ネメシス仮説というものがある。数千万年単位で生命の大量絶滅が繰り返されるのは、生命が存在する主系列星系には、オールトの雲をも遥かに越えた外宇宙の彼方に、目視が不可能な伴星である〝ネメシス〟と呼ばれる褐色矮星が存在し、この星が周期的にオールトの雲を刺激して大量の彗星を降らせ大量絶滅を起こすというものだ。
反証不能の仮説だが、ゾイド星の悲劇は、まさしくネメシスによる生命大量絶滅を思わせるものだった。
だが、種の存亡の危機に直面しながら、帝国・共和国とも互いに共存への妥協を見いだせないでいた。
この時点で、果たしてヘリック・ガイロス両国がどれ程彗星衝突の可能性を予想していたかが疑問となる。ここで両国の動向を比較してみたい。
共和国側ではパブロを始めとした国立天文台が再度彗星接近の危険性を提言しているので、詳細なデータは揃っていた。政府の対応は素早かった。天文台からの報告により科学省が確認し、直後に大統領の了承を得て各種マスメディアを通じ彗星接近に伴う危険性と対処法について一斉に国民に通達をした。当時の全国民に向けた政府広報を抜粋してみる。
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※彗星接近についてのおしらせ
1,現在、彗星が近づいてきています。慌てずに、正しい情報にもとづいて行動してください。不確かな情報や怪しいうわさ・彗星接近を利用する悪徳商法・宗教勧誘・非公認の政治活動にはだまされないようにしましょう。
2,彗星はゾイド星に一番近づく時でも、およそ100万㎞も離れて通過します。これは一番遠い月の軌道よりも、二倍以上遠いところです。潮の満ち引きや、気象に影響はありますが、絶対に衝突はしません。
3,彗星が近づくと、電磁波が発生して家電製品やゾイドの機能に一時的に問題が起こるかもしれません。故障の原因となる恐れがあるので、家電製品は電源を切り、ゾイドはシステムを完全停止させる準備をしておきましょう。
4,彗星は流星と同じように氷のかたまりです。彗星が尾を引くのは、彗星が氷だから太陽の熱にとけているからです。だから万が一彗星がゾイド星に降ってきても、溶けてしまうか宇宙に弾き飛ばされる可能性が高くなっています。その場合、幾つかの破片が落下するかもしれませんが、都市部や市街に落下する心配はほとんどありません。
5,今は雨雲が多く、なかなか彗星を見ることができません。ですから、星空が見える時は、天体望遠鏡を使って観測することをお勧めします。天体望遠鏡がなくても、双眼鏡やオペラグラスでもよく見えます。何千万年に一度の貴重な経験です。怖がるばかりでなく、しっかり観察してみてください。
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平易な文章でかかれ、内容も簡潔明瞭であるが、上記の説明の中で幾つもの問題が指摘できる。
○まず、どこにも巨大彗星の「巨大」の文字が記されていない。確かに「ソーン」の正確な最大直径は確認されていないが、少なくとも「巨大」もしくは「超巨大」に分類されるものである。そして彗星接近に伴う流言飛語はやはり止められなかったことがわかる。政府も不確かな噂と、『本当に正しい情報』を抑えることに懸命になっていたのだろう。
○彗星の最大接近距離は、国立天文台の計算では約40万㎞を想定しており、誤差を含めると第二衛星軌道の内側に入るほどであった。だが、計算上衝突は回避可能であり、後に衝突が起きたために政府発表は情報を隠蔽していたとの批判も起きたが、これを責めることは出来ない。では、なぜ衝突してしまったかは、後ほどの説明となる。
○ゾイドへの影響については正しい対応が示されている。言葉の矛盾を恐れずに言うと、想定外の磁気嵐の発生を想定し、結果として数多くの戦闘ゾイドを維持することに繋がったのだ。生き残ることのできた個体は、完全にシステムダウンを行っていた。
○彗星の構成物質であるが、外宇宙から飛来する巨大彗星「ソーン」は、カイパーベルトやオールトの雲から飛来していた流星群と全く違うことは明白である。スペクトル分析からもこれが水やアンモニアだけの塊ではなく、鉄・ニッケル・パラジウム・オスミウムなどの重金属を含む「重い」隕石であるのは判明していたはずだ。
○ 最後の項目で、積極的に彗星観測を奨励しているのは、情報を隠すより公開した方が人心の安定に繋がると判断した結果だろう。多少なりとも天文学を学んだ人物であれば、この発表の矛盾は容易に見抜けたはずだが、戦争中の挙国一致体制のため、批判の声が大きく上がることはなかった。
この様に、共和国側は人心の安定に努めていたが、これと同時に、グランドバロス山脈地下に秘密裏に保存していたグローバリーⅢ世号の改修、再稼働の準備をしていた。〝メタルハート〟と呼ばれる機密機材を積載し、来るべき事態への箱舟として。
同様にガイロス帝国側の対応だが、共和国と比べて遅れていた。これは、大陸の大部分が北極圏に近く、この時期には夏季の白夜に当たり、天体観測が不可能であったためもある。だが、白夜であっても明るい外惑星の傍らに肉眼でも確認できるほどに接近している巨大彗星の存在を見逃すほどに無能ではなかった。
情報操作が容易に行えるのは、中央集権国家の最大の利点である。彗星接近に対する人心の不安の声は一切上がってこなかった。但し、帝国中枢の首脳陣は彗星が衝突した場合の準備として、多くの資材や食料を暗黒大陸の北極圏に移送した。これは、彗星の軌道がゾイド星の軌道と浅い角度を描いていることが判明していたため、仮に衝突したとしても極地域への被害はないからである。縦に回転しているボールの回転軸のてっぺん目掛けて、小さな鉄球を打ち込んだとしても、衝突角度の浅さと自転の遠心力で弾かれてしまうからである。これは後にガイロス帝国が大異変以降いち早く再軍縮を行えた理由のひとつでもある。
結論として、両国政府とも彗星接近の脅威は充分すぎるほど認識していたといえる。ただ、彗星衝突被害を最小限に止める最良にして最も簡単な方法、つまり休戦・和平による協力体制を取らなかったことは、「ソーン」以上に巨大化し、複雑化した官僚組織の弊害と断言できる。
彗星衝突まで残り半年を切った頃、中央大陸北西の遥かに暗黒大陸を望む海上に、黒雲を纏った巨大なゾイドが出現し、進攻を始めていた。これが共和国側の出した最終結論であった。
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共和国政府の首脳は優秀な人材が揃っている。ゾイドの開発のみに視点を絞っても、常に戦闘の推移を予測しながら適宜ゾイドの開発・投入・再生産をしてきた。
だがキングゴジュラスだけは、彗星接近を目前に控え、勝利を急ぐあまりの形振り構わない姿勢が現れている。そこではテクノロジーが断絶しているのだ。
その証拠に、以降開発されたゾイドにキングゴジュラスの技術が一切フィードバックされていない。例えてみればゴジュラスギガの何処にもキングゴジュラスの面影が残されていないように。
ところで、戦線に投入されたキングゴジュラスには共和国大統領であるヘリックⅡ世自らが操縦し、ガイロス帝国王宮にて決戦に挑み、勝利して生還したと伝えられるが、これは到底信じ難い。当時の大統領の行動記録から、暗黒大陸に上陸したことだけは確認されている。
しかし、古代の軍記にも「天下に未だ将軍自ら戦い自ら死せることは有らず」とある。幾多の苦難を乗り越え、共和国の統一と繁栄を成し遂げたほどの人物が、全軍司令官の立場を投げ捨てて最前線に突入するほど愚かとは思えない。上陸部隊の兵士の士気を鼓舞する方法は他に幾らでもあるだろう。
更に当時のヘリックⅡ世の年齢は丁度100歳となる。年齢の記録違いがあったとしても間違いなく高齢だ。いくら長寿のゾイド人であっても、戦闘に従事するには不適任だ。生還したのではなく、エントランス湾後方で全軍の指揮を執っていたに違いない。
では、ヘリックが搭乗していたという話は全く根拠がなかったのか。歴史上の英雄を語る場合、その業績を過大評価し伝説を作ってしまうことは多い。ヘリックゼネバス兄弟には数々の英雄譚が語り継がれている。その延長上にこのキングゴジュラス搭乗説も存在しているのではないか。ヘリックにはかつて多数の替え玉が存在し、ゼネバス帝国を翻弄していた時期がある。この時も同様の身代わりが操縦していたと考えるべきではないだろうか。
キングゴジュラスというゾイドを分析すると、それが惑星大異変に深く関わっていることがわかる。
まず、最大の武器となるスーパーサウンドブラスターだが、これは降り続く豪雨の中、荷電粒子砲のようなビーム兵器を使用した場合、水滴によって拡散され目標物に到達しないか、到達しても充分な威力を発揮できないための代替兵器と考えられる。
次に、ギルベイダーに対抗して開発されたゾイドであれば当然飛行能力を重視したはずだ。共和国はかつて対デスザウラー用のみに特化したマッドサンダーを開発している。この前例に従えば、オルディオス以上の対ギルベイダー用に特化した大型飛行ゾイドを開発することが考えられる。
だが、キングゴジュラスは基本設計から見て飛行することを想定しているとは思えない。恐らくこれは、ゾイドの飛行能力が奪われるのを予測してのことだろう。事実、流星の飛来と雷雨そして磁気嵐の発生により、サラマンダーを代表とした空戦ゾイドの活躍の場は失われた。オルディオス・ガンギャラド・バトルクーガーなど、この時期に翼と四肢を持つ幻獣型ゾイドが開発されたのも、飛行能力が奪われても地上戦に対応できるからだ。
最後にその巨体の原動力についてだ。デスザウラーは大口径荷電粒子砲の発射の反動を支えるため、重力子を制御する加重力システムを備えていた。加重力衝撃テールはその副産物であり、その延長上にデスキャットのMBH砲がある。
だが、キングゴジュラスの場合は加重力とは逆の、重力を軽減するエキゾチック物質(=負の質量を持つ物質)を体内で生成循環させる重力制御システムによって機動力を維持していたと伝えられる。
論理が飛躍し過ぎていると指摘されそうだが、ウルトラザウルス以上の重量物が直立歩行を行い、ゴジュラス以上に格闘能力が高く、時速140㎞で移動するということが想像できるだろうか。キングゴジュラスはタートルシップなどの輸送機を使わず、直接暗黒大陸に上陸している。その重量をどの様にして支えて海を渡ったのか。
ウルトラザウルスであればハイドロジェットエンジンで、マッドサンダーであれば急造のフロートを装備して海上航行をした。
だが、キングゴジュラスのどの部分にも海上を航行する機能らしきものは見当たらない。ここで同時に改修が進行中であったグローバリーⅢ世号のワームホールドライブ技術を応用すれば、エキゾチック物質を生成し重力を軽減させ、あの巨体の直立歩行と機動力確保も可能だ。
しかし、恒星・惑星・小惑星など(正の)物質の少ない外宇宙ならまだしも、大気を含め物質で満たされている惑星地表面上でエキゾチック物質を生成すれば、惑星規模の、いや、ゾイド星系規模の大変動を誘発する。万が一、漏出すれば対消滅を起こして惑星ごと吹き飛ぶ可能性もあっただろう。
キングゴジュラスの移動に伴う雷雨の発生などの異常気象等は問題ではない。ポールシフト・マントルプルームの上昇・公転軌道の変化など、ゾイド星にとっての壊滅的な打撃を与えることとなる。致命的だったのは、巨大彗星ソーンが接近していたことだった。
エントランス湾に橋頭堡を確保していた共和国軍は、増援として到着したキングゴジュラスを正面に立て、その圧倒的な破壊力をもって進撃を始めた。
通常の上陸戦であれば、後方に補給線を維持しつつ、制圧地域を広げながら前線を進めるのが定石である。だが、この桁違いの破壊力を有するゾイドは、補給線も援軍も振り切りあたかも無人の野を進むかのように、単機でガイロス帝国首都ダークネス目掛けて進撃を始めた。
一方、独断先行したキングゴジュラスに取り残された形となった他の共和国軍の最終上陸部隊及び先遣隊のゾイド群は、構築した前線で帝国軍の最終決戦部隊との全面対決となる戦火を開いた。
その戦いは、あたかもノーガードで互いに打ち合う殴り合いのようになった。
磁気異常によってレーダーその他の探索装置が機能を停止し、降り続く豪雨の為に目視もかなわない。
総力を挙げて前線を進めようとする共和国軍に対し、後のない帝国軍も旧ゼネバス兵を含んだ総力を投入し、迎え撃った。
ウルトラザウルスの4門の主砲は、前面に向けほぼ水平方向に打ち放たれた。ガンブラスターのローリングキャノン、ディバイソンの突撃砲、オルディオスのグレートバスターなど、全ての火器が集中し、文字通り暗黒大陸の大地を焼き払って、その大兵力を進めようとする。
ガイロス帝国軍は、この戦いに投入したギルベイダーの全てをキングゴジュラスに向かわせ、残った大型ゾイドのデスザウラー・アイアンコング・ダークホーン・ガンギャラド・デッドボーダーで、共和国の侵攻を死に物狂いで防ごうとした。豪雨に拡散された荷電粒子砲が無差別に降り注ぎ、視界のきかない中をクラッシャーホーンが突進する。ハンマーナックルが空を切り、Gカノンが怪しい光を放ち破壊する。
秩序も戦略も戦術もない、戦争を止めることの出来ない人々の愚かさを象徴するかのような死闘であった。
キングゴジュラスの最期については諸説ある。ガイロス皇帝自らの操縦するギルザウラーとの決戦の末勝利した後、惑星大異変に到達したという説と、ガイロス王宮突入直後に隕石落下に巻き込まれ自爆したという説などである。
惑星大異変の混乱に紛れ、それを知る価値もない真相は、不明のままである。
そして、人々への宇宙からの裁断が下されるのは、もう間もなくの事であった。