グレイ市郊外の森林、退避壕に劫火が迫っていた。既に入り口には人が集まり、閉鎖は不可能となっている。子供たちが熱さに耐えきれず泣きわめくが、それ以上の轟音を立てて、炎は避難民たちを飲み込もうとしていた。
ケニーの証言。
「結局私は外に放り出されていました。炎が迫っています。髪の毛がいやな匂いを出していました。
完全にだめだ、とあきらめた時、ふっと熱さが無くなったのです。
何が起こったかわかりませんでした。しかし、見上げるような巨大な影が炎から私たちを守ってくれていました。
マッドサンダーが、助けに来てくれたのです!」
森林の中に渦巻く火災旋風と、助けを求める人々の叫びを、レーダーにも光学機器にも頼らずにゾイド本来が持つ本能が察知した。電磁波の影響で思うように動けないはずの巨体を、ローリングチャージャーの過剰回転で補いながら、駆け付けたマッドサンダーは炎の壁から人々を遮ったのだった。
「マグネイザーはぼろぼろで、サンダーホーンも抜け落ちそうになっていました。背中のダブルキャノンは無くなって、装甲板は焼け焦げだらけです。
でも、炎を防ぐ反荷電粒子シールドが虹色に輝いていました。
私はこの時ほど、ゾイドが美しいと思ったことはありませんでした。
誰とは無く、歓声があがりました。ありがとう、マッドサンダー、と」
ローリングチャージャーは、火災旋風を相殺するようにいつまでも回転を続けていた。
そのマッドサンダーは、グレイ市の避難民を守りながら、そのままそこで息絶えていった。
トライアングルダラスを隔てた暗黒大陸では、遠く中央大陸で起きている事態を把握していなかった。首都との通信が完全に遮断され、磁気異常が一層高まっていることから、何らかの緊急事態となっているのだけは判断できた。この時、高緯度地域に停滞していた雷雲は、赤道付近の隕石落下による急激な気流の変化で吹き飛ばされ、白夜の弱弱しい太陽の光が射していた。
最終上陸部隊、ウルトラザウルス座乗、アダムス=ランズデールの報告。
「後方の海上から、断続的に砲撃を継続していましたが、気が付くと機体の脚部が海底に届いていました。海面が下がっているのがわかります。
天候が回復したので、ガンギャラドのハイパー荷電粒子砲に警戒しながら周囲を見渡しました。水平線に一本の白い線のようなものが現れています。観測員から報告がありました。津波という現象を知ったのは、その時が初めてでした」
北半球の高緯度に位置する暗黒大陸は、中央大陸に比べ隕石落下の被害を受けることは少なかった。しかし赤道付近で発生した海洋底の大断層は、低緯度地域の海洋から高緯度地域の海洋に向けて時速約1000㎞で巨大な海の壁となり迫っていた。上記のアダムスがウルトラザウルスで受けた報告では高さ約20m。沿岸部に達するに従い、津波の高さは指数関数的に増加する。
海岸には、共和国上陸部隊と帝国迎撃部隊の他に、住む場所を奪われた難民の群れが数万人も犇めいている。このまま海岸に到達すれば、ウルトラザウルスやデスザウラー、マッドサンダークラスの大型ゾイドを除き、ゴドス・イグアンなどの小型ゾイドと、戦況を見守るしかない避難民は、全て波浪の白い牙に切り裂かれる他に道は残されていなかった。
両軍の戦闘に、少しの間隙ができた。帝国側も津波の接近に気が付いたのだ。特に頭長高のあるデスザウラーのコクピットからは、接近する海の壁が真っ先に確認できただろう。血塗れの戦場に不釣り合いな静寂が訪れた。そして遠くの海上から、低くて重苦しい水音が近づいていた。
シモン=コンウェイの報告
「隕石の落下は、一時期より落ち着いていた。死体だらけの街中で、罵声が聞こえてきた。行って見ると、一人を集団で暴行している現場だった。我々は暴力行為を止めさせようと近づき〝治安部隊だ。暴力行為を止めなさい〟と言った。
振り向いた彼らの顔は、今まで見たことも無いような恐ろしい顔だった。彼らは我々の姿を見ても一向に従う様子がない。それどころか〝帝国人を庇おうとするとは、貴様らも治安部隊の制服とゾイドを奪って反乱を起こそうとしている奴らだな〟と叫び、手に手に武器を持って襲いかかってきた」
隕石落下による混乱は、住民たちにも大きな疑心暗鬼をもたらし、特に各地域での旧帝国民への激しい暴行事件へと発展していた。
引き続きシモンの報告。
「集団を取り押さえ、暴行を受けていた被害者を助け上げた。驚いたことに、彼は旧帝国民ではなく我々と同じ共和国人だった。無差別な暴力は、最早誰にでも牙を剝くことに気付いた。
被害者の応急処置にあたっていた時、伝令から統監府のミスタージェンチェンが出動されたとの連絡が届いた。全員統監府方向へ結集しろとのことだ。遂に反乱が起きて鎮圧部隊を編成するのかと考え、部下に後の処置を任せ、私はコマンドウルフで統監府の方向に向かっていった。頭上を飛行高度のとれないダブルソーダーが何かのメッセージを放送しながら飛び去って行った。前方にミスターと治安部隊のゾイドが結集しているのが見えた」
ブルームの証言。
「コマンドウルフが立ち上がると、反対に私たちは引き摺られ何人も倒れた。兵士たちは激しい言葉を浴びせ銃口を向けた。私は気力を失って、もうどうでもいいと思った。こんな破壊された残酷な世界、屈辱にまみれた国に生きていても仕方がない。このまま撃ち殺されようと、いつまでも倒れたままでいた。兵士が増々逆上して引き金に手をかけたと思う。その時だった。コマンドウルフの目の前にもう一台ゾイドが現れた。
モルガだった。
装甲式のコクピットが開く。兵士たちが突然敬礼の姿勢を取った。私は虚ろな視線をモルガのコクピットの人物に向けた。見覚えのある黒縁の丸眼鏡。統監府総統のミスタージェンチェンだった」
ガニメデ市旧ゼネバス帝国領統監府総統、ジェンチェン=パルサンポの宣言。
「統監府総統の責任に於いて宣言します。これ以上の犠牲者を出すことは禁じます。私たちは未曽有の大災害に直面しました。多くの人たちが死んでいます。でも、その上なぜ生き残った人たちまで、まだお互いを傷つけるのですか。
帝国も共和国もありません。いま協力しなければみんな死んでしまいます。誰かを疑っている余裕などないのです。誰かを牢に繋ぐ余裕もないのです。互いを思いやり、互いに助け合い、生き残ることに全力を向けましょう。
私はこのゾイドが大好きです。モルガは力強く地下に穴を掘って隕石落下の被害を防ぐことができます。コマンドウルフは共和国の素晴らしいゾイドです。ですが、いま人々を救うことの出来る一番良いゾイドは、この帝国製ゾイドのモルガです。危機に直面しているのにゾイドに拘っている場合ではありません。国や地域に拘る場合でもありません。みなさん、共に生き残るため力をあわせましょう」
ダブルソーダーに搭載されたスピーカーからジェンチェンの温かいメッセージが繰り返し流された。殺気立っていた治安部隊も、民衆も、彼の言葉に耳を傾けた。
シモンの報告。
「自分は思い違いに気が付いた。しかし、それは不快な事ではなく、新たな自分に向き合うチャンスであると思えた。破壊され尽くしたこの町だが絶対立ち直らせる、そんな気持ちが心の底から湧き上がった。自分はミスターに静かに敬礼の姿勢をとっていた」
ブルームの証言。
「縄を解かれて、私は立ち上がった。そうだ、まだ死んでなんていられない。この町を元通り、いや、それ以上にするまではと。
ミスターは丸眼鏡の下、にこやかな表情を浮かべていた。その穏やかな表情が何よりも力強かった」
ジェンチェンの指導により、旧帝国領内の主要都市で同様のメッセージと対応が図られた。打ちのめされた人々は互いに手を取り合っていた。帝国領での反乱は回避された。
後に、帝国反乱の噂をたてた原因が究明された。ゼネバス帝国との戦いで家族を失い、帝国降伏後も密かに復讐の機会を狙っていたブルーノ=アイビンスという旧共和国の傷痍軍人だった。彼は至る所で帝国民衆の不穏な噂を流し、手製のビラを貼って反乱が発生しているような情報を流していた。逮捕されての弁明は「許せなかった」だった。恨みに囚われた悲しい人間だった。
*
沿岸に達した海の壁は、既に30mの高さを超えていた。
両軍のゾイドも、この惑星大異変のもたらした脅威に戦闘を忘れ呆然と立ち尽くしていた。押し寄せる波涛にもはや成す術も失われたかのようであった。
突然、静寂を切り裂いて閃光が走った。
津波に向かって伸びていく。
海の壁を幾つかに崩したものの、無限に続く海の壁は再び何事も無かったかのように海岸に迫ってきた。
また、閃光が走る。海の壁が崩れる。だが次の波涛が迫る。
閃光は立て続けに放たれた。数本の光は波涛を大きく切り裂き、その部分だけ大きな空間が開いたように遠くの水平線を一瞬覗かせた。
閃光が無数に走り出した。海の壁に向けて打ち込まれている。その度に波涛は砕けて、しかし、また迫ってきていた。
アダムスの報告。
「最初、何が起きたかわかりませんでした。我々のいる方向とは全く別の、津波の来る方向に打ち込まれていたから。
デスザウラーが、荷電粒子砲で津波を防いでいたのです」
強大な破壊力で数多くのゾイドと人の命を奪ってきた死竜、デスザウラーの大口径荷電粒子砲が、今は避難民を守るために輝いていた。一台のデスザウラーがはじめたことであったが、その行為が何を示すか理解した他の機体も、同様に津波に向けて荷電粒子砲を発射していた。幾つもの閃光が津波に吸い込まれ崩していく。だが、巨大な海の壁は、デスザウラーの最終兵器さえもあざ笑うかのように迫っていた。
その破壊力の高さから、デスザウラーは荷電粒子砲を連射できない。加えて、電磁波異常の続く状態では、充分な機能も働かないはずだ。オーロラインティークファンの輝きが弱まり、荷電粒子砲の光条も細くなっている。
一機が、インティークファンから煙を上げて屈みこんだ。コアの限界なのだ。そして、二機、三機と、出力の衰えが現れた。津波は執拗に海岸に迫っている。
引き続き、アダムスの報告。
「ウルトラザウルスの高感度センサーが、ある音声を拾いました。避難民の中からでした」
避難民の中、母の胸に抱かれて眠っていた少女が目を覚ました。
「おかあさん、あれは何をしているの?」
「あのゾイドが、私たちを守ろうと頑張っているの」
「ふーん。ねえ、あのゾイドの名前、なんていうの?」
「あれはデスザウラー。とても強いゾイドなのよ」
「デスザウラー……がんばれ!」
避難民が一斉に少女に振り向いた。
「だって、応援してあげなきゃ!」
避難した人々の中、その言葉は漣のようになって広がった。
「そうだ、我々にできることは、それしかない」
「がんばれ、デスザウラー」
「いけ、デスザウラー」
「デスザウラー、がんばって」
「デスザウラー」
「デスザウラー」
「デスザウラー」
無数の声援が一つとなり、死竜の名を持つゾイドに注がれた。
デスザウラーの持つ音声センサーが感知したのか、それとも単なる偶然かはわからない。一度倒れたデスザウラーが、再び立ち上がった。インティークファンは限界を示していた。だが、デスザウラーは構わず荷電粒子砲を打ち続けた。
すると、上陸部隊のガンブラスター群が方向を変えた。黄金砲の異名を持つローリングキャノンが、デスザウラーと同様に津波に向けて打ち込まれたのだ。大口径荷電粒子砲に比べれば細やかなものだった。だが、幾つもの黄金砲が津波に向かっていった。
気が付けば、ガンギャラドのハイパー荷電粒子砲・ディバイソンの17門突撃砲・シールドライガーmk―2のダブルキャノン・ダークホーンのハイブリットバルカン、その他無数の火器が津波に向けて放たれていた。見知らぬ暗黒大陸の避難民を救うために。
アダムスの報告。
「艦長からの指令がありました。
〝海岸にいる避難民を可能な限り本艦及び僚艦に収容し救出する。直ちに上陸用意〟と。自分は力強く復唱し、救出活動に向かいました」
ウルトラザウルスはその巨体と重量を生かし、避難民の収容を急いだ。デスザウラーへの歓声が続く中、共和国兵士も同様にその死竜の名前を口ずさんでいた。
〝デスザウラー〟
〝デスザウラー……〟
やがてエネルギーを使い果たし、その場に倒れこんだデスザウラーの機体と、最後まで津波に火器を打ち込み続けたゾイドも、押し寄せた津波にのまれていった。
両軍の戦闘は終了した。避難民数万人の救出と引き換えに。