共和国天文台による流星雨の観測データがある。流星群は一般に帝国首都陥落の2051年より発生したと思われがちだが、実際には共和国首都奪還が行われたその3年前より確認されていた。帝国占領中は観測施設が使用できなかったため、2049年以前のデータはパブロを代表とする個人研究員の目視による記録である。なお、流星群の出現期間は首都天文台地区を基準にした前後一週間であり、表示されている出現数は最大発生時のもの。/hは1時間あたりの流星の大凡の発生数、①~のナンバーは、その発生期間が何回あったかを示す。
2048年①20個/h ②不明(雲量多く観測困難。数個を目視)③30個/h
2049年①不明(月相が明るいため観測困難。数個を目視)②20個/h
2050年①20個/h ②30個/h ③30個/h
2051年①40個/h ②50個/h ③250個/h ④100個/h ⑤80個/h ⑥210個/h
2052年①不明(雲量多く観測不可能)②110個/h ③90個/h
2053年①240個/h ②310個/h ③20個/h ※以降のデータは消失
2054年①不明(データ消失)②100個/h(目視による観測)③40個/h ④230個/h
2055年①220個/h ②350個/h ③40個/h ④270個/h ⑤不明 ⑥不明(⑤⑥は気象状況の著しい変化により観測中止)
2056年①580個/h ※以降、惑星大異変により観測不可能。
念のため、この間の主な戦闘記録を併記しておく。
2051年 ゼネバス首都陥落、暗黒軍介入
2052年 暗黒大陸第二次上陸作戦
2053年 ギルベイターによる首都空襲
2054年 オルディオス、ガンギャラド戦線投入
2055年 キングゴジュラス投入
2056年 惑星大異変により、第一次大陸間戦争終結
暗黒軍との戦闘継続中のためと、ギルベイダーの空襲による観測機器破壊などにより、年間を通して正確に観測できたのは50年と51年のみである。ただし、不完全な観測データであっても、流星群の発生頻度とその1時間当たりの出現数が増加していく様子は見てとれる。特に54年以降、急激に発生率が増加しているが、当時オルディオスやガンギャラドなどの新型ゾイドの登場が注目され、大衆の間では既に見慣れてしまった流星に関心を抱く者は少なかった。また政府側での情報機関への介入、つまり報道管制を行っていたとも推測(公式では否定)されるため、話題に上がらなかったのかもしれない。
宇宙からの警告ともとれる流星群の出現に対し、充分な技術力を持ちながらその対策に当たらなかった共和国・ガイロス帝国両国の政府の姿勢は批判されてもやむを得ないだろう。惑星大異変は、一般に宇宙からの回避できない天災と語られているが、既にグローバリーⅢ世来訪の段階で宇宙への到達技術を所有していた両国政府に言い逃れする術は無いのではないか。国家が滅びるのを防ぐための戦争と、惑星が滅びるのを防ぐための対策との何れかを優先するとすれば、自ずと結論は決まる。だが、両国とも国の威信という目先にぶら下がった餌を追うばかりに、正面からやってくる脅威に気付くのが遅すぎたと言えよう。
付け加えるならば、旧ゼネバス帝国が開発をしていたアイアンコング改造のスペースコングの量産化が可能であれば、彗星衝突の全面回避は不可能であっても、衛星衝突によって発生した破片の軌道修正や掃討も一部可能であったはずである。残念なことに、ゼネバス降伏により、この唯一ともいえる宇宙での活動の出来るゾイドの生産技術は、共和国と暗黒帝国双方によって分断されてしまい、生産が不可能であった。
全ては戦争による混乱が引き起こした、人災の部分も考慮する必要がある。
大異変の前兆は、4年前の2052年頃より既に顕著になっていた。太陽極小期の長期化に続き、パブロ=ディエゴは紫外線到達量の増加に着目していたのであった。それは降り続く流星群の突入時の燃焼によって、大気圏上層に存在する不安定な構造のオゾン層が破壊されたことによる。これは、炭素を主体として構成された有機生命体であればいち早く危険を察知したであろう。だが、ゾイド星の生物の多くはゾイドを代表とした金属生命体である。多少の紫外線の増加にも生命活動への影響は少なく、殆ど気付かれることがなかった。
一方で大気の循環には気候変動を伴った大きな影響を与えた。年間を通して一定方向から吹いている惑星風の流路が大幅に変化した。いわゆるブロッキングである。この影響により、中緯度高圧帯の乾燥していた地域に豪雨が降り、温暖とされていた大陸東岸地域には旱魃が発生した。
また、ガイロス帝国の領土である暗黒大陸に於いては、吹き込んだ温暖な惑星風によって極付近高緯度地域の永久凍土が溶け出し、洪水被害が頻繁に発生するようになっていた。氷の溶け方が一気に加速するサージ現象である。
本来であれば、泥濘に沈んだ大地であっても中型作業ゾイドを利用した少しの土地改良によって、新たに豊かな耕作地帯を開拓できるチャンスであった。だが、共和国との全面戦争により元来人口の少ないガイロス国民の、特に働き手である成人男性の労働者が極端に減っていたためと、ヘルディガンナーやジークドーベルなどの戦闘用中型ゾイドの生産を優先させ作業用ゾイドの絶対数が不足していたため、土地改良を進めることができなかったのだ。間接的には、これも戦争の被害である。
次いでパブロが着目したのは外宇宙の変化である。最初はカイパーベルトが観測の限界であったが、中央山脈天文台の完成とともに、さらに遠くのゾイド星系外殻を覆うオールトの雲の観測も可能となっていた。オールトの雲は、長期軌道を描く彗星の発生源で、別名「彗星の巣」と呼ばれている。太陽を中心に、2次元的な円を描くのではなく、3次元的な球状でゾイド星系全体を覆っている。ところがそのオールトの雲の一画に、まるで穴の開いたような空間が発見されたのだった。
微細な宇宙の塵から形成されているオールトの雲が、切り取られたように無くなっているということは、その周辺に重力の異常が発生していることが想像される。だが、恒星のように自ら発光をしない物体であればそれを視認することは困難である。判断できるのは、何らかの大きな重力の塊が、外宇宙からゾイド星系中心に向けて接近しているらしいということだけだった。
パブロは何度か、ホセを含めた天文台研究会議で外宇宙から接近する物体の脅威を唱えた。だが、先の報道に対する失言もあり、局内での彼の評価は下がっていたため、主張は取り上げられることはなかった。彼自身も無力感に襲われ、蓄積した貴重な観測資料も彼自身の自己満足の為のものでしか無くなっていた。
歴史に〝もしも~だったら〟を語ったところで、意味のないことは誰もが知っている。だが、惑星大異変の悲劇は、幾つかの回避の可能性が存在していた。
戦争をきっかけとした全てのボタンのかけ違いが、やがて飛来する巨大彗星「ソーン」による被害を最小限に留めることが出来なかったといえよう。
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外宇宙から大質量物の接近が初めて目視されたのは、2053年になって間もなくの頃であった。中央山脈天文台による小惑星帯観測写真に、周囲の小惑星を飲み込んだかのような大きな空間が生じていたからだ。それまでは電波望遠鏡を利用した電気的に再処理をされた画像しか入手できなかったものが、中央山脈の澄み切った空気と最新鋭の大口径光学望遠鏡の威力が、外惑星の軌道で起きている現象を目に見える形で捉えたのだ。
映像を解析したのはパブロではなく、勤務1年目の研究員補助のファン=ネムポセであった。ファンはパブロとは違い、最初から天文学を専攻してきた職員で、若いながらも事態の緊急性を理解するには充分な能力を有していた。彼は直ぐに所長のホセに報告を行った。所長のホセも、小惑星帯の変化の緊急性に気付き再度の観測を自ら行った。だがホセが観測を行った時には、小惑星帯の空洞のような空間が大型の外惑星の影に完全に隠れてしまっており、観測不能となったのだ。
確認しておくと、ゾイド星系は黄色い主系列星に属する恒星を中心に形成されている。通常であれば、太陽が中心なら「太陽系」、シリウスが中心なら「シリウス星系」と、恒星の名前を基準とした呼称が与えられるはずである。しかし、移民宇宙船グローバリーⅢ世号が初めて到達し、そこに棲む金属生命体ゾイドを目の当たりにした地球人類は、中央で輝く恒星の名称よりも先に、この惑星系の第二惑星を「ゾイド星」と名付けてしまった。そのため、便宜上恒星は「ゾイド星系の太陽」と呼ばれ、一般に太陽と呼んで何の差支えもなくなっている。金属生命体という、地球とは大きく異なった生命が息づくゾイド星は、しかし生命存在の条件としては地球と極めて似た条件を持っていた。
生命居住可能領域=ハビタブルゾーンと呼ばれる場所、いわゆるゴルディロックス帯を形成するには、様々な厳密な条件が重なっている。恒星の大きさ・距離・数。惑星に存在する水などの比熱の大きな液体の量・物質構成・自転速度。加えて隕石衝突の少なさがある。非常に限定条件が多く全てを列挙できないが、特に生命進化の為には隕石が多すぎるとその度ごとに進化がリセットされてしまい、高等生物が誕生できない。従って隕石衝突を避けるために、ゴルディロックス帯の外周には必ず大質量大重力の大型惑星の存在が必要となる。地球人類には、木星・土星という防御壁があったため、数多くの有機生命体が進化できた。同じくゾイド星でも、同様の巨大惑星が3つゾイド星を庇うように外惑星軌道を公転しており、更にその外側に小惑星帯(アステロイドベルト)が存在している。ところが今回の観測では、偶然ではあるがその3つの巨大外惑星が、ファンの観測したという小惑星帯の空洞を覆い隠してしまったのだ。その時刻々と接近してくる「ソーン」は、巨大惑星の重力に一時的に捕まり、軌道を変えてゾイド星からの観測領域の死角に入ってしまっていた。
「死角に入られたな」
ホセはファンの示した画像と、現在の観測状況を見比べていた。
「数日で観測は可能になります」
惑星の公転から大質量物が現れるのは間違いない。決して慌てる必要はないと彼らは考えていた。彼らのミスは、首都から遠く離れた中央山脈いたことにより、今が戦争中であるのを忘れていたことだった。
その日の共和国首都は炎に包まれていた。僅か2年前にゼネバス首都陥落を祝った街並みが、黒い翼によって蹂躙されていたからだ。ギルベイダーによる渡洋爆撃である。
旧ゼネバスは、共和国首都を占領したとはいえ必要以上の破壊をすることは無かった。それはゼネバス兵の心のどこかに、同じ大陸に住む同じ人間という意識が働いていたからだろう。数ある戦史の中にも、ゼネバス帝国軍人との互いに戦士として尊重し合った誇り高い決闘の記録が残されている。だが、国土の多くが泥濘に覆われ、一刻も早く豊かな大地を欲していたガイロスには、高まりつつある国内の不満を一掃するためにも早急な攻撃策が必要とされていたのだ。
8万人もの死者と、その数倍もの重軽症者を出した空襲は、首都郊外で作動中のパブロのいる天文台をも破壊した。幸い市街が攻撃される様子を見て、いち早く避難した天文台職員たちに死傷者はなかったが、貴重なデータは根こそぎ消失した。これが流星群観測を停滞させた原因である。だが、国立天文台研究員にとって危機はまだ残っていた。
首都空襲を終えたギルベイダーは、通常であれば最短距離を飛行して暗黒大陸の基地に帰還するはずである。ところが、基地と首都との間の直線上には、強磁界が渦巻くトライアングルダラスが存在した。ギルベイダーはトライアングルダラスを迂回するため中央山脈付近まで航路を変更し帰投にはいったのだが、その航路上に巨大な電波望遠鏡を備えた共和国の軍事基地らしき施設を発見したのだった。
ホセら中央山脈天文台職員たちにとって、最初なにが起きたかはわからなかった。ただ、突然真っ赤で巨大な光輪が、目の前の全てを薙ぎ倒していった。ギルベイダーがビームスマッシャーを放ったのだ。標的に命中させるという点では、この武器は悪魔的なまでに正確である。電波望遠鏡は真っ二つに切断され、職員の2人が直接その鋭利な光輪の刃の犠牲となった。ホセを始めとする多くの職員は爆発に巻き込まれ、ここでも貴重な観測資料と優秀な人材を失った。
やがてギルベイダーの脅威は去り、攻撃は終わった。しかし、唯一の帰投手段であったカーゴタイプグライドラーを破壊され、生存者は中央山脈の薄く冷たい空気に晒された。救援を呼ぶための通信手段もなく、仮にあったとしても首都は空襲による混乱によって救援部隊を派遣する余裕もなかった。
そこに留まることは凍死を意味する。彼らは止む無く傷ついた自らの脚で、麓まで下山することを強いられた。ホセも両足に酷い火傷を負い、ファンに肩を支えられながら絶望的な首都への帰路についた。
空襲による共和国首都の破壊とは別に、地表では更なる異常現象が続出していた。
紫外線量の増加によって変化していた大気の対流は、地域によっての極端な降水量の偏りを及ぼすダイポールモード現象をもたらした。一時旱魃に襲われていた共和国首都周辺では、目まぐるしく変化する貿易風の影響で降水量が激増した。これは首都に限らず、セシリア、クーパー、エミツなどの共和国の人口集中地域を狙い撃ちにするような豪雨だった。原因はこれらの都市が平地に形成されていたため、海抜が低い平地にむけて、重く大量の水分を含んだ積乱雲が集中したからである。雨滴は大気中に大量に漂う流星群のエアロゾル(=大気中の微粒子)を凝結核にして雄大積乱雲を形成し、拳大の巨大な雹を各都市に降り注いだ。
共和国国内は、年ごとに大きく変動する気候に生活のサイクルをあわせることが出来ず、長引く戦争とともに一層の耐乏生活を強いられた。
共和国が、封印されていたグローバリーⅢ世の技術を転用してまでキングゴジュラスを建造した背景には、暗黒帝国軍と同様の理由が存在していた。
破壊された首都郊外の天文台が漸く再稼働したのは、2054年も間もなく終わろうとしていた時であった。ギルベイダーの攻撃による傷の癒えないホセに代わり、最初に夜空に望遠鏡を向けたのはパブロであった。
彼は息を呑んだ。自分自身が飛来を予想していた巨大彗星が、外周惑星の影から太陽風を浴びて短い尾を延ばした不気味な姿を現していたのだ。そして激しい自家撞着に陥った。心の底で「なぜ、私の研究は正しかったのだ」と叫んでいた。
唐突に彼は接眼レンズから目を離し、星空を見上げた。明るく輝く惑星の一つが、いびつな楕円形をしている。接近していたそれは既に裸眼で目視できるほどになっていた。