。